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2017年10月1日 - 2017年10月7日

2017年10月 6日 (金)

千束

浅草橋駅前から東京駅発南千住駅西口行のバスに乗り、「清川二丁目」で下車。 台東区千束の町をぶらつき、浅草寺、雷門まで、1万1千歩の散歩です。
 
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①ドヤ街・・・・・・・・台東区の北、日本堤と清川の町が接するあたりの地域はかつて「山谷(さんや)」と呼ばれた地区である。 大阪の釜ヶ崎、横浜の寿町と並び、日本の三大“人足寄場”の一つで、私が知る終戦直後の山谷は、日雇い労務者の集まる地区であった。 かつて、町の中心は、その労務者が寝泊まりする簡易宿泊所(通称:ドヤ)が並び、365日24時間、町中のいたるところで酒の匂いがし、日中の路上での賭博、所かまわず立ち小便、酔っぱらいの喧嘩など、女・子供にはチョイと怖い町であった。 男の私も注意して歩いた町であった。、、、、、今は、高齢化により皆さんおとなしくなったようだ。 簡易宿泊所の並ぶ道を歩いてみたが、路上で酒を飲む人、酔いつぶれる人は見られず、道路に人が出ていない。 清潔で、静かで、安心して歩ける街に変わった。
 
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②吉原・・・・・・・・・・・『山谷に来たら 吉原も』と、訳の判らぬ寝言を言って、気持ちが誘う吉原へ、チョイト見物に立ち寄ってみた。
 
・・・・・・・・・・・・・土手通りの「見返り柳をあとに、タクシーの出てきた道を入ると吉原遊廓唯一の公式ゲート「大門」があった。、、、、写真:ガソリンスタンド前が土手通りで、見返り柳も見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・・吉原遊廓の「大門」は今は無く、あるのは「よし原 大門」と記したポールが立つのみ。、、、、、ここが、吉原の中央通り。、、、、、なぜか静かだ?
 
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・・・・・・・・・・・・・ソープランドが並び、各店の前では黒のスーツを着たお兄さんが手招きして客を呼び込んでいた光景が今日は見られない。 しかも、シャッターの下りている店もある。 静かだ、ひょっとすると一斉休業かな? それとも、ソープランド組合(?)の慰安旅行か?、、、、、、私なりに考えた答えは、『客引き禁止条例』の影響かも。、、、、これで、安心して歩ける街になるのか。 でも、客引きのいない吉原は、静かすぎてチョイト寂しいね。
 
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・・・・・・・・・・・・・・遊廓街を挟み大門とは反対側の位置に吉原神社がある。 その昔の遊女・花魁も神社に手を合わせたのかな?  私も、かつて悲しい運命で泣いたであろう多くの遊女を偲び手を合わせて来た。
 
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③飛不動・・・・・・・・・・吉原を抜けた台東区竜泉3にある飛不動(とびふどう)。 龍光山三高寺正寶院が寺の名。 享禄3年(1530)に創建の天台宗の修験寺院。 本尊は木造不動明王坐像で、「飛不動」の通称で知られている。 由来は、昔、寺の住職が大和の大峰山に本像を背負って修行に行ったところ、江戸の寺では本尊が留守のため、お不動様の分身に祈った。すると、お不動様は一夜にして当地へ飛び帰り、人々の願いを叶えたと伝えられている。 お不動様が飛行機に乗って帰ってきたようなものだ! そこで、近年は航空安全の守護神として、「航空安全」、「飛行安泰」のお札、飛行機の入った絵馬などもある。、、、、、ここでは、北朝鮮のミサイルが日本から反れるのを祈ってくれるのかな?
 
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お酉さま・・・・・・・・・・ 11月の酉の日は“お酉さま”。 今年は11月6日、18日、30日と三の酉まである。 火事に要注意!、、、、、と言うことで、お酉さまの準備に忙しい聖地、鷲神社と長國寺に寄ってきた。 お酉さまは、神社と寺のコラボによる年の瀬のフェスティバル。
 
・・・・・・・・・・・・・・東京で“お酉さま”と言えば「鷲神社(おおとりじんじゃ)」。 鷲神社は天日鷲命、日本武尊をお祀りした由緒ある神社。 社伝によると天照大御神が天之岩戸に隠れたとき、天宇受売命が岩戸の前で舞い開いた時、弦(げん)という楽器の先に鷲がとまったので、神様達は世を明るくする瑞象を現した鳥だと喜び、以後、この楽器を扱っていた神様を鷲の一字を入れて鷲大明神、天日鷲命と称することとなった。、、、、、また、日本武尊が東夷征討の際、社に立ち寄り戦勝を祈願し、志を遂げての帰途、社前の松に武具の「熊手」をかけて勝ち戦を祝い、お礼参りをした。 その日が11月の酉の日であり、この日を鷲神社例祭日と定めたのが酉の祭、つまり「酉の市」である。、、、、、拝殿の“おかめ”は顔を撫でて笑顔になるよう祈るそうだ。 でも見方を変えると、“おかめ”は賽銭箱を見張り、お金が入ることに喜びを感じているのかも?
 
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・・・・・・・・・・・・・鷲神社の北隣には、浅草酉の市の発祥の寺と称している長國寺がある。、、、、、長國寺は江戸時代初期、寛永7年(1630)に大本山:長國山鷲山寺の和尚によって、浅草寺町に開山された。 山号を鷲在山(じゅざいさん)寺号を長國寺(ちょうこくじ)と称す。 寛文9年(1669)には坂本伝衛門氏の後ろだてにより、吉原の西隣にあたる現在の地(台東区千束)に移転した。
 
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⑤浅草寺・・・・・・・・・・・・浅草寺で手を合わせ、新仲見世で買い物し、帰宅。
 
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2017年10月 5日 (木)

浅草橋~八丁堀

数日前に買ったズボンの裾上げができていることを思い出し、散歩がてら店に貰いに行くことにした。 我が家(浅草橋)から銀座まで、1万1千歩の歩きです。、、、、、浅草橋から銀座までは、表通りを普通に歩くと徒歩1時間程。 8時に我が家を出て、店が開く10時過ぎまでは、2時間以上あるので、隅田川沿いの裏道をウロウロ、キョロキョロ歩くことにした。
 
 
 
●浅草橋駅・・・・・・・・・1932年(昭和7年(1932)7月1日に開業した総武線浅草橋駅。 都営地下鉄1号線(現:浅草線)の浅草橋駅 は昭和40年(1960)12月4日に開業した。、、、、、私が高校生のころ、駅前の江戸通りでは、開削工法で地下鉄工事が始まった。 当時の杭打ち工事には、音のうるさいディーゼルハンマを使用し、あの“ストーン・ストーン”と大きな音を響かせモンケン(重り)を落として杭を打っていた。 リズミカルな工事の騒音と、どのように造るのか好奇心もあり、学校帰りに工事現場に、度々、見に行った記憶が鮮明に残ている。、、、、、その駅部の工区は飛島土木(現:飛島建設)の施工であった。 そのゼネコンは、開通の年に私が入社した企業である。
 
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●浅草橋・・・・・・・・・・・・神田川の最下流に架かる柳橋に次ぎ、下流から二番目に架かる橋。 現橋は昭和5年(1930)1月に開通した。 総工費27万7千円(上流の万世橋は35万円、下流の柳橋は12万1千円)で竣工した震災復興橋。 下部工の施工は間組(現:安藤ハザマ。、、、、、橋のシンボル・飾りというものがなく、印象の薄い橋である。 でも私にとっては、小学生の頃の遊び場(魚釣り)であり、忘れることのない橋である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・浅草橋から柳橋を見る。、、、、、手前の船宿あたりの川底に、総武快速線トンネルがある。 残念ながら見ることはできない。 
 
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●浅草橋交差点・・・・・・・・・・“江戸通り”と“靖国通り”が交差する処。 靖国通りは、正確には新宿大ガード東交差点から両国橋までである。 しかし通称として、浅草橋交差点から東側を“京葉道路(国道14号)”、西側を“靖国通り(都道302号)”と呼んでいる。
 
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●薬研堀不動院・・・・・・・・・・・・浅草橋交差点の周辺は中央区東日本橋の町である。 その町の中央に、真言宗智山派の寺院で、川崎大師東京別院でもある薬研堀不動院がある。、、、、、、本尊の不動明王は、崇徳天皇の代、保延3年(1137)に真言宗中興の祖と仰がれる興教大師・覚鑁(かくばん)上人が彫り、紀州・根来寺に安置されたものである。 その後、天正13年(1585)、豊臣秀吉勢の兵火に遭った際、根来寺の大印僧都はその像を守護して葛篭(つづら)に納め、それを背負ってはるばる、隅田川のほとりの現在地に堂宇を建立し安置した。 これが現在の薬研堀不動院のはじまりです。 川崎大師の東京別院となったのは、明治25年(1892)のことである。
 
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・・・・・・・・・・・・・・扉の隙間からお姿をチラッと拝見。、、、、、小さくてよく判らんね!
 
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・・・・・・・・・・・・・境内には、身の丈六尺の遍路大師尊像を中央にして、右に「講談発祥記念之碑」、左に「順天堂発祥之地碑」がある。、、、、、、、昭和の時代に、ラジオ、TVで講談を聴く機会も多く、一龍齋貞丈、宝井馬琴などが出ていたが、昨今はTVで講談を聴く機会はとんとなくなり、寂しいかぎり!
 
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●浜町・・・・・・・・・・・・♪♪ 浮いた 浮いたの 浜町河岸に ♪♪と歌われた浜町も、柳橋と共に戦後廃れ、いまは芸者のいない町となった。 残念無念!
 
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●清正公寺・・・・・・・・・・・・・浜町公園内の狭い一角にある、日蓮宗の清正公寺は、熊本本妙寺の別院。 清正公寺は、文久元年(1861)に、細川藩主細川斎護が熊本本妙寺に安置する加藤清正公の分霊を勧請して当地にあった下屋敷に創建、加藤清正公を祀り、明治維新後には一時加藤神社と称したと言われている。 明治18年(1885)仏式に戻して清正公寺と改称、管理を熊本本妙寺に委託、本妙寺別院となった。、、、、、狭い、小さな寺で、檀家はあるのか? いらぬ心配をしてしまった。
 
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●荒汐部屋・・・・・・・・・・・・荒汐部屋は、元小結:大豊が平成14年(2002)に浜町に開いた相撲部屋。 現在は前頭:蒼国来を筆頭に12名の力士と行司、床山それぞれ1名が相撲道に精進している。、、、、、連日、窓から稽古を見ることができ、外人さんに人気がある。 
 
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●隅田川右岸・・・・・・・・・・・・・・日本橋中州で隅田川の右岸に出る。 清洲橋 隅田川大橋永代橋と眺め。 箱崎から八丁堀方向に歩く。、、、、、大腸菌ウヨウヨの汚染された隅田川の水がお台場に流れ、この水の中で2020年オリンピックのトライアスロン競技が行われるそうだ。 ウンチがプカプカの水で泳ぐのか! 選手に選ばれるアスリートの不安は大きいと思われる。 3年後までに綺麗な水になるかな?
 
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●湊橋・・・・・・・・・・・・湊橋(みなとばし)は、中央区新川 と箱崎を結び、日本橋川に架かる橋である。 湊橋の創架は江戸時代前期、延宝7年(1679)と言われ、霊岸島(現:新川地区)と箱崎町 を結ぶ橋として架けられた。 橋名の湊橋の名称は、この一帯が江戸時代に港として「江戸湊」と呼ばれていたことに由来する。、、、、、現橋の湊橋は、関東大震災復興事業の一環で昭和3年(1928)に架けられた全長40.5mの鉄筋コンクリートの3連アーチ橋。 ちなみに、総工費は208,000円であった。、、、、、近くをは走る首都高に合わせ、近年、綺麗なタイルで化粧された。
 
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●新亀島橋・・・・・・・・・・・・新川地区から新亀島橋を渡り、茅場町・八丁堀地区に入る。、、、、新亀島橋は亀島川 に架かる全長30.5mの橋。
 
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●・・・・・・・・・・・新亀島橋を撮影中、とんでもない事態が発生!、、、、、ナント、カメラのバッテリーが低下し、撮影不能となった。 普段は持っている予備のバッテリーも、今日に限り忘れてきた。、、、、、ア~~・ドジ・マヌケ・バカ・バカ・バカ、、、、、撮影はあきらめた。 あとはひたすら銀座に向かい、黙々と歩く。
 

2017年10月 2日 (月)

上中里~西巣鴨

JR京浜東北線上中里駅から都営三田線西巣鴨駅まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
上中里駅 ・・・・・・・・・・・・京浜東北線の駅で、島式ホーム1面2線の地上駅。 昭和8年(1933)7月1日に開業した駅である。 駅の自慢(?)は、23区内のJR駅の中で利用客数が、越中島駅(京葉線)の約1万1千人に次いで少ないことである。 上中里駅の一日1万5千人程の乗降客数は第2位。 ちなみに3位は、尾久駅(東北本線)で約1万8千人。 ついでに4位は、三河島駅(常磐線)の約2万2千人。 おまけで5位は、潮見駅(京葉線)の約2万6千人。、、、、、駅周辺には大型スーパー、元気な商店街などが無く。 駅前コンビニも無い。、、、、、利用客は少なく、店はない、都会の秘境駅。 でも、電車はキチンと止まってくれるので、ご安心を!
 
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②平塚神社・・・・・・・・・上中里駅隣の崖上に平塚神社はある。 神社の創立は平安後期といわれている。、、、、、平塚神社の境内は、かつて平塚城があった処である。 平塚城の城主:豊島近義は後三年の役で城に立ち寄った源義家から饗応の返礼として鎧1領を譲られた。 この鎧は清浄な地に埋め、塚を築き、平塚城の鎮守とした。 そして塚は「甲冑塚(かっちゅうづか)」とよばれ、高さが低いため「平塚」ともよばれた。 豊島近義は社殿を建て、源義家、源義綱、源義光を「平塚三所大明神」として祀り、一族の繁栄を祈願した。 これが、平塚神社の始まりである。、、、、、本郷通りから参道が拝殿へ約200m真直ぐ延びている、境内はこの参道を中心とした、細長い敷地である。 
 
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③無量寺・・・・・・・・・・平塚神社から本郷通り横断した南に旧古河庭園 がある。 その旧古河庭園の東隣りにひっそりと身を隠すように無量寺がある。 寺の山門は、庭園の入口とは正反対の側の裏道を入った処にある。、、、、、旧古河庭園を訪れる観光客は多いが、無量寺を訪れる人は少なく、知る人ぞ知る隠れた名園の寺院である。 静かで落ち着き、手入れも行き届き、四季の花咲く庭園は、ナイショでお勧めする処。 くれぐれも他言無用!
 
・・・・・・・・・・・・・無量寺は真言宗豊山派の寺院で、佛寶山西光院と号す。 創建年代は不詳だが、鎌倉時代または室町時代らしい。、、、、昔は長福寺と称していたが、慶安元年(1648)には江戸幕府より寺領8石5斗余の御朱印状を拝領し、9代将軍の幼名長福丸と同名であることを避けるため寺号を佛寶山長福寺から佛寶山西光院無量寺と改称した。 
 
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・・・・・・・・・・・・・山門に近い参道の両側には竹が植えられ、地蔵さまが迎えてくれる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・さらに参道の奥には、もう一つ門がある。 この門をくぐり、緑で覆われた参道の先に本堂が見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・・本堂前ではタヌキの“二僧”がお出迎え。 若い“尼僧”のお出迎えなら、もっと嬉しいのだが!、、、、、江戸六阿弥陀詣での第三番目の寺として、平安後期の阿弥陀如来が本堂の正面に安置されている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・本堂横の大師堂には、雷除けにご利益があるという「雷除けの本尊」:聖観音像が安置されている。
 
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・・・・・・・・・・・・・安永9年鑄造の鐘をかける鐘楼
 
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④染井の町・・・・・・・・・・・・・JR巣鴨駅の北側、染井霊園付近を抜け、西巣鴨駅に向かう。
 
・・・・・・・・・・・・・・北区・豊島区の境をに生まれた染井銀座商店街を横切り西に向かう。、、、、、、まだ準備中の店が多く、シャッターも下りている。 歩いてもつまらないんで、脇道に入る。
 
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・・・・・・・・・・・・・・マンションの出始めた昭和39年(1964)に建てられた「染井マンション」(豊島区駒込6) 。
 
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・・・・・・・・・・・・・・水原秋櫻子の墓前に手を合わせ、染井霊園 を抜ける。、、、、、秋耕や あらはの墓に 手向花  (秋櫻子)
 
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・・・・・・・・・・・・・東京外語大(北区西ヶ原4)が平成12年(2000)に府中市に移転した跡地には、現在公園と老人ホームが建っている。 その跡地に沿って北西に上る坂を下瀬坂 (しもせざか)という。 長さ150m程で、かなり急な坂である。、、、、、坂の名は、明治32年(1899)、ここに設けられた「海軍下瀬火薬製造所」に由来する。、、、、、老人ホームからは、公園の先にスカイツリーを望むことができる。 眺望良好。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・新庚申塚停留所で、都電荒川線 の線路をまたぐ。
 
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⑤大都映画巣鴨撮影所跡・・・・・・・・・・荒川線新庚申塚の北側、白山通りに面した旧朝日中学校(現:巣鴨北中学校)の敷地は、巣鴨撮影所があった場所らしい。 白山通りに面した校庭跡に、大都映画巣鴨撮影所跡を示すプレートが埋め込まれている。、、、、「大都映画」、聞いたことないね? 戦後生まれの私には知らぬ社名だ!、、、、、大正8年(1919)に天活(天然色活動写真)が撮影所を開設して以来、何度か持ち主が変わったが、昭和8年(1933)に大都映画が発足し昭和17年(1942)まで存続した。 年間100本余りの映画が製作され、戦前の映画界では製作本数最多を誇っていたそうだ。
 
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●・・・・・・・・・・・・大都映画撮影所跡のプレートの隣は西巣鴨駅。 ちょうどよい、都営地下鉄で帰ることにする。

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