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2018年6月 5日 (火)

鶴見市場

梅雨入り前の晴れ間、今日は川崎から西へ二駅目の、鶴見市場駅で下車して歩いた。 8千歩の散歩です。
 
 
 
①鶴見市場駅・・・・・・・・・・・70余年間でこれまで一度も下車したことがなかった、京浜急行電鉄本線の鶴見市場駅(つるみいちばえき)で降りてみた。、、、、、明治38年(1905)12月24日に、市場駅として開業し、昭和2年(1927)4月に鶴見市場駅に改称した。 現在の駅は、相対式ホーム2面2線の地上駅、駅舎は橋上駅舎である。 停車するのは普通電車のみ。 1日平均乗降人員は約2万人。、、、、鶴見市場とは天文年間(1532~1554)の頃、この付近で市が開かれるようになったのが地名の由来。 その後、本格的な海産物市場は生麦魚河岸に移行してしまった。、、、、、ここに来るまでは、私は地元密着型の雑然とした市場があるのを期待していたが、駅周辺には市場も、昔ながらのスーパーマーケットもない。 チョイト、ガッカリ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・改札機、券売機の台数も少ない。
 
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・・・・・・・・・・・・・・幅の狭い出入口が東西にそれぞれ1か所ある。 
 
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・・・・・・・・・・・・・ホーム端の踏切りから見る鶴見市場駅。
 
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②市場銀座・・・・・・・・・・世の中に「〇〇銀座」は多いが、ココ鶴見市場にも駅前から旧東海道の熊野神社前まで「市場銀座商店街」の街路灯が続く。、、、、今日見ただけだが、元気な商店街とは言いずらいね、お店の半分はシャッターを下ろしたままのようだ!
 
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③旧東海道・・・・・・・・・・・・・京急線の西側200m程の処を並行する旧東海道。、、、、北から市場上町、市場東中町、市場西中町、市場下町と続く町の中央を縦断するように旧街道が通っている。 街道沿いに宿場風の古い家並みがあるわけではなく、単に通過する道であったと思われる。、、、、されど旧街道、市場の町中に歴史を偲ばせる寺社、一里塚などが点在する。
 
・・・・・・・・・・・・・直線的に市場の町を貫く旧街道。
 
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・・・・・・・・・・・・・・まずは、駅前の「市場銀座商店街」が旧東海道にぶつかる処にある熊野神社。、、、、、、弘仁年中(810~823)紀州熊野の別当尊敬の勧請と伝えられている。 この地域は往古より海辺にあって魚、塩の収穫も豊かで、天文年間(1532~1555)には魚貝の市も開かれて、いつか村名も市場と呼ばれるようになった。 村民は、これを熊野権現の加護によるものとして、社殿を造営するなど厚く崇敬した。 その後兵火に焼けたり、鶴見川、六郷川の相次ぐ氾濫などにより、社殿が大破して、明和元年(1764)に至りようやく本殿を再建した。 明治5年(1872)京浜間に鉄道を施設の際、社地がその敷地にあったため現在地に遷座した。明治6年村社に列せられ、熊野神社と改称した。 祭神は国常立尊(くにのとこたちのみこと)、伊邪那岐命、伊邪那美命、、、、、、広い境内に社務所が無い! お札、御朱印、お御籤、何処で貰うの?
 
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・・・・・・・・・・・・・・熊野神社から南へ歩くと、ほどなくして街道脇に市場一里塚跡がある。、、、、案内板には、『慶長9年(1604)徳川幕府は、江戸から京都までの街道を整備し、あわせて宿場を設け、交通の円滑を図りました。 里程の目標と人馬の休息のための目安として、江戸日本橋から一里(約4km)毎に街道の両側に五間四方(9m四方)の塚を 築造し、塚の上には榎(えのき)を植えました。 ここは江戸より五里目の塚に当たり、市内で最初の一里塚です。 明治9年(1877)地租改正にあたり払い下げられ、左側の塚が現存しています。 昭和初期まで塚の上には榎の大木が繁茂していました。 昭和8年(1933)6月「武州橘樹郡市場村一里塚」(添田担書)の碑が建立されました。 平成元年(1989)横浜市地域文化財として登録されました。』と、標されている。、、、、、一里塚に変わり、現在の国道には、始点から1km毎に標識がたてられ、歩く時の目安として助かるね!
 
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・・・・・・・・・・・・・さらに街道を南下する。 鶴見川の手前、市場下町に入った処に庚申塔がある。 宝暦年間(1754頃)に作られた青面金剛の石像が、手の込んだ見事な堂(昭和56年製作)の中に納められている。、、、、江戸時代からこの前を通る人を、静かに見守ってきた庚申塔、ご苦労さん!
 
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・・・・・・・・・・・・・・真言宗智山派の金剛寺は鶴見川橋のたもとにある静かな寺。創建年代等は不詳だが、かつては市場村内の金剛寺畑と称される処にあったそうだ。 その後、東海道整備に伴い当地へ移転したと言われている。、、、、、建物は真新しく綺麗で緑多い境内も整備されていた。 鶴見川が近いせいか? 川からの涼しい風が迎えてくれた。
 
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④鶴見川橋・・・・・・・・・・・・・旧東海道は鶴見川橋を渡り、鶴見川を越える。 鶴見川橋は大正末期までは「鶴見橋」と呼ばれており、初代の橋は徳川家康が東海道を整備した慶長6年(1601)頃に架けられたといわれている。、、、、、現在の橋は平成2年(1990)度に工事に着手、平成9年(1997)度にニールセンローゼ橋構造により完成した。 橋長119.6m、総幅員は18.7m。車道は3.5m×往復各1車線、アーチの両サイドに2.5mの歩道が付設されている。アーチ最上部までの高さは19m。 歩道は東海道をイメージした自然石の風合いのある舗装材が使われている。、、、、、おとなしいデザインで、いいね!
 
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・・・・・・・・・・・・・・鶴見川橋の上流側にはJR東海道線。下流側には京急本線が走る。
 
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●・・・・・・・・・・・・・・・橋の上でUターン、裏道を探しクネクネと鶴見市場駅へ戻る。

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