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2017年8月6日 - 2017年8月12日

2017年8月12日 (土)

平井~八広

連日のスッキリしない天気、『今日も散歩はできず』と思いきや、午後には雨もやんだようだ。 3時過ぎに、チョックラ歩いてくることにした。 総武線平井駅から京成押上線八広駅まで、9千歩の散歩です。
 
 
 
平井駅 ・・・・・・・・・・明治32年(1899)4月28日、総武鉄道(私鉄)の駅として開業。 明治40年(1907)には、鉄道国有法により国有化された。 現在は、緩行電車だけが停車する1面2線の高架駅。、、、、、駅の開業は古いが、駅前には大規模商業施設もなく、集客力のあるものは何もない駅である。(私の住む、浅草橋に似ている) 総武本線に「平井」という駅があることも、一般に知られていないかも。
 
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②燈明寺・・・・・・・・・・平井駅から北に向かい、蔵前橋通りを越えると、新義真言宗の明雅山明王院燈明寺がある。 本尊は不動明王である。、、、、、山門を入り右側には、昭和19年(1944)に完成した、高さ14.4m、幅17.1m、奥行27mの本堂(金堂)がある。 只今、改修中らしく、足場が組まれ、シートで覆われていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・山門を入った正面に聖天堂が見える。 妻沼聖天、浅草待乳山聖天とならぶ関東三聖天の一つとして知られている。 現在の建物は昭和36年(1961)に改築された。、、、、、、この聖天堂も、本堂も、“0m地帯”にあることを意識してか? コンクリート造による人工地盤の上に建っている。
 
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③平井諏訪神社・・・・・・・・・・・・燈明寺の隣にある平井諏訪神社は、享保年間(1716~1736)に燈明寺の僧:恵祐法印が、自分の生まれた国である信州の諏訪大明神の神霊をここに祀ったのが始まりといわれている。 現社殿は昭和44年(1969)8月に、鉄筋コンクリート造で完成した。
 
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・・・・・・・・・・・・・社殿の右隣には、諏訪神社の旧本殿を利用した稲荷社がある。 天保14年(1843)の建物で、外部に施された龍・唐獅子などの彩色彫刻が江戸後期の神社建築の過飾的な特色をよく伝えている。、、、、、貴重な建物で、江戸川区の登録文化財に指定されているそうだ。 国宝ではないので、たいしたことないかも?(失礼)
 
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・・・・・・・・・・・・・・境内には、大正9年(1920)頃、旧下平井村の丸富講の人びとによって造られた「平井の富士塚」がある。 また、絵馬堂には丸富講が大正2年(1913)に奉納した図額もある。、、、、、「今上皇帝 御脳平癒 祈祷記念」と記されているが、“御脳平癒”とは? 頭が悪かったのか? IQが低い? さてさて?
 
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④下平井の観世音菩薩像浅草道石造道標・・・・・・・・・・諏訪神社の裏手に、享保19年(1734)の建立の石像がある。 この石像は道標を兼ねており、正面に観音菩薩立像が刻まれ、銘文には「秩父□□□あさくさ道」「享保十九甲寅」「是より佐(ひだり)ぎやうとく道」とある。 道標の元の位置は神社前の道路を挟んで向かい側にあったそうだ。、、、、、300年近く、この付近に立っていた石像、観音様の顔は判別できず。 美容整形で修復したら? 
 
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⑤平井橋・・・・・・・・・・燈明寺の西で、旧中川に架けられた平井橋を渡り、江戸川区から墨田区に入る。 橋は昭和55年(1980)の架橋。、、、、、、護岸は葦を植え自然景観に近く整備されている。 いいね!
 
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⑥北向地蔵尊・・・・・・・・・墨田区立花6丁目にある祠。 祠の中には、石が削られ餓死寸前の老人が骨と皮だけになったような、2体の石像がある。 石像の周囲には、墓碑が置かれ、どれも明暦、寛文、延宝など江戸時代の銘が刻まれている。
 
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⑦立花・八広の町・・・・・・・・・・・・立花5丁目・6丁目、八広2丁目・3丁目の裏道を歩く。

・・・・・・・・・・・・・・都営住宅「立花六丁目アパート」の裏を歩き、5丁目に入る。
 
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・・・・・・・・・・・・・・小さな工場が多い立花5丁目を歩く。
 
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・・・・・・・・・・・・・・八広の町は、吾輩の好きな、真直ぐな道がない迷路のような町。 
 
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⑧三輪里稲荷神社・・・・・・・・・・八広3丁目の裏道の奥にある神社。 慶長19年(1614)出羽国湯殿山の大日坊長が大畑村(八広、東墨田、立花の一部)の総鎮守として羽黒大神の分霊を勧請し三輪里稲荷大明神として鎮座した。 通称の「こんにゃく稲荷」と呼ばれ、初午の日に授与される「こんにゃくの護符」は、のどや風邪などの病に効くといわれている。、、、、、政界用語では“こんにゃく”は100万円の札束を言う。 森〇学園元園長のおばさんも好きで、某政党の幹事長のところに持って行ったが、突き返されたそうだ。 吾輩なら一つと言わず、二つでも、三つでも貰うのだが、万病に効きそうな“こんにゃく”だからね!
 
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⑨薬師道道標 ・・・・・・・・・・八広4丁目、「4丁目交番」横の植込みに道標がある。 表に「右やくしみち」、「左えどみち」とある。 木下川薬師 への道標で、高さ1m余のものだ。 伝承では、享保年間(1716~1735)に将軍吉宗の薬師参詣にあたって、村人に建てさせたものといわれている。、、、、、、将軍が迷子になるからかな?
 
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⑩八広駅・・・・・・・・・・・大正12年(1923)7月11日に、荒川駅として開業。 平成6年(1994)、八広駅に改称。、、、、、駅名の八広の町は、昭和40年(1965)の住居表示実施に伴い近隣8地区が合併して成立したため、「八」の字を採り、その字体から「末広がり」の縁起を担いで命名したそうだ。、、、、、なんかテキトウな命名だ!
 
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2017年8月10日 (木)

浅草寺の謎

朝から涼しい一日が始まった。 だがときおり、空飛ぶ雀がお漏らしたようにポツリポツリと雨粒が落ちてくる、散歩には不向きの空模様。 朝食後、浅草に出かける用事を思い出し、午前中にチョイと浅草寺に立ち寄ってきた。
 
 
 
①雷門は工事中・・・・・・・・・・・浅草の玄関口『雷門』は、天慶5年(942)に建立され、以来、幾度も焼失・再建を繰り返している。 現:雷門は、昭和35年(1960)、松下電器産業:社長:松下幸之助の寄進により、大成建設の施工で再建された。 再建後すでに50年以上の時を経て、屋根瓦等が老朽化したため、改修工事に着工したそうだ。、、、、、雷門の周囲に足場が組まれ、シートが張られている。 シートには、雷門をイメージできるよう、屋根の写真がプリントされていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・仮囲いにあった、昭和35年当時の雷門の写真。、、、、、写真では、雷門と本堂の間にある、宝蔵門、五重塔はまだ建てられていない。 
 
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②宝蔵門・・・・・・・・・・かつては仁王門とよばれていたが、昭和20年(1945)、東京大空襲により観音堂・五重塔・経蔵などとともに焼失した。 昭和39年(1964)に大谷重工業社長:大谷米太郎夫妻の寄進により、鉄筋コンクリート造り、本瓦葺きで再建した。 この時、経蔵を兼ねて伝来の経典や寺宝を収蔵することから、仁王門から宝蔵門に改称した。、、、、、大谷米太郎(1881年7月24日~1968年5月19日)は、稲川部屋所属の元大相撲力士で、後に実業家。 太平洋戦争前は「鉄鋼王」と称され、戦後は、「日本の三大億万長者」の一人に称された。 ホテル:ニューオオタ二の創業者でもある。 夫妻の像が浅草寺裏手にある。、、、、、、雷門・宝蔵門とも、個人の寄進で建ってしまうのだから、「浅草寺」は凄いね!
 
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③五重塔・・・・・・・・・・浅草寺の五重塔は、天慶5年(942)、本堂と共に建立され、その後数度倒壊・炎上したが、その都度再建された。  徳川家光により本堂・仁王門などと共に建立された国宝五重塔は、太平洋戦争の戦火により、昭和20年(1945)、他の堂宇とともに焼失。 戦後、昭和48年(1973)に、現在の五重塔が塔院とともに再建された。、、、、、塔は、鉄骨・鉄筋コンクリート造で、地上53.32mである。、、、、、塔の内部は非公開とのこと。 一人一万円で観光客を受け入れて、上らせたら儲かると思うよ。
 
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・・・・・・・・・・・・・本堂に向かい現在の塔は左側にあるが、かつては右側に五重塔があり、戦災で昭和20年(1945)に焼失した。 その跡には、碑が建てられている。
 
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④本堂・・・・・・・・・・御本尊:聖観世音菩薩を奉安し、観音堂とも呼ばれる本堂。 国宝であった旧本堂は、昭和20年(1945)の東京大空襲により焼失し、昭和33年(1958)に現在の本堂が再建された。、、、、、、間口34.5m、奥行32.7m、高さ29.4mの鉄筋コンクリート造、本瓦葺、入母屋造り。、、、、、、平成22年(2010)には、屋根瓦を軽量のチタン瓦に葺きかえ、重さは従来の1/3となった。
 
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・・・・・・・・・・・・・・今日は本堂の周りを一周。 正面、右側面、背面、左側面の順に。
 
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・・・・・・・・・・・・・ここで、吾輩が生まれて最近まで気付かなかったことを、、、、『浅草寺の本堂は広い境内に単独で建っているが、多くの寺に見られるような、寺務所・庫裏・客殿などと結ぶ渡り廊下が無いのだ。 三社祭、初詣などの行事では、本堂を囲むように人が集まり、身動きが取れない状態となる。 このような時、僧侶の移動はどうするのかな?』 70年間、浅草寺に参り最近気づいた疑問である。、、、、、答えは“簡単”。 ナント、本堂と五重塔を結ぶ地下道が造られていたのだ! 五重塔の1階は寺務所になっており、さらに、五重塔と伝法院も繋がっている。 この事実はホントのことである、ただし訪れた人による、地下通路の写真撮影などは禁止されているようで、あまり知られていないだけ。 デズニーランドの地下に従業員の移動用通路が造られているのと同じようなものだ。
 
・・・・・・・・・・・・・チョイと本堂から五重塔を眺め、地下通路の在りそうな位置を推測してみた。
 
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・・・・・・・・・・・・・(くもじいの気分で!) 『なんじゃ、こりは? お札所の裏に、何やら怪しき構造物があるのぅ。 空気の換気設備のようじゃ。 くもみ、下りてみてみよう!』、、、、、現地でじっくり見ると、お札所とは関係なさそうで、どうやら地下通路に関係ありそうだ。 残念だが、今日の推測はここまでにしておく、、、、、
 
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・・・・・・・・・・・・・・機会あれば、ぜひ一度、地下通路を歩いてみたい! 謎を解くまでは、簡単に死ねぬ!

2017年8月 7日 (月)

谷在家~竹ノ塚

台風5号が近づき天気は悪くなるようだが、午前中は“もちそうだ”。 日暮里舎人ライナーの谷在家駅から、東武伊勢崎線の竹ノ塚駅まで、1万1千歩の散歩。 
 
 
 
日暮里舎人ライナー・・・・・・・・・ 一番前の座席でカメラを構え、どこの駅で降りようか? 日暮里舎人ライナーに乗ったが、下車駅を決めていなかった。 動きだすと、先頭に座っているので、高所からの景色に見とれ撮影に追われ、終点までこのまま行きたくなったが、谷在家駅で下車することにした。
 
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②谷在家駅・・・・・・・・・・・・平成20年(2008)3月30日、ライナーの開業と同時にできた島式ホーム1面2線の谷在家(やざいけ)駅。 駅名の「谷在家」とは、この地を流れていた沼田川の谷に農地を開いたことから、“谷”と湿地の集落を表す“在家”が結びつき名付けられた。 聞きなれないと“変な地名”と言いたくなるが、練馬区には谷原在家が、世田谷区には経堂在家などの地名もあった。
 
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③谷在家の夏空・・・・・・・・・・・台風一過の暑さなら理解できるが、今日は台風直前の暑さ、朝から猛暑の気配がする。 ここまま歩くと熱中症が心配だ。 駅前で飲料水を購入し、いつ倒れても恥ずかしくないように身繕いを直し、東の方角に位置する竹ノ塚駅を目指し歩くことにした。
 
・・・・・・・・・・・・・・夏の雲が覆い、暑い!暑い! 
 
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・・・・・・・・・・・・・畑の野菜も、暑い!暑い! 水をくれ!
 
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・・・・・・・・・・・・・夏休みなのに、公園には子供がいない。 吾輩の幼き頃は、熱中症ではなく、『日本脳炎になるから家の中で遊びなさい』と言われた陽気だ!
 
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・・・・・・・・・・・・・出がけに、妻が『日陰を歩いてね!』と言ったが、太陽が高く日陰を探して歩くのは、無理無理かたつむり。
 
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・・・・・・・・・・・・・・『首筋に流れる汗、ハンカチでそっと拭う若い娘』、艶っぽい姿にドッキリ!、、、、、想像しながら歩いてみるが、こんな場面に出くわさず。 吾輩一人、公園を見つけては、頭から水をかぶり、手ぬぐいに水を浸し首に巻き、再出発!
 
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④諏訪神社・・・・・・・・・・・諏訪木西公園内(西新井4丁目)にある、淵之宮氷川神社の境外末社で、祭神は建御名方命。 なにか怪しげなピンクの社殿は昭和37年(1962)の完成(?)
 
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⑤源正寺・・・・・・・・・・・・伊興2丁目の源正寺は、遠く鎌倉時代、後醍醐天皇の御代に開山した古刹で、当時は時宗玄性寺であった。 無量山源正寺は、天文20年(1551)に真言宗に改宗、源正寺と改号したといいます。、、、、、鉄筋コンクリート造の現本堂は昭和50年(1975)の竣工。、、、、、門前では三地蔵がお出迎え。
 
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⑥伊興の夏空・・・・・・・・・・・・・竹ノ塚駅の西側で、尾竹橋通りを越えて広がる伊興の町。 もうすぐ竹ノ塚駅だが、広い日本 一時間 二時間 歩いても 気温は変わらず 暑い!暑い! 
 
・・・・・・・・・・・・・町名は“伊興”に変わり、気温もより高く、汗はダラダラ、ここも暑い!暑い!
 
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・・・・・・・・・・・・・蝉が合唱する若宮八幡宮。、、、、境内の白砂が日光を反射しまぶしいね!
 
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・・・・・・・・・・・・伊興の町は細い道路がクネクネ。 その中に、小さな都営アパート、区営アパートが点在し、吾輩のようなよそ者には方向感覚を失わせ迷路のようだ!、、、、、駅まで近いと判っていても、へそ曲がりの道と、暑さが、イライラさせる。
 
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⑦実相院・・・・・・・・・・真言宗豊山派の実相院(伊興4)は、寶光山実相院横沼寺と号す。実相院は、天平年間行基菩薩による開山といわれている。 西新井薬師総持寺の末寺。 本尊聖観世音菩薩は、古くから子育て観音として信仰をあつめているそうだ。、、、、、母乳の不足に悩むお母さんが、御供米を戴き皆御利益を賜ったそうだ。 乳をうらやむお父さんは罰が当たるかも?
 
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竹ノ塚駅 ・・・・・・・・・・・高架化工事、真っ最中の竹ノ塚駅到着。
 
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