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2018年2月4日 - 2018年2月10日

2018年2月 8日 (木)

辰巳運河

今朝、なぜか五月みどりの曲を思い出し、五月みどり→深川芸者→辰巳芸者→辰巳水門と連想し、「辰巳水門」が見たくなった。 散歩は有楽町線辰巳駅で下車し、辰巳水門のの周辺を歩いてきた。 辰巳運河の両岸を歩き、ほぼ一周、1万3千歩の散歩です。
 
 
・・・・・・・・・・・・・辰巳運河は、「辰巳」と「東雲」(念のため、“しののめ”と読む)の埋め立て地の間を流れ東京湾に注ぐ運河。 上流側から辰巳橋、辰巳桜橋、辰巳水門、新辰巳橋(国道357号)、辰巳道路橋(首都高)、辰巳運河橋梁(りんかい線)、新末広橋の橋梁が架かる。 両岸は、辰巳側に都営の辰巳団地、東雲側にはズラリとタワーマンションが並ぶキャナルコート。
 
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①辰巳駅・・・・・・・・・昭和63年(1988)6月8日の新富町駅~新木場駅間開業と同時に辰巳駅も開業した。 島式ホーム1面2線の地下駅。、、、、、マンション、団地からの御出勤で、朝の駅は降りる人より、乗る人の方がずっと多いようだ。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅前広場から、キャナルコートのタワマンが望める。、、、、私には、迫って来る怪獣のように見える。
 
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②辰巳桜橋・・・・・・・・・・・「辰巳駅」が辰巳地区にあり、対岸の東雲地区の人の利便性を考え、駅前からキャナルコートに向け架けたと思われる歩行者専用橋。、、、、、橋長273mの:2径間連続斜張橋。 平成8年(1996)に竣工した。
 
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③辰巳水門・・・・・・・・・・・辰巳運河に昭和37年(1962)に設置された辰巳水門。 幅員11.4メートル×2連のローラーゲートで、運河沿いの町を高潮や津波の被害から守るためにある。 台風の時には、大気圧も低くなり高潮が発生しやすく、このような時には水門を閉鎖し内部の町を守る。 しかし、水門を閉鎖すると、運河が大雨で増水し水の逃げ場がないことになり、洪水の危険が高まるため、そこで水門閉鎖時に内部の水をポンプで強制的に排水する排水機施設が辰巳水門の脇に用意されている。 それが、辰巳排水機場(昭和39年設置)である。、、、、、現在、辰巳排水機場は再整備工事がすすめられている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・辰巳排水機場
 
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④キャナルコート・・・・・・・・・・威圧するようにたつタワーマンション群。 全部で何戸あるのか、数えられるものなら数えてみたい! 
 
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⑤新辰巳橋・・・・・・・・・・・最上流に、かって車道があったと思われる歩行者専用橋がある。 その隣に車専用の一般道が片側分。 そして首都高。 さらに一般道の反対車線。 橋梁がダンゴ状態で複数並んでいる。 いったいどれが新辰巳橋だ????
 
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・・・・・・・・・・・・・・高い処を走るのは首都高で辰巳道路橋
 
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辰巳団地 ・・・・・・・・・・・運河を挟み、若い人が多く賑わいを感じる東雲のキャナルコート、それとは対照的に、中高齢者が多く寂しくなった辰巳団地。 超高層と中層、シャレた建物と古びた建物、近代的スーパーと寂れた商店街、若者と老人、これが東雲と辰巳。 考えさせられるね。??????
 
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⑦辰巳橋・・・・・・・・・・辰巳運河の上流側に架かる辰巳橋は、東雲橋から辰巳団地の中央を結ぶ道路を通す。 橋は長さ 127.0m、幅 25.0m、3径間鋼製桁橋で、平成4年(1992)の完成。
 
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2018年2月 7日 (水)

後楽園~市ヶ谷

本日は内科の診察日、後楽園のクリニックへ行った帰り、チョイト神楽坂・市ヶ谷方面に散歩してきた。
 
 
 
①飯田橋交差点・・・・・・・・・・町名の「飯田橋」(旧町名:飯田町)は神田川の南側に広がり千代田区に属す、中央線の飯田橋駅の大部分も千代田区に属す、飯田橋交差点は駅の北側で新宿区の最東端:下宮比町の中にある。、、、、「飯田橋」の町名は、開府前(天正18年(1590))に徳川家康が巡視のとき、案内役としてこの村の飯田喜兵衛が買って出て、江戸の事情を詳らかに説明したので、家康は大いに喜んで喜兵衛を第一号の名主と認め、「飯田町」を名乗るように命じたそうだ。 明治14年(1881)に外濠を跨ぐ橋が架けられ、飯田町に接する橋であることから「飯田橋」と命名された。  その後、飯田町の地名は薄れ、飯田橋に変わった。、、、神田川を覆うように頭上を首都高が走る。 広すぎて、真下に神田川が流れていることが気付きにくい交差点である。、、、、私の退職直前のオフィスはこの近くで約10年通った交差点だ。
 
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②ギンレイホール・・・・・・・・飯田橋駅の西、ちょうど神楽坂の入口付近に「ギンレイホール」がある。 昭和49年(1974)に名画座としてオープンし、現在も多くの映画ファンささえられ健闘している。、、、、神楽坂下に「佳作座」という映画館もあったが、こちらは昭和63年(1988)に閉館した。 今は懐かしく思い出す映画館である。
 
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③近代科学資料館・・・・・・・・・・神楽坂通りを横切って、東京理科大学の校舎群が並ぶ中を抜けると、坂の途中に近代科学資料館(新宿区若宮町)がある。 東京理科大学の創立110年を記念して、平成3年(1991)に坂の途中に復元された校舎である。、、、、、建物の外観は、明治39年(1906)に神楽坂に建設された東京物理学校(東京理大の前身)の木造2階建校舎を復元したもの。 二村冨久(二村化学工業創業者、昭和16年(1941)東京物理学校理化学部卒業)が建設費を寄贈し、建てられた校舎。、、、、、内部には、そろばん、計算尺、機械式計算機、電子計算機、蓄音機、パソコンなど、近代科学の発展を支えてきた、計算の道具類がズラリと並んでいた。、、、、私が、小学校で習ったソロバン、大学生の頃利用したヘンミの計算尺、タイガー計算機、バイトで初めて見たFACOMの電子計算機、社会人になって利用したPC98、マッキントッシュのパソコン、見るもの全て懐かしい。 
 
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④若宮八幡神社・・・・・・・・・・・近代科学資料館前の坂を上がり西に進むと若宮八幡神社(新宿区若宮町)がある。 神社は、源頼朝が文治5年(1189)奥州藤原征伐の際に当地で宿願、奥州平定後に鎌倉の若宮八幡宮を移して仁徳天皇を勧請して創祀した。 文明年間(1469~1487)には太田道灌が江戸城鎮護のため、当社を江戸城に相対させた形で再興させた。 旧社殿は戦災で全て焼失し、今は小さな神社である。
 
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⑤東京日仏学院・・・・・・・・・・市谷船河原町の逢坂(おうさか)の中程にある東京日仏学院はフランス語学校を中心に、図書室、映画館、ショップ、レストランを備えた、フランス政府の文化発信拠点。、、、、、建物は昭和26年(1951)に坂倉準三(1904~1969)の設計で竣工した。 坂倉準三はル・コルビュジエに師事し、モダニズム建築を実践した建築家である。
 
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⑥M邸・・・・・・・・・牛込のモダンなマンションが建ち並ぶ一画に、かなり、へんな形の建物がある。 アド街ック天国、アッコでおまかせなどで活躍する芸能人の豪邸。
 
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⑦裏千家東京道場・・・・・・・・・裏千家の関東の拠点として新宿区市谷加賀町のある道場。、、、、、お茶を嗜む人の建さんの場らしい。
 
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⑧N邸・・・・・・・・・・市谷甲良町に建つ、大正8年(1919)の洋風建築。 元は耳鼻咽喉科の医院、現在は閉院し住宅となっている。 手入れが良いので、古さを感じさせない、かわいらしく、チョイとメルヘンチックな建物。
 
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⑨北山伏町の洋館(A邸)・・・・・・・・市谷甲良町の北側、大久保通りからチョイト入った処に洋館がある。 大谷石を積んだ門柱の中に、洋館と日本家屋がチラッと見える。、、、、洋館は窓の建具などから戦前の建物と判断されるが詳細は不明。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これより、市ヶ谷駅に出て帰宅。 チョイト疲れた!

2018年2月 5日 (月)

谷塚~舎人

東武伊勢崎線谷塚駅から、日暮里・舎人ライナー舎人駅まで、相変わらずの寒さの中、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
①谷塚駅~谷塚橋・・・・・・・・・・今日の散歩ルートで、谷塚駅から埼玉と東京の境「谷塚橋」までは昨年秋に歩いた道とほぼ同じである。
 
・・・・・・・・・・・・・・今日も浅草橋駅(我が家の最寄り駅)で、行先も定まらず地下鉄に乗り、何処で降りようか迷いながら谷塚駅まで来てしまった。 改札を出ても目的地が無いので、とりあえず西に向かって歩くことにした。
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・・・・・・・・・・・・・・駅前で草加市のコミュニティバスにすれちがう。 はでなラッピングデザインのバスで、一見、『なんじゃこりゃ!』、、、、、愛称:『パリポリくん』はもちろん名物:草加煎餅に由来する。 草加市内を2ルートで走り、運賃は最大300円(チョイト高いね)。
 
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・・・・・・・・・・・・・・真言宗豊山派の寶持院にお立ち寄り。 この寺は明治6年(1873)に本堂を仮校舎として開校した、谷塚小学校の発祥の地である。 (現本堂は平成4年11月に再建)
 
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・・・・・・・・・・・・・寶持院の南、草加バイパスが伊勢崎線をオーバークロスする付近に鎮座する谷塚氷川神社。 神社の創建年代は不詳だが、正保から元禄の間で、分村の際に上谷塚から氷川社を鎮守として譲り受けたらしい。 社殿は天保年間(1831~1845)に建てられた流れ造りの建物である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・谷塚仲町を流れる用水路のような川幅の狭い辰井川。 そこに、昭和60年(1985)に完成した、擬宝珠と朱塗りの高欄が特徴的な氷川橋が架かっている。 見てビックリ、聞いて更にビックリ、氷川橋は「草加八景」に選ばれた「辰井川十橋」の一つと言うことだ。 「草加八景」て、あるんだ! しかも観光名所にもならない「辰井川十橋」とは、驚いた!、、、、、なお、橋の際に小さな鳥居に小さな社の氷川神社がある。
 
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・・・・・・・・・・・・氷川橋の西詰に、曹洞宗の常福寺がある。 常福寺は天正7年(1579)に創建。、、、、チョイと、くたびれた佇まいの寺。
 
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・・・・・・・・・・・・・谷塚橋は毛長川に架かり、橋上には尾竹橋通りが通る。 谷塚橋の北側に、埼玉と東京の都県境があり、橋そのものは東京都側にある。 
 
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②谷塚橋~舎人駅・・・・・・・・・・谷塚橋を渡り東京都足立区東伊興の町に入る。 東伊興は「寺町」と呼ばれ、多くの寺が並んでいる。 今日は寺の前を素通りし、日暮里・舎人ライナーの通る尾久橋通りを目指し歩く。
 
・・・・・・・・・・・・・寺町を抜けたあたりに伊興遺跡公園(東伊興4)がある。、、、、ここ伊興遺跡は、神をまつり、豊かな暮らしを祈った様子のわかる出土品が多く発見された遺跡。 芝生の園内には、竪穴式住居が復元され、中でリアルな古代人が食事の準備中。 また、2階建ての展示館には出土した土器などが展示されている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・伊興遺跡公園の前には淵の宮氷川神社がある。 神社の創建年代は不詳であるが、足立区内では最古の氷川神社。 この神社は伊興・竹塚・保木間の三村の鎮守となり、明治5年(1872)からは伊興村の村社となった。
 
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・・・・・・・・・・・・・東伊興・古千谷本町の町を抜けて舎人駅に向かう。 この辺り、歩道の脇には水が流れ、新しい住宅も多い町である。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・またまた“氷川神社”があった。 今日の散歩で4社目かな? その名は「古千谷氷川神社」。 名のごとく、足立区古千谷にある氷川神社。 創建年代不詳。 古千谷開村以来の創建で、鎮守社であった。 
 
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・・・・・・・・・・・・・日暮里・舎人ライナーの舎人駅に着いた。 平成20年(2008)3月30日開業。、、、、、私がこの駅を利用するのは、今日が初めてである。 舎人駅は終点:見沼代親水公園駅の一つ手前の駅で、舎人公園の最寄り駅はさらに手前に舎人公園駅があるので、これまで利用することが無かったようだ。 開業後、10年目で初利用!
 
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