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2017年6月18日 - 2017年6月24日

2017年6月23日 (金)

上野東照宮

朝一で、上野の病院で診察を受け、その足で上野東照宮に立ち寄ってきた。 不覚にも、万歩計は携帯せず。 

 

①東京文化会館・・・・・・・・・・建築家:前川國男(明治38年(1905)生~昭和61年(1986)没)の代表作で、昭和36年(1961)日本建築学会賞作品賞を受賞した。 戦後の早い時期に建てられ、50年経過した今でも古さを感じさせない、東京の本格的なクラシック音楽のホールである。 平成11年(1999)には大規模な改装も行われた。、、、、、前川國男は私の好きな建築家の一人。 東京都文化会館は大学受験に際し建築学科を志望するきっかけとなった作品。

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②小松宮彰仁親王銅像・・・・・・・・・上野公園の銅像と言えば、「西郷さん」しか、思い出せない人が多い。、、、、、動物園正門の左わきの木陰に小松宮彰仁親王の銅像がある。 この小松宮彰仁親王(弘化3年(1846)生~明治36年(1903)没、慶応3年(1867)には東伏見宮嘉彰と改称。)は、皇族であり、戊辰戦争、西南戦争に参戦した軍人。 また、日本赤十字社の前身:博愛社の総長でもあった。、、、、、西南戦争では西郷軍を征伐する側で敵対関係になる。 銅像になっても、上野の山で争わぬように、2体の銅像は離されて置かれているようだ。
 
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③グラント将軍植樹碑・・・・・・・・・・・小松宮彰仁親王の銅像の裏側に、昭和4年(1929)に建てられたグラント将軍植樹碑がある。 グラント将軍は南北戦争時代の北軍の将軍で、南軍のリー将軍と並ぶ有名な将軍。、、、、、、明治10年(1877)から約2年間、グラント将軍は家族同伴で世界を周遊した。 その際、来日し、明治12年8月25日、上野公園で開催の大歓迎会に臨み、将軍はロウソン檜、夫人は泰山木を記念に植えた。 碑は、正面に将軍の胸像を刻み、左右に和文、英文で、将軍の略歴・日本滞在中の歓迎の模様、植樹の由来を記している。、、、、、私には、ジョン・ウェインが主演した西部劇の時代の将軍だ。 来日したことを知る人も少ないだろうね。
 
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④上野東照宮・・・・・・・・・上野動物園の南側にある、東照大権現(徳川家康)を祀る神社。、、、、元和2年(1616)、危篤の家康から自分の魂が末永く鎮まる所を作ってほしいと藤堂高虎と天海僧正に遺言され。 寛永4年(1627)、藤堂高虎が上野の高虎の敷地内に創建した。 現社殿は慶安4年(1651)に徳川家光が改築した。 平成の世に社殿は修復工事が行われた。
 
・・・・・・・・・・・・・動物園の南隣にある大石鳥居。 寛永10年(1633)に酒井忠世が奉納した、備前の御影石を使用した鳥居。 国指定重要文化財。、、、、、右端の売店が戦後の上野の象徴か?
 
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・・・・・・・・・・・・・・大石鳥居をくぐると水舎門(神門)がある。 水舎門をくぐると、参道の左右に200基以上あると言われている石灯籠が並ぶ。 ほとんどが現在の社殿を建築した慶安4年(1651)に諸大名より奉納されたものらしい。、、、、一基ぐらい無くなってもバレそうもないが、盗む人はいないようだ。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・水舎門の手前左奥にある「おばけ灯籠」。 寛永8年(1631)に織田信長の武将:佐久間盛次の四男である、信濃の佐久間大膳亮勝之が寄進したもの。 高さ6.06m、笠石の周囲3.63mで、京都南禅寺、名古屋熱田神宮の大灯籠とともに日本三大灯籠である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・参道の柵越しに見える、動物園の中の旧寛永寺五重塔。 この塔はもともと上野東照宮の一部であった。 明治の神仏分離令により寛永寺の所属となり、さらに昭和33年(1958)に同寺より東京都に寄付され、現在では上野公園の管理下にある。 塔は寛永8年(1631)に建立され、寛永16年3月に花見客の失火により焼失し、現存する塔はその後直ちに再建されたものである。 高さ32.3m。 国指定の重要文化財。、、、、、周囲にライオン、ヒョウなどを放し飼いしたら来園者によろこばれるかもね。
 
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・・・・・・・・・・・・・・明治7年(1874)に深川木場組合から奉納された神楽殿。 屋根勾配の美しさは評判が高い。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・唐門前に並ぶ、諸大名から奉納された全48基の銅灯籠。 中には紀伊・水戸・尾張の徳川御三家より2基ずつ寄進されたものもある。 国指定重要文化財。、、、、、だいぶ劣化したものもあるようだ、修理できないものか?
 
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・・・・・・・・・・・・・慶安4年(1651)に造営された唐門と社殿。 国指定重要文化財で、社殿内は非公開。 金色殿とも呼ばれており、参道側から拝殿、幣殿(石の間)、本殿の三つの部屋から構成される権現造りです。 唐門は唐破風造り四脚門。
 
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・・・・・・・・・・・・・・明治6年(1873)、江戸城内紅葉山東照宮より移築した不忍口鳥居。 御影石で造られた大きな鳥居である。 この鳥居の足元(〇印)に、明治時代の水準測量に使用した几号水準点が残されている。 もちろん、現在は使用されていない。   
 
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⑤五條天神社・花園稲荷神社・・・・・・・・・・東照宮不忍口を出て、不忍池弁財天の方向に歩くと、五條天神社・花園稲荷神社がある。 ここには、医薬祖神の五條天神社(ごじょうてんじんじゃ)と、倉稲魂命を祭神とする花園稲荷神社が並び祀られている。
 
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・・・・・・・・・・・・・五條天神社の祭神は大国主命と少彦名命で、この二神は「薬祖神」として祀られています。 確かに皮を剥がれた因幡の白ウサギを助けたり、温泉の神と崇められている。 また、“天神さま”の菅原道真公は、寛永18年(1641)に合祀された。
 
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・・・・・・・・・・・・・・五條天神社のすぐ隣に花園稲荷神社がある。 元々は弥左衛門狐を祀った稲荷神社であった。 現在でも、旧社殿に石窟が残っており、穴稲荷が祀られている。
 
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⑥不忍池・・・・・・・・・・・ハスの咲き具合を観察して帰ることにした。 一面、葉が茂り、夏到来を感じさせるが、ハスの蕾は探さないと見つからない。 開花まであと一か月程かかるかな?
 
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2017年6月22日 (木)

浅草の外人さん

午後3時過ぎから、ブラリ浅草へ行ってきた。 毎度見慣れた光景だが、来日する外人さんのお国も中国・韓国から広がりワールドワイドである。

・・・・・・・・・・・・・・・横一列、顔が写っている人は全員外人だ。 右から中国、後ろ向きは?、中央はフランス、その後ろ3人は韓国、左は台湾、、、、、以上、私の推測。

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・・・・・・・・・・・・・・・一目で外人と判る外人。 間違いなく、外国籍の人です。

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・・・・・・・・・・・・・・貸衣装も、着付けが上手で、着こなしもうまく、髪飾りから足袋までバッチリ揃い、一見すると日本人、会話を聞くと???・・・・・?  ウ~~、かわいい娘が多くなった、浅草もより楽しくなるね!

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・・・・・・・・・・・・・安心安全な観光地“日本”。 お子様連れの来日も増えている。

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・・・・・・・・・・・・・・浅草へ来た外人は、百人百人が記念撮影すると思う。 良き思い出を土産に持って帰ってね!

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2017年6月20日 (火)

東中野~江古田

JR東中野駅で下車し、北へ向かうか南にするか、それとも、西へ歩くか東へ行くか? 困った、迷った、悩んだときは、現世の観音様に決めてもらう。 ちょうど駅から可愛い娘が出て来た、『あの娘の行く方向に歩こう!』。 決まった!駅から北西に向かうことにした。 西武新宿線の新井薬師前駅、大江戸線の新江古田駅を抜けて、西武池袋線江古田駅まで、1万2千歩の散歩です。
 
 
 
①東中野駅・・・・・・・・・明治39年(1906)6月14日、甲武鉄道の柏木駅として開業し、大正6年(1917)1月1日より東中野と改称した。、、、、、駅は山手通りに面し、平成9年(1997)には都営大江戸線の駅も開業し、乗り換え駅となった。
 
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・・・・・・・・・・・・・・チョイと古い時代の東中野駅
 
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②東中野ギンザ通り・・・・・・・・・・東中野駅前から北西方向に約600mの長さで伸びる商店街。、、、、、、私が歩く、午前8時過ぎ、狭い道は駅へ向かう人が速足で通り過ぎる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・商店街の中程に朝顔の苗が置かれ、「御自由にお持ち帰り下さい」と。、、、、、つい、手が出て苗を3つ貰ってきた。 開花するのが楽しみだ!
 
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③正見寺・・・・・・・・・・ギンザ通りを抜けると早稲田通りに出る。 ここ(中野区上高田1)に、浄土真宗本願寺派寺院の正見寺がある。 正見寺は、滋賀県栗田郡駒井城主・駒井掃部介高植、次代右近大夫宗高が菩提のため、応永年間(1394~1427)に建立された。 その後、寺は赤坂・四谷と移転し、明治42年(1909)に現在の中野に再移転した。 昭和20年、戦災により堂宇は灰塵に帰し、昭和46年(1971)に本堂を鉄筋コンクリート造で再建し現在に至る。 正見寺には、明和時代(1765年前後)の江戸三美人のNo.1といわれた“笠森お仙”の墓がある。 、、、、私は、現在の美人と遭遇することに期待し寺の脇の道。 誰が名付けたか、「上高田中通り」を行く。 
 
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④上高田4丁目の寺院・・・・・・・・・・・上高田4丁目の高台に、功運寺・願正寺・境妙寺・宝泉寺などの寺院が並んでいる。、、、これらの寺院には以前来たので、詳細はこちらで。
 
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・・・・・・・・・・・・・・寺院が集まる処から約200m北に、桜ヶ池不動院という寺がある。 その名の通り、小さな池があり脇のお堂に不動明王像が安置されたている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・さらに、不動院の裏には素戔鳴尊を祭神とする上高田氷川神社がある。 上高田一円の鎮守として享徳2年(1453)に創建した。 現社殿は大正15年(1926)に造営された。
 
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⑤西武新宿線踏切・・・・・・・・・・・・西武新宿線新井薬師前駅の東側で、踏切を越える。、、、、、、西武新宿線中井駅~野方駅間は、連続立体交差工事の真っ最中。
 
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・・・・・・・・・・・・・・工事用の車両などにぶつけられたのか、踏切の脇には、チョイと石の角が欠けた痛々しい庚申塔がある。、、、、祠に入れるなど、しっかり祀ってあげて欲しいね。
 
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・・・・・・・・・・・・・踏切の北側で道は分かれる。 右は哲学堂公園・新宿区落合方面、左は江古田方面。 私は、左へ向かうことにした。
 
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⑥キク薬局・・・・・・・・・・新井薬師前駅の北側(中野区松が丘1)に、2009年頃に廃業したらしい、仕舞屋から廃屋となってしまった薬局がある。 二階は歯科だった。、、、、、2階に並ぶ窓がモダンな感じの建物だが、1階の窓はボロボロ。 猫の通り抜けも自由!
 
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⑦中野通り・・・・・・・・・・・・笹塚から中野駅をとおり、江古田で新青梅街道にぶつかる中野通り。、、、、、我が脚は、松が丘1丁目から、中野通りを横断し、松が谷2丁目に入る。
 
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⑧妙正寺川・・・・・・・・・・・・杉並区妙正寺から中野区江古田地区を流れ新宿区下落合で神田川に合流する妙正寺川。 我が脚は、江古田橋で妙正寺川を越える。
 
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・・・・・・・・・・・・・・大雨の度に氾濫していた妙正寺川は、流域・護岸も整備され、深い川底が見える。、、、、、、、水は綺麗になった。 念のため遊泳禁止。
 
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⑨東福寺・・・・・・・・・・妙正寺川を越えて江古田3丁目に、真言宗豊山派の東福寺がある。 東福寺の創建年代は不詳だが、天正年間(1573~1593)に江古田村の村民が開基となり、創建した。 江戸時代には3代将軍家光が鷹狩りの休息所(御膳所)として指定されていた。、、、、、現本堂は昭和42年(1967)に鉄筋コンクリート造で建てられた。、、、、境内は広く、本堂は高台にある。 
 
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⑩江古田駅・・・・・・・・・・・・「江古田」の町は中野区にある。 大江戸線「新江古田駅」は中野区の北端「江原町」にある。 そして、西武池袋線の「江古田駅」は練馬区旭丘に位置する。 つまり、江古田の町には鉄道の駅は無い! ついでに、東電江古田変電所、日大江古田キャンパス、江古田斎場など、有名処の施設は練馬区に位置する。
 
・・・・・・・・・・・・・・大江戸線新江古田駅
 
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・・・・・・・・・・・・・西武池袋線江古田駅
 
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2017年6月18日 (日)

四ツ目通り

JR総武線錦糸町駅から、四ツ目通り沿いに南下し地下鉄東陽町駅をとおり過ぎ、江東区塩浜にある地下鉄東西線の車両基地まで、1万2千歩の散歩です。
 
・・・・・・・・・・・・四ツ目通りとは、、、、、江東区東陽3丁目を起点として、江東区を北上し地下鉄住吉駅、JR錦糸町駅をとおり、墨田区京島1丁目まで、総延長約5.5kmの都道である。 名の由来は、、、、、昔、堅川の北岸、現在の両国2~4丁目辺り(旧:相生町)に囲碁の名家:本因坊家があった。 その相生町の1、2丁目のブロックを碁盤の目に因んで一ツ目と呼び、3~5丁目を二ツ目と呼んだ。 その一ツ目の入口にかかる竪川の橋を一之橋と称し、二ツ目の入口にかかる橋を二之橋と称した。 その後三之橋、四之橋、五之橋が架けられた。 それぞれの橋上をとおる通りは、橋の名と同じ数字の“一ツ目通り”から順に“五ツ目通り”までの名が付けられた。 しかし現在、一ツ目通りは一ノ橋通り、二ツ目通りは清澄通り、三ツ目通りと四ツ目通りは今もその名を引き継ぎ、五ツ目通りは明治通りとなる。
 
 
 
①錦糸町駅・・・・・・・・・・明治27年(1894)12月9日、総武鉄道の本所駅として開業し、明治40年(1907)に国有化される。 大正4年(1915)に錦糸町駅に改称する。 歴史ある駅だ、南口の駅ビル「テルミナ」は昭和36年(1961)に竣工した。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・築50年経過した駅ビル「テルミナ」、、、、、、、駅前のバス停辺りは、明治43年(1910)頃まで歌人:伊藤佐千夫の住居兼牧舎があったそうだ。 錦糸町で酪農ができた時代があったなって、夢のような話。
 
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・・・・・・・・・・・・・錦糸町駅前交差点から見る四ツ目通り。
 
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②田螺稲荷神社・・・・・・・・・四ツ目通りから80m程西に入った処(江東橋3)、ビルの谷間に祀られている田螺(たにし)稲荷神社。 かつては田中稲荷と呼ばれていたらしいが、江戸時代、周辺に大きな火災があり、周りの家が次々と燃えていく中、神社の池から田螺が続々と這い出してお稲荷さんの壁に張り付き、神社を守ったらしい。 以来、「火防せ」の神様「田螺神社」として信仰を集めるようになったそうだ。、、、、、今では、周りは飲み屋とラブホテルが並ぶ夜の街。 火災にはより注意が必要。
 
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③四之橋・・・・・・・・・・四ツ目通りの名の謂れとなった堅川に架かる四之橋。 堅川は埋め立てられ、頭上には首都高が走り、四之橋は車専用となり、歩行者は両端から橋の下に下り、橋桁を金網越しに見上げて横断する車優先の構造となった。、、、、、
四之橋が初めて架けられたのは、万治2年(1659)である。  現橋は昭和46年(1971)に竣工した、3径間鋼製桁で、橋長は35m。
 
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④住吉駅・・・・・・・・・・・四ツ目通りが新大橋通りと交差する位置に都営新宿線と東京メトロ半蔵門線の住吉駅がある。 昭和53年(1978)12月21日に都営地下鉄新宿線の駅が開業し、25年後の平成15年(2003)3月19日に営団地下鉄の半蔵門線の駅が開業した。、、、、、私は、この駅で乗降した記憶がなく。 未知の駅である。
 
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⑤日先神社・・・・・・・・・・四ツ目通りからチョイと西へ入ると猿江1丁目に、江戸名所図会にも描かれた江戸屈指の規模をもつ摩利支天だった日先神社(ひのさきじんじゃ)がある。 今や、見るも悲しき、小さな神社となってしまった。、、、、、宮司自ら、富岡八幡宮に出向き、商売繁盛を祈願してくるといいかもね!
 
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⑥猿江神社・・・・・・・・・・猿江2丁目にある神社。 正確な創立年代は不明であるが、康平年中(1058、平安時代中期)頃には近在の信仰を一身に集めた稲荷社であったらしい。、、、、、鉄筋コンクリート造の社殿は昭和6年(1931)に建立され、鉄筋コンクリ―ト造の寺社としては国内最古である。 また、玉垣のある石造燈籠も昭和6年(1931)に造られた。、、、、、社殿は国の文化財に登録してあげたいね。
 
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小名木川の2橋・・・・・・・・・・・・・猿江神社の南を流れる小名木川。 ここに小松橋、小名木川橋が架かっている。
 
・・・・・・・・・・・・・小松橋、、、、、、江東区猿江1と扇橋2を結び、区道を通す。 小松橋の形式は曲弦ワーレントラス橋で、昭和5年(1930)に工事費160,137円で架けられた。 今の時代なら安いのだが、関東大震災後の工事費としては高いのか?安いのか?判らん!
 
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・・・・・・・・・・・・・・小名木川橋、、、、、、、こちらは、四ツ目通りをとおし江東区猿江2と扇橋3を結ぶ橋。 昭和4年(1929)に工事費 363.902円にてゲルバー鈑桁で旧橋は架けられた。 その後、昭和63年(1988)に、3径間連続鋼床版鈑桁のげ現橋に架け替えられた。
 
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⑧豊住橋・・・・・・・・・・・四ツ目通り、江東区千石2丁目と東陽6・7丁目を結ぶ 仙台堀川に架かる橋。 橋の下は親水公園のように改良されている。、、、、、、橋を渡ると東陽町駅も近い。
 
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⑨江東区役所・・・・・・・・・・・本庁舎は昭和48年(1973)に建設され、平成25年(2013)には耐震補強工事も完了した。、、、、、、江東区は耐震対策も重要だが、荒川・隅田川の堤防決壊すると、1階は完全に水没するそうだ。 全区民を対象にした浸水対策も実施しなければならず、チョイと気が抜けないね。
 
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⑩東陽町駅・・・・・・・・・・・昭和42年(1967)9月14日に営団地下鉄東西線の終着駅として開業。
 
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・・・・・・・・・・・・・ここ東陽町駅前交差点が四ツ目通りの起点である。、、、、錦糸町から南下してきた道はさらに南へ続く。
 
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⑪四ツ目通りの先は?・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・道幅は少々狭くなり、東陽橋で汐浜運河をこえ、江東区塩浜地区へ向かう。 
 
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・・・・・・・・・・・・・運河をこえると、道は東西線の車両基地に突き当たる。
 
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