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2018年12月28日 (金)

年末寒波の東向島

年末寒波襲来の日本列島。 今朝の台東区は気温6℃、風速5m/s。 家を出るなり、『寒い!コリャ、散歩に出るんじゃなかった、失敗!』と、自分に言いながら浅草橋駅に向かう。 この寒さの中、散歩の途中で具合が悪くなって救急車にお世話になると恥ずかしいので、近場の曳舟から歩くことにした。 ここからなら、異常事態になっても、タクシーで家まで帰れるからね。
東武伊勢崎線の曳舟駅から、東向島の町を抜け、白鬚橋から台東区に入り今戸神社まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
●リニューアルした駅・・・・・・・・曳舟駅 は、明治35年(1902)4月1日の吾妻橋(業平橋)~北千住間開業時にできた駅で、開業120周年まであと4年。、、、、駅は伊勢崎線が発着する島式ホーム2面4線と、亀戸線専用の片面ホーム1面1線の高架駅である。 改札口は最近リニューアルした高架下に1か所あるのみ、改札を出ると東西の出口に分かれる。、、、、駅は明るくなり、女性は綺麗に見える。(気のせいか?)
 
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●路地尊て何?・・・・・・・・・駅から北へ、水戸街道(=国道6号)を横断し、東向島1丁目の裏通りに芝の覆われた広い一角がある。 奥にシャレた平屋の建物がある。 公園にしては遊具が無い、住宅にしては開放的すぎる、建物の前まで行くと「一寺言問集会所」と表示されてた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・一寺言問集会所の「一寺言問」とは地名か(?)、聞いたことがないな。、、、、、墨田区向島5丁目、東向島1・3丁目、堤通1丁目の隅田川と水戸街道に挟まれた地域の名前であった。 この地域内の、二つの小学校が災害時の防災活動拠点となっていることから、第一寺島小の「一寺」と言問小の「言問」を合わせ、「一寺言問地区」が誕生したそうだ。 地区内には6町内会があり、細い道の住人が皆で燃えないいえ町づくりを目指し、活動している。
 
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・・・・・・・・・・・・・その敷地の隅に、「路地尊」と標した金属製の祠のようなものが建っている。 はたまた、これは何か? 雨水を利用した地域内消火設備と教えてくれた、地中に雨水を貯めるタンクがあり、いざという時、手押しポンプで汲み上げるそうだ。 地域内に数か所の路地尊が設置されている。 「路地尊」の名は、細い通りの住人であることを互いに認識し、コミュニケーションを尊重していこうとの思いがあるそうだ。、、、、この辺りは、木造住宅も密集し、防火意識の高い処である。 路地尊が役立たないことを願うね。
 
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●消えてゆく赤線地帯・・・・・・・・向島5丁目と東向島1丁目の境には、「鳩の街通り商店街」がある。 この商店街の付近は、戦時中、「玉の井」の娼家が焼き出され移転し、新たに開業した処で「鳩の街 」と呼ばれている。 戦後は、米軍の慰安施設となり、さらに、日本人相手の赤線地帯となった。 昭和27年には、娼家が108軒、娼婦が298人いたそうだ。(念のため、私は6歳、知るよしもない)、、、、、今は、狭い路地は変わらないが、建物はほとんど建て替わり、当時の面影を残す建物は少なくなった。、、、、今日は、路地を歩くと日が射さず、風が吹き付け、寒い寒い!
 
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・・・・・・・・・・・・・・鳩の街通り商店街の中程にある保育園の付近に、作家「吉川英治旧居跡」の案内板があった。、、、、吉川英治が住んでいたのは、赤線ができる以前の大正6年頃と思われる。 
 
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・・・・・・・・・・・・・鳩の街通り商店街の北詰の少し先に、「露伴児童遊園」がある。 ここは文豪幸田露伴が、明治41年(1908)から大正13年(1924)まで蝸牛庵と名付けて親しんだ住居の跡。
 
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●姿見えない地蔵尊・・・・・・・・・地蔵通りが墨堤通りにぶつかる角(東向島3丁目)に、子育地蔵尊が祀られている。、、、、、地蔵尊の由来は案内板によると、『文化年間(1804~1817)に隅田川の堤防修築工事の際、 土中から発見されたと伝えられている地蔵様で。 当初は村の子供たちが、 神輿がわりにこの地蔵様をかついでいたそうだ。 ところがこの地に古くから住む植木屋平作方の雇人夫婦が、ある日、田地で殺害されましたが、この地蔵が村のこどもの口をかりて犯人をお告げになり、 たちまち犯人を捕えることができた。 この奇跡に驚いた平作は、 当所に地蔵を安置して供養を怠らず。 その後、将軍家斉が当地に鷹狩に来て、 平作方に小憩の際、 地蔵の由来を聞いて感銘し、帰城の時にお参りした。 平作はこれを記念して小堂を建てて、 地蔵を安置したところ、 多くの人々が参詣するようになった。』、、、、、小さな境内に、庚申塔、道標などが並んでいる。 しかし、地蔵尊は暗い堂内に祀られているようで、残念ながら姿が見えない。
 
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●ちんブラブラ・・・・・・・・・・・・・・東向島3丁目、墨堤通りに面して白鬚神社がある。、、、、天暦5年(951、=平安時代初期)に近江の白鬚大明神の分霊をこの地(旧寺島村)に祀った。 商売繁盛、方災除け、厄除けの神として多くの人々の崇敬を受けている。、、、、、神社には、七福神の一つ寿老人が祀られており、毎年正月は「隅田川七福神巡り」で参拝する人が多い。、、、、、既に神社は初詣の準備が終わったのか、提灯がぶら下がっていた。、、、、小学生の頃 ♪ ちょうちんブラブラ ♪ という歌詞の歌(?)があって、初めの“ちょう”を小さな声で、その後を大きな声で歌った記憶があるが、何の歌だったか?
 
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●空にカーブが映える橋・・・・・・・・・・・・・・・・・・昭和6年(1931)に竣工した白鬚橋 (しらひげばし)を渡り、隅田川をこえ台東区に入る。、、、、、北風ビュービュー、橋の上ではブルブル、超寒い。
 
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●寒い寒い猫神社・・・・・・・・台東区に入り、今戸神社 に立ち寄る。、、、、今戸神社は、御祭神に伊弉諾尊・伊弉冉尊の夫婦の神様を祀っている事から、縁結びに御利益あると言われている。 今日も寒波襲来の下、若い娘が参拝していた。、、、、私は、そろそろギブアップ。 もうこれ以上寒さに耐えられない! バスで帰宅することにした。
 
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