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2017年12月17日 - 2017年12月23日

2017年12月23日 (土)

清砂大橋・葛西橋

東西線南砂町駅から清砂大橋を渡り荒川を越えて江戸川区へ、引き続き上流の葛西橋を渡り再度荒川を越えて江東区へ、東砂三丁目からバスで帰宅。 1万2千歩の散歩。
 
 
 
南砂町駅 ・・・・・・・・・散歩の出発点はここ南砂町駅。 天皇誕生日の今日は、通勤客も少なく、人を避けることなく歩け楽だ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅から300m程東で東西線は地上に顔をだし高架となって荒川へ向かう。 私の足も東西線沿いに荒川へ向かう。
 
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②清砂大橋西詰・・・・・・・・・・・清砂大橋西詰交差点(江東区新砂3)は、千代田区大手町から門前仲町・東陽町を抜ける「永代通り」の終点である。 これより東側は「清砂大橋通り」となり江戸川区東葛西まで続く。
 
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・・・・・・・・・・・・・・交差点から車道は清砂大橋に続く。
 
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③清砂大橋・・・・・・・・・・・西岸の江東区新砂と東岸の江戸川区清新町を結ぶ、荒川と中川に架かる橋長1317.2mの長い橋。 橋名は両岸の町名から一文字頂戴。、、、、、橋は平成8年(1996)に着工し、8年後の平成16年(2004)に開通した、3径間連続斜張橋(主塔間230m)である。
 
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・・・・・・・・・・・・清砂大橋から見る下流側。 首都高湾岸線が走る荒川河口橋が望まれる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・清砂大橋から見る荒川(右側)と中川(左側)の合流点、頭上は首都高中央環状線が走る。
 
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・・・・・・・・・・・・・清砂大橋の上流側約20m離れて東西線荒川橋梁が並行する。
 
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④干潮時の水位以下・・・・・・・・・・清砂大橋の東詰(江戸川区西葛西)に鎮座する西葛西八幡神社。 神社の創建年代は不詳である、かつて地元の鎮守として祀られた。、、、、、神社のすぐ近くに背の高い中川の護岸がそそり立っている。 中川の川面は見えないが、川底に神社があるような気がするのは気のせいか。
 
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・・・・・・・・・・・・・・葛西橋から見た中川(左側)と江戸川区(右側)、、、、、、この辺りは荒川・中川の干潮時の水位より低い位置に建っている。 堤防が決壊すると2階の高さまで水がくるそうだ。
 
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葛西橋 ・・・・・・・・・現在の葛西橋は昭和38年(1963)に完成した、清洲橋をまねたようなデザイン(チョイと武骨で野暮ったい)の長さ727.4mのゲルバー橋で、荒川の右岸(江東区東砂)と中川の左岸(江戸川区西葛西)を結ぶ橋。
 
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・・・・・・・・・・・・・現在の葛西橋から上流側約300mに、昭和3年(1928)に竣工した旧葛西橋が架けられていた。 その位置に立てられている区の案内板に旧葛西橋の写真がある。
 
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⑥生田稲荷神社・・・・・・・・・・・東砂3丁目の生田稲荷神社。 境内の石碑には、『慶安年中(1648~1651)当地開発のさい、土地の鎮守とす。元禄初年(1688~1703)疫病のさい、里民当社に祈願し安全を得、特に産婦の安全を守護し、神徳を崇め遠近より参詣が多い。』と記されている。 安産に御利益があるようだ。
 
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⑦東砂三丁目バス停・・・・・・・・・都営の敬老パスを持っているので、都営バス・地下鉄などに乗り放題。 ついつい安きに流れ、バスで帰ることにした。
 
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2017年12月20日 (水)

西新井

早朝の西新井大師に参り、その足でグル~~リと西新井駅の北側(竹ノ塚駅との中間地点ぐらいまで)を歩き西新井駅まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
東武大師線 ・・・・・・・・・・西新井駅から隣の大師前駅まで、路線距離1.0kmの盲腸線。
 
・・・・・・・・・・・東武伊勢崎線で浅草から向かうと、西新井駅で大師線に乗り換えである。 ホームに降り立つと、向かいの1番線ホームに昭和30年代のリバイバルカラーの大師線が到着している。、、、、、この電車に乗ろう、急げ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・・大師前駅に到着するや、スグに折り返し西新井行となる。
 
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②西新井大師・・・・・・・・・・只今、時刻は8時半。 まだ、参詣客は少ないだろうと大師(総持寺)に向かう。
 
・・・・・・・・・・・・・参道はまだ開いていない店が多い。 開いているのは、店主がお年寄りの店のだけ。
 
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・・・・・・・・・・・・・来年秋まで山門は保存修理中。 工事の為、狭くなった山門をくぐると、本堂が見える。、、、、、境内の、あちら、こちら、どちら、そちらで、初詣の準備中。 工事関係者が車でやって来る。 コリャ、ゆっくり境内を見ることも難しそうだ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・まずは御本尊に手を合わせ、境内の三匝堂、不動堂などをまわり、本堂裏から境内を出た。
 
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③栗原立体交差・・・・・・・・・かつて、西新井大師の北東に位置する足立区栗原地区は、地区の中央を南北に走る東武伊勢崎線により東西の交通が遮断され、栗原1丁目・2丁目は線路の東側に、栗原3丁目・4丁目は西側に分断されていた。、、、、、足立区では昭和60年(1985)から平成3年(1991)にかけ、総延長380m、トンネル部160m、総工費36億円で東武伊勢崎線と並行する尾竹橋通りの下を抜けるトンネルを造り、東西をつないだ。 これが栗原立体交差である。、、、、、約30年前に造られた立体交差は交通量も増え、栗原地区の東西一体化に貢献したようだ。 
 
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・・・・・・・・・・・・・立体交差で東武伊勢崎線の東側(足立区栗原2)に出ると、UR栗原団地が広がっている。、、、、、昭和40年代に建てられた20数棟からなる団地。 広い敷地にゆったりと建てられている団地で、生活もしやすそうだ。 
 
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④栗原氷川神社・・・・・・・・・栗原2丁目に鎮座する栗原氷川神社。 創建年代は不詳だが、天正2年(1574)に再建され、栗原村の鎮守社であったと言われている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・社殿の前にはクロマツの大木が数本、堂々と天に伸びている。 おみごと!
 
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⑤旧奥州街道・・・・・・・・・・江戸五街道の一つ「奥州街道」(日本橋から宇都宮までは日光街道と共用) その奥州街道の旧道を標す石碑が足立区島根にある。、、、、、、写真:右端の屋敷前に建てられている。 そこには、屋敷前の細い道が古代からの奥州街道であると標されている。
 
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・・・・・・・・・・・・『石碑は新しそうだ、この道がホントに奥州街道?』と疑問が頭をかすめる。 すると、ちょうど屋敷の御主人らしき方が出てきたので話を伺うと、、、、、碑を建てたのは御主人のお父さまで、代々この地に住む方だ。 江戸時代以前から屋敷前の道は、近くの栗原氷川神社から続く奥州街道と言われているとのこと。 古文書もあるそうだ。 ホントの話であった。
 
 
⑥島根古蹟庚申塔・・・・・・・・・・島根4丁目の公園の一端にある小祠に庚申塔が祀られていた。 宝永時代(約290年前)に建立された庚申塔で、厄除を願い村人の安全を祈ったものらしい。
 
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鷲神社 ・・・・・・・・・・島根の入り組んだ道を歩いていたら、今年の8月に来た鷲神社(わしじんじゃ)に出た。 地元に密着した神社のようだ。、、、、、美しいフォームの神社。
 
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西新井駅 ・・・・・・・・・・・今日は東口に到着。 ここから帰宅する。
 
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2017年12月19日 (火)

一之江~行徳

都営新宿線一之江駅から、今井橋で旧江戸川を渡り欠真間の町を抜けて、東京メトロ東西線行徳駅まで、1万2千歩の散歩です。
 
 
 
①一之江駅・・・・・・・・・・都営新宿線の一之江(いちのえ)駅は昭和61年(1986)9月14日に開業した島式ホーム1面2線の地下駅。、、、、、一之江駅の周辺には、一之江、一之江町、二之江町、松江、瑞江、春江そして区名が江戸川と地名に“江”の字が多い。 この辺りは、もともと沼地・入り江で、戦後の昭和40年代ぐらいまでは、白鷺の舞うハス田が広がっていた。 今は、白鷺もハス田も見当たらないマンションが建ち並ぶ都会となった。
 
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・・・・・・・・・・・・・駅前は、空中にはられた電線が無く、スッキリとした街になっている。、、、、、無電柱化は達成しているが、高圧鉄塔が残っている。 これがチョイと邪魔だね!
 
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新中川 ・・・・・・・・・・葛飾区高砂にて旧中川分岐して直線的に南下し、瑞穂大橋の下流側で旧江戸川に合流する全長8km程の川である。 新中川は戦後に開削され、昭和38年(1963)に完成した「中川放水路」である。、、、、、今日は瑞江大橋を渡り、新中川を越える。
 
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③今井橋・・・・・・・・旧江戸川に架かる今井橋。 現在の今井橋は昭和54年(1979)に完成した。 それまでの旧橋は現在の橋の50m程上流側に、昭和26年(1951)に完成した片側一車線のコンクリート橋であった。 戦後、上野公園からこの橋の西詰まで、都営のトロリーバスが運行していたが、昭和43年(1968)頃廃止となった。 “トロリーバス”とは、懐かしいね。、、、、、、今井橋は北岸の江戸川区江戸川地区と南岸の千葉県市川市(行徳)を結んでいる。
 
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・・・・・・・・・・・・橋を渡り市川市に入ると、橋の際に「今井の渡し旧跡」の案内が立っている。、、、、、寛永8年(1631)に、この場所に渡しが許可されたそうだ。 以来、大正元年(1912)に初代の今井橋が架けられるまで、渡しが利用されていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・今井の渡し跡の近く(市川市相之川)に、渡し舟の水上安全を祈願した祠「相之川香取神社」がある。、、、、、ついでに、行徳駅から西へ600m程の処(市川市香取(かんどり))に香取神社がある。 こちらは、“かとりじんじゃ”ではなく、地名に由来し“かんどりじんじゃ”と読むそうだ。 香取市の香取神社とは無関係の神社。 あ~、ややっこしい!
 
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④欠真間・・・・・・・・・・南行徳駅の北800m程の旧江戸川べりの地名。 「欠真間」は“かけまま”と読む、“けつまま”と読むと何となく汚いイメージだ。、、、、、市川駅の北、国府台の台地に連なる「真間」の地の土が台風などの自然災害でこの地に流れてきたと伝えられ「欠真間」と呼ばれるそうだ。
 
・・・・・・・・・・・・・江戸川・旧江戸川で囲まれた行徳・浦安地区は、土地が低く自然排水が殆ど不可能な処である。 雨が降ると、雨水などが溜まる一方で、勝手に川へ流れていかない土地であった。 そこで、行徳・浦安地区の川べりには30か所程の排水機場があり、雨水などを江戸川・旧江戸川に強制的に配水している。 その一つ、欠真間排水機場と、欠真間三号水門が旧江戸川べりにある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・住所は相之川であるが、欠真間に隣接する相之川日枝神社。、、、、、相之川日枝神社は、万治2年(1659)に創建したと伝えられ、明治6年(1873)に村社に列格した。
 
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・・・・・・・・・・・・・行徳・浦安地区を東西に貫く江戸時代の農業用水路の跡が、南行徳小学校の塀に「内匠堀跡(たくみぼりあと)」として標されている。、、、、、、用水は現在の鎌ヶ谷市のほうから引かれていたそうだ。 用水路は大正時代に江戸川放水路が造られ分断され、そして現在は道路沿いに暗渠化された。 当時は舟も通行できたそうだ。、、、、小学校の塀は、波を打つ形状で煉瓦積風に造られている。 これが用水路跡か、サッパリ判らん? 
 
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・・・・・・・・・・・・・浦安~本八幡間を、一時間に2~4本程度の頻度で運行している欠真間のバス停。 
 
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⑤源心寺・・・・・・・・・・・・・市川市香取(かんどり)にある浄土宗の源心寺。 源心寺は、永正年間(1504~1521)この地に不動尊像を祀った安楽院という草庵の地に開山された。 慶長16年(1611)の創建。
 
・・・・・・・・・・・・・平成12年(2000)に再建された本堂。
 
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・・・・・・・・・・・・・本堂2階から見る境内は広い。
 
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・・・・・・・・・・・・・鐘楼の脇に控える閻魔大王の石像。 享保3年(1718)の作。、、、、、我が家のインテリアとして欲しくなった。 真夜中に忍び込んで頂戴しようかと思ったが、閻魔の罰が怖いのでやめておく。
 
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⑥胡録神社・・・・・・・・・・・胡録神社は行徳の街(市川市湊新田)の鎮守様である。 江戸時代から、この辺りは天候に恵まれ製塩が盛んな地域であったことから、神に感謝する祭礼が盛大に行われていたそうだ。 その伝統が今も引き継がれているらしい。、、、、、今度機会あれば、祭礼を見てみたいものだ。
 
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⑦行徳駅・・・・・・・・・・昭和44年(1969)3月29日に開業した、相対式ホーム2面2線の高架駅。、、、、、駅ができた当時は、周辺にハス池が多く残っている東京郊外の駅であった。 今は私の住む浅草橋より、生活しやすい感じがする住宅地。
 
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