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2018年7月1日 - 2018年7月7日

2018年7月 7日 (土)

浅草橋~新小岩

7月に入り、暑い日、雨の日が続き、あいだの散歩日和の日は病院に御招待され、なかなか散歩できる日がなかった。 朝5時、ベッドの中で『今日は散歩できそうだ、歩くぞ! お通じを良くするぞ!』。 できるだけ長い距離を歩きたく、京葉道路をひたすら歩くことにした。
 
 
 
am7:55・・・・・・・土曜日のせいか、通勤する人は少なく、学生だけがパラパラ歩く浅草橋。、、、、、連日の雨によるのか(?) 神田川の水位も上昇している。
 
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am8:00・・・・・・・「浅草橋交差点 」は、靖国通り(都道302号)の終点であり、京葉道路(国道14号)の起点(公式には浅草橋交差点から300m程東の両国橋が起点)である。
 
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am8:00・・・・・・・両国橋 の西詰(中央区側)には、かつて江戸で最大の盛り場だった「両国広小路」の碑がある。 もともとは、明暦の大火(1657年)後、両国橋が架けられ、橋の両詰に「火除け地」として、広小路が整備された。 その後、西詰の広小路は、いつしか、見世物小屋、茶店などがひしめきあう、江戸一番の繁華街となった。 上野、浅草とともに江戸三大広小路の一つ。、、、、、新宿歌舞伎町のような繁華街として現在まで残っていれば、我が家から近く、私の人生感もチョットは変わっていたかも?
 
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am8:10・・・・・・・両国「回向院」前を通過。
 
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am8:10・・・・・・・回向院前から150m程東に向かうと、「横綱横丁」と称す横丁がある。 この横丁の入口の東側が、作家:芥川龍之介の生育の地であったそうだ。 芥川は明治25年(1892)、東京市京橋区入船町の牛乳搾取販売業耕牧舎を営む新原敏三・ふくの長男として生まれ、辰年辰の日辰の刻の生まれにより龍之介と命名されたと言われてる。 生後7ヶ月で生母ふくの病のため、当時本所区小泉町(ここが生育の地)に住んでいたふくの長兄、芥川道章に引き取られ、後13歳の時、芥川家の養子となったそうだ。、、、、、浅草橋の路地裏に雅万歩の誕生・生育の地の碑が建つのも夢ではないかも(?)
 
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am8:35・・・・・・・江戸時代庶民の信仰と行楽を兼ねた成田山新勝寺の参詣は、2・3泊の手頃な旅行コースとして人気があったそうだ。 江戸市中からの参詣コースとしては、現:水戸街道の葛飾区新宿から東に向かい小岩、市川、八幡へと進む道と、日本橋小網町から水路で隅田川を下り行徳から陸路を八幡へ向かう道の2ルートがあった。 明治時代になると、浅草橋から両国橋を渡り小岩、市川を経由して向かう道を千葉街道と称するようになり、これが現在の京葉道路となったそうだ。 この京葉道路にかかる旧江東橋は東関東の水運の大動脈として、江戸時代以降、東京の市民生活を支えてきた運河の一つ「大横川」に大正15年(1926)に架けられた。 現在の江東橋は平成7年(1995)に架け替えられたものである。 現:江東橋の西詰に、旧江東橋の親柱が残されている。、、、、、江東橋付近の大横川は暗渠化され川筋は親水公園に変わった。
 
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am8:45・・・・・・・錦糸町駅前を通過。、、、、、駅前のバス停横に「伊藤佐千夫牧舎兼住居跡」の案内と歌碑が建っている。 ここ錦糸町駅前に、明治22年(1889)から明治45年(1912)まで、明治の歌人:伊藤佐千夫の経営する牧舎と住居があったそうだ。、、、、現存していれば、新鮮な牛乳が飲める駅前のミルクスタンドとして繁昌したかも(?)
 
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am8:50・・・・・・・錦糸町駅の東350m程の処に、京葉道路に面し都営江東橋4丁目アパートがある。 昭和52年(1977)に完成した総戸数220戸の都営住宅。 施工は飛島建設。、、、、、この都営住宅の1階は都営バスの車庫となっている。 完成当時は斬新な構造の車庫で、内部にはターンテーブルも供えられているそうだ。、、、、、ここがバスの車庫となる以前は都電の車庫であった。 昭和47年(1972)の都電廃止で、都営住宅と都バスの車庫に生まれ変わった。
 
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am8:55・・・・・・・錦糸町と亀戸の間に流れる運河:横十間川に架かる橋が松代橋である。 現在の橋は昭和44年(1969)に架けられた1径間鋼製桁の橋である。 以前は、昭和5年(1930)に完成した鋼製桁の震災復興橋が架けられていた。 上流側にはJR横十間川橋梁が架かる。、、、、、橋名は西岸にあった旧町名に由来するらしい。
 
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am9:00・・・・・・・JR東日本の総武本線貨物支線である越中島支線の下を抜け、亀戸駅の南を通過する。
 
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am9:15・・・・・・・亀戸駅を過ぎ、亀戸6丁目に入ると、、、、、、私の親友が経営する不動産屋の前に来た。 チラリ、店先を覗くと親友御夫妻の姿が見える、まだお客が来ていないようだ。 チョイト寄って行こう!、、、、気持ちは短時間で失礼するつもりで寄ったが、『友有り、遠方より歩いて来たる。 亦た久しぶりや。』 お茶もいただき、私のバカ話は止まらず、小一時間話し込んでしまった。 お仕事の邪魔をしてしまい、失礼しました。
 
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am10:00・・・・・・・散歩を続ける。 向かうは東へ!
 
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am10:15・・・・・・・中川新橋を渡り旧中川を越える。 江東区亀戸と江戸川区平井を結ぶ橋。
 
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am10:25・・・・・・・江戸川区小松川の再開発地区に建ち並ぶマンション群を見ながら歩く。
 
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am10:30・・・・・・・荒川に架かる小松川大橋 を渡る。 この橋は下り線と上り線が方向別に架橋されている。 上流側(下り)が小松川橋、下流側(上り)が新小松川橋です。 下りの小松川橋が昭和44年(1969)に開通し、上りの新小松川橋は昭和47年(1972)に開通した。 全長500m程の橋である。、、、、、橋上は風が強く、帽子を押さえながら渡って来た。、、、、、荒川は川幅イッパイに流れ、河川敷も水の下である。 上流ではだいぶ降ったようだ。
 
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am10:40・・・・・・・小松川大橋を渡り、江戸川区松島の小松川署前を通過する。、、、、、ここまで、浅草橋交差点から7kmである。(日本橋からは9km)
 
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●・・・・・・・・・・・・・・・京葉道路の散歩は小松川署の先で終了とした。 これより裏道を歩き新小岩駅に出て帰宅する。
 
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●・・・・・・・・・・・・・・・今日は1万6千歩の散歩でした。

2018年7月 3日 (火)

かっぱ橋本通り

都心では連日、9時には30℃を超え、年寄りは外に出にくい状態だ。 家に籠っていても、エアコンで冷やし、扇風機で風を送り、アイスコーヒーで胃を冷やし、素麺をあっさりと食し、やることないからゴロゴロ・ごろ寝し、サッカーW杯の同じような解説を何度も聞いて、あ~~~体調がスッキリしない! あ~~~退屈だ!
 
今日は15時過ぎに上野までコミュニテイバスで行き、合羽橋の道具街と直交する「かっぱ橋本通り」を歩き浅草まで、買い物を兼ねた散歩をしてきた。 約7千歩ぐらい。、、、、、ちょうど一年前の今日、浅草から上野に向かって「かっぱ橋本通り」を歩いていた。 解説はこちらを見てね!
 
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・今日の散歩はここ「上野学園前」から。、、、、「上野学園」とは、ピアノの辻井伸行氏が卒業した音楽系の私立大学を中心とした学園。 音痴の私には縁遠い学園だ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・・東上野五丁目交差点から、「かっぱ橋本通り」に入る。 浅草国際通りまで続く商店街の先には、正面にスカイツリーを望める。、、、、、商店街は飲食店・薬局・ブティック・花屋・惣菜屋・文房具屋などが並ぶ普通の商店街である。 今は、七夕飾りでお客を歓迎している。
 
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・・・・・・・・・・・・・東上野五丁目交差点から200m程、かっぱ橋本通りを歩くと台東区松が谷3に、可愛い色気のある河童の像があり、『ここが台東区の真ん中 つまり「へそ」と言われている 台東区』と表示標されている。 23区で最も面積の小さい台東区にも“へそ”があったか。、、、、、こんな色っぽい河童なら、たくさんいるといいね。 
 
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・・・・・・・・・・・・・“台東区のへそ”から20m程東、かっぱ橋本通りのほぼ中間地点に、曹洞宗の巨嶽山曹源寺がある。 曹源寺は、天正16年に(1588)に江戸・和田倉門付近に創建され、その後、明暦の大火により当地に移転した。 当地一帯は低地で水はけも悪く、しばしば水害に悩まされた。そこで当地の商人・合羽屋喜八(合羽河太郎)が私財を投じ、新堀川(現在の合羽橋道具街のある通り。)の開削の工事を行った。 言い伝えによるとこの工事の折、近隣の隅田川に棲んでいたとされる河童が手伝ったと言われている。 文化11年(1814)に喜八が没し、菩提寺である当寺院に葬られいつしか「かっぱ寺」と言われるようになったそうだ。
 
・・・・・・・・・・・・・曹源寺本堂
 
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・・・・・・・・・・・・・・境内にある「河童大明神」は、商売繁昌などに霊験があるといわれてる。 堂の中には河童の絵があった。
 
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・・・・・・・・・・・・・「合羽橋道具街」が誕生して90年を迎えた平成15年(2027)に、道具街の一角に建立された「かっぱ河太郎像」。、、、、、、海パン姿の悪ガキというイメージの像だ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・今日は買い物をするために来たので、チョイト道具街の店を覗いてきた。、、、、外人客が多く、どこの店にも数人の外人がいた。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・再び、かっぱ橋本通りを歩き、浅草へ向かう。
 
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・・・・・・・・・・・・・・店先に立つ可愛い河童。 ドサクサ紛れにカエルも、タヌキも、、、、
 
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・・・・・・・・・・・・・途中の店で買い物も済ませ、「かっぱ橋本通り」が国際通りにぶつかりココまで!
 
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・・・・・・・・・・・・・雷門前の通りに出て、ここからコミュニテイバスで帰宅。、、、、、帰宅する私の手には、観賞用の植木、花器、木製の盆、敷物、などなど、重たい!
 
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