足立区

2019年9月20日 (金)

お江戸の隣りの江戸

9月に入り、都が発行する敬老パス(年20,510円で都内のバス、都営交通の電車が乗り放題)を昨日更新した。 新しいパスの使い始めは、遠距離の交通機関がいいだろうと思い、都が運行する日暮里・舎人ライナーで終点の見沼代親水公園駅まで行き、そこから埼玉高速鉄道の鳩ヶ谷駅まで歩く予定で家を出た。 山手線で日暮里まで行く予定が、車内のテレビCMの若い娘に見とれ日暮里駅で下車するのを忘れてしまった。 気づいたのは、“時すでに遅し”、ドアが閉まった。シマッタ! しかたない逆回りで、鳩ヶ谷駅から見沼代親水公園駅まで歩くことにした。 1万4千歩。

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●旧市のターミナル ・・・・・・・王子駅から地下鉄南北線に乗換え、そのまま埼玉高速鉄道の鳩ヶ谷駅まで行く。、、、、鳩ヶ谷駅は、平成13年(2001)3月28日に開業。 島式ホーム1面2線の地下駅。 開業時は鳩ヶ谷市の駅であったが、平成23年(2011)に鳩ヶ谷市は川口市に編入され川口市の駅となる。、、、、鳩ヶ谷市は東京都足立区に隣接し、蕨市に次ぎ面積の小さな埼玉県南部の市であった。 鳩ヶ谷駅は鳩ヶ谷市の中心部、市民センターの地下に造られており、当時財政難と云われていた鳩ヶ谷市としては贅を尽くした建物である。

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●かつては宿場町! ・・・・・・鳩ヶ谷駅付近の建物、、、、今年の春に、鳩ヶ谷駅周辺を歩いていた。コチラを!
・・・・・・・・・・・・・・駅から300m程、北東の高台に鎮座する鳩ヶ谷氷川神社。 鳩ヶ谷氷川神社は、鳩ヶ谷宿・辻村・里村の鎮守で、応永元年(1394)に造営された。 明治以降、周辺の神社18社を合祀し、社殿の周囲には境内社が並んでいる。

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・・・・・・・・・・・・・・神社の東側をとおる日光御成道に残る、鳩ヶ谷宿のシンボル的な建物は十一屋北西商店。 昭和5年(1930)に建てられた店舗と蔵は、国の登録有形文化財に指定されている。 酒屋としての創業は明治初期で、現在の主人はソムリエの資格を持っているそうだ。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・日光御成街道沿いに、もう一軒、旧船津眼科医院がある。 昭和初期の木造建築。、、、、現在も住居として利用されている。 レトロチックなこの建物に住んでおられる方が羨ましいね!

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・・・・・・・・・・・・・・オゥ~~懐かしい、最近は見られなくなった、赤く塗られた地上式消火栓。 地上式消火栓の規格は昭和44年(1969)に廃止となった。 しかし、積雪の多い地方ではまだ使用されているそうだ!

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●面白いことないかな~ ・・・・・・・・鳩ヶ谷から見沼代親水公園駅に向かい。バス通りを歩く。 

・・・・・・・・・・・・・・私を引きつけるものがない、美人も歩いていない、単調で、面白みがない道を、ホイサカホイサカ歩く。 

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・・・・・・・・・・・・・・オヤ! “もう東京に着いたか”と言いたくなる地名「江戸」に来た! 江戸は、川口市の東部、毛長川沿いの町。 中小企業の工場・倉庫や、住居兼工場が多く住宅地とは言いずらい。、、、、この辺りの旧地名は“江戸袋村”である。

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・・・・・・・・・・・・・・「江戸」の隣り町は「江戸袋」、こちらは「新郷工業団地」を中心とした町。 地名の由来は、徳川家とは一切関係なく、「水が淀み、悪水が溜まりやすい低湿地」であったから名付けられたそうだ。

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・・・・・・・・・・・・・・江戸袋1丁目にある真言宗智山派の東光院は、古桂山大山寺と号します。 東光院は、聖政(慶安元年(1648)寂)が開山したと云われている。 大きくなく素朴な感じの寺である。 今日は“彼岸の入り”、檀家の人々が線香をあげていた。(私も、三連休に墓参りしなければ!)

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・・・・・・・・・・・・・・本堂前の「女人開運・所願成就 願いがかなう お地蔵さま」と標された立札が目にとまる。 六面それぞれに地蔵菩薩立像が彫られている、一石六地蔵石が立っていた。 女性はハッピー、男性はアンラッキー!

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・・・・・・・・・・・・・・川口市江戸袋・川口市本蓮を抜け、東京都足立区舎人に入ると、2つの川、見沼代用水東縁と毛長川が直交している。 ここには舎人橋が架かっている。 2つの川は水位が異なり、ここで全てが合流するのではなく、交差するのである。、、、、北から流れてきた見沼代用水東縁(写真1)は、舎人橋で毛長川にぶつかり(写真2)、水量の多くは毛長川の方に流れ合流する(写真3)が、用水の一部は毛長川の下を通り川向こうに流れるように仕組まれている。(文章で説明しずらい仕組み、実物をご覧あれ!)

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●着きました! ・・・・・・・見沼代親水公園を通り抜けると日暮里・舎人ライナーの見沼代親水公園駅が見える。

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・・・・・・・・・・・・・・新しい敬老パスで改札を通過できた、これで向う一年間、“乗り放題”で利用できる。 ヨシ・ヨシ!、、、、先頭車両の一番前に座って、日暮里まで嬉しそうに乗車!

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2019年8月29日 (木)

暑さでボケた!

一週間ほど前に医者に駆け込み抗生物質を頂戴し飲んでいたが治らず、一昨日、さらに一週間分の“おかわり”を貰い飲み続ける。 単なる夏風邪と思うが鼻水が止まらず、ティシュが離せない! 頭は冴え、身体はピンピン、鼻水だけはグジュグジュ。 イライラすることこの上もなし、今日は雨も止んだようなので、気晴らしに歩いてみることにした。 

日暮里舎人ライナー扇大橋駅から北に向かって歩き、西新井大師に寄って、病気平癒の願掛けをして帰ろうとおもったが、、、、扇大橋駅から裏道を歩きはじめたら、東の方角に歩いてしまい、気がついて修正したら今度は西の方角に歩き、結局は扇大橋駅の一つ隣の高野駅までの散歩ととなってしまった! 病み上りで暑さに負け、ボケてしまったのか、炎天下に1万歩の迷歩です。




●眺望抜群、陽当り良好! ・・・・・・日暮里舎人ライナーは、JR日暮里駅から尾久橋通りを北上し、足立区の北の端「舎人」までの全9.7km、13駅の案内軌条式鉄道。 全線・全駅とも平成20年(2008)3月30日に開業。、、、、都営の鉄道で、敬老パスを持っていると切符を買うことなく乗れる。(もちろん私も持ってる) 先頭車両の一番前に乗って景色を見るのが、私の楽しみ!

・・・・・・・・・・・・・・扇大橋駅の手前:足立小台駅を過ぎると、ライナーは扇大橋(尾久橋通り)に並行し、若干の上り勾配で荒川を越える。 扇大橋駅手前では、高架橋の最高地点を通過。 この辺りでは、高さ約30m、眺望は抜群!

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・・・・・・・・・・・・・・一日約1万人が乗り降りする扇大橋駅。 日暮里舎人ライナーの駅はJRなどに接続する日暮里・西日暮里の両駅以外はだいたい同程度の乗降客で似たり寄ったり。 駅の建物も似たり寄ったり。 

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●田舎道(?)を歩く! ・・・・・・・・駅から脇道に入ると住宅地の中に、全てが田圃の一区画がある。 この付近の昔からの田圃で、地主が提供したのか(?)、地元の小学生が描いた『田圃を大切に』の注意書きもある。、、、、夏休みが明けると、そろそろ刈入れの時期、給食はこの新米で作る“美味しい御飯”、楽しみだね!

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・・・・・・・・・・・・・・扇1-33付近で、祠を覗くと馬頭観音が! 美人の観音様なら、嬉しいのだがね!

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・・・・・・・・・・・・・・一車線一方通行の道が曲がりくねり、どうやってここに出てきたか説明できず、でも銭湯:「星谷浴泉」(扇1-34)の前に出てきた。、、、、50年以上続く老舗の銭湯で、番台・富士山のペンキ絵をはじめ日本の銭湯文化を大切に守っている昭和の銭湯。 1番人気は 漢方を混ぜた日替わりの健康薬用風呂らしい。 私も一風呂浴びて行きたいが、只今、8時30分、営業開始は15時30分、チョイト早すぎた!

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●葵の御紋で年始回り! ・・・・・・・私の足は、いつのまにか扇1丁目から本木西町に入っていた。 長い塀が続いている、『塀の向こうは、アリャ、コリャどこかの寺の墓地のようだ。 オヤ、本堂らしき屋根も見える。 行って見よう!』

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・・・・・・・・・・・・・・ぐるりと寺を一周し、山門前に出た。 『ナンダ、ココか! 数年前に来たことのある吉祥院』 チョイト風邪が治るよう手を合わせて行こう!、、、、吉祥院は真言宗豊山派大和長谷寺の末。 江戸四ヶ寺の一つで、真言宗関東の役寺として、江戸時代の盛時には32,000㎡の寺域を持ち、33ヶ寺の末寺を有していた。 渕江山星谷寺と号す。 正応元年(1288)僧円真が開山し、古くから名刹として知られ、住職は権大僧都として、毎年正月には葵の紋のついた籠で江戸城に登場したといわれている。、、、、山門は、平成16年(2004)に建てられたもので、正面の左右には楠の大木で造られた身丈8尺の阿形・吽形の仁王像が邪念を持つ者が入らぬよう、仁王立ちして睨みをきかせている。 念には念を入れ、鉄柵で囲み参拝者も山門はくぐれず、脇から境内に入る。、、、、本堂は昭和57年(1982)の再建で、八間四面、入母屋造りの重厚な建物。 拝殿にかかる「吉祥院」の扁額は豊山派第二十六代管長:総本山長谷寺第八十世化主中川祐俊猊下の揮毫。、、、、境内には庚申塔、板碑なども多い。

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●風邪でボケたか? ・・・・・・吉祥院に着いて、歩く方向を間違えたのに気付いた。、、、、『アリャ、北へ行かずに、東に歩いてた!』 方向転換する。 『進路、北北東にとれ!』 歩く先に神社あり、手を合わせて行こう!
・・・・・・・・・・・・・・チョイトお立ち寄りは、吉祥院の東側に鎮座する本木氷川神社。 祭神は素盞嗚尊。 創建については詳細は不明だが、享徳3年(1454)に創建の後、宝永6年(1709)に現在地に本殿を再建したといわれている。 本木村全体の鎮守であった。


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・・・・・・・・・・・・・・神社の北側に“昭和のアパート”発見! どうやら、空き家のようだが、間違いなくアパートだった建物。中央に配した1階と2階の玄関扉が印象的だ!


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・・・・・・・・・・・・・・自分では北北東に向かっているつもりだったが、曲がりくねった道のため、しばらくして再び地図を見ると、、、、『アレ、また間違えた! コリャ西に向かっている。 もう駄目だ、今日は帰ろう!』 今日は西新井大師に向かうのを諦めた。、、、、柿の実に秋の到来間近を感じながら、暑い暑い陽射しの下、一番近そうな、日暮里舎人ライナーの高野駅へ向かう。

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●帰ります! ・・・・・・・・高野駅に到着。

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2019年8月17日 (土)

夜の堀切

この夏一番の暑さ、予報では36℃。 熱中症で彼の世へ行くのは嫌だ、今日は家でゴロゴロ、グダグダ、そしてグッタリ。 でも、陽も落ちる時刻となると、『ブラブラ歩いてくるか』、、、、今宵は暑そうだから無理をせず、私の好きな東武伊勢崎線の堀切駅と牛田駅・京成関屋駅に行ってきた。




●降りた客は二人! ・・・・・・・堀切駅は、明治35年(1902)4月1日、吾妻橋(現:とうきょうスカイツリー)~北千住間の開業と同時にできた駅。 当時の堀切駅は今よりやや東側、ちょうど荒川のど真ん中付近にあった。 当時はまだ現在の荒川がなかったためで、河川改修に伴って堀切駅が現在の位置に移転したのは大正12年(1923)のことである。 荒川の右岸、堤防沿いギリギリにつくられた駅で、優等電車はスピードを落としホームに沿った急カーブを通過していく。、、、、電車が着いた、降りた客は二人、乗る客はいない、寂しい駅。、、、、駅舎は上下方向別に2箇所ある。 乗降客も少なく、駅前には明かりを消した小さなラーメン屋が1軒あるだけ。 暗闇の中に駅の明かりがまぶしく見える。

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・・・・・・・・・・・・・・駅の東側は荒川。南西側400m程には隅田川が流れ、両川を結ぶように綾瀬川でつながっている。 綾瀬川の荒川側には、昭和43年(1968)に隅田水門が設けられた。

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・・・・・・・・・・・・・・駅前の荒川の堤防にあがって見ると、、、、荒川の向こう岸には首都高の堀切JCTの明かりが見える、、、、上流側には堀切橋が架かる、、、、ふりかえると、南千住方面にタワーマンションが並んでいる
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●下町を抜ける ・・・・・・線路際を歩き、牛田駅に向かう、、、、駐車場横を特急“りょうもう”が疾走、、、、低い桁のガード、、、、ぽつんと一軒家は中華そば屋、、、、線路際の十一面観音は夜中の犯罪を見守っている
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●向かい合わせ! ・・・・・・・東武伊勢崎線の牛田駅、京成本線の京成関屋駅、両駅の改札は40m程の距離で向かい合う。 共に電車が着くと、一方から一方へお客が移動するここは乗換駅である。
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・・・・・・・・・・・・・・両駅の間では、数軒の店が乗換客を狙って、手招きしている。
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・・・・・・・・・・・・・・幸い、私は呑めない身であり、誘惑には負けることもなく、牛田駅から帰ることにした。
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2019年8月12日 (月)

夏だ、お化けだ、煙突だ!

東武伊勢崎線北千住駅から「北千住駅前通り」沿いに西へ歩き、足立区千住桜木で隅田川左岸に出る、チョイト上流側に上り、尾竹橋を渡り荒川区に入る。 「尾竹橋通り」を歩き、町屋駅付近で、ポツリポツリと雨粒に遭遇。 急遽、地下鉄千代田線町屋駅に避難し、そのまま西日暮里経由で浅草橋の我が家に戻る。 1万1千歩。




●東武の巨大ターミナル! ・・・・・北千住駅は明治29年(1896)に、日本鉄道土浦線(現:JR常磐線)の駅として開業した。 3年後の明治32年(1899)8月27日に、東武鉄道初の路線となる伊勢崎線が北千住駅~久喜駅間で開業し、乗換駅となった。 昭和37年(1962)には、営団地下鉄日比谷線が当駅にて東武伊勢崎線に乗り入れ直通運転を開始した。 また、昭和44年(1969)には営団地下鉄千代田線、平成17年(2005)に首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス線の駅が開業した。、、、、この間、平成9年(1997)に東武鉄道の北千住駅の大規模改修工事が行われ、3階建ての駅舎に変わった。 1階は東武伊勢崎線用で島式ホーム2面4線の地上ホーム、3階は日比谷線乗り入れ用で島式ホーム2面3線の高架ホームである。 2階が改札・コンコースとなっている。、、、、東武鉄道北千住駅では、一日平均45万人が乗り降りする、東武東上線の池袋駅に次ぐ巨大ターミナルである。 乗降客数は、私が住むJR総武線浅草橋駅の約8倍の規模である。 デカすぎるね、比べる意味がない! 今日は盆の連休で、さすがに通勤客も少なく、駅はスカスカ、電車はガラガラ。

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●駅から隅田川に伸びる! ・・・・・・「北千住駅前通り」は、北千住駅西口から西の方向、隅田川に向かって伸びるバス通り。 両側のアーケード下には、店舗がズラリと並んでいる。 今日は、まだ8時半で店舗のシャッターも下りている。、、、、旧日光街道である「宿場町通り」もまだ開店準備中。

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・・・・・・・・・・・・・・駅前通りの中程に、大橋眼科医院」のレトロな建物がある。 もともとあった大正6年建築のハーフティンバー様式の建物を老朽化で解体後、その意匠を受け継ぎ、大正・昭和の資材をかき集めて昭和57年(1982)に作ったのが今の建物。 建築年は新しいが、大正の香り漂う建物だ!、、、、建物内部も見たいので、眼を悪くして一度診察を受けてみたいね!

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・・・・・・・・・・・・・・駅前通りは日光街道(=国道4号)と交差する。 アーケードのある歩道もここまで、この先は道幅もチョイト狭まり、普通の通りが続く!

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・・・・・・・・・・・・・・チョイト、脇道に入ると、、、、鍍金工場屋根に面白いものが見えた。 煙突? 空気抜け?

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・・・・・・・・・・・・・・駅前通りは、千住中居町で「大正通り」と交差する。 大正通りは、正式名「大正記念道」と称するらしい。 荒川放水路の完成によって廃止になる西掃部堀を埋め立てて大正5年(1916)に完成し、大正天皇の御即位記念としてこの名がつけられたそうだ。 現在は日光街道の西側を並行する、北千住地域の大事な幹線道路の一つ。、、、、かつて、この交差点から北へチョイト入った千住柳町付近には遊廓(戦後は赤線)が在ったそうだ。 残念だが、現在はありませんよ!

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・・・・・・・・・・・・・・駅前通りは千住龍田町交差点」で、墨堤通り」にぶつかり終点となる。 この先は150m程で隅田川の左岸にでる。 右折して墨堤通りを北へ向かえば、西新井橋で荒川を越える。

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●夏だ、お化けだ、煙突だ! ・・・・・北千住駅前通りから真直ぐ隅田川に向かうと、帝京科学大学7号館の脇で隅田川の堤防上に出る。
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・・・・・・・・・・・・・・隅田川の堤防に沿って、帝京科学大学の校舎が立ちなんでいる。、、、、帝京科学大学は平成2年(1990)に西東京科学大学として創立、平成8年(1996)に学部再編に伴い帝京科学大学に名称変更した。 生命環境学部、医療科学部、教育人間科学部の3学部と大学院からなる大学。、、、、校舎の出入口が堤防に直結し、堤防から校舎に入れる、珍しい大学だ!

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・・・・・・・・・・・・・・帝京科学大学本館の入口脇に、「お化け煙突」のモニュメントがある。、、、、大学のある足立区千住桜木に、かつて東京電力千住火力発電所があった。 この火力発電所は、大正15年(1926)から昭和38年(1963)まで稼働し、昭和39年(1964)に発電所は解体された。 ここには4本の煙突があり、薄い菱形の各頂点に煙突を配した平面配置であった。 そのため見る角度により、煙突の像が重なるため、4本、3本、2本、1本と見える不思議な「お化け煙突」と呼ばれた。 私も常磐線の車窓から見るのが楽しみだったことを思い出す。、、、、モニュメントはその「お化け煙突」の一部で作られている。 

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●雨だ、ダメだ、帰ろう! ・・・・・お化け煙突の後は、尾竹橋を渡り荒川区に入り、尾竹橋通りを町屋駅まで歩く。、、、、隅田川沿いの小さな公園でも多くの蝉が大合唱、夏だ!、、、、オヤ、落ちてきた、ポツリポツリと雨粒が、、、、千代田線で帰ろう!

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2019年8月 1日 (木)

下町の田園調布

東京は36℃の猛暑日。 暑さに身体を慣らすためと、自らに言い聞かせ散歩に出てみた。 今日も駅で、「何処に行こうか?」 「遠くだと、救急車に乗ったら家族が駆けつけるのに大変だ、近場にしよう!」 「埼玉方面は内陸部でより危険だが、ドクターヘリに乗るチャンスがあるかも!」 「中央線沿線は熱中症で倒れたら知合いに会うかも、チョイト恥ずかしいね!」 などなど、考えに考え、東武伊勢崎線、堀切駅から北に歩くことにした。 堀切駅から北千住駅まで、直射日光が当たらないように裏道を歩いて、1万1千歩の散歩です。



●映画・ドラマのロケ地! ・・・・・・時刻は午前7時45分、夏休みで学生のいない都会のローカル駅:堀切駅は乗る人・降りる人も少ない。 堀切駅は明治35年(1902)に開業した。 大正13年(1924)の荒川放水路掘削工事では、伊勢崎線のルート変更により、荒川の土手際をギリギリ通ることになり、線路は駅構内で大きくカーブしている。、、、、乗降客も少なく、駅前の賑わいもなく、下町の哀愁を漂わせる駅である。 小津安二郎監督の映画『東京物語』、ドラマ『3年B組金八先生』のロケ地である。

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●汗に交じって出た涙 ・・・・・・・堀切駅から裏道を歩き柳原に出る

・・・・・・・・・・・・・・堀切駅から徒歩2分、地域医療を担う中核病院:柳原病院は昭和26年(1951)に開設した病院で、地元住民に愛されてかれこれ70年。
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・・・・・・・・・・・・・・柳原病院の向かいには、平成19年(2007)に開設した東京未来大学がある。 こども神理学部、モチベーション行動科学部の2部を設置し、通学課程、通信課程を合わせ2000名強の学生が学んでいる。、、、、足立区の中学校統合に伴い、2004年度をもって廃校になった足立区立第二中学校の校舎を改修増設して利用している。 なお当校舎は、ドラマ『3年B組金八先生』の「桜中学校」のロケ地としても使われていた。

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・・・・・・・・・・・・・・私の夏休みの楽しみはプールとラジオ体操だった。 嫌だったのは、絵日記とドリル。 登校日の一週間程前からイヤイヤやったものだ! 今の子はどうなんだろう?、、、、朝一で学校のプールに向かう姿は、60年前の私と変わらない。

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・・・・・・・・・・・・・・桁下1.7mの東武伊勢崎線牛田駅ホーム下のガード。、、、、私の前を行く老々の二人。 杖をつき腰も曲がりはじめた上品なお爺さんが、同じように杖をつき腰の曲がったお婆さんの手を引きガードを抜け、行った先は介護サービスセンター。 ご夫婦か、母子か、ほほえましくもあり、悲しくもあり、明日の我が夫婦もこうありたい! 二人を見つめていたら、なぜか、汗と間違えて涙が出てきた・・・・・

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・・・・・・・・・・・・・・盛土の上に牛田駅ホームが見える。

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●下町の田園調布! ・・・・・北千住駅の東側に半円状(田園調布みたいだ)に道路が整備された足立区柳原の町がある。 町の東は荒川土手で、対岸は葛飾区堀切・小菅の町。、、、、柳原の町は現在足立区に属しているが、荒川放水路が掘削されるまでは、小菅・堀切の町とつながって南葛飾郡南綾瀬村に属していた。 荒川放水路により南綾瀬村は分断され、柳原は北千住の町となどとともに足立区に属することとなった。 時は、昭和9年(1934)6月1日のことである。、、、、夕暮れの柳原の町
 
・・・・・・・・・・・・・・柳原の町の中央を貫く、桜並木の「大踏切通り」、、、、名前の踏切りは、東武鉄道、JR常盤線が通過する北千住駅南側の「大踏切」を指す。

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・・・・・・・・・・・・・・町の中心は江戸城の鬼門除けとして創建した柳原稲荷神社 、、、、コミュニケーションの中心は高い煙突の大和湯 、、、、お買い物は原町の目抜き通り「千草通り」と言いたいが、実は寂れて営業しているのは数店舗 、、、、柳原村唯一の寺であった真言宗の理性院(瑠璃山柳原寺)、、、、荒川土手から柳原の町を見る

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●・・・・・・・・・・・・柳原の町から日ノ出町・千住旭町の町を歩く

・・・・・・・・・・・・・・日ノ出町のシンボルのように、旧公団の日の出団地がある。 昭和43年(1968)に竣工した、4棟(764戸)の団地。、、、、千住の町を威圧しているようだ!
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・・・・・・・・・・・・・・商店街の中に埋もれたように校舎がある、北千住駅前の足立学園(中学・高校)。 その足立学園を囲むように「学園通り」が東西、南北に伸びている。 また、近年、東京電機大学の千住キャンパスもでき、「学園通り」も活気づいているようだ!

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●年寄りは無理せず! ・・・・・・時刻は9時半を過ぎた、まだ歩く体力は十分だが、ダラダラと汗は流れ落ち、今日はこれ以上歩いていると、間違いなく熱中症になると思われた。 救急車の世話にならないように、帰ることにした。
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2019年7月18日 (木)

昭和の匂いプンプン

「今日は晴れるか?」疑心暗鬼で散歩に出る。 空を見上げて「何処へ行こうか」、どうも晴れそうにない。 迷った末に、昨日は京急大師線に乗ったので、今日は東武大師線に乗ることにした。 西新井大師に参拝し、その後は“昭和”が匂う本木新道を歩いてみた。 1万1千歩




●もう一つの大師線 ・・・・・・東武鉄道にもある「東武大師線」 こちらは、西新井駅から次の大師前までの一駅間(単線、1.0km)、昭和6年(1931)12月20日に開業した盲腸路線。、、、、2両連結のワンマン電車が、行ったり来たり。 

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●チョイト、早すぎた! ・・・・・・朝8時過ぎ、参道の店はまだシャッターが下りている。 西新井大師の静かな境内には人影も少ない。 大きな本堂でも静かに掃除中。、、、、投げた賽銭の音が堂に響く、静寂。 おもむろに、イロイロ、タップリ、シッカリ、多くの願い事を並べ合掌する。、、、、(昨年末の、東武大師線と西新井大師はコチラ)

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●“昭和”の匂い漂う道 ・・・・・・西新井大師の参拝を終え、「さて、どっちに向かって歩こうか」地図を見ながら思案橋! 決めた、西新井大師の南側に伸びる「本木新道」を端から端まで歩くことにした。

・・・・・・・・・・・・・・本木新道とは、北端の環状7号線の西新井大師交差点から、南端の荒川土手沿いに走る首都高中央環状線高架下の本木一丁目交差点を結ぶ、2km余りの2車線の道路をいう。 新道は古くからの歴史ある街道とは異なり、昭和30年代から農業用水らしき川が暗渠化され、その際、今のように川の流れに沿った曲がりくねった道となった。 沿線には、西新井病院、西新井小学校、足立西郵便局などが道路沿いに在る。 またこの道路には、商店街らしい賑わい、アーケード、大型スーパーなどは無いが、長い距離の沿線に、地域に密着した新旧の個人商店が並んでいる。 また、沿線から最寄りの鉄道駅までは、チョイト距離がありお年寄りには無理、そこで北千住行のバスが大いに利用されている。

・・・・・・・・・・・・・・まずは、環七通りに面し、本木新道に近い西新井氷川神社に寄って行く。、、、、寛永3年(1626)に武蔵国一宮氷川神社(現さいたま市)から素盞嗚尊を勧請して創建されたと伝えられている。 江戸時代には、西新井村の鎮守とされ、明治6年(1873)には村社となる。

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・・・・・・・・・・・・・・環七通りから本木新道に入った処。(西新井本町1付近)、、、、本木新道には信用金庫の支店が多く、数えてみなかったが、10店舗以上あったようだ。 写真左側は足立成和信用金庫。

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・・・・・・・・・・・・・・西新井本町付近の本木新道。 元気な商店、疲れた商店、昭和の面影残る沿道。 

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・・・・・・・・・・・・・・チョイト、本木新道から脇にそれて、西新井本町4の奥に広がる「都営興野町住宅」に寄ってみた。 棟数:27棟、戸数:560戸、鉄筋コンクリート造4階建て、昭和34年(1959)頃の建物。 最近、改良工事が行われたようだ。 家賃は3万円~4万円程、安い!、、、、築60年の都営住宅、この団地に建てた頃から住んでる人は、何人ぐらいいるのか。 そろそろ建て替えの時期かも? 

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・・・・・・・・・・・・・・再び本木新道に戻り、興野(おきの)地区を歩く。 裏通りの呑み屋、「すてきな奥さん」が売る本屋、モルタルでデコレートしたかつての医院、飲食店も並ぶ、モデルガンを売る店もある。

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・・・・・・・・・・・・・・本木東町、本木南町、本木と続く本木地区を歩く。 どこのバス停にも、バスを待つ人の姿がある。 本木新道は本木南町の付近でS字に大きくカーブする。 ポツリと一軒の八百屋さん。 本木新道の正面に首都高と荒川土手が見えた!

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・・・・・・・・・・・・・・本木新道の南側の端部である本木一丁目交差点。 今日の散歩もここまで、私もバスで北千住駅に出て帰る。

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2019年5月31日 (金)

足立の孤島

東武伊勢崎線の谷塚駅から、花畑団地を抜けて、つくばエクスプレス六町駅まで、1万3千歩の散歩です。




●東京の隣り駅 ・・・・・谷塚駅(やつかえき)は、大正14年(1925)10月1日に開業した東武鉄道伊勢崎線の駅。 昭和63年(1988)8月から、上下線外側にそれぞれ通過線を持つ、現在の1面4線高架駅となる。 電車は普通しか停車しないローカル駅。、、、、谷塚駅(埼玉県草加市)は竹ノ塚駅(東京都足立区)の隣りにあって、海抜3.45mで埼玉県では最も低いところの駅です。 「谷」は“やつ”とか“やち”と呼ばれ低い土地をさし、「塚」は近在に塚が多かったために村名となった。 村名を駅名にして開設した当時は、桑畑であった駅周辺も、道路・住宅が整備された東京の隣り町に変わってきた。 朝のホームには、学生・サラリーマンなど若い人が目立つ。 (ナイショだけど、美人が多い駅だ!)

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・・・・・・・・・・・・・・駅前の案内にあった、昭和33年(1958)の谷塚駅の写真。 

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●ハイヒールで登れる富士山! ・・・・・・駅前を東に真っ直ぐ進むと、旧日光街道との交差点に富士浅間神社がある。 木花開耶姫命を祀っている当神社の創建年代は不詳だが、他所に祀られていた当神社を明暦年間(1655~1657)に、現在地へ遷座したといわれている。、、、、本殿の建物は天保13年(1842)に再建されたもので、随所に彫刻を配した建物は市の文化財に指定されている。

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・・・・・・・・・・・・・・「社殿の後ろ」と云っても広い境内で社殿の東側には、盆踊りの会場となる程のスペースがある。 そのスペースの先に霊峰富士山がそびえ立つ。、、、、ここの立派な富士塚は「瀬崎の富士塚」と呼ばれ、大正5年(1916)に竣工した、高さ4.0m、幅10.4m、奥行8.6mほどである。 富士講は現在も受け継がれているそうだ。 毎年元日と7月1日は、浅間神社の拝殿で講の行事が行われるそうだ。

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●陸の孤島にある団地 ・・・・・・・・・・・・・・・・足立区の北のはずれ、最寄り駅竹ノ塚からバスに揺られて20分(11停留場)、広い団地内を歩いて自分の住む棟に、腰の曲がった年寄りには5階までの階段が辛い! 途中の3階で天国に直行するかも? ここが終の棲家か?
・・・・・・・・・・・・・・草加市から花畑大橋を渡ると足立区花畑5丁目で、そこは左右に集合住宅が立ち並ぶ花畑団地の中央である。 花畑大橋は、橋長31.4m、幅15.8mのPCポストテンション箱桁橋。 昭和58年(1983)に竣工。 橋の下には、綺麗になってきた毛長川が流れる。
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・・・・・・・・・・・・・・花畑団地は独立行政法人都市再生機構(UR)により、東京オリンピックが開催された昭和39年(1964)に入居が開始された。 東京ドーム約4.7個分(約22ha)の広大な敷地に2,725戸(約80棟)の住棟が並ぶ、都内でも最大級の大規模団地。 現在、団地では築後50年経過し老朽化に伴い、URによる建て替え事業が始まっている。 

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・・・・・・・・・・・・・・団地の中央にはスーパーがある。 「リハビリテーション病院」と称する大きな病院もあった。 年寄りが多いのだろうか、リハビリの需要が高そうだ!

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・・・・・・・・・・・・・・団地の横に、「花畑団地」のバス停を見つけた。 ここは、足立区の北のはずれ、最寄りの駅は東武伊勢崎線の谷塚駅、竹ノ塚駅、つくばエクスプレスの六町駅だが、いずれも歩いて行ける距離ではない。 バスが無ければ電車に乗れない陸の孤島である。、、、、お年寄りにとっては、日々、団地で軟禁状態の生活をおくっているのかも?

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・・・・・・・・・・・・・・団地に隣接する花畑浅間神社は、古墳と思われる上に造られた富士塚。 創建年代は不詳ですが、富士塚の築造は、石鳥居の年代や伝承から明治初年と思われる。

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●お経を唱えて駅へ! ・・・・・・花畑団地を後にして六町駅に向かう。 

・・・・・・・・・・・・・・チョイト寺に寄って! 真言宗豊山派寺院の正覚院は、鷲王山宝蔵寺と号す。正覚院の創建年代は不詳だが、平安時代中頃の創建と伝えられ、江戸時代には大鷲神社(足立区花畑)の別当寺であった。、、、、真言宗豊山派のお経「光明真言」(梵字)を唱える。『おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まにはんどま じんばら はらばりたや うん 』

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・・・・・・・・・・・・・・高圧送電線の下に、長く伸びる遊歩道をひたすら歩く。、、、、雅万歩のお経を唱える。『おん あるきゃ あしいたいのう くつずれだ たまにゃあ じどうしゃ のりたいのう うん 』

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・・・・・・・・・・・・・・公園で拾った、“えなちゃん”の靴。 まだ新しそうだ、片方だけ? 今頃、泣いているかも?、、、、かわいい女の子を想像し、雅万歩はお経を唱える。 『おん えなちゃん かわいそうだのう おとしたくつ ひろってあげたぞよ べんちにおいとく みつけてくれや うん 』

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●深~~い駅 ・・・・・・・・・・・・・平成17年(2005)8月24日に開業した、つくばエクスプレスの六町駅(ろくちょうえき)。 六町駅は都内で最も北に位置する地下駅で、ホームはかなり深い処にありエスカレータを4回のって下りる。 戸田建設の施工。

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2019年5月11日 (土)

惚けて渡った新田橋

なぜか私を狙い撃ちしている“風邪”。 いまだに治らず、歩いていても時折ティッシュの世話になる。 今日の散歩は東十条駅で下車し、豊島橋、江北橋を渡り、日暮里舎人ライナー江北駅まで歩くつもりで家を出た。 東十条で下車し、予定通り歩きはじめたが、途中、どこで間違えたか新田橋、鹿浜橋を渡り、西新井薬師西駅までの散歩になった。 そろそろボケが始まったのか? 1万3千歩




●演歌の商店街 ・・・・・東十条駅北口(橋上駅舎)から京浜東北線の東側に出ると、駅前と北本通りを結ぶ「東十条銀座商店街」が伸びている。 早朝の商店街はどの店も営業準備中。 足早に駅へ向かう人とすれ違う。

・・・・・・・・・・・・・・平日でも乗降客の少ない東十条駅、土曜の朝は閑散としている。 駅隣の留置線(下十条運転区)では、出番のない電車が待機中。

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・・・・・・・・・・・・・・北口正面には、万国旗で迎える「東十条商店街」が伸びる。 近頃少なくなった万国旗の飾り付けは、やはり下町の昭和レトロ商店街を感じさせる。 ところが商店街を歩いて判った、この付近、東南アジア系、南アメリカ大陸系の人々が多く定住し、まさに万国旗がふさわしい飾り付けの商店街だった。

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・・・・・・・・・・・・・・商店街の中程に、演歌専門のレコードショップがある。 こちらの店頭では、年に200回程、演歌歌手による「唄とサイン会開催」が開かれている。、、、、何年か前、ビール箱の上で歌う水森かおりを拝見したこともあった。 いまでは、ご当地ソングの女王となり、チョイト近寄れないかな? でも、応援してます!

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・・・・・・・・・・・・・・レコードショップとは商店街を挟み反対側のビルの中に「見守地蔵尊」が祀られてい。 戦争で焼け野原になった後、平和を願い上野の寛永寺より譲り受けたお地蔵様。 レコードショップに来た演歌歌手により奉納された堤灯が並び、そこには、有名になった歌手の名前をみつけることができる。、、、、丘みどりは私も好きだ、杜このみは可愛い娘、大沢桃子は浅香光代のお弟子さん。

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●・・・・・・・・・・・・・王子・王子神谷・志茂・赤羽岩淵の順に地下に東京メトロ南北線を通す「北本通り」にでた。

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・・・・・・・・・・・・・・南北線王子神谷駅出入口(庚申通り商店街入口)の脇、屋根の下の祠に「庚申塔」が祀られている。 祠の中は暗くて見えずらいが、かろうじて板碑型の塔の一部が見えた。 説明文によると、中央に「奉供養庚申二世成就所」、右に「武州豊嶋之郡馬場村」、左に「寛文九己酉天十月吉日」の彫があるそうだ。、、、、庚申塔を大切にするのは良いことだが、見えないと面白くないね!

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●中世の豪族:豊島氏が建てた寺 ・・・・・・庚申通り商店街を抜けると北区豊島7丁目、真言宗豊山派の医王山清光寺にぶつかる。 清光寺は、豊島清光が開基となり創建、鎌倉期は大寺でしたが、太田道灌との戦いに敗れた豊島泰経とともに衰退、戦国時代末期の豊島明重が再興した。、、、、寺の裏には、かつて「馬場の渡し」と呼ばれた、隅田川の渡し船があったそうだ。 「新田橋」ができ廃船となった。

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●木製にあらずコンクリート製 ・・・・・・・・・・・・清光寺の裏(北側)に、北区豊島と足立区新田を結び、隅田川に架かる「新田橋(しんでんはし)」がある。 橋長:114.0m、幅員:9.0m、昭和36年(1961)3月に竣工した5径間単純鋼桁橋。 木橋時代の橋脚をデザインした珍しい橋である。、、、、今日の散歩は、この橋を渡ることは考えておらず、清光寺から東へ向かい豊島橋・江北橋を渡るつもりであった。 ところが、惚けたか? そんなことは頭の中からすっ飛び、新田橋を渡ったため、この後鹿浜橋を渡ることとなった。 どうせ散歩、右だ左だ、東だ西だ、どうでもいいや!
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●なぜか、暑い! ・・・・・・新田橋を渡りチョイト歩くと、荒川に架かる環状七号線の鹿浜橋である。南岸の足立区新田と北岸の足立区鹿浜をつなぐ橋として、昭和40年(1965)に開通した。 橋長は451.3m。、、、、橋を渡っている頃の気温:22℃であったらしい、暑くて、風邪が悪化し熱が出たのかと心配になる。 橋を渡り、鹿浜の交番で寒暖計を見て、チョイト安心したね!

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●環七通りを行く! ・・・・・・鹿浜橋を渡ると、環七通りをひたすら歩き日暮里舎人ライナー西新井大師西駅を目指す。

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2019年4月22日 (月)

母乳を出した観音様

東武伊勢崎線竹ノ塚駅から西に向かって歩き、日暮里舎人ライナー谷在家駅まで、1万1千歩の散歩です。




●カッコイイ、ステキな駅員さん ・・・・・・・・・・・・・竹ノ塚駅は伊勢崎線が開業した明治32年(1899)8月27日から約7ヶ月後にあたる明治33年(1900)3月21日に開業。 開業から100年超経過し、線路は複々線となり運行本数は大きく増加し、“開かずの踏切”が社会問題となる。 平成24年(2012)高架化工事の起工式が行われ、2022年3月の完成を目指し、“開かずの踏切”解消に着手する。 工事は4工区に分割され只今最盛期。、、、、現場で働く人を見ると、“カッコイイね!”。 自分ももう一度現場に出てみたくなるが、腰痛の自分にはもう無理! 

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●ここにもあった千葉氏の墓 ・・・・・・寿福山長勝寺足立区伊興3丁目にある日蓮宗の寺。万治2年(1659)の創建である。 開基はこの地で代々名主を務めた旧家宮城清左衛門吉重。 清左衛門の子孫は代々名主を務めた。 瓦葺き総檜造りの本堂、樹木が生い茂る境内、ワンポイントに大きな松、画になるような寺。、、、、境内には、中世から戦国時代にかけて南関東に勇名を馳せた千葉次郎勝胤の墓(供養塔と云う説もある)がある。 千葉氏は、各地で栄えたが、江戸に太田道灌が伸してくると道灌に従い、その死後は小田原北条氏に従った。 勝胤は文明3年(1471)に生まれ、天文2年(1533)に63歳で歿してい。、、、、千葉氏の墓、供養塔などは、千葉県はもとより、葛飾区、足立区、江戸川区などに多く点在し、チョイトややっこしいね!

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●飲み過ぎて、初午止めた ・・・・・伊興3丁目の小さな稲荷神社は苗間戸稲荷神社(なえまどいなりじんじゃ)。 戦後まで、稲荷講があり、初午の日には講中の家に集まって酒を飲んだりしたそうだ。 あまり金が掛かるので止めて、現在は町会で継承しているそうだ。、、、、飲み食いに思わぬ出費、よくあること! 会社、家庭を潰すことも、狐の祟りか?

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●乳で父も育てたの? ・・・・・伊興4丁目に、真言宗豊山派の寶光山実相院横沼寺がある。 実相院は、天平年間行基菩薩による開山といわれている。 西新井薬師総持寺の末寺。 本尊の聖観世音菩薩は、6尺3寸(約1.9m)の立派な像で、古くから子育て観音として信仰をあつめているそうだ。、、、、子育て観音の由来は、母乳の不足に悩むお母さんが、御供米を戴き皆御利益を賜ったそうだ。 乳が出すぎたら、お父さんにも御裾分け(?)、、、、現本堂は文永年間(1264~1274、鎌倉時代)の建築で、明治時代に修繕された。

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●質素な神社 ・・・・・・広い境内に、質素な社殿、境内社は古禄(第六天)神社・天満宮・三峯神社が移築されている。 ここは、伊興2丁目の若宮八幡宮。 祭神は誉田別尊(応神天皇)。 終戦後ぐらいまでは、ズシと呼ばれる制度で、氏子の年番が中心となって行事を担当していたが、現在では町会の神社部で祭などの行事を執行している。、、、、昔からの習わしを維持することに、難しさがあるようだ。

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●余裕のゲートボール女場 ・・・・・・八重桜の咲く諏訪木西公園。 西新井4丁目にある公園で、サッカーができるほど広い広場がある一方で、森林浴ができるほどの樹木もある。 7人程のお年寄りがゲートボールで広場を占有。

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●ライナーの駅は皆同じ! ・・・・・谷在家駅は平成20年(2008)3月30日に開業した、日暮里舎人ライナーの駅。 島式ホーム1面2線を有する高架駅。 日暮里舎人ライナーの駅は、どれもこれも同じデザインで面白くないね! これで駅名まで同じだったら、どうする?

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2019年3月31日 (日)

たった一駅の支線

久しぶりに地下鉄千代田線の綾瀬駅(常磐線も乗り入れる)から分岐し、隣りの北綾瀬駅まで一駅間の支線に乗ってみたくなった。 今日の散歩は北綾瀬駅から歩くことにした。




●先頭車両でウッヒイヒ! ・・・・・千代田線は昭和44年(1969)12月20日、北千住~大手町間が開業した。 この同時期に、綾瀬車両基地も発足するが、北千住~車両基地間は国鉄線とは別であった。 昭和46年(1971)、千代田線の北千住~綾瀬間が開業、同時に国鉄の常磐線の北千住~綾瀬間が千代田線に移管された。 昭和54年(1979)12月20日、綾瀬から綾瀬車両基地まで伸びている分岐線上に北綾瀬駅が開業した。 3両編成のワンマン運転の電車が折り返し運転する、千代田線支線(2.1km)の誕生である。


・・・・・・・・・・・・・・・綾瀬駅2番線ホームの亀有寄りにある0番線ホームが支線の起点である。 3両編成の電車が到着している。

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・・・・・・・・・・・・・・・先頭車両の窓にしがみついて“出発進行”、、、、、70過ぎて電車の先頭で、喜んでいる自分がチョイト恥ずかしいけど、運転手気分でウッヒイヒ!

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・・・・・・・・・・・・・・北綾瀬駅到着。 この3月16日より北綾瀬駅ホームの10両化完成に伴い、4割程の列車が10両編成で代々木上原本面へ直通運転された。、、、、、駅のリニューアル工事は続いており、来年12月には出入口も一新される。

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・・・・・・・・・・・・・・北綾瀬駅から北に線路は伸びて綾瀬車両基地につながる。 綾瀬車両基地は、南北方向750m、東西方向190m、面積141,810㎡、車両留置能力273両、東京地下鉄として最大の敷地を持つ車両基地である。、、、、、最近は留まっている電車に落書きしたり、部品を盗んだり悪さする輩が増え、車両基地の撮影が難しくなった。 ここでも、電車に近づくことが難しく、私も決死の覚悟でアパートの4階に上ったりして撮影した。

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●人影のない団地
・・・・・・綾瀬車両基地の東側に、「都営 辰沼町アパート」がある。 昭和44年(1969)から昭和47年(1972)に建てられた総戸数646戸の団地。 築40年経過し、そろそろ建替え時期がやってくるね!、、、、、少子高齢化で、大きな公園には人影はなく、寂しい!

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●なに、足立の三国志とは? ・・・・・・辰沼からさらに東に、大谷田5丁目に足立区の「区立郷土博物館」がある。 「本日は無料」の立て看板を見て、躊躇せずに玄関を入ると、企画展「戦国足立の三国志」が開かれていた。 中曽根城、舎人城などで活躍した、宮城氏、舎人氏、武蔵千葉氏が紹介されていた。 足立区は戦前まで、武士の歴史には縁遠い農村地帯と思っていたが、それなりの歴史があるのには驚きであった。 常設展も拝見し、全て無料は安い! 満足、満足。

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●お帰りの時間です
・・・・・・博物館で時間をとられ、気付けば帰りの時刻だ! 桜並木が続く中を、博物館前からバスで帰る。、、、、、今日の散歩は8千歩。

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