足立区

2018年1月12日 (金)

浅草橋~扇大橋

全国的に寒い一日。 私の住む台東区の気温は9時に2.7℃、12時で5.7℃。 今朝のNHKお天気お姉さんは、5カイロ推奨していた。 とにかく寒い。、、、、今日の散歩は、70歳を過ぎた若い身体で北風の中を歩いてきた。 我が家(浅草橋)から北へ向かい、入谷でチョイト西に折れ、尾久橋通りを直進し隅田川、荒川を越え、足立区の日暮里舎人ライナー扇大橋駅まで、1万5千歩、10kmの散歩です。
 
 
 
●a.m.7:40・・・・・・・・・・我が母校:旧台東区立柳北小学校前をスタートする。、、、、柳北(りゅうほく)小学校は、明治9年(1876)に第五中学区第十四番公立小学柳北女学校として設立され、明治41年(1908)には柳北尋常小学校と改称した。 関東大震災では校舎は焼けたが、その後いち早く大正15年(1926)に、浅草橋駅北側に復興小学校として建替えられた。 戦後は私も入学し、学校も多くの児童で教室が不足するほどであった。 しかし、平成13年(2001)に100年以上の歴史に幕をおろし閉校した。 現在は、建て替え中の蔵前小学校の仮校舎として使用されている。
 
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・・・・・・・・・・・・・小学校前の通称:左衛門橋通り には、浅草消防署浅草橋出張所があり、昨年11月に私が、その一週間後に我が母がお世話になった救急車が待機している。 頼りになるありがたい消防署。 ただしこれ以上、救急車・消防車のお世話にはなりたくないものだ。
 
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●a.m.7:50・・・・・・・・・・蔵前橋通りを横断。 蔵前小学校の児童が、元気に登校してくる。 早やいな、始業時間は何時だ?
 
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●a.m.8:05・・・・・・・・・・蔵前橋通り、春日通りを越えて左衛門橋通りを北へ、元浅草1丁目に入る。 アレ?郵便ポストの向きがおかしくないか? 普通、車道に背を向けて設置されているはずだが。 ポストの埋め込み部分のコンクリートが新しく、まだ設置されて間もないようだ。 向きを間違えたのか、設置基準みたいなものが変更されたのか? どちらにしても違和感があるね。 
 
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●a.m.8:15・・・・・・・・・・浅草通りを越えて、東上野の坂東法恩寺前を通過。
 
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●a.m.8:35・・・・・・・・・・中入谷交差点を左折し、言問通りに入り地下鉄日比谷線入谷駅前を通過。
 
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●a.m.8:40・・・・・・・・・・入谷交差点近く、鬼子母神の隣りに、大正15年(1926)に完成した復興小学校:旧入谷尋常小学校(旧坂本小学校)がある。
 
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●a.m.8:50・・・・・・・・・・根岸3丁目の言問通りから、裏道の奥に明治期の外務大臣であった陸奥宗光旧別邸が見える。 陸奥宗光は明治20年頃に三井家からこの洋館を献上された。 現在は個人の住宅として利用されている。
 
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●a.m.8:52・・・・・・・・・・JR鶯谷駅前で言問通りから尾久橋通りに入る。
 
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●a.m.8:55・・・・・・・・・・荒川区東日暮里の一角に建つ建物。 2階建て?3階建て? 3階部分には外壁と窓枠はある、だが、窓にはガラスが入っていない、3階の天井も無い、窓を通して隣りの建物の外壁も見える。、、、、、不思議な建物だ! 
 
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●a.m.9:05・・・・・・・・・・我が家を出て1時間25分経過。 日暮里駅前を通過する。 寒いが、快調である。 これより日暮里舎人ライナーが上空を走る尾久橋通りを歩く。
 
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●a.m.9:10~9:30・・・・・・・・・・日暮里舎人ライナーは、西日暮里駅を挟み、常磐線京成本線常磐貨物線の線路を跨いで進む。、、、、、線路好きの私には嬉しい散歩道。
 
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●a.m.9:35・・・・・・・・・・尾久橋通りが明治通りと交差する田端新町一丁目交差点通過。
 
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●a.m.9:40・・・・・・・・・・赤土小学校前駅を通過。、、、、“〇〇小学校前”という駅名は、バス停などには多いが、鉄道の駅としては珍しいね。 JRの駅であるかな?(私には思い出せない)
 
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●a.m.9:50・・・・・・・・・・熊野前駅を通過。 都電荒川線への乗換駅。
 
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●a.m.10:05・・・・・・・・・・尾久橋で隅田川を越え足立区に入る。 橋を渡ると足立小台駅が待っている。
 
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●a.m.10:10・・・・・・・・・・尾久橋に続き、扇大橋を渡り荒川を越える。
 
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・・・・・・・・・・・・・橋上から振り返ると、富士山が見えた! 富士山が見ると、なぜか嬉しくなるのが日本人。 私は典型的な日本人かも?
 
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・・・・・・・・・・・・・・長い扇大橋を渡り終えたのは、a.m.10:20。
 
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●a.m.10:30・・・・・・・・・・寒さは和らいだがチョイと疲れたので、今日の散歩はココまでとして、扇大橋駅から帰宅することにした。
 
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2017年12月28日 (木)

中川(常磐線中川橋梁~飯塚橋)

三日前の散歩の続きで、金町駅から中川に架かる常磐線中川橋梁と飯塚橋を巡り、亀有駅まで歩いてきた。 1万2千歩。
 
 
 
京成金町駅 ・・・・・・・・・・・・「金町」までは、我が家のある浅草橋からは、浅草橋→(都営浅草線)→押上→(京成)→京成金町のルートで、約30分、190円(都営線内は敬老パスを使用)と、JRを西日暮里経由で利用するより安く、早く行ける。 便利なもんだ!
 
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②常磐線中川橋梁・・・・・・・・・・・・亀有~金町間で、中川に架かる常磐線の鉄道橋。 JR常磐線と千代田線が並走する。

・・・・・・・・・・・・・金町駅から常磐線沿いに歩き、新金貨物線の新宿道踏切を渡り、中川の堤防に向かう。
 
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・・・・・・・・・・・・・・中川の堤防に出ると、左手に先日渡った中川橋 が、右手に常磐線中川橋梁が見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・・下流側にJR常磐線、上流側に千代田線が走る。 昭和45年(1970)頃の竣工。
 
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③中川堤防を歩く・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・誰も歩いていないチョイ寒の堤防を歩く。  誰もいない青空の下の散歩は爽快である! 
 
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・・・・・・・・・・・・・中川を下る船とすれ違う。 70歳を過ぎると、船を見て手を振るのは恥ずかしい。
 
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・・・・・・・・・・・・・アッ! 対岸のビルの谷間に富士山が見える! (写真中央)
 
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④中川水管橋・・・・・・・・・・・常磐線中川橋梁の上流、足立区中川と葛飾区南水元を結び、工業用水を通す、東京都水道局が管理する橋。 昭和46年(1971)に完成した。、、、、、両岸の端部では、水道管が地中にもぐり込んでいる。
 
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⑤富士j神社・・・・・・・・・川に沿い歩いていると堤防下にまだ木肌の新しい神社が見えた。 葛飾区南水元にある富士神社(飯塚富士)である。 神社は、木花咲耶姫命を祭神として、正慶元年壬申(1332)6月創建といわれ、江戸時代には旧飯塚村の鎮守だった。、、、、富士塚は拝殿の裏にある浅間山の上に、さ らに盛土をして築かれ、まるで古墳である。、、、、、さて、拝殿に向かい賽銭を投げてから、しめ縄・鈴の緒を見てビックリ、触ってガックリ、鳴らしてガッカリ、、、、ナント、しめ縄・鈴の緒はビニール紐で作られている。 しめ縄の藁の渋い色が出ていない、テカテカである。 鈴の緒をつかむと、フニャフニャ、紐の重量感・手ごたえがない。 せっかく社殿を新築したのだから、しめ縄・鈴の緒も本物を付けて欲しかった。 ご利益、期待できそうにないかもね!
 
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⑥鹿浜線中川水管橋 ・・・・・・・・・・・・中川水管橋の上流側にもう一つ水管橋がある。 こちらは飲料水が流れているようだ。 こちらも、川を越えると水道管は地中にもぐる。
 
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⑦飯塚橋・・・・・・・・・・・・東岸の葛飾区南水元と西岸の足立区大谷田・中川を結ぶ飯塚橋。 昭和30年代に架けられた旧飯塚橋は老朽化により取り壊され、平成6年(1994)に現在の長さ303.0m、幅員20.2mの鋼箱桁橋が開通した。、、、、、この飯塚橋は足立区と葛飾区を結ぶ唯一の車・人道橋である。 この橋の先には、約3.0km上流の埼玉県八潮市の潮止橋 まで橋はない。
 
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・・・・・・・・・・・・・飯塚橋から上流を眺めるが、八潮市の潮止橋は見えない。
 
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⑧中川氷川神社・・・・・・・・・・・飯塚橋を渡り、足立区に入る。 これより中川沿いに歩いて亀有駅に向かう。 さて、足立区中川では氷川神社にお立ち寄り。、、、、、、素盞嗚尊を祭神とする古社。 手水石、狛犬などの年代には古いものが多い。
 
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⑨亀有駅・・・・・・・・・・北口に到着。
 
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2017年12月20日 (水)

西新井

早朝の西新井大師に参り、その足でグル~~リと西新井駅の北側(竹ノ塚駅との中間地点ぐらいまで)を歩き西新井駅まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
東武大師線 ・・・・・・・・・・西新井駅から隣の大師前駅まで、路線距離1.0kmの盲腸線。
 
・・・・・・・・・・・東武伊勢崎線で浅草から向かうと、西新井駅で大師線に乗り換えである。 ホームに降り立つと、向かいの1番線ホームに昭和30年代のリバイバルカラーの大師線が到着している。、、、、、この電車に乗ろう、急げ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・・大師前駅に到着するや、スグに折り返し西新井行となる。
 
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②西新井大師・・・・・・・・・・只今、時刻は8時半。 まだ、参詣客は少ないだろうと大師(総持寺)に向かう。
 
・・・・・・・・・・・・・参道はまだ開いていない店が多い。 開いているのは、店主がお年寄りの店のだけ。
 
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・・・・・・・・・・・・・来年秋まで山門は保存修理中。 工事の為、狭くなった山門をくぐると、本堂が見える。、、、、、境内の、あちら、こちら、どちら、そちらで、初詣の準備中。 工事関係者が車でやって来る。 コリャ、ゆっくり境内を見ることも難しそうだ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・まずは御本尊に手を合わせ、境内の三匝堂、不動堂などをまわり、本堂裏から境内を出た。
 
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③栗原立体交差・・・・・・・・・かつて、西新井大師の北東に位置する足立区栗原地区は、地区の中央を南北に走る東武伊勢崎線により東西の交通が遮断され、栗原1丁目・2丁目は線路の東側に、栗原3丁目・4丁目は西側に分断されていた。、、、、、足立区では昭和60年(1985)から平成3年(1991)にかけ、総延長380m、トンネル部160m、総工費36億円で東武伊勢崎線と並行する尾竹橋通りの下を抜けるトンネルを造り、東西をつないだ。 これが栗原立体交差である。、、、、、約30年前に造られた立体交差は交通量も増え、栗原地区の東西一体化に貢献したようだ。 
 
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・・・・・・・・・・・・・立体交差で東武伊勢崎線の東側(足立区栗原2)に出ると、UR栗原団地が広がっている。、、、、、昭和40年代に建てられた20数棟からなる団地。 広い敷地にゆったりと建てられている団地で、生活もしやすそうだ。 
 
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④栗原氷川神社・・・・・・・・・栗原2丁目に鎮座する栗原氷川神社。 創建年代は不詳だが、天正2年(1574)に再建され、栗原村の鎮守社であったと言われている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・社殿の前にはクロマツの大木が数本、堂々と天に伸びている。 おみごと!
 
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⑤旧奥州街道・・・・・・・・・・江戸五街道の一つ「奥州街道」(日本橋から宇都宮までは日光街道と共用) その奥州街道の旧道を標す石碑が足立区島根にある。、、、、、、写真:右端の屋敷前に建てられている。 そこには、屋敷前の細い道が古代からの奥州街道であると標されている。
 
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・・・・・・・・・・・・『石碑は新しそうだ、この道がホントに奥州街道?』と疑問が頭をかすめる。 すると、ちょうど屋敷の御主人らしき方が出てきたので話を伺うと、、、、、碑を建てたのは御主人のお父さまで、代々この地に住む方だ。 江戸時代以前から屋敷前の道は、近くの栗原氷川神社から続く奥州街道と言われているとのこと。 古文書もあるそうだ。 ホントの話であった。
 
 
⑥島根古蹟庚申塔・・・・・・・・・・島根4丁目の公園の一端にある小祠に庚申塔が祀られていた。 宝永時代(約290年前)に建立された庚申塔で、厄除を願い村人の安全を祈ったものらしい。
 
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鷲神社 ・・・・・・・・・・島根の入り組んだ道を歩いていたら、今年の8月に来た鷲神社(わしじんじゃ)に出た。 地元に密着した神社のようだ。、、、、、美しいフォームの神社。
 
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西新井駅 ・・・・・・・・・・・今日は東口に到着。 ここから帰宅する。
 
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2017年12月11日 (月)

サルを追って

今年10月頃から神奈川県の平塚市・横浜市などで出没したサルは、多摩川を越え大田区・港区・新宿区に現れ、昨日はさらに北上し足立区新田付近を荒らしていたそうだ。 朝のニュースで知り、『ヨシ、今日はサルを見つけに、足立区新田から荒川を渡り対岸の足立区鹿浜付近を散歩してみよう!』、、、、、王子駅から新田までは都バスで行き、帰りは日暮里舎人ライナーに西新井大師西駅から乗車した。 1万歩の散歩です。
 
 
 
●足立区新田・・・・・・・・・足立区の大半は荒川の北側に広がっているが、北千住地区と新田地区は、それぞれ独立して荒川と隅田川に挟まれ中洲状に位置している。 新田地区はJR東十条駅の北東にあたり、隅田川は新豊橋新田橋新神谷橋 のいずれかで越えることになる。 荒川を挟み対岸は足立区鹿浜地区である。 荒川を越える橋は一本:鹿浜橋だけである。 隅田川に架かる3本の橋はいずれも北区とつながっており、足立区とつながる橋は鹿浜橋だけ。 新田地区は北区に編入した方が判りやすいかも。 また、新田地区には電車は走っておらず、公共交通機関はバスのみ。、、、、“新田”の名が示す如く、江戸時代に開発された村。、、、、サルはいずれの橋を渡って新田地区に入ったのか? また、北上するサルは鹿浜橋で荒川を越え、すでに鹿浜地区に潜伏しているかも?
 
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①区営新田二丁目アパート・・・・・・・・一見して、サルが隠れていそうなアパートだ!、、、、2棟38戸の区営住宅であった。 足立区では建物老朽化により建て替えを計画しているそうだ。、、、、一周してみたがサルはいなかった。
 
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②新田稲荷神社・・・・・・・・・・・サルが狐に化けているかも?、、、、、新田一丁目にある神社で創建は元禄10年(1697)。 社殿は戦災により焼失し、現社殿は昭和22年(1947)の再建である。、、、、境内にある、「宝暦六年丙子四月」(1756)の彫の庚申塔に三猿がいるが、逃亡中のサルはここにもいないようだ。
 
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③新田一丁目アパート・・・・・・・・・・サルが鹿浜橋から北上するなら、必ず通るであろう鹿浜橋西詰に建つ都営住宅。、、、、、昭和42年(1967)から昭和43年(1968)にかけて建てられた、568戸(12棟)の団地である。 老朽化したため、まず3割程の面積を占める5棟の取り壊しが始まった。、、、、、サルがここに逃げていれば、工事の邪魔になるので、追い払われるぞ!
 
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④鹿浜橋・・・・・・・・・・・・サルめ、幅の広い大河:荒川を渡ったか? もし、渡っていれば、目指すは日光猿軍団か? 姿は見えず、サルはいずこに?
 
・・・・・・・・・・・・・泳いで渡るには、水のつめたい荒川
 
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・・・・・・・・・・・・・高圧線は高そうで、高所恐怖症のサルなら無理だ!
 
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・・・・・・・・・・・・・ここは、やっぱり橋を利用して渡るのが一番安全!、、、、、長さ 451.3mの鹿浜橋は荒川に架かる環状七号線の橋。 南岸の足立区新田一・二丁目と北岸の同区鹿浜一・二丁目をつなぐ橋として、昭和40年(1965)2月12日に開通した。
 
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・・・・・・・・・・・・・・南岸(足立区新田)から対岸(北岸、足立区鹿浜)を眺める
 
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⑤鹿浜虫切り・小宮鍼灸院・・・・・・・・・・・・“かんの虫”と言う言葉、年配の人は聞いたはず。 “かんの虫”がいるため、赤ちゃんの癇癪が強くなると信じられ、その昔から色々なおまじない、お祓いが行われてきた。 夜泣き、食が細い、すぐ癇癪を起しキーキーいう、引きつけるなど、赤ちゃんの特技であるが、お母さんにとってはイライラの元、はては困って小児科へ駆け込んでいます。 その“かんの虫”を抑える療法が“虫切り”である。 具体的には、赤ちゃんの要所、急所にあるツボを軽く刺激して、心身を安定させる技である。、、、、サルがキーキー言うのは“かんの虫”とは無関係。
 
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⑥江北公園・・・・・・・・・・サルの好きそうな公園があった。 木の枝を見上げ、サルを探すが見つからず。
 
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⑦環七通り・・・・・・・・・どうやらサルはこの辺りに出没していないようだ。 サルとの御対面はあきらめた! サルものは追わず。、、、、、、環七通りを歩き日暮里舎人ライナーの西新井大師西駅へ向かう。
 
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西新井大師西駅 ・・・・・・・・・・日暮里・舎人ライナーの開通と同時、平成20年(2008)に開業した。
 
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●・・・・・・・・・・・・・このブログを書き終える頃ニュースで、逃亡中のサルは今日(11日)足立区・荒川区に出没したとのこと。、、、、ア・レ・レ、、、、、ということは、再び隅田川を越え、今度は南下してきたのか。 ひょっとしたら、私の住む台東区に入り、上野動物園のサル山に向かうかも、、、、、??? 乞う、ご期待。

2017年11月24日 (金)

足立の薬師寺

春に散歩した足立区伊興の寺町界隈。 寺院の並ぶ寺町からチョイとはずれた薬師寺は紅葉の名所である。 今日の散歩は、竹ノ塚で下車し、薬師寺の紅葉狩り、帰りは隣の草加市の谷塚駅まで歩いてきた。 1万1千歩。、、、、竹ノ塚駅から寺町界隈までは、春に歩いたルートと同じなので、変わった処のみ紹介する。
 
 
 
①東岳寺・・・・・・・・・・竹ノ塚駅から北西に400m程行った曹洞宗の寺院:東岳寺。 ここには「東海道五拾三次」を描いた安藤広重の墓がある。 東岳寺は慶長18年(1614)浅草鳥越(浅草橋の我が家の近く)に創建した。 関東大震災後、広重の墓は寺と一緒に、現在の足立区に移転した。、、、、さほど広くない境内だが、季節の草木が彩づいている。
 
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・・・・・・・・・・・・・境内にある、初代安藤広重の墓と記念碑
 
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・・・・・・・・・・・・・・広重の記念碑の隣には、その広重に心酔し、浮世絵を世界に広めた米国人ハッパー(1863〜1936)の墓もある。 彼の人生の半分ほどの46年間、日本に住み日本文化と広重の作品を研究し、世界中にその素晴らしさを広めたそうだ。 広重の作品を愛するあまり、自分のことを広重ハッパーと名乗り、没後は憧れていた広重の隣で眠る幸せ者である。 (写真右)、、、、、写真左の石柱のようなものは、川柳で有名な花屋久次郎の遺跡があります。
 
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②薬師寺・・・・・・・・・・・・曹洞宗寺院の医王山薬師寺は、万治2年(1659)の創建。 この寺は、足立区報でも紹介される程の有名な紅葉の寺らしい。、、、、私が春に訪れた時、住職から紅葉の時期に参詣するように案内された。 訪れてみると、ほんのチョイト早かったようだ。 地元の方の話では、一番いい時期には境内の参道が真紅になるそうだ。 今日の落ち葉はパラパラ。
 
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寺町・・・・・・・・・・・東伊興4丁目の寺町を歩く。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・寺町を抜けると谷塚橋。 足立区と草加市の境である毛長川に架かる橋。、、、、谷塚駅から谷塚橋までは、こちらを見て
 
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・・・・・・・・・・・・・橋の近くで咲いていた。
 
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④谷塚駅・・・・・・・・・・伊勢崎線の駅では、東京に最も近い埼玉県内の駅だが、普通しか停まらない駅。 優等列車は全て通過。
 
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2017年11月 4日 (土)

牛田~尾竹橋

浅草から東武伊勢崎線に乗り、北千住の一つ手前:牛田駅で下車する。 ここから隅田川沿いに遡り尾竹橋まで、1万歩の散歩です。

 
 
①牛田駅・関屋駅・・・・・・・・・・・東武伊勢崎線牛田駅、京成本線関谷駅の両駅は共に足立区千住曙町にあり、一車線の道路を挟み互いに向き合っている。 双方の改札は30m程しか離れていない。、、、、、ああ、それなのに、なぜ駅名が違うのか? 答えは、昔、双方の会社が競い合っており、仲が悪かった。 東武の方は、駅の辺りに、むかし牛田圦(うしだいり)と呼ばれた農業用水路が近くにあり、それに由来し「牛田」と命名した。 京成の方は、この辺りを描いた葛飾北斎の浮世絵「関屋の里」に由来し「関屋」と命名した。、、、故に、駅開業から約85年間、鉄道会社は違う、駅名は違う、お客は間違う! ぜひそろそろ両駅とも、「牛田関屋」とか、「千住曙町」とか、駅名を統一して改名してもらいたいね。 お客様第一に考えて!
 
・・・・・・・・・・・・牛田駅、、、、、昭和7年(1932)に開業した、相対式2面2線の地上駅。
 
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・・・・・・・・・・・・・・関屋駅、、、、、両駅に挟まれたファミリーマートは、商売繁盛。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・相対式2面2線の高架駅:関屋駅(昭和6年開業)は、牛田駅と反対側の墨堤通り側にも出られる。
 
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②岡田商事引込線跡・・・・・・・・・・牛田駅から墨堤通りを北千住方向に歩くと、左側の京成本線高架橋の下に、廃線のレールの跡を見ることができる。 レールの先は墨堤通りを横断し、東武伊勢崎線に向いている。 間違いなく、伊勢崎線から分岐していた跡だ!、、、、、昭和19年(1944)、東武鉄道は、伊勢崎線から分岐して隅田川まで貨物線を伸ばし、当時の市街の住民のウンコ(糞尿)を積んだオアイ船から、列車にウンコを積み替え、埼玉方面の農家に肥料として運んだそうだ。 そのレール跡が、現:岡田商事という鉄骨解体業者の敷地に残っている。
 
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③隅田川左岸・・・・・・・・・・左岸といっても、千住関屋町付近。 対岸は荒川区南千住の汐入地区で、超高層住宅が建ち並んでいる。、、、、、チョイと南千住の方は、朝もや・もや・もや、スッキリしない。
 
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④やっちゃば緑道・・・・・・・・千住の中央卸売市場足立市場近くの交差点に、北千住駅から市場に貨物線が敷かれていた線路跡の、「やっちゃば緑道」がある。 引込線は戦時中に敷設されたようだ。、、、、、線路は無いが、今にでも、貨物列車が向かってくるような雰囲気が残っている。
 
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⑤千住大橋駅・・・・・・・・・・京成本線の千住大橋駅は昭和6年(1931)12月19日に開業した。、、、、、これまでは、日光街道(国道4号)に面した高架下の出入口がメインであったが、駅南側に三菱地所による大規模都市再開発「ポンテグランデTOKYO」が事業推進中である。、、、、、暗い駅が、明るい駅に変身!
 
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・・・・・・・・・・・・・ ポンテグランデTOKYO再開発事業。
 
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⑥再び隅田川左岸・・・・・・・・・・・・千住桜木付近に出た、対岸は荒川区町屋。、、、、朝もやは消えた。、、、、、歩く先に尾竹橋が見える。
 
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尾竹橋 ・・・・・・・・・・隅田川に架かる橋で都道313号(尾竹橋通り)を通す。 南詰は荒川区町屋、北詰は足立区千住桜木である。、、、、、長さ130.3mの3径間連続ローゼ桁橋で、平成4年(1992)に竣工した。
 
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●・・・・・・・・・・・・尾竹橋を渡り、バス停「尾竹橋」から帰る。、、、、早く帰って、大統領補佐官:イバンカさんのニュースを見よう! 熱烈なファンになってしまった。
 
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2017年11月 1日 (水)

西新井~扇大橋

東武伊勢崎線西新井駅から、南西方向に進み尾久橋通りに出て、扇大橋・尾久橋を渡り、荒川区に入る気持ちで歩きはじめた。 しかし、尾竹橋通りを越えてから方向感覚がチョイとずれ、我が足は南に向かっていた、気がつけばそこは中曽根城跡なる処、これでは荒川区に入るのはチョイとキツイ、結局、日暮里・舎人ライナーの扇大橋駅まで、1万歩の散歩となった。
 
 
 
①西新井ヌーヴェル・・・・・・・・西新井駅西口斜め前の再開発地区の総称。 現住所で言うと「足立区西新井栄町1丁目」。 この地区はかつて日清紡東京工場の跡地で、平成10年(1998)に都市再生機構が工場跡地(約11.6ha)を取得した。 その後、平成18年(2006)頃から開発事業が具現化し、現在は、大型商業施設を中心に、約2000戸の集合住宅、病院、警察署などがある。
 
・・・・・・・・・・・・・・都心に向かう通勤客がホームに並ぶ西新井駅 。 西口は駅ビルの2階。
 
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・・・・・・・・・・・・・・新しいビルばかりが並ぶ西新井ヌーヴェル。、、、、綺麗な街だが、チョイと味気ない街と思うのは吾輩だけか?
 
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②本木2丁目付近の裏道・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・西新井ヌーヴェルを抜けて、「関原三丁目」バス停付近で尾竹橋通りを横断し、本木地区に入る。
 
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・・・・・・・・・・・・・・ここいらから、裏道を歩くことにした。(これが、方向感覚を鈍らせてしまうのだ!) この辺りは、住宅と町工場が入り交じり、所々に空き地のある雑多な町。 間違っても、高級住宅地とは言えない。
 
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・・・・・・・・・・・・・・商店街ではないが、店がある、銭湯もある。 オヤ!廃業した菓子屋もある、脇の路地を歩いてみよう!
 
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・・・・・・・・・・・・・道は中曽根神社に出た。 中曽根神社は、千葉次郎勝胤公によって室町時代に築城された中曽根城内に、千葉氏の崇敬する妙見社を勧請したものといい、昭和7年興野の雷神社を合祀して中曽根神社と改称した。、、、、、、どう見ても、城跡とは思えない神社だが、社殿は白と黒を基調に塗られ、どことなく城郭風である。 境内には「中曽根城跡」の碑もある。、、、、、なお、「中曽根」の地名は、ノーベル平和賞を受賞した元首相とは無関係だ。 江戸時代以降に使われた本木村の小字名。
 
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③宝寿院・・・・・・・・・・・中曽根神社の西側200m程の処(本木東町)に、真言宗豊山派寺院の宝寿院がある。 宝寿院は、武蔵千葉氏の祈願所として応永元年(1394)に創建した。 寺の山門(朱塗りの薬医門)付近の土中から文永9年(1272)刻銘の板碑が発見された。 また、近辺を「小屋の内手」と言い、中曽根城と縁の深い地らしい。
 
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④本木御嶽神社・・・・・・・・・・・宝寿院の南100mにある、千葉氏の家臣が日頃から信仰する武州御嶽山を勧請して永禄4年(1561)創建したと思われる神社がある。、、、、、社殿の後ろに庚申塔がある。、、、、、この辺りは、武蔵千葉氏の縄張りのかも?
 
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⑤吉祥院・・・・・・・・・・・本木西町の真言宗豊山派寺院吉祥院は、正応元年(1288)に開山した。 古くから名刹であったそうだ、住職は権大僧都として、毎年正月には葵の紋のついた籠で江戸城に登場したと言われている。、、、、、本堂は昭和57年(1982)の再建で、八間四面、入母屋造りの重厚な建物である。、、、、、、庭の手入れも行き届き、豊かな緑に癒される寺。
 
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⑥扇1丁目・・・・・・・・・・・・足立区の南側を流れる荒川に架かる扇大橋 、その北詰の両側に広がる町が足立区扇である。 「扇」とは粋な地名だ、気になるので調べてみた。 昭和49年(1974)の住居表示の時に、昔からの地名に何ら関係なく、ただ町域が扇のように南に広がっていることから「扇」と命名したそうだ。 私には、チョイと納得しがたいね。、、、、、ところで、都心に近い町でありながら、田畑が残る田舎町だ。
 
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扇大橋駅 ・・・・・・・・・扇の町の中央に位置する日暮里・舎人ライナーの駅。
 
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2017年10月12日 (木)

見沼代親水公園~草加

秋を求めて見沼代親水公園駅から草加駅まで歩いてみた。 1万1千歩。 “秋”はどこかに隠れ、暑い日差しの中、汗も吹き出し“夏”が再来したようだ。、、、、2年程前に、今日と逆に草加から見沼代親水公園まで歩いていた。 重なって立ち寄った処もある。
 
 
 
①日暮里舎人ライナー・・・・・・・・・今日も車両の先頭に座り、子供の視線を感じながら、窓にかじりつく親爺。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・終点、見沼代親水公園駅です。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・見沼代親水公園駅は東京23区の最北端の駅、この先には駅はなく、軌道も天に向かいチョン切れている。
 
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②都県境・・・・・・・・・・・・・見沼代親水公園駅から200m程歩くと、水質はキレイと言えない毛長川が流れ、その先80m程で東京都足立区と埼玉県草加市遊馬町の境となる。、、、、境には標識があるのみで、もちろん、“線”はひかれていない。
 
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③庚申塔・・・・・・・・・・遊馬町(東)交差点の一角に2基の庚申塔がある。 右の庚申塔は文化10年(1813)と彫られている。 左右共に見事な庚申塔である。、、、、、中央、下半身が埋もれているのも庚申塔かも?
 
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・・・・・・・・・・・・・・庚申塔の向かい側には天王社が祀られている。 詳細は不明?
 
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④西願寺・・・・・・・・・・浄土宗の西願寺(さいがんじ)は、遊馬山一行院と号す。 西願寺は、元和元年(1615)の創建と言われている。 
 
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⑤遊馬町の秋・・・・・・・・・柿とザクロは実も心も色づき、食べてくれる人を待っている。
 
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⑥柳島町の石仏・・・・・・・・・・・・草加市柳島町、県道103号に面し、覆屋の中に2基の石仏が並んでいる。 左は庚申塔らしい明暦2年(1656)と彫られている。 右は何だろう(庚申塔かも?)寛文4年(1664)である。、、、、、判読の難しい状態となっている。 できれば、チャンと説明文を書いておいて欲しいね。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・・道路を挟み向かい側のマンションの際に小さな石仏が祀られている。、、、、、 こちらは、50cmほどの像で、コリャなんぞや? 地蔵さんかな?、、、、、写真を撮るのに腰を低くして、『ア、イテ・テ・テ!』、また腰を痛めたか? 歳だから腰は大切にしないと、妻が悲しむかも?
 
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⑦柳島調節池・・・・・・・・・・・・・草加市、川口市を流れる辰井川は、昭和55年から河川整備と調節池、排水機場の工事を進め洪水調整機能を整備している。 その一つが柳島調節池である。 大雨などによる辰井川の氾濫を防ぐ目的で、調節池が造られている。 普段は、柳島遊水緑地として、地元市民の釣り場であり、運動公園である。、、、、、水車小屋風の排水機室がかわいらしい。
 
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C56機関車・・・・・・・・・・・・国道4号(日光街道)をこえ草加駅に近づくと、草加神社の参道脇に氷川中公園がある。 園内にC56110が保存されている。 昭和12年(1937)に三菱造船で誕生し昭和44年(1969)まで約32年間旅客貨物用として活躍した列車である。 最高時速は75Kmで運転され、廃車となるまでは、1,730,888.9km(地球45周)走破した機関車である。、、、、、、塗装も綺麗に静態保存されている。 どうも、近くの保育園児に人気があるようで、園児を避けて写真を撮るのに苦労した。 園児もかわいいが、先生もかわいいね!
 
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⑨草加神社・・・・・・・・・・・草加市氷川町にある草加神社の創建年代は不詳。 天正年間(1573~1592)に大宮氷川神社を勧請、氷川社と称して創建し、南草加村の鎮守社であったと言われている。 明治6年村社に列格、明治42年(1909)に谷古宇稲荷神社、高砂八幡神社、宿篠葉神明神社など近隣の11社を合祀、草加神社と改称した。、、、、、現拝殿は平成16年(2004)に改築された。 また、本殿は天保(1830~1843)の建物である。、、、、、もう七五三の準備は万全かな?
 
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草加駅 ・・・・・・・・・・西口に到着、暑い・暑い散歩であった。
 
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2017年10月 9日 (月)

牛田~堀切

夕食前のミニ散歩と言うことで、夕日が出始めた頃、東武伊勢崎線牛田駅から一駅手前の堀切駅まで、電車を見ながら歩いてきた。
 
 
 
●牛田駅・・・・・・・・・急行・準急の優等列車は全て通過し、普通列車と区間急行・区間準急と名付けられた北千住~浅草間は各駅停車の列車が停まる都会のローカル駅。、、、、、降り立つと、なぜか“ホット”する駅である。
 
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●駅前の店・・・・・・・・・・静かな駅前に、地元の人のみぞ知る、地元の名店。、、、、、「中華そば」の暖簾がイイネ!
 
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●東武と京成の交差点・・・・・・・・・・上を通る京成電車。 下を走る東武電車。 
 
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●堀切駅・・・・・・・・・・・・“昭和”の匂いが残る駅。 哀愁をおびた駅。 私の好きな駅。、、、、、下り(北千住方面)は三角屋根の駅舎。 上り(浅草方面)は土手下の駅舎。 上下ホームを連絡する構内通路なんて、贅沢なものはないよ!
 
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2017年9月29日 (金)

四ツ木~綾瀬

京成押上線四ツ木駅からJR常磐線綾瀬駅まで、たぶん1万2千歩ぐらい(今日は万歩計を忘れた!)の散歩です。
 
 
 
①四ツ木駅・・・・・・・・・・・・・・荒川を挟み墨田区側の八広駅と対峙する葛飾区側の四ツ木駅。 大正元年(1912)11月3日に開業。 平成11年(1999)の高架化工事により、相対式ホーム2面2線の高架駅である。
 
・・・・・・・・・・・・・・・朝、上りホームは通勤客が並び、下りホームは数人の乗客だけ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅出入口の脇では、京成押上線四ツ木駅~青砥駅間(延長約2.2km)の連続立体交差事業が始まっている。、、、、、現場入口には誘導員を配し、交通安全の徹底を図る。
 
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・・・・・・・・・・・・・・四ツ木駅側取り付け部から立石駅寄りの平和橋通りまでが第一工区。 施工は戸田建設+安藤ハザマJV。、、、、、、無事故・無災害で終わることを祈る。
 
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②路傍の庚申塔・・・・・・・・・・・四つ木の裏道に祀られている青面金剛。 宝永3年(1708)に造立されたとも?、、、、、300年以上経った像に『お疲れさん!』
 
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③四つ木白髭神社・・・・・・・・・・・国道6号(水戸街道)・本田広小路交差点の近く、裏道の奥に鎮座する。 承応3年(1654)四つ木村が立石村から分村したとき、四つ木村の鎮守として勧請されたそうだ。 祭神は猿田彦大神。 現社殿は昭和40年(1965)に鉄筋コンクリート造で建て替えられた。、、、、、四つ木の裏道・路地を歩き行きつく神社。 一度は偶然、二度めは迷子、三度めは行けずに諦める、場所の分りずらい神社。
 
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④宝町・・・・・・・・・・・本田広小路交差点で国道6号(水戸街道)を超え、葛飾区宝町に入る。、、、、、「宝町」の由来は、、、、、かっては、宝木塚村(ほうきづかむら)であった。 明治11年(1878)に南葛飾郡に所属した。 明治22年(1889)立石村大字宝木塚となり、昭和7年(1932)葛飾区本田宝木塚町となる。 昭和36年(1961)、本田宝木塚町の大部分に堀切町・下千葉町・本田篠原町の各一部をあわせた町域を宝木塚の“宝”だけを採って宝町とした。
 
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西光寺・・・・・・・・・・・真言宗豊山派の西光寺は、渋江山清重院と号す。 西光房善慶(葛西清重)の草庵として元仁元年(1224)創建、慶長18年(1613)浄土真宗より真言宗に宗旨を改めた。、、、、、、西光寺がある宝町2丁目は、かつての宝木塚村である。 「宝木塚」の由来は、元仁2年(1224)親鸞聖人が西光寺境内にある松の木に法衣を掛けて自ら名づけた「法喜塚」が、のちに宝樹塚→宝木塚と変わったという説がある。 その時の松の木は天明6年(1786)に大風雨のため倒れてしまい、現在は3代目の松の木が植えられている。、、、、、、つまり、西光寺の「法喜塚」が「宝木塚」となり、さらに戦後「宝町」に変わった。
 
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・・・・・・・・・・・・・・葛飾区には「西光寺」が2寺ある。 ここ宝町の西光寺の他に、四つ木1丁目に天台宗の西光寺があり、超越山来迎院と号す。、、、、、2寺の距離もさほど遠くなく、まぎらわしい! 
 
 
⑥宝町八幡神社・・・・・・・・・・・宝町2に鎮座する宝町八幡神社。 神社の創建年代は不詳であるが、宝木塚村の開村時に鎮守社として創建したといわれている。 「西光寺持」であった。、、、、、現在は、金も無い、人も無い、知恵も無いのか、社殿の屋根は歪み、境内は荒れ、社名すらどこにも出ていない。
 
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⑦堀切菖蒲園2号踏切・・・・・・・・・・堀切菖蒲園駅とお花茶屋駅のほぼ中間に位置する踏切で、京成本線を越えて堀切の町に入る。
 
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⑧路傍の庚申塔・・・・・・・・・・・・・東堀切1の裏道に祀られている板碑型の庚申塔。 文字の判別も難しいほど年数が経過した。 正面に中央に「奉待庚申供養」と記され下に三猿、右に「元禄七戌年」(1694)「下千葉村」、左に「十月十四日」「九品寺」とかすかに読める。
 
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⑨九品寺・・・・・・・・・・建久4年(1193)に創立されて以来、800年以上法灯を伝えている真言宗豊山派の古刹。、、、、、、今年の春に立ち寄ったので、こちらを見てね!
 
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⑩綾瀬北野神社・・・・・・・・・・・・・足立区綾瀬2にある北野神社。 創建年代は不詳。 当地旧普賢寺村には稲荷社・天神社、第六天社、八幡社があり、これらを合祀し北野神社と称した。、、、、、駅に近いこともある、手を合わせる人も何人か見られた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・賽銭稼ぎか?、客寄せギューか?、新調したような撫で牛がいた。
 
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⑪養福寺・・・・・・・・・・・北野神社の南側に新義真言宗の養福寺がある。 養福寺は永正元年(1504)に中興開基した寺らしい。 北野神社の別当であった。、、、、、現本堂は昭和50(1975)年に落成。
 
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⑫綾瀬駅・・・・・・・・・・・・我が家(浅草橋)へ帰るとき、綾瀬駅から乗車し、西日暮里で山手線に乗り換えると、綾瀬~西日暮里は千代田線扱いとなり営団料金を取られる。 北千住で常磐線快速乗り換えて上野へ出ると通しでJR料金となり割安。 しかし、北千住駅の乗り換えが面倒。 どっちらにしても、スッキリしない駅だ!
 
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