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2016年12月20日 (火)

御徒町

いよいよ我が家も年末モードに突入したようだ。 私は、朝一で皮膚科の検診を受けに川向こうの同愛記念病院(墨田区)へ行く。 出がけに、『病院の帰り、浅草へ行ってきて!』と、妻から年末の買い物を頼まれる。 午後は、昼寝でもするかとウトウト・・・・・ 『アッ!御年賀まだ買ってなかった』と、ベッドから飛び起き、『ちょっくら、松坂屋へ行ってくる』と、家を飛び出す。 デパートは歳末商戦で忙しそうだ、店員に品揃えを頼み、出来上がるまでの、一時間半程チョイとアメ横あたりをぶらついてきた。
 
 
 
●・・・・・・・・・・・・歳末の風物詩、救世軍の社会鍋。 今年も、少々だが協力させてもらった。、、、、しばし見つめていたら、傷痍軍人を思い出し、チョイと目が潤んだね。 戦後の一時期、上野界隈には多くの傷痍軍人がいて、年末の寒い日、街角の冷たい路上に座り、頭を下げる姿を見るのは子供の私にも辛いものであった。
 
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●・・・・・・・・・・・・お笑いの老舗、漬物の老舗、、、、、いつまでも変わらぬ人気の笑いと味だ。
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●・・・・・・・・・・広小路と湯島と池之端の中間に位置する「仲町通り」。 新宿歌舞伎町に負けない、日本有数の繁華街。、、、、、居酒屋、キャバクラ、パブ、バー、ホテル、韓国料理屋、ラーメン屋、焼肉屋、タバコ屋、酒屋、ブティック、コンビニなどなどが並ぶ、もちろん風俗店もある街。 ぼったくりバーの客引きに騙されないように、注意喚起の放送も流れている街。 でも、“チョイと入ってみようか”と、心も、財布もゆるむ街。、、、、最後は交番に泣きつく街。
 
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●・・・・・・・・・・・仲町通りにある、昭和モダンな黒沢ビル(国の登録有形文化財)。 昭和5年(1930)の建物には、現在、眼科と歯科が入居している。、、、、、玄関上部のステンドグラスは、戦前のステンドグラス作家:小川三知(1867~1928)の作品。必見!
 
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●・・・・・・・・・・・戦後、闇市となり様々な物品が売られ、特に飴を売り捌く店が当時200軒以上あった事から「アメヤ横丁」と呼ばれた。 「アメヤ横丁」がつまり、「アメ横」と呼ばれている。、、、、私が知る戦後のアメ横では、駄菓子類、駐留軍横流しのガム・チョコレート・ビスケットなど、“その道の女性”が好んだ化粧品・ストッキングなども、さらには腕時計、舶来タバコなども、アメ横はアメリカに最も近い店でもあった。、、、、、今は、東南アジアの屋台も並び、客も東南アジアの観光客だ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・今日の最後は、摩利支天に手を合わせて帰宅することに。、、、、おっと、松坂屋に寄って、品物を受け取って帰らないと、、、、、
 
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●・・・・・・・・・・・ オット、忘れてた。 松坂屋に寄って、品物を受け取って帰らないと、、、、、
 
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