2012年5月21日 (月)

中野区上高田

世間は金環日食の日だが、私は通院日。しかも、午前中に病院が2か所。中野の警察病院で眼科検診を受け、秋葉原の耳鼻科へ、予約時間の合間に、中野区上高田近辺を少々歩いてきた。1万2千歩、8km。

①日食時間の浅草橋駅・・・・・・・・・・駅前は、空を見上げる人がチラホラ! ホームは、乗客もまばら! みなさん、日食観測に忙しいのかも?・・・・・・・私は、朝一の診察に遅れないよう中野に向かう。

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②新井・上高田の路地・・・・・・・・・早稲田通りの北側、中野区新井・上高田の、車も通れない路地を中心に歩いてみた。・・・・・・・・当然、方向感覚も薄れ、どこに向かうか、どこに出るかは神のみぞ知る!

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③間口の狭い家・・・・・・・・・上高田の大妻中野中・高等学校裏で遭遇!・・・・・・・・玄関幅が2m以下の狭い家。奥の方まで同じような幅に見えた!

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④上高田のチョイト懐かしい門構えの家・・・・・・・・・・・・

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⑤上高田の寺院・・・・・・・・・・上高田4丁目には、落ち着いた、静かな寺院が多く、“寺町”のようだ!・・・・・・・・順に、宝泉寺、境妙寺、願正寺、神足寺

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2012年5月20日 (日)

大崎~恵比寿

大崎駅から恵比寿駅まで、1万1千歩、8kmの散歩です。

①大崎橋・・・・・・・・・目黒川に架かる東急池上線橋梁の下に大崎橋はある。なぜか五反田駅前にある“大崎”橋。橋は平成10年頃架け替えられた。旧大崎橋(昭和5年(1930)竣工)の親柱が橋の横の公園に保存されている。・・・・・・・・・“ややっこしい”ついでに、大崎駅の東側に「東五反田2丁目」がある。大崎駅から2つ目の目黒駅は「品川区上大崎2・3・4丁目」の交点の中央に在る。目黒駅が目黒区にない!

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②五反田公園の坂・・・・・・・・・五反田駅近くの池田山に上る、公園わきの静かな坂道。東京の坂道の多くは名があり、名の由来を記した案内板や説明書きがあるのだが、ここにはそれがない。・・・・・・・・・コンクリートと鉄パイプの手摺がいいね!・・・・・・・・・坂を上がった先には、現皇后の生家跡にできた「ねむの木の庭」、池田藩下屋敷跡の「池田山公園」がある。

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③タイ王国大使公邸・・・・・・・・・・この建物は、 実業家・十代目濱口吉右衛門(1883-1946)の邸宅として、慶応大学北里記念医学図書館を手掛けた和田順顕の設計、清水建設の施工により、昭和7年(1932)に着工し、昭和9年(1934)竣工した。・・・・・・濱口吉右衛門はヒゲタ、キッコーマンの前身銚子醤油の社長であり、ラストエンペラーの愛新覚羅溥傑のもとに嫁いだ浩の伯父でもある。・・・・・・・・・ゴシックスタイルのこの建物は、昭和18年(1943)に当時のタイ王国大使に100万円で売られた。

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④山田信一郎邸・・・・・・・・・・タイ王国大使公邸の隣に建つ山田邸。大正13年(1924)の建築、設計は山田信一郎自身。

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⑤白金桟道橋・・・・・・・・・・古レールを構造材に利用した、国内に現存する跨線橋。昭和元年(1926)に完成した。山手線部分(写真手前の2線)は単純な垂直橋脚だが、山手貨物線(埼京線)部分は一段深く掘り下げられ、高度差が大きいため優美な曲線のアーチ橋だ。

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⑥日本基督教団白金教会・・・・・・・・・大正7年(1918)白金伝道教会として始まる、大正13年(1924)現在地に会堂を建設、昭和51年(1976)現在の会堂を建設。・・・・・・・・・内部は清楚な感じの教会だ!・・・・・・・・今日は日曜礼拝もあり、平成3年(1991)に設置されたパイプオルガンも美しい音色を奏でていた。

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・・・・・・・・・・・玄関前には牧師さんが育てたバラも・・・・・・・・・

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⑦土浦亀城邸・・・・・・・・・・・・白金の台地「長者丸」に建つ、モダニズム建築家として土浦亀城(つちうらかめき)が設計し建てた自邸。昭和10年(1935)に竣工。・・・・・・・建物は地上2階/地下1階の木造竪羽目板張り。・・・・・・・昭和初期の小型住宅の代表的な建物だ!

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2012年5月19日 (土)

三社祭

今日と明日は、浅草三社祭の神輿の渡御、昼から夫婦で買い物を兼ね、祭り見物。

①三社祭・・・・・・・・・・・・・“三社(さんじゃ)さま”は浅草寺境内に在る浅草神社のことだ。・・・・・・・・・浅草寺の草創に関わった、土師真中知(はじのまなかち)、檜前浜成(ひのくまはまなり)、檜前武成(ひのくまたけなり)の三人を主祭神とし、「三社権現」、「三社さま」と称されてる。

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②東武浅草駅・・・・・・・昨日(5月18日)、東武浅草駅ビルの外観工事完了。屋上の大時計も復活し、昭和6年(1931)、建設当時のアール・デコ建築に戻った。・・・・・・・・内部のリニューアル工事は11月頃までかかるようで、4階以上は工事中につき閉鎖中。・・・・・・・・私が幼き頃、連れて行ってもらった屋上の遊園地、7階の食堂は、復活しないようだ!

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③今年初・・・・・・・・・・・いよいよ、かき氷のシーズン、“よお!待ってました!”。今年は、「いづ美」の“氷あずき”からだ! 淡雪のような氷の削り方、ほどよい甘さのつぶ餡、“美味い”の一言。

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④本日のお買いもの・・・・・・・・・銀座「TORAYA」の帽子、柴又「丸仁」の佃煮、狸通りで狸の置物、松屋で和菓子と惣菜、どれも“浅草”へ行かなくても買えるもの? “ま~、いいか”

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2012年5月17日 (木)

大森~大崎

大森駅から、中延、戸越を通り、大崎駅まで、1万4千歩、10kmの散歩です。

①天祖神社・・・・・・・・・・大森駅西口を出ると、目の前の池上通りを挟み、崖上に上るような階段がある。上には天照大神を祀る天祖神社がある。創建年代不詳。・・・・・・・・・・神社の後ろは“山王”の高級住宅街だ!この辺りに、明治から昭和にかけ、多くの多くの文士が住み、“馬込の文士村”と称されている。

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②山王小学校校門・・・・・・・・・大正14年(1925)設立の山王小学校。校舎は戦後改築したが、校門は古そうだ。アールデコ風のデザインだ!

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③尾崎士郎記念館・・・・・・・・・昨年7月に立ち寄り、今日も再び立ち寄ってみた。尾崎士郎が昭和29年(1954)から死去した昭和39年(1964)まで住んでいた家だ。・・・・・・・・・横綱審議委員を努めたほどの相撲好きだったようだ、自宅の庭でまわしを締めシコをふむ写真、相撲にまつわる作品などが展示されている。

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④O邸・・・・・・・・品川区西大井の邸宅。大きな邸宅で、窓の造りなどから推測すると、戦前の建物と思われる。

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⑤上神明天祖神社・・・・・・・・・・旧上蛇窪村(現:品川区二葉4丁目付近)の鎮守。創建年代不詳だが、鎌倉時代には神社はあったようだ。・・・・・・・・・・社殿などは、戦災で焼失し、昭和36年(1961)に再建した。・・・・・・・・・境内には荏原七福神のひとつとして弁財天が祀られている。

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⑥大森のバラ・・・・・・・・・・

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2012年5月16日 (水)

水道道路

新宿駅から京王線明大前駅まで、西新宿の旧淀橋浄水場と明大前の和泉給水所を結ぶ「水道道路」を歩き、2万歩、15㎞です。

「水道道路」とは・・・・・・・・江戸時代、“お江戸”の水源として多摩川の水を羽村取水堰から江戸城の方へ引き込んだ、これが「玉川上水」だ。 明治31年(1898)、淀橋浄水場の新設に伴い、現在の和泉給水所地点から分岐し浄水場まで、ほぼ真直ぐな一本の水路が開削された、これが「玉川上水新水路」だ。新水路は、高低を盛土により調整し、起伏の無い直線水路となった。既設の道路と交差する部分には、トンネルや橋を造り盛土の上に水路を通した。 新水路は、関東大震災で決壊し、その後は並行して通る甲州街道の下に管を埋設し、淀橋浄水場に水を供給した。そして、水路跡のほとんどは「水道道路」と都営住宅に転用されている。 淀橋浄水場も昭和40年(1965)に廃止され、跡地は都庁をはじめ多くの超高層ビル群に生まれ変わった。

①小田急百貨店・・・・・・・・・・地上14階建て、地下に小田急線・JRの地下改札口およびコンコースがある百貨店だ。昭和41年(1966)に完成、設計は坂倉準三建築研究所。・・・・・・・ところで、小田急百貨店開業時の建物は現:本館前に建つ「ハルク(HALC)」である。「ハルク」は昭和37年(1962)に完成した地上8階建ての建物。・・・・・・・・昭和40年から、私が明治大学へ通学するのは、新宿乗り換えだったので、小田急百貨店にはしばしば立ち寄った。本館の建物が変わったのもこの頃だ、「ハルク」の建物には、以来、約40年間立ち寄っていない。今日も前を通過してしまった。

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②淀橋浄水場跡地・・・・・・・・超高層が建ち並ぶ街

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③水道道路の隧道・・・・・・・・・渋谷区本町1丁目に、水道道路の下を抜ける、2本のトンネルがある。

・・・・・・・・・・・本村隧道・・・・・・・・大正9年(1920)竣工。ポータルの両側に柱のデザインが施されている。

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・・・・・・・・・・本町(ほんまち)隧道・・・・・・・・・こちらは昭和50年(1975)に拡張工事が行われたようだ。・・・・・・・・・・旧隧道と思われる、ふさがれた壁が隣にあった。

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④水道道路の橋の跡・・・・・・・・・・・水路を横ぎる道路のために、水路には16の橋が架けられていたそうだ。橋は淀橋側から、1号橋、2号橋・・・と名づけられた。・・・・・・・今は、橋は無くなっているが、「六号通商店街」、「7号通り」バス停、「七号通り公園」、「十号坂street」などと、名が残っている。

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⑤水路跡の都営住宅・・・・・・・・・水道道路に沿いに、幡ヶ谷から笹塚まで約2.3km程におよび、何十棟かの都営住宅が建ち並んでいる。・・・・・・・・5階建て程度で、昭和40年代の建築だ!・・・・・・・・敷地が水路跡のため、細長~~い~~、どこまでも続く団地。

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⑥水道道路の終点・・・・・・・・環七と交わる“泉南交差点”。・・・・・・・・・写真、正面の道路が「水道道路」、奥にはオペラシティが見える。

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・・・・・・・・・・・・・環七を越えると「水道道路」は“水道路地”となる。細い道の両側には木造の家並みが続く。

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⑦和泉給水所・・・・・・・・・・杉並区和泉2丁目には、2本の給水タンクが建っている。・・・・・・・ここが、玉川上水新水路の分岐点だった!

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⑧東京山手急行電鉄遺構・・・・・・・・・・明治大学和泉キャンパス横に、京王井の頭線が玉川上水の下をくぐるトンネルの部分がある。ここは、4線分のレールが敷設される予定で構築された。・・・・・・・・・つまり、右側2線が井の頭線用、左側2線が山手急行線用だった。・・・・・・・・・東京山手急行電鉄とは、昭和初期に設立した会社で、東京の外側に約50kmの環状線を作る計画だったが、世界恐慌のあおりで頓挫し、最終的には小田急電鉄に合併された。

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⑨LA PORTA IZUMI・・・・・・・・・杉並区和泉の奇妙奇天烈なマンション。平成2年(1990)の建築で、設計はドラード早稲田を手掛けた梵寿鋼(ぼんじゅこう)。

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