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2016年12月25日 (日)

浅草橋~水道橋

我が家(浅草橋)から蔵前橋通り沿いに歩いて水道橋駅まで、1万2千歩の散歩です。
 
 
 
①甚内神社・・・・・・・・・・我が家から1分半の至近距離にある、浅草橋3丁目、裏通りの小さな社の甚内神社(じんないじんじゃ)。 神社の由緒は、、、「甚内霊神」の名で江戸時代初期に創建された。 「甚内」は武田家の家臣高坂弾正の子で、主家滅亡後、祖父に伴われ諸国を行脚するうち宮本武蔵に見出されて剣を学び奥義を極めた。 武田家再興をはかり、開府早々の江戸市中の治安を乱したため、瘧(おこり、=マラリア)に苦しんでいたところを幕府に捕えられた。 鳥越の刑場で処刑されるとき「我瘧病にあらずば何を召し捕れん。我ながく魂魄を留、瘧に悩む人もし我を念ぜば平癒なさしめん」といったことから、病の治癒を祈る人々の信仰を集めたという。、、、、、、今でも、8月の甚内の命日には、有志の方から子供に菓子が配られている。 地域にピッタリと密着した神社である。
 
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②鳥越神社・・・・・・・・・・こちらは浅草橋の町とは蔵前橋通りを挟み向かい合わせる鳥越2丁目にある、「鳥越の夜祭」で全国的に有名な神社。、、、、白雉2年(651)、日本武尊を祀って白鳥明神と称したのに始まる。 前九年の役征圧のため源頼義、義家父子がこの地を通った際、白い鳥が飛ぶのを見て浅瀬を知り大川(隅田川)を渡ることができた。 それを白鳥明神の加護とたたえ、鳥越大明神の社号を奉った。 江戸時代までは2万坪の広大な敷地を有していたが、徳川幕府にほとんどの土地を取り上げられたそうだ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・神社前の蔵前橋通り。 この通りは、関東大震災後に、造られた文京区湯島から江戸川区小岩に伸びる通りである。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・道筋の植え込みには、早くもスイセンが咲いていた。
 
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③櫻稲荷神社・・・・・・・・・台東区台東2丁目、蔵前橋通りから入る細い参道に朱塗りの鳥居がある。 これぞ、知る人は知る、知らん人は知らん、「櫻稲荷神社」だ! 神社は大名の藤堂家邸内に鎮座していた稲荷神社で、関東大震災後に地元の岡本悟一氏が奉受して桜稲荷神社としたといいます。 昭和27年(1952)には京都伏見稲荷神社より分霊を勧請、鎮座した。、、、、、この細い路地に、“よくぞ祀ったお稲荷さん”と云うわけだ!
 
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④神田キリスト教会・・・・・・・・・・・・ 蔵前橋通りと中央通りが交差する末広町交差点。 その南東側(旧:松富町)で私は育ち、南西側に教会はある。、、、、、、私の知る戦後の教会の姿はなく、現教会は平成3年(1991)に建て替えられた。、、、、、秋葉原、電気街の裏通りにある神田キリスト教会は、日本聖公会の教会で、明治10年(1877)に献堂された。 その後、震災、戦災を経て現在に行っている。、、、、、今日は、教会の方に昔の教会を撮った写真がないか聞いてみたが、残念ながら見ることはできなかった。
 
・・・・・・・・・・・・・玄関にはクリスマスリースが飾られ、今日はクリスマス礼拝の日。
 
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・・・・・・・・・・・・・・チョイと、聖堂を拝見。 三角の天井が奥行の深さをを演出し、心落ち着く空間である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・平成9年(1997)に設置されたオランダライル社製のパイプオルガン(2段鍵盤+ペダル、20ストップ)を演奏してくれた。 このオルガンは、北ドイツ・バロック様式で作られた楽器らしい。 (私には、チンプンカンプン?)
 
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⑤明神下 神田川・・・・・・・・・・・江戸末期の文化2年(1805)創業の、うなぎ蒲焼の老舗。 太い丸太の門柱と長く伸びる黒板塀。 純和風の二階建ての建物は、昭和27年(1952)の再建と言われている。、、、、、、本日は休業日だが、約200年続いた味がしみ込んでいるのか、前を通ったら鰻を焼く匂いがする。 ご飯を持ってきたら店の前で食事ができるかもね。
 
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神田明神・・・・・・・・・・例年、企業の初詣で賑わう神社。 今年も迎える準備は着々と進んでいるようだ、巫女さんも忙しそうで写真を撮るのに応えてくれそうもない。 今日は建物だけで、我慢・ガマン。
 
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⑦霊雲寺・・・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・・清水坂を上り、妻恋神社に手を合わせ、霊雲寺に向かう。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・文京区湯島2丁目、霊雲寺(れいうんじ)は真言宗霊雲寺派総本山の寺。 本尊は胎蔵界・金剛界大日如来。 元禄4年(1691)徳川幕府の永代祈願所として、江戸城から見て鬼門にあたる北東の当地に創建された。、、、、、、、震災・戦災で堂宇を焼失し、現本堂は昭和51年(1976)に建てられた。 湯島にあっては広い境内で、いずれ鐘楼なども再建されるようだ。
 
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⑧水道橋のガード・・・・・・・・・・・水道橋駅東口、白山通りに架かる二つの架道橋。
 
・・・・・・・・・・・・・まずは、緩行線が走る新水道橋架道橋。  明治37年(1904)に開通した、甲武鉄道発注のHarkort製(ドイツの橋梁メーカ)プレートガーダーの橋。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・新水道橋架道橋(緩行用、左側)に並行する、水道橋架道橋(急行用、右側)。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・水道橋架道橋は水道橋駅南側の快速が走る鉄橋で、東京歯科大の横、ガード下にはおにぎり屋さんなどの店舗もある。 形式は、複線下路カンチレバープレートガーダーラーメン脚一体高架橋。 8径間で橋長151.18m。
 
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⑨水道橋駅・・・・・・・・・・・駅名の由来は神田上水の掛樋(すなわち、水道の通る橋)が近くにあったことによる。 明治39年(1906)9月24日、甲武鉄道の駅として開業した。、、、、、古い駅でホーム上屋には古レールを再利用した架構を見ることができる。、、、、、、55年程前の私は、ここから都電に乗り換え白山の学校に通った。 それから35年後には勤務する会社が水道橋駅の近くとなった。 今は、世話になる内科クリニックが水道橋にある、いつもでも縁の切れない駅である。
 
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