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2017年1月12日 (木)

両国

先週受診したリンパ節のCT検査の結果を聞きに病院へ行ってきた。  先生から、『心配する必要はありません、異常なしです』  私は心の中で、『あたりきじゃりき車引きだ! 腫れているようだと、勝手に言ったのは、先生だぞ!』、、、、、、、とりあえず、何事もなく一安心。、、、、、帰りに、両国駅周辺をぶらつき、我が家へ戻った。
 
 
 
①東京都慰霊堂・・・・・・・・昨年まで、改良工事が行われ、仮囲いの中にあった。 今日は工事も完了し、新たな姿の慰霊堂を見てきた。、、、、約12億円かけた耐震補強工事であるが、見た目には依然と変わらず、白く綺麗になっただけ。、、、、、、大正12年(1923)の関東大震災で身元不明の遺骨を納め霊を祀る施設として、昭和5年(1930)に震災記念堂として建てられた。 昭和23年(1948)からは、東京大空襲の遺骨も合祀し、東京都慰霊堂と称することとなった。、、、、、、設計は伊東忠太(慶応3年(1867)~昭和29年(1954)、建築家、東京帝大名誉教授)、施工は戸田組(現:戸田建設)による、鉄骨鉄筋コンクリート造3階建て。、、、、、ちなみに、今回の改良工事も戸田建設JVが担当した。
 
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・・・・・・・・・・・・正面の大きな位牌に向かい(位牌の後ろの納骨堂に、16万3千体(711甕)の遺骨が収納されている)、線香をあげ合掌。 
 
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②東京都震災復興記念館・・・・・・・・・・・・・・関東大震災の復興事業を記念するために、 震災記念堂の付帯施設として、昭和6年(1931)に防災資料展示館として建設された。 こちらは伊東忠太+佐野利器の設計、戸田組(現:戸田建設)の施工である。 鉄骨鉄筋コンクリート造2階建て。 帝冠様式のデザインで、外壁はスクラッチタイル貼りの建物。、、、、、現在は、関東大震災と一連の東京空襲の資料が展示されている。、、、、、資料を見ていると、自然に平和を祈る心になる。 黙祷!
 
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③徳川家康公銅像・・・・・・・・・・・江戸東京博物館横に、江戸消防記念会より江戸東京博物館に寄贈された徳川家康の銅像がある。、、、、、江戸幕府を開いた徳川家康の遺徳を偲び平成6年(1994)6月に建てられた。、、、、、、像高3.7m(台座からの高さ7.76m)、重量30tにも及ぶ大きな銅像である。、、、、、、台座の亀については、水の都としての江戸を表現していると言われている。 さらに、亀の形をした動物を中国では贔屓(ひいき)と言い、元々川の神の名であって、亀の形をとってこの世に現れるそうだ。この幻獣は「不動」の象徴とされているらしい。、、、、いずれにせよ、私は考えすぎるようで、なぜか卑猥なものを想像してしまった。 失礼!
 
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④両国駅・・・・・・・・・・去年末まで改装工事をしていた駅舎である。 前を通って、おや?、ビックリ、ドッキリ、ヒャックリ、お目目クリクリ、ナント! 駅舎が洒落た街になっていた。、、、、、現建物は、昭和4年(1929)12月30日に竣工した、鉄筋コンクリート造2階建てである。  建設では、軟弱地盤のため6mの松杭を2,000本余も打ち込んで建てられたそうだ。 ちなみに、設計は鉄道省建築課、施工は銭高組。、、、、時代は移り両国駅始発の列車は無くなり、今は緩行線が発着する中間駅となった。 それで、貴賓室まであった始発駅としての機能は不要となり、駅舎はこれまで飲食店2店が使用していた。 今回の改良工事では、駅舎をさらに大きく使用し「-両国-江戸NOREN」と称して、中央に土俵を配し、その周りに12の和食店が店を出している街ができていた。、、、、、相撲見物、江戸東京博物館見学の客を当て込んだ、美味しそうな町だ。 感動!
 
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