« 城があった足立区 | トップページ | 消えた洲崎遊廓 »

2019年3月17日 (日)

お墓の玉突き

明日は彼岸の入り。 我が家の墓参りは、“西”の八王子と“東”の松戸の2箇所の霊園が必須。 今日はチョイと早いが、彼岸モードに切り替えて、“東”の墓参り。 
 
 
 
●飛行場が駅になった ・・・・・・・・・・・・“東”の墓は千葉県松戸市の南側、北総線の松飛台駅に近い都営八柱霊園である。 北総線が開通する以前、車を持たない我が家(浅草橋)では、浅草橋駅からJR総武線で西船橋まで行き、武蔵野線に乗換て八柱駅まで、駅からは霊園正門までが徒歩25分(1.5km)、霊園に着いてもバカでかい霊園で、正門から墓まで、これまた徒歩25分(1.5km)、途中で石屋に寄ったり、供物を買ったり、墓の前に着くとグッタリ。 墓まで行くのに片道2時間を要した。、、、、、平成3年(1991)に北総線の松飛台駅が開業すると、浅草橋から都営浅草線が京成線・北総線に乗り入れ、所要時間31分で到着。 松飛台駅は八柱霊園の裏門(正確には松飛台門)に至近で、駅から徒歩5分で墓前に到着。 超便利となった。、、、、北総線の運賃は高ことで有名だが、私にはこの便利さが“安い!”
 
・・・・・・・・・・・・・・北総線の松飛台駅(まつひだい)は平成3年(1991)3月31日に開業した、相対式ホーム2面2線の高架駅。 ホームの西側は松戸市、東側の一部が市川市に掛かる駅である。、、、、「松飛台」とは、現在の八柱霊園の南東側の一部と、霊園の東に隣接する町の町名である。 この町名は、かつてこの辺りに、松戸飛行場(逓信省中央航空機乗員養成所)があったことから名付けられたそうだ。
 
1903171245200
 
1903171343450
 
1903171248490
 
1903171252200
 
 
 
●千葉県にあって都営とは? ・・・・・・・・・・「都営八柱霊園」は、なぜ千葉県松戸市にあるのか? 最近、NHKで人気のおかっぱ頭の女の子に叱られそうな疑問である。、、、答えは、、、、、明治になって、従来、江戸であった域内で埋葬が禁止となった。 そこで埋葬地が定められ、青山、谷中、染井、雑司が谷の墓地が定められたが、大正期には人口増加によって、四ヶ所の埋葬地も余裕が無くなってきた。 そこで、郊外に新しい市営墓地を作ることが計画された。 大正10年(1921)に西に多磨墓地が完成、昭和10年(1935)に東に八柱霊園が完成した。 昭和23年(1948)には北の小平霊園も完成した。 東の霊園用地を決めるにあたっては、当時東京府内東部には広大な用地が見つからず、千葉県東葛飾郡八柱村の田中新田に用地を求めたそうだ。(この時、鎌ケ谷村にも候補地があった)、、、、、八柱霊園は広さ105万㎡、23区内最大の青山霊園が26万㎡だからざっと4倍の広さ。 東京ドーム20個分のひろさである。(都営霊園の最大は多磨霊園130万㎡)だそうです。、、、、、見渡す限り、墓・墓・墓の霊園。 大人でも迷子になって、野垂れ死にしそうだ。
 
1903171309060
 
 
・・・・・・・・・・・・【余談】 松戸市の市営霊園は土地がなかったため、昭和63年(1988)に隣の白井市に開園した。 白井市の公営墓地は印西市の印西霊園にもあるそうだ。 お墓の玉突き!

« 城があった足立区 | トップページ | 消えた洲崎遊廓 »

千葉県」カテゴリの記事

散歩は休み」カテゴリの記事

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: お墓の玉突き:

« 城があった足立区 | トップページ | 消えた洲崎遊廓 »