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2017年8月13日 - 2017年8月19日

2017年8月19日 (土)

幸せの黄色い電車

『今日の散歩は何処から歩くかな?』と行くえ定まらず、都営浅草線の浅草橋駅ホームに立った。 すると丁度、黄色に特別塗装した1000形電車の"­;KEIKYU YELLOW HAPPY TRAIN(京急イエローハッピートレイン)"が停車中である。 この塗装の電車は1編成しかなく、乗れると幸運であることから「幸せの黄色い電車」と言われている。 無我夢中で、電車に飛び乗った。 乗ったはいいが、何処で降りようか? 考えるのは面倒だ、電車の終点「高砂」まで行ってみるか。、、、、、と言うことで、今日の散歩は、イエローハッピートレインに運命を託し、高砂駅から京成小岩駅まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
イエローハッピートレイン・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・・・・先頭車両まで移動し、イエローハッピートレインの運転手気分で御満悦!
 
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・・・・・・・・・・・・・・終点:高砂に到着。 降りたくないが、降りることにした。
 
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・・・・・・・・・・・・・・先頭車両を撮り、高砂検車区へ向かう後ろ姿を見送る。
 
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・・・・・・・・・・・・・『さて、これから何処へ向かうか、思案、こし餡、小倉餡。 悩むね?』 ホームでしばらく考え、今日は高砂駅をじっくり見て、そのあと、京成本線沿いに歩いてみることにした。
 
 
②高砂駅・・・・・・・・・・・・スカイツリーのある押上から、荒川・中川と大きな川を2本越えると高砂駅に着く。 東京都葛飾区の駅である、千葉県の駅と誤解しないように。、、、、、、大正元年(1912)11月3日に、曲金駅(まがりかねえき)として開業し、翌年6月26日に高砂駅に改称した。 現在の正式名称は“京成高砂”駅であるが、“京成”は省略されている。、、、、、京成本線、金町線、成田空港線、北総線が乗り入れている。 金町線は1面1線の高架ホームを使用しているが、その他の線は島式2面4線の地上ホームを使用している。 都心寄りの隣駅:青砥駅とともに、京成電鉄におけるジャンクションである。
 
・・・・・・・・・・・・・・高砂駅の正面(?)、、、、、手前踏切は有名な開かずの踏切。(正式には高砂1号踏切) 高架上には駅舎(中央)と金町線ホーム(左)がある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅出入口は、踏切の脇、裏道の奥などに複数個所ある。 しかし、どれも小さな素っ気ない出入口で、『これから、電車に乗るんだ!』と思わせる、ワクワク感に乏しい駅だ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・階段を上がり駅舎2階には、京成本線・成田空港線・北総線の改札口と向かい合わせに、金町線の改札口がある。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・島式2面4線の狭い地上ホームには、引っ切り無しに電車が発着し、乗務員の交替、乗客の乗り換え、電車の始発終着、何となく落ち着かない下町の匂いが漂う駅である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅構内にある古レールのモニュメント。 明治44年(1911)のカーネギー社(米国)製のレールで、大正元年(1912)押上~金町間の開業時に使用されたもの。 その後、高砂駅のホーム屋根を支える支柱として使用されていた。、、、、、1世紀前のレールである。 私の住むJR総武線浅草橋駅や、中央線水道橋駅のホーム支柱も古レールをアールデコ調の曲線に加工し、組み立て使用している。 ぜひ、一見あれ!  
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅を一周しても、周辺には、パチンコ、ファミレス、ドトール、コンビニ、ブティックなどが並ぶ、これぞ“高砂銀座商店街”と言えるような繁華街は無い。、、、、、小田急線、東横線、田園都市線など、山手を走る私鉄の駅には小洒落た店が並ぶ楽しい商店街が多いのだが、京成沿線は負けている、ダメだ!、、、、、、京成沿線の地価が安いのも、納得できる。
 
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③高砂第1号踏切・・・・・・・・・高砂駅ホームの東側に隣接する踏切。 踏切の頭上には京成金町線の高架ホームがある。 高砂駅は京成本線・成田空港線・北総線、さらに高砂検車区への入出庫線もある、一大ジャンクションで多くの線路が交錯し、発着量も多い。 第1号踏切は当然“開かずの踏切”となった。、、、、、線路を高架にする計画はあるそうだが、検車区が至近にあるため、工事が難しそうだ。 納得!
 
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・・・・・・・・・・・・・・踏切の先には高砂2号踏切があり、その奥に高砂検車区が広がる。
 
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④高砂第2号踏切で・・・・・・・・・高砂検車区手前の2号踏切で見えた! 『オゥ! イエローハッピートレインが車庫に停まっている。 ラッキー!』と思ったら、さらにこちらに向かってく来る、ウハウハ興奮したね。、、、、、、吾輩が高砂駅で下車してから、約1時間が経過している。 京急久里浜行きとして折り返すようだ。 踏切で入線を見送ることにした。
 
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●・・・・・・・・・・「幸せの黄色い電車」を充分堪能し、幸せいっぱい、腹いっぱい、あとは幸運の女神がやってくることを期待し、京成本線沿いを京成小岩駅まで歩いた。、、、、曇り空の下、梅雨時のようなジメジメ、ベトベト天気。 幸運を期待し、汗をダラダラ流し、線路沿いに大金が落ちていることを念じ、注意して歩いてみたが無駄だった。

2017年8月17日 (木)

船橋市行田

雨、雨、雨、連日の雨。 『今日は?』と外を見ると、曇り空だが散歩できそうだ。 途中、降られぬことを祈り、「船橋高架水槽」を見に行田団地まで行ってきた。 9千歩。
 
 
 
①京成西船駅・・・・・・・・・・京成本線の駅で、JR総武本線西船橋駅の北方300m程の処にある。 大正5年(1916)12月30日に葛飾駅として開業し、昭和62年(1987)に京成西船駅に改称した。 優等列車は全て通過し、普通列車のみ停まってくれる駅。、、、、、、、国鉄(JR)総武本線の西船橋駅の開業は、京成西船駅開業から42年後、昭和33年(1958)11月10日である。 駅の大きさ、駅前の賑やかさ、乗降客の多さ、どれを比べても、横綱と序二段ほどの差があり西船橋駅の圧倒的な勝ち! 
 
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②成瀬地蔵・・・・・・・・・・・西船駅から80歩ほど歩くと、踏切を越えた処(船橋市印内1)に成瀬地蔵(なるせじぞう)が祀られている。、、、、、旧葛飾町一帯は栗原郷であった。家康は側近の成瀬正成に慶長5年(1600)に栗原郷4000石を与えた。 のちに次男之成が、2代目の栗原藩主となったが39歳で病没。 その子之虎はわずか5歳で夭折。 寛永11年(1634)に断絶した。 この「成瀬地蔵」は、夭折した之虎の霊と、幼くして他界した地元の子らの霊を弔う為、貞享4年(1687)、印内村名主の田中徳左衛門、忠左衛門と女性だけの念仏講中によって寄進、建立されたものらしい。、、、、“女性だけの念仏講”とは“女子会 ”?
 
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③正延寺・・・・・・・・・・・京成本線とJR武蔵野線が交差する西船3丁目に、真言宗豊山派の正延寺がある。、、、、、明治41年(1908)、延命院跡に正覚寺と延命院が合併した寺で、名前も一文字ずつ頂戴し「正延寺」と、わかりやすいね。 本尊・胎蔵界五智如来像は、正覚寺の地中より掘り起こされたという伝承をもつ秘仏で、平安時代の作と推定され、船橋市最古級の仏像で県文化財に指定されているそうだ。、、、、、現本堂は昭和49年(1974)に建立。
 
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④印内八坂神社・光明寺・・・・・・・・・・・・JR武蔵野線沿いに歩くと、船橋市印内2丁目に、八坂神社がある。 神社の主神は須佐之男命だが、仏教の祇園精舎の守護神・牛頭天王を併せた祭神で“印内の天王様”と呼ばれている。、、、、神社の広い境内と地続きで、真言宗の光明寺がある。、、、、、八坂神社は、隣の光明寺が、約250年前にこの辺りで疫病が流行した際に、京都の八坂神社を勧請したのが起こりらしい。
 
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・・・・・・・・・・・・・・境内中央に堂々と腰を据える八坂神社。
 
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・・・・・・・・・・・・・・神社の境内隅に間借りしたような、チョイと寂しい雰囲気の光明寺。
 
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⑤船橋高架水槽・・・・・・・・・・・・今日の散歩でぜひ見てみたかった高架水槽。
 
・・・・・・・・・・・・・・印内2丁目付近から、畑の先、住宅の先に見えた! 後ろには行田団地が並んでいる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・近づいてみるとクラゲのようだ、16本の足(支柱)を数えることができた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・芝生上に高さ31m、直径16mの巨大なクラゲが立っている。 昭和36年(1961)に建設され、貯水量5000m3の水槽!
 
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・・・・・・・・・・・・・・行田団地の上から見ても、足は16本だった。 現在は、平時の給水より、災害時に停電しても給水できる非常用として稼働しているそうだ。
 
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⑥海軍無線電信所船橋送信所跡・・・・・・・・・・・・中山競馬場の東に、巨大な円を描いている海軍の無線電信施設の跡。 チョイと航空写真で見ると!、、、、、おそらく、誰もが見たことある写真だと思う。
 
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・・・・・・・・・・・・・この施設は日露戦争後、聯合艦隊の行動範囲の拡大に伴い、現:船橋市行田に設置された海軍の無線電信施設である。 太平洋戦争時に真珠湾攻撃部隊に「ニイタカヤマノボレ1208」の電文を送信した施設。 ジーメンス社に発注し、大正2年(1913)に着工したが翌大正3年に第一次世界大戦が起こり日本がドイツに宣戦布告をしたことからジーメンス社の技術者が図面を焼却、帰国してしまい工事は困難を極めたが、大正4年(1915)4月には開所式が行われた。 戦後は、進駐軍が接収し昭和41年(1966)に返還されたが、昭和46年(1971)から翌年までに解体された。
 
・・・・・・・・・・・・・現在、送信所跡を物語れるものは、この巨大な円形(直径約800m)と、円の中心部(行田公園)に設置された記念碑だけである。
 
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・・・・・・・・・・・・・・外周道路は円を描いているのだが、大きすぎて、カーブも緩やかである。
 
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・・・・・・・・・・・・・円形の中に昭和51年(1976)に誕生した、住宅公団の総戸数1736戸の行田団地。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・霧雨か? チョイと降ってきたので、団地内のバス停から駅に向かうことにした。 散歩は此処まで!

2017年8月13日 (日)

清澄庭園

午後から、夫婦で江東区の「芭蕉記念館」、「清澄庭園」の付近を散歩してきた。
 
 
 
・・・・・・・・・・・・・都営新宿線森下駅から歩き始める。 今日は深川神明宮 の例大祭であるが、今年は“陰祭り”。、、、、、、盆休み期間中で、帰省したかつぎ手もいるのか、盛り上がりもチョイトかけるようだ。 神社も人影まばらで、寂しいね。
 
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・・・・・・・・・・・・・隅田川沿いに出て、「芭蕉記念館」に行ってみた。 芭蕉記念館は、芭蕉の資料を公開している博物館。 芭蕉が延宝8年(1680)から、深川の草庵に移り、生活を送っていたことにちなみ、この地に記念館が建てられた。、、、、、俳句を詠んだこともない夫婦が、芭蕉の弟子についていくら説明してもらってもチンプンカンプン。 判ったことは、弟子が多く、おつきあいが大変だったでしょう!
 
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・・・・・・・・・・・・・・芭蕉稲荷神社(常盤1-3)は、大正6年(1917)の台風による津波来襲の後、芭蕉が愛好したといわれる石造の蛙が発見され、地元の尽力で芭蕉稲荷が創建された。
 
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・・・・・・・・・・・・・隅田川と小名木川に隣接する小さな庭園は「芭蕉庵史跡展望庭園」。 隅田川を眺める芭蕉像がある。、、、、、、像の容姿は吾輩のイメージとは異なり、若作りだ。
 
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・・・・・・・・・・・・・萬年橋を渡り清澄公園を歩く。 清澄公園は清澄庭園の隣にある公園。 どこにでもあるボール遊び、ピクニックなどができる解放公園である。 もとは清澄庭園と一体であった。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・清澄公園の隣は、有料の清澄庭園である。 かつては、清澄公園+清澄庭園=深川親睦園 であった。 深川親睦園は明治11年(1878)、岩崎弥太郎が、荒廃していたこの邸地を買い取り、三菱の社員の慰安や貴賓を招待する場所として庭園造成を計画し、明治13年(1880)に竣工した施設である。 弥太郎の亡きあとも造園工事は進められ、隅田川の水を引いた大泉水を造り、周囲には全国から取り寄せた名石を配して、明治の庭園を代表する「回遊式林泉庭園」が完成しました。、、、、、手入れも良く、綺麗で静かな公園は若い人のデートコースに最適。 ただし、森蔭が少なく、キッスは無理、無理、かたつむり! 
 
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・・・・・・・・・・・・・・この後は、霊巌寺などを見て深川から帰宅。

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