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2016年7月25日 (月)

四谷の寺町

JR中央線の北西側で、外苑東通りの東側、さらに新宿通りの南側の地域。 町名で言えば、新宿区「若葉」・「須賀町」・「左門町」を歩いてきた。 四ツ谷駅で下車し、適当に歩き、四ツ谷駅まで、1万1千歩、8kmの散歩。 
 
・・・・・・・・・・・・・この地域は、将軍:徳川家光の時代、寛永11年(1634)に江戸城外堀を造ることになり、現在の麹町地区にあった多くの寺が立ち退きを余儀なくされ、外堀の外である現在の新宿区須賀町・若葉二丁目を中心とした地域に集団移転したことにより寺町と成った。 現在の地図を広げてみると、たしかに寺の隣に寺、寺の前に寺、寺の裏に寺、寺と寺の隙間に民家がある感じ。
 
 
①四ツ谷駅・・・・・・・・・・明治27年(1894)10月9日、甲武鉄道の停車場として開業。 ホームは周囲の道路、駅舎よりも低い位置の外堀の中にある。、、、、ところで、町名・小学校名・警察・税務署は「四谷」で“ツ”なし、駅名だけが「四ツ谷」で“ツ”あり。
 
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②東京若葉キリスト教会・・・・・・・・・・・迎賓館前の若葉1丁目、東京若葉キリスト教会は明治34年(1901)、アメリカから来日した宣教師が布教活動を行った教会で、会堂は昭和23年(1948)、建築家ウィリアム・ヴォーリズ事務所により設計された。 木造2階建。、、、、数年前に改修工事が行われ綺麗になった。
 
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③R邸・・・・・・・・・・・若葉の住宅。 中華風建物をイメージさせる、反りのある屋根、窓の格子のデザインなど、、、、、昭和初期の建物か?
 
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④西念寺・・・・・・・・・・若葉2丁目、浄土宗西念寺は、専称山安養院と号し、文禄2年(1593)麹町清水谷に、服部半蔵正成によって開山した。 服部半蔵は徳川家康の重臣で、槍の名人、忍びの達人であった。(忍者ハットリ君の祖先かも?)  寛永11年(1634)に現在地へ移転した。、、、、、、昭和20年(1945)戦災にて被災し、昭和36年(1961)本堂を再建した。 葵の御紋を配した門扉が迎えてくれる寺。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・境内には家康の家臣、「鬼の半蔵」といわれた服部半蔵の墓がある。、、、、半蔵の法名は「専称院殿易安誉西念大禅定門」で、寺の山号寺号はこの法名からとられた。
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⑤観音坂・・・・・・・・・・西念寺裏に位置し、南西に向けて下る、約85mの急坂。 案内標識には、「 西念寺と真成院の間を南に下る坂。 坂名は 真成院の潮踏観音に因む。 別名は西念寺坂・潮踏坂・潮干坂。 潮踏観音は,江戸時代以前に四谷周辺が潮踏の里と呼ばれたことに因む。 潮の干満につれ台石が湿ったり乾いたりするので 汐干観音とも呼ばれた。 」と標されている。
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・・・・・・・・・・・・・坂上には西念寺、坂下には真成院、坂の途中には蓮乗院信壽院と寺が並ぶ。
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・・・・・・・・・・・・・坂を下ると谷底に下りたことになる。
 
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⑥戒行寺坂・・・・・・・・・観音坂の反対側、今度は須賀町に向かい、かなり急な上り坂。 長さ120m程、平均斜度6度。 ここでも案内標識には、「須賀町 戒行寺(かいぎょうじ)の南脇を東に下る坂である。坂名はこの戒行寺に因むものである。  別名,油揚坂ともいわれる。これは,昔この坂の途中に豆腐屋があり良質の油揚をつくっていたため こうよばれたという。 」と、標されている。、、、、、こちらも、坂の中程には、一燈寺宗福寺戒行寺、坂上には西應寺勝興寺と左右に並ぶ。、、、、暇人の散歩なので、各お寺に立ち寄り手を合わせてきたが、『雅万歩』では私の好みで紹介する。
 
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⑦戒行寺・・・・・・・・・・・・・須賀町の日蓮宗寺院、戒行寺は、文禄4年(1595)麹町に戒行庵として創建された。 江戸期には身延山末頭5ヶ寺の一つとして繁栄、塔頭数ヶ院を擁していた。、、、、、、どこの寺も戦災で被災したらしく、こちらも比較的新しい本堂である。
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・・・・・・・・・・・・・・境内には、戒行寺に葬られた「鬼平犯科帳」の主人公長谷川平蔵の供養塔がある。、、、、、小説にあやかり、参拝客を増やすため、建てたようだ! 独断と偏見の考察。 
 
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⑧永心寺・・・・・・・・・・戒行寺坂を上がり、道なりに直進すると、須賀町に曹洞宗の蟠龍山永心寺がある。 慶長9年(1604)、麹町清水谷に起立したが、周辺の寺々と同じく、寛永11年(1634)に現在地に移った。、、、、、こちらの本堂は戦災に遭わなかったのか、築300年の本堂が、風格をおびて残されている。、、、、今日は施餓鬼で、檀家の人を迎える準備がなされていた。
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⑨須賀神社・・・・・・・・江戸時代初期から四谷の地(新宿区須賀町)に鎮座する総鎮守。 この須賀神社も、もとは今の赤坂、一ツ木村の鎮守で、清水谷に有った。 のちの寛永11年(1634)に外堀普請のため、現在地を替地として拝領し移転した。、、、、、戦災前の社殿は、15年の歳月をついやして文政11年(1828)に竣工したが、昭和20年(1945)5月の東京大空襲で、本殿並びに内陣と境内摂社を残した外一切の建物を失った。 現社殿は、昭和63年(1988)秋に着工、平成元年(1989)に完成した。 都内では数少ない金色燦然と輝き、荘厳華麗を極めた建築物である。
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・・・・・・・・・・・・・・・社殿内部には天保7年(1836)に完成した“三十六歌仙”の絵が、一人一枚に描かれ飾られている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・境内から眺める新宿区若葉1・2丁目。 手前下に見える屋根は妙行寺、中央奥に見える屋根は真英寺
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⑩本性寺・・・・・・・・・・・・永心寺の門前を西に向かい、外苑東通りに出る直前(須賀町)に、日蓮宗の本性寺がある。 本性寺は、本性庵として創建され、寛文10年(1670)に平等山本性寺と改号した。 境内には、江戸城本丸から移されたという北向毘沙門天堂が安置されています。
 
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陽運寺/四谷於岩稲荷田宮神社 ・・・・・・・・・・・・四谷怪談にまつわる寺社
 
・・・・・・・・・・・・・陽運寺、、、、、、、新宿区左門町に日蓮宗の陽運寺がある。 四谷怪談の主人公「お岩さん」を、「御岩稲荷」として祀った寺。 寺では、お岩さんを、家庭を大事にした貞淑な妻として祀り、「えんむすび」の寺としてPRしている。
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・・・・・・・・・・・・・四谷於岩稲荷田宮神社、、、、、、、陽運寺の向かい側に四谷於岩稲荷田宮神社がある。 田宮神社は、江戸幕府の御家人田宮家の屋敷社であった。 “四谷怪談”の主人公田宮伊左衛門の妻:於岩を合祀し於岩稲荷田宮神社と称している。、、、、、両稲荷は「本家」と「元祖」の関係か?
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●・・・・・・・・・・・・・・・・今日の散歩は寺社巡りとなったが、私が立ち寄った寺社の4倍ぐらいはこの地域に在りそうだ。 まだまだ散歩する処は残っているね!
 

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