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2012年12月20日 (木)

京急大師線

京浜急行大師線の小島新田駅まで行き、そこから京急川崎駅まで歩いた。1万8千歩、13km。

京急大師線(だいしせん)は、明治32年(1899)に川崎大師への参詣路線として、大師電気鉄道(現;京浜急行電鉄)により川崎駅(後の六郷橋駅)~大師駅(現:川崎大師駅)間が建設され開業した。その後は、大師駅から先を延伸し、昭和20年(1945)の終戦の直前までの間に、東京湾側の工業地帯をとおり桜本駅まで開通させた。戦後は、営業路線を順次縮小し、昭和45年(1970)には小島新田駅~桜本駅間を正式に廃業し、現在の京急川崎駅~小島新田駅間となった。

①小島新田駅・・・・・・・・・1面2線の島式ホームによる地上駅。・・・・・・・・大師線の地下化工事中で、駅の周囲は仮囲いで覆われている。・・・・・・・・川崎市では、ほぼ全面地下化して、川崎市を縦断する地下鉄にする予定だが、“金”が無いようだ! 当分、地下鉄は走りそうもない。

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・・・・・・・・・・・・駅手前に踏切から

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②川崎貨物駅・・・・・・・・・小島新田駅の先に在る、陸橋の下にひろがる広い貨物駅。・・・・・・・・・・・広すぎるので、今日はチラリ拝見!

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③荏原製作所江川社宅・・・・・・・・・大師線の脇に建つ社宅。私の推定では、昭和30年後半の建物のようだ!・・・・・・・・・・高度成長期に合わせ、建てられたのであろう。社宅らしい社宅だ!

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④産業道路駅・・・・・・・・・・・昭和19年(1944)東京急行電鉄(大東急)の駅として開業。・・・・・・・・・駅前を通る、片側3車線の産業道路を横断する踏切を撤去するため、地下化工事が実施され、再来年(平成26年)頃には地下駅となる予定だ。

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・・・・・・・・・・・工事現場の仮囲いに、貼られていた昭和37年(1962)の産業道路駅

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⑤東門前駅・・・・・・・・・産業道路駅と同時開業。川崎大師への参拝は、こちらの駅から行くルートもある。 大師までの商店街は“昭和”の匂いがプンプンするね。

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・・・・・・・・・・・駅近くの商店街で発見!・・・・・・廃屋となった耳鼻咽喉科。・・・・・その名も「昭和マーケット」。・・・・・お年寄りが目立つ「昭和通り商店街」。

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⑥瀋秀園・・・・・・・・・・・・瀋秀園(しんしゅうえん)は、川崎市と姉妹都市の中国瀋陽市から寄贈された中国式庭園で、昭和62年(1987)に開園した。・・・・・・・・川崎大師の南側に位置する、大師公園の一角に在る。・・・・・・・・・・・チョイト、中国に行った気分を味わえるね!

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⑦川崎大師・・・・・・・・・・正式名は、金剛山金乗院平間寺(へいけんじ)。真言宗智山派の大本山である。川崎大師は通称で、高尾山薬王院、成田山新勝寺とともに関東三本山のひとつ。・・・・・・・・・只今、初詣の準備中。これから、書き入れだ!

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・・・・・・・・・・・参道のお店からは、掛け声が飛び交う。・・・・・・・・つられて、飴を買うことにした。家族用に“きな粉飴”、自分用に“せき止め”、夫婦用に“呆気封じ飴”の3点セット?

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⑧川崎大師駅・・・・・・・・・明治32年(1899)、大師電気鉄道の大師駅として開業した。京浜急行電鉄の創業の駅であり、駅前には京浜急行の“発祥之地”記念碑が建てられている。・・・・・・・・・・大師さんの御利益で大きな会社に成長したのか?

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⑨鈴木町駅・・・・・・・・・・昭和4年(1929)、駅舎は味の素川崎工場の正門前にあり「味の素前」駅として開業した。 昭和19年(1944)、味の素の創業者・鈴木三郎助にちなみ、この地域一帯が「鈴木町」に地名変更があり、あわせて「鈴木町」駅と改称した。・・・・・・・・線路は工場敷地内に敷かれているような感じだ!

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⑩川崎河港水門・・・・・・・・・・第一次世界大戦による好景気により、不足した工場用地の拡大を図る運河・港湾を整備する計画の一環として川崎河港水門が造られた。大正15年(1926)着工、昭和3年(1928)完成。国の登録有形文化財・・・・・・・・・良い状態で残っているね!・・・・・・・・水門の周りの、草、ボウボウの空地も味の素の所有地だ!

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⑪港町駅・・・・・・・・・・昭和7年(1932)、「コロムビア前」駅として開業し、昭和19年(1944)、港町駅に改称した。・・・・・・・・・旧駅名の由来は日本コロンビア川崎工場の最寄駅だったからだ。工場は平成19年(2007)に閉鎖した。・・・・・・・・・現在は、川崎競馬の最寄駅と云う感じ、工場跡地はマンションに変身中。・・・・・・・・・・いい駅名だね! なんとなく、美空ひばりを思い出し、♪♪ 長い旅路の 航海終えて 船が港に 泊る夜 海の苦労を グラスの酒に みんな忘れる マドロス酒場 ああ港町 十三番地 ♪♪

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⑫六郷橋駅跡・・・・・・・・・・明治32年(1899)、大師電気鉄道が、(初代)川崎駅~大師駅間を開業した時の駅の跡が残っている。明治35(1902)、(初代)川崎駅~現・京急川崎駅まで線路が延長され、(初代)川崎駅は六郷橋駅と名称を変更した。・・・・・・・・・駅跡は六郷橋の下にあり、橋上の人道から見下ろすことができる。 今の時代から見ると、狭い、小さなホームだった。

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⑬京急ストアー・・・・・・・・京急川崎駅に隣り合わせの「京急ストアー川崎店」が、建物の老朽化と、駅前整備により移転した。・・・・・・・・昭和40年頃の建物で、私が若いとき、川崎にチョイト住んでいたので利用させてもらった、寂しいね。

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⑭京急川崎駅、・・・・・・・・・・・明治35年(1902)川崎駅として開業した。昭和41年(1966)には、高架駅となり、本線は2階、大師線は1階となる。

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