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2017年10月29日 - 2017年11月4日

2017年11月 4日 (土)

牛田~尾竹橋

浅草から東武伊勢崎線に乗り、北千住の一つ手前:牛田駅で下車する。 ここから隅田川沿いに遡り尾竹橋まで、1万歩の散歩です。

 
 
①牛田駅・関屋駅・・・・・・・・・・・東武伊勢崎線牛田駅、京成本線関谷駅の両駅は共に足立区千住曙町にあり、一車線の道路を挟み互いに向き合っている。 双方の改札は30m程しか離れていない。、、、、、ああ、それなのに、なぜ駅名が違うのか? 答えは、昔、双方の会社が競い合っており、仲が悪かった。 東武の方は、駅の辺りに、むかし牛田圦(うしだいり)と呼ばれた農業用水路が近くにあり、それに由来し「牛田」と命名した。 京成の方は、この辺りを描いた葛飾北斎の浮世絵「関屋の里」に由来し「関屋」と命名した。、、、故に、駅開業から約85年間、鉄道会社は違う、駅名は違う、お客は間違う! ぜひそろそろ両駅とも、「牛田関屋」とか、「千住曙町」とか、駅名を統一して改名してもらいたいね。 お客様第一に考えて!
 
・・・・・・・・・・・・牛田駅、、、、、昭和7年(1932)に開業した、相対式2面2線の地上駅。
 
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・・・・・・・・・・・・・・関屋駅、、、、、両駅に挟まれたファミリーマートは、商売繁盛。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・相対式2面2線の高架駅:関屋駅(昭和6年開業)は、牛田駅と反対側の墨堤通り側にも出られる。
 
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②岡田商事引込線跡・・・・・・・・・・牛田駅から墨堤通りを北千住方向に歩くと、左側の京成本線高架橋の下に、廃線のレールの跡を見ることができる。 レールの先は墨堤通りを横断し、東武伊勢崎線に向いている。 間違いなく、伊勢崎線から分岐していた跡だ!、、、、、昭和19年(1944)、東武鉄道は、伊勢崎線から分岐して隅田川まで貨物線を伸ばし、当時の市街の住民のウンコ(糞尿)を積んだオアイ船から、列車にウンコを積み替え、埼玉方面の農家に肥料として運んだそうだ。 そのレール跡が、現:岡田商事という鉄骨解体業者の敷地に残っている。
 
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③隅田川左岸・・・・・・・・・・左岸といっても、千住関屋町付近。 対岸は荒川区南千住の汐入地区で、超高層住宅が建ち並んでいる。、、、、、チョイと南千住の方は、朝もや・もや・もや、スッキリしない。
 
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④やっちゃば緑道・・・・・・・・千住の中央卸売市場足立市場近くの交差点に、北千住駅から市場に貨物線が敷かれていた線路跡の、「やっちゃば緑道」がある。 引込線は戦時中に敷設されたようだ。、、、、、線路は無いが、今にでも、貨物列車が向かってくるような雰囲気が残っている。
 
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⑤千住大橋駅・・・・・・・・・・京成本線の千住大橋駅は昭和6年(1931)12月19日に開業した。、、、、、これまでは、日光街道(国道4号)に面した高架下の出入口がメインであったが、駅南側に三菱地所による大規模都市再開発「ポンテグランデTOKYO」が事業推進中である。、、、、、暗い駅が、明るい駅に変身!
 
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・・・・・・・・・・・・・ ポンテグランデTOKYO再開発事業。
 
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⑥再び隅田川左岸・・・・・・・・・・・・千住桜木付近に出た、対岸は荒川区町屋。、、、、朝もやは消えた。、、、、、歩く先に尾竹橋が見える。
 
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尾竹橋 ・・・・・・・・・・隅田川に架かる橋で都道313号(尾竹橋通り)を通す。 南詰は荒川区町屋、北詰は足立区千住桜木である。、、、、、長さ130.3mの3径間連続ローゼ桁橋で、平成4年(1992)に竣工した。
 
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●・・・・・・・・・・・・尾竹橋を渡り、バス停「尾竹橋」から帰る。、、、、早く帰って、大統領補佐官:イバンカさんのニュースを見よう! 熱烈なファンになってしまった。
 
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2017年11月 2日 (木)

新小岩~四ツ木

夕暮れ時に、総武線新小岩駅から京成押上線四ツ木駅まで歩いてきた。 1万歩。

 
 
①新小岩駅・・・・・・・・・・夕日となる直前に新小岩駅で下車した。、、、、、、まだ、退社時間前で乗降客も少ないようだ。
 
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②平和橋通り沿いの1社2寺・・・・・・・・・・・中川に架かる平和橋にちなみ、新小岩駅前をとおり堀切菖蒲園駅の方へ抜ける都道が平和橋通り 。、、、、、雅万歩では、おなじみの寺社を歩いてきた。
 
・・・・・・・・・・・・・まずは、西新小岩の東光寺。 真言宗の東光寺は、慶長元年(1596)に創建された。、、、、、境内には、安政大地震の様子を伝える石造地蔵像が祀られている。
 
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・・・・・・・・・・・・・次は、東新小岩にある、新義真言宗の上品寺。 こちらには、私の好きな閻魔大王坐像がある。 大王は、地獄に住み、死して地獄に堕ちる人間の生前の善悪を正し、罪あるものには、苦しみを与える冥王として信仰する人が多い。 私も生きているうちに仲良くなり、天国へ行けるようゴマをすっておくことにしている。
 
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・・・・・・・・・・・・・平和橋の南詰には、天祖神社。 創建は鎌倉時代。 現社殿は昭和43年(1968)の造営。
 
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③夕日の平和橋・・・・・・・・・・・中川に架かる橋。、、、、、スカイツリーがよく見える!
 
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④木根川薬師の町・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・天台宗の青龍山薬王院浄光寺。 本尊薬師如来は伝教大師の作といわれ、むかしから「木根川薬師(きねかわやくし)」として世に知られている。
 
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・・・・・・・・・・・・・取り壊しを待つ団地が、夕日を受け寂しそう。
 
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・・・・・・・・・・・・・・木根川商店街、、、、、営業しているのは角の床屋と奥の中華料理屋だけ。 あとは空き家。、、、、、???
 
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⑤荒川土手の夕暮れ・・・・・・・・・・
 
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⑥四ツ木駅へ・・・・・・・・・・・・・昭和の町「渋江商店街」の灯りが泣きそうだ!
 
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2017年11月 1日 (水)

西新井~扇大橋

東武伊勢崎線西新井駅から、南西方向に進み尾久橋通りに出て、扇大橋・尾久橋を渡り、荒川区に入る気持ちで歩きはじめた。 しかし、尾竹橋通りを越えてから方向感覚がチョイとずれ、我が足は南に向かっていた、気がつけばそこは中曽根城跡なる処、これでは荒川区に入るのはチョイとキツイ、結局、日暮里・舎人ライナーの扇大橋駅まで、1万歩の散歩となった。
 
 
 
①西新井ヌーヴェル・・・・・・・・西新井駅西口斜め前の再開発地区の総称。 現住所で言うと「足立区西新井栄町1丁目」。 この地区はかつて日清紡東京工場の跡地で、平成10年(1998)に都市再生機構が工場跡地(約11.6ha)を取得した。 その後、平成18年(2006)頃から開発事業が具現化し、現在は、大型商業施設を中心に、約2000戸の集合住宅、病院、警察署などがある。
 
・・・・・・・・・・・・・・都心に向かう通勤客がホームに並ぶ西新井駅 。 西口は駅ビルの2階。
 
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・・・・・・・・・・・・・・新しいビルばかりが並ぶ西新井ヌーヴェル。、、、、綺麗な街だが、チョイと味気ない街と思うのは吾輩だけか?
 
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②本木2丁目付近の裏道・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・西新井ヌーヴェルを抜けて、「関原三丁目」バス停付近で尾竹橋通りを横断し、本木地区に入る。
 
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・・・・・・・・・・・・・・ここいらから、裏道を歩くことにした。(これが、方向感覚を鈍らせてしまうのだ!) この辺りは、住宅と町工場が入り交じり、所々に空き地のある雑多な町。 間違っても、高級住宅地とは言えない。
 
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・・・・・・・・・・・・・・商店街ではないが、店がある、銭湯もある。 オヤ!廃業した菓子屋もある、脇の路地を歩いてみよう!
 
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・・・・・・・・・・・・・道は中曽根神社に出た。 中曽根神社は、千葉次郎勝胤公によって室町時代に築城された中曽根城内に、千葉氏の崇敬する妙見社を勧請したものといい、昭和7年興野の雷神社を合祀して中曽根神社と改称した。、、、、、、どう見ても、城跡とは思えない神社だが、社殿は白と黒を基調に塗られ、どことなく城郭風である。 境内には「中曽根城跡」の碑もある。、、、、、なお、「中曽根」の地名は、ノーベル平和賞を受賞した元首相とは無関係だ。 江戸時代以降に使われた本木村の小字名。
 
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③宝寿院・・・・・・・・・・・中曽根神社の西側200m程の処(本木東町)に、真言宗豊山派寺院の宝寿院がある。 宝寿院は、武蔵千葉氏の祈願所として応永元年(1394)に創建した。 寺の山門(朱塗りの薬医門)付近の土中から文永9年(1272)刻銘の板碑が発見された。 また、近辺を「小屋の内手」と言い、中曽根城と縁の深い地らしい。
 
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④本木御嶽神社・・・・・・・・・・・宝寿院の南100mにある、千葉氏の家臣が日頃から信仰する武州御嶽山を勧請して永禄4年(1561)創建したと思われる神社がある。、、、、、社殿の後ろに庚申塔がある。、、、、、この辺りは、武蔵千葉氏の縄張りのかも?
 
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⑤吉祥院・・・・・・・・・・・本木西町の真言宗豊山派寺院吉祥院は、正応元年(1288)に開山した。 古くから名刹であったそうだ、住職は権大僧都として、毎年正月には葵の紋のついた籠で江戸城に登場したと言われている。、、、、、本堂は昭和57年(1982)の再建で、八間四面、入母屋造りの重厚な建物である。、、、、、、庭の手入れも行き届き、豊かな緑に癒される寺。
 
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⑥扇1丁目・・・・・・・・・・・・足立区の南側を流れる荒川に架かる扇大橋 、その北詰の両側に広がる町が足立区扇である。 「扇」とは粋な地名だ、気になるので調べてみた。 昭和49年(1974)の住居表示の時に、昔からの地名に何ら関係なく、ただ町域が扇のように南に広がっていることから「扇」と命名したそうだ。 私には、チョイと納得しがたいね。、、、、、ところで、都心に近い町でありながら、田畑が残る田舎町だ。
 
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扇大橋駅 ・・・・・・・・・扇の町の中央に位置する日暮里・舎人ライナーの駅。
 
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2017年10月31日 (火)

池上本門寺

今朝は、おっかなびっくり目を覚まし、鼻血が出ていないことをまず確認。 『出血いていないようだ、さすが天下の東京医科歯科大だ!』、と感謝。、、、、安心して散歩できそうなので、久しぶりに池上本門寺に行ってきた。 1万1千歩の散歩です。
 
 
 
①西馬込駅・・・・・・・・・・・ほぼ49年前の昭和43年(1968)11月15日に、都営1号線(現:浅草線)の駅として開業した。 ホームは第二京浜(国道1号)の地下にあり、相対式2面2線の終着駅だが、車止めは無い。 線路は500m程先の本門寺崖下にある車両基地:「馬込車両検修場 」へと続く。
 
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・・・・・・・・・・・・・・ホームは国道1号の地下にある。
 
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②池上本門寺・・・・・・・・・・・弘安5年(1282)9月、病身の日蓮は身延山を出て、湯治のために常陸(茨城県)へ向かう。 途中、武蔵国池上郷(東京都大田区池上)の池上宗仲の館に立ち寄る。 この地で、日蓮は生涯最後の数日間を過ごすこととなる。 池上氏館の背後の山上に建立された一宇を日蓮が開堂供養し、長栄山本門寺と命名したのが池上本門寺の起源という。 日蓮聖人はその後大坊本行寺で入滅し、池上宗仲は69,384坪を寄進して現在の池上本門寺の礎を築いた。、、、、、慶長年間には徳川家康から寺領100石をうけた他、加藤清正や紀伊徳川家等諸侯の祈願寺となった。、、、、、大田区の中央にそびえる池上の山上に本門寺はある。 山城のような処で、見晴らしがよい。
 
・・・・・・・・・・・・・元禄年間(1688~1704)の建立と言われる「総門」と、96段の石段坂「此経難持坂」が表参道正面に見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・息を切らして階段を上ると、昭和52年(1977)に再建された、鉄筋コンクリート造の「仁王門」が見える。  高さ17.2m。
 
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・・・・・・・・・・・・・仁王門の奥に、昭和39年(1964)に再建された鉄筋コンクリート造の「大堂」(祖師堂)がある。 棟高27.27m。、、、、、浅草寺に似ているね。
 
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・・・・・・・・・・・・・・「経堂」は空襲による焼失をまぬがれた、天明4年(1784)の建物。 内部には回転する八角形の書架があり、一切経が収められていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・仁王門の右手に、高さ31.8m、空襲による焼失をまぬがれた「五重塔」がある。 江戸幕府2代将軍徳川秀忠の乳母である岡部局の発願により、慶長13年(1608)に建立された。、、、、空襲で被災した本門寺にあっては貴重な建物で、重要文化財に指定されている。
 
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・・・・・・・・・・・・・大堂の後ろ、道路(紅葉坂)を挟み、昭和44年(1969)に建てられた、鉄筋コンクリート造、棟高14.4mの「本殿」がある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・本殿の左手奥に「日蓮聖人御廟所」がある。、、、、かつて、御真骨堂があったそうだが、空襲で焼失したそうだ。 今は、御灰骨を奉安しているそうだ。
 
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・・・・・・・・・・・・・今日の散歩では、一番時間を費やしたのが墓地探しである。 広い墓地の中を行ったり来たり、何か所かの墓を巡ってきた。
 
・・・・・・・・・・・・・加藤清正室と前田利家室の層塔。、、、、層塔は、生前に自身のために逆修供養した塔。、、、、、本物のカラスがとまっている塔が前田利家室の層塔。
 
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・・・・・・・・・・・・・・まずは、幸田露伴の墓。、、、、小説『五重塔』を書いた露伴の墓は五重塔の脇にあった。
 
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・・・・・・・・・・・・・・肥後熊本細川家の側室の宝塔。、、、、並びたつ二名の宝塔。
 
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・・・・・・・・・・・・・・出羽米沢藩上杉家の墓。、、、、、上杉家四代綱憲室の墓。、、、、、私は、墓の主がどんな人物か知らない。 ゴメン!
 
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・・・・・・・・・・・・・・戦後、ニュース、新聞で御存じの人も多いはず、政界を賑わしたあの政治家、大野伴睦の墓がある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・伴睦の墓の近くには仲良しであった、ロッキード事件の児玉誉士夫が眠っている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・そしてもう一人、伴睦が後援者であり、プロレスコミッショナーを努め、葬儀委員長であった、あの力道山の墓もお近くにある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・戦後、映画界の貴公子として色男を演じた八代目市川雷蔵の墓が本門寺にあるはずだ。 『眠狂四郎』、『陸軍中野学校』など、観た人も多いはず。 華奢な躰で美女と濡れ場のシーンは忘れられないね、いつか自分もと、羨ましかった。、、、、、あっちゃ、こっちゃ、行きつ戻りつ、墓を探してみたが見つけることはできなかった、残念!
 
 
③池上駅・・・・・・・・・・大正11年(1922)、池上電気鉄道が当駅と蒲田駅間で開通したとき同時に開業した。 開業時は、寺社詣でが観光の目玉であった時代、本門寺への参拝客を運び、おおいに賑わったであろう!
 
・・・・・・・・・・・まずは駅前参道で、お土産に“くず餅”を買って。
 
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・・・・・・・・・・・・・・昔、懐かしい木造駅舎に向かう。
 
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・・・・・・・・・・・・みんな仲良く一つのベンチにすわり、いいね!
 
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・・・・・・・・・・・・・電車が来た!
 
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2017年10月30日 (月)

残念! 散歩は休みです

台風一過の青空を期待し、爽やかなお目覚め、『今日は歩くぞ!』。・・・・・・まず洗顔し、食事し、出発!、、、、と思い、ベッドから出て洗面台に向かったら、ポタ、ポタ、鼻血。 おい、おい、止まらない。 アリャ、アリャ、コリャ大変! ダラ、ダラの大出血サービス! 鼻を押さえたら、口から出血。 プロレスラーのごとく顔に血が付き、床には血がたれ、この姿を見た妻が急ぎ119番通報。・・・・・・・ 救急隊に御足労願い、東京医科歯科大へ搬送された。 鼻の粘膜が弱くそこからの出血であった。 数か所の鼻腔粘膜焼灼術を受け、止血に成功!、、、、、、と言うことで、今日は、我が家で休養を取ることにしました。

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