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2017年2月 3日 (金)

千住汐入大橋

南千住駅から、隅田川の上流から17番目の千住汐入大橋を渡り、旧綾瀬川の合流部を見て、東武伊勢崎線堀切駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
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①胡録神社・・・・・・・・・・南千住駅の北東、JR貨物の隅田川駅の先は、高層マンションばかりが建ち並ぶ汐入地区(南千住8丁目)。 その中央付近に、今から450年以上前の永禄4年(1561)8月の創立の胡録神社がある。、、、、、汐入地区の再開発は、昭和44年(1969)、東京都が荒川区東部:「汐入地区」の大規模再開発基本構想を発表した時点から始まる。 木造家屋が一軒も残ることなく、高層化されたのは平成22年(2010)の汐入東小学校が完成した時点である。

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・・・・・・・・・・・・・歴史ある神社だが、平成15年(2003)に汐入地区の再開発計画に従い、境内地を前方に遷座した。、、、、、鳥居も、玉垣も、新しくなり新築のようだ!

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・・・・・・・・・・・・・上杉謙信の家臣:高田嘉左衛門なる者は、川中島合戦に敗れ、十余名の同志とともに当地に厄難を逃れ、永住の地と定めた。 村落生活の安寧を祈願するため、両足尊(おもだるのみこと)・惶根尊(かしこねのみこと)の両祭神を享保4年(1719)に奉斎した。、、、、、歴史ある神社だが、平成15年に汐入地区の再開発計画に従い、境内地を前方に遷座した。、、、、、本殿は嘉永5年(1852)に造営され、拝殿は昭和2年(1927)に竣工された。

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・・・・・・・・・・・・・今日は節分、境内では豆まきの準備中。 境内のウメも、明日の立春前に咲き始めた。

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②千住汐入大橋・・・・・・・・・・・南岸(右岸)の荒川区南千住8丁目(汐入地区)と北岸(左岸)の足立区千住曙町を結ぶ橋。 隅田川に架かる橋の中では新しく、平成18年(2006))2月19日に開通した。 都が災害時の防災拠点として整備している白鬚西地区(墨田区)の主要連絡路であり、足立区、荒川区、葛飾区を相互に繋ぐ重要拠点として架橋された。、、、、橋長158.6mの2径間連続鋼床鈑箱桁橋。、、、、、橋のあったこの地には、かつて「汐入の渡し」があったそうだ。
 
・・・・・・・・・・・・・・上流側から見る千住汐入大橋。 左側は足立区千住曙町。
 
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・・・・・・・・・・・・・・下流側から見る。 対岸は荒川区南千住。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・スマートな印象の橋。 幅員は20.0m。
 
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・・・・・・・・・・・・・・橋上から見る上流。 写真左側は荒川区南千住(汐入地区)。 右側は足立区千住地区。
 
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③旧綾瀬川・・・・・・・・・・・・綾瀬川は 埼玉県桶川市に端を発し、伊奈町、さいたま市、越谷、草加を経て都内葛飾区西小岩で中川に合流した後、東京湾に注ぐ、総延長47.6kmの一級河川。 昭和5年(1930)の荒川放水路完成にともない、綾瀬川は墨田区・足立区と葛飾区に分断された。 葛飾区側は荒川放水路(現:荒川)に沿って区の西側を流れ下り、西小岩で中川と合流する。 墨田区・足立区側は荒川の隅田水門から分流し、墨田区堤通2・墨田5と足立区千住曙町の区境として、隅田川に注いでいる450mの部分である。 この450mを旧綾瀬川と呼んでいる。、、、、、今日は隅田川との合流点から、荒川の隅田水門に向かって歩いてきた。
 
・・・・・・・・・・・・・・次の写真を撮影している荒川区南千住とは、隅田川を挟み対岸の旧綾瀬川合流地点。、、、、、、写真中央が合流地点で、旧綾瀬川の頭上を首都高6号向島線が走る。 また首都高の桁下に綾瀬橋のアーチが見える。、、、、、対岸の右側は墨田区、左側は足立区である。 つまり、ここは3区の境。
 
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・・・・・・・・・・・・・・おまけの話、、、、、合流点の足立区側に見える、「伊澤造船」という造船所は、明治10年(1877)に創業した古い歴史をもつ会社である。、、、、隅田川には、多くの造船所があったそうだが、現存する造船所はここ一か所だけである。
 
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・・・・・・・・・・・・・・綾瀬橋、、、、、、 旧綾瀬川が隅田川に合流する墨田区墨堤2丁目と足立区千住曙町を結ぶ。 昭和33年(1958)7月に竣工した、橋長61.5m、幅20.5m、墨堤通りを通す橋。、、、、、荒川にチョン切られ、本家の綾瀬川からは外れ、隅田川沿いに置き忘れられたかわいそうな“綾瀬橋”。 さらに、暗い人生を歩むがごとく、首都高が覆いかぶさり、存在感も薄くなり、心痛める“綾瀬川”。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・東武伊勢崎線堀切駅前の人道橋から見る旧綾瀬川。 右側の車道が、水面より低く見えるのは私だけか?、、、、、カミソリ堤防が崩壊したら“東京水没”である。 恐ろしいね!
 
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・・・・・・・・・・・・・・隅田水門、、、、、、荒川と隅田川を結ぶ旧綾瀬川の始点にある水門。 この水門は、増水時に荒川の水が隅田川に流入するのを防ぐ目的で造られた。 現水門は昭和43年(1968)に竣工した。、、、、普段、水門は開いており、船が荒川と隅田川を行き来している。、、、、、水門の脇を通るのは東武伊勢崎線の、堀切~鐘ヶ淵間である。
 
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④荒川土手から・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・・隅田水門の脇抜け、荒川を越え、対岸の綾瀬川沿いに北上する首都高(向島線と中央環状線が合流する)。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・・荒川の上流には堀切橋が見える。
 
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