足立区

2019年5月11日 (土)

惚けて渡った新田橋

なぜか私を狙い撃ちしている“風邪”。 いまだに治らず、歩いていても時折ティッシュの世話になる。 今日の散歩は東十条駅で下車し、豊島橋、江北橋を渡り、日暮里舎人ライナー江北駅まで歩くつもりで家を出た。 東十条で下車し、予定通り歩きはじめたが、途中、どこで間違えたか新田橋、鹿浜橋を渡り、西新井薬師西駅までの散歩になった。 そろそろボケが始まったのか? 1万3千歩




●演歌の商店街 ・・・・・東十条駅北口(橋上駅舎)から京浜東北線の東側に出ると、駅前と北本通りを結ぶ「東十条銀座商店街」が伸びている。 早朝の商店街はどの店も営業準備中。 足早に駅へ向かう人とすれ違う。

・・・・・・・・・・・・・・平日でも乗降客の少ない東十条駅、土曜の朝は閑散としている。 駅隣の留置線(下十条運転区)では、出番のない電車が待機中。

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・・・・・・・・・・・・・・北口正面には、万国旗で迎える「東十条商店街」が伸びる。 近頃少なくなった万国旗の飾り付けは、やはり下町の昭和レトロ商店街を感じさせる。 ところが商店街を歩いて判った、この付近、東南アジア系、南アメリカ大陸系の人々が多く定住し、まさに万国旗がふさわしい飾り付けの商店街だった。

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・・・・・・・・・・・・・・商店街の中程に、演歌専門のレコードショップがある。 こちらの店頭では、年に200回程、演歌歌手による「唄とサイン会開催」が開かれている。、、、、何年か前、ビール箱の上で歌う水森かおりを拝見したこともあった。 いまでは、ご当地ソングの女王となり、チョイト近寄れないかな? でも、応援してます!

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・・・・・・・・・・・・・・レコードショップとは商店街を挟み反対側のビルの中に「見守地蔵尊」が祀られてい。 戦争で焼け野原になった後、平和を願い上野の寛永寺より譲り受けたお地蔵様。 レコードショップに来た演歌歌手により奉納された堤灯が並び、そこには、有名になった歌手の名前をみつけることができる。、、、、丘みどりは私も好きだ、杜このみは可愛い娘、大沢桃子は浅香光代のお弟子さん。

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●・・・・・・・・・・・・・王子・王子神谷・志茂・赤羽岩淵の順に地下に東京メトロ南北線を通す「北本通り」にでた。

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・・・・・・・・・・・・・・南北線王子神谷駅出入口(庚申通り商店街入口)の脇、屋根の下の祠に「庚申塔」が祀られている。 祠の中は暗くて見えずらいが、かろうじて板碑型の塔の一部が見えた。 説明文によると、中央に「奉供養庚申二世成就所」、右に「武州豊嶋之郡馬場村」、左に「寛文九己酉天十月吉日」の彫があるそうだ。、、、、庚申塔を大切にするのは良いことだが、見えないと面白くないね!

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●中世の豪族:豊島氏が建てた寺 ・・・・・・庚申通り商店街を抜けると北区豊島7丁目、真言宗豊山派の医王山清光寺にぶつかる。 清光寺は、豊島清光が開基となり創建、鎌倉期は大寺でしたが、太田道灌との戦いに敗れた豊島泰経とともに衰退、戦国時代末期の豊島明重が再興した。、、、、寺の裏には、かつて「馬場の渡し」と呼ばれた、隅田川の渡し船があったそうだ。 「新田橋」ができ廃船となった。

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●木製にあらずコンクリート製 ・・・・・・・・・・・・清光寺の裏(北側)に、北区豊島と足立区新田を結び、隅田川に架かる「新田橋(しんでんはし)」がある。 橋長:114.0m、幅員:9.0m、昭和36年(1961)3月に竣工した5径間単純鋼桁橋。 木橋時代の橋脚をデザインした珍しい橋である。、、、、今日の散歩は、この橋を渡ることは考えておらず、清光寺から東へ向かい豊島橋・江北橋を渡るつもりであった。 ところが、惚けたか? そんなことは頭の中からすっ飛び、新田橋を渡ったため、この後鹿浜橋を渡ることとなった。 どうせ散歩、右だ左だ、東だ西だ、どうでもいいや!
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●なぜか、暑い! ・・・・・・新田橋を渡りチョイト歩くと、荒川に架かる環状七号線の鹿浜橋である。南岸の足立区新田と北岸の足立区鹿浜をつなぐ橋として、昭和40年(1965)に開通した。 橋長は451.3m。、、、、橋を渡っている頃の気温:22℃であったらしい、暑くて、風邪が悪化し熱が出たのかと心配になる。 橋を渡り、鹿浜の交番で寒暖計を見て、チョイト安心したね!

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●環七通りを行く! ・・・・・・鹿浜橋を渡ると、環七通りをひたすら歩き日暮里舎人ライナー西新井大師西駅を目指す。

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2019年4月22日 (月)

母乳を出した観音様

東武伊勢崎線竹ノ塚駅から西に向かって歩き、日暮里舎人ライナー谷在家駅まで、1万1千歩の散歩です。




●カッコイイ、ステキな駅員さん ・・・・・・・・・・・・・竹ノ塚駅は伊勢崎線が開業した明治32年(1899)8月27日から約7ヶ月後にあたる明治33年(1900)3月21日に開業。 開業から100年超経過し、線路は複々線となり運行本数は大きく増加し、“開かずの踏切”が社会問題となる。 平成24年(2012)高架化工事の起工式が行われ、2022年3月の完成を目指し、“開かずの踏切”解消に着手する。 工事は4工区に分割され只今最盛期。、、、、現場で働く人を見ると、“カッコイイね!”。 自分ももう一度現場に出てみたくなるが、腰痛の自分にはもう無理! 

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●ここにもあった千葉氏の墓 ・・・・・・寿福山長勝寺足立区伊興3丁目にある日蓮宗の寺。万治2年(1659)の創建である。 開基はこの地で代々名主を務めた旧家宮城清左衛門吉重。 清左衛門の子孫は代々名主を務めた。 瓦葺き総檜造りの本堂、樹木が生い茂る境内、ワンポイントに大きな松、画になるような寺。、、、、境内には、中世から戦国時代にかけて南関東に勇名を馳せた千葉次郎勝胤の墓(供養塔と云う説もある)がある。 千葉氏は、各地で栄えたが、江戸に太田道灌が伸してくると道灌に従い、その死後は小田原北条氏に従った。 勝胤は文明3年(1471)に生まれ、天文2年(1533)に63歳で歿してい。、、、、千葉氏の墓、供養塔などは、千葉県はもとより、葛飾区、足立区、江戸川区などに多く点在し、チョイトややっこしいね!

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●飲み過ぎて、初午止めた ・・・・・伊興3丁目の小さな稲荷神社は苗間戸稲荷神社(なえまどいなりじんじゃ)。 戦後まで、稲荷講があり、初午の日には講中の家に集まって酒を飲んだりしたそうだ。 あまり金が掛かるので止めて、現在は町会で継承しているそうだ。、、、、飲み食いに思わぬ出費、よくあること! 会社、家庭を潰すことも、狐の祟りか?

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●乳で父も育てたの? ・・・・・伊興4丁目に、真言宗豊山派の寶光山実相院横沼寺がある。 実相院は、天平年間行基菩薩による開山といわれている。 西新井薬師総持寺の末寺。 本尊の聖観世音菩薩は、6尺3寸(約1.9m)の立派な像で、古くから子育て観音として信仰をあつめているそうだ。、、、、子育て観音の由来は、母乳の不足に悩むお母さんが、御供米を戴き皆御利益を賜ったそうだ。 乳が出すぎたら、お父さんにも御裾分け(?)、、、、現本堂は文永年間(1264~1274、鎌倉時代)の建築で、明治時代に修繕された。

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●質素な神社 ・・・・・・広い境内に、質素な社殿、境内社は古禄(第六天)神社・天満宮・三峯神社が移築されている。 ここは、伊興2丁目の若宮八幡宮。 祭神は誉田別尊(応神天皇)。 終戦後ぐらいまでは、ズシと呼ばれる制度で、氏子の年番が中心となって行事を担当していたが、現在では町会の神社部で祭などの行事を執行している。、、、、昔からの習わしを維持することに、難しさがあるようだ。

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●余裕のゲートボール女場 ・・・・・・八重桜の咲く諏訪木西公園。 西新井4丁目にある公園で、サッカーができるほど広い広場がある一方で、森林浴ができるほどの樹木もある。 7人程のお年寄りがゲートボールで広場を占有。

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●ライナーの駅は皆同じ! ・・・・・谷在家駅は平成20年(2008)3月30日に開業した、日暮里舎人ライナーの駅。 島式ホーム1面2線を有する高架駅。 日暮里舎人ライナーの駅は、どれもこれも同じデザインで面白くないね! これで駅名まで同じだったら、どうする?

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2019年3月31日 (日)

たった一駅の支線

久しぶりに地下鉄千代田線の綾瀬駅(常磐線も乗り入れる)から分岐し、隣りの北綾瀬駅まで一駅間の支線に乗ってみたくなった。 今日の散歩は北綾瀬駅から歩くことにした。




●先頭車両でウッヒイヒ! ・・・・・千代田線は昭和44年(1969)12月20日、北千住~大手町間が開業した。 この同時期に、綾瀬車両基地も発足するが、北千住~車両基地間は国鉄線とは別であった。 昭和46年(1971)、千代田線の北千住~綾瀬間が開業、同時に国鉄の常磐線の北千住~綾瀬間が千代田線に移管された。 昭和54年(1979)12月20日、綾瀬から綾瀬車両基地まで伸びている分岐線上に北綾瀬駅が開業した。 3両編成のワンマン運転の電車が折り返し運転する、千代田線支線(2.1km)の誕生である。


・・・・・・・・・・・・・・・綾瀬駅2番線ホームの亀有寄りにある0番線ホームが支線の起点である。 3両編成の電車が到着している。

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・・・・・・・・・・・・・・・先頭車両の窓にしがみついて“出発進行”、、、、、70過ぎて電車の先頭で、喜んでいる自分がチョイト恥ずかしいけど、運転手気分でウッヒイヒ!

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・・・・・・・・・・・・・・北綾瀬駅到着。 この3月16日より北綾瀬駅ホームの10両化完成に伴い、4割程の列車が10両編成で代々木上原本面へ直通運転された。、、、、、駅のリニューアル工事は続いており、来年12月には出入口も一新される。

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・・・・・・・・・・・・・・北綾瀬駅から北に線路は伸びて綾瀬車両基地につながる。 綾瀬車両基地は、南北方向750m、東西方向190m、面積141,810㎡、車両留置能力273両、東京地下鉄として最大の敷地を持つ車両基地である。、、、、、最近は留まっている電車に落書きしたり、部品を盗んだり悪さする輩が増え、車両基地の撮影が難しくなった。 ここでも、電車に近づくことが難しく、私も決死の覚悟でアパートの4階に上ったりして撮影した。

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●人影のない団地
・・・・・・綾瀬車両基地の東側に、「都営 辰沼町アパート」がある。 昭和44年(1969)から昭和47年(1972)に建てられた総戸数646戸の団地。 築40年経過し、そろそろ建替え時期がやってくるね!、、、、、少子高齢化で、大きな公園には人影はなく、寂しい!

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●なに、足立の三国志とは? ・・・・・・辰沼からさらに東に、大谷田5丁目に足立区の「区立郷土博物館」がある。 「本日は無料」の立て看板を見て、躊躇せずに玄関を入ると、企画展「戦国足立の三国志」が開かれていた。 中曽根城、舎人城などで活躍した、宮城氏、舎人氏、武蔵千葉氏が紹介されていた。 足立区は戦前まで、武士の歴史には縁遠い農村地帯と思っていたが、それなりの歴史があるのには驚きであった。 常設展も拝見し、全て無料は安い! 満足、満足。

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●お帰りの時間です
・・・・・・博物館で時間をとられ、気付けば帰りの時刻だ! 桜並木が続く中を、博物館前からバスで帰る。、、、、、今日の散歩は8千歩。

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2019年3月14日 (木)

城があった足立区

地図を広げて足立区の西新井駅周辺を眺めていると、駅から南に向かって西新井栄町1丁目、関原3丁目に主要道路の未完区間がある。 『何かあるかも?』と、興味が湧いて歩いてきた。、、、、東武伊勢崎線西新井駅から、関原3丁目、2丁目の町を抜け、尾竹橋通りを横切り、本木2丁目から日暮里舎人ライナー扇大橋駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
●錆びた駅 ・・・・・・・・今日は西新井駅で下車する。 通勤客の多い駅である。 都心に向かうには、東京メトロ日比谷線と半蔵門線に、それぞれ乗り入れている電車がある。 当駅に到着する通勤電車はどれも満員、着席しての通勤は無理だね!
 
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・・・・・・・・・・・・・錆が出た! 西新井駅西口の駅ビルは、昭和48(1973)の開店以来、約45年経過し、老朽化と耐震性の点に問題あり、いずれ解体され建替えられるようだ。 入居している「トスカ(西館)」および「東武ストア(西新井店)」は昨年7月で両店とも閉館した。
 
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●更地になった道路予定地 ・・・・・・・・・・・西新井栄町1丁目、関原3丁目の裏道を歩いてみた。 下町の雰囲気が残る町で、特にかわった様子もみられない。 主要道路ができる処では立ち退きも終わり、更地となっている処も多い。、、、、何かを期待してきた私は、チョッピリ、ガッカリ。
 
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●23区最後の分教場 ・・・・・・・・・・・・・関原2丁目の住宅が立ち並ぶ裏道の奥に「関原分校公園」がある。 かわった名の公園だな? アレ、便所のタイル絵にも!、、、、調べてみたら、昭和4年(1929)に現在の関原三丁目に開設された本木尋常高等小学校関原分教場が始まりで、この分教場は後に足立区立関原小学校分校となり、昭和50年(1975)の廃校時は東京23区最後の分校となっていたそうだ。、、、、ここにも二十四の瞳と大石先生がいたかも? 校舎を見たかった! 
 
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●足立区に城があった! ・・・・・・・・・・尾竹橋通りを横断し足立区本木2丁目に入ると、かつての総理大臣を思い起させる中曽根神社がある。 中曽根神社は、千葉次郎勝胤公によって室町時代に築城された中曽根城内に、千葉氏の崇敬する妙見社を勧請したものといい、昭和7年興野の雷神社を合祀して中曽根神社と改称した。 境内には、千葉氏が鎌倉時代に築いた中曽根城の城跡を示す石碑もある。、、、、、、なお、「中曽根」の地名は、江戸時代以降に使われた本木村の小字名。
 
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●豪商別邸の名残り ・・・・・・・・・・・・現在の本木小学校の場所(足立区本木北町7)に江戸深川の材木商:冬木屋の別邸(敷地約7200坪)内があった。 その屋敷内には稲荷神社、弁天堂があり、現在も小学校の近くに祀られている。
 
・・・・・・・・・・・・小学校の北側に祀られている冬木弁天堂
 
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・・・・・・・・・・・・・学校の西側には田中稲荷神社が祀られている。 こちらも、冬木屋の別邸内に稲荷神社を勧請して創建した。
 
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●オ~~満開だ! ・・・・・・・・春です、恋の季節です。 「酔った振りして 抱かれた肩に 桜散る散る 恋は咲く」
 
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●ここもだ! ・・・・・・・・・江北橋から伸びてきた「江北橋通り」が扇1丁目でチョン切れている。 その先に道路用地が待機中。
 
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スタコラ歩いた1万1千歩 ・・・・・・・・・・・・日暮里舎人ライナーの扇大橋駅 に到着。
 
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2019年2月27日 (水)

錆びた案内板、綺麗な案内板

京浜東北線東十条駅から歩いてみようと電車に乗ったが、王子駅手前でトラブル発生。 結局、東十条とは離れた、「新田一丁目」バス停から「西新井大師西」駅までの散歩となった。 1万歩。
 
 
 
●アリャリャ、コリャリャ ・・・・・・・・私が乗った京浜東北線電車が、王子駅にさしかかった時、急ブレーキがかかり、数両がホームにかかり停車した。 「アリャ、事故ったかな?」 しばらくすると、『湘南新宿ラインで人身事故が発生しました。 安全確認のため近くを走る京浜東北線にも緊急停止の指示があり停車しました。 只今、事故発生場所の確認をしております』のアナウンス。 電車にとじ込まれ10分、『王子駅の停車位置まで電車を動かします』 電車がチョイト前進し、ドアが開く。 『運転再開は9時以降となる見込みです。 地下鉄南北線で振替輸送を行っております』の案内が車内に流れる。、、、、、アリャリャ、コリャリャ、どうしよう? とりあえず、暇な親爺の行く先定まらぬ散歩なので、駅を出ることにした。
 
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・・・・・・・・・・・・・駅前には多くのバスが停まっている。 行先を変更し、どこ行きでもいいから、スグ出発しそうなバスに乗った。 (敬老パスを持っているので、バスは乗り放題!) 乗ったバスは「新田一丁目」行のバスだった。 バスが走りだして、「何処で降りようか?」 考えても決まらず、結局、終点の「新田一丁目」で他の乗客がいないガラガラのバスから一人静かに降りた。、、、、今日の散歩のスタートは“東十条”の予定が、“新田一丁目”となった。、、、、「新田(しんでん)」は足立区の西部最西端に位置し、周囲を荒川と隅田川に囲まれた中洲状の処である。 荒川を挟んだ対岸は足立区鹿浜・堀之内・江北、隅田川を挟んだ対岸は北区豊島・神谷・王子・志茂である。 一丁目は西を隅田川、北と東を荒川、南を環七通り(東京都道318号環状七号線)に囲まれた、工場や倉庫の多い町だが、アパート、マンションもある。
 
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●伏見稲荷のコンコン ・・・・・・・・・・・・・・・・・新田一丁目バス停前に、元禄10年(1697)に京都の伏見稲荷を勧請し、創建された新田稲荷神社がある。 社殿は戦災により焼失し、現社殿は昭和22年(1947)の再建。、、、、境内にある、「宝暦六年丙子四月」(1756)の彫の庚申塔は、250年前のもの。
 
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●一部は更地になった! ・・・・・・・・・鹿浜橋西詰、荒川沿いに建つ都営住宅、都営新田一丁目アパート。 昭和42年(1967)から昭和43年(1968)にかけて建てられた、568戸(12棟)の団地。 築50年経過し、老朽化のため、まず8棟が取り壊され、14階建ての建物に替わる予定である。
 
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●降りだしそうだ! ・・・・・・・・・・・鹿浜橋は荒川に架かる環状七号線の橋で、南詰は新田一・二丁目、北詰は鹿浜一・二丁目。、、、、昭和40年(1965)2月12日に開通した。 長さ451.3m。 橋名は旧足立郡の鹿浜村・鹿浜新田にちなむ。、、、、雨の降りそうな空模様、寂しそうに流れる荒川。
 
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●つまらん環七! ・・・・・・・・鹿浜橋から環七通りを東へ向かう。、、、、幹線道路は歩いても面白くないね! 目に入るのは、ファミレス、パチンコ屋、ディーラーなど、どこの道を歩いても同じ景色だ!、、、、鹿浜三丁目交差点を過ぎたあたりで、裏道を歩くことにした。
 
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●ツバキのない椿 ・・・・・・足立区椿2丁目の裏道に入る、椿日枝神社があった。、、、創建は不詳だが、江戸時代に後北条氏の家臣:阿出川氏が堀之内村を開村、その後堀之内村の小名「椿木」の鎮守として創建したものと推定されるそうだ。、、、ステキな地名「椿」は、かつてこの辺りに椿が自生していたことによるらしい。、、、境内には、高僧(覚心坊和尚)の事績石碑があり、神仏習合時代の面影が残されている。、、、境内に、せめて一本でいいから、ツバキを植えて欲しいね!
 
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●錆びた案内板 ・・・・・・・・・・椿2丁目の東隣、江北7丁目に入ると、「都営 上沼田第3アパート」がある。、、、、昭和43年(1968)に建てられた都営住宅で、全15棟(約560戸)の団地である。 建築当時は、風呂がある、水洗トイレがある、モダンな住宅として足立区のモデル住宅になったそうだ。、、、、いつの間にか築50年が経過し、高齢化、少子化となり、建物も劣化し、今や団地の案内板も錆びてしまった。 商店街は廃業した店が並ぶ閉店街となった。、、、、都は、上沼田第3アパートを段階的に建て替える計画で、検討しているそうだ。
 
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●カラフルな案内板 ・・・・・・・・「アレ、上沼田第3アパートが続いているのか?」と、間違える程の近く(江北6丁目)に「UR 江北六丁目団地」がある。、、、、こちらは、昭和46年(1971)に完成した旧公団住宅で、全29棟(860戸)の団地である。 都営住宅が一戸当たり40㎡弱で、ここは50㎡程あり、チョイと広い! また、近年改修工事も行い、小奇麗である。 そして、一番のポイントは、日暮里舎人ライナー西新井大師西駅の真ん前で超便利!
 
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●ちょうど来た! ・・・・・・・・お帰りは、もちろん西新井大師西駅 から日暮里舎人ライナーで!
 
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2019年2月13日 (水)

都県境の町、谷塚

最強寒波が寒さを置き忘れて行ったのか、今日も寒い! 薄曇りの谷塚駅(東武伊勢崎線)で下車し、埼玉県と東京都の境付近を歩き、舎人駅(日暮里舎人ライナー)までの散歩です。 1万1千歩。
 
 
 
●都心に近い寂しい駅 ・・・・・・・・谷塚駅は東京都の北端にある竹ノ塚駅の北隣りにある。 埼玉県草加足市の南端にある。 大正14年(1925)10月1日に開業。、、、、現在は島式ホーム1面2線の高架駅で、緩行線のみ停車。、、、、東口は駅前ロータリーがあり、タクシーも停まる構え、西口は裏口という雰囲気で寂しい。、、、、一日の乗降客は約3万8千人で、両隣の竹ノ塚駅、草加駅の半数程である。 東京に隣接する、ベッドタウンの駅としては、チョイト悲しいね!
 
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●地元未着型寺院 ・・・・・・・・谷塚駅から南西に500m程歩くと、真言宗豊山派寺院の寶持院がある。 寶持院は、寺の本尊背面の銘から推定すると、江戸時代中期には創建していたそうだ。 創建以来、谷塚地区の人々の菩提寺として、宝灯を守っている。、、、、現在の本堂は、平成4年(1992)に建設された。 また、山門の右手には不動堂、左手には御堂がある。、、、、明治6年(1873)には、谷塚小学校が旧本堂を仮校舎として開校したそうだ。
 
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●渋々、歩道橋を渡る ・・・・・・・・・・・・草加バイパス(国道4号、日光街道)を越える。、、、、交差点まで行って横断するのが面倒なので、車が少なくなったら、スチャラカチャンと適当に横断しようと思ったら、道路中央に壁が立ち、無鉄砲な横断ができない。 さすがに国道だ! 渋々、歩道橋を見つけ横断する。 『コンチクショウ! 人に優しくない国道だ!』
 
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●こんな処に、江戸時代の墓石 ・・・・・・・・・・アレ、町会の掲示板の下に墓石が!、、、、墓石が勝手に徘徊したのか? 男女の墓石は、駆け落ちか? いずれにしても、仏さんは成仏したかな? 『南無阿弥陀仏』
 
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●あちらこちらに畑が残る ・・・・・・・・・谷塚の町を歩き、都県境の毛長川に向かう。
 
・・・・・・・・・・・・・あちらにも、こちらにも、畑が残っている。 いずれ、住宅地に変わるかも?
 
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・・・・・・・・・・・・・バス通りも、交通量は少ないようだ。、、、、バスと言っても、コミュニティバスだけど。
 
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・・・・・・・・・・・・・谷塚上町には神明神社があった。 谷塚村に古くから鎮座していた鎮守社らしい。
 
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・・・・・・・・・・・・・・こちらは、畑の中にあった。 個人のお宅の屋敷社。
 
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●近い! 草加市と足立区 ・・・・・・・・・・・・・・・毛長川(けながかわ)は、川口市の方から流れ下り、埼玉県草加市と東京都足立区の境は、ほぼこの川が境となっている。 かつては生活排水などで汚れた川であったが、流域の下水道の普及などにより改善した。 現在では、魚類の生息が確認されているそうだ。、、、、、こちらは草加市、対岸は東京都。 東京都と埼玉県の近さを感じる川だ!、、、、、、毛長橋を渡り足立区古千谷本町(こぢやほんちょう)に入る。
 
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●来年はオリンピック音頭で! ・・・・・・・・・・古千谷本町2丁目に、氷川神社がある。 神社の創建年代は不詳だが、古千谷村が出来た頃の創建で、古千谷村の鎮守社であったらしい。、、、、盆踊りに最適な広い境内に、ポッリと社殿が建っている。
 
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●着いた! ・・・・・・・・・・日暮里舎人ライナーの舎人駅。 今日はここから帰宅。
 
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2019年2月 5日 (火)

豊島橋を渡れば近い扇大橋

京浜東北線東十条駅から東に向かい、豊島橋、江北橋を渡り、日暮里舎人ライナー扇大橋駅まで、1万2千歩の散歩です。
 
 
 
●客の少ない駅 ・・・・・・・東十条駅は、昭和6年(1931)8月1日、赤羽駅まで京浜線(京浜東北線の前身)が延長された際に下十条駅として開業した。 昭和32年(1957)に東十条に改称。、、、、2つの島式ホームで中線1本を挟む形態で、2面3線の地上駅。 改札はホームの両端から階段を上がったところに南・北改札口がある。、、、京浜東北線の全35駅の中では、上中里、新子安に次いで、3番目に乗車人員の少ない駅である。 一日約24,000人程。、、、今日は南口から散歩を始める。
 
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●北王子線は消え、桜は残る ・・・・・・・・・・東十条駅から東へ400m程歩くと、去年完成した18階建て(864戸)の、まだ新しい大きなマンション:「ザ・ガーデンズ東京王子」がある。 このマンションはJR貨物の貨物駅であった北王子駅跡に建てられたものだ。、、、、北王子駅は日本製紙の紙の輸送を行う専用駅であったが、平成26年(2014)7月1日に廃止となった。 かつては、日通の機関車が入れ替え作業をしていた。 それをフェンス越しにジーッと見ていたのを思い出す。
 
・・・・・・・・・・・・・「ザ・ガーデンズ東京王子」は、億ションもあるそうだ!、、、、マンション前の通りは桜の名所。 部屋から花見ができるね。 
 
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・・・・・・・・・・・・・マンション前に残る踏切跡と、北王子線のレール跡。
 
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・・・・・・・・・・・・・廃止の1年前(2013/1/17)に撮影した北王子線、、、、、順に、駅手前の踏切り。 北王子駅構内。 桜並木の連なるコンテナ。
 
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●王子の紀州さま ・・・・・・・・・王子消防署前で「北本通り」を横断し豊島橋方向に向かうと、途中の豊島7丁目に紀州神社がある。 神社は、鎌倉時代後期、紀州和歌山にある伊太木曽神社を、同村に勧請したのがはじまりであり、水の神様として知られている。、、、、、地元の人々からは「紀州さま」と呼ばれ、親しまれているそうだ。(ホントかいな?)
 
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●お堂が二つ ・・・・・・・・豊島五丁目交差点にお堂が2つ。 どちらも、地蔵尊が祀られている。 由緒書きなどがなく、詳細は不明?
 
・・・・・・・・・・・・まずは、豊島6-2のお堂から。 
 
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・・・・・・・・・・・・・都道307号を挟み斜め向かい(豊島6-1)に、もう一つお堂がある。 こちらは、延命地蔵大菩薩とのこと。
 
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●5000戸の団地 ・・・・・・・・・昭和47年~48年にかけ、建てられたUR都市機構の豊島五丁目団地 。 総戸数5000戸程の巨大団地だ。 単純に1戸当たりの家賃8万/月とすると、家賃の総収入は4億円/月。 48億円/年也。 デカいね!、、、、、こんな団地1棟でも持っていたら、老後は遊んでくらせるのだが! 何もない、私は孫と遊んで暮らしているけどね?(意味が違うか!)
 
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●一気に駅に向かう ・・・・・・・・・豊島五丁目団地の先には、隅田川に架かる豊島橋(としまはし)がある。 北区豊島と足立区宮城を結ぶ橋。、、、、、さらに、荒川に架かる江北橋と続く。、、、、、江北橋を渡ると、日暮里舎人ライナーの扇大橋駅は近い。 (このルートは平成28年(2016/8/19)に歩いているので、こちらをみてね! )
 
・・・・・・・・・・・・・・豊島橋、、、、、アーチの上には鳩らしき鳥がイッパイ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・江北橋、、、、、北風が吹きつけ、今日は寒い!
 
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・・・・・・・・・・・・・・扇大橋駅、、、、寒さで疲れた!
 
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2019年1月27日 (日)

五反野から北風の中を歩く

風が強く今日も寒い。 東武伊勢崎線の五反野駅から、つくばエクスプレスの六町駅に向かい歩きはじめたが、途中でもたもたし、青井駅までの散歩となった。 1万歩
 
 
 
●“田”と“野”の違い・・・・・・・大正13年(1924)10月1日、両隣の小菅・梅島の両駅と同時に追加開業した、足立区南部に位置する五反野駅。 島式ホーム1面2線の高架駅で、複々線の内側を走る緩行線のみにホームがある。、、、、「五反野」の付近は、低湿地帯で河川が年中洪水を起こし、定住して農業を営むには極めて難しいとされた土地であった。 しかし、江戸時代、河川の改修工事がなされ新田開発が活発化した。 綾瀬村の一部である弥五郎新田の小字で「五段野」ともいわれ、徳川の御料地として豊かな農村地帯として発展したそうだ。、、、、、“田”と“野”の一字違いで、五反田は都心に近い品川区、五反野は埼玉県に近い足立区。
 
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・・・・・・・・・・・・・・五反野駅周辺は、商店街と住宅街の混在する町である。、、、、、昭和40年代前半に、駅前通りに沿って存在していた用水路も含め、この地区にあった「どぶ川」が整備され暗渠化された。 駅周辺にその後商店も増え、昭和45年(1970)には商店会が発足した。 戦後の街である。、、、、日曜日の朝、まだお店のシャッターは下りたまま。
 
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●町の裏通り都営住宅が点在!・・・・・・・・商店街からはずれ、足立区弘道の裏道を歩くと、都営住宅 「弘道一丁目第3アパート」がある。 平成3年(1991)に完成した、3棟(95戸)の団地である。、、、、この付近には、都営住宅が多いのだが、集合住宅が整然と並ぶ大規模団地は少ない。 裏通りを入った、不整形の小さな敷地(都営住宅としては小さい)に5階建てぐらいの中層の住宅が建っている。
 
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・・・・・・・・・・・・・こちらは、「弘道一丁目第4・5アパート」。 ここも平成7年~10年に建てられた、全3棟で126戸の都営住宅。
 
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・・・・・・・・・・・・・・こちらは、チョイト大きめの「弘道一丁目アパート」。 昭和60年~61年に建てられた、総戸数160戸(全8棟)の都営住宅。
 
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●ホント、一人で建てたの!・・・・・・・・・・『この建物使用できるの?』、チョイと建築に関わってきた私が驚いた弘道1丁目の貸倉庫。 建築基準法を無視したのか、法に従っているのか、判らない倉庫だ! 近づきじっくり拝見すると、鉄筋は丸出し、壁・柱・梁のいたるところに錆びた鉄筋が出てる、控え柱(?)も劣化している、「なんじゃこれは!」、、、、、以前、ご近所の人に訊ねてみたら、『あの建物は、かつて製氷会社の倉庫で、素人の当時のオーナが自ら一人で建てたらしいですよ。 建物の一部が落下したりして危険でもあり、役所に陳情しました』、、、、、ネットで調べると、現在も貸倉庫として使用しているようだ。 また、周辺には同じような建物が複数ある。、、、、一人で、これだけの建物を造った当時のオーナに感服!
 
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●第十六まであった!・・・・・・・・・・弘道1丁目にある区立第十一中学校がある。 昭和22年(1947)、旧制都立江北中学校に間借りして開校し、翌23年私立東洋学園校舎に生徒収容。 昭和24年(1949)東洋学園を買収し、現在地に移転した。 今年で創立72年になる中学校。、、、、足立区には、地名を冠した中学校も多いが、連番をふった中学校も多い。 第一・第四・第五・第六・第七・第八・第九・第十・第十一・第十二・第十三・第十四まで現存する。 第十五、第十六中学校は他校と統合されていた。 こういう連番の校名、生徒はどう思うか、チョイト聞いてみたいね。
 
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・・・・・・・・・・・・・中学校の隣りに小さな堂があり、中に地蔵尊と、宝暦8年(1758)銘の庚申塔が祀られている。
 
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●徳川家康を祀る神社・・・・・・・・・・・足立区青井2丁目に入ると四ツ家稲荷神社がある。 祭神は、宇迦之御魂命と徳川家康。 江戸時代から四ツ家(地名)のある次郎左衛門新田には、東の宮と西の宮の二つの稲荷社があった。 近代になって、1村1社政策が進められたため、現在地にあった西の宮に東の宮が合祀され、その際、鵜飼家(地元の地主)の屋敷神だった「権現さま(徳川家康)」も合祀した。、、、、タヌキ(家康)とキツネ(稲荷)を祀る神社。 蕎麦屋には御利益ありそうだ!
 
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●迷路!・・・・・・・・・・・青井2丁目・3丁目、裏道が迷路のように曲がりくねっている。 私好みの道! 
 
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●寒い、誰か温めて!・・・・・・・・・・・・風が強く、歩いていると寒い、鼻はグズグズ、帽子飛びそう、熱い珈琲が飲みたい。 コンビニはあったが、コーヒーショップ、喫茶店が無い! インフルエンザも怖いので、帰ることにした。、、、、青井三丁目第3アパートの中を抜け駅に向かう。 第3アパートは12棟(458戸)の都営住宅で、昭和57年(1982)~昭和60年(1985)に建てられた。
 
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●地下深い駅・・・・・・・・・青井三丁目第3アパートの一画に、つくばエクスプレスの青井駅がある。  つくばエクスプレスの開業、平成17年(2005)8月24日に同時開業した。、、、、地下深く、幅が狭いホームは、平日、通勤客で混みあいそうだ。
 
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2019年1月25日 (金)

埼玉県足立区を散歩

チョイ寒だが、空は青空いい天気、雅万歩の頭はノー天気、赤羽に行くつもりで電車に乗ったが、日暮里で日暮里・舎人ライナーに乗りたくなり急遽下車。 ライナーに乗ってから、『さて何処で降りようか?』 何の目的もなく、終点の一駅手前「舎人」で下車。 気ままに西方に歩き、埼玉高速鉄道「川口元郷」まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
●今日は終点の手前で下車・・・・・・・・・・・なにはともあれ、日暮里・舎人ライナーに乗ろう!
 
・・・・・・・・・・・・・まずは、で先頭車両の一番前に座る。 早速、カメラをかまえ、『発車オーライ』。、、、、次の西日暮里で乗客が増え、私の隣りに若いマスク美人が座る。 『いい歳して、電車の先頭でハシャグ爺』と、思われるのが恥ずかしく、カメラをそ~っと隠す。
 
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・・・・・・・・・・・・・・西新井大師西駅で隣のマスク美人が下車し、車内も空いてきたので、カメラを取り出し窓にはり付く。
 
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・・・・・・・・・・・・・・ライナーに乗ると、つい終点まで行ってしまうので、今日は一つ手前の舎人(とねり)駅で下車することにした。 「舎人駅」は、尾久橋通りの頭上にある日暮里・舎人ライナーの駅である。 平成20年(2008)3月30日、日暮里~見沼代親水公園間の開業と同時にできた、島式ホーム1面2線の駅。 
 
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●埼玉生まれ東京育ちの舎人!・・・・・・・・・・・・舎人駅の西側に、足立区立舎人小学校がある。 明治初期に開校し、今年は創立から126年になる歴史ある学校。 その校門の脇に「舎人村役場跡」の碑があった。、、、、「舎人」の名の由来は定かでなく、今だ定説もない。 舎人村は明治8年(1875)に埼玉県から東京府に移管された。 昭和7年(1932)からは舎人町となった。
 
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●へーー、塀がない!・・・・・・・・・・・舎人の町の西隣に入谷の町がある。 1丁目から9丁目まである広い町だ。、、、、入谷2丁目に、浄土宗の五台山太子院源證寺(げんしょうじ)がある。 天文元年(1532)に創建された古刹である。 本堂は文久3年(1863)に再建し、昭和47年(1972)に銅板葺入母屋造りに改築した。 太子堂は、江戸中期の古建築で、開山上人所持の聖徳太子像を祀り、近隣の信仰をあつめ、古来、正月・5月・9月の22日に太子講が盛大に行われてきた。小堂であるが、江戸時代の建築様式のなごりをとどめる貴重な建造物である。 また、江戸時代中期、正徳2年(1712)在銘の梵鐘もある。、、、、只今、境内では、太子堂・納骨堂など改修中。 ぐるり塀のない、どこからでも入れる境内、貴重な仏さまを盗まれないように、南無阿弥陀仏。
 
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●埼玉県足立区?・・・・・・・・・・・この辺り、“舎人村大字入谷”の雰囲気が残っているのか、アチラコチラに畑が点在する。、、、、小さな畑でも、町の中にあると癒しの効果があるね!
 
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●都県境は橋を渡り10m程・・・・・・・・・・・・鳩ヶ谷街道と頭上の首都高速川口線を横切り、芝川に架かる南平大橋(なんぺいおおはし)を渡る。、、、、この付近では、芝川が東京都足立区と埼玉県川口市の境かと思いきや、ナント両側とも東京であったり、埼玉県であったり。 つまり、地図を見ると一目瞭然なのだが、都県境が川の中央に無く、微妙にずれている。 ここ南平大橋では、橋の両端とも、足立区入谷7丁目・8丁目。 橋を渡り西詰を10m程歩くと川口市である。
 
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●走る凶器、怖い!・・・・・・・・・川口市に入ると、どうやら物流の動脈を歩いているようだ。 私の横を、前を、大型トラックが引切り無しに通り過ぎる。 怖い! 裏道に入ろう!
 
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●高所恐怖症は住めない・・・・・・・・・・裏通りを、川口元郷駅に向かい歩く。、、、、塗装、土建、金属加工などの業種が目立つ町、、、、、古びたアパートも健在の町、、、、、母子が遊ぶ公園、、、、タワーマンションは、地上185m、55階建ての「エルザタワー55」(平成10年竣工、650戸)
 
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●まだ、新しさの残る駅・・・・・・・川口元郷駅 (かわぐちもとごうえき)は、平成13年(2001)3月28日に開業した埼玉高速鉄道線の駅。 島式1面2線の地下駅。
 
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2018年12月10日 (月)

正月の準備中、西新井大師

今季最低の気温、私に住む台東区では今朝6時に3℃であった。 寒さに負けじと、一枚多く着込んで歩いてきた。 大師前駅で下車し、西新井大師に手を合わせ、栗原団地、竹の塚第二団地を抜けて竹ノ塚駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
●たった一駅間、行ったり来たり・・・・・・・・東武大師線は西新井駅から隣の大師前駅まで、路線距離1.0kmの盲腸線。 2両連結のリバイバルカラー(昭和30年代の塗装)の電車が運行している。、、、、大師線は、昭和6年(1931)12月20日に、西新井駅と上板橋駅を結ぶ東武西板線(計画路線)の第一期区間として開業した。 その後、西板線の計画は中止となり、既存の部分は大師線に名を変え現在に至っている。、、、、、一駅間を行ったり来たりでは、ワンマン運転の運転手さんもつまらないかも?
 
・・・・・・・・・・・・・西新井駅で、大師線の向かいのホームから見ると、たった一駅間のを走る電車なのだが、降りてくる通勤客は多い。 逆に、西新井から大師前に向かう人は少ないね。
 
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・・・・・・・・・・・・・・大師前駅は、1面1線の高架駅である。 駅は無人で乗車券売り場は無い、自動改札も無い。 自由に電車に乗れる駅、ただし西新井駅でチャント乗車券を買わないと出られない。 自動改札も西新井駅にある。
 
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●坊主丸儲け?・・・・・・・・真言宗豊山派の寺で、西新井大師は通称、正式の名は五智山遍照院總持寺(ごちさんへんじょういんそうじじ)という。、、、、空海(弘法大師)が関東巡錫の途中、西新井を通ったおりに、本尊である観音菩薩の霊託を聞き、本尊の十一面観音を彫り天長3年(826)に寺院を建立したことに始まる。 江戸時代に建立された本堂は昭和41年(1966年)火災により焼亡したが本尊は難を逃れた。 その後、現本堂が昭和46年(1971)に再建された。、、、、、師走に入り境内のあちらこちらに、足場を組む人、幕を張る人など、年末年始の準備をする人が見える。 西新井大師には、正月三が日に約45万人が参拝するそうだ。 一人当たりの賽銭200円とすると約9000万円。 お札・お守り・おみくじ、なども売り上げを加算すると、約1億円以上になりそうだ! 
 
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●チョイト昔の店・・・・・・・・・懐かし雰囲気が残る参道の店。 これから、店を開ける処もある。
 
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●地下道抜けると、そこは団地・・・・・・・・・・東武伊勢崎線の下をくぐり抜ける「栗原立体交差」をとおり、線路の東側に出ると都市再生機構の「栗原団地」前である。、、、、、昭和42年(1967)にできた団地で、全部で21棟(約650戸)の集合住宅が並んでいる。 
 
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●松の木だけが知っている・・・・・・・・・・・・栗原氷川神社の創建年代は不詳だが、天正2年(1574)に再建され、栗原村の鎮守社であったと言われている。 明治5年に村社に指定された。、、、、境内のクロマツは樹齢300年以上と思われる。
 
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●判らん!・・・・・・・・・足立区六月(ろくがつ)の地に、真言宗豊山派寺院の炎天寺がある。 寺は、幡勝山成就院と号す。 炎天寺は、天嘉4年(1056)奥州鎮定に赴いた源頼義・義家父子が必勝祈願の成就を感謝して、幡(旗)勝(正)山成就院炎天寺とした。、、、、源氏ゆかりの寺で江戸後期の俳人:小林一茶がいくつかの名句を残している。 「やせ蛙負けるな一茶是にあり」 「蝉鳴くや六月村の炎天寺」、、、、私には判らん! わざわざ遠くから来るほどの大きな寺でもないし、高僧がいたわけでもないし、寺の案内文・資料を読んでも判らないのは、なぜ一茶がこの地に来たのか? 
 
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・・・・・・・・・・・・・炎天寺が別当であった、地続きの隣りに六月八幡神社がある。
 
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●人も建物も高齢化!・・・・・・・・・・・・竹ノ塚駅の南側、線路沿いに「竹の塚第2団地」がある。 全28棟(約790戸)の建物は昭和40年(1965)の建築。 築後50年以上経過し、この団地も高齢化が進んでいるようだ!
 
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●只今工事中!・・・・・・・・・・竹ノ塚駅は、只今、高架化工事中。 完成は2022年3月の予定。、、、、現在、旧駅ビルは閉鎖され、改札は地下通路からとなっている。
 
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