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2019年4月

2019年4月28日 (日)

静かな町を歩く

暇な日は雨が降り、天気が良いと病院へ行く日で、散歩の機会が遠退いていた。 今日は天気も良く暇な日で、京成本線高砂駅から常磐線金町駅に出て、金町駅周辺をブラブラ。 1万2千歩。




●たまには静かな町 ・・・・・京成本線高砂駅からなんとなく北の方向に歩いてみる。 ゴールデンウィークの始まりで、成田空港行の電車は大きなキャッリーバックを持った旅行客で混んでいた。 しかし、一般の乗降客は少なく、通勤する人も少ない、駅周辺の商店は休み、踏切で待つ人もいない、静かな町に変わった。、、、、謡曲『高砂や この浦船に帆をかけて シュラシュシュシュ まわれば 四国は讃州・・・・アレ???』

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●高砂の昭和レトロ ・・・・・特徴的な縦長の窓とドアは、きっと理髪店だったと思われる。 玄関先の小部屋の外壁は下見板張りで洋風の造り。 和風の下見板張りは下町の懐かしい住宅。

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●新しい社殿の古社 ・・・・・高砂の町から柴又2丁目の町に入ると古録天神社がある。 古録天神社の創建年代は不詳だが、かつては第六天社と称した古社で、明治維新後古録天神社と改号した。 主祭神惶根尊、相殿に菅原道真公、宇迦之魂神を加え、三柱の神を御祭神とする。 社殿は建立されてから130年以上経過したので、平成15年(2003)に木造流れ造りに建て替えられた。

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●車も人も見えない ・・・・・帝釈天のある柴又7丁目とは、京成金町線を挟んで反対側にある柴又2丁目、金町2丁目も静かなゴールデンウィークをむかえている。 走る車もなく、人影も見えない、道端のツツジを見ながら金町駅に向かう。

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●裏通りの飲み屋も休みか? ・・・・国道6号(水戸街道)を横断し、『買う街 飲む町 食べる街』の旗がなびく金町栄通り商店街を抜けると、京成金町駅・JR金町駅南口に出る。 金町駅南口から改札通路を通り北口へ出て、チョイト北口付近をブラブラすることにした。

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●水戸徳川家の祈願所 ・・・・・金町駅の北東500m程に、真言宗豊山派の金蓮院がある。 法護山金剛寺と号す。 永正年間(1504~1520)の創建で、旧門末30余ヵ寺をもった本寺格の寺院で、天正19年(1591)には徳川家から10石の御朱印を拝領した。、、、、本堂左に、宝永7年(1710)に二十六夜待講中の人々が、二世安楽を願って建てた藍染明王の石像がある。 彫のハッキリとした見ごたえある石像だ。 二十六夜待とは、特定の月の26日の夜に人々が寄り合い、飲食などをしながら月の出を待ち、五穀豊穣、商売繁盛などを願うこと。(呑み会の理由づけに、二十六夜待を利用したのかも?)

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●駅前で超便利 ・・・・・JR金町駅北口の正面に建つ公団の15階建ての高層住宅。 昭和43年(1968)に竣工、4棟1417戸からなり、かなり広い敷地をユッタリと利用した団地である。、、、、駅前で土地に余裕あり、しかも建物は築50年、そろそろ建て替えかな?

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◆◆◆・・・・・プロバイダーniftyが提供する、ブログ作成ソフトに障害があり、直るまでには、まだ当分時間がかかりそうです。 その障害に起因して、本来ならば一週間単位で作成されるはずのバックナンバーが一ヶ月単位で作成されてます。 また、文字の大きさなどもバラバラで表示されているようです。 しばらくの間、ご容赦願います。  (雅万歩)

2019年4月22日 (月)

母乳を出した観音様

東武伊勢崎線竹ノ塚駅から西に向かって歩き、日暮里舎人ライナー谷在家駅まで、1万1千歩の散歩です。




●カッコイイ、ステキな駅員さん ・・・・・・・・・・・・・竹ノ塚駅は伊勢崎線が開業した明治32年(1899)8月27日から約7ヶ月後にあたる明治33年(1900)3月21日に開業。 開業から100年超経過し、線路は複々線となり運行本数は大きく増加し、“開かずの踏切”が社会問題となる。 平成24年(2012)高架化工事の起工式が行われ、2022年3月の完成を目指し、“開かずの踏切”解消に着手する。 工事は4工区に分割され只今最盛期。、、、、現場で働く人を見ると、“カッコイイね!”。 自分ももう一度現場に出てみたくなるが、腰痛の自分にはもう無理! 

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●ここにもあった千葉氏の墓 ・・・・・・寿福山長勝寺足立区伊興3丁目にある日蓮宗の寺。万治2年(1659)の創建である。 開基はこの地で代々名主を務めた旧家宮城清左衛門吉重。 清左衛門の子孫は代々名主を務めた。 瓦葺き総檜造りの本堂、樹木が生い茂る境内、ワンポイントに大きな松、画になるような寺。、、、、境内には、中世から戦国時代にかけて南関東に勇名を馳せた千葉次郎勝胤の墓(供養塔と云う説もある)がある。 千葉氏は、各地で栄えたが、江戸に太田道灌が伸してくると道灌に従い、その死後は小田原北条氏に従った。 勝胤は文明3年(1471)に生まれ、天文2年(1533)に63歳で歿してい。、、、、千葉氏の墓、供養塔などは、千葉県はもとより、葛飾区、足立区、江戸川区などに多く点在し、チョイトややっこしいね!

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●飲み過ぎて、初午止めた ・・・・・伊興3丁目の小さな稲荷神社は苗間戸稲荷神社(なえまどいなりじんじゃ)。 戦後まで、稲荷講があり、初午の日には講中の家に集まって酒を飲んだりしたそうだ。 あまり金が掛かるので止めて、現在は町会で継承しているそうだ。、、、、飲み食いに思わぬ出費、よくあること! 会社、家庭を潰すことも、狐の祟りか?

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●乳で父も育てたの? ・・・・・伊興4丁目に、真言宗豊山派の寶光山実相院横沼寺がある。 実相院は、天平年間行基菩薩による開山といわれている。 西新井薬師総持寺の末寺。 本尊の聖観世音菩薩は、6尺3寸(約1.9m)の立派な像で、古くから子育て観音として信仰をあつめているそうだ。、、、、子育て観音の由来は、母乳の不足に悩むお母さんが、御供米を戴き皆御利益を賜ったそうだ。 乳が出すぎたら、お父さんにも御裾分け(?)、、、、現本堂は文永年間(1264~1274、鎌倉時代)の建築で、明治時代に修繕された。

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●質素な神社 ・・・・・・広い境内に、質素な社殿、境内社は古禄(第六天)神社・天満宮・三峯神社が移築されている。 ここは、伊興2丁目の若宮八幡宮。 祭神は誉田別尊(応神天皇)。 終戦後ぐらいまでは、ズシと呼ばれる制度で、氏子の年番が中心となって行事を担当していたが、現在では町会の神社部で祭などの行事を執行している。、、、、昔からの習わしを維持することに、難しさがあるようだ。

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●余裕のゲートボール女場 ・・・・・・八重桜の咲く諏訪木西公園。 西新井4丁目にある公園で、サッカーができるほど広い広場がある一方で、森林浴ができるほどの樹木もある。 7人程のお年寄りがゲートボールで広場を占有。

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●ライナーの駅は皆同じ! ・・・・・谷在家駅は平成20年(2008)3月30日に開業した、日暮里舎人ライナーの駅。 島式ホーム1面2線を有する高架駅。 日暮里舎人ライナーの駅は、どれもこれも同じデザインで面白くないね! これで駅名まで同じだったら、どうする?

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2019年4月20日 (土)

馬に縁ある県道180号

北総線秋山駅から県道180号松戸原木線をひたすら歩き中山競馬場に至る。 競馬場から長~い地下道を抜け武蔵野線船橋法典駅まで、1万4千歩の散歩です。




●千客万来を祈願しよう! ・・・・・・平成3年(1991)3月31日 北総線の京成高砂~新鎌ヶ谷間(12.7km)開業のとき、同時に秋山駅は開業した。 相対式ホーム2面2線、掘割に造られた半地下駅である。、、、、ホームの上にある駅前ロータリーに出ても、コンビニの一軒すらもない寂しい駅。 日本橋まで乗り換えなしで、所要32分の都心近郊の駅としては、一日当たりの乗降客は約6900人は少ないね。

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●パッカパッカ歩いた馬街道 ・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・秋山駅の南250m程に、県道180号松戸原木線が通っている。 今日の散歩は、この道を南(船橋方面)へ歩くことにした。、、、、散歩にこの道を選んだ特段の理由はなく、単に秋山駅で下車し、『どっち行こうか?』、『考えるの面倒だから、この県道を歩いてみよう!』、ただそれだけ。

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・・・・・・・・・・・・・・県道180号沿い、松戸市高塚新田の一画に小さな「日露軍馬観世(音?)」(明治38年銘)の碑があった。、、、、 まだ戦場には自動車のない時代、軍馬が徴発され活躍した。 東葛飾郡(現:市川、松戸、野田、浦安、流山、船橋、柏、鎌ケ谷の各市)で徴発された馬は、飼育されていた馬の2割程度(約1000頭)になるらしい。 軍馬は終戦となっても、帰ってくることはなく死んでいったそうだ。 この碑は、愛おしいめんこい仔馬(?)を供養したものか?

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・・・・・・・・・・・・・・県道に面し緑に覆われた高塚八幡神社の参道がある。 県道は交通量も多いが、奥まった境内は別空間だ。、、、、平安時代からこの地は小金牧という馬の放牧地で、 高塚八幡神社は源義経が木曽義仲を追討した宇治川の合戦で活躍した、小金牧地産の名馬「生月(いけずき)」が眠る塚の上に祀られ、「高塚」の謂れともなっている。、、、、またまた、“馬”がらみの話題となった。

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・・・・・・・・・・・・・・県道の右手(西側)にURの「梨香台団地」が見える。 昭和50年(1975)に完成した11階建て、10棟、960戸の団地である。、、、、団地名、地元産のナシが香る台地で“梨香台”(りこうだい)とはいいね! 馬鹿じゃないよ、利口だい!

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・・・・・・・・・・・・・・高塚新田の付近は梨の産地。 県道沿いに“もぎとり”の看板が並ぶ。 残念だが、“タダで、もぎとり”の看板は見あたらない!
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・・・・・・・・・・・・・・農家の庭に見事なフジの木を見つけた。 樹齢は何百年ではなく、何十年だそうだ。 大きく枝を広げ彩鮮やかに咲き、御立派!、、、、電柱に枝を絡め、巻き付く姿、想像を掻き立て、たまらなく色っぽい!

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・・・・・・・・・・・・・・県道180号松戸原木線の一部は、昭和43年(1968)から平成12年(2000)まで有料道路「市川松戸有料道路」だった。  その名残か、松戸市高田新田と市川市大野町のさかい付近では、陸橋に歩道がないので、下の道を歩くことにした。 陸橋が平坦な道となり一般道化したあたりで、旧有料道路に入ってしまった、こんどは切通しとなりここも歩道がない。 歩いてる人はいない自転車も通らない、あっヤバイ! こんなところで轢かれて御陀仏になるには、まだ早い! 念仏を唱えひたすら歩くと、オ~、ラブホテルが見えた、どうやら俗界に戻ったようだ。、、、、旧有料道路はこの先、中山競馬場正門付近まで続いていたそうだ。 現在は市川市南大野から一般道路と変わらずの形態となり、歩道もある。 

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・・・・・・・・・・・・・・市川市北方町に入ると、かわいらしいオシャレな外観の建物が目に入る。 喫茶店か、レストランか、ケーキ屋さんか、チョイト覗いてみようか? アレ、どなたもいない、ユリの花がイッパイ。 皇室御用達のユリの花の専門店だった。

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・・・・・・・・・・・・・・中山競馬場正門脇の北方十字路交差点に到着。 ここまで来たら馬の御縁で、競馬場をチョイト拝見しよう!

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●胴元は金持ちだ! ・・・・・・中山競馬のは、大正9年(1920)に松戸競馬倶楽部が松戸競馬場から移転し、中山競馬倶楽部と称したのが始まり。 その後、中山競馬倶楽部は昭和12年(1937)に日本競馬会(現:日本中央競馬会)へ統合し、中山競馬場となる。、、、、黙っていても儲かる、ギャンブルの胴元だ! 建物は大きく、トイレも綺麗、まして案内嬢は若くてピチピチ、可愛くてキラキラ、これじゃあ胴元はヤメラレナイ。

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・・・・・・・・・・・・・・競馬場から最寄り駅JR船橋法典駅改札までは、JRAの専用地下道でつながっている。 さすがに、胴元の儲けで造ったと思われる、約1kmの長い地下道である。、、、、都心の地下道、高架下もこのぐらい明るく綺麗にしたら犯罪が減ると思われる。

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●ギャンブル・ツアーに行ってみては? ・・・・・・船橋法典駅は昭和53年(1978)に国鉄の武蔵野線の駅として開業。 1面2線の島式ホームは掘割の下にあり、駅舎は掘割の上に在る。、、、、武蔵野線沿線は、府中本町駅の東京競馬と多摩川競艇、新秋津からチョイト遠い西武園競輪、武蔵浦和と南浦和から足をのばして戸田ボートと川口オート、南浦和では浦和競馬、船橋法典は中山競馬、南船橋は船橋競馬。 10連休のお薦めは、お子様連れで武蔵野線のギャンブル・ツアーはいかが? 小さいお子さんには馬券・舟券・車券集めのイベントなんかもあるかも?

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2019年4月18日 (木)

草加八潮

散歩日和の空の下、家を出たが行く先のあてはなし、とりあえず敬老パスで乗れる都営浅草線の浅草橋駅ホーム立つと、ちょうど北総線印旛日本医大行が来た。 迷わず乗って、車中で何処で降りようか迷う。 押上駅に到着、時間調整で電車が停まっている間に、気分が変わり東武伊勢崎線に乗りかえることにした。 伊勢崎線の南栗橋行急行に乗る、停車駅は曳舟・北千住・西新井・草加・越谷とつづく。 またまた、『どこで降りようか?』、行くへ定まらず。 我が家を出てから30分を超えたので、迷いながら草加で降りた。 駅前で地図を見て、近そうなつくばエキスプレス八潮駅まで歩くことにした。 1万2千歩の散歩です。




●せんべいの町、ソゥカ~ ・・・・・明治32年(1899)に開業した古参の駅。 浅草橋の我が家から約40分で草加駅前に立つことができる、意外と近い埼玉県である。、、、、、駅前(東口)には、マルイとイトーヨーカドーが空中廊下で結ばれ店を構えている。 駅前のシンボルか?、、、、、草加と云えば「草加せんべい」。 その草加には、「ミス草加せんべい」がいるそうだ。 2名の若い女性で、写真を拝見すると可愛い! また、草加せんべいの歌もある。 あの「チェリッシュ」が歌う「まるい しあわせ」という歌で、♪♪ まるく まる まる まる ♪♪のフレーズが繰り返し流れてくる楽しい歌。

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●松原智恵子をおもいだした ・・・・・・・・・・草加駅前から東にのびるメイン道路があるが、その南側に並行する旧道がある。 道端の道標、子育地蔵尊、大師像が迎えてくれる。 チョイト、松原智恵子が歌を歌いながら橋を渡って来るような、昭和40年代の日活青春映画のワンシーンに出てきそうなコンクリート製欄干を懐かしく感じる手代橋(てしろばし)。 綾瀬川に架かる。

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●かまどの匂い、いいね! ・・・・・・・綾瀬川を越えると八潮市。 川からチョイト裏道に入ると、以前来たことのある「八潮市立資料館」がある。 どこにもある郷土の歴史を語る資料館で、立派な建物だ。 今日もチョイト拝見!、、、、、無料は安い、感無量!

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・・・・・・・・・・・・・・・資料館の敷地内に移設された「旧藤波家住宅」も拝見。 藤波家は埼玉郡八條領後谷村の開発名主であった。 その主屋は明治9年(1876)の建築で、当時としては珍しい瓦葺き屋根の民家である。、、、、、建物を保存するため、今でも“かまど”で火を起こしているそうだ。 懐かしい、藁や薪を燃やし燻した匂いがする! 餅でも焼いてご馳走してくれると、なお嬉しいのだが!
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●駅に向かってスタコラサッサ! ・・・・・・・・・・・・・・・・・つくばエキスプレス八潮駅に向かい、ひたすら歩く!

・・・・・・・・・・・・・・・空の青、草木の緑、鮮やかな彩り。

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・・・・・・・・・・・・・・・羽生市の利根川から始まり、埼玉県を久喜・春日部・草加・八潮と縦断し、東京都亀有へ流れる葛西用水。 江戸時代に開削された25kmの用水路である。

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・・・・・・・・・・・・・・・葛西用水沿いにある八幡図書館(八潮市中央3)の敷地に「八幡村道路元標」がある。 この地(旧南埼玉郡八幡村)は、上馬場村、中馬場村、大原村、大曽根村、浮塚村、西袋村、柳之宮村、南後谷村の8村が合併して、明治22年(1889)に誕生した旧八幡村役場の跡地だった。 道路元標は、大正8年(1919)に公布された道路法施行令にて、市町村単位での道路の起点・終点および町村の位置を示す指標として、道路元標の設置が義務付けられていた。(現在は、道路元標の設置・保守義務はない) 

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・・・・・・・・・・・・・・・八幡図書館の東隣にある中馬場諏訪神社。 創建年代不詳だが、延徳3年(1491)に当地の鎮守として祀られた。 さらに、古くから安産守護の神として信仰されたそうだ。 明治時代までは、境内の一角に「屋形」と呼ばれる小屋があり、ここで妊婦が出産していたといわれている。 お産婆さんの時代の話かな、今の人には嫌がられそうなお産だね! 

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・・・・・・・・・・・・・・・無事、八潮駅到着!

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2019年4月16日 (火)

嶺の御嶽山はナンジャラホイ

久しぶりに東急池上線の御嶽山駅に行ってみたくなった。 今日の散歩は蒲田から池上線に乗り御嶽山駅で下車し、都営浅草線の西馬込駅までの1万歩。


●富士山が見える御嶽山 ・・・・・・・・23区中最も面積の広い大田区にあって、その西側で東海道新幹線と池上線が交差する位置に御嶽山駅(おんたけさんえき)がある。 駅は大正12年(1923)5月に、池上電気鉄道御嶽山前駅として開業した。 相対式ホーム2面2線の地上駅。、、、、、駅名の「御嶽山」とは山の名前ではなく、駅の近くにある「御嶽神社」のこと。 ならば、駅名を“御嶽さん”にしたほうがいいね。

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・・・・・・・・・・・・・・御嶽山駅の改札は上りホームと下りホーム、それぞれ別に設置されている。 改札内に入ると、ホーム間の移動はできない。 トイレは五反田方面行ホームにしかないため、蒲田方面行ホームで“行きたくなったら”大変なことになる、『男は我慢、女は愛嬌』でごまかすか!

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・・・・・・・・・・・・・・五反田方面行ホームは中央が狭く1m程の幅。 電車が来ると、『黄色い線の内側までお下がりください』、『壁にぶつかりました!』

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・・・・・・・・・・・・・・ホームの蒲田寄りの端には金網がはられている。 金網の隙間からホームの真下に、掘割内を走る東海道新幹線、横須賀線、湘南新宿ラインを見ることができる。 ナント、御嶽山から富士山が見える!

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●嶺の御嶽神社 ・・・・・御嶽山駅まで来たら駅の北に鎮座する「御嶽神社」に御挨拶。 御嶽神社の創祀は、嶺村(現在地の旧村名)ができた天文4年(1535)頃と云われている。 当時は小社で、祠に近いものであったそうだ。 天保年間(1830~1844、江戸時代後期)に木曾御嶽山で修業した一山行者(いっさんぎょうじゃ、相模国津久井村出身の僧)が来社して、神のお告げを聞き、ここに木曾御嶽神社の分社を祀った。 以来信者が激増し、天保2年(1831)に現在の大きな社殿を建立し御霊を遷座した。 信者の中には江戸の豪商なども多くあり、かなりの寄進がされたようだ。 関東一円から木曾御嶽山を信仰する信者たちが多数訪れ、その勢いは江戸、明治、大正、昭和へと続く。 「嶺の御嶽神社に三度参拝すれば、木曾御嶽山へ一回行ったのと同じ」と言われているそうだ。

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・・・・・・・・・・・・・・社殿は天保二年(1831)の建築で、周囲の木彫も同時代に、藤原篤意(とくおき)によって制作された。本殿の背面、側面には浦島太郎・養老の滝・司馬温公甕割り・など和漢の物語、故事に因んだ彫刻が施され、柱間/縦約160cm、横約130cmの刻面を有する。、、、、、彫が深く細かな表現の見事な社殿彫刻である。 できれば、艶っぽい女性が彫られていると、もっと注目されると思うね。

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・・・・・・・・・・・・・・・境内には明治時代に建てられた、木造鉄板葺、切妻造りの水行堂がある。 御嶽神社の信徒が水行をするための建物である。 花頭窓など仏教的様式が取り入れられ神社としては興味ある建築様式だ。 

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●注連飾りをかけた狛犬 ・・・・・・御嶽山駅から東へ、久が原の住宅地を歩き、久が原1丁目の「道々橋八幡神社」(どどばしはちまんじんじゃ)に出た。 神社の創建年代等は不詳ながら正保年間(1644~1647)に創建、道々橋村の鎮守社だった。 現在の社殿は昭和35年(1960)の建造。

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●坂を上って下りて息切らし ・・・・・・道々橋八幡神社から、久根橋を渡り呑川を越える。 仲池上の住宅地では坂を上り、西馬込では坂を下り、息は切れハアハア、ゼイゼイ。 可愛い娘を見ると、ピタリと息は止まる、アラ不思議? そんなこんなで西馬込駅到着!
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2019年4月15日 (月)

十三仏の寺

西武新宿線鷺ノ宮駅で下車し、中野区白鷺1丁目の町を重点に歩いてきた。 帰りは高円寺駅から帰宅。 1万歩。




●見つめ合えないホーム ・・・・・・鷺ノ宮駅(さぎのみやえき)は、昭和2年(1927)4月16日に西武村山線(現:西武新宿線)高田馬場~東村山間の開業と同時にできた駅。 ホームは地上で、上りが片面ホーム、下りが島式ホームの変則2面3線構造である。 改札口は1ヶ所で橋上駅舎内にある。、、、、、この駅では、上り線が外側にあるため、乗客の多くは下り線ホームに背を向けている。 互いのホームで見つめ合い、恋が芽生えることもなさそうだ!

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・・・・・・・・・・・・・・・駅の脇の踏切りは、いつまでも開かず、ストレス溜まる、イライラ!、、、、、誰が、遮断機を切断するのか、チョイト興味津々!

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●交通安全を願う地蔵尊 ・・・・・・・鷺ノ宮駅の踏切脇(中杉通りに面し)、小さな堂があり中には交通安全厄除地蔵尊が祀られている。 この地蔵尊は、日本で最初の交通の地蔵尊で昭和12年(1937)に建立されたそうだ。、、、、、地蔵尊の脇には、数体の石仏と庚申塔などが建っている。これらは近くに流れる妙正寺川を改修した時に近隣から集められたそうだ。、、、、、一般歩行者向け標語 「危ないよ スマホじゃなくて 周り見て」、助平親爺向け標語 「危ないよ 若い娘じゃなくて 周り見て」

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・地蔵堂の奥に妙正寺川改修記念塔がある。 かつては、のどかな小川だった妙正寺川は鉄道の開通により、市街地化による氾濫・沿岸住民の浸水被害などが甚大となった。 改修工事を待ち望んでいた沿岸住民の願いが達成された、昭和43年(1968)の工事完工を記念してここに塔が建てられた。、、、、、前時代的なデザインの記念塔だ!

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●いろいろな石仏が居ます! ・・・・・・鷺ノ宮駅の南側小高い処に、真言宗豊山派寺院の福蔵院がある。 白鷺山正幡寺と号す。 本尊は不動明王の坐像。福蔵院は、僧頼珍が大永元年(1521)に創建したと言われてる。 江戸時代には、隣接する鷺宮八幡神社の別当寺を務めていた。、、、、、大寺院ではないが境内は広く緑も多く、気持ちの和らぐ寺である。、、、、、地名の「白鷺(しらさぎ)」は鷺宮八幡神社とは関係なく、当福蔵院の山号「白鷺山(はくろさん)」から来ている。 昭和7年(1932)住居表示変更の時、住民等は〝南鷺宮〟など〝鷺〟か〝宮〟かの字を残したいと考えていたところ、偶然福蔵院の山号に気づいた者がいて「しらさぎ」と読み替えて採用したそうだ。

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・・・・・・・・・・・・・・・・山門の脇に十三仏が並んでいる。、、、、、案内板の説明によると、、、これは、不動明王(初七日)、釈迦如来(二七日)、文殊菩薩(三七日)、普賢菩薩(四七日)、地蔵菩薩(五七日)、弥勒菩薩(六七日)、薬師如来(七七日)、観世音菩薩(百箇日)、勢至菩薩(一周忌)、阿弥陀如来(三回忌)、阿閦如来(七回忌)、大日如来(十三回忌)、虚空蔵菩薩(三十三回忌)のことである。 この13の仏菩薩は、死後の忌日を司るもので、冥界で生前の審判を受ける死者の救済を願って祀られた。 このように自他の供養が纏めて修められることから、室町時代以降、民間で広く信仰された。 銘によれば8体は、寛文6年(1666)の大日如来像を最古として、貞享2年(1685)の普賢菩薩像に至る19年間に造立された。残る5体は破損したものと見られ、現存するものは100余年後の寛政8年(1796)に真言講中の27人によって再建されたものだ、このように13体揃った石像は都内でも珍しく、他の石仏と同様、江戸時代後期の日常生活に深く根付いていた庶民信仰の現れといえる。、、、、、私も手を合わせてきた。 

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・・・・・・・・・・・・・・・福蔵院本堂の裏側にも参道らしき道がある。 その途中、崖地に穴を掘られた石室があり、2体の不動尊が安置されている。 「垢離不動尊」と書かれている。 垢離は“こり”と読み、“水ごり”の“こり”で、神仏に祈願する前に海水や冷水を浴びて心身の穢れを落とし清めること。、、、、、チョイト赤く塗られたお不動さん。 剣を持つ右手が重く、肩こりか?

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・・・・・・・・・・・・・・・福蔵院山門の向かいの側に小堂がある、ここには「こぶとり地蔵」が祀られている。 最近は瘤(こぶ)のある人を見る機会は減ったようだが、私の幼い頃(終後)には顔に瘤のある人が結構いたように記憶している。 昔は衛生観念も悪く、いい薬もない、医療も進んでいないなどで、いろんな病気に罹っても、治す機会も少なく、そのままにして瘤となってしまったようだ。 そんな時代に、最高の治療は神頼みだった。 各地に残る「瘤取り地蔵」の一つ。、、、、、現在の「こぶとり地蔵」は「小太り地蔵」と書いて、「ライザップ」と読むのかも? 菊池亜美の進化を見たら、効果あり! 森永卓郎の失敗見たら、ヤッパリね!

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●本当に、鷺はいたのか? ・・・・・・福蔵院(旧別当寺)西隣に鷺宮八幡神社がある。 康平7年(1064=鎌倉時代)、源頼が東国征伐の後、鎌倉街道に面した当地に源氏の隆昌を祈願して創建したと伝えられている。 この地には鷺が多く生息していたことから、鷺宮八幡、鷺宮大明神と称された。 現在の本殿・幣殿・拝殿は昭和35年(1960)に改築。、、、、、この付近は老樹林の鬱蒼とした森で、神社はその中に鎮座していたそうだ。 昔は電車も走っておらず、この辺りはド田舎だったと思われる。

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●重文に指定したいね! ・・・・・鷺宮八幡神社から南へ500m程歩くと、屋根が“へ”の字型になっている2階建て集合住宅が並ぶ、「鷺の宮住宅」がある。 ここの建物は、「テラスハウス」(境界壁を共有する複数の戸建て住宅が連続している形式の低層集合住宅)と呼ばれ、7棟(20戸)が並んでいる。 このテラスハウスは、東京文化会館などを手掛けた建築家:前川國男(1905~1986)の設計で、昭和33年(1958)に建てられた貴重な建築だ。 建設時は公団の住宅であったが、現在は企業・民間に譲渡され、寮・住宅となっている。 そのため、北側(玄関側)は建築時の姿を残してはいるが、南側(庭側)には部屋を増築した棟が多く、南面は雑然とした景観となっている。 チョイト残念だ!、、、、、テラスハウスとして有名だった杉並区成田東の公団阿佐ヶ谷住宅の350戸は数年前に取り壊されので、現存するここ「鷺の宮住宅」はより貴重なものとなった。 私が文科大臣なら、取り壊されないうちに、重要文化財に指定するのだが、ますます残念!

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●シンデレラ親爺 ・・・・・白鷺の町を歩きすぎた! 帰宅時間が近づき、シンデレラ親爺は、急ぎ足でハアハア息切らし、食欲旺盛でペコペコ腹空かし、高円寺駅に向かう!

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2019年4月13日 (土)

両陛下の仮住まい

都営浅草線泉岳寺駅から、四十七士のお墓、両陛下の仮住まい、アメリカ公使のお宿、赤い靴の女の子を見て、麻布十番駅まで、夫婦で散歩。




●ホーム幅を倍にする ・・・・・泉岳寺駅は昭和43年(1968)6月21日に1号線(現:浅草線)の終着駅として開業、同時に京浜急行の駅も開業し、京急と相互乗り入れを開始する。 同年11月15日に泉岳寺~西馬込駅間が開業し中間駅となる。 現在は島式ホーム2面4線の地下駅である。、、、、、JR東日本田町車両センター跡地の再開発で、最寄り駅となる当駅では乗降客の増加が見込まれ、現在のホーム幅員5mでは狭隘なため、倍の約10mにする拡幅工事が行われる予定である。 拡幅用地として国道15号(第一京浜)東側の民有地を買収して再開発ビルを建設し、その地下を活用する計画らしい。 拡幅用地と思われる国道15号の東側は駐車場と更地になっていた。 2024年度の供用を目指しそろそろ着工か?

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●四十七士+後家一人 ・・・・・御存じ、忠臣蔵の四十七士が眠る泉岳寺。、、、、、松の廊下の刃傷は、旧暦の元禄14年3月14日(1701年4月21日)、桜の散る頃であった。 今日も桜が散っていた。 妻は47人の墓に、私は浅野長矩の妻:阿久里(瑤泉院)の墓に、丁寧に手を合わす。 何か良いことないかな~~?

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・・・・・・・・・・・・・・・墓参の後は、泉岳寺と高輪学園の間の裏道を歩き、両陛下の仮住まいに向かう。 

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●両陛下の仮住まい ・・・・・・天皇陛下の譲位後、上皇・上皇后となられる両陛下は、新天皇・皇后に先立ち御所を離れ、改修された高輪皇族邸(旧高松宮邸)で仮住まいされるそうだ。 仮住まいと云えども、上皇・上皇后のお住まいである、四畳半一間とは行かぬ。 チョイト下見してチェックしてあげよう。、、、、、正門は閉じられ、塀のいたる所に監視カメラ、赤外線センサーが設置され、入ることも覗くことも出来ない、これなら十分警護できそうだ、安心・安心!

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●スタコラ・サッサ! ・・・・・・高輪皇族邸からを下り、綺麗に芝桜が咲く魚籃坂下交差点に出る。 南麻布を抜けると仙台坂。 坂の途中に韓国大使館があり、周辺にはお巡りさんの姿がアッチにも、コッチにも、やましい身ではないが早く通り抜けよう! 竜宮城のような元麻布の専光寺(浄土真宗本願寺派)の前をとおり善福寺に向かう。

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●ハリスが寝泊まりし、コーちゃんが成仏する寺 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・元麻布の古刹、浄土真宗本願寺派の麻布山善福寺は、天長元年(824)に空海によって開山する。 江戸時代の本堂は昭和20年(1945)に戦災で罹災し、昭和36年(1961)に東本願寺八尾別院大信寺の本堂を移築して、再建した。 移築した本堂は正面幅約28m、奥行約34m、入母屋屋根、桟瓦葺の、大きな建物で、明和4年(1767)の建築。、、、、、戦災で焼けた本堂は、日米修好通商条約を安政5年(1858)に締結した総領事ハリスが、公使になってから宿館として使用した。 これを記念する碑が境内に建てられている。

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・・・・・・・・・・・・・・・墓地には、「愛の賛歌」の歌詞が刻まれた越路吹雪の碑(墓は川崎市の本遠寺)がある。 中高年はおそらく、シャンソン歌手と言えば、越路吹雪、淡谷のり子、石井好子、岸洋子などを思い出すが、最近のシャンソン歌手は誰だ?名前が出ないね!

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赤い靴の女の子・・・・・野口雨情:作詞 ♪♪赤い靴 はいてた 女の子 異人さんに つれられて 行っちゃった♪♪ の実在のモデル「きみちゃん」の像が、麻布十番の商店街にある。、、、、、「きみちゃん」は、未婚の母の子として明治35年(1902)に生まれた。 3歳の時、母と共に北海道に入植したが、子供には厳しい環境であったため、母はきみちゃんを米国人宣教師に託した。 宣教師が帰国するとき、きみちゃんは結核を患い、船旅ができず麻布十番の鳥居坂教会の孤児院に預けられた。 その後、3年間の闘病生活の末、9歳という短い生涯を終えた。 北海道の母はきみちゃんが異国に行き、幸せな生活をしてると思い、知り合いの野口雨情に娘の話をした。 話に感動した雨情は、詩に綴り、童謡とした。 また、きみちゃんの死を知らず、母は昭和23年(1948)に他界した。 きみちゃんの真相が明らかになったのは、昭和48年(1973)北海道テレビの記者であった菊池寛によるものだ。 きみちゃんのいた孤児院は、現在の十番稲荷神社がある場所にあった。 きみちゃんの墓は青山霊園にある。、、、、、我が妻は感動し、世界のめぐまれない子にユニセフ募金してきた。 できれば、めぐまれない夫にも、ぜひ募金を!

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・・・・・・・・・・・・・・・・・鳥居坂下近くの麻布十番駅出入口に隣り合わせで十番稲荷神社がある。 きみちゃんがいた孤児院の場所である。、、、、、神社は、慶長年間(1597~1616)に創建の末広神社と、弘仁13年(822)に創建の竹長稲荷神社が、戦後、合併して十番稲荷神社となった。

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●年寄りには上り下りが辛い! ・・・・・麻布十番駅は東京メトロ南北線と都営大江戸線が乗り入れる接続駅。 平成12年(2000)に南北線の目黒~溜池山王間が開通し、同時に駅も開業する。 同じ年の12月には大江戸線も全線開業した。、、、、、大江戸線の改札は地下4階、ホーム(島式1面2線)は地下6階の深い位置にある。 地上からの下りは良いよい、上りは辛い、わしは手足しびれてよいよい。

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2019年4月12日 (金)

暴れん坊将軍の御膳所

3月19日に「雅万歩」を作成・掲載・管理する、ブログ作成ツール「ココログ」(ニフティー提供)が更新されました。 以来、「ココログ」に大量のトラブルが発生し、提供元では今だソフトの修正が完了しておりません。 「雅万歩」も投稿しにくい状態が続いております。 これまでと同じような表示に戻るまでには、まだ相当の時間を要すると思います。、、、、、しばらく、我慢してください。

今日の散歩は、西武池袋線桜台駅で下車し、練馬区豊玉北をぶらついて、中野区江古田3丁目まで歩いてきた。 1万歩。




●桜並木が地名になった ・・・・・・70余年の東京暮らしで私がこれまで一度も下車したことのない駅が桜台駅である。 今日は駅名の“桜”に魅せられ、下車して見た。、、、、、桜台駅は、昭和11年(1936)7月10日1936に武蔵野鉄道武蔵野線の駅として開業。 昭和20年(1945)に戦時中につき営業を休止する。 昭和23年(1948)4月1日営業再開。 現在は、島式ホーム1面2線を有する高架駅。 駅は住宅街の中に無理矢理・強引に造ったような駅で、駅前広場はなく、広い道路に面しているわけでもない。 “表通りから裏道に入ると駅がある”、そんな感じだ!、、、、、昭和9年(1934)に昭和天皇誕生記念で石神井川沿いに桜が植えられ、大正4年(1915)に大正天皇即位の御大礼記念に千川上水堤に桜が植えられ、駅周辺に桜並木があることと、石神井川南岸の台地であることから、「桜台」の駅名が創られたそうだ。 

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・・・・・・・・・・・・・・・駅から50m程で「千川通り」(江戸川橋~目白~保谷~清瀬市)に出る、通りには「桜の碑」がある。、、、、、この付近の千川通りの脇に、かつて千川上水が流れていた。 千川上水は、元禄9年(1696)江戸下町方面の飲み水として玉川上水より分水された上水道。 開通から10年後の宝永4年(1707)には近隣20ヶ村の願いで、灌漑用水として利用することが許され、用水の管理は工事を完成させた功により代々千川家に任されたそうだ。 千川上水沿いには桜が植えられ並木となる。、、、、、これが駅名「桜台」の謂れとなり、昭和38年(1963)には地名「桜台」ともなった。、、、、、“平成最後の桜”も散り始めた。

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●観てみたい博物館 ・・・・・・豊玉陸橋をの下で「環七通り」と「目白通り」を横断し豊玉北3丁目に足が入ると、「唐澤博物館」が目に入る。、、、、、「唐澤博物館」には、10年ほど前に来たことがあるが、入館できなかった。 ここは来館者が少ないようで、11時すぎないと開かない、私の時計は9時『今日もダメだ!』 またの機会とする。、、、、、ところで、「唐澤博物館」とは、教育学・教育史研究家の唐澤富太郎(1911~2004 )が長い歳月をかけて収集した、日本の子どもの教育と遊びに関する数万点におよぶ研究資料の中から、特に選りすぐった7000点余りを展示する個人博物館。 何だかよく判らんが、「百聞は一見に如かず」見てみたいものだ。

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●終末期の施設、全て揃っています ・・・・・・江古田の森公園(えごたのもりこうえん)は、中野区江古田にある中野区立の公園である。 三方を江古田川に囲まれた小高い丘がある、樹木や芝生の豊富な公園。 当地は長く国立療養所中野病院があったところで、主に結核患者の養生所であった。当病院は1993年に新宿区の国立国際医療センターへ移転統合し、跡地が公園として整備されたものである。、、、、、現在公園の周囲には、私のカウントで、病院(4軒)、老人ホーム(5軒)、教会(2軒)、修道院(2軒)などが立ち並んでいる。、、、、、なんだか、身も心も終末期の準備が出来そうだ。 アッ、寺と墓地も近くにあった!

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●氷川神社と別当寺 ・・・・・・・・・・江古田3丁目に江古田村の鎮守である氷川神社がある。 祭神は素盞雄尊。 鎮座の年代は不明。 口碑によると寛正元年(1460)に村人が素戔嗚の武徳を慕い、この地に小祠を建てたのが始めらしい。 当初は牛頭天王社といい、元禄9年(1696)に氷川社に改めた。、、、、、現在の拝殿は昭和7年(1932)に建築したもの。 

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・・・・・・・・・・・・・・・氷川神社の東に別当寺であった、真言宗豊山派寺院の東福寺がある。 東福寺の創建年代は不詳だが、天正年間(1573~1593)江古田村の村民が開基となり、村内御嶽山に創建したと言われている。 江戸時代には3代将軍家光が鷹狩りの際に休息し、8代将軍吉宗は御膳所に指定した。 境内に御膳所跡の碑が建てられている。、、、、、昭和42年(1967)に本堂は鉄筋コンクリート造に改築された。(現在、本堂改修工事中) 歴史ある寺だけど、歴史ある建物は残っていないようだ。 【ナイショの話】寺の北側に61戸が入る大きなマンションがある。 ここは、三波春夫御殿跡で没後、息子の豊和が財産保全のため建てたそうだ。 賢いね!

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・・・・・・・・・・・・・・・東福寺から南西に250m程、氷川神社参道の入口付近に地蔵尊と馬頭観音が祀られている。 ここは「お経塚」と云うそうだ。 昔、東福寺が火事に遭った時、燃えた経典などを埋めて塚を作り供養したところなのでその名となった。 大正の頃、この土地を均した時、地中から人骨と一緒に、茶筒形をした金属製のものを掘り出した。 恐らく経筒だったのだろうと考えられているが、何時の間にか無くなり、誰も中を改めた者がなく、その確証はないそうだ。 人骨はこの地の片隅に埋めて、その上に地蔵の石像が建てられた。

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●お帰りの時刻です ・・・・・・・東福寺前のバス停「江古田三丁目」から中野に向かい帰宅。

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2019年4月 5日 (金)

女狐に会いたかった!

JR蒲田駅から歩きはじめて、池上線の蓮沼駅・池上駅を通り、第二京浜(国道1号)沿いの池上署の前まで、1万歩の散歩です。 特に池上署を訪ねる用件は無し、誤解なきように。 池上署からはバスで大森へ出て帰宅。




●115年の歴史ある駅 ・・・・・・・・・・明治37年(1904)4月11日、国有鉄道東海道本線の蒲田駅が開業。 大正3年(1914)12月20日からは、京浜線(現:京浜東北線の前身)が運行され、東海道線の列車は停車しなくなる。 大正11年(1922)に池上電気鉄道線(現:東急池上線)が、大正12年(1913)に目黒蒲田電鉄目蒲線(現:東急多摩川線)がそれぞれ開通。、、、、、JR蒲田駅は島式ホーム2面3線の地上駅で、橋上駅舎を有する。 一日の乗降客数は約30万人で、JR東日本の中では20位ぐらいである。(私が住む浅草橋駅は約11万人、90位。完敗!)、、、、、朝のホームは、上り、下りも人・人・人。 混雑時は「蒲田行進曲」より、「トルコ行進曲」の方が、人の流れがスムーズかもね?

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●変身する学校 ・・・・・・・蒲田と言えば、電車の車窓から見えた「日本テレビ技術専門学校」が、名を変え「日本電子工学院」と思っているのは、かなり古い人だ!(ゴメン、自分のことです) 40年程前から「日本工学院専門学校」と、大学もできて「東京工科大学」に変身! そのモダンな校舎が駅前にそびえる。、、、、、ところで、この学校の前身は、戦後の昭和22年(1947)に絵画科と洋裁科で開校した「創美学園」である。 絵からテレビに、そして今はITも、医療も、デザインも、時代と共に大変身!

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●女狐を期待し、賽銭はずむ ・・・・・・小さな呑み屋が並ぶ西蒲田の裏通りを歩いていると、「女塚神社」(おなづかじんじゃ)があった。 名前に魅せられ早速参拝。 女塚神社の創建年代は不詳だが、新田義興公憤死の時、侍女少将局が忠節を尽くし共に害した。 村民は憐れみ此の地に祀った(現社殿の横に女塚古墳がある)と言われている。 新田義興が戦死した矢口渡の戦いが正平13年(1358)であることから、南北朝時代の創建と推定しているそうだ。 この辺りの旧地名は女塚村で、女塚小学校(現:おなづか小学校)などに名が残っている。、、、、、社殿の脇には境内社の女塚稲荷大明神がある。 朝っぱらから女狐でも出て、惑わされるかと期待して賽銭を奮発。

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●蒲田の匂いが続く町 ・・・・・・・・西蒲田の町を、右に左に気ままに歩いているうち、蓮沼駅に出た。 大正11年(1922)10月、池上電気鉄道の駅として開業した、相対式ホーム2面2線の地上駅。 改札は上下ホームにそれぞれ設置されている。、、、、、蒲田駅から直線距離で650m程で、駅周辺は蒲田駅前の商店街、呑み屋街の雰囲気が流れ、続いている感じだ!

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●サクラ咲く神社 ・・・・・・・・蓮沼駅の北150m程に蓮沼熊野神社がある。 神社の創建年代は不詳だが、隣接するもと別当寺の蓮華寺の創建年代とほぼ同時期の寛弘年中(1004~1011)と推定される。 社殿は昭和42年(1967)に鉄筋コンクリート造/権現造で竣工した。

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・・・・・・・・・・・・・・・蓮沼熊野神社の隣りには、もと別当寺であった真言宗智山派寺院の福田山蓮沼院蓮花寺がある。 山門は綺麗に手入れされているが閉じられていたので、チョイト立ち入ると怒られそうなのでヤメタ!

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●只今、工事中です!・・・・・・・池上駅は、2020年の完成を目指して、只今、駅舎の改良工事を進めている。 改札口を橋上化し、南口を新設する。 駅ビルは5階建てとし、保育園、公共施設などの生活支援施設や、店舗が入る予定。 外観は、池上本門寺を中心とした門前町の歴史性をデザインにするそうだ! 乞うご期待!

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●罵倒したい馬頭観音 ・・・・・・池上駅から、裏道をブラブラすると、池上3丁目で馬頭観音菩薩塔に遭遇。 案内板がない、供養塔か?道標か? 訳の判らん塔だ、どうでもいいか!

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・・・・・・・・・・・・・・・50m程歩くと、裏道に「池上七福神」の文字が見えた。 階段の上には「馬頭観世音」と書いた札と、荒れたお堂がある。 しかし、鉄の柵で立入禁止。 何じゃ?、貼られた紙には『お参りご苦労様です 現在、馬頭観音堂の改修工事のため、大黒様は、養源寺でお預かりして、恵比寿様と並んで、安置されております。』 要は、ここは馬頭観音堂という処で、内部はもぬけの殻らしい。、、、、、馬頭観音はどこにあるのだ? 大黒様は夜逃げしたのか? なんだか、訳が判らん!

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●池上署から帰る ・・・・・・馬頭観音堂は第二京浜に面した池上署の真裏であった。 お巡りさんに、馬頭観音の所在を尋ねたら教えてくれたかも?、、、、、そろそろ帰宅時間となり、池上署前からバスに乗ることにした。

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2019年4月 4日 (木)

男二人が守る閘門橋

つくばエキスプレス八潮駅で下車し、潮止橋で中川を越え、チョッピリ三郷市戸ヶ崎に入り、大場川の閘門橋を渡り葛飾区水元地区に入る。 旧水元小学校校舎の近くからバスで金町駅へ出て帰る。 1万2千歩の散歩です。




●どこにある市? ・・・・・足立区の北隣の埼玉県八潮市。 「八潮市と言えば・・・・・?」と問われ、考え込んでも、名所、名物、産業、どれもこれもサッパリ思い浮かばない、存在感のない“市”である。 その町を走る唯一の鉄道はつくばエキスプレス、そして唯一の駅が八潮駅。、、、、、平成17年(2005)8月24日に開業した、島式ホーム2面4線を有する高架駅。、、、、、ちなみに市名は、昭和31年(1956)の大合併で誕生した。 “八潮市”=“八条村”+“八幡村”+“潮止村”。

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●自転車が怖い県道! ・・・・・・・中川に架かり、八潮市と三郷市を結ぶ県道が通る潮止橋(しおどめはし)。 橋名は上流にかつて潮止村があったことによる。 東京湾の潮はここで打止め!ゆえに、潮止と云ったそうだ。 、、、、、橋上の県道は交通量が多く、トラック、バスなど大型自動車が引切り無しに通る。 よそ見して歩くと、自転車に轢かれそうだ!

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●社務所もない! ・・・・・・・潮止橋を渡ると、櫛稲田姫命、須佐之男命を祭神とする大瀬氷川神社がある。 創建年代は不詳。 大瀬は猿俣(葛飾区水元)・戸ケ崎などとの水運拠点として古くから栄えたそうだ、神社は大瀬の鎮守社として祀られていた。 明治42年(1909)に浅間神社を合祀、中川河川改修のため大正9年(1920)現在地へ遷座した。、、、、、広い境内だが、社殿、鳥居、石碑の他は何もなく、実に殺風景である。 駐車場にしている様子もないね。

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●いつの間にか三郷市だ! ・・・・・・・・・大瀬氷川神社から200m程歩くと三郷市である。 八潮・三郷の両市の境界らしきものは案内標識以外にはなく、なんとなく八潮市から三郷市に入ったという感じ。、、、、、境界の三郷市側にある郵便ポスト、なんと戦前の丸型ポストで現在も使われているようだ。 このポストに投函すると、良い知らせが戻ってくるような気がするね。

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・・・・・・・・・・・・・・・三郷市戸ヶ崎の吹上天神社は、建武2年(1335)夏の暴風で吹き上げられた梅の老木と白蛇のお告げから、当地を吹上と名付け、天神を祀ったと言われている。 明治43年(1910)戸ケ崎香取神社に合祀されたが、昭和32年(1957)還座した。、、、、、大きくはない地元の神社。

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●面白い名の用水路 ・・・・・・・三郷市戸ヶ崎から南下すると、大場川(葛飾区水元公園)の手前で、二郷半領用水逃樋(にごうはんりょうようすい にげひ)と二郷半領用不動堀樋(にごうはんりょうふどうぼりひ)がある。、、、、、二郷半領用水とは、埼玉県南東部から吉川市を抜けて、三郷市戸ヶ崎で大場川に合流する、延長16.7kmのチョイト汚い用水路である。(二郷半領は地名。面白い!)

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・・・・・・・・・・・・・・・二郷半領用水逃樋、、、、、この樋管は明治43年(1910)の大洪水で大破した木製樋管を、煉瓦造りで復旧したもの。 逃樋の建設工事は、明治45年(1912)1月12日に起工し、同年3月31日に竣工した。 県の直轄工事であったが、担当は北葛飾郡技手の金子峯吉。 建設費は7,818円。 樋管長は19.1m。 現在、上部には県道が通っているが、煉瓦部分はひび割れもなく綺麗な状態である。

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・・・・・・・・・・・・・・・二郷半領不動堀樋は、逆流防止用として造られた樋管である。 こちらも、県直轄工事だが、逃樋と同じ金子峯吉が担当し、建設費約11,014円で、大正3年(1914)4月1日に着工し、同年5月30日に竣工している。 樋管の長さ22.4m。

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●像の二人はカッコいいね! ・・・・・・二郷半領不動堀樋の南側50m程に、大場川に架かる閘門橋(こうもんばし、葛飾区西水元)がある。 この橋は、明治43年(1910)に完成した、煉瓦造りのアーチ橋(上流側:4連、下流側:6連)である。 長さ30m、高さ5.5mで、上流側と下流側ではアーチの連数が異なる珍しい形式の煉瓦水門。 下流側の中央アーチ部には、堰板を落とし込む二人の男のブロンズ像が設置されている。 都内唯一の煉瓦アーチ橋で、平成25年(2013)の土木学会推奨土木遺産に選定された。

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●最古の木造校舎  ・・・・・・・閘門橋から水元公園と離れ、金町方向にバス道路を歩き水元小学校に着いた。 ここには、大正14年(1925)に建てられた水元尋常小学校の建物が保存されている。 昭和57年(1982)まで同校の校舎として使用されが、現在は使用していない。 都内に残る貴重な23区最古の木造校舎校。、、、、、大事に保存して欲しいね!

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●お帰りです ・・・・・・チョイト疲れたので、「水元四丁目」からバスで金町駅に向かうことにした。、、、、、今日の散歩はココまで!

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2019年4月 2日 (火)

同じルートで小岩まで

都営新宿線瑞江駅から北へ歩き、総武線小岩駅までの散歩。 1万4千歩。、、、、過去に、ほぼ同じルートを歩いてた!




●ガラガラ電車から降りる ・・・・・新宿線の瑞江駅(みずええき)は島式ホーム1面2線の地下駅。 1986年(昭和61年(1986)9月14日の船堀~篠崎間開業に伴い、その途中駅として開業した。 両外側に通過線がそれぞれ1本ずつあり、昼間は各駅停車が急行に追い越されていくこともある。 朝の下り(本八幡方面行)は“お好きな席にお座りください”、上り(岩本町、新宿方面行)は“座れません、立ち席にどうぞ”。

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●チョイト花見 ・・・・・・マンション、アパートの並ぶ、瑞江2丁目、1丁目の住宅地を抜けて京葉道路を横切る。、、、、、この辺りのマンション、アパートはどこも新しく綺麗だ! “昭和”の木造アパートは探しても見つからない。 近年、農地を宅地化し建てたものと思われる。、、、、、途中の公園ではソメイヨシノが満開だ! ママ友の花見があるそうで、花冷えの中、場所取りのママがいた。

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●11階は展望台! ・・・・・・京葉道路の北側に、東京都住宅供給公社の「春江町住宅」が見える。 昭和47年(1972)から翌年にかけ完成した、地上11階建ての建物3棟からなる住宅は、総戸数398戸の団地。、、、、、11階は見晴らしが良く、市川・本八幡・下総中山方面が一望できる無料の展望台(?)

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●谷河内の一寺一社 ・・・・・・・・・・春江町住宅の足下に、「谷河内1丁目」の町がある。 江戸時代初期から、この付近は谷河内村と称していたそうだが、地名の由来は??? 現在の谷河内の町には、一寺一社がある。
・・・・・・・・・・・・・・・日蓮宗寺院の妙泉寺は、常谷山と号します。妙泉寺は寛永11年(1634)当地に創建した。 江戸時代には千葉県松戸市平賀にある本土寺の末寺であった。 弘化3年(1846)の火災で寺が所蔵していた多くの記録が焼失し、安政の大地震及び大正6年(1917)の水害でも、被害にあった。 本堂は明治15年(1882)に再建した。

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・・・・・・・・・・・・・・・谷河内日枝神社は、慶安2年(1649)の創建といい、江戸時代には谷河内村の鎮守社であった。

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●鹿骨の二寺・・・・・・・・・・・・・・鹿骨4丁目の二寺に寄ってみた。

・・・・・・・・・・・・・・・・日蓮宗寺院の妙高山本城寺は、ここも元は千葉県松戸市の本土寺の末寺であった。 本土寺12世日暁上人が開山となり、日暁上人の隠居寺として弘治元年(1555)に創建したと言われてる。 現本堂は昭和4年(1929)の建立。、、、、、山門脇に、文化11年(1814)に建立された庚申塔がある。 正面の青面金剛像と三猿の下に「西、江戸道、講中」、左側面に「南、かわら道」、右側面には「北、浅間道」と、風化し読みづらくなっているが刻まれている。 高さ約2m。 もとは鹿骨3丁目の旧河原道に面して建てられていたそうだ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・本城寺の西に、真言宗豊山派寺院の密蔵院がある。 密蔵院の創建年代は不詳だが、江戸時代中期の創建されたそうだ。 明治期に小岩善養寺の境外仏堂となった。、、、、、山門横に「えんま大王」が風雨に曝され安置されている。 えんま像の前はバス停で、バスを待つ人の信仰を期待したのかな?

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●同じルートなので省略! ・・・・・・この後、散歩は、鹿見塚神社鹿骨鹿島神社中曽根天祖神社と寄って、小岩駅に着いた。 これ以降は、2017/5/31のルートと同じなので、こちらを見てね!

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