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2017年4月16日 - 2017年4月22日

2017年4月20日 (木)

尾久車両センター

京浜東北線上中里駅で下車し、尾久車両センターの周囲を歩き田端新町まで、8千歩の短い散歩である。、、、、、田端新町からバスで浅草に出て、帰宅。
 
 
 
上中里駅 ・・・・・・・・・・・昭和8年(1933)7月1日に開業した上中里駅。 23区内のJR駅の中でも、際立って利用客の少ない駅。 出入口・改札口はホームの東端の橋上に一か所あるのみ。 駅での待ち合わせには、間違えることの少ない人にやさしい駅である。
 
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②車坂跨線橋・・・・・・・・・・・上中里駅から直線距離で約300m田端側で、京浜東北線上に架かり、新幹線下を抜ける跨線橋。 現橋は昭和57年(1982)に架けられたものであるが、昭和初期の写真に跨線橋が写っている。、、、、、、橋名の「車坂」は、崖上の滝野川女子学園の脇を南へ上る坂である。
 
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③上中里庚申堂・・・・・・・・・駅から跨線橋を渡り崖下の道路沿いに出ると庚申堂がある。 堂内には、石塔が複数あり祀られている。 庚申塔には、寛文5年(1665)の年号が読み取れる。
 
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④上中里2丁目の裏道・・・・・・・・・・・・・駅の北側には、昭和の下町の面影を残す細い道がある。、、、、、私、好みの細道。
 
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⑤梶原踏切・・・・・・・・・・・・・・上中里駅から北へ150m程の処(尾久車両センターの大宮寄り)にある東北本線(宇都宮線+高崎線)の踏切。 通勤時間帯は、都内にある踏切同様、ここも開かずの踏切となるため、人がわたることのできるエレベーター付き跨線橋が隣に設置されている。、、、、、跨線橋は、嵌め殺しのガラス窓があるので、チョイト写真を撮るには邪魔だ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・踏切から撮影。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・跨線橋から撮影。
 
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⑥尾久駅・・・・・・・・・・・・・昭和4年(1929)6月20日に開業した東北本線の駅。 上中里と利用客の少なさを競う駅。、、、、、駅の所在地は荒川区の尾久ではなく、開業当時から北区昭和町にある。 ところで、荒川区の地名「尾久」(東尾久・西尾久)は『おぐ』と読む。 駅の「尾久」は『おく』と読む。 なぜか・・・・駅名を決めるとき、当時の国鉄(時代からすると鉄道省)が、『おぐ』は訛りだと思い、『おく』にしてしまったそうだ。 単なる間違いが80年以上訂正されずに使用されているようだ。
 
・・・・・・・・・・・・・・・梶原踏切から尾久車両センターに沿って歩いてきた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・尾久駅。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・尾久駅の脇から、尾久車両センターの広い構内を横断する地下道「尾久構内架道橋」がある。 長さ約150m、長い!
 
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⑦田端信号場駅の脇を歩く・・・・・・・・・
 
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⑧東田端道標・・・・・・・・・・・田端運転所と尾久車両センターの間の道を田端駅方向に歩いてくると、運転所の角(東田端2-19)に道標がぽつんと立っている。、、、、「右 □阿弥陀 西新井弘法大師道」、「左 王子道」と標されていた。 どうやら、私が歩いてきた道が王子街道(王子道)であった。
 
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●・・・・・・・・・・・・・これより、近くの明治通りにでて、バスで浅草へ行く。 散歩はここまで!

2017年4月19日 (水)

高円寺~鷺ノ宮

JR中央線高円寺駅から道なりに北上し、西武新宿線都立家政駅まで行き、余裕で隣の鷺ノ宮駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
①高円寺駅・・・・・・・・・・かつて、故・高円宮殿下が住んでいた町で、阿波踊り発祥の地として高円寺 は全国に知られている。 町の中心:高円寺駅北側には、いじらしくいとおしい女子高生が多く、「純情商店街」と言われている。 (以上、嘘八百!)、、、、大正11年(1922)7月15日、国鉄の駅として開業した。(これホント)
 
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②高円寺純情商店街・・・・・・・・・・・・・・戦前から北口で栄えた旧「高円寺銀座商店街」。 駅前に広がる約200店舗で構成される商店街である。、、、、、現在はねじめ正一の小説のタイトルから「高円寺純情商店街」の愛称で親しまれている。、、、、、通勤時間帯は駅に向かう人がゾロゾロ・セカセカ。
 
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③高円寺庚申通り商店街・・・・・・・・・・・純情商店街に続く一本道の商店街。 商店街中程には庚申塔が残っている、歴史のある商店街。
 
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・・・・・・・・・・・・・・杉並区と中野区の境となる早稲田通りに商店街の北の端がある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・商店街中程の庚申塔。 庚申塔は正徳6年(1716)高円寺村の講中10人が、悪病退散、村民安全祈願のため建立した。 庚申塔は、昭和 20年(1945)の東京大空襲で戦火をかぶり一部破損したが、昭和37年(1962)に現状の如く修復された。、、、、なにやら秋の味覚を連想させる立派な庚申塔、負けた!
 
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④荒牧医院・・・・・・・・・・・・高円寺庚申通り商店街を通り抜けると、早稲田通りの向かいに、薄水色の下見板張り2階建てのかわいらしい建物が見える。、、、、大正末期に現在地で内科・外科・小児科・皮膚科の診療を開始した医院で、現在は子孫が受け継ぎ開業している。、、、、、建物は、耳鼻咽喉科と皮膚科の2棟ある。 耳鼻咽喉科の建物は開業時の建物で100年近く経過している。 その脇に早稲田通りに面して、皮膚科の建物が建っている、こちらは戦後の建物。
 
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⑤天平・・・・・・・・・・中野区大和町3、昭和の匂いプンプンの民生食堂「天平」。 「民生食堂」とは、戦前の「外食券食堂」がルーツで、昭和16年(1941)に米の配給制開始に伴い、食堂が完全登録制となり、「米穀通帳」を役所に提示し「外食券」を発行して貰い、その券で食事する食堂を「外食券食堂」と呼んだ。 戦後になると、闇ゴメなどが出回り食糧事情も変わり、外食券不要で雑炊だけを提供する「雑炊食堂」が現れた。 昭和26年(1951)には外食券制度がついに廃止となり、それまでの「外食券食堂」が、都指定の「民生食堂」へと変わったそうだ。 「民生食堂」は、都の補助もあり安価に食事ができる「大衆食堂」である。、、、、店は11時から営業とのこと。
 
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⑥川北橋・・・・・・・・・・・中野区大和町と中野区若宮を結び、妙正寺川に昭和42年(1967)に架けられた橋。
 
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・・・・・・・・・・・・・橋の北詰にある更生教会(中野区若宮2)のモミの木は、昭和64年(1989)の暮、「銀座ミキモト」のクリスマスツリーとして店頭を飾ったものである。 大きく立派に育ち、今は教会のツリーとして毎年点灯されているそうだ。
 
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⑦庚申大神・・・・・・・・・・・若宮2丁目の庚申塔。 「享保十乙巳年十月吉日」(1725)と彫られている。
 
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⑧都立鷺宮高等学校・・・・・・・・・・若宮3にある都立鷺宮高等学校の前身は、東京府立高等家政女学校で、最寄り駅である西武新宿線都立家政駅から徒歩3分の距離。 西武新宿線鷺ノ宮駅~野方駅間は1km弱の短い距離であるが、その途中に都立家政駅が設けられた。 校名を冠した駅である。、、、、、学校は明治45年(1912)7月4日に豊多摩郡立農業学校の附設実業女学校として創立。 大正15年(1926)に東京府立中野家政女学校と改称し、昭和4年(1929)に東京府立高等家政女学校と改称した。 昭和13年(1938)4月1日、中野区桃園町から現在地に移転した。 都立家政駅が開業したのは、移転の前年昭和12年(1937)12月25日で、学校の移転を先取りしての開業であった。、、、、、ということで、鷺宮高等学校は駅名の謂れとなった学校。 また、校名が変わっても、古い駅名を存続させている西武鉄道もあっぱれ・かっぽれ! 
 
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・・・・・・・・・・・・・・・こちらは、都立家政駅。 念のため、開業時は“府立家政駅”と称した。
 
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・・・・・・・・・・・・・漫画家「ちばてつや」が考案した、都立家政のマスコット・キャラクター「かせいチャン」。 そのブロンズが都立家政駅の隣の信用金庫前にある。、、、、かわいいね。
 
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鷺ノ宮駅・・・・・・・・・・・都立家政駅からチョイト足をのばして、隣の鷺ノ宮駅まで歩いた。、、、、昭和2年(1927)4月16日に開業した、単式ホーム1面1線(上り)と島式ホーム1面2線(下り)を併せ持つ地上駅。 
 
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2017年4月17日 (月)

鹿浜

日暮里・舎人ライナー西新井大師西駅から、ほぼ真西にある芝川水門まで行き、再び西新井大師西駅まで戻る、1万2千歩の散歩です。
 
 
 
①西新井大師西駅・・・・・・・・・・・平成20年(2008)3月30日、日暮里・舎人ライナーの開通と同時に開業した駅。、、、、、駅名となっている西新井大師までは、東へ直線距離で約1km、許容範囲を超えた無理な命名だ。 お年寄りが当駅で降りてお参りに行くと、大師の門前で行き倒れるかも(?) 後悔しないように、東武大師線、東武バスを利用し、無理のない参拝をしよう。
 
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②江北六丁目団地・・・・・・・・・・西新井大師西駅西口に隣接する、昭和46年(1971)に建てられた総戸数860戸(29棟)の旧住宅公団の団地。 近年、リニューアルしたようで外装はきれいだが、全棟5階建て鉄筋コンクリート造の団地は、団地ファンが喜びそうだ。 This is “昭和40年代の団地”。
 
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③押部八幡神社・・・・・・・・・鹿浜7丁目にある、誉田別尊(応神天皇)を祭神とする旧鹿浜村小名押部の鎮守社。 神社の創建は徳川時代中期と伝えられている。 大正12年(1923)の関東大震災で社殿が破損したが、直ちに再建し現在に至る。
 
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④阿弥陀院・・・・・・・八幡神社の隣に、天明2年(1782)の創建と言われている真言宗智山派の阿弥陀院がある。 本尊は阿弥陀如来像。、、、、、昭和40年(1965)に、鉄筋コンクリート造で本堂および庫裡の改築が行われたそうだ。
 
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⑤焼き芋・・・・・・・・・・おいおい、20℃を超えたこの暑さ、焼き芋屋さんがいる。 ちゃんと、窯に火が入っている。、、、、、芋屋さんは運転席で地図を広げ、マーケットを分析中。 売れそうな、寒い場所へ移動するのか?
 
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・・・・・・・・・・・・・・・ギョ! 芋屋さんの車の先に、ナント! 機関車が! これは、偶然か? 神の御導きか?
 
 
⑥C5075機関車・・・・・・・・・・ここは、北鹿浜公園。 公園の中に、一見して、可哀そう、痛々しい、見すぼらしい、重病の機関車が展示されていた。、、、、この蒸気機関車はC5075(中距離用小型テンダ機関車)といい、昭和4年(1929)に川崎重工兵庫工場で製造され、昭和46年(1971)まで、豊岡・奈良・亀山などの機関区に所属し200万kmも走り続けた強者である。、、、、、柵の貼り紙には、今年から2年間かけボランティアの支援を得て、補修と塗装が行われる旨、記されていた。 しっかりと修理されることを期待し、よろしく!
 
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⑦芝川・・・・・・・・・・・・・C5075機関車から500m程西へ向かうと今日の散歩の目的地「芝川」に出た。 芝川は、桶川市が源流で、上尾を抜け、見沼田圃を抜け、川口市に入り、芝川水門で荒川に注ぐ一級河川。、、、、、写真:右側は足立区鹿浜、左側は川口市領家
 
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・・・・・・・・・・・・・・振り返り、川下には赤い建物「新芝川排水機場」と左に「芝川水門」が見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・・芝川水門、、、、、、大雨などによる洪水が発生した場合、荒川の水位が高くなると芝川へ逆流が発生してしまう。それを防ぐために作られたのが芝川水門である。 普段はゲートが上がっていて、船は行き来できる。、、、、ゲート2門の水門は、昭和46年(1971)に完成した。、、、、現在は、耐震補強中である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・新芝川排水機場、、、、、、水門の隣には芝川増水時に水をポンプで荒川に排水するために昭和53年(1978)に設置された新芝川排水機場。 その排水口に新芝川排水機場樋管(樋門)があります。
 
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⑧都市農業公園・・・・・・・・・・・・芝川水門の近くに、足立区立の都市農業公園がある。 園内の一画に、江戸時代後期の農家(和井田家)、旧浅野家長屋門(俗称「谷久門」)が移築保存されている。、、、、、足立区内にあった、昔の農家で、東京にあるとは思えない農村の風景を楽しむことができる。
 
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●・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この後、西新井大師西駅に戻り、帰宅。

2017年4月16日 (日)

藤まつり

今日の散歩は夫婦で、亀戸天神の「藤まつり」に行ってきた。
 
 
 
●・・・・・・・・・・・・見事に色づいた藤が、人目を引きつけるポスター。 4月15日から5月7日まで、天神さまの「藤まつり」。、、、、、滝のように垂れ下がる紫の花を期待し亀戸の町を歩く。
 
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●・・・・・・・・・・・・・商店街も、旗を出して歓迎。、、、、、ますます期待に胸が膨らみ、帰りのくず餅休憩も期待して腹が鳴る。
 
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●・・・・・・・・・・・・鳥居も見え着いた。、、、、、『人出は、チョイと少ないね。 ゆっくり観賞できそうだ! 綺麗な写真撮るぞ!』
 
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●・・・・・・・・・・・・ありゃこりゃ・どうした、藤棚に花がない! 『天神に騙された、金返せ!』と絶叫したくなる。 
 
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●・・・・・・・・・・・・どの枝にも、花はない、全てつぼみだ! 開花まであと一週間以上はかかると思う。、、、、花が垂れ下がるより、見事に期待を裏切られ、鼻水が垂れ下がる気分。
 
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●・・・・・・・・・・・『他責にするでなく 己の未熟さ故 綺麗なポスターに騙された 自分を責め』(怒りを抑え、男はカッコよく!) ここは、天神さまに賽銭118円を授けてきた。
 
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●・・・・・・・・・・・・期待外れの「藤まつり」、せめて賽銭分は楽しもう! お囃子、猿回しでチョイト挽回。
 
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●・・・・・・・・・・・一昨年の藤まつり。、、、、、古い写真見て我慢する。
 
 
●・・・・・・・・・・・“藤”がダメなら、“萩”で勝負!、、、、、天神裏、天台宗の龍眼寺は、応永2年(1396)に創建された。 境内の萩は江戸時代から著名で、萩寺と称されている。、、、、今はまだ“桜”が残っている。 こちらは、私たち夫婦を期待以上の花で迎えてくれた。
 
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●・・・・・・・・・・・・二人の散歩は、押上に出てスカイツリー・タウンに寄って帰る。
 
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