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2016年3月21日 (月)

浅草橋~飯田橋

我が家(浅草橋)から、靖国通り沿いに歩いて靖国神社へ、そして飯田橋駅から帰宅。 1万3千歩、10kmの散歩です。

浅草橋駅 ・・・・・・・・・・・・江戸通り(国道6号)に面する東口が浅草橋駅の正面玄関ならば、我が家から徒歩2分程の浅草橋駅西口(秋葉原寄り)は勝手口というところだ。、、、、、その勝手口に今月26日エレベータ設置工事が完了し、利用できることとなった。 総武緩行線に残るバリアフリー化未対応駅の最後の2駅(浅草橋、御茶ノ水)の一つが解消する。 メデタシ・メデタシ。、、、、このエレベータの設置にはJRも苦労したようだ。 昭和7年(1932)、総武線の両国~御茶ノ水間の開通と同時に開業した高架駅の浅草橋駅である。 ホームは高架の両側に張り出した位置にあり、ホームの直下は2車線程の道路となっている。 ホームに出る、エレベータを設けるためには、この問題を解決しないと設置できない。 JRの解決策は、西口改札内(高架部分の下)にエレベータを設置して、まずは1階改札から2階に上がり、2階には上下線のホーム下に張り出した部分にそれぞれエレベータを設けたのである。 (説明するのも、ややっこしいほど複雑な構造となている)、、、、、できたら、ぜひ一度、体験乗車(?)してみてください!

・・・・・・・・・・・・・駅の西口、、、、、道路側に出っ張った部分の円柱の上に、2階と3階ホームを結ぶエレベータがある。

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・・・・・・・・・・・・・改札口は2階の廊下下となる。

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・・・・・・・・・・・・・西口改札口の右奥に、1階と2階を結ぶエレベータが設置された。 これで2階まで上がり、それぞれ上下線ホームに出るエレベータに乗り換えることになる。

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②左衛門橋
・・・・・・・・・・・・浅草橋駅西口南側に、神田川に架かる左衛門橋(さえもんばし)がある。 この橋は、台東区浅草橋1丁目、中央区日本橋馬喰町2丁目、千代田区東神田2・3丁目の町境となっている。 まず、橋の上流側は千代田区、下流側は南詰が中央区、北詰が台東区である。 3区の境の交点は橋の中央らしい。、、、、、この橋は、明治8年(1875)に民間の有料橋(賃取橋)として架けられた。 昭和5年(1930)には、震災復興事業の一環として現在のような橋となったという。 現在の橋は、親柱によると平成12年(2000)に大規模改修を行った。、、、、、橋名は、橋の北詰(台東区側)に鶴岡藩の酒井左衛門尉の下屋敷があったことからこの名となった。、、、、私が小学生の頃(昭和30年代)までは、浅草橋駅付近の北詰には“左衛門橋通り商店街”があったが、商店街はいつのまにか名も実も消え去った。

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・・・・・・・・・・・・・北詰下流側に台東区が管理する公園があり、親柱の隣には台東区が設置した地名案内板がある。

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・・・・・・・・・・・・・・北詰上流側に千代田区が管理する公園があり、千代田区の地名案内板が立てられている。

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・・・・・・・・・・・・・・南詰下流側に中央区が管理する公衆便所があり、只今改築中、近々完成します。 綺麗なうちに、ぜひ、ご利用をお待ちしております。

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・・・・・・・・・・・・・・南詰上流側は千代田区が管理する小公園。 只今ホームレスが一部使用中。

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③和泉橋
・・・・・・・・・・神田川に架かり、橋上には昭和通りがある。 さらに頭上には首都高が通る。、、、、、寛永年間(1632~1644)には「いつミ殿橋」(神田川の北側に藤堂和泉守(いずみのかみ)の屋敷があつたことに由来)として架けられていたようだ。 明治25年(1892)には、鉄橋として架け替えられた。 現橋は昭和 5年(1930)に震災復興事業によりアーチ橋として架けられた。 装飾の少ない、味気ない、面白くない橋だ!

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④北原ビル
・・・・・・・・・和泉橋の際に、昭和2年(1927)に建てられた、旧北原プレス機械の建物。 鉄筋コンクリート造、地上5階/地下1階建てだが、4階以上は後の増築だろう? 施工は清水組(現:清水建設?)。、、、、、玄関上の丸窓がワンポイントのようだ!

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⑤柳森神社
・・・・・・・・・和泉橋と万世橋の中間、神田川の岸(柳原土手)に、長禄3年(1459)に創建した由緒ある柳森(やなぎもり)神社。、、、、、太田道潅が江戸城を築いた際、神社周辺に柳を植えて鬼門除けの柳の森とし、その鎮守が柳森神社と言うこと。 境内社の福寿社は福寿神の狸を祀っている。、、、、、、新橋の烏森(からすもり)神社、日本橋堀留の椙森(すぎのもり)神社とともに江戸三森と称されている。

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⑥神田まつや
・・・・・・・・・・・明治17年(1884)に創業した老舗の蕎麦屋さん。 建物は大正14年(1925)の建築。
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⑦麻雀kiya
・・・・・・・・・・・小川町の雀荘。 営業をやめて、10年以上が経過したかもしれない。 一昔前の雀荘として、ドアが雰囲気を残している!

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⑧神保町の建築
・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・文房堂(文房ビル)・・・・・・・・・・大正11年(1922)の旧本社ビルの外観を保存した彫刻のような建物は、神田すずらん通り(三省堂の裏通り)の象徴的な画材屋さん。 重厚な建物は、いくつかの景観賞も受賞している。

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・・・・・・・・・・・・・神田すずらん通り周辺には、まだ戦前の建物も残っている。

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・・・・・・・・・・・・・・神保町の表通りにも、、、、、、かつては、棟続きで長屋のように並んでいた大正14年(1925)の建物。 3階には丸窓の付いた屋根裏部屋があったそうだ。 メガネの三鈴堂眼鏡店は、明治12年(1879)創業の老舗眼鏡店。

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・・・・・・・・・・・・・一誠堂は、創業100年をこえる、神保町でも老舗中の老舗の古書店。 昭和6年(1931)に建てられたという店舗ビルは、靖国通り沿いの歩道から、一段高くなっている。

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・・・・・・・・・・・・・矢口書店・古賀書店は洋風ファサードをイメージした木造3階建て建築で、昭和3年(1928)に建てられた。

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⑨靖国神社
・・・・・・・・・・・桜の標本木を見に来たので、まずは、手を合わせるだけ。

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・・・・・・・・・・・・・・昨日の天気予報で、今日桜の開花宣言が出そうだと聞いて、桜の標本木を見てきた。 出ました、出ました、開花宣言が出ました!、、、、、標本木の周囲はテレビカメラがいっぱい、出ました、出ました、私がTVに出ました! 野次馬が桜の木を見上げている姿が、TBS、フジTVに映りました!、、、、帰宅すると、妻の口から、出ました、出ました、『パパ、フジTVに映っていたわよ!』 昼のニュースでは、TBSにも映っていました。 『NHKと日テレと朝日は、まだか?』 欲も出ました。

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・・・・・・・・・・・・・・・神門をくぐって左側(標本木の反対側)の灯篭の基壇部分には、明治時代の測量の基準点である、几号水準点 が標されている。 こちらは、ついでの、おまけで、見てきた。
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⑩桜
・・・・・・・・・・飯田橋駅前では、満開に近い桜が綺麗に咲いていた。

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