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2016年10月18日 (火)

京成高砂~亀有

京成高砂駅から、なんとなく北に向かい、中川橋を渡りJR常磐線亀有駅まで、1万1千歩、8kmの散歩です。
 
 
京成高砂駅 ・・・・・・・・・・我が家のある浅草橋からは、都営浅草線に乗ると、京成高砂までは乗り換えなしで所要時間19分。 さほど遠くないところにあるのだが、隅田川を地下で渡って、荒川の長い鉄橋を渡り、中川の鉄橋も渡り、着いた駅が京成高砂である。 気分的には“千葉県高砂市”に来たようだ。 朝の上りホームは通勤客がズラリ、東京のベットタウンかな(?) ここは、“東京都葛飾区高砂”である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・下りホームは、京成本線で“市川市国府台”付近に通う大学生、北総線沿線の大学生、成田スカイアクセス線で空港へ向かう旅行客、それぞれが乗り換える程度。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅北側は、商店街はない、スーパーもない、団地もない、しかし住宅は密集する下町である。、、、、、住民は、じっと静かに再開発を待っているのか?
 
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②高砂の3寺・・・・・・・・・・駅の北(高砂7)に関東大震災で被災し当地に移転した3寺が並んでいる。、、、、震災当時、高砂駅周辺の地は一帯が農地であったそうだ。
 
・・・・・・・・・・・・・浄土宗寺院の源照寺は、寛永3年(1626)に浅草蔵前鳥越付近に創建し、明暦の大火に類焼後、山谷(台東区)に移転した。 関東大震災で焼失し、昭和3年(1928)に現在地に移転した。、、、、、山田流琴曲の祖山田検校、義太夫の竹本綾太郎の墓もある。
 
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・・・・・・・・・・・・・曹洞宗寺院の祟福寺は、慶長5年(1600)、日本橋浜町で祟福庵を結んでいた、慶長18年(1613)前橋城主酒井雅楽守忠世の帰依により堂舎を建立し祟福寺として創建した。 関東大震災でで罹災し、昭和3年(1928)に現在地に移転した。、、、、、画家長谷川等伯の墓碑がある。、、、、今朝は、なにやらドラマのロケでもあるようだ。
 
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・・・・・・・・・・・・・祟福寺の隣には、浄土宗寺院の大秀寺がある。 寛永5年(1628)、本郷湯島に創建、明暦の大火後に浅草山谷へ移転した。 関東大震災で罹災、大正15年(1926)に当地へ移転した。、、、、、江戸の侠客で、幡随院長兵衛の死後、町奴の頭目として重きをなした唐犬権兵衛の墓がある。
 
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③高砂踏切・・・・・・・・・・高砂6丁目と7丁目の境にある、総武線新小岩駅と常磐線金町駅を結ぶ新金貨物線 の踏切。 どこにでもある普通の踏切である、ここを一日数本の貨物列車が通過する。 なかなか散歩中に出合わせることはなく、たまには通過する姿を見たいものだ。、、、、、踏切を越えると中川の堤防までは、200mもない。
 
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④角柱三猿浮彫道標・・・・・・・・・踏切の近くに、元禄6年(1693)に建てられた、葛飾区内に現存する最古の道標がある。 石仏などと並んでいる、写真左端の角柱である。 私には、判読不可能なため、説明には、『道標上部の正面、左右側面にかなり磨滅している仏形坐像又は三猿と思われる浮彫があります。碑文は、正面に「これより右ハ 下川原村 さくら海道」、右面は「これより左 下の割への道」と書かれ、左面には年号が記されています。 千住宿から分かれる水戸佐倉街道は、新宿町の南で常陸国水戸と下総国佐倉へ向かう道に分かれます。「下川原村」は新宿町の小字名、「下の割」は東葛西領の南の地域(現在の江戸川区)をさします。』と記されていた。、、、、“元禄”は回転ずしにあらず、松尾芭蕉『奥の細道』へ旅立ち、赤穂浪士の討ち入り、の時代である。
 
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⑤中川・・・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・・新宿1丁目で、中川の堤防にのぼってみると、雲は多いが、秋の爽やかな風も流れていた。、、、、「新宿」は葛飾区の地名、「にいじゅく」と読む。
 
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・・・・・・・・・・・・・・中川橋、、、、、、かつて、水戸街道の千住宿と松戸宿の間のこの地(新宿2丁目)には、新宿の渡しがあった。 明治17年(1884)には、明治天皇の行幸に合わせて橋が架けられ、渡しは廃止された。 その後、昭和8年(1933)に2代目の中川橋が完成した。 そして、平成20年(2008)には事業費28億円にて現在の中川橋が架けられた。、、、、橋を渡ると亀有の町となる。
 
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⑥亀有香取神社・・・・・・・・・・亀有駅に近い香取神社は、建治2年(1276)本宮の分霊を勧請して創建した。 江戸時代には亀有村の鎮守さまであった。、、、、、神社は、今、マンガの主人公:両さんにご利益をいただいているようだ。 主人公を描いた絵馬・おみくじ・お守り、売れ行きも上々。 境内には像もある。、、、、、鉄筋コンクリート造の現社殿は昭和42年(1967)に建てられた。
 
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亀有駅 ・・・・・・・・・・・・・ここでも、マンガの主人公:両さんが、北口、南口に立っていた。
 
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