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2017年11月19日 - 2017年11月25日

2017年11月24日 (金)

足立の薬師寺

春に散歩した足立区伊興の寺町界隈。 寺院の並ぶ寺町からチョイとはずれた薬師寺は紅葉の名所である。 今日の散歩は、竹ノ塚で下車し、薬師寺の紅葉狩り、帰りは隣の草加市の谷塚駅まで歩いてきた。 1万1千歩。、、、、竹ノ塚駅から寺町界隈までは、春に歩いたルートと同じなので、変わった処のみ紹介する。
 
 
 
①東岳寺・・・・・・・・・・竹ノ塚駅から北西に400m程行った曹洞宗の寺院:東岳寺。 ここには「東海道五拾三次」を描いた安藤広重の墓がある。 東岳寺は慶長18年(1614)浅草鳥越(浅草橋の我が家の近く)に創建した。 関東大震災後、広重の墓は寺と一緒に、現在の足立区に移転した。、、、、さほど広くない境内だが、季節の草木が彩づいている。
 
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・・・・・・・・・・・・・境内にある、初代安藤広重の墓と記念碑
 
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・・・・・・・・・・・・・・広重の記念碑の隣には、その広重に心酔し、浮世絵を世界に広めた米国人ハッパー(1863〜1936)の墓もある。 彼の人生の半分ほどの46年間、日本に住み日本文化と広重の作品を研究し、世界中にその素晴らしさを広めたそうだ。 広重の作品を愛するあまり、自分のことを広重ハッパーと名乗り、没後は憧れていた広重の隣で眠る幸せ者である。 (写真右)、、、、、写真左の石柱のようなものは、川柳で有名な花屋久次郎の遺跡があります。
 
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②薬師寺・・・・・・・・・・・・曹洞宗寺院の医王山薬師寺は、万治2年(1659)の創建。 この寺は、足立区報でも紹介される程の有名な紅葉の寺らしい。、、、、私が春に訪れた時、住職から紅葉の時期に参詣するように案内された。 訪れてみると、ほんのチョイト早かったようだ。 地元の方の話では、一番いい時期には境内の参道が真紅になるそうだ。 今日の落ち葉はパラパラ。
 
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寺町・・・・・・・・・・・東伊興4丁目の寺町を歩く。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・寺町を抜けると谷塚橋。 足立区と草加市の境である毛長川に架かる橋。、、、、谷塚駅から谷塚橋までは、こちらを見て
 
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・・・・・・・・・・・・・橋の近くで咲いていた。
 
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④谷塚駅・・・・・・・・・・伊勢崎線の駅では、東京に最も近い埼玉県内の駅だが、普通しか停まらない駅。 優等列車は全て通過。
 
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2017年11月22日 (水)

古代東海道(続き)

一昨日の散歩の続きです。 奥戸小学校前の案内図に従い、今日は立石駅から白鬚まで赤線で示された古代東海道を歩いてきた。 1万3千歩。
 
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立石駅前 ・・・・・・・・・葛飾区役所、チョロQ・プラレールの製造元タカラトミーの本社がある、葛飾区の行政・経済の中心地(?)だが、京成電鉄の普通列車しか停まらない駅。 戦後は赤線・青線地帯もあり、駅北側はその当時の面影も残る、下町の“歌舞伎町”。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅前の「立石仲見世 」商店街、まだ開店前! 
 
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・・・・・・・・・・・・・・立石仲見世を抜けると、古代東海道のルートの一部である奥戸街道に出る。
 
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②渋江公園・・・・・・・・・・渋江公園は奥戸街道に面し立石駅から約500m程の処、テニスコートなどがある広い公園。 
 
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・・・・・・・・・・・・・渋江公園は昭和27年(1952)の開園以前はセルロイド製のオモチャ工場があった敷地で、園内にその「葛飾区セルロイド工業発祥記念碑」がある。 記念碑は「セルロイド=平和、希望、児童」と云う判りにくいコンセプトにより、子供を配している。、、、、セルロイドのおもちゃ、下敷き、筆箱、学生服のカラーなど、かつては身の回りに多く見られたが、今は見ることがなくなった。 でも、ピンポン玉は今でもセルロイド製らしい。
 
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・・・・・・・・・・・・・また公園の芝生広場の一角には、「キャプテン翼」の登場人物・岬太郎くんの銅像が配置されている。
 
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③奥戸街道入口交差点・・・・・・・渋江公園の西側、50m程、奥戸街道の一方の入口(出口?)がある。  奥戸街道はこの交差点で、平和橋通りと“T”字型に交わる。、、、、、古代東海道は交差点から西へ真直ぐ、京成押上線の踏切を越え、「まいろーど四つ木商店街 」に入る。、、、、、踏切も、数年後には高架化され消える運命!
 
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④四つ木白髭神社・・・・・・・・・・商店街の通りから住宅地の裏通りに入ると四つ木白髭神社がある。 古代東海道の面影を求め立ち寄ってみた。、、、、、承応3年(1654)四つ木村が立石村から分村したとき、四つ木村の鎮守として勧請された神社だが、私の期待する面影は見つけることができなかった。
 
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⑤ひたすら直進する・・・・・・・・・白髭神社から再び商店街に戻り、人影のない商店街を西へ向かうと、国道6号(水戸街道)に出る。  古代東海道は水戸街道を斜めに横断し、荒川に並行する綾瀬川に沿って走る首都高の処で途切れる。、、、、、葛飾区内の古代東海道のルートはここまで!
 
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⑥墨田区内の古代東海道・・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・古代東海道の時代には、存在しなかっ荒川を四つ木橋で渡る。、、、、、平安時代の人が見たらビックリする、堂々と流れる荒川。
 
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・・・・・・・・・・・・・・葛飾区側のルートを伸ばすと、墨田区墨田4丁目の「ほがらか保育園」の脇を抜ける道路につながる。、、、、、保育園前の荒川土手には、古代東海道を見守るように石仏が祀られている。 勝手に想像して、平安時代に荒川で溺死した人を弔う石仏か? バカな!荒川は昭和に入って完成した川だ! 
 
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・・・・・・・・・・・・・・古代東海道は東武伊勢崎線鐘ヶ淵駅前の踏切に通じていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・この踏切は私にとって、一生忘れられない愛おしい踏切である。 今から4年程前、踏切の正面にある交番の前で起きた脱臼事件 の現場だ!、、、、、古代東海道は交番の左側を入っていく。
 
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・・・・・・・・・・・・・・古代東海道は正面に高層の「白鬚東アパート」を仰ぎ見る、墨堤通りにぶつかる。 ここで、奥戸小学校前の案内図にあった古代東海道のルートは終わる。、、、、、、アパートは隅田川沿いに建ち、防災拠点でもある。
 
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⑦感動!・・・・・・・・・・今日の散歩は古代東海道沿いに歩いてきたが、ここまで「古代東海道」の文字を発見することはできなかった。 これより先はルートも不明、時間もそろそろ昼だ、散歩はここまで、バス停を探しに向かう。
 
・・・・・・・・・・・・・・白鬚東アパート沿いに墨堤通りを歩いていると、バス停が見つかった。、、、、、オヤ、本数が少ないけど、あと10分くらいで浅草寿町行くが来るから、乗って帰ろう!
 
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・・・・・・・・・・・・・・バスを待つ数分、バス停前をブラブラ、、、、、オヤ、何か書いてある?
 
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・・・・・・・・・・・・・・見てビックリ、読んで感動、目をこすり喜び、鼻水たれて恥ずかし~~い。 ナント、『古代東海道』の文字がある。 バスが来るぞ!、じっくり読む時間もなく、あわてて写真を撮る。
 
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・・・・・・・・・・・・・・大正3年(1914)まで白鬚橋の近くにあった住田渡(すみだのわたし)は、古代東海道の一部であったと書かれている。、、、、最後の最後に感動した散歩である。

2017年11月20日 (月)

古代東海道

「東海道」と言えば、東京駅から神戸駅までの「JR東海道線」か、江戸時代に整備された五街道の一つ東京日本橋から京都三条大橋までの「東海道」をイメージする。 どちらも、東京駅・日本橋から西に向かって伸びて行くのが「東海道」。、、、、、ところがギッチョン、大化の改新以後に街道が整備され、平安時代には平安京を起点に街道が整備された。 この頃の「東海道」は畿内から伸び武蔵国(東京都)・下総国(千葉県)を抜けて常陸国(茨木県)までであった。 つまり、京都から東京都心部、葛飾区、市川市を抜けて茨木県まで伸びていた。、、、、、今日の散歩は、その「古代東海道」の一部、京成小岩駅から立石駅までの区間を歩いてきた。 1万歩。
 
 
●・・・・・・・・「古代東海道」なる街道があったことを、私が知ったのは、今日散歩の途中で奥戸小学校前を通った時その案内板を見たからである。 70余年東京に住んでいて、初めて知った知識。、、、、、案内板の地図は南北が逆だが、鐘ヶ淵駅・四ツ木駅・立石駅・奥戸橋・三和橋・京成小岩駅と葛飾区の中を通っていた。
 
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①京成小岩駅・・・・・・・・・・島式ホーム2面4線の地上駅で、橋上駅舎を有している。 昭和7年5月15日に開業。 駅出入口は南北に2か所あるが、駅前の賑わいは期待薄!、、、、JR総武線の小岩駅とはかなり離れている、乗り換えは無理。
 
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②愛国学園・・・・・・・・京成小岩駅近くに、私立の中・高等学校と、短大がある。 昭和13年(1938)設立の女子校である。 “愛国”とは、チョイト戦前の匂いがする校名だ!、、、、校舎の前の通りが古代東海道である。 
 
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③立石大通踏切・・・・・・・・・葛飾区細田1丁目にある新金貨物線(新小岩~金町)の踏切。 踏切名は「立石大通踏切(たていしおおどおりふみきり)」で、この辺りでは古代東海道は立石大通りと呼ばれていたのかも?、、、、、貨物線は運転本数も少なく単線だ!
 
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・・・・・・・・・・・・・この辺りでは、かつての古代東海道の拡張工事が行われていた。
 
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④三和橋・・・・・・・・・三和橋(さんわばし)は、新中川に架かる橋のひとつで、東岸の葛飾区細田三丁目と西岸の細田二丁目を結んでいる。 橋長119.0mの3径間連続プレビーム合成桁橋。、、、、、旧三和橋は、昭和36年(1961)に架けられ、完成から約50年経過し劣化が進み、耐震性も低下したため、平成24年(2012)6月に現橋が完成した。、、、、古代東海道の頃は、もちろん橋はなかったが、新中川も無かった。 新中川は昭和38年(1963)に中川放水路として完成した新しい川である。
 
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⑤奥戸小学校・・・・・・・・・・三和橋を渡ると奥戸の町に入る。 この学校前で、古代東海道を知ることができた。
 
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⑥奥戸橋・・・・・・・・・・・奥戸小学校を過ぎると、中川に架かる奥戸橋を渡る。 高砂1丁目と立石8丁目を結ぶ、飾りの少ないガータ橋。 昭和47年(1972)11月竣工。、、、、古代人はこの川を泳いで渡ったのか? 
 
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⑦南蔵院・・・・・・・・・・奥戸橋を渡り中川沿いに歩くと、真言宗豊山派寺院の南蔵院がある。 長保年間(999-1004)に創建したと伝えられ、境内からは、明治時代に破却されたものの古墳が出土しており、古くから栄えた一角にある。、、、、、古代東海道を知る寺院か?
 
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⑧立石祠・・・・・・・・・・「立石」の地名は、立石八丁目にある立石様という石に由来する。 この立石様は、公園の中央にある祠の中心に鎮座している。 付近にかつて古墳があったことやその材質(房州石という凝灰石の一種)から、古墳の石室などと同様、千葉県鋸山付近より同地に持ち込まれたと推定されている。また、奈良・平安時代には立石付近を横断していた古代東海道の道標として転用されていたと考えられている。、、、、、立石様の石は、頭がかろうじて見える程度で全身は土の中。
 
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⑨帝釈道の道標・・・・・・・・・立石祠の近く、中川の岸に、正面に大きく「帝釋天王」と彫られてた道標がある。  横側には「文政三(=1820年)庚辰歳四月」の文字が見て取れる。 このあたりで「帝釋天」といえば、柴又の寅さんがいる「題経寺」のことを指す。 ここは帝釈道の分岐点でもあった。
 
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⑩西円寺/諏訪神社・・・・・・・・・・・新義真言宗寺院の西円寺は、永禄10年(1567)の創建。 江戸時代には立石諏訪神社の別当寺であった。、、、、、今日は経営する幼稚園の行事があるらしく、怪しい親爺は境内に近寄れなかった。
 
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・・・・・・・・・・・・・立石諏訪神社の創建年代は不詳だが、元文4年(1799)の資料に記載のあることから江戸時代中期には創建されていたらしい。
 
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⑪立石駅・・・・・・・・・立石駅を挟む、四つ木~青砥間の高架化工事に着手し、立石駅はいよいよ高架駅に変わる予定。 また、駅の両側の再開発も計画され、数年後には大変身するであろう。、、、、、古代東海道の散歩も、今日はここまで!
 
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