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2018年3月 6日 (火)

立会川~西大井

京浜急行「立会川」駅から、西に向かいJR湘南新宿ライン「西大井」駅まで、9千歩の散歩です。
 
 
 
立会川駅 ・・・・・・・・・・・明治37年(1904)5月8日に開業した古い駅。 平成2年(1990)頃に高架駅となったが、大型商業施設ができることもなく、町工場の最寄り駅として周辺には下町の雰囲気がいまだに残っている。
 
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・・・・・・・・・・・・・駅から第一京浜国道に抜ける小さな商店街。
 
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②立会川・・・・・・・・・・駅名の由来とな「立会川」は、駅の脇を流れる小さな川である。 立会川は目黒区の碑文谷池付近を水源として、今は暗渠で荏原町駅、西大井駅、大井町駅と流れ下り、南大井の町を流れる処で、暗渠から顔を出す。、、、、平成14年(2002)から、JR東日本は総武快速線が走る総武トンネル(東京~馬喰町)の湧水を東海道線沿いにパイプで運び、月見橋の下流(大井町駅から600m程南の地点)で放流し、水質浄化に取り組んでいる。、、、、川底のゴミも無くなり、綺麗な水が流れている。
 
・・・・・・・・・・・・・立会川駅付近、、、、、以前は、黒に水に、異臭が漂う川であったが、今はゴミはなく、水も綺麗になった。
 
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・・・・・・・・・・・・・上流では水鳥が遊ぶ川に変わった。
 
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・・・・・・・・・・・・・暗渠の出口、湧水の放流地点。、、、、後ろは東芝病院。
 
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・・・・・・・・・・・・・・これより上流は暗渠化され、上部は「立会道路」として遊歩道となっている。
 
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③大福生寺・・・・・・・・東大井3丁目、小高い処に小さな天台宗の寺院、大福生寺がある。 大福生寺は、宇賀神實海大僧正が目黒不動瀧泉寺を退き、隠居の寺として明治14年(1881)に日本橋蠣殻町に建立し、初代住職となった。 その後、明治25年(1892)に現在地へ移転した。 昭和20年(1945)太平洋戦争で寺を全焼し、昭和25年(1950)本堂復興、昭和58年(1983)護摩堂を建立する。、、、、、建物は戦後の建築で面白くないが、さほど広くない境内だが、いつも綺麗に掃除され心地よい寺だ!
 
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④関道地下道・・・・・・・・東海道線の下を抜け、大井4丁目と南大井5丁目を結ぶ、歩行者専用の「関道地下道」。 昭和42年(1967)の竣工。、、、、、、地上を走る東海道線の踏切をなくすために地下道にしたのであろう? まさに地下にもぐるようなアプローチ。 自転車の人は、チョイと階段を持ち運ぶのが辛いね! 女性は夜道が怖いかも?
 
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⑤西光寺・・・・・・・・・・関道地下道を抜けた大井4丁目に、浄土真宗本願寺派寺院の西光寺がある。 もとは、麻布善福寺末であった。 弘安9年(1268=鎌倉時代)に開創し、後浄土真宗に改宗した。、、、、、本堂前、コケの生えた桜の古木が、堂々と枝振りを披露してる。
 
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・・・・・・・・・・・・・境内の石像。 最前列の左:明暦元年(1655)の延命地蔵菩薩、右から二番目:阿弥陀如来像を彫った寛文13年(1673)の供養塔、右端は寛文9年(1669)の阿弥陀如来像を彫った舟形の塔。
 
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⑥伊藤博文別邸跡・・・・・・・・・池上通りを横断し大井3丁目に入ると、裏通りに「伊藤博文別邸跡」と記した案内板があった。 千円札のお爺さんだ!、、、、、初代内閣総理大臣であった伊藤は、明治40年(1907)、明治天皇から功績に報い、皇居であった建物と移築費として2万1千円が下賜された。 その金で、ここ大井村に5千坪の土地を買い、移築し恩賜館と命名した。 その後、伊藤の家族もこの地に住んだが、伊藤没後は、恩賜館は明治神宮に献納された。 恩賜館は現在の明治記念館である。、、、、敷地は、日本光学などの所有となり、現在は大規模なマンションが建っている。 案内板はその片隅にあった。 
 
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⑦光学通り・・・・・・・・・「光学通り」とは、大井町駅からニコン(株)の前をとおり西大井まで伸びる通り。 ニコンの旧社名:日本光学工業に由来する。、、、通りの両側に本社・工場などが並び、まさにニコンの門前通りであった。
 
・・・・・・・・・・・・・かつて、101号館と呼んでいた昭和8年(1933)竣工の建物などは取り壊され現在マンション工事中。
 
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・・・・・・・・・・・・・・ニコンの大井製作所。 本社は品川に移転した。
 
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・・・・・・・・・・・・ニコンの前に残っている「元禄八年銘道標」、、、、、大井村の念仏講の人たちが建てた道標。 正面に「南無阿弥陀仏」、右側に「従是奥澤九品佛道」、左側に「従是池上本門寺道」と彫られている。 元禄8年(1695)建立。
 
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⑧伊藤博文墓所・・・・・・・・・光学通りを直進し、湘南新宿ラインの踏切を越えた処に伊藤博文の墓所がある。 しかり、柵で囲われ、墓守か(?)、守ている人もいるようだ。 柵の隙間からパチリ!
 
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⑨西大井駅・・・・・・・・・駅は、通称「品鶴線(ひんかくせん)」(愛称:湘南新宿ライン)と呼ばれる、東海道本線の支線上にあり。 路線は昭和4年(1929)に貨物線として開設した。 昭和39年(1964)には頭上に新幹線が高架で走り、昭和55年(1980)には横須賀線が走るようになったが、当時、駅はまだ開業しておらず、「西大井駅」の開業は昭和61年(1986)4月2日である。、、、、、私の住む浅草橋駅よりも大きく立派な駅、しかも駅前にはマクドナルドもある。(浅草橋にはあったが、数年前に撤退した) だけど、乗降客数は少なく、都区内の駅ではワーストテンに入るそうだ。
 
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