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2017年7月12日 (水)

橋場・千束

今日も30℃超え、連日の猛暑である。 遠くに出て行くのはひかえ、地元台東区内を散歩しよう。 今日は台東区の北の端:橋場(はしば)から、吉原遊郭のあった千束(せんぞく)付近まで歩いてきた。
 
 
①橋場不動尊・・・・・・・・・隅田川に架かる白鬚橋の西詰に通称:橋場不動尊はある。 正式には砂尾山橋場寺不動院と称する天台宗の寺院。 不動院は、天平宝字4年(760)に創建された。、、、、、江戸時代の建築様式を残す、弘化2年(1845)に建てた小さな堂は簡素な佇まいで、不動尊は下町の庶民に崇められている。
 
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・・・・・・・・・・・・・橋場不動尊参道前の道路(都道314号)の向かい側、歩道上に几号水準点が残されている。、、、、、几号水準点は、明治時代初期に内務省が実施した高低測量(水準測量)に用いた標石である。 現在では、東京から塩釜にかけ、全国約340か所に設置されたことが明らかとなっている。 内現存するのは150か所程で、その内都心に残っているのは40か所程である。  「几」は「几帳面」の「几」で「き」と読み、“机”の意味がある。 この標石に彫られた記号(漢字の“不”に似た記号)が三脚のついた机に似ていることから「几号水準点」と呼ばれる。、、、、、今から100年以上前の水準点で、しかも現在は使われていないものである。 道路を舗装管理する人も、なんだか訳わからず、埋めたり移設してはいけないものと思い込み、そのままにして現在に至ったものと思われる。
 
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②橋場の長屋・・・・・・・・・・・台東区橋場には古い家も多く残っている。 写真は木造の7軒長屋と奥に5軒長屋が見える。
 
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③お化け地蔵・・・・・・・・・・・・橋場2丁目、松吟寺の境内に享保6年(1721)に建立された、高さ3m程の地蔵尊がある。 この辺りは、室町時代以来、禅宗の名刺総泉寺の境内地であった。 門前一帯を浅茅ケ原といい、その松並木の道の傍らにこの石地蔵が祀られていた。 地蔵はかつて大きな笠をかぶり、その笠が人知れず向きをかえたから「お化け地蔵」と呼ばれたといわれている。  総泉寺は昭和4年(1929)板橋区へ移転し、「お化け地蔵」だけが、ここに取り残されたのである。、、、、、脇の常夜灯は、寛政2年(1790)に建てられた。 地蔵も常夜灯も朽ちてきたね。
 
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④出山寺・・・・・・・・・台東区清川1丁目、曹洞宗の明星山出山寺(しゅっさんじ)は、総泉寺の和尚が延宝4年(1676、江戸時代前期)以前に開山・創建した。、、、、、朱塗りの小さな本堂が印象的な寺。
 
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・・・・・・・・・・・・・・境内には、江戸時代初期、寛文の頃(1661~1673)、新吉原雁金屋の遊女「釆女」に心を寄せた若い僧侶が師から固く制され、悩んだ末、雁金屋の前で自害してしまった。 時に十七才の采女は悲しみ、浅茅ヶ原の鏡が池に身を投じた。 翌朝、草刈りの人たちが、 『名をそれとしらずともしれさる沢の あとをかがみが池にしずめば』 としるした短冊を見つけ、采女とわかり、塚に葬った。 境内には、文化元年(1804)大田南畝ら文人たちによって建立された采女塚の碑がある。、、、、、昔は遊女に惚れて己の身を滅ぼす者ばかり、今は惚れたらストーカーとなり相手の身を滅ぼす者ばかり。
 
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⑤東禅寺・・・・・・・・・・・東浅草の曹洞宗洞雲山東禅寺は、寛永元年(1624)に創建された。 寺は本堂前で、江戸六地蔵の一つ銅造地蔵菩薩坐像が出迎えてくれる。 高さは、2.71mある。、、、、、“江戸六地蔵”とは、、、、、江戸深川の地蔵坊正元が、病気平癒に感謝して、多くの人々の浄財を集め、宝永3年(1706)に江戸の出入口となる街道の6箇所に地蔵菩薩像を造立した。第一番は東海道の品川寺、第二番は奥州街道の東禅寺、第三番は甲州街道の太宗寺、第四番は中山道眞性寺、第五番は水戸街道の霊巌寺、第六番は千葉街道の永代寺である。(第六番は現存しない) 
 
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・・・・・・・・・・・・・東禅寺には、もう一つ像がある。 こちらは、六地蔵の左わきで、座して地蔵菩薩の説教を聞いている二人の老夫婦の像。、、、、、“あんパン”の「銀座木村屋總本店」創業者夫婦(木村安兵衛、ブン)の像だ、夫婦が埋葬されている寺に、大正7年(1918)に建てられた。、、、、、お供えは、もちろんアンパンだろう?
 
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⑥吉原・・・・・・・・・・・・・かつての遊郭、今はソープランド街。
 
・・・・・・・・・・・・・吉原大門の前に建った復興小学校:旧待乳山小学校 。 現在は東浅草小学校。、、、、いい場所にあったね! 放課後、スグに行けた?
 
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・・・・・・・・・・・・・「よし原大門」と記した柱が両側に立つ「仲之町通り」。モダン(?)な外装のソープランドが並ぶ、交差する脇の通りもズラリと並ぶ。、、、、、私には、目の毒、気の毒、懐の毒。 いそいそと通り抜けて行く。
 
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・・・・・・・・・・・・・通り抜けた処に、廓の守り神:吉原神社 がある。、、、、チョイと賽銭もはずみ、家内安全、身体健康を祈願する。 
 
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・・・・・・・・・・・・・神社の隣には、20年ほど前まで台東産院があり、今は台東区立の「台東病院」となっている。 我が家でも今年になって、94歳の母が内科の診察を受け、私も数回付き添いで通った。、、、、遊郭が現存していれば、入院してもいいかもね!

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