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2016年3月15日 (火)

神谷町

数日ぶりに、快晴の東京。 地下鉄神谷町で下車し、駅をの東側(港区芝公園3丁目)と、西側(港区麻布台1丁目)を歩いてきた。 8千歩、6㎞。


①芝公園3丁目
・・・・・・・・・・・一昨年の4月に歩いた「芝公園 」の行程と一部同じで、オランダ大使館前から飯倉交差点まで、芝公園3丁目を歩いた。

・・・・・・・・・・・・・・・神谷町駅、、、、、、、、神谷町駅(かみやちょうえき)は、昭和39年(1964)に開業した日比谷線の駅である。 開業時は乗降客もさほど多くない地味な駅であったが、昭和の後期あたりから駅周辺には、大きなオフィスビルが建ち、地下鉄利用客も増えた。、、、、、平成7年(1995)3月20日、地下鉄サリン事件が発生した時、私の勤務地は六本木で日比谷線を利用していた。 朝、私の乗る通勤電車が日比谷駅で停車したままとなり、運転中止となった。 私は、訳わからず、日比谷駅から裏通りを通り、神谷町駅前を抜け六本木の会社まで歩いた。 そして、会社でサリン事件を知ることとなった。 なんと、私が乗った電車の一本前の電車でサリンが撒かれたのだ。 当時の私の部下も一人被害者となった。 神谷町の駅に来ると、思いだす事件である。、、、、まもなく21年目となる、被害者に合掌。

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・・・・・・・・・・・・・・オランダ大使公邸、、、、、、、現在地にオランダ公使館が移転したのは明治16年(1883)である。 木造の建物は関東大震災で焼失し、その後昭和3年(1928)に2階建て、鉄筋コンクリートの大使公邸が建てられた。 設計はアメリカ人のジェームズ・マクドナルド・ガーディナーであるが、施工中に他界したため、ガーディナー建築事務所の上林敬吉が引き継いだ。 施工は清水組である。、、、、門の中は他国につき、外からパチリ!

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・・・・・・・・・・・・・・東京都水道局芝給水所、、、、、、現正門は、明治31年(1898)に造られた淀橋浄水場の門を昭和40年(1965)に移築したものである。、、、、給水所のレリーフは、明治31年(1898)の通水時の流入弁室の入口部に、嵌め込んだ銘板である。

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・・・・・・・・・・・・・・幸稲荷神社、、、、、、、幸稲荷神社は、鎮守として応永元年(1394)に勧請した。、、、、扁額には、「幸神社」と「瘡護(かさもり)神社」の社号が掲げられている。 瘡護神社は、病気の際に土の団子を供え、平癒したら米の団子を供える風習があり、本社(稲荷神社)よりも参拝者が多かったといわれていたそうだ。

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・・・・・・・・・・・・・・聖アンデレ教会/聖オルバン教会・・・・・・・・・・・飯倉交差点から東京タワーの方角に上る坂の途中に日本聖公会の二つの教会がある。、、、、聖アンデレ教会は、明治6年(1873)に2人の英国人宣教師によって、日本人への伝道が開始され、明治10年(1877)には、現在の地に木造の聖堂が建てられた。 戦後、仮の礼拝堂が整備されていたが、平成8年(1996)には、現在の近代的で明るい鉄筋コンクリート造の聖アンデレ教会が完成した。、、、、、一方、昭和31年(1956)には、聖アンデレ教会の「敷地内に英語礼拝のための聖堂を建てたい」という思いがあり、新たな礼拝堂としてアントニン・レーモンドの設計で木造の聖オルバン教会が建設された。、、、、、、、現在、聖アンデレ教会は礼拝を日本語で、聖オルバン教会は英語で実施している。、、、、ともに、私好みの名建築である。 

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②麻布台1丁目
・・・・・・・・・・・こちらも、一昨年に歩いた「神谷町~六本木 」の行程と一部同じで、西久保八幡神社(この神社の住所は虎ノ門5)から霊友会釈迦殿、六本木一丁目駅まで歩いた。

・・・・・・・・・・・・・・西久保八幡神社、、、、、、、、神谷町駅出入口近くの八幡神社。 寛弘年中(1004-1012)霞ヶ関に創建され、太田道灌の江戸城築城に際して現在地に遷座された。、、、、参道の階段上の鳥居に、明治時期代の水準測量の標石である几号水準点 (“不”の字形)が標されている。

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・・・・・・・・・・・・・・霊友会釈迦殿、、、、、、、西久保八幡神社の境内裏の細い階段を下りると、霊友会釈迦殿に出る。 1階は吹き抜けで、その上に3500人収容の大ホール、廻廊がV型の柱で支えられている構造は、何度拝見しても“凄い!”、、、、大ホールでは数人の信者の方が手を合わせていたが、デカ過ぎて圧倒されるだけだ。 (内部は撮影禁止)

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・・・・・・・・・・・・・霊友会釈迦殿の前の雁木坂、釈迦殿横の三年坂を抜けると、日本郵政飯倉ビル(旧逓信省貯金局)の裏手・崖下の窪地に出る。、、、、窪地に建つ、住宅、マンションなど、建物は半数以上が空き家となり、「森ビル」の再開発を待っているようだ!

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・・・・・・・・・・・・麻布ロングビーチマンション、、、、、麻布には海がないのに、“ロングビーチ”の名が印象的なマンション。 築後40年以上経過した、昭和48年(1973)に建てられたマンションも、再開発の対象なのか、空き部屋もあるそうだ。

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・・・・・・・・・・・・吉田苞竹記念会館、、、、、、麻布ロングビーチマンションの前にある、書家:吉田苞竹の記念会館も立ち退き、閉鎖されてた。

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・・・・・・・・・・・・・・横川省三記念公園、、、、、元朝日新聞の記者で、日清・日露戦争では海軍従軍記者などとして活躍した横川省三(1865~1904)を記念して造られた公園。 昭和13年(1938)、遺族保存会から寄贈された場所(現六本木3丁目)を公園にしたが、昭和39年(1964)の首都高工事のために現在地(麻布台1)に移された。、、、、、人影も少なくなった麻布台の窪地の小さな寂しい公園。

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・・・・・・・・・・・・・・六本木住宅、、、、、麻布台1丁目と地続きで隣接する六本木1丁目にある公務員住宅。 コンクリート造9階建て、総戸数90戸の集合住宅は昭和59年(1984)に建てられたが、こちらも再開発の対象なのか、建物は閉鎖された。、、、、、都心の高級オフィス街に建つ、2DK(50㎡)の家賃が21,500円程の物件だった。 残念だが入居できず!

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