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2016年9月 1日 (木)

お茶の水坂

今日は水道橋のクリニックにて、循環器系の定期検診の日。 約30項目の検査項目の結果は、中性脂肪が基準値よりチョイと高いだけ、先生からは『合格』の言葉をもらう。、、、、受付嬢には、笑顔で次回の予約をして、クリニックを後にする。 気分よく、お茶の水坂の周辺をうろつき、我が家(浅草橋)まで歩いて帰ることにした。、、、、9千歩、7kmの散歩。

 
 

①水道橋交差点・・・・・・・・南北の白山通りと東西の外堀通りの交差点。、、、、、私が卒業した中・高等学校は、ここ水道橋から都電に乗って白山通りを北へ行った指ガ谷町(現:文京区白山)にある。 また、50代の勤務地は後楽園の近く、今通うクリニックもこの近く、通学・通勤で50年以上見続けてきた交差点だが、50年前の面影はなく、自分の年を感じる交差点となってしまった。、、、、、写真、手前から中央奥に向かう道が外堀通りで、奥の坂が「お茶の水坂」である。

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②都立工芸高等学校・・・・・・・・・・・水道橋交差点に建つ都立高校。 明治40年(1907)、東京府立工芸学校として京橋区築地に開校した。 大正12年(1923)の今日、関東大震災のため校舎は全焼し、昭和2年(1927)本郷区元町の現在地に新校舎が落成した。 この時の校舎は、平成4年(1992)まで使用されていたが、平成9年(1997)に現在の地上9階/地下2階の新校舎が完成した。
 
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③昭和第一高等学校・・・・・・・・・・お茶の水坂に面し、都立工芸高等学校の隣に建つ昭和第一高等学校。 昭和4年(1929)の開校した男子校だが、平成17年(2005)から男女共学となる。、、、、私の中・高等学校は男子校で、近くの女子校の生徒が眩しく、美しく見えたものだ。 顔も見られず、声もかけられず、手紙は字が下手で書けず、内気で恥ずかしがり屋な学生だった。 今、想えば、時間を無駄にし、もったいないことをした。、、、、時計塔のある校舎は、昭和6年(1931)竣工、鉄筋コンクリート造4階建て、設計は木田保造(主に北海道函館で活躍し、多くの作品を残している)、施工は木田組。
 
・・・・・・・・・・・・・・・駿河台から遠望する
 
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・・・・・・・・・・・・・・・時計塔のある正面
 
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・・・・・・・・・・・・・・・玄関前はチョイと狭く、正面から撮れない!
 
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④元町公園
・・・・・・・・・・・お茶の水坂に面し、昭和第一高等学校の隣にある、関東大震災の復興公園。 昭和5年(1930)に開園し、その後改修されているが建設当時のデザインが随所に残され、いまも“昭和”の匂いが残る貴重な公園。 
 
・・・・・・・・・・・・・・坂に面した公園の正面入口のデザインは素晴らしい!
 
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・・・・・・・・・・・・・・・正面階段上部にはアーチ状の壁泉もある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・水が階段状に落ちる“カスケード”と呼ぶ施設。 何年も前に、水は蒸発したようだ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・太い円柱の“パーゴラ”。
 
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・・・・・・・・・・・・・・大谷石を貼りつけた公園の隅のモニュメント。 鷹をデザインしたようだ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・・広場を囲むコンクリート柵に造られた十字の穴。
 
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・・・・・・・・・・・・・・今は造らない、2方向へ向かうコンクリート製のすべり台。 
 
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⑤旧東京市元町尋常小学校(旧文京区立元町小学校)
・・・・・・・・・・・復興公園「元町公園」の隣りに復興小学校「元町尋常小学校」が残っている。 明治44年(1911)に創立し、震災後の昭和2年(1927)に現在地に移転し、鉄筋コンクリート造の校舎となった。 その後、少子化のため平成10年(1998)に閉校となる。 玄関から校章・校名が取り外され、現在は順天堂大学などに貸し出されている。、、、、、ちなみに、江戸時代(元禄)から続いた「元町」の地名は昭和40年に消え、現在は本郷1丁目である。
 
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⑥お茶の水坂・・・・・・・・・・・水道橋交差点から順天堂医院まで外堀通りを上る坂。
 
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・・・・・・・・・・・・・坂の途中に神田川に架かっていた「神田上水懸樋(掛樋)跡」の碑がある。、、、、、江戸時代、神田川に木製の樋(とい)を架け、神田上水を通し、神田、日本橋方面に給水していた。 明治34年(1901)まで、日本最大の都市水道として、大きな役割を果たした。 この樋は、掛桶(かけひ)と呼ばれていたそうだ。、、、、つまりは、神田川に架けられた、木製の水路である。
 
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⑦旧都教育庁お茶の水庁舎・・・・・・・・・お茶の水坂を上がり本郷給水所の近くに、都の施設「トウキョウワンダーサイト」がある。 この建物は、都の庁舎として長年利用されてきたが、現在は若い芸術家の発表施設となっている。、、、建物は年代不詳だが、私の推定では昭和初期だな。、、、、内部はギャラリーとして利用され、無料で誰でも観ることができる。
 
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