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2018年10月 2日 (火)

静かに潜行するdeepな町

新宿区の一画に、周囲の町よりすり鉢状に低くなっている町がある。 町の中は坂が多く、裏道の所々には階段もある。 道は複雑に入り組み、小規模なアパート・マンションが雑然と建ち、行きかう人も少ない。 新宿にあって飲食店は少なく、アジア系外人・学生の住まいが多そうだ。  なにか大きな変化が町に起きそうな妖気が漂い、もっか静かに潜行している“deepな町”:新宿7丁目である。、、、、、この町を探訪してきた。 9千歩。
 
 
 
●新宿区新宿7丁目て、何処?・・・・・・・・・・新宿1丁目・2丁目・3丁目は新宿御苑の北側で、JR新宿駅の東側に広がり、伊勢丹・マルイのある繁華街を含んだ、いわゆる『内藤新宿』と呼ばれた処である。 一般に『新宿』と称してイメージする地区である。 新宿4丁目は「バスタ新宿」の東側に位置し、新宿高校の手前までの小さな一画の町。 新宿5丁目・6丁目は1丁目・2丁目のの北側(大久保側)で、靖国通りと抜弁天通りに挟まれたエリア。、、、、、さて「新宿7丁目」は、6丁目のさらに北側に位置し、南側の抜弁天通りと北側の大久保通りに挟まれ、西側は明治通りに面し、東側は若松町に隣接した、ほぼ長方形の町である。 以前は「東大久保2丁目」と呼ばれた町である。
 
・・・・・・・・・・・・・新宿7丁目(写真:左側)の南側を通る抜弁天通り、右側は新宿6丁目
 
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・・・・・・・・・・・・・西側には明治通り(中央)が通る。 右側が新宿7丁目、左側は大久保1丁目。
 
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・・・・・・・・・・・・・北側には大久保通り(手前)がとおり、向かいには都営戸山ハイツ(戸山2丁目)が建ち並ぶ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・東側は写真:右側に新宿7丁目、左側は若松町が隣接する。
 
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●幻の新宿7丁目駅・・・・・・・・・・新宿7丁目と6丁目の境である抜弁天通りの地下に、都営大江戸線の東新宿駅がある。 駅は東京メトロ副都心線の東新宿駅と接続している。 平成12年(2000)12月12日、大江戸線全通時に開業。 開業前の駅名は仮称「新宿7丁目」であったが、開業時に「東新宿」となった。、、、、、都営のホームは地下18.3mの深さにあり、島式1面2線である。
 
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●名のある坂・・・・・・・・・新宿7丁目の、名のある坂を3か所紹介する。
 
・・・・・・・・・・・・・その1、、、、、抜弁天交差点の永福寺門前から下る「久左衛門坂(きゅうざえもんざか)」。 案内には、「徳川家康の江戸入府以前から大久保に居住していた島田家の草創久左衛門が新しく開いた坂道であったため、こう呼ばれるようになったという。」、、、、坂の両側は新宿7丁目のメインストリートのようで、揃いの街路灯が並び「新宿7丁目 商和会」と表示されている。 両側の店と言っても、薬局、スーパー、コンビニなどはなく、アジア系の飲食店が数軒、“商店街”とは言えない! 
 
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・・・・・・・・・・・・・その2、、、、、久左衛門坂の北側にある「梯子坂(はしござか)」。 この坂は、「久左衛門坂北方の裏通に在り、東へ登り十間許り、坂道急にして 恰も梯子を登るが如し、故に名付く」そうだ。 45段の階段で、上り口には銭湯:東宝湯がある。、、、、、冬の宵、丹前を身につけた若い夫婦が、肩を寄せ合い、銭湯から帰る後ろ姿が絵になりそうな坂だ。
 
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・・・・・・・・・・・・・その3、、、、、新宿7丁目の北側で大久保通りに平行する「椎木坂(しいのきざか)」。 坂は大久保通りから下がって、大久保通りの下を水平に進み、大久保通りに向かって上がって行く。 どうやら、大久保通りの旧道だったらしい。 坂の案内では、「昔、戸山学校(現在の戸山ハイツ)の構内に椎の大木があり、この坂道を覆っていたため、こうよばれるようになったという。また、古くはこのあたりが砂利取場であったところから、砂利坂 とも呼ばれた。」とある。、、、、、道沿いの小さなマンションから出てくるのは、アジア系の外人さんが多いようだ。
 
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●次は、名も謂れも無い裏道・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・明治通りに平行する裏通りで、抜弁天通りから入り大久保通りまで、途中の横道がない、一本道。、、、、どちらが入口か?出口か? 判らんけれど、先へ進むだけ! 最後は木造住宅の間を鍵の手に曲がり、終わる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・椎木坂から分岐し、階段を下る。 その先は、階段で車は通れぬ裏道がある。 もちろん、無名の坂もあちらこちらに。
 
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●古刹2寺・・・・・・・・・・・両寺とも歴史ある寺のようだ。
 
・・・・・・・・・・・・・その1、、、、、、、慶安元年(1648)の創建と言われている、曹洞宗の永福寺。 山号は大久保山。 境内には山手七福神の福禄寿を祀る祠がある。
 
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・・・・・・・・・・・・・その2、、、、、、、寛政年間(1789~1801)に東大久保縄手に創建され、鬼王稲荷神社(歌舞伎町2)付近への移転し、文政年間(1818~1830)に現在地に移転した、曹洞宗寺院の観音庵。 山号は昇龍山。 観音庵は徳川関東三筆の尼寺の筆頭として創建された。 天下太平を祈願した徳川家が、江戸の仏師に刻ませた如意輪観世音菩薩を勧請し、ご本尊としたため、徳川御本丸・西本丸・尾張徳川・大奥等の帰依殊のほか篤い、手厚い庇護を受けた。 しかし、明治維新により徳川家との縁は切れ、さらに昭和20年の空襲により本堂・庫裏・伽藍すべてを焼失した。、、、、、戦後、本堂が再建されたのは平成2年(1990)のことである。
 
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●昭和の裏道が、あっちゃ・こっちゃに残る町・・・・・・・・・・写真を見てね!
 
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●工事が大変だったでしょう・・・・・・・・町の周囲は、幹線道路で大きなマンション、オフィスビルが並んでいる。 しかし町の中央部は、ゴチャゴチャした裏道が交差する町。 そこには、小さなマンション、アパート、住宅が、無節操に建っている。 新宿7丁目はこう云う町だ。 しかしなぜか、こんな町の中に大きなマンション:「戸山マンション」がある。 建物は8階建て、総戸数110戸、建築時期は昭和45年(1970)、施工は飛島建設。 なんと今から40年以上前のことだ!、、、、、当時は今以上にゴチャゴチャした町で、資材搬入・安全管理・近隣対策など工事に苦労したと思うね! 
 
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●何か起きそうだ・・・・・・・・・そんなこんなの新宿7丁目、いつまでも現状のまま時が過ぎるとは思えない。  そろそろ、『再開発』、『町並み保存』、『道路拡張』などなど、いろいろ出てきそうだ!、、、、、しかし、私の生ある間には解決しそうもないね? 

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