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2019年2月 8日 (金)

まだ昭和の残る西品川

山手線大崎駅の南側200m程の処に百反坂(百反通り)がある。 この坂の南側に「西品川2丁・3丁目」の町が広がっている。 今日は、大崎駅で下車し、西品川2丁目・3丁目をぶらついて、都営浅草線戸越駅まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
●大きくなった駅 ・・・・・・・・・・・大崎駅は、明治34年(1901)2月25日、駅周辺の工業地帯化により、日本鉄道品川線(現:山手線)に追加開業した。 現在は、JR東日本の山手線・湘南新宿ラインと東京臨海高速鉄道のりんかい線が乗り入れている。 島式ホーム4面8線の地上駅で、駅舎は橋上である。、、、、朝の大崎駅は、乗る人まばら、降りる人多すぎ。 駅周辺は再開発により、ドでかいビルが林立し、何が何だかサッパリ判らん! 江戸っ子の私は完全に田舎者となった。
 
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●車はOK、人はNO ・・・・・・・・大崎駅の南東側で、山手線と湘南新宿ライン・りんかい線が分かれる。 その分岐点の線路下に「百反隧道」(昭和40年代の完成と思われる)がある。、、、、この隧道は地上の線路下を掘り下げ、山手線の内側と外側を結んでいる。 車は内外を行き来できるが、歩行者は通行できない。 歩行者は少し品川寄りにとある「百反歩道橋」(跨線橋)を利用し、山手線の内外を行き来する。 チョイト不便で、おかしな形状のトンネルだ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・こちらが、「百反歩道橋」、、、、歩道橋の下は、湘南新宿ライン、りんかい線と山手線車両基地への分岐線が走る。 また、歩道橋の横には、新幹線、横須賀線の高架橋が並行している。 さらに、歩道橋の脇を山手線が走る。 鉄道ファンには泣きたくなるほど嬉しい位置にある。、、、、、しかし、嬉しかったのは10年程前までだ! 数年前に、歩道橋が架け替えられ、目線の位置にアクリル板が取り付けられてしまった。 くもりガラスを通して見ているようで写真は綺麗に撮れず、年寄りの老後の楽しみを奪われ、ガッカリ!
 
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・・・・・・・・・・・・・ものはついでに、歩道橋の西側に伸びる「百反通り」とは、、、、、品川区大崎4丁目から西品川3丁目までの道路の愛称名。 古くは「百段坂」と呼ばれる階段状の坂だったが、後に道路改修工事が行われ、荷車も通れるような坂道に改良された。 “段”が“反”に変わり、坂を貫く通りとして百反通りと呼ばれるようになった。 延長1100m。
 
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●昭和の匂いが残る町 ・・・・・・・・古き、良き時代の建物が残る、「西品川2丁目・3丁目」の町をブラブラ。
 
・・・・・・・・・・・・・東海道新幹線沿い(西品川3)を歩く。、、、、半世紀前の鋼鉄製の高架橋が続く。
 
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・・・・・・・・・・・・・・コリャ、懐かしい、砂利の裏道。 こういう裏道で、放課後になると5・6人で、ベー独楽、メンコ、缶蹴り、ビー玉などをして遊んだことを思い出すね! (西品川3)
 
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・・・・・・・・・・・・こちらは、ステキな蔵。 以前は質屋さんだったのか? (西品川3)
 
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・・・・・・・・・・・・・大正六年銘道標。 正面「オホヰ道」、右「オホサキテイシャバ道」、左「ヘビクボ道」と彫られている。 この道標は住宅地の裏通りにある、大正6年(1917)当時は、この裏道が道標に頼る野中の道であったそうだ。  (西品川3)、、、、、“テイシャバ”、いい響きだ、まさに“大正”!
 
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・・・・・・・・・・・・・私が小さかった頃は、あちらこちにあったような木造住宅。 今や、懐かしく思える建物だ!  (西品川2)
 
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・・・・・・・・・・・・・・チョイと広い道に出た。 この道は、アノ有名な「戸越銀座商店街」に通じる道だ! (西品川2)、、、、、商店街はまだ開いてないので、再び裏道を歩くことにした。
 
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・・・・・・・・・・・・・西品川の街は階段・坂の多い町。 上って、下りて、また上り。
 
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・・・・・・・・・・・・・坂の上には、元明天皇の時代和銅2年(709)藤原伊勢人の勧請に依り創建された貴船神社がある。、、、、歴史は古そうだが、社殿は戦後建て替えられた。 (西品川3)
 
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・・・・・・・・・・・・・・貴船神社境内には、文政11年(1828)銘の道標がある。 道標は品川宿の近くにあったものを移設した。 正面に「西めくろ」、左右に「左北品川 右南品川」と彫られている。 (西品川3)
 
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・・・・・・・・・・・・・神社の北側の裏道を歩くと、チョイト洋風の応接間らしき部屋のある住宅を発見! (西品川3)
 
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・・・・・・・・・・・・・・おなじ裏道に残る医院の建物。 医院は閉院し、建物は使用されてないようだ。 四角い連窓の窓、雰囲気あるね。、、、、、戦後、このような建物の医院が、あちらにも、こちらにも、先生は白衣の髭親爺。 細面、色白、美人の看護助手の奥さんは白の割烹着で、診察終わると、細い手で粉薬を調合し、小分けし、白い紙に折り包み、封筒に入れてくれた。、、、、最後は、『おだいじに』の一言。 これで、治った気分! (西品川3)
 
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・・・・・・・・・・・・・・西品川の町を行ったり来たり、こんどは庚申塔を発見。 「品川三丁目石造庚申供養塔」で、延享4年(1747)の造立。、、、、お堂は新しいようだ、どなたか建てたか知らんが、まだ、庚申信仰は続いているのかな? (西品川3)
 
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・・・・・・・・・・・・・細い細い裏通り、チャンと住宅の玄関もある。 玄関先の掃除も行き届いて綺麗だ! (西品川3)
 
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●店はまだ開店前! ・・・・・・・・・・・・・「戸越銀座商店街」に出てきた。 まだ、半分ほどの店はシャッターが下りている。 この商店街を歩き、国道1号(第二京浜)に出る。
 
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・・・・・・・・・・・・・国道1号の地下に都営浅草線の戸越駅がある。、、、戸越駅は、昭和43年(1968)11月15日都営1号線(現:浅草線)の駅として開業。 島式ホーム1面2線の地下駅。、、、、今日はここまで! 
 
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