葛飾区

2018年1月15日 (月)

浅草橋~立石

今朝も6時に0.0℃と連日寒さが続く。 寒い寒いと家に閉じこもっていても退屈だ。 『今日は元気よく歩いてくるぞ!』と、家を出た。 我が家(浅草橋)から水戸街道(=国道6号)沿いに歩いて葛飾区立石まで、1万5千歩、9kmの散歩です。 9時の気温は2.6℃、やっぱし外は寒い。 我慢、ガマン、やせ我慢!
 
 
 
●a.m.7:50・・・・・・・・・・交通事故を起こさぬ様に、私の住む浅草橋2丁目の須賀神社 に手を合わせ、スタートする。、、、、、自分では若いつもりで、股引は穿いていない、アンダーシャツは半袖、カイロは持っていない、アテントのお世話にはなっていない、さすがにこの時間チョイと寒いね。
 
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●a.m.8:00・・・・・・・・・・蔵前一丁目交差点通過
 
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●a.m.8:15・・・・・・・・・・厩橋交差点を過ぎる。 交差点角の東京厚生信用組合浅草支店 は、昭和5年(1930)に建てられたと言われている。 鉄筋コンクリート造4階建て、安藤組(現:安藤ハザマ)の設計・施工。 小柄だが味のある建物。
 
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●a.m.8:25・・・・・・・・・・駒形橋西詰を通過。 駒形橋 から見る隅田川はキラキラしてまぶしい!
 
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●a.m.8:30・・・・・・・・・・吾妻橋交差点を通過。 まだ、外人観光客はいないようだ。
 
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●a.m.8:45・・・・・・・・・言問橋 を渡る。、、、、言問橋西交差点で水戸街道(国道6号)は鍵のてに折れ隅田川を越える。 橋の正面にスカイツリーと冬の低い太陽が迎える。
 
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・・・・・・・・・・・・・・言問橋東詰めの牛嶋神社にもチョイトご挨拶。
 
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・・・・・・・・・・・・・橋を渡って向島に入る。 まだ太陽は低い。
 
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●a.m.9:15・・・・・・・・・・秋葉神社は、向島4丁目、水戸街道(国道6号)から少し入った住宅の奥に鎮座する。 神社は、当地に千代世稲荷大明神と称して正応2年(1289)頃に創建したと言われている。 元禄15年(1702)に千葉葉栄が修験道千葉山満願寺を創建し当社の別当寺となり、秋葉千代世稲荷合社として社殿を造営、明治元年に秋葉神社と改称した。、、、、、水戸街道からの参道に呑み屋の看板。 “向島”らしいね!
 
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●a.m.9:20・・・・・・・・・・戦後の赤線地帯、今は地元密着型商店街「鳩の街 」と、並行する商店街「地蔵坂通り」の入口を通過する。
 
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●a.m.9:30・・・・・・・・・・東向島交差点で明治通りを横断し、東武伊勢崎線のガードをくぐる。 ここには、東武博物館の「6号機関車」(英国から明治31年輸入)が屋外展示されている。、、、、散歩が楽しくなる道だ。
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●a.m.9:50~10:00・・・・・・・・・・四ツ木橋を渡り、荒川、綾瀬川を越える。 さすが橋上は風が強く、寒い。、、、、帽子が飛ばされそうだ、トラックの荷台から荷が崩れそうだ、自分が橋から飛ばされそうだ、一人で歩いていると、なんだかんだ心配し、高所恐怖症の私は怖さが倍増する。
 
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●a.m.10:15・・・・・・・・・・四つ木陸橋のある、本田広小路交差点に到着。 水戸街道の歩きはここまでとする。 昼食に間に合うよう家へ帰ることにした。 これより裏道を歩き京成押上線立石駅に向かう。
 
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●a.m.10:35・・・・・・・・・・立石駅到着。 ここまで約2時間半の散歩。
 
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2017年12月28日 (木)

中川(常磐線中川橋梁~飯塚橋)

三日前の散歩の続きで、金町駅から中川に架かる常磐線中川橋梁と飯塚橋を巡り、亀有駅まで歩いてきた。 1万2千歩。
 
 
 
京成金町駅 ・・・・・・・・・・・・「金町」までは、我が家のある浅草橋からは、浅草橋→(都営浅草線)→押上→(京成)→京成金町のルートで、約30分、190円(都営線内は敬老パスを使用)と、JRを西日暮里経由で利用するより安く、早く行ける。 便利なもんだ!
 
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②常磐線中川橋梁・・・・・・・・・・・・亀有~金町間で、中川に架かる常磐線の鉄道橋。 JR常磐線と千代田線が並走する。

・・・・・・・・・・・・・金町駅から常磐線沿いに歩き、新金貨物線の新宿道踏切を渡り、中川の堤防に向かう。
 
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・・・・・・・・・・・・・・中川の堤防に出ると、左手に先日渡った中川橋 が、右手に常磐線中川橋梁が見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・・下流側にJR常磐線、上流側に千代田線が走る。 昭和45年(1970)頃の竣工。
 
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③中川堤防を歩く・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・誰も歩いていないチョイ寒の堤防を歩く。  誰もいない青空の下の散歩は爽快である! 
 
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・・・・・・・・・・・・・中川を下る船とすれ違う。 70歳を過ぎると、船を見て手を振るのは恥ずかしい。
 
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・・・・・・・・・・・・・アッ! 対岸のビルの谷間に富士山が見える! (写真中央)
 
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④中川水管橋・・・・・・・・・・・常磐線中川橋梁の上流、足立区中川と葛飾区南水元を結び、工業用水を通す、東京都水道局が管理する橋。 昭和46年(1971)に完成した。、、、、、両岸の端部では、水道管が地中にもぐり込んでいる。
 
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⑤富士j神社・・・・・・・・・川に沿い歩いていると堤防下にまだ木肌の新しい神社が見えた。 葛飾区南水元にある富士神社(飯塚富士)である。 神社は、木花咲耶姫命を祭神として、正慶元年壬申(1332)6月創建といわれ、江戸時代には旧飯塚村の鎮守だった。、、、、富士塚は拝殿の裏にある浅間山の上に、さ らに盛土をして築かれ、まるで古墳である。、、、、、さて、拝殿に向かい賽銭を投げてから、しめ縄・鈴の緒を見てビックリ、触ってガックリ、鳴らしてガッカリ、、、、ナント、しめ縄・鈴の緒はビニール紐で作られている。 しめ縄の藁の渋い色が出ていない、テカテカである。 鈴の緒をつかむと、フニャフニャ、紐の重量感・手ごたえがない。 せっかく社殿を新築したのだから、しめ縄・鈴の緒も本物を付けて欲しかった。 ご利益、期待できそうにないかもね!
 
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⑥鹿浜線中川水管橋 ・・・・・・・・・・・・中川水管橋の上流側にもう一つ水管橋がある。 こちらは飲料水が流れているようだ。 こちらも、川を越えると水道管は地中にもぐる。
 
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⑦飯塚橋・・・・・・・・・・・・東岸の葛飾区南水元と西岸の足立区大谷田・中川を結ぶ飯塚橋。 昭和30年代に架けられた旧飯塚橋は老朽化により取り壊され、平成6年(1994)に現在の長さ303.0m、幅員20.2mの鋼箱桁橋が開通した。、、、、、この飯塚橋は足立区と葛飾区を結ぶ唯一の車・人道橋である。 この橋の先には、約3.0km上流の埼玉県八潮市の潮止橋 まで橋はない。
 
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・・・・・・・・・・・・・飯塚橋から上流を眺めるが、八潮市の潮止橋は見えない。
 
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⑧中川氷川神社・・・・・・・・・・・飯塚橋を渡り、足立区に入る。 これより中川沿いに歩いて亀有駅に向かう。 さて、足立区中川では氷川神社にお立ち寄り。、、、、、、素盞嗚尊を祭神とする古社。 手水石、狛犬などの年代には古いものが多い。
 
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⑨亀有駅・・・・・・・・・・北口に到着。
 
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2017年12月25日 (月)

中川(高砂橋~中川橋)

京成本線高砂駅で下車し、新中川が中川から分流する高砂橋から北上し中川橋まで堤防沿いに歩き、常磐線亀有駅までの散歩。 1万1千歩。
 
 
 
高砂橋 ・・・・・・・・・・・・・京成電鉄高砂駅の西200m程に架かる、葛飾区青戸と高砂を結ぶ高砂橋。 初代は昭和7年(1932)に架けられ、その後、平成15年(2003)に現在の橋に架け替えられた。、、、、、現在の橋は、長さ約187m、シンプルな2径間連続斜張橋(塔から斜めに張ったケーブルを橋桁に直接つなぎ支える構造の橋)である。、、、、この橋の下流で、新中川(旧中川放水路)が中川から分岐し、今井橋の近くで旧江戸川に合流する。
 
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②京成電鉄中川橋梁・・・・・・・・・高砂橋の上流(北側)には、青砥~高砂間に架かる京成電鉄中川橋梁がある。 現在の橋は、昭和48年頃に架け替えられた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・この区間では、他社の乗り入れもあり、多くの電車を見ることができる。 ちなみに、他社とは京浜急行・都営浅草線・北総鉄道・芝山鉄道である。 特急のスカイライナーも走るので、写真を撮ることに熱中すると散歩を忘れてしまう。
 
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③中川堤防・・・・・・・・・・気持ち良い青空の下、チョイと風が強く、帽子が飛ばないように注意しながら歩く。
 
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・・・・・・・・・・・・・・堤防の下には広い空き地も見える。 隣には、昔は農家、今は大地主の屋敷も見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・東京都水道局の水道管、水鳥が管の上で日向ぼっこする姿も見える。
 
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④中川大橋・・・・・・・・・・・国道6号(水戸街道)を通し、葛飾区青戸と同区新宿を結ぶ中川大橋。 旧橋は昭和10年(1935)に架橋されたが、平成元年(1989)に長さ134m、幅員31mの現在の橋に架け替えられた。 
 
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・・・・・・・・・・・・・橋の両側には、青戸の「延命寺」、新宿の「日枝神社」がある。
 
・・・・・・・・・・・・・まずは、青戸の「延命寺 」、、、、、「青砥やくじん延命寺」と呼ばれる新義真言宗の長久山地蔵院延命寺。 嘉応元年(1169)の創建で、800年以上続く古刹である。 地蔵菩薩の本尊と摩怛梨天を祀り、古くから「やくじん(疫神)さま」と呼ばれきた。
 
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・・・・・・・・・・・・・お次は、新宿の「日枝神社」、、、、、、合掌形の破風を架した朱塗りの山王鳥居が迎える、葛飾の新宿の日枝神社。 永禄2年(1559)頃に創建されたとしている、江戸時代には新宿町の鎮守、明治5年には郷社に列格した。 平成20年(2008)、本殿、神楽殿、山門鳥居等を一新した。
 
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中川橋 ・・・・・・・・・・・中川大橋の上流に架かり、葛飾区亀有と新宿を結ぶ中川橋。 初代の中川橋は明治17年(1884)に明治天皇の行幸に合わせて架けられた木橋。 2代目の橋は、昭和8年(1933)に架設された鋼橋。 現在は平成20年(2008)3月10日に開通した、橋長120.6mの上路式連続鋼鈑桁橋。
 
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●・・・・・・・・・・・・・・・中川橋を渡れば、亀有駅はスグそこ。 JRで帰ることにした。

2017年12月15日 (金)

青砥~綾瀬

今冬一番の寒さ、京成本線青砥駅から千代田線綾瀬駅まで、1万1千歩の散歩です。

 
 
 
青砥駅・・・・・・・・・青砥駅前には「ワルツの塔」というのがある。 地元葛飾区とウィーン市フロリズドルフ区が姉妹都市となり、その縁にちなみ設置されたそうだ。 塔にはワルツ王:J.シュトラウスを模しバイオリンを奏でる人物像が立っている。、、、、、通勤客が像の前を改札に向かう。、、、、どうせなら、ワルツの曲でも流せば、通勤客もチョイト浮かれて人の流れもスムースになるかも?
 
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・・・・・・・・・・・・・駅は昭和3年(1928)11月1日に開業した。 現在は成田方面行が3階、上野・押上方面行が2階のホームを使用する高架駅。
 
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②青戸第一団地・・・・・・・・・・青砥駅の西側に、平成5年(1993)から14年(2002)にかけ全棟が建て替えられた綺麗なUR団地である。 前身の、公団の団地は昭和31年(1956)から入居が始まった歴史ある古い団地。、、、、、現在は20数棟程の高層住宅が建ち並び、総戸数1100戸程のUR青戸第一団地。
 
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③タカラトミー青戸オフィス・・・・・・・・・青戸第一団地を横切り青戸四丁目に入ると、リカちゃん、チョロQ、プラレールなどを世に出した玩具メーカの青戸オフィスがある。 「タカラトミー」は平成18年(2006)に、ポケモンの「トミー」がチョロQの「タカラ」を合併して発足した会社である。、、、、青戸オフィスは旧タカラの本社ビルである。 この付近は、戦後まで、ブリキのおもちゃ工場などの零細工場が多かった処である。
 
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④水戸街道・・・・・・・・・・・通称水戸街道(国道6号)を越え、青戸地区から白鳥地区に入る。
 
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⑤延命寺・・・・・・・・・葛飾区白鳥4丁目に天台宗の延命寺がある。 延命寺は近江国三井寺の大僧都源慶(-1352)が三囲神社 (墨田区向島)の別当寺として創建し、寺社地が御用地となったため元禄6年(1693)小梅村へ移転した。 明治維新後の神仏分離令により、三囲神社と分離、関東大震災に罹災し、昭和2年(1927)に現在地へ移転した。、、、、、本堂は昭和12年(1937)に完成。、、、、、、三囲神社は三井家(三越)の守護神として崇敬を集めているが、延命寺は三井家と関係がないのかな?
 
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・・・・・・・・・・・・・・おまけの話、、、、、「延命寺」は葛飾区内に3寺ある。 ここ白鳥の天台宗の延命寺と、東水元の真言宗豊山派の延命寺、そして青戸にもう一つ、真言宗豊山派の延命寺 がある。、、、、、なんの役にもたたない知識でゴメン!
 
 
⑥上千葉砂原公園・・・・・・・・・西亀有に区立の上千葉砂原公園がある。 ここには、ヤギ、ウサギなどに触れられる「ふれあい動物広場」と、「交通公園」がある。 午前10時、お客様の子供はまだ、保育園、幼稚園、小学校で学習中。 朝からきている暇な客は、70過ぎた私一人、はずかしいので、いそいそと通過する。
 
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・・・・・・・・・・・・・・交通公園の片隅に、D51502機関車が保存されている。、、、、このD51は、昭和16年(1941)に国鉄鷹取工場で製造され、奈良・広島第一・小郡・新鶴見・新津・直江津と各機関区を走り、最後は昭和47年(1972)に酒田機関区で廃車となった。 約30年間で全国約190万km走行した。 ひょっとしたら、私もどこかでこの機関車が牽く列車に乗っていたかも?
 
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⑦上千葉香取神社・・・・・・・・・この地(堀切8)は中世、千葉氏一族の領地であり、付近には古城址と思われる地名が残っている。 当香取神社は葛西氏または千葉氏が下総国香取神宮を勧請したものと言われている。 社号は明治5年(1872)社格制定の時、「千葉神社」と改めたが、昭和32年(1987)に香取神社に戻した。、、、、、平成6年(1994)には、現在の鉄筋コンクリ^-ト造の社殿が建てられた。
 
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綾瀬駅 ・・・・・・・・・・・・昔は常盤線の駅、チョイ前は千代田線の駅、して今は、JRと東京メトロの共同使用駅。 駅業務は東京メトロに移管。 JRの切符は券売機で買えるが、「みどりの窓口」が無いので新幹線の切符は買えない。、、、、、さらに、駅は足立区と葛飾区の境にある。 公式の所在地は足立区綾瀬。
 
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2017年11月22日 (水)

古代東海道(続き)

一昨日の散歩の続きです。 奥戸小学校前の案内図に従い、今日は立石駅から白鬚まで赤線で示された古代東海道を歩いてきた。 1万3千歩。
 
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立石駅前 ・・・・・・・・・葛飾区役所、チョロQ・プラレールの製造元タカラトミーの本社がある、葛飾区の行政・経済の中心地(?)だが、京成電鉄の普通列車しか停まらない駅。 戦後は赤線・青線地帯もあり、駅北側はその当時の面影も残る、下町の“歌舞伎町”。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅前の「立石仲見世 」商店街、まだ開店前! 
 
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・・・・・・・・・・・・・・立石仲見世を抜けると、古代東海道のルートの一部である奥戸街道に出る。
 
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②渋江公園・・・・・・・・・・渋江公園は奥戸街道に面し立石駅から約500m程の処、テニスコートなどがある広い公園。 
 
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・・・・・・・・・・・・・渋江公園は昭和27年(1952)の開園以前はセルロイド製のオモチャ工場があった敷地で、園内にその「葛飾区セルロイド工業発祥記念碑」がある。 記念碑は「セルロイド=平和、希望、児童」と云う判りにくいコンセプトにより、子供を配している。、、、、セルロイドのおもちゃ、下敷き、筆箱、学生服のカラーなど、かつては身の回りに多く見られたが、今は見ることがなくなった。 でも、ピンポン玉は今でもセルロイド製らしい。
 
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・・・・・・・・・・・・・また公園の芝生広場の一角には、「キャプテン翼」の登場人物・岬太郎くんの銅像が配置されている。
 
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③奥戸街道入口交差点・・・・・・・渋江公園の西側、50m程、奥戸街道の一方の入口(出口?)がある。  奥戸街道はこの交差点で、平和橋通りと“T”字型に交わる。、、、、、古代東海道は交差点から西へ真直ぐ、京成押上線の踏切を越え、「まいろーど四つ木商店街 」に入る。、、、、、踏切も、数年後には高架化され消える運命!
 
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④四つ木白髭神社・・・・・・・・・・商店街の通りから住宅地の裏通りに入ると四つ木白髭神社がある。 古代東海道の面影を求め立ち寄ってみた。、、、、、承応3年(1654)四つ木村が立石村から分村したとき、四つ木村の鎮守として勧請された神社だが、私の期待する面影は見つけることができなかった。
 
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⑤ひたすら直進する・・・・・・・・・白髭神社から再び商店街に戻り、人影のない商店街を西へ向かうと、国道6号(水戸街道)に出る。  古代東海道は水戸街道を斜めに横断し、荒川に並行する綾瀬川に沿って走る首都高の処で途切れる。、、、、、葛飾区内の古代東海道のルートはここまで!
 
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⑥墨田区内の古代東海道・・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・古代東海道の時代には、存在しなかっ荒川を四つ木橋で渡る。、、、、、平安時代の人が見たらビックリする、堂々と流れる荒川。
 
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・・・・・・・・・・・・・・葛飾区側のルートを伸ばすと、墨田区墨田4丁目の「ほがらか保育園」の脇を抜ける道路につながる。、、、、、保育園前の荒川土手には、古代東海道を見守るように石仏が祀られている。 勝手に想像して、平安時代に荒川で溺死した人を弔う石仏か? バカな!荒川は昭和に入って完成した川だ! 
 
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・・・・・・・・・・・・・・古代東海道は東武伊勢崎線鐘ヶ淵駅前の踏切に通じていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・この踏切は私にとって、一生忘れられない愛おしい踏切である。 今から4年程前、踏切の正面にある交番の前で起きた脱臼事件 の現場だ!、、、、、古代東海道は交番の左側を入っていく。
 
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・・・・・・・・・・・・・・古代東海道は正面に高層の「白鬚東アパート」を仰ぎ見る、墨堤通りにぶつかる。 ここで、奥戸小学校前の案内図にあった古代東海道のルートは終わる。、、、、、、アパートは隅田川沿いに建ち、防災拠点でもある。
 
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⑦感動!・・・・・・・・・・今日の散歩は古代東海道沿いに歩いてきたが、ここまで「古代東海道」の文字を発見することはできなかった。 これより先はルートも不明、時間もそろそろ昼だ、散歩はここまで、バス停を探しに向かう。
 
・・・・・・・・・・・・・・白鬚東アパート沿いに墨堤通りを歩いていると、バス停が見つかった。、、、、、オヤ、本数が少ないけど、あと10分くらいで浅草寿町行くが来るから、乗って帰ろう!
 
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・・・・・・・・・・・・・・バスを待つ数分、バス停前をブラブラ、、、、、オヤ、何か書いてある?
 
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・・・・・・・・・・・・・・見てビックリ、読んで感動、目をこすり喜び、鼻水たれて恥ずかし~~い。 ナント、『古代東海道』の文字がある。 バスが来るぞ!、じっくり読む時間もなく、あわてて写真を撮る。
 
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・・・・・・・・・・・・・・大正3年(1914)まで白鬚橋の近くにあった住田渡(すみだのわたし)は、古代東海道の一部であったと書かれている。、、、、最後の最後に感動した散歩である。

2017年11月20日 (月)

古代東海道

「東海道」と言えば、東京駅から神戸駅までの「JR東海道線」か、江戸時代に整備された五街道の一つ東京日本橋から京都三条大橋までの「東海道」をイメージする。 どちらも、東京駅・日本橋から西に向かって伸びて行くのが「東海道」。、、、、、ところがギッチョン、大化の改新以後に街道が整備され、平安時代には平安京を起点に街道が整備された。 この頃の「東海道」は畿内から伸び武蔵国(東京都)・下総国(千葉県)を抜けて常陸国(茨木県)までであった。 つまり、京都から東京都心部、葛飾区、市川市を抜けて茨木県まで伸びていた。、、、、、今日の散歩は、その「古代東海道」の一部、京成小岩駅から立石駅までの区間を歩いてきた。 1万歩。
 
 
●・・・・・・・・「古代東海道」なる街道があったことを、私が知ったのは、今日散歩の途中で奥戸小学校前を通った時その案内板を見たからである。 70余年東京に住んでいて、初めて知った知識。、、、、、案内板の地図は南北が逆だが、鐘ヶ淵駅・四ツ木駅・立石駅・奥戸橋・三和橋・京成小岩駅と葛飾区の中を通っていた。
 
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①京成小岩駅・・・・・・・・・・島式ホーム2面4線の地上駅で、橋上駅舎を有している。 昭和7年5月15日に開業。 駅出入口は南北に2か所あるが、駅前の賑わいは期待薄!、、、、JR総武線の小岩駅とはかなり離れている、乗り換えは無理。
 
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②愛国学園・・・・・・・・京成小岩駅近くに、私立の中・高等学校と、短大がある。 昭和13年(1938)設立の女子校である。 “愛国”とは、チョイト戦前の匂いがする校名だ!、、、、校舎の前の通りが古代東海道である。 
 
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③立石大通踏切・・・・・・・・・葛飾区細田1丁目にある新金貨物線(新小岩~金町)の踏切。 踏切名は「立石大通踏切(たていしおおどおりふみきり)」で、この辺りでは古代東海道は立石大通りと呼ばれていたのかも?、、、、、貨物線は運転本数も少なく単線だ!
 
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・・・・・・・・・・・・・この辺りでは、かつての古代東海道の拡張工事が行われていた。
 
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④三和橋・・・・・・・・・三和橋(さんわばし)は、新中川に架かる橋のひとつで、東岸の葛飾区細田三丁目と西岸の細田二丁目を結んでいる。 橋長119.0mの3径間連続プレビーム合成桁橋。、、、、、旧三和橋は、昭和36年(1961)に架けられ、完成から約50年経過し劣化が進み、耐震性も低下したため、平成24年(2012)6月に現橋が完成した。、、、、古代東海道の頃は、もちろん橋はなかったが、新中川も無かった。 新中川は昭和38年(1963)に中川放水路として完成した新しい川である。
 
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⑤奥戸小学校・・・・・・・・・・三和橋を渡ると奥戸の町に入る。 この学校前で、古代東海道を知ることができた。
 
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⑥奥戸橋・・・・・・・・・・・奥戸小学校を過ぎると、中川に架かる奥戸橋を渡る。 高砂1丁目と立石8丁目を結ぶ、飾りの少ないガータ橋。 昭和47年(1972)11月竣工。、、、、古代人はこの川を泳いで渡ったのか? 
 
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⑦南蔵院・・・・・・・・・・奥戸橋を渡り中川沿いに歩くと、真言宗豊山派寺院の南蔵院がある。 長保年間(999-1004)に創建したと伝えられ、境内からは、明治時代に破却されたものの古墳が出土しており、古くから栄えた一角にある。、、、、、古代東海道を知る寺院か?
 
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⑧立石祠・・・・・・・・・・「立石」の地名は、立石八丁目にある立石様という石に由来する。 この立石様は、公園の中央にある祠の中心に鎮座している。 付近にかつて古墳があったことやその材質(房州石という凝灰石の一種)から、古墳の石室などと同様、千葉県鋸山付近より同地に持ち込まれたと推定されている。また、奈良・平安時代には立石付近を横断していた古代東海道の道標として転用されていたと考えられている。、、、、、立石様の石は、頭がかろうじて見える程度で全身は土の中。
 
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⑨帝釈道の道標・・・・・・・・・立石祠の近く、中川の岸に、正面に大きく「帝釋天王」と彫られてた道標がある。  横側には「文政三(=1820年)庚辰歳四月」の文字が見て取れる。 このあたりで「帝釋天」といえば、柴又の寅さんがいる「題経寺」のことを指す。 ここは帝釈道の分岐点でもあった。
 
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⑩西円寺/諏訪神社・・・・・・・・・・・新義真言宗寺院の西円寺は、永禄10年(1567)の創建。 江戸時代には立石諏訪神社の別当寺であった。、、、、、今日は経営する幼稚園の行事があるらしく、怪しい親爺は境内に近寄れなかった。
 
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・・・・・・・・・・・・・立石諏訪神社の創建年代は不詳だが、元文4年(1799)の資料に記載のあることから江戸時代中期には創建されていたらしい。
 
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⑪立石駅・・・・・・・・・立石駅を挟む、四つ木~青砥間の高架化工事に着手し、立石駅はいよいよ高架駅に変わる予定。 また、駅の両側の再開発も計画され、数年後には大変身するであろう。、、、、、古代東海道の散歩も、今日はここまで!
 
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2017年11月 2日 (木)

新小岩~四ツ木

夕暮れ時に、総武線新小岩駅から京成押上線四ツ木駅まで歩いてきた。 1万歩。

 
 
①新小岩駅・・・・・・・・・・夕日となる直前に新小岩駅で下車した。、、、、、、まだ、退社時間前で乗降客も少ないようだ。
 
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②平和橋通り沿いの1社2寺・・・・・・・・・・・中川に架かる平和橋にちなみ、新小岩駅前をとおり堀切菖蒲園駅の方へ抜ける都道が平和橋通り 。、、、、、雅万歩では、おなじみの寺社を歩いてきた。
 
・・・・・・・・・・・・・まずは、西新小岩の東光寺。 真言宗の東光寺は、慶長元年(1596)に創建された。、、、、、境内には、安政大地震の様子を伝える石造地蔵像が祀られている。
 
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・・・・・・・・・・・・・次は、東新小岩にある、新義真言宗の上品寺。 こちらには、私の好きな閻魔大王坐像がある。 大王は、地獄に住み、死して地獄に堕ちる人間の生前の善悪を正し、罪あるものには、苦しみを与える冥王として信仰する人が多い。 私も生きているうちに仲良くなり、天国へ行けるようゴマをすっておくことにしている。
 
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・・・・・・・・・・・・・平和橋の南詰には、天祖神社。 創建は鎌倉時代。 現社殿は昭和43年(1968)の造営。
 
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③夕日の平和橋・・・・・・・・・・・中川に架かる橋。、、、、、スカイツリーがよく見える!
 
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④木根川薬師の町・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・天台宗の青龍山薬王院浄光寺。 本尊薬師如来は伝教大師の作といわれ、むかしから「木根川薬師(きねかわやくし)」として世に知られている。
 
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・・・・・・・・・・・・・取り壊しを待つ団地が、夕日を受け寂しそう。
 
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・・・・・・・・・・・・・・木根川商店街、、、、、営業しているのは角の床屋と奥の中華料理屋だけ。 あとは空き家。、、、、、???
 
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⑤荒川土手の夕暮れ・・・・・・・・・・
 
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⑥四ツ木駅へ・・・・・・・・・・・・・昭和の町「渋江商店街」の灯りが泣きそうだ!
 
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2017年9月29日 (金)

四ツ木~綾瀬

京成押上線四ツ木駅からJR常磐線綾瀬駅まで、たぶん1万2千歩ぐらい(今日は万歩計を忘れた!)の散歩です。
 
 
 
①四ツ木駅・・・・・・・・・・・・・・荒川を挟み墨田区側の八広駅と対峙する葛飾区側の四ツ木駅。 大正元年(1912)11月3日に開業。 平成11年(1999)の高架化工事により、相対式ホーム2面2線の高架駅である。
 
・・・・・・・・・・・・・・・朝、上りホームは通勤客が並び、下りホームは数人の乗客だけ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅出入口の脇では、京成押上線四ツ木駅~青砥駅間(延長約2.2km)の連続立体交差事業が始まっている。、、、、、現場入口には誘導員を配し、交通安全の徹底を図る。
 
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・・・・・・・・・・・・・・四ツ木駅側取り付け部から立石駅寄りの平和橋通りまでが第一工区。 施工は戸田建設+安藤ハザマJV。、、、、、、無事故・無災害で終わることを祈る。
 
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②路傍の庚申塔・・・・・・・・・・・四つ木の裏道に祀られている青面金剛。 宝永3年(1708)に造立されたとも?、、、、、300年以上経った像に『お疲れさん!』
 
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③四つ木白髭神社・・・・・・・・・・・国道6号(水戸街道)・本田広小路交差点の近く、裏道の奥に鎮座する。 承応3年(1654)四つ木村が立石村から分村したとき、四つ木村の鎮守として勧請されたそうだ。 祭神は猿田彦大神。 現社殿は昭和40年(1965)に鉄筋コンクリート造で建て替えられた。、、、、、四つ木の裏道・路地を歩き行きつく神社。 一度は偶然、二度めは迷子、三度めは行けずに諦める、場所の分りずらい神社。
 
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④宝町・・・・・・・・・・・本田広小路交差点で国道6号(水戸街道)を超え、葛飾区宝町に入る。、、、、、「宝町」の由来は、、、、、かっては、宝木塚村(ほうきづかむら)であった。 明治11年(1878)に南葛飾郡に所属した。 明治22年(1889)立石村大字宝木塚となり、昭和7年(1932)葛飾区本田宝木塚町となる。 昭和36年(1961)、本田宝木塚町の大部分に堀切町・下千葉町・本田篠原町の各一部をあわせた町域を宝木塚の“宝”だけを採って宝町とした。
 
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西光寺・・・・・・・・・・・真言宗豊山派の西光寺は、渋江山清重院と号す。 西光房善慶(葛西清重)の草庵として元仁元年(1224)創建、慶長18年(1613)浄土真宗より真言宗に宗旨を改めた。、、、、、、西光寺がある宝町2丁目は、かつての宝木塚村である。 「宝木塚」の由来は、元仁2年(1224)親鸞聖人が西光寺境内にある松の木に法衣を掛けて自ら名づけた「法喜塚」が、のちに宝樹塚→宝木塚と変わったという説がある。 その時の松の木は天明6年(1786)に大風雨のため倒れてしまい、現在は3代目の松の木が植えられている。、、、、、、つまり、西光寺の「法喜塚」が「宝木塚」となり、さらに戦後「宝町」に変わった。
 
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・・・・・・・・・・・・・・葛飾区には「西光寺」が2寺ある。 ここ宝町の西光寺の他に、四つ木1丁目に天台宗の西光寺があり、超越山来迎院と号す。、、、、、2寺の距離もさほど遠くなく、まぎらわしい! 
 
 
⑥宝町八幡神社・・・・・・・・・・・宝町2に鎮座する宝町八幡神社。 神社の創建年代は不詳であるが、宝木塚村の開村時に鎮守社として創建したといわれている。 「西光寺持」であった。、、、、、現在は、金も無い、人も無い、知恵も無いのか、社殿の屋根は歪み、境内は荒れ、社名すらどこにも出ていない。
 
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⑦堀切菖蒲園2号踏切・・・・・・・・・・堀切菖蒲園駅とお花茶屋駅のほぼ中間に位置する踏切で、京成本線を越えて堀切の町に入る。
 
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⑧路傍の庚申塔・・・・・・・・・・・・・東堀切1の裏道に祀られている板碑型の庚申塔。 文字の判別も難しいほど年数が経過した。 正面に中央に「奉待庚申供養」と記され下に三猿、右に「元禄七戌年」(1694)「下千葉村」、左に「十月十四日」「九品寺」とかすかに読める。
 
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⑨九品寺・・・・・・・・・・建久4年(1193)に創立されて以来、800年以上法灯を伝えている真言宗豊山派の古刹。、、、、、、今年の春に立ち寄ったので、こちらを見てね!
 
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⑩綾瀬北野神社・・・・・・・・・・・・・足立区綾瀬2にある北野神社。 創建年代は不詳。 当地旧普賢寺村には稲荷社・天神社、第六天社、八幡社があり、これらを合祀し北野神社と称した。、、、、、駅に近いこともある、手を合わせる人も何人か見られた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・賽銭稼ぎか?、客寄せギューか?、新調したような撫で牛がいた。
 
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⑪養福寺・・・・・・・・・・・北野神社の南側に新義真言宗の養福寺がある。 養福寺は永正元年(1504)に中興開基した寺らしい。 北野神社の別当であった。、、、、、現本堂は昭和50(1975)年に落成。
 
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⑫綾瀬駅・・・・・・・・・・・・我が家(浅草橋)へ帰るとき、綾瀬駅から乗車し、西日暮里で山手線に乗り換えると、綾瀬~西日暮里は千代田線扱いとなり営団料金を取られる。 北千住で常磐線快速乗り換えて上野へ出ると通しでJR料金となり割安。 しかし、北千住駅の乗り換えが面倒。 どっちらにしても、スッキリしない駅だ!
 
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2017年9月27日 (水)

高砂~青砥

西から雨雲がやってきて、東京も今夜から本格的に降るらしい。 夕刻の空は雲が覆い、どんより薄暗い。 『チョックラ、電車を撮りに高砂へ行って来る』と、家を飛び出し京成高砂駅から京成青砥駅までのミニ散歩。
 
 
 
高砂駅にて・・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・・・・車両はカッコいいが、ホームの乗客の安全を考えてか、駅部を通過するときはスピードが遅い。、、、、、一度は、ホームに立っている人を風圧でブッ飛ばすほどのスピードで通過するスカイライナーを見てみたいね。
 
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・・・・・・・・・・・・・・6両編成の普通列車ととして運用されている3500形
 
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・・・・・・・・・・・・・・京成グループの標準車両、3000形
 
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・・・・・・・・・・・・・・京成に乗り入れている、都営地下鉄5300形。、、、、運用開始から20年以上過ぎ、そろそろ世代交代か。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・北総鉄道を走る斬新なデザインの9100形、愛称はC-flyer(シー・フライヤー)。、、、、愛称を知るのは、鉄道オタクぐらいかも?
 
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②京成電鉄中川橋梁・・・・・・・・・・青砥駅と高砂駅の間で、中川に架かる橋梁。昭和48年(1973)頃に現在の橋梁に架け替えられた。、、、、、曇り空の下では、やはり写真写りは良くないね。
 
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③高砂橋・・・・・・・・・・・京成電鉄中川橋梁の下流側に架かる高砂橋。 初代は昭和7年(1932)に架橋。 その後、平成15年(2003)に現在の橋に架け替えられた。 2径間連続鋼斜張橋で、青戸と高砂の町を結んでいる。
 
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④青砥駅・・・・・・・・・・そろそろ明かりも灯り帰宅することにした。、、、、なぜか、“おでん”が食べたくなった。
 
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2017年9月20日 (水)

柴又

晴れるようで晴れそうにない曇り空。 まずは、京成金町線に乗り金町へ、金町から柴又帝釈天の題経寺へ、草団子を買ったら持ち歩くのが面倒になり、散歩は止めた。 金町駅から帰宅する。
 
 
①京成金町線・・・・・・・・・・金町線の前身は、明治32年(1999)に柴又~金町間が開通した帝釈人車鉄道である。 開通から13年後の明治45年(1912)には、高砂~柴又間の電車が開業し、翌大正2年(1913)には高砂~金町間の全線が開通した。、、、、、金町線は路線距離2.5km、駅は両端の「高砂」、「金町」2駅と途中駅の「柴又」のみ、全線単線で、4両編成で運行されている都会のローカル線である。 
 
●高砂駅・・・・・・・・・・・・・・高砂駅は橋上駅舎で、改札は2階にある。 本線の改札と向かい合って金町線の改札がある。、、、、、電車が到着するとドッと乗客が出てくるが、数分もするとガラガラとなる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・金町線の高砂駅ホームは、地上を走る京成本線の頭上に造られた1面1線専用ホームである。
 
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・・・・・・・・・・・・・・改札をとおりホームに出ると、3500形の電車が出発を待っている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・ホーム先端に立つと、高架上の金町線(単線)と地上の本線、北総線の線路群が見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・・朝の金町行は空いている、ガラガラだ!
 
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●柴又駅・・・・・・・・・・・・柴又帝釈天の参道前にある柴又駅。 2面2線の地上駅で、ほぼ大半の列車がここで列車交換を行う。
 
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・・・・・・・・・・・・・・柴又駅には、今では都心の駅では珍しくなった構内踏切がある。 「構内踏切」とは、その名のごとく駅構内の踏切で、改札を駆け込んできた人が電車のお尻と車掌さんお尻を見ながら、息を切らして踏切を渡り、ホームへ駆け上がり、車掌さんに近いドアから車内に飛び込む、映画のワンシーンを創り出す踏切だ。 ちなみに「構内踏切」という呼び方はあくまで俗称で、正式には「渡線路」と言う。 “踏切”は公道に設置されるものである。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅前の寅さん像は有名だが、 今年の3月から、旅に出る寅さんが故郷や家族の方を振り返ったシーンをモチーフに、視線の先に最愛の妹・倍書千恵子演ずるさくらを配した銅像となった。、、、、、似ている! Good!
 
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●・・・・・・・・・・・金町浄水場前を疾走し、 水戸街道を横断する金町線。
 
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●京成金町駅・・・・・・・・・京成金町駅は、単式ホーム1面1線の地上駅。 ホームと道路の段差は小さく、道路面から5段のぼればホームに出られる、ローカル色の残る終着駅。
 
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②柴又帝釈天・・・・・・・・・・・・「帝釈天」は、本来、仏教の守護神である天部の一つを指すが、“柴又の帝釈天”と言えば、日蓮宗の寺院の通称で、正式名称は経栄山題経寺(きょうえいざんだいきょうじ)を指す。 その帝釈天の旧本山は大本山中山法華経寺。、、、、、江戸時代初期の寛永6年(1629)に、禅那院日忠および題経院日栄という2名の僧によって開創された日蓮宗寺院。
 
・・・・・・・・・・・・・・午前10時前後の参道、まだ参詣人の姿はチラホラ、店も準備中。
 
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・・・・・・・・・・・・・今日は彼岸の入り、帝釈天には団体さん御一行が先着していた。 御一行はガイドに引率され、早々とお食事処に消えた。、、、、、静かになった境内で合掌。 
 
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●・・・・・・・・・・・・お参りもすみ、忘れずに妻にみやげの草だんごを買って帰る。

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