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2017年4月12日 (水)

南馬込

都営浅草線西馬込駅で下車し、南馬込1丁目・5丁目の付近をキョロキョロ、ウロウロ、ブラブラ歩き馬込駅まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
①西馬込駅・・・・・・・・・・・・都営浅草線の起点駅で、昭和43年(1968)11月15日に開業した。 下車したホームは地下3階にあり、地上に出るには地下4階の連絡通路に下り、そこから改札口のある地上まで階段・エスカレータを上ることになる。 地上に出るまで、無駄に歩かされているような気分になる駅である。、、、、、駅の先には馬込車両基地 があり鉄道オタクには聖地の一つである。
 
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②夢告観音・・・・・・・・・・・・西馬込駅東口(上の写真)を出て、第二京浜から横道に入ると観音像が祀られている。 観音さまは、元々この場所にあったわけではなく、付近を転々とした末、現在地に落ち着いたらしい。 いずれにせよ、明治以降、民間の信仰が非常に厚かった観音様のようです。、、、、謎の多い観音さまのようだ。
 
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③湯殿神社・・・・・・・・・・・・・大田区南馬込5丁目にある湯殿神社は、創建年代不詳であるが、江戸時代には羽黒権現と呼ばれていたらしい。、、、、、神社の位置は、旧馬込村領主梶原助五郎(=戦国時代の武将で、後に北条氏の家臣となる)の居城「馬込城」の西端となるそうだ。、、、、、別当寺は近くの長遠寺。
 
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・・・・・・・・・・・・・・神社の参道脇には、どこからか移設したと思われる、宝暦12年(1762)の造立の青面金剛庚申供養塔、寛文6年(1667)造立の如意輪観世音菩薩、造立年不明の地蔵菩薩像が2体並んでいる。
 
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④萬福寺・・・・・・・・・・・・南馬込1丁目にある、切妻造り茅葺きの山門が印象的な、慈眼山無量院と号す曹洞宗の寺院。、、、、、建久年間(1190~99)大井村の地に密教寺院として創建された。 開基は梶原平三景時であったと伝えられている。 元応2年(1320)火災にあい、第六代の梶原掃部助景嗣が居城とともに馬込(現在地:南馬込1)へ移転した。 天文3年(1534)鎌倉の禅僧明堂文竜が曹洞宗に改め中興し、現在の萬福寺へと続いている。、、、、、本尊の阿弥陀三尊を清めた湯水は眼病に効くと伝承されて信仰を集めてきた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・本堂は平成17年(2005)に新築。、、、、、、桜の花が風に舞っていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・本堂の後ろには、チョイト、ガンダーラ風の古そうな納骨堂がある。、、、、中を覗いてみたいが、興味半分では罰があたりそうなので、ヤメタ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・墓地の中央付近には、鎌倉幕府で権勢を振るい頼朝の死後に追放された梶原景時の墓がある。、、、、、また、明治・大正の天才女流奇術師:松旭斎天勝の墓もある。
 
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⑤河原家住宅・・・・・・・・・・旧馬込小学校の玄関と教場部分を移築して和風住宅に改造した。 その後時計台も移築した住宅。 国の登録有形文化財。、、、、、塀があり、平屋の住宅部分は見えず、時計台が屋根の上に見える。
 
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⑥長遠寺・・・・・・・・・・・・馬込小学校前の長遠寺(ちょうおんじ)は、海岳山大乗院長遠寺といい、真言宗智山派の寺院。 烏羽天皇の天仁元年(1108)に創建された。 後柏原天皇の文亀2年(1502)現在の地に移り、元禄年間徳川綱吉の時代に諸堂が復興され壇林寺格となる。
 
・・・・・・・・・・・・・・・花が散り始めた枝垂れ桜が出迎えてくれる山門
 
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・・・・・・・・・・・・・・文久元年(1861)に再建された現本堂。、、、、、屋根の青銅が美しい!
 
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⑦馬込八幡神社・・・・・・・・・・・長遠寺に隣に、同時が別当寺であった馬込八幡神社がある。、、、、、境内に記された由緒では、『 時は鎌倉時代の建久四年(1193)馬込の松原(現在の北馬込二丁目付近)にいた、源頼朝の家臣の渡辺対馬守正久が、京都石清水八幡宮の分霊を勧請し、翌年の秋に遷宮を行ったといわれています。  そして、その後荒廃したものを江戸時代の文化十三年(1816)馬込村の名主だった高山幸右衛門らが再興して馬込全域の総鎮守となりました。』とある。、、、、、社殿は昭和36年(1961)に建てられた、鉄筋コンクリート造、八幡造りの建物。 また、境内には石造りの御霊社もある。
 
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⑧四重の立体交差・・・・・・・・・・・・・第二京浜と東海道新幹線が交差する、馬込橋の地点は四重の立体交差である。、、、、まず、品鶴貨物線(現横須賀線)と第二京浜が交差していた。 (ここに架かる跨線橋が馬込橋である。) 次に、第二京浜の下を都営地下鉄が走ることになり、貨物線の下を地下で抜けた。 そして最後は、貨物線の頭上を東海道新幹線が走ることになった。 下から、都営地下鉄(現:浅草線)、品鶴貨物線(現:横須賀線)、第二京浜、東海道新幹線が四重に交差する地点となった。、、、、昭和39年(1964)3月に行われた、新幹線陸橋の架設工事では、全長86.4m、約580tonのアーチ橋をあらかじめ造っておき、交通量の少なくなった夜間に、引き出す工法が採用された。 当時は物凄い工事で、新聞・テレビで報道されたのを覚えている。
 
・・・・・・・・・・・・・・横須賀線(高架下)、第二京浜、新幹線の交差点である馬込橋。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・引き出し工法で架橋した新幹線陸橋。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・新幹線高架下を走る横須賀線(品鶴貨物線)。
 
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馬込駅 ・・・・・・・・・・日本で初めてできた幹線道路の立体交差が、昭和15年(1940)に完成した、環状七号線と第二京浜国道の交差点である松原橋。、、、、、、馬込駅の出入口はこの橋の下にある。
 
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