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2016年3月 8日 (火)

旧千葉街道の裏道

稲毛からの帰り、幕張まで歩いてきた。 この区間は、総武本線の南側に京成千葉線が並行し、さらに南側に現在の千葉街道(国道14号)が走っている。 旧千葉街道 は京成千葉線と国道14号の間を並行している道である。 終戦直後までは旧千葉街道が海岸線であった。 この街道は崖下の道で、今日の散歩では、街道北側の崖上(千葉市花見川区検見川町)を歩いてみた。



①稲毛東公園
・・・・・・・・・月に2回ほど訪れる稲毛の公園(稲毛5丁目)。 ここの公園で野宿の練習をしているわけではなく、公園の一角にある高齢者のコミニティ施設でチョイと勉強をしてます。、、、、、この公園は、昭和55年(1980)に筑波の研究学園都市に移転した工業技術院微生物工業技術研究所の跡地である。 同研究所は昭和15年(1940)頃、商工省燃料局酒精研究所として設立し、その後工業技術院発酵研究所と変わり、昭和44年(1969)には微生物工業技術研究所となった。、、、、、研究所の面影をしのぶものは何もない!、、、、、写真後方は、研究所の隣接して操業していた「日本アルコール専売」(昔、アルコールは政府の専売事業だった)の工場跡地に建てられた、総戸数991戸、地上14階建てのマンション「ウェリス稲毛」。 

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②検見川の高台
・・・・・・・・・稲毛から北西に向かって歩き、東関東自動車道を越え、花見川区検見川町に入る。検見川町は全体的に台地の上に在る町だが、南側の旧千葉街道、国道14号の付近は崖下となっている。

・・・・・・・・・・・・・・検見川町5丁目の静かな住宅地。

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・・・・・・・・・・・・・・住宅地から南西方向を見ると、高台から一気に下る坂道、そのズウ~~ト先には海浜地区の高層ビルのシルエットが見える。 終戦直後、崖下にあった海岸線は高層ビルの先に、行って、行って、し~まった~!

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・・・・・・・・・・・・・旧千葉街道に下りて高台を見ると。 崖になっているのがよく判る。(検見川町5丁目付近)

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・・・・・・・・・・・・・・旧千葉街道には、今や、懐かしい店構えとなったタバコ屋さんがあった。、、、、、戦後のある時期には、可愛いタバコ屋の娘がいたかもね!

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・・・・・・・・・・・・・・・タバコ屋の近くで、旧千葉街道の道は分かれ、写真右側の道が検見川神社へ向かう旧街道。 左に行くと幕張町で旧千葉街道に合流する、旧街道のバイパス的道路。

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③三峯神社
・・・・・・・・・・・・検見川町5丁目の神社。 雅万歩のブログに、度々登場した青く塗られた狐(?)がいる神社です。

・・・・・・・・・・・・・・一昨年の手術で横隔膜が肺の中程に上がってしまった私にはチョイとキツイ、63段の階段を上り、青い狐に久しぶりの御対面。

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・・・・・・・・・・・・・・石の鳥居は、文政6年(1823)に建てられ、安政2年(1855)に再建した、200年前の古いものである。

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④小さな祠・意味不明の石碑・道祖神
・・・・・・・・・旧千葉街道には戻らず、三峯神社の境内を抜け、台地の上の道を歩いてみた。 小さな神社の多いことには驚いた。


・・・・・・・・・・・・・住宅3階分の高さがある崖だ!

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・・・・・・・・・・・・・・住宅の間の祠に、子安観音が祀られていた。 由緒? (検見川町3)

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・・・・・・・・・・・・・・検見川小学校の西側に鎮座する鷲神社。 祭神は鷲大明神で、検見川神社の境外末社である。 境内には「尾鷲神社」と彫った碑もある。、、、、どっちの名が正解か?、、、、本名と俗名だと、理解しておくことにした。、、、、お粗末ながら神楽殿らしき建物もある!

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・・・・・・・・・・・・・・・鷲神社の境内は、「検見川3丁目自治会館」で二分されている。 その半分に、末社の秋葉神社・三峰神社・古峰神社・?神社などが並んでいた。 

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・・・・・・・・・・・・・・検見川公民館前の検見川町2丁目には「平和之礎 内閣総理大臣 岸信介書」と彫られた石碑が建てられていた。 裏側に昭和34年(1959)建立と標されているが、建立の趣旨が読めない。、、、、、千葉市内にある旧軍隊施設跡に「平和之礎」の碑が見られるが、ここもその一つなのか? もしそうなら、どんな施設があったのか? 謎の多い石碑だ!

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・・・・・・・・・・・・・平和之礎の隣には、道祖神が祀られていた。

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・・・・・・・・・・・・・検見川町2丁目の中央部、“ここにもあった!三峯神社”。 なぜか、賽銭泥棒でもするような気分となって、住宅の裏側の鳥居をくぐり、社殿(?)に向かう。、、、、、これでも神社か! 気落ち、落胆、アンポンタン! 

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⑤広徳院
・・・・・・・・・京成千葉線検見川駅の南側に、真言宗豊山派の広徳院がある。 宝亀5年(774、=平安時代初期)に創建された。 広い境内があるお寺だ! 創建は平安時代初期の真言宗豊山派の寺。、、、、、フォーク歌手の吉田拓郎が、昭和41年(1966)(20歳頃)、民謡収集のために広島から上京しここ広徳院に半年間居候をしたことは、地元では有名な話らしい。 地元住民でない私は、知らなかった。

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検見川神社
・・・・・・・・・・検見川町の台地を歩き、検見川神社の前で旧千葉街道に出る。
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・・・・・・・・・・・・・・正面に検見川神社の鳥居が見える。
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・・・・・・・・・・・・・・これみて、ナント、ありとあらゆる願い事OKの神様だ! 願い事のデパートである、、、、、ヨシ!今日もグリーンジャンボの一等当選をお願いして行こう。

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・・・・・・・・・・・・・賽銭を奮発して、“一等当選宜しく”。

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