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2017年9月 1日 (金)

震災記念日

9月1日は「防災の日」であるが、中高年には「震災記念日」と言ったほうが、通りがいいかも。 終戦直後に生まれた私にとっては、、、、、9月1日は、前日の夜までに、やっとこ終わらせた夏休みの宿題をもって登校する日で、昼からは震災記念堂に参り、屋台で水鉄砲・綿あめ・ヨーヨー風船を買ってもらう日であった。 生まれて70年間、隅田川を挟み震災記念堂の対岸(浅草橋)に住む私は、今でもほぼ毎年慰霊に訪れている。 今日も、朝から焼香に行ってきた。
 
 
 
●震災記念堂まで・・・・・・・・・・・浅草橋から震災記念堂までは、蔵前橋を渡り隅田川を越えれば、20分程で行くことができる。 
 
・・・・・・・・・・・・・・通勤のサラリーマンが駅から散らばる8時過ぎに、『チョクラ行って来る』と家を出た。
 
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・・・・・・・・・・・・・・創建は推古天皇9年(601)頃と言われている須賀神社(台東区浅草橋2)。  当時、この地に疫病が流行した。 ところが、このあたりの森に牛頭天王を祭った祠があり、その祠に郷の人々は病気平癒を祈った処、尽く快気した。 以来、江戸時代には 祇園社、蔵前牛頭天王、団子天王、笹団子天王、などと呼ばれ、経済力のある氏子の札差らに支えられ 祭礼も盛大に行われた。 そして明治時代の神仏分離令により、天台宗東叡山寛永寺真鏡山宝現院大円寺より分離され、須賀神社と改名した古社である。、、、、、、社殿は、関東大震災の災失、第二次世界大戦の焼失のため  昭和36年(1961)鉄筋コンクリート造にて再建された。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・須賀神社の裏には、知る人も少なくなったが、関東大震災までは閻魔堂があったそうだ。、、、、、江戸時代に華徳院という閻魔王を御本尊とする寺があった、この寺が閻魔堂である。 下谷坂本の善養寺、内藤新宿の太宗寺 と共に江戸三大閻魔のひとつに数えられ、参拝客でにぎわったそうだ。、、、、華徳院は現在は杉並区に移り、かつて閻魔堂が在った場所(浅草橋2:玩具会館)の植え込みに小さな石碑が立っている。、、、、閻魔さまが残っていれば、名所の少ない浅草橋にとっては、浅草の観音さまと勝負できる観光名所になったかも(?)
 
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・・・・・・・・・・・・・・創業文久2年(1862)、江戸時代から続く佃煮の老舗「鮒佐」。 大正3年(1914)創業は、扇子・団扇の専門店「松根屋」。 ともに、須賀神社の並びです。、、、、、、江戸の味と文化を残す老舗がしっかりとある、『ちょいとおいでよ浅草橋
 
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・・・・・・・・・・・・・・江戸通りの隅田川寄りには榊神社 (蔵前3)がある。、、、、、こちらの神社にも手を合わせ、お賽銭10円分の幸を祈る。
 
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・・・・・・・・・・・・・・神社の先で隅田川に出て、蔵前橋を渡る。
 
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●震災記念堂・・・・・・・・・・・墨田区横網町公園に建つ東京都慰霊堂 。 「震災記念堂」とは、昭和51年(1976)までの呼称である。 この年、第二次世界大戦における空襲で死亡した遺骨も合祀し、「東京都慰霊堂」と改称した。、、、、本堂は文化勲章を受章した伊東忠太の設計によるもので、200坪の講堂と三重塔を持つ寺院風の建築である。 三重塔は高さ約41mで、基部は納骨堂となっている。 講堂には祭壇があり、震災死亡者、空襲死亡者の霊をそれぞれ合祀した巨大な位牌が2基祀られている。 施工は戸田組(現:戸田建設)。、、、、、今日は式典が行われることは想定していたが、それ以前に行けば焼香できると思っていたが、あまかった! “秋篠宮ご夫妻が参列”されその警備、“朝鮮人犠牲者への小池百合子都知事や山本亨墨田区長が今年から追悼文をやめた件”でのイザコザなどで、やたらめったら警備が厳重だった。
 
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・・・・・・・・・・・・・・今日は、式典前に来たのだが本堂の最前列に置かれた焼香台には近寄れず、遠くから手を合わせてきた。
 
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・・・・・・・・・・・・・三重塔の下にある納骨堂の方は、特に厳重に警備する様子もなく、焼香できた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・警察・消防・赤十字など関係機関から多くの人が出て、震災の犠牲者を慰霊する都の大法要、震災時に「虐殺」されたとする朝鮮人らを追悼する団体の式典、その犠牲者数に疑義を唱える団体の慰霊祭などが、行われていた。、、、、静かに、厳粛に、慰霊したかった一般の参列者にとっては、納得できない「震災記念日」であったかも?
 
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