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2014年12月10日 (水)

高輪台~目黒

都営浅草線高輪台駅から、白金台、上大崎をぶらついて目黒駅まで、9千歩、7㎞の散歩です。


①高輪台駅
・・・・・・・昭和43年(1968)に開業した都営浅草線の駅。 駅ホームに立つと円筒形のトンネルが上下1本ずつ、計2本のシールドトンネルで構成されていることがわかる。 ホーム中央部には、改札階に向かう階段・エスカレータなどが集約されている。・・・・・・・都営浅草線20駅の中では、最少乗降客数を誇る駅。 平成25年度は一日の乗降客数:約13000人。 

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②畠山記念館・・・・・・・・・・この記念館の前には、幾度か来たことがあるが、いずれも早朝で開館前の時刻である、今日も門は閉ざされている。 城郭を連想させる、白壁と石垣の門を撮影してまた来ることにしよう!・・・・・・・・・・“畠山”とは、荏原製作所の創業者畠山一清のことで、歌手の畠山みどりではない。  実業家:畠山一清は明治14年(1881)に金沢で生まれた。 東京帝国大学機械工学科を卒業後、大正元年(1912)に荏原製作所の前身にあたる「ゐのくち式機械事務所」というポンプの販売会社を興した。 会社はその後発展し荏原製作所となる。 畠山は茶道具を中心とした近代日本の美術コレクターとして知られ。 国宝6件を含め、1300件程のコレクションを有している。・・・・・・・・・ぜひ一度、入館したいものだ!

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③今里地蔵・・・・・・・・・・・白金台の裏道に、「元禄 今里地蔵」と記された碑のある古びたお堂がある。 堂内には、小さな地蔵様がポッンと置かれている。 元禄に建てられた地蔵様だ。・・・・・・・・・・お手頃な大きさの地蔵様は、仏像の窃盗団も多いので、くれぐれも盗まれないようにね!

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④上大崎1丁目・・・・・・・・・・高輪台駅と港区白金台の都庭園美術館の間に位置する、品川区上大崎1丁目の町には、なぜか寺が多い。 しかも、ほとんどが浄土宗の寺である。 江戸時代、この辺りは芝増上寺下屋敷があった。 さらに、江戸の7大荼毘所(だびしょ=火葬場)のひとつもあったようだ。 寺は多いが、残念ながら、歴史ある建物は戦災で焼失し残っていない。

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・・・・・・・・・・・・・光取寺・・・・・・・・・・浄土宗の光取寺は、増上寺下屋敷内子院8ヶ寺の一つ。 寛永元年(1624)に江戸の芝西久保に起立し、その後、麻布狸穴へ移転し、天和3年(1633)に現在地:上大崎へ移転した。 墓地には、幕末の名力士陣幕久五郎が眠っている。

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・・・・・・・・・・・・・清岸寺・・・・・・・・・・・寛永元年(1624)、八丁堀にて創建し、何か所か移転の後の寛文元年(1661)現在地に移転した。 ここも、増上寺下屋敷内子院8ヶ寺の一つである。 現本堂は、天保8年(1837)に再建されたもので、この辺りの寺は戦災で堂宇を焼失したが、被災を免れた寺はここだけのようだ!

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・・・・・・・・・・・・・・隆崇院・・・・・・・・・・・・隆崇院(りゅうそういん)も増上寺下屋敷内子院8ヶ寺の一つで、寛文年間に創建され、寛文8年(1668)にこの上大崎村に地を賜って移転したといわれている。 現在の本堂は鉄筋コンクリート造りで昭和37年(1962)に竣工した、青瓦の屋根が特徴的で異彩を放つたたずまいを見せている。 本堂の格天井には伊東深水(女優:朝丘雪路の父)とその一門の作である絵が描かれており、中央部の「牡丹唐獅子」(写真はレプリカ)が伊東深水の筆によるもので、昭和42年(1967)に完成した。 

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・・・・・・・・・・・・・宝蔵寺・・・・・・・・・・増上寺子院の一つで、芝赤羽に開創された寺。 こちらも後に、移転してきた。 詳細は不明。

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・・・・・・・・・・・・・最上寺・・・・・・・・・・・・増上寺子院の一つで、赤坂溜池にあったが、寛文元年(1661)に現在地へ移転した。

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⑤タイ王国大使公邸
・・・・・・・・・・この建物は、ヒゲタ、キッコーマンの前身銚子醤油の社長であり、ラストエンペラーの愛新覚羅溥傑のもとに嫁いだ浩の伯父でもある実業家:十代目濱口吉右衛門(1883-1946)の邸宅として、和田順顕の設計、清水建設の施工により、昭和9年(1934)竣工した。 鉄筋コンクリート造、2階建て。 グレイの石貼りで、ゴシックスタイルの外観は、古城のような重厚な印象を与えてくれる。・・・・・・・・・・・昭和18年(1943)に当時のタイ王国大使に100万円で売られたそうだ。 今なら私でも買えるのだが、大工の一日の手間賃が3円90銭の時代の100万円!

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⑥Y邸
・・・・・・・・・・・・タイ王国大使公邸の隣に建つ建築家:山田信一郎の自邸。大正13年(1924)の建築、設計は山田信一郎自身。

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⑦JR目黒駅
・・・・・・・・・・・・・・・・明治18年(1885)、日本鉄道品川線(品川~赤羽)が開通した。 このときの開通から、半月遅れて目黒駅と目白駅が同時開業した古い駅である。 大正12年(1923)には目黒蒲田電鉄(東急目黒線)が開業し、平成12年(2000)には地下鉄南北線と三田線が乗り入れた。 駅舎は大きなビルとなったが、駅としては特徴がなく平凡な駅である。

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