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2017年4月23日 - 2017年4月29日

2017年4月26日 (水)

後楽園

今日は循環器内科の定期検診日。 庭園「後楽園」の南側にあるクリニック。 検診後は庭園に寄り、さらに地下鉄「後楽園」駅周辺を歩いてきた。
 
 
 
①後楽橋・・・・・・・・・・後楽園の場外馬券売り場へ通う人はよくご存じの橋。 競馬新聞を片手に水道橋駅から馬券売り場(黄色いビル)に直結する人道橋「後楽園ブリッジ」の隣に並行して架かる橋。、、、、神田川に架かり、千代田区三崎町2・3丁目と文京区後楽1丁目を結ぶ橋。 関東大震災の復興橋の一つで、昭和2年(1927)11月2日に架設され、長さ21.0m、幅22.56mの鉄製のアーチを描く橋桁が特徴的な橋。 建設時の工事費は13万7千円也。、、、、名の由来はズバリ“後楽園”。
 
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②トヨタ自動車東京本社ビル・・・・・・・・・・私が診察を受けるクリニックが入居する「後楽森ビル」(19階建て)と並ぶ、地上19階/地下5階建て、高さ89mの高層ビル。 設計は日建設計、施工は大林組+竹中工務店+清水建設、昭和57年(1982)の竣工。
 
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・・・・・・・・・・・・・・小石川後楽園の南側に隣接しているため景観に配慮した設計となっている。 敷地周囲には公開空地があり、緑豊かな散策路となっている。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・後楽園の築地塀に接する北側の空地は、隣の森ビル、住宅金融支援機構のビルへと続く、長い散策路が実現している。、、、、、二人で歩くにはいい処。
 
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・・・・・・・・・・・・・・振り返ると築地塀は後楽園の入口へ延びる。 つつじ(?)が花の散策路を作り誘導してくれる。
 
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③小石川後楽園・・・・・・・・・・寛永6年(1629)に水戸徳川家の中屋敷として造られたもので、水戸黄門(光圀)の代に完成した。 石造りの太鼓橋、杭州の西湖を模した堤、など中国趣味豊かな庭園である。、、、、、現後楽園(庭園)は、明治時代に組織された東京砲兵工廠の敷地の中央に位置していた。 砲兵工廠は、南の外堀通り、東の白山通り、北の春日通り、そして西は春日通の富坂上と外堀通りの飯田橋職安前を結ぶ線、で囲われた広大な敷地である。 そこには、現在の後楽園遊園地、球場、文京区役所、中央大学理工学部、小石川運動場なども含まれる。、、、、実際に当時の地図を見ると、現在の庭園部分は砲兵工廠敷地の中央にそのまま残され、周囲に各種建物が配されていた。 それゆえ、江戸時代の名園は破壊されることなく、今日見ることができるのである。
 
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・・・・・・・・・・・・・・チョイと余談だが、10年ほど前までは、写真中央の建物の5階に私のデスクがあった。 毎日、名園を眺めながら一生懸命タバコを吸っていたね!
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・・・・・・・・・・・・・・園内に今日の散歩で見たかったものが二つある。、、、、一つは、昭和10年(1935)に建立された「陸軍造兵廠 東京工廠跡 記念碑」である。 特異な形は、砲兵工廠の敷地をかたどっている。 まさに、小石川後楽園が工廠の跡であることを示している。
 
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・・・・・・・・・・・・・・二つ目は、園内に残る工廠時代の弾丸製造機械の一部。 どうやって、使用しものか、私には判らん。 案内板などは一切なく、静かに置かれている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・庭園を出て、地下鉄後楽園駅の方に向かう築地塀には、江戸城外堀の石垣を再利用して組まれている。 石には、築いた大名を表す刻印を見ることができる。
 
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④東京都戦没者霊苑・・・・・・・・・・春日通に面し、中央大学理工学部と礫川公園の間に、東京都関係戦没者16万人の霊を祀る霊苑がある。 この地も砲兵工廠の跡地の一部である。 ここには小石川陸軍工科学校があった。 霊苑の設計は建築家:相田武文による。、、、、、、昭和6年(1931)の満州事変から終戦までの戦没者に、手を合わせてきた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・苑内には遺品を展示する施設もある。、、、、どうもダメだ、遺品を見ると目が潤む。
 
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・・・・・・・・・・・・・・苑内の片隅に、「諸工伝習所跡記念碑 陸軍砲兵工科 工科学校跡」と刻まれた碑が、訪れる人もなく静かにたっている。、、、、、明治5年 (1872)に諸工伝習所を創立し、その後陸軍砲兵工科学校陸軍工科学校陸軍兵器学校と名はかわったが、昭和20年(1945)までの73年間陸軍技術の教育が行われていたところ。、、、、、諸工伝習所創立100周年にあたる昭和47年(1972)に、卒業生が碑を建立したものである。、、、、、私の父は、ここにあった陸軍工科学校の卒業生の一人である。 今日は、亡き父にかわり、母校に訪れてみた。
 
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●・・・・・・・・・・・小石川の砲兵工廠跡として、現存する建物はないが、広大な敷地がその後どのように変わっていったか、地図を見ながらチョイト勉強するかな。

2017年4月24日 (月)

南台

地下鉄丸ノ内線の終点方南町駅(杉並区)から、中野区の南端の町「南台」をぶらつき、隣の渋谷区本町5丁目まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
方南町駅 ・・・・・・・・・・・丸ノ内線分岐線の終点は「方南町(ほうなんちょう)駅」。 駅のある杉並区の町名は「方南(ほうなん)」。、、、、駅周辺の一帯は和田村と称し、字(あざ)として“方南”、“向方南”などが見られた。 地名“方南”の由来は不明であるが、昭和7年(1932)の杉並区発足時には、字方南と周辺の字を併せて「方南町」となった。 この町名も昭和41年(1966)に実施された住居表示では、“町”をはずして「方南」となる。、、、、“ほうなんですか?” “ほうなんです。”
 
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・・・・・・・・・・・・駅前の有名な立ち食いそば屋のある東口から地上に出た。 アーケード下の薄暗い出入口である。
 
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②南台・・・・・・・・・・方南町駅を出て東に100mも歩けば、そこは中野区南台の町。 「南台(みなみだい)」とは、中野区の南の台地の意である。 昭和42年(1967)の住居表示変更以前は、“前原”、“多田”、“雑色”などの、由緒ある地名であったが、古きを捨て、新しき陳腐なネーミングを採用した。
 
・・・・・・・・・・・・南台5丁目、小高い丘の上に2棟46戸程の集合住宅:東京都住宅供給公社雑色住宅が建っている。 昭和37年(1962)頃(?)の建築。、、、、名前の“雑色”はかつての地名である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・南台5丁目を流れる神田川 に、昭和34年(1959)に架けられた向田橋。、、、、向田橋は中野区に架かる最上流の橋。 “向田”も付近の旧地名である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・南台3丁目の多田神社。 神社は、寛治6年(1092)源義家が大宮八幡宮(杉並区大宮2丁目)に参詣のおり、当地に先祖多田満仲(=源満仲。 平安中期の武将。 多田源氏の祖)を奉祀したことに始まるそうだ。、、、、、神社のある地は、かつて“雑色”と呼ばれ、多田神社は雑色の鎮守として現在もあがめられている。 ちなみに、“雑色”とは、皇室の文書や道具類を納める倉を管理したり、皇室行事の実施を担当する役所で働いていた人々のことである。 現在の宮内庁職員。
 
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・・・・・・・・・・・・・・南台3の南台小学校は、旧多田小学校と旧新山小学校が、今年4月に統合して誕生した学校である。 校舎は旧多田小学校を使用。、、、、、ここでも、歴史ある“多田”、“新山”の旧地名が消える!
 
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・・・・・・・・・・・・・・中野通りを挟み南台3丁目から300m程伸びる南台商店街。 大きな店舗はないが、東京オリンピックの年(1964)からスタートした元気そうな商店街。、、、、そろそろ、店を開ける時間だ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・中野通りに面し南台2丁目にある、昭和44年(1969)に建てられた都営南台2丁目アパート。 外壁にタイルで書かれたアパート名が時代を思わせる。 管理戸数は1棟56戸。、、、、、今日は、チョイト、中に入れてもらった。、、、、、7階から見る新宿。 見晴らしは抜群、新宿の超高層が一望できる!
 
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・・・・・・・・・・・・・南台1丁目にある国立校:東京大学教育学部附属中等教育学校。 前身は昭和23年(1948)に発足した東大附属学校。 平成12年(2000)から、中・高一貫教育の中等教育学に変わった。、、、、ここには、ソーセージ枠なるものがある。、、、、ソーセージ(双生児)枠とは、中等教育における双生児研究を実践するため、毎年1組~10組程度の双生児が入学している。 1学年定数120名(男子60名、女子60名)のうち男女それぞれ20名以内が双生児枠。、、、、、ぜひ、天才双生児を育成し、ザ・ピーナッツを復活して欲しいね。
 
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③幡ヶ谷氷川神社・・・・・・・・・・・・南台から隣の渋谷区本町に入り、氷川神社にお立ち寄り。、、、、氷川神社の創建年代は不詳だが、永禄年間(1558~1570)の小田原北条家文書に記載されていることから戦国時代には創建されていたそうだ。 幡ヶ谷村の鎮守社。
 
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●・・・・・・・・・・・氷川神社の近く「本町五丁目」バス停から、渋谷区のコミュニティバスで笹塚駅に出て帰宅。、、、、バスを待つ人もなく、ゴミ箱と椅子が並ぶ、静かなバス停。
 
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