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2012年7月 2日 (月)

浅草橋~清澄白河

我が家(浅草橋)から、新大橋を渡り、芭蕉記念館、清澄白河まで、1万歩、7kmの散歩です。

①玉置薬局・・・・・・・・・・・靖国通り浅草橋交差点にある玉置薬局のビル。昭和4年(1929)に建てられた、スクラッチタイル張り、窓廻りの装飾、3階のレリーフなど、手のこんだ古風なデザイン建物だ。・・・・・・・・・・我が家から遠くないので、たまには薬を買いに行こうか!

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②明治座・・・・・・・・・建物名は「浜町センタービル」、平成5年(1993)竣工、地上18階建て。明治座はこのビルの1階~6階に入居している。・・・・・・・・・・明治座と言えば、花柳章太郎、水谷八重子の新派、辰巳柳太郎、島田正吾の新国劇を思い出す。当時は劇場へ行かなくても、家庭のモノクロTVで中継していたのを見ていた記憶がある。古い話だ!・・・・・・・・思い出したついでに、その頃は、浅草松竹演芸場から、大江美智子、浅香光代の女剣劇、大宮敏光のデン助劇団などもTV中継していたね。

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③新大橋・・・・・・・・隅田川に最初に出来た橋は「千住大橋」、次は「両国橋」で1660年頃架けられた、三番目は「新大橋」で元禄6年(1694)に架けられた。「両国橋」が「大橋」と称され、その次の橋で「新大橋」と命名した。もちろん、江戸時代は木橋。・・・・・・・明治45年(1912)に、トラス式の鉄橋として、現在の位置に架橋されたが、震災、戦災にも耐え昭和50年(1975)頃まで使用されていた。(現在は、明治村に移築・保存されている。)・・・・・・・・昭和52年(1977)、斜張橋として現在の新大橋が竣工した。シンプルなデザインで、都会的なセンスだ!

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・・・・・・・・・・旧橋の親柱・・・・・・・・橋の東詰(江東区)に残されている。・・・・・・・・・Wikipediaに載っていた旧橋の写真。

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④芭蕉記念館・・・・・・・・・「ふる池や蛙飛びこむ水の音」の松尾芭蕉が居住していた地(江東区常盤)に、江東区立の記念館が建てられている。・・・・・・・・現在、「芭蕉の肖像」展が開かれ、肖像画・木像など多くの芭蕉を見ることができる。・・・・・・・・・入館料100円は安い!

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⑤芭蕉稲荷神社・・・・・・・・・・・記念館近くの小さな社。この地が芭蕉庵の跡地らしい。大正6年(1917)に、この地は大津波で被災し、その跡地から芭蕉の愛した蛙の石像が出土した。

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⑥芭蕉庵史跡展望庭園・・・・・・・・・・隅田川と小名木川の合流点に、水辺の風景を楽しむ小さな庭園がある。芭蕉の像もあるよ!・・・・・・・・・・どうも芭蕉に似ていない像だ!

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⑦萬年橋・・・・・・・・・・・・小名木川に架かるアーチ式鉄橋。鹿島組の設計・施工で、昭和5年(1930)に竣工した。

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・・・・・・・・・この橋も古く、江戸時代の木橋は、葛飾北斎「富嶽三十六景」で「深川万年橋下」と題し描かれている。(写真:案内板の画)・・・・・・・安藤広重「江戸名所百景」でも描かれている。

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⑧三野村株式会社・・・・・・・・・昭和2年(1927)に建てられた、「三野村株式会社」(現:不動産業)の社屋。・・・・・・・・・・入口には重厚な彫刻が施され、印象的だ!・・・・・・・・“三野村”とは、、、、、、、幕末から明治初期にかけて三井の危機を救い、三井財閥の基礎を築いた経営者:三野村利左衛門です。後に、三井からその功績をたたえられ、清澄2丁目一帯の広大な敷地を貰い、邸宅を構えた。隣りの岩崎家別邸(現:清澄庭園)と豪華さを競ったらしい。

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・・・・・・・・・・・入り口脇には、敷地の周囲に設置されていたと思われる柵のコンクリート柱が埋め込まれていた。

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