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2016年1月 4日 (月)

亀戸遊園地

今日は仕事始め、私も近所の挨拶まわりで、チョイと忙しかった。

夕暮れ近くにって、亀戸遊園地方面(現:江東区亀戸3丁目)に行ってきた。 JR亀戸駅から都営浅草線押上駅まで、1万1千歩、8Kmの散歩です。

・・・・・・・・・・現在の亀戸3丁目の亀戸天神裏(北側)には、戦前は遊郭や玉の井に並ぶ私娼街があった。 しかし、これらの街は戦災で全滅し、戦後、遊郭は廃止され、私娼街は「カフェー」、「特飲街」なる「赤線」変わって行ったそうだ。 そんな亀戸3丁目には、「亀戸遊園地」と呼ばれる一帯があり、アダルト向けの街を形成していたそうだ。、、、、「後楽園遊園地」のように子供づれでは行けないところ。


亀戸香取神社
・・・・・・・・・・・・亀戸天神より、少々小粒な神社である。 でも見所は多く、スポーツ振興の神様、こんにゃく神輿、亀戸七福神の大黒・恵比寿の像、“亀戸”由来の亀ヶ井、亀戸大根の碑、木遣音頭碑、などなど、、、、、今日は、七福神めぐりで参拝客でにぎわっていた。

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・・・・・・・・・・・・・・神社の東側の玉垣には、忘れ去られたか、「亀戸三業組合」の名が読める。

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②梅屋敷伏見稲荷神社
・・・・・・・・・・香取神社の北西、枝振りの良い梅の木が数本ある、細い裏道のお稲荷さん。 神社は梅屋敷と呼ばれた梅の名所に祀られていたが、梅の木は枯れ神社だけが残された。、、、、、七福神めぐりの人も立ち寄らない、静かなお稲荷さんだ!

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③普門院
・・・・・・・・・・・香取神社と亀戸天神の間に位置する、真言宗智山派の普門院(ふもんいん)。 大永2年(1522)に武蔵国豊島郡石浜(現在の荒川区)に創建されたと伝えられ、元和年間(1615~1624)に現在の地に移った。、、、、、本堂は廃寺のように荒れ、住職は居ないのか、疑ってしまう。

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・・・・・・・・・・・・・こちらの寺には、亀戸七福神のうち毘沙門堂内に毘沙門さまのお姿を見た。、、、、、今日も参拝する人がいたが、寺の人が見当たらない、お札も売っていない???

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・・・・・・・・・・・・寺には、歌人/小説家:伊藤左千夫の墓がある。、、、、、伊藤左千夫は明治法律学校(現:明治大学)を中退、私は明治大学を卒業。 だから、どうだと言うのだ!

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亀戸天神
・・・・・・・・・・ご存じ、学問の神様:亀戸天神。 寛文元年(1661)の創建。 今日は、受験生などが参拝し、お札、お守りを求める姿が見られた。

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・・・・・・・・・・・・・・境内中央、太鼓橋の傍らに「大阪南地 明月楼 堀江 辻川」と彫った碑が、何の説明もなく置かれている。 “大阪南地”、“堀江”は昭和初期まで隆盛を極めた「大阪四花街」の内、二つの地区である。(残る二つは“新地”と“北新地”)、、、、、明月楼は、この地に在った遊郭か? 料亭か? ひょっとすると中華料理屋か?

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・・・・・・・・・・・・・・・境内に建つ、江戸懐石の若福。 花街時代からの老舗料亭だったそうだ。、、、、、建物は、昭和23年(1948)から10年かけて、各地から取り寄せた銘木で作られている。 

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⑤天神裏の建物
・・・・・・・・・・・・・・亀戸天神の裏(北側)に残る、チョイと古そうな、チョイと“遊園地”風な、チョイと興味が沸く沸くの建物

・・・・・・・・・・・・・天神裏の元料亭。 横から見ても元料亭。

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・・・・・・・・・・・・・・元料亭前の料理屋「寿々代
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・・・・・・・・・・・・・・料理屋前に建つ、入母屋の屋根の元見番。 元見番は現「亀三天神町々会館」。、、、、、

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・・・・・・・・・・・・・・元料亭前の天神湯。、、、、、経営者は変わったが、戦前から営業しているらしい。 現建物は昭和43年(1968)の改築。、、、、天神湯の裏手には、かってカフェー街が存在していたそうだ。 残念だが、私はまだ小学校に入るか、入らないかの時代で、自分の眼で確認はできなかった。

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・・・・・・・・・・・・・天神湯の裏手には、チョイと古い木造モルタルの2軒長屋が数棟並び建っている。、、、、、カフェー街の名残りか?

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・・・・・・・・・・・・・天神湯からカフェー街と思われる処を北へ進むと、木製ドアが施錠された元アパート「三富荘」がある。、、、、、取り壊しを待っているかのようだ!

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・・・・・・・・・・・・タイル貼りの柱・腰、狭い玄関、アーチ型の窓、、、、、カフェー建築の特徴をしっかり残す建物だ。

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・・・・・・・・・・・・・・歴史を感じる理容「ナグモ」。、、、、月曜日は定休日。

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⑥天祖神社
・・・・・・・・・・推古天皇の時代に建てられたらしい古~~い、古~~い神社。 境内には亀戸七福神:福禄寿が祀られている。

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・・・・・・・・・・・・・天祖神社の裏(北側)には、かつて“柳島”という都電の停留所があり、「亀戸遊園地」の入り口に位置していた。 遊園地で遊ぶお客さんは、都電24番で上野・浅草方面から、23番では月島・深川・両国方面から、電車一本で来ることができた。、、、、、神社の玉垣には、「城東三業組合」と「亀戸遊園地」の名が刻まれている。、、、、、「遊園地」は、現代用語では“楽天地”、“楽園”、“パラダイス”と解釈し、早い話しが戦後の赤線。、、、、、遊園地には年間のパスポートチケットは無かったようだ。
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・・・・・・・・・・・・・・天祖神社の裏は北十間川が流れ、写真右側の広い通りが「浅草通り」で、かつて都電「柳島」停留所があった。 左側は墨田区文化で都営団地が並ぶ。

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⑦スカイツリーのシルエット
・・・・・・・・・・・・

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