足立区

2018年10月12日 (金)

夕暮れの柳原

北千住駅から東武伊勢崎線堀切駅まで、9千歩の夕暮れ散歩。
 
 
 
●西は宿場町、東は下町・・・・・・・・・・・・・北千住駅西口周辺は旧日光街道の宿場町で、昼から賑わう大きな街である。 西口と比べ東口駅前は足立学園(中・高校)の城下町であったが、数年前に東京電機大学ができ大学の城下町に変身した。 高校・大学以外には大きな施設もなく、下町の雰囲気がタップリ残るキャンパス城下町。
 
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・・・・・・・・・・・・・・東口から真直ぐ伸びる「学園通り」。 “学園”は「足立学園」(中・高校)を指す。、、、、、駅の東側に住む人にとっては、生活に密着した商店街で、お惣菜屋・肉屋・八百屋、いずれも買い物する人で賑わっている。、、、、駅から1km程先を荒川が流れ、商圏が限定されているためか、ドでかいスーパーは無い。
 
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・・・・・・・・・・・・・駅前の東京電機大学。、、、、日本たばこ産業 (JT) 社宅跡地に平成24年(2012)に開設された千住キャンパス。
 
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●チョイト裏道を歩く・・・・・・・・学園通りの北側(千住旭町)をブラリ! 『下町だ!』
 
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・・・・・・・・・・・・・・裏道を歩いていると、雑草の中にコンクリート造の鳥居があり、奥には社がある。 三吉稲荷神社だ、天保年間(1830~1844)以前の創建らしい。、、、、、稲荷はゴミ集積場と化したのか?
 
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●小坊主のほうき地蔵さん・・・・・・・・・・千住駅前の学園通り東端の先に足立区柳原の町がある。 この町の東は荒川で、行き止まりの町である。、、、、、理性院は瑠璃山柳原寺といい、真言宗ですが“柳原”の名がついているように柳原村の唯一の寺院であった。 もともと村の北のはずれにあったそうだが、荒川放水路開削工事で当時の敷地は全て河川敷となり、現在地へ移転した。 この時、本堂は曳家で移転したそうだ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・境内に建てられたカワイらしい小坊主姿の「ほうき地蔵さん」、、、、、檀信徒の方が、母の菩提を弔うため平成13年(2001)に建立したそうだ。
 
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●下町の田園調布:柳原・・・・・・・・・・・柳原は昭和9年までは葛飾区に属し、葛飾区柳原町であった。 この年に、荒川放水路(現:荒川)ができ、飛地状態になり足立区に移管された。 また、地図を見ると解るが綺麗な半円状の町である。 下町の田園調布だ!
 
・・・・・・・・・・・・・・まずは裏道へを歩く。
 
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・・・・・・・・・・・・・・柳原のメインストリート「千草通り」。 人通りも少なく、両側の商店の7割程は廃業したようだ、復活するのは難しそうだ!
 
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・・・・・・・・・・・・・柳原の中央に位置する柳原稲荷神社。 神社は葛飾郡柳原村の鎮守として慶長11年(1606)創建とされる古社である。 寺は柳原寺の理性院、神社は柳原稲荷神社、両寺社で柳原村の崇敬を集めていた。 入母屋造りの小ぶりの拝殿は、親しみを感じる独特の風情がある。、、、、、本殿の右隣には、昭和8年(1933)に築かれた富士塚がある。 正面鳥居をくぐると一直線に石段が山頂へ通じている。 
 
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・・・・・・・・・・・・・柳原の町を1丁目と2丁目に分ける道路。 両側にはお花見用の桜の大木が並ぶ。 この道路は、北千住駅南側の大踏切りから伸びてきて、柳原で荒川土手にぶつかる。
 
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●荒川土手に上がった・・・・・・・・・京成本線荒川橋梁が見える、スカイツリーも見える。
 
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●哀愁の駅・・・・・・・・・人影は少なく、駅前にはポツリとラーメン屋が一軒、哀愁を帯びた薄暗い駅は寂しい二人が別れる駅。 私の好きな駅。、、、明治35年(1902)に開業した東武伊勢崎線堀切駅
 
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2018年10月10日 (水)

綾瀬川の11橋

秋晴れの下、埼玉県の草加宿付近から東京都の北端:足立区花畑まで、綾瀬川に架かる橋を見ながら歩いてきた。 1万2千歩。
 
 
 
・・・・・・・・・・・・・・綾瀬川は埼玉県桶川市に源を発し、蓮田市・さいたま市・越谷市などを流れ、草加市で古綾瀬川を合わせ、都県境の足立区花畑付近では伝右川と毛長川を合わせ、葛飾区上平井で中川に合流している。 埼玉県南部と東京都東部の底平地を流れる延長約48Kmの一級河川。
 
 
●立って通勤、座って通学・・・・・・・・・草加駅の開業は明治32年(1899)である。 現在は、両外側の通過線各1線が、島式ホーム2面4線を挟む全6線の高架駅である。、、、、通勤通学の時間帯、都心に向かうホームは人も多い。 到着する電車はいずれも満員、座って通勤は無理だね! 田舎方面に向かうホームは、大学生らしき若者が多い。 こちらは、座って・眠って・化粧して・スマホいじって楽々通学できるね。 
 
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●スタコラ速足で抜ける・・・・・・・今日は宿場町「草加」を見学するつもりはなく、飲み屋・風俗店の並ぶ裏道、旧家が残る旧街道を、飛脚のごとく速足で抜け、草加宿の北端から、「草加松原遊歩道」に向かう。
 
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●綾瀬川に沿って・・・・・・・・・・芭蕉の像が迎えてくれる札場河岸公園、ここから北に向かい綾瀬川に沿って草加松原遊歩道が1km以上整備されている。、、、、、私は、遊歩道の南端近くの谷古宇橋から左岸沿いに綾瀬川下流(東京方面)に向かい歩くことにした。
 
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・・・・・・・・・・・・・・まずは、綾瀬川に架かる谷古宇橋(やこうばし)。 アーチ型の橋は、草加松原遊歩道にある歩道橋:矢立橋
 
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・・・・・・・・・・・・少し下ると「埼玉県神明排水機場 」が対岸に見える。、、、、、昨年の夏に散歩した処だ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・・対岸の神明排水機場と、手前にある古綾瀬川排水機場を結ぶように架かる小さな橋:松江橋。 昭和54年(1979)の架橋、歩道橋であるが、自転車、バイクも通れるようだ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・松江橋の脇に「埼玉県古綾瀬川排水機場」がある。 古綾瀬川は、綾瀬川の支流で、草加市の北に隣接する越谷市を源とする川。 ここで、古綾瀬川は綾瀬川に合流する。
 
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・・・・・・・・・・・・・車道専用のコンクリート橋とその両側に鋼製の歩道橋が増設された八条大橋。 “大橋”というほど大きくはないがコンクリート造の八条大橋は、チョイト古そうだ。 両側の歩道橋は昭和40年(1965)に完成した。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・草加駅から西へ1km程の処に手代新橋 (てしろしんばし)がある。 橋上には県道327号が通り、草加駅前と八潮・三郷を結んでいる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・手代新橋の下流に手代橋が架かっている。 昭和30年代の映画のワンシーンを連想させるようなコンクリート橋、いいね! 、、、、、、この橋から、右岸(下流に向かって右側)は草加市だが、左岸(左側)は八潮市となる。 つまり、綾瀬川が両市の境界である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・川の上に何やらトラス状の構造物が? 綾瀬川水管橋である、つまり水道管が川を越える専用橋である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・水管橋の南に、真言宗系の西福寺がある。 寺は善徳山と号す。 たびたびの火災にあい史料を焼失したため開創は定かでないが、嘉吉3年(1443)と言われてる。、、、、、火難・災難除けのお札を貼っておいたらいいかもね?
 
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・・・・・・・・・・・・・・谷古宇橋から約2.5km下った地点、草加市手代町と八潮市柳之宮を結ぶ宮代橋がある。 この橋は昭和58年(1978)完成の歩道橋である。、、、、草加、八潮の両市とも財政難なのか、やたら歩道橋ばかり造っているようだ。 せめて乗用車ぐらいは通れる橋を造って欲しいね!
 
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・・・・・・・・・・・・・・両岸とも八潮市西袋に位置する柳之宮橋は架け替える計画があるそうだが、どうも工事は遅れているようだ。 これも財政難かな???
 
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・・・・・・・・・・・・・・八潮市西袋に架かる西袋橋。 これまた歩道橋なり!
 
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・・・・・・・・・・・・・・西袋橋から100m程下流に架かる水管橋。 この橋の西詰(右岸側)は東京都足立区(花畑桑袋団地)、東詰(左岸側)は八潮市西袋である。
 
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・・・・・・・・・・・・・私の前を歩く、校外学習の小学生。 『チョイト、速く歩けよ!』と、怒鳴りたくなったが堪えた! 『しっかり勉強しなよ!』と、声をかける。 これ以上、声をかけると先生に怪しまれるので、黙ることにした。、、、、、私も人間が出来てきたようだ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・本日の最後は、水管橋の下流に架かる足立区の桑袋大橋(くわぶくろおおはし)。 この橋を渡ると、最北端の都営住宅であろう都営花畑第四アパートである。
 
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・・・・・・・・・・・・・・以上、草加から東京都に至るまで、水が綺麗になった綾瀬川に架かる11橋の御紹介。
 
 
●年寄りばかり・・・・・・・・桑袋大橋を渡り、都営花畑第四アパートからバスで谷塚駅に出て帰ることにした。、、、、バスを待つ人、バスに乗る人、みんな年寄りだ! この人も、あの人も、どの人も、みんな敬老パスで乗ってくる。 そう言う私も同じだ。 『ひょっとすると、このバスは世紀末のバスかな?』
 
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2018年10月 3日 (水)

不動明王を祀る二寺

東武伊勢崎線五反野駅で下車し、日暮里・舎人ライナーに向かい西の方角に歩いてみた。 チョイト、のんびり歩いたので、目的のライナーの駅までは到達できず、残念! 9千歩。
 
 
 
五反田と間違えるローカル駅・・・・・・・・・五反野駅周辺は、遠く昔、低湿地帯で河川が年中洪水を起こし、定住することが極めて難しい土地であった。 その後、河川の改修工事がなされ、江戸時代には綾瀬村の一部である弥五郎新田の小字で「五段野」ともいわれ、徳川氏の御料地として豊かな農村に発展した。 現在は「五反野」の地名は無くなり、駅名のみが残っている。 土地勘の無い人は「五反田」と間違えるそうだ。、、、、、駅の開業は大正13年(1924)10月1日。、、、、、、現在は、島式ホーム1面2線を有する高架駅。 緩行線にのみホームがあり、緩行線の外側を急行線が疾走して通過し、ローカル駅の無念を実感できる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅周辺も、ワクワクするような賑わいもなく、覗いてみたい店もない、これが“北千住から2つめの駅か?”、まさにローカル駅だ。 (私の住む浅草橋も秋葉原の隣り駅だが、知る人も少なく。 また、“浅草”と間違える人もいる。)
 
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●用意周到・・・・・・・・・太い柱・梁が組まれ外に出ている、足立4丁目の歯医者さんの建物。 これは、意識的なデザインか?、はたまた今後の増築用に、あらかじめ柱・梁を組んでおいたのか?、、、、、私の勝手な推測では、今後の医院の規模拡大に備え、拡張できるように造ったものであろう。 増築する程に、繁昌していると良いのだが?
 
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●蒲団を敷く向きは?・・・・・・・・・・Y字型の三叉路、鋭角の敷地に建つ、“くもじい”と“くもみ”がよろこびそうな、とんがった住宅。 こちらでは、蒲団をどのように敷いて寝ているのか? チョイト、気になりました。
 
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●ガンバレ、昭和の商店街・・・・・・・・・梅田1丁目と2丁目の境の通り:長さ約350mに40店舗程が店を開けている「ゆめろーど千代田商店街」。 今日、私が歩いた時刻は午前9時前。 まだ店は開いておらず、人通りもまばら。、、、、、どこの商店街も寂れて行くが、ここも同じ悩みがありそうだ。 商店街では、中元・歳末の福引セール、ポイント発行、フリーマーケットと、各種イベントを企画して活性化に取り組み、努力しているそうだ。 元気が出るといいね!
 
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・・・・・・・・・・・・・・商店街の中にある休憩スポット:「プチテラス」。 中央には巨大なパイナップル型の蘇鉄の木を配し、周囲にイギリスのストーンヘンジを連想させる細長い石のオブジェが円形に並ぶ。 チョイト、ひと休み!
 
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●難聴を治してくれるか石不動堂・・・・・・・・・・ゆめろーど千代田商店街を抜けると旧日光街道である。 ここに、創建年代不詳であるが、「石不動尊」の扁額が掛けられた小堂がある。 小堂のなかには石製の不動尊が座している。 この不動尊は、別名「耳の不動さま」ともよばれて、耳を病む人の強い信仰を受けているそうだ。 実は、私も難聴なので、ぜひ治して欲しく賽銭箱には20円入れてきた。、、、、、ところで、堂内のお不動さまは鉄製の扉に鍵がかけられ、お顔がはっきり見えず。 覗きを得意とする私もガッカリ!
 
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・・・・・・・・・・・・・石不動堂の脇道を入って行くと、子育:八彦尊を祀る赤不動明王院がある。
 
 
●お不動さまは化粧直し中・・・・・・・・・・足立区梅田4丁目に、真言宗豊山派の万徳山梅林寺明王院がある。 明王院は、治承2年(1178)の草創である。 江戸時代には、鷹狩りの折の御膳所となり、また源家の古い祈願所でもあったことから寺領13石の御朱印状を拝領している。 本日はどうやら、本堂の化粧直しで塗装工事のようだ。、、、、本尊の不動明王は拝見できず。
 
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・・・・・・・・・・・・・境内の小堂には咳に効験のある八彦尊が祀られている。
 
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●またまた、お不動さま・・・・・・・・足立区梅田・関原の裏道を秋風に吹かれのんびり歩き、関原の大聖寺の横に出た。 チョイト、大聖寺にも手を合わせて行く。、、、、、真言宗豊山派寺院の大聖寺は、関原山不動院と号し、ここも不動尊を祀る寺である。 大聖寺は宝徳元年(1449)の開山とも、文明7年(1475)の開山とも言われている。
 
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●足立区にも城があった!・・・・・・・・・・尾竹橋通りを横断し足立区本木2丁目に入ると、かつての総理を思い出させる中曽根神社 がある。 ここは、千葉氏が鎌倉時代に築いた中曽根城の城跡でもある。、、、、、“こんな平らな場所に城を構えても、戦車でスグ潰される”と思うのは現代の若い人。 私は境内のイチョウの大木から落ちた銀杏の悪臭に潰された! クサ~~イ!!
 
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●タイムアウトだ、帰ろう!・・・・・・・・・足立区本木北町の本木小学校前まで来ると、時刻は10時半過ぎ。 『そろそろ帰らないと、昼までに戻れない!』、散歩はココまで。、、、、ちょうどバスが来た!
 
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2018年9月17日 (月)

奥の細い道

南千住駅前から芭蕉が歩いた「奥の細道」(旧日光街道)沿いの裏道(“奥の細い道”)を歩いて北千住駅まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
●旅立ちの地・・・・・・・・・・・芭蕉の「奥の細道」旅立ちの地は南千住(荒川区)か、北千住(足立区)か? 隅田川(大川)を挟み、矢立初めの句:「行く春や 鳥啼き魚の 目は泪」を詠んだ千住宿の地の争いである。 荒川・足立のどちらの区も、矢立の地を主張し今だ決着はついていない。 新たな資料でも出てこないと解決しないだろうね。 まあ~、どうでもいいか。、、、、、私の散歩は南千住駅からスタート。
 
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・・・・・・・・・・・・・ところで、南千住の裏道に初期のマッキントッシュのパソコン:「iMac(アイマック)」が捨てられていた。 1990年代の後半に発売されたもので、当時の価格は18万円前後であった。 このパソコンは、現在のアップル社の「iMac」の元祖である。 知る人ぞ知る、懐かしい顔のパソコンだ!、、、、、、フト、頭をよぎる、『骨董品としての価値が出てくるかも? 拾って帰るか? チョイと重そうだな、あきらめよう!』 
 
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南北を結ぶ、新旧の橋・・・・・・・・・「南北を結ぶ、新旧の橋」と云うと、何だか朝鮮半島にある橋のようだが、南北の千住を結ぶ千住大橋 のことである。 現在の千住大橋は下り方向(日光方向行)が旧橋で、上り方向(都心方向行)が新橋で構成されている。、、、、、旧橋は昭和2年(1927)に完成した日本最古のタイドアーチ橋で、震災復興橋としても有名である。 新橋は、旧橋に並行して昭和48年(1973)に完成した3径間連続鋼箱桁橋で味も素っ気ない。 新橋は旧橋より一段高い位置にあり、新橋からは旧橋のアーチ部しか見えない。、、、、、今日は下流側の新橋を渡り北千住に入った。
 
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・・・・・・・・・・・・・・下流には常磐線の橋梁が架かっている。
 
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●市の守護神・・・・・・・・・・・・本日定休日の東京都中央卸売市場足立市場の敷地内に鎮座する。 延徳年間(1489~91)より浮島金毘羅宮として崇敬されてきたが、昭和20年(1945)足立市場の開設以来、市場の守護神と尊崇された。 干潮稲荷神社を昭和41年(1966)に合祀し、干潮金刀比羅神社(かんちょうことひらじんじゃ)と改稱する。、、、、御利益は航海安全、豊漁祈願、水難守護、商売繁盛、五穀豊穣など、多種多様である。 いずれ、安産祈願、子宝成就も含まれるかも?
 
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・・・・・・・・・・・・・市場の正門脇に、足立区側の旧日光街道千住宿跡としてに芭蕉像があ建てられている。、、、、、荒川区と足立区、どちらが実物に似ているのか? 知るは仏のみ。
 
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●「奥の細道」の“奥の細い道”・・・・・・・・・・・奥の細道(旧日光街道)から、京成本線の高架沿いに路地を入ると、その先は千住河原町の“奥の細い道”(雅万歩が勝手に名付けた)となる。 折れて、折れて、歩く路地、また折れて、また折れて、お股は擦れて、あ痛(い)てって、まだまだ折れて歩く路地。 (写真は順に、各折れ曲がり地点です。)
 
・・・・・・・・・・・・・ここから、高架橋沿いに入って行く
 
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・・・・・・・・・・・・・・・チョイトした駐車場の脇に出て、再び路地に入る。 自動車は無理。
 
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・・・・・・・・・・・・・・横の路地では、不審人物の侵入を猫が見張っている。
 
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・・・・・・・・・・・・・奥の細い道は、さらに続く
 
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・・・・・・・・・・・・・・・車の通れそうな道に出た。 “奥の細い道”も終わり。
 
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・・・・・・・・・・・・・・路地の裏の美しいフヨウ。
 
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●いくつかの一つ・・・・・・・・・・北千住周辺には、いくつかの“氷川神社”(氷川神社の数では都内随一らしい)がある。 その内の一つ仲町氷川神社は、足立区千住仲町にある氷川神社。 元は、牛田にあった氷川神社を元和2年(1616、江戸時代初期)に現在地へ遷座したそうで、それ以前は、延喜年間(901~923、平安時代)から牛田に鎮座していたそうだ。 由緒ある神社。
 
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・・・・・・・・・・・・・拝殿と本殿の間には、純金ではないと思うが、灯籠が新調されたようだ。 
 
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・・・・・・・・・・・・・拝殿の周囲には、チョイト古そうで、細工も素晴らしい鋳鉄製の柵が設けられている。
 
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●千住1丁目の建築・・・・・・・・・・まずは、三角屋根の玄関、下見板の壁、縦長の上げ下げ窓が、いかにも昭和の街の歯医者さん市川歯科医院。 歯が痛い人は、ぜひ診察を受けて、開業しています!
 
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・・・・・・・・・・・・・次の一軒は、路地裏の喫茶店「」。 建物に大倉屋質店と標されているように、質屋の蔵を改装した店舗。 この蔵が造られたのは、関東大震災後の昭和初期らしい。
 
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●遊女を供養する閻魔さま・・・・・・・・・・北千住駅の近い、真言宗豊山派の氷川山地蔵院金蔵寺。 この寺は建武2年(1335)の創建と伝えられ、御本尊は閻魔大王である。、、、、、本堂の閻魔さまは7月15日・16日の地獄の釜開きの縁日に会えるそうだ。 今日は閻魔さまも夏休みらしい。
 
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・・・・・・・・・・・・・寺の山門脇に2基の供養塔が並んでいる、左側の南無阿弥陀仏を刻んだものが千住遊女供養塔である。 千住宿の多くの飯盛旅籠に勤めそこで亡くなった遊女が当時 「投げ込み寺」であったここ金蔵寺に葬られたそうだ。 供養塔は、その薄幸な生涯を哀れみ供養するため建てられたものです。 石には、多くの遊女の戒名が彫られていた。、、、、右側の無縁塔と彫られた塔は天保餓死者供養塔。 歴史上有名な天保の大飢饉の犠牲者を祀っている。 この地では828人が亡くなったそうだ。
 
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●閻魔さまに振られ閻魔さまと密会・・・・・・・・・・・・金蔵寺の閻魔さまには振られたので、すぐ近くの勝専寺の閻魔さまとないしょで会ってきた。、、、、浄土宗寺院の勝専寺は、三宮神山大鷲院と号し、文応元年(1260)に草創されたといわれている。 勝専寺の本尊:木造千手観音立像は千住の地名起源とされている。 寺の本堂は明治39年(1906)の建設でコンクリート造で化粧煉瓦で覆われている珍しい建物である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・山門脇の閻魔堂に閻魔さまは住んでいる。 こちらの閻魔さまの御開帳は正月15・16日と7月15・16日である。 今日は、のぞき窓からパチリ撮影。
 
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●今日の散歩はココまで・・・・・・・・・・・・北千住駅から帰宅する。
 
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2018年6月 4日 (月)

小菅

東武伊勢崎線の小菅駅からスタート。 久しぶりに東京拘置所の周りを歩き、裏道・路地裏に誘われ、見るものに足を止められた。 小菅1丁目の町を歩き廻りJR綾瀬駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
小菅駅 ・・・・・・・・・・・何となく、小菅駅のホームに降り立つと、空気が張り詰め、チョイト心臓がドキドキしている自分。 この緊張感は何だ! しばし、深呼吸! 高い塀の時代のヤクザ映画の見すぎで、小菅駅に降り立つと、黒いスーツのお兄さん、背中に緋牡丹のお姐さんを意識してしまう、古い知識の臆病な自分である。、、、、、、今は、近代的、開放的、親しみやすい(?)拘置所と共存する駅である。 大正13年(1924)10月1日に開業し、現在は島式ホーム1面2線の高架駅である。、、、、、小菅駅は足立区足立2丁目にあり、“小菅”は駅前の東京拘置所がある葛飾区小菅の地名である。、、、、「小菅」の由来は、この付近一帯は菅や葦などの野草が繁り、他の土地のものよりも背丈が低いところから「小菅」と呼ばれたそうだ。
 
・・・・・・・・・・・・・荒川土手の近くまでホームは伸びている。 頭上には首都高中央環状線が走る。
 
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・・・・・・・・・・・・・乗降客は少なく、停車するのは普通列車だけ。
 
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・・・・・・・・・・・・・駅出入口は東京拘置所側に向いた一か所のみ。
 
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東武鉄道 荒川放水路橋梁 ・・・・・・・・・・・小菅駅ホームから見える、北千住~小菅間の荒川に架かる東武鉄道荒川放水路橋梁。 大正12年(1923)7月1日、荒川放水路開削により鐘ヶ淵~西新井間でルートが変更された。 それまでは北千住~西新井間は現ルートより西側を通っていた。 もちろん、荒川は無かった。 このルート変更で初代の橋梁が架けられた。、、、、、、現在の橋梁は昭和49年(1974)頃にかけ替えられた。 上下線別に複線の橋梁が2本架かる。
 
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③東京拘置所・・・・・・・・・・拘置所のある土地は、江戸時代には関東代官伊奈氏の邸宅があった。また、将軍家鷹狩り時の休憩所である小菅御殿が併設されていた。 明治時代になると、小菅県の県庁が置かれ、廃藩置県で小菅県が廃止されると煉瓦工場となった。 そして、明治12年(1879)に東京集治監がここ小菅に設置され、以後、明治36年(1903)に小菅監獄、大正11年(1922)に小菅刑務所と名を変えた。 戦後、昭和20年(1945)に東京拘置所が巣鴨からここに移り、刑務所と拘置所が置かれた。 昭和46年(1971)は小菅刑務所は那須へ移転し、以後、東京拘置所のみとなる。、、、、、、現在は、地上12階地下2階のⅤ字型の新舎房を中心に施設が整備されている。 3,000名の刑事被告人を収容する日本最大規模の拘置所である。 これ以上、詳しいことは、まだ拘置所の中に入った経験がなく不明。
 
・・・・・・・・・・・・・・小菅駅ホームから見える拘置所。
 
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・・・・・・・・・・・・・・まずは正門
 
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・・・・・・・・・・・・・・荒川土手から正門を見ていたら、幼稚園の送迎バス(写真:黄色のバス)が出てきた。 なんじゃ! 幼児の受刑者・被告人(?)が収容されていて、ここから幼稚園通い? そんなバカな!、、、、塀の中に官舎があり、そこの子供の通園らしい。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・コンクリートの高い塀は無くなり、開放的なフェンスで囲まれた拘置所。、、、、、近くから、大声で“〇〇さん”と呼べば、窓から顔でも出しそうな感じだ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・正門脇に小菅御殿時代の石燈籠が残されている。
 
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・・・・・・・・・・・・・拘置所の施設が整備され、空いた土地には公務員住宅・特別養護老人ホームなども建てられている。
 
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④旧水戸街道・・・・・・・・・・・・東京拘置所の南側、荒川と綾瀬川によって切断されたように300m程の長さで旧水戸街道が残されている。 
 
・・・・・・・・・・・・・・旧街道の両端から眺める。 300mの直線道路。
 
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・・・・・・・・・・・・・旧街道でも、江戸時代の古い歴史ある商家・民家などは見当たらず。 ここには、「西小菅商盛会」という標された街路灯が並んでいる。 戦前の建物で空き家となり朽ちてきたものもある。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・街道の裏道も歩いてみた。 銭湯、魚屋、アパート、お寺、、、、がある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・旧水戸街道が綾瀬川にぶつかる位置に水戸橋跡地がある。 かつて、綾瀬川に架けられていた木造の水戸橋の橋台部分が残されている。 案内板には水戸橋の写真もある。
 
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・・・・・・・・・・・・・旧水戸橋の橋台を保存するように、現在の水戸橋は50m程上流側に架けられている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・水戸橋から見る綾瀬川。 左側に、東京拘置所の空いた敷地に建つ公務員住宅が並ぶ。 かつては、高い塀で囲まれた処である。
 
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●・・・・・・・・・・・・・・・・・・水戸橋を渡り綾瀬の町に入る、綾瀬駅 はスグそこ!

2018年5月16日 (水)

竹ノ塚~西新井大師西

東武伊勢崎線竹ノ塚駅から日暮里舎人ライナー西新井大師西駅まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
①竹ノ塚駅・・・・・・・・・・竹ノ塚駅は伊勢崎線の開通から約半年後の明治33年(1900)3月21日に開業。、、、、東武伊勢崎線の北千住~北越谷駅間は複々線区間であるが、竹ノ塚駅の付近だけは近くに営団地下鉄検車区(現:東京メトロ千住検車区竹ノ塚分室)および東武鉄道西新井工場(現:廃止)といった車両基地があり、高架化されず地上線のままであった。 その為、駅南北の踏切は「開かずの踏切」となっていた。 平成17年(2005)に駅南側の踏切で死傷事故が発生したのを切っ掛けとして、連続立体交差事業(高架化)が開始された。 現在、2022年3月の事業完成を目標に工事が進められている。、、、、、完成まで、まだまだ!
 
・・・・・・・・・・・・竹ノ塚に停車する緩行線は、上下線ともまだ地上ホームに停まる。
 
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・・・・・・・・・・・・・優等列車の走る下り線は高架化された。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅改札はホーム下の地下である。 東口駅ビルは店舗の営業を終了している。
 
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②第十四中学校・・・・・・・・・・・・駅から西に歩いていると、正面に「足立区立第十四中学校」が見えた。 “第十四”(?)とは地名ではなく、区内の中学校に連番をふった名称だ。 足立区内には区立中学校が40数校(廃校を含む)あり、「伊興中学校」、「千寿桜堤中学校」など、地名を冠した中学校が半数以上ある。 しかし、梅島・西新井・竹ノ塚駅周辺には、第一中学校から第十六中学校まで欠番なしで(内5校は閉校)、連番の中学校が現存する。、、、、お役所仕事の臭いがするチョイト味気ない名だ。 地名なり、地域の特徴を生かした校名に変えられないのかな! 
 
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③洗濯日和・・・・・・・・・気象庁発表、東京の今日は29℃で、今年最高、7月中旬並みの気温。、、、、一斉に洗濯・布団干し。 
 
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④六万部経塚・・・・・・・・・・・・足立区伊興で見つけた石碑。 六万部とは、法華経二十八品を繰り返し6万回にわたり唱える意味で、六万部経塚の名の由来もここにある。 この塚の南東にある寿福山長勝寺の第一世智性院日座聖人が宝永2年(1705)に、万民の平安と幸せを祈願して、小石に題目を書写してここに埋めたと言われている。 右側の古い小さな石碑が宝永2年(1705)の経塚碑。、、、、、6万回経を唱えるのに何日かかったのか? 私ならチョンボするのだが。
 
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⑤実相院・・・・・・・・・・伊興4丁目には、真言宗豊山派の寶光山実相院横沼寺がある。 実相院は、天平年間行基菩薩による開山といわれている。 西新井薬師総持寺の末寺。 本尊聖観世音菩薩は、古くから子育て観音として信仰をあつめているそうだ。、、、、、母乳の不足に悩むお母さんが、御供米を戴き皆御利益を賜ったそうだ。 乳が出すぎたら、お父さんにも御裾分け。、、、、現本堂は文永年間(1264~1274、鎌倉時代)の建築。
 
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⑥若宮八幡宮・・・・・・・・・・・伊興2丁目にある横沼厨子の鎮守。 祭神は誉田別尊(応神天皇)。 境内に古禄(第六天)神社・天満宮・三峯神社が摂社として祀られている。、、、、、正面の鳥居が低く、長身の人は頭上に注意!
 
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⑦西新井を歩く・・・・・・・・・マンションが並ぶ道、工業高校前の道、公園の中の道、を歩いて西新井大師西駅に向かう。
 
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⑧西新井大師西駅・・・・・・・・・・平成20年(2008)3月30日、開業。、、、、、西新井大師 のお参りは当駅で下車し、東に直線距離で約1km。 お年寄りは、お大師さんに到着すると同時に、息切れし天国に直行。 この駅で降りたら後悔すること間違いなし。 確かに駅は、お大師さんの西にあるが、チョイト遠すぎる。 駅名を変更した方がいいね。
 
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2018年4月 6日 (金)

浅草橋~梅島

今日は、散歩をはじめた原点に立ち戻り、“健康のため”速足で、チョイト遠くまで歩いてきた。 浅草橋の我が家から、国際通り、日光街道、墨堤通りを通り、東武伊勢崎線の梅島駅まで、1万7千歩の散歩です。
 
 
 
● a.m.7:36・・・・・・・・・いつものように浅草橋駅から出発。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・・浅草橋は、お江戸日本橋と浅草観音様のちょうど中間に位置し、秋葉原の隣りでもあり、成田・羽田の空港には乗り換えなしの電車で一本、スカイツリーも地下鉄で4駅目、東京・上野駅までは15分新幹線に乗るのも便利、外人さんが好きな“下町”のド真ん中、など、地の利に恵まれている。 浅草橋駅周辺は只今ホテル建設が盛んで、駅の裏道を入る我が家の近くでも建設中。、、、、帽子好きのおばさんが経営する〇パホテル、店名に地名を並べたがる〇横イン、道順が判りにくいルー〇イン、など、ビジネスホテルがめじろ押し。、、、、ちなみに浅草橋駅から東武浅草駅まで、この間ビジネスホテル・旅館は30軒以上ある。 数えてみたが途中でやめた!
 
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● a.m.7:46・・・・・・・・・蔵前一丁目交差点を通過。、、、、交差点の南西角に「天文台跡」の案内板がある。 この付近に、江戸時代後期、幕府の天文・暦術・測量・地誌編纂・洋書翻訳などを行う施設として、天文台がおかれていたそうだ。 現在はスモーカの喫煙所である。
 
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● a.m.7:48・・・・・・・・・蔵前一丁目交差点の北側100m程の処で、国道6号(水戸街道、江戸通り)から都道462号(国際通り)が分岐する。 写真:右に向かう国道6号、左に進む都道462号。
 
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● a.m.8:08・・・・・・・・・国際通りと雷門通りがT字型に交差する、雷門一丁目交差点を通過。 正面に見えるスカイツリーも、今日は私の頭の中と同じで、薄ぼんやりしている。
 
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● a.m.8:16・・・・・・・・・国際通りの名となった「国際劇場」の跡地に建った「浅草ビューホテル 」。 国際劇場は昭和57年(1982)に閉鎖された。 既に30数年が過ぎ、劇場を知るのは高齢者となった。 ビューホテルも建てられてから今年で33年、既に浅草のシンボル的建物として定着している。、、、、SKDのラインダンス、もう一度、生で見たいね!
 
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・・・・・・・・・・・・浅草ビューホテル前の植え込みには、サツキだかツツジだか判らんけれど咲いていた。
 
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● a.m.8:33・・・・・・・・・11月「酉の市」で賑わう鷲神社 (おおとりじんじゃ)前を頭を下げて通り過ぎる。
 
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・・・・・・・・・・・・・鷲神社前の国際通りのサクラは、只今満開。 薄緑の葉も光を透し、いいね!
 
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● a.m.8:44・・・・・・・・・東京メトロ三ノ輪駅の頭上で、国際通りは昭和通りにぶつかる。 ここで国際通りは終わる。、、、、、これより、昭和通り(国道6号、日光街道)を歩く。
 
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● a.m.8:55・・・・・・・・・三ノ輪駅北側の浄閑寺(じょうかんじ)に立ち寄る。 吉原遊廓で亡くなった遊女がここ浄閑寺に投げ込まれた。 その遊女を弔う新吉原総霊塔がある。 チョイト、懇ろに手を合わせて行く。、、、、、「生まれては苦界 死しては浄閑寺」の花又花酔の句。
 
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・・・・・・・・・・・・・寺では法事が行われているようだ、我、静かに立ち去る。
 
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● a.m.9:10・・・・・・・・・荒川区内で広い氏子域をもつ素盞雄神社 (すさのおじんじゃ)の前を素通りするかと思ったが、花の彩に誘われてチョイト参拝して来た。
 
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● a.m.9:17・・・・・・・・・千住大橋を渡り足立区に入る。、、、、、昭和2年(1927)に竣工した、隅田川に架かる復興橋のひとつ。 現在は東側(下流側)に新橋が並行して架けられ、上下線が分離している。
 
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● a.m.9:25・・・・・・・・・京成本線千住大橋駅 を通過。
 
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● a.m.9:25・・・・・・・・・千住宮元町交差点にて、日光街道から墨堤通り(都道461号)に入る。
 
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● a.m.9:53・・・・・・・・・千住桜木交差点にて、墨堤通りは尾竹橋通りにぶつかり、ハイ・ココまでヨ~~。
 
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● a.m.9:57~10:04・・・・・・・・・西新井橋 で荒川を越える。、、、、ビニール袋が風に舞う橋上では、か弱い私も飛ばされるようであった。 
 
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● a.m.10:10・・・・・・・・・西新井橋北詰にて、尾竹橋通りから外れ、裏道を東武伊勢崎線の梅島駅へ向かう。、、、、、本当は、西新井駅まで行きたかったが、ここからまだ45分以上かかると見込まれ断念した。
 
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・・・・・・・・・・・・・・梅島駅に向かい、ひたすら歩く、歩く、歩く。
 
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● a.m.10:33・・・・・・・・・梅島駅 に到着。 1万7千歩の散歩もここで終わり。
 
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2018年2月18日 (日)

梅島~高野

♪♪ 北風吹きぬく 寒い朝も こころひとつで暖かくなる ♪♪、、、、、今朝の寒さは、チョイと厳しく、吉永小百合の歌のようにはいかない、懐にカイロを入れてくれば良かった。 今日の散歩は、東武伊勢崎線梅島駅から、「関原」、「興野」の裏道を抜け、日暮里・舎人ライナー高野駅まで、1万歩です。
 
 
 
①梅島駅・・・・・・・・伊勢崎線の北千住~久喜間が開通した明治32年(1899)から、25年経過した大正13年(1924)10月1日に途中駅である小菅駅、五反野駅、梅島駅が開業した。、、、、、梅島駅は昭和43年(1968)に高架化されたが、駅用地の幅が狭く一般の島式ホームが造れず、ホーム中央に階段・エスカレータ・エレベータを配置し、そこから北千住寄りに上りホーム、西新井寄りに下りホームが一直線に配置されている。 通過する急行列車などは、緩行線の外側を通過する。
 
・・・・・・・・・・・・ホーム中央付近から西新井方を見ると、長いホームが伸びている。
 
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・・・・・・・・・・・・・同じ位置で振り返り、北千住方を眺めると、階段・エレベータなどがあり、その先に上り電車の到着を待つ乗客の姿が小さく見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・旧日光街道に面して、高架下に駅出入口がある。
 
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②駅前の裏道・・・・・・・・・今日の散歩の“手始め”に、駅前(足立区梅田8)の裏道を歩いてみた。、、、、、私好みの裏道のようだ!
 
・・・・・・・・・・・・・・通り抜けられるか? 行き止まりか? まずは足を踏み入れる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・お~~、行けそうだ、雰囲気もイイネ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・何だか、車も通れる裏道になった。
 
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・・・・・・・・・・・・・アリャ!、西新井に抜ける「亀田トレイン通り 」に出てしまった。、、、、チョイと期待ハズレ!
 
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③静かな町・・・・・・・・・・・「4℃、風速3m/s」、寒いのか? 公園に子供がいない。、、、、「午前9時半」、まだ早朝なのか? 商店街はシャッターが下りている。
 
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④関原の裏道・・・・・・・・・・店の開いていない商店街から裏道に入ってみた。
 
・・・・・・・・・・・・・・この道を行ってみよう!
 
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・・・・・・・・・・・・・・・塀に囲まれた痴漢好みの一本道。 私も襲われないように、気を引き締めて、ベルトを締めて!
 
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・・・・・・・・・・・・・道は曲がりくねり、車も入れない細い道。
 
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・・・・・・・・・・・・・出た処は、西新井署の斜め前。 
 
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・・・・・・・・・・・・・車の通る表通りは面白くないので、西新井署の前から、再び裏通りへ入る。、、、、、この付近、アパートが多い。
 
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・・・・・・・・・・・・・キョロキョロして歩いていると、突然、お巡りさんが自転車で出てきた。 ヤバイ、咄嗟に身構えたが、私の脇を通過。 世の中、私より悪い奴がウヨウヨいるので、お巡りさんも忙しい、雑魚は相手にせず!
 
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・・・・・・・・・・・・・・右に入るか、左へ行くか? 心も迷う、迷い径。 迷ったときの神頼み。 女神を探すがいない。 右前方に老婆を発見、進路は左にとる。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・この付近、建設関係の仕事に携わる人が多いようだ。 住宅の玄関先に足場用の資材が整理されたている。 若き頃、現場にいたことを思い出し、親しみを感じる光景だ。
 
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・・・・・・・・・・・・・出てきた処は、尾竹橋通り「関原三丁目」交差点。
 
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⑤本木の町・・・・・・・・・・尾竹橋通りを横断し本木の町に入る。 ここでも、裏通りを探索。、、、、、こんな処に? なぜ、大型トラックが入れないような、裏通りの奥にスーパーがあるのか? 立地としては、けして良いとは言えないと思うが、地元に愛されているスーパーなのか?
 
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⑥興野の町・・・・・・・・・この町も裏道は曲がりくねった細い道である。 所々に建物を取り壊した跡地があるが道路が狭いためか、マンションを建てるなど再利用は進んでいないようだ。 でも、いずれ時間が解決するであろう。
 
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⑦興野の庚申塔・・・・・・・・・・足立区興野2の町角に3基並んだ石造物がある。 うち、右側は寛文10年(1670)、中央は正徳4年(1714)に造立された庚申塔である。、、、、庚申信仰も時代と共に廃れ、今は地元の人が細々と守り祀っているのだと思う。 いずれ守る人がいなくなるだろうが、石仏は残して欲しいね。
 
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⑧高野駅・・・・・・・・・・・・日暮里・舎人ライナーの高野(こうや)駅は、平成20年(2008)3月30日に開業した。 今年がチョウド10年目。、、、、「高野」の地名は現存しないが、江戸時代に登場した足立郡高野村が基であり、昭和51年(1976)までは「足立区高野町」として存在していた。 ちなみに、現在の高野駅は足立区扇2丁目に在る。
 
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2018年2月15日 (木)

足立小台~江北

日暮里・舎人ライナーの足立小台駅で下車し、扇大橋で荒川を越え、江北の裏道を歩き回り、ライナーの江北駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
①足立小台駅・・・・・・・・・・北側に荒川、南側に隅田川が流れる中洲状の処にある足立小台駅。 駅周辺には数棟のマンションがある程度で、周辺人口は少なく、駅の乗降人数は一日平均2,500人程でライナー13駅中最下位である。、、、、、駅周辺にコンビニが一軒もなく超不便な処だ。
 
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扇大橋 ・・・・・・・・・・荒川に架かる扇大橋(おおぎおおはし)を渡り、足立区扇の町に向かう。 今日の東京は暖かく、荒川の上でも風もなく、ポッカポッカ歩きやすい。、、、、、扇大橋は3径間連続鋼ゲルバー式桁/連続箱桁橋、橋長は 445.4m、幅員は 26.0m、昭和49年(1974)の竣工である。
 
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・・・・・・・・・・・・・橋上から上流側を眺めると、川の先に江北橋(アーチ橋)が見える。 今日の散歩は川の右側(足立区扇・江北)を歩き、江北橋の方を目指すことにした。
 
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③地蔵堂・・・・・・・・・扇大橋の北詰から裏道に入ると、寺の塀に沿って六地蔵が祀られていた。 真言宗豊山派の吉祥院地蔵堂(足立区扇2)である。 地蔵堂は足立区本木西町にある吉祥院 の境外仏堂であった。 地蔵堂の創建年代不詳。、、、、、気が弱い私は、寺の門が閉まっていたので、境内には入らなかったが、中にも地蔵様が祀られているそうだ。 失敗、失敗。
 
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・・・・・・・・・・・・・塀の外には六地蔵の他に庚申塔が3基あった。 右は「干時明暦元年」(1655)、中央は「干時万冶三天」(1660)、左は「貞享五戊辰年」(1686)、と彫られているそうだ。 私は判読できなかった。
 
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④扇三嶋神社・・・・・・・・・・・・曲がりくねった裏道の先(足立区扇2)に、「三嶋大明神」と掲げた朱塗りの鳥居が見えた扇三嶋神社である。 扇三嶋神社は、阿出川権左衛門知康がこの地に来て本木村の小名太田を開拓した時、崇敬していた三嶋大明神を勧請して慶長年間(1596~1615)に創建した。 祭神は、大山祇命、伊佐那岐命の2神。
 
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・・・・・・・・・・・・・鳥居の横には、めずらしい仁王型の庚申塔がある。 「元禄十丁丑天」(1697)と彫られている。、、、、、公衆電話を見張る、右の阿形、左の吽形。
 
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・・・・・・・・・・・・・・扇三嶋神社の西40m程に角には道祖神もある。「文政」(1819~1830)の年号刻まれてい。、、、、、この付近は古いものが道端にゴロゴロしているようだ!
 
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⑤性翁寺・・・・・・・・・・扇2丁目には真直ぐ伸びる裏道は無いようだ。 方向感覚がおかしくなる。 今度は、浄土宗の性翁寺前に出てきた。 龍燈山貞香院性翁寺は、神亀3年(726)行基菩薩が庵を開いたのに始まり、足立庄司宮城宰相が開基となり、明応元年(1492)開山した。 江戸六阿弥陀の余り木で作られた本尊の木像阿弥陀如来坐像がある寺。 「木余り 性翁時」と呼ばれている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・また、性翁寺は阿出川對馬守を大檀那として400年来、一族の菩提寺として墓が護られている。 一族の墓が多すぎて、右も左も阿出川家の墓、よそ者の私にはどの墓が誰の墓かさっぱり判らん!
 
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⑥鳩ヶ谷街道・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・扇2丁目の裏道を、行きつ戻りつ、行ったり来たり、迷いながら歩く、、、、、江北橋通りを横断し、江北2丁目に入った。 裏通りを歩かず、江北橋通りを歩けば、江北橋を渡り北区王子方面に出たはずなのだが、失敗、江北橋から外れてしまった。
 
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・・・・・・・・・・・・・荒川土手沿いの「鳩ヶ谷街道」の入り口に出てきた。 「鳩ヶ谷街道」なんて、聞いたことがない、コリャ何処じゃ?、、、、、鳩ヶ谷街道とは、足立区江北2丁目から埼玉県川口市南鳩ヶ谷を結ぶ都道(県道)である。 こう言っても判らんね、私も知らん!
 
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・・・・・・・・・・・・・・土手沿いから離れ、直進する(写真:右の道)のが鳩ヶ谷街道
 
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⑦江北氷川神社・・・・・・・・・・鳩ヶ谷街道をチョイト歩くと左手に、旗立ち並び、お守り・キーホルダーなどグッズのメニューが貼られた賑やかな神社が見えてきた、江北氷川神社(足立区江北2)である。 神社の創建年代不詳であるが、沼田村の鎮守社であり、明治初年には村社に列格、明治時代の江北村成立に際しては江北村の総鎮守社であったそうだ。、、、、、拝殿前にも貼り紙だらけ、商魂たくましい神社だ、神様に商売繁盛の祈願すればいいのに?
 
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⑧熊之木圦・熊之木橋・・・・・・・・・・氷川神社の北側に「熊の木ひろば」(足立区江北2)という小さな公園がある。 その中に、平成25年(2013)に復元整備された熊之木圦(いり)と、熊之木橋がある。、、、、圦(いり)とは、水の出入りを調節する水門のこと。 煉瓦造りの熊之木(地名)の圦は戦後埋められてしまったが、掘り起し復元した。、、、、、アーチ型の石橋である熊之木橋も、一度解体して40m南の現在地に復元したそうだ。、、、、、歴史的価値ある遺構も、チョイと水が汚く、水溜まりのごとし。
 
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⑨江北の下町・・・・・・・・・・鳩ヶ谷街道から裏道に入ると、コレマタ「足立の下町」という光景が残っていた。 ついつい、私好みの裏道と足を踏み入れ、またも迷走(歩)してしまった。
 
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江北駅 ・・・・・・・・・・日暮里・舎人ライナーの江北駅に到着。
 
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2018年2月 5日 (月)

谷塚~舎人

東武伊勢崎線谷塚駅から、日暮里・舎人ライナー舎人駅まで、相変わらずの寒さの中、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
①谷塚駅~谷塚橋・・・・・・・・・・今日の散歩ルートで、谷塚駅から埼玉と東京の境「谷塚橋」までは昨年秋に歩いた道とほぼ同じである。
 
・・・・・・・・・・・・・・今日も浅草橋駅(我が家の最寄り駅)で、行先も定まらず地下鉄に乗り、何処で降りようか迷いながら谷塚駅まで来てしまった。 改札を出ても目的地が無いので、とりあえず西に向かって歩くことにした。
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・・・・・・・・・・・・・・駅前で草加市のコミュニティバスにすれちがう。 はでなラッピングデザインのバスで、一見、『なんじゃこりゃ!』、、、、、愛称:『パリポリくん』はもちろん名物:草加煎餅に由来する。 草加市内を2ルートで走り、運賃は最大300円(チョイト高いね)。
 
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・・・・・・・・・・・・・・真言宗豊山派の寶持院にお立ち寄り。 この寺は明治6年(1873)に本堂を仮校舎として開校した、谷塚小学校の発祥の地である。 (現本堂は平成4年11月に再建)
 
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・・・・・・・・・・・・・寶持院の南、草加バイパスが伊勢崎線をオーバークロスする付近に鎮座する谷塚氷川神社。 神社の創建年代は不詳だが、正保から元禄の間で、分村の際に上谷塚から氷川社を鎮守として譲り受けたらしい。 社殿は天保年間(1831~1845)に建てられた流れ造りの建物である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・谷塚仲町を流れる用水路のような川幅の狭い辰井川。 そこに、昭和60年(1985)に完成した、擬宝珠と朱塗りの高欄が特徴的な氷川橋が架かっている。 見てビックリ、聞いて更にビックリ、氷川橋は「草加八景」に選ばれた「辰井川十橋」の一つと言うことだ。 「草加八景」て、あるんだ! しかも観光名所にもならない「辰井川十橋」とは、驚いた!、、、、、なお、橋の際に小さな鳥居に小さな社の氷川神社がある。
 
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・・・・・・・・・・・・氷川橋の西詰に、曹洞宗の常福寺がある。 常福寺は天正7年(1579)に創建。、、、、チョイと、くたびれた佇まいの寺。
 
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・・・・・・・・・・・・・谷塚橋は毛長川に架かり、橋上には尾竹橋通りが通る。 谷塚橋の北側に、埼玉と東京の都県境があり、橋そのものは東京都側にある。 
 
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②谷塚橋~舎人駅・・・・・・・・・・谷塚橋を渡り東京都足立区東伊興の町に入る。 東伊興は「寺町」と呼ばれ、多くの寺が並んでいる。 今日は寺の前を素通りし、日暮里・舎人ライナーの通る尾久橋通りを目指し歩く。
 
・・・・・・・・・・・・・寺町を抜けたあたりに伊興遺跡公園(東伊興4)がある。、、、、ここ伊興遺跡は、神をまつり、豊かな暮らしを祈った様子のわかる出土品が多く発見された遺跡。 芝生の園内には、竪穴式住居が復元され、中でリアルな古代人が食事の準備中。 また、2階建ての展示館には出土した土器などが展示されている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・伊興遺跡公園の前には淵の宮氷川神社がある。 神社の創建年代は不詳であるが、足立区内では最古の氷川神社。 この神社は伊興・竹塚・保木間の三村の鎮守となり、明治5年(1872)からは伊興村の村社となった。
 
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・・・・・・・・・・・・・東伊興・古千谷本町の町を抜けて舎人駅に向かう。 この辺り、歩道の脇には水が流れ、新しい住宅も多い町である。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・またまた“氷川神社”があった。 今日の散歩で4社目かな? その名は「古千谷氷川神社」。 名のごとく、足立区古千谷にある氷川神社。 創建年代不詳。 古千谷開村以来の創建で、鎮守社であった。 
 
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・・・・・・・・・・・・・日暮里・舎人ライナーの舎人駅に着いた。 平成20年(2008)3月30日開業。、、、、、私がこの駅を利用するのは、今日が初めてである。 舎人駅は終点:見沼代親水公園駅の一つ手前の駅で、舎人公園の最寄り駅はさらに手前に舎人公園駅があるので、これまで利用することが無かったようだ。 開業後、10年目で初利用!
 
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