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2017年6月23日 (金)

上野東照宮

朝一で、上野の病院で診察を受け、その足で上野東照宮に立ち寄ってきた。 不覚にも、万歩計は携帯せず。 

 

①東京文化会館・・・・・・・・・・建築家:前川國男(明治38年(1905)生~昭和61年(1986)没)の代表作で、昭和36年(1961)日本建築学会賞作品賞を受賞した。 戦後の早い時期に建てられ、50年経過した今でも古さを感じさせない、東京の本格的なクラシック音楽のホールである。 平成11年(1999)には大規模な改装も行われた。、、、、、前川國男は私の好きな建築家の一人。 東京都文化会館は大学受験に際し建築学科を志望するきっかけとなった作品。

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②小松宮彰仁親王銅像・・・・・・・・・上野公園の銅像と言えば、「西郷さん」しか、思い出せない人が多い。、、、、、動物園正門の左わきの木陰に小松宮彰仁親王の銅像がある。 この小松宮彰仁親王(弘化3年(1846)生~明治36年(1903)没、慶応3年(1867)には東伏見宮嘉彰と改称。)は、皇族であり、戊辰戦争、西南戦争に参戦した軍人。 また、日本赤十字社の前身:博愛社の総長でもあった。、、、、、西南戦争では西郷軍を征伐する側で敵対関係になる。 銅像になっても、上野の山で争わぬように、2体の銅像は離されて置かれているようだ。
 
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③グラント将軍植樹碑・・・・・・・・・・・小松宮彰仁親王の銅像の裏側に、昭和4年(1929)に建てられたグラント将軍植樹碑がある。 グラント将軍は南北戦争時代の北軍の将軍で、南軍のリー将軍と並ぶ有名な将軍。、、、、、、明治10年(1877)から約2年間、グラント将軍は家族同伴で世界を周遊した。 その際、来日し、明治12年8月25日、上野公園で開催の大歓迎会に臨み、将軍はロウソン檜、夫人は泰山木を記念に植えた。 碑は、正面に将軍の胸像を刻み、左右に和文、英文で、将軍の略歴・日本滞在中の歓迎の模様、植樹の由来を記している。、、、、、私には、ジョン・ウェインが主演した西部劇の時代の将軍だ。 来日したことを知る人も少ないだろうね。
 
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④上野東照宮・・・・・・・・・上野動物園の南側にある、東照大権現(徳川家康)を祀る神社。、、、、元和2年(1616)、危篤の家康から自分の魂が末永く鎮まる所を作ってほしいと藤堂高虎と天海僧正に遺言され。 寛永4年(1627)、藤堂高虎が上野の高虎の敷地内に創建した。 現社殿は慶安4年(1651)に徳川家光が改築した。 平成の世に社殿は修復工事が行われた。
 
・・・・・・・・・・・・・動物園の南隣にある大石鳥居。 寛永10年(1633)に酒井忠世が奉納した、備前の御影石を使用した鳥居。 国指定重要文化財。、、、、、右端の売店が戦後の上野の象徴か?
 
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・・・・・・・・・・・・・・大石鳥居をくぐると水舎門(神門)がある。 水舎門をくぐると、参道の左右に200基以上あると言われている石灯籠が並ぶ。 ほとんどが現在の社殿を建築した慶安4年(1651)に諸大名より奉納されたものらしい。、、、、一基ぐらい無くなってもバレそうもないが、盗む人はいないようだ。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・水舎門の手前左奥にある「おばけ灯籠」。 寛永8年(1631)に織田信長の武将:佐久間盛次の四男である、信濃の佐久間大膳亮勝之が寄進したもの。 高さ6.06m、笠石の周囲3.63mで、京都南禅寺、名古屋熱田神宮の大灯籠とともに日本三大灯籠である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・参道の柵越しに見える、動物園の中の旧寛永寺五重塔。 この塔はもともと上野東照宮の一部であった。 明治の神仏分離令により寛永寺の所属となり、さらに昭和33年(1958)に同寺より東京都に寄付され、現在では上野公園の管理下にある。 塔は寛永8年(1631)に建立され、寛永16年3月に花見客の失火により焼失し、現存する塔はその後直ちに再建されたものである。 高さ32.3m。 国指定の重要文化財。、、、、、周囲にライオン、ヒョウなどを放し飼いしたら来園者によろこばれるかもね。
 
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・・・・・・・・・・・・・・明治7年(1874)に深川木場組合から奉納された神楽殿。 屋根勾配の美しさは評判が高い。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・唐門前に並ぶ、諸大名から奉納された全48基の銅灯籠。 中には紀伊・水戸・尾張の徳川御三家より2基ずつ寄進されたものもある。 国指定重要文化財。、、、、、だいぶ劣化したものもあるようだ、修理できないものか?
 
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・・・・・・・・・・・・・慶安4年(1651)に造営された唐門と社殿。 国指定重要文化財で、社殿内は非公開。 金色殿とも呼ばれており、参道側から拝殿、幣殿(石の間)、本殿の三つの部屋から構成される権現造りです。 唐門は唐破風造り四脚門。
 
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・・・・・・・・・・・・・・明治6年(1873)、江戸城内紅葉山東照宮より移築した不忍口鳥居。 御影石で造られた大きな鳥居である。 この鳥居の足元(〇印)に、明治時代の水準測量に使用した几号水準点が残されている。 もちろん、現在は使用されていない。   
 
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⑤五條天神社・花園稲荷神社・・・・・・・・・・東照宮不忍口を出て、不忍池弁財天の方向に歩くと、五條天神社・花園稲荷神社がある。 ここには、医薬祖神の五條天神社(ごじょうてんじんじゃ)と、倉稲魂命を祭神とする花園稲荷神社が並び祀られている。
 
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・・・・・・・・・・・・・五條天神社の祭神は大国主命と少彦名命で、この二神は「薬祖神」として祀られています。 確かに皮を剥がれた因幡の白ウサギを助けたり、温泉の神と崇められている。 また、“天神さま”の菅原道真公は、寛永18年(1641)に合祀された。
 
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・・・・・・・・・・・・・・五條天神社のすぐ隣に花園稲荷神社がある。 元々は弥左衛門狐を祀った稲荷神社であった。 現在でも、旧社殿に石窟が残っており、穴稲荷が祀られている。
 
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⑥不忍池・・・・・・・・・・・ハスの咲き具合を観察して帰ることにした。 一面、葉が茂り、夏到来を感じさせるが、ハスの蕾は探さないと見つからない。 開花まであと一か月程かかるかな?
 
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