足立区

2017年11月 4日 (土)

牛田~尾竹橋

浅草から東武伊勢崎線に乗り、北千住の一つ手前:牛田駅で下車する。 ここから隅田川沿いに遡り尾竹橋まで、1万歩の散歩です。

 
 
①牛田駅・関屋駅・・・・・・・・・・・東武伊勢崎線牛田駅、京成本線関谷駅の両駅は共に足立区千住曙町にあり、一車線の道路を挟み互いに向き合っている。 双方の改札は30m程しか離れていない。、、、、、ああ、それなのに、なぜ駅名が違うのか? 答えは、昔、双方の会社が競い合っており、仲が悪かった。 東武の方は、駅の辺りに、むかし牛田圦(うしだいり)と呼ばれた農業用水路が近くにあり、それに由来し「牛田」と命名した。 京成の方は、この辺りを描いた葛飾北斎の浮世絵「関屋の里」に由来し「関屋」と命名した。、、、故に、駅開業から約85年間、鉄道会社は違う、駅名は違う、お客は間違う! ぜひそろそろ両駅とも、「牛田関屋」とか、「千住曙町」とか、駅名を統一して改名してもらいたいね。 お客様第一に考えて!
 
・・・・・・・・・・・・牛田駅、、、、、昭和7年(1932)に開業した、相対式2面2線の地上駅。
 
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・・・・・・・・・・・・・・関屋駅、、、、、両駅に挟まれたファミリーマートは、商売繁盛。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・相対式2面2線の高架駅:関屋駅(昭和6年開業)は、牛田駅と反対側の墨堤通り側にも出られる。
 
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②岡田商事引込線跡・・・・・・・・・・牛田駅から墨堤通りを北千住方向に歩くと、左側の京成本線高架橋の下に、廃線のレールの跡を見ることができる。 レールの先は墨堤通りを横断し、東武伊勢崎線に向いている。 間違いなく、伊勢崎線から分岐していた跡だ!、、、、、昭和19年(1944)、東武鉄道は、伊勢崎線から分岐して隅田川まで貨物線を伸ばし、当時の市街の住民のウンコ(糞尿)を積んだオアイ船から、列車にウンコを積み替え、埼玉方面の農家に肥料として運んだそうだ。 そのレール跡が、現:岡田商事という鉄骨解体業者の敷地に残っている。
 
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③隅田川左岸・・・・・・・・・・左岸といっても、千住関屋町付近。 対岸は荒川区南千住の汐入地区で、超高層住宅が建ち並んでいる。、、、、、チョイと南千住の方は、朝もや・もや・もや、スッキリしない。
 
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④やっちゃば緑道・・・・・・・・千住の中央卸売市場足立市場近くの交差点に、北千住駅から市場に貨物線が敷かれていた線路跡の、「やっちゃば緑道」がある。 引込線は戦時中に敷設されたようだ。、、、、、線路は無いが、今にでも、貨物列車が向かってくるような雰囲気が残っている。
 
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⑤千住大橋駅・・・・・・・・・・京成本線の千住大橋駅は昭和6年(1931)12月19日に開業した。、、、、、これまでは、日光街道(国道4号)に面した高架下の出入口がメインであったが、駅南側に三菱地所による大規模都市再開発「ポンテグランデTOKYO」が事業推進中である。、、、、、暗い駅が、明るい駅に変身!
 
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・・・・・・・・・・・・・ ポンテグランデTOKYO再開発事業。
 
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⑥再び隅田川左岸・・・・・・・・・・・・千住桜木付近に出た、対岸は荒川区町屋。、、、、朝もやは消えた。、、、、、歩く先に尾竹橋が見える。
 
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尾竹橋 ・・・・・・・・・・隅田川に架かる橋で都道313号(尾竹橋通り)を通す。 南詰は荒川区町屋、北詰は足立区千住桜木である。、、、、、長さ130.3mの3径間連続ローゼ桁橋で、平成4年(1992)に竣工した。
 
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●・・・・・・・・・・・・尾竹橋を渡り、バス停「尾竹橋」から帰る。、、、、早く帰って、大統領補佐官:イバンカさんのニュースを見よう! 熱烈なファンになってしまった。
 
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2017年11月 1日 (水)

西新井~扇大橋

東武伊勢崎線西新井駅から、南西方向に進み尾久橋通りに出て、扇大橋・尾久橋を渡り、荒川区に入る気持ちで歩きはじめた。 しかし、尾竹橋通りを越えてから方向感覚がチョイとずれ、我が足は南に向かっていた、気がつけばそこは中曽根城跡なる処、これでは荒川区に入るのはチョイとキツイ、結局、日暮里・舎人ライナーの扇大橋駅まで、1万歩の散歩となった。
 
 
 
①西新井ヌーヴェル・・・・・・・・西新井駅西口斜め前の再開発地区の総称。 現住所で言うと「足立区西新井栄町1丁目」。 この地区はかつて日清紡東京工場の跡地で、平成10年(1998)に都市再生機構が工場跡地(約11.6ha)を取得した。 その後、平成18年(2006)頃から開発事業が具現化し、現在は、大型商業施設を中心に、約2000戸の集合住宅、病院、警察署などがある。
 
・・・・・・・・・・・・・・都心に向かう通勤客がホームに並ぶ西新井駅 。 西口は駅ビルの2階。
 
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・・・・・・・・・・・・・・新しいビルばかりが並ぶ西新井ヌーヴェル。、、、、綺麗な街だが、チョイと味気ない街と思うのは吾輩だけか?
 
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②本木2丁目付近の裏道・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・西新井ヌーヴェルを抜けて、「関原三丁目」バス停付近で尾竹橋通りを横断し、本木地区に入る。
 
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・・・・・・・・・・・・・・ここいらから、裏道を歩くことにした。(これが、方向感覚を鈍らせてしまうのだ!) この辺りは、住宅と町工場が入り交じり、所々に空き地のある雑多な町。 間違っても、高級住宅地とは言えない。
 
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・・・・・・・・・・・・・・商店街ではないが、店がある、銭湯もある。 オヤ!廃業した菓子屋もある、脇の路地を歩いてみよう!
 
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・・・・・・・・・・・・・道は中曽根神社に出た。 中曽根神社は、千葉次郎勝胤公によって室町時代に築城された中曽根城内に、千葉氏の崇敬する妙見社を勧請したものといい、昭和7年興野の雷神社を合祀して中曽根神社と改称した。、、、、、、どう見ても、城跡とは思えない神社だが、社殿は白と黒を基調に塗られ、どことなく城郭風である。 境内には「中曽根城跡」の碑もある。、、、、、なお、「中曽根」の地名は、ノーベル平和賞を受賞した元首相とは無関係だ。 江戸時代以降に使われた本木村の小字名。
 
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③宝寿院・・・・・・・・・・・中曽根神社の西側200m程の処(本木東町)に、真言宗豊山派寺院の宝寿院がある。 宝寿院は、武蔵千葉氏の祈願所として応永元年(1394)に創建した。 寺の山門(朱塗りの薬医門)付近の土中から文永9年(1272)刻銘の板碑が発見された。 また、近辺を「小屋の内手」と言い、中曽根城と縁の深い地らしい。
 
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④本木御嶽神社・・・・・・・・・・・宝寿院の南100mにある、千葉氏の家臣が日頃から信仰する武州御嶽山を勧請して永禄4年(1561)創建したと思われる神社がある。、、、、、社殿の後ろに庚申塔がある。、、、、、この辺りは、武蔵千葉氏の縄張りのかも?
 
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⑤吉祥院・・・・・・・・・・・本木西町の真言宗豊山派寺院吉祥院は、正応元年(1288)に開山した。 古くから名刹であったそうだ、住職は権大僧都として、毎年正月には葵の紋のついた籠で江戸城に登場したと言われている。、、、、、本堂は昭和57年(1982)の再建で、八間四面、入母屋造りの重厚な建物である。、、、、、、庭の手入れも行き届き、豊かな緑に癒される寺。
 
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⑥扇1丁目・・・・・・・・・・・・足立区の南側を流れる荒川に架かる扇大橋 、その北詰の両側に広がる町が足立区扇である。 「扇」とは粋な地名だ、気になるので調べてみた。 昭和49年(1974)の住居表示の時に、昔からの地名に何ら関係なく、ただ町域が扇のように南に広がっていることから「扇」と命名したそうだ。 私には、チョイと納得しがたいね。、、、、、ところで、都心に近い町でありながら、田畑が残る田舎町だ。
 
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扇大橋駅 ・・・・・・・・・扇の町の中央に位置する日暮里・舎人ライナーの駅。
 
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2017年10月12日 (木)

見沼代親水公園~草加

秋を求めて見沼代親水公園駅から草加駅まで歩いてみた。 1万1千歩。 “秋”はどこかに隠れ、暑い日差しの中、汗も吹き出し“夏”が再来したようだ。、、、、2年程前に、今日と逆に草加から見沼代親水公園まで歩いていた。 重なって立ち寄った処もある。
 
 
 
①日暮里舎人ライナー・・・・・・・・・今日も車両の先頭に座り、子供の視線を感じながら、窓にかじりつく親爺。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・終点、見沼代親水公園駅です。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・見沼代親水公園駅は東京23区の最北端の駅、この先には駅はなく、軌道も天に向かいチョン切れている。
 
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②都県境・・・・・・・・・・・・・見沼代親水公園駅から200m程歩くと、水質はキレイと言えない毛長川が流れ、その先80m程で東京都足立区と埼玉県草加市遊馬町の境となる。、、、、境には標識があるのみで、もちろん、“線”はひかれていない。
 
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③庚申塔・・・・・・・・・・遊馬町(東)交差点の一角に2基の庚申塔がある。 右の庚申塔は文化10年(1813)と彫られている。 左右共に見事な庚申塔である。、、、、、中央、下半身が埋もれているのも庚申塔かも?
 
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・・・・・・・・・・・・・・庚申塔の向かい側には天王社が祀られている。 詳細は不明?
 
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④西願寺・・・・・・・・・・浄土宗の西願寺(さいがんじ)は、遊馬山一行院と号す。 西願寺は、元和元年(1615)の創建と言われている。 
 
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⑤遊馬町の秋・・・・・・・・・柿とザクロは実も心も色づき、食べてくれる人を待っている。
 
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⑥柳島町の石仏・・・・・・・・・・・・草加市柳島町、県道103号に面し、覆屋の中に2基の石仏が並んでいる。 左は庚申塔らしい明暦2年(1656)と彫られている。 右は何だろう(庚申塔かも?)寛文4年(1664)である。、、、、、判読の難しい状態となっている。 できれば、チャンと説明文を書いておいて欲しいね。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・・道路を挟み向かい側のマンションの際に小さな石仏が祀られている。、、、、、 こちらは、50cmほどの像で、コリャなんぞや? 地蔵さんかな?、、、、、写真を撮るのに腰を低くして、『ア、イテ・テ・テ!』、また腰を痛めたか? 歳だから腰は大切にしないと、妻が悲しむかも?
 
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⑦柳島調節池・・・・・・・・・・・・・草加市、川口市を流れる辰井川は、昭和55年から河川整備と調節池、排水機場の工事を進め洪水調整機能を整備している。 その一つが柳島調節池である。 大雨などによる辰井川の氾濫を防ぐ目的で、調節池が造られている。 普段は、柳島遊水緑地として、地元市民の釣り場であり、運動公園である。、、、、、水車小屋風の排水機室がかわいらしい。
 
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C56機関車・・・・・・・・・・・・国道4号(日光街道)をこえ草加駅に近づくと、草加神社の参道脇に氷川中公園がある。 園内にC56110が保存されている。 昭和12年(1937)に三菱造船で誕生し昭和44年(1969)まで約32年間旅客貨物用として活躍した列車である。 最高時速は75Kmで運転され、廃車となるまでは、1,730,888.9km(地球45周)走破した機関車である。、、、、、、塗装も綺麗に静態保存されている。 どうも、近くの保育園児に人気があるようで、園児を避けて写真を撮るのに苦労した。 園児もかわいいが、先生もかわいいね!
 
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⑨草加神社・・・・・・・・・・・草加市氷川町にある草加神社の創建年代は不詳。 天正年間(1573~1592)に大宮氷川神社を勧請、氷川社と称して創建し、南草加村の鎮守社であったと言われている。 明治6年村社に列格、明治42年(1909)に谷古宇稲荷神社、高砂八幡神社、宿篠葉神明神社など近隣の11社を合祀、草加神社と改称した。、、、、、現拝殿は平成16年(2004)に改築された。 また、本殿は天保(1830~1843)の建物である。、、、、、もう七五三の準備は万全かな?
 
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草加駅 ・・・・・・・・・・西口に到着、暑い・暑い散歩であった。
 
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2017年10月 9日 (月)

牛田~堀切

夕食前のミニ散歩と言うことで、夕日が出始めた頃、東武伊勢崎線牛田駅から一駅手前の堀切駅まで、電車を見ながら歩いてきた。
 
 
 
●牛田駅・・・・・・・・・急行・準急の優等列車は全て通過し、普通列車と区間急行・区間準急と名付けられた北千住~浅草間は各駅停車の列車が停まる都会のローカル駅。、、、、、降り立つと、なぜか“ホット”する駅である。
 
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●駅前の店・・・・・・・・・・静かな駅前に、地元の人のみぞ知る、地元の名店。、、、、、「中華そば」の暖簾がイイネ!
 
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●東武と京成の交差点・・・・・・・・・・上を通る京成電車。 下を走る東武電車。 
 
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●堀切駅・・・・・・・・・・・・“昭和”の匂いが残る駅。 哀愁をおびた駅。 私の好きな駅。、、、、、下り(北千住方面)は三角屋根の駅舎。 上り(浅草方面)は土手下の駅舎。 上下ホームを連絡する構内通路なんて、贅沢なものはないよ!
 
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2017年9月29日 (金)

四ツ木~綾瀬

京成押上線四ツ木駅からJR常磐線綾瀬駅まで、たぶん1万2千歩ぐらい(今日は万歩計を忘れた!)の散歩です。
 
 
 
①四ツ木駅・・・・・・・・・・・・・・荒川を挟み墨田区側の八広駅と対峙する葛飾区側の四ツ木駅。 大正元年(1912)11月3日に開業。 平成11年(1999)の高架化工事により、相対式ホーム2面2線の高架駅である。
 
・・・・・・・・・・・・・・・朝、上りホームは通勤客が並び、下りホームは数人の乗客だけ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅出入口の脇では、京成押上線四ツ木駅~青砥駅間(延長約2.2km)の連続立体交差事業が始まっている。、、、、、現場入口には誘導員を配し、交通安全の徹底を図る。
 
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・・・・・・・・・・・・・・四ツ木駅側取り付け部から立石駅寄りの平和橋通りまでが第一工区。 施工は戸田建設+安藤ハザマJV。、、、、、、無事故・無災害で終わることを祈る。
 
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②路傍の庚申塔・・・・・・・・・・・四つ木の裏道に祀られている青面金剛。 宝永3年(1708)に造立されたとも?、、、、、300年以上経った像に『お疲れさん!』
 
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③四つ木白髭神社・・・・・・・・・・・国道6号(水戸街道)・本田広小路交差点の近く、裏道の奥に鎮座する。 承応3年(1654)四つ木村が立石村から分村したとき、四つ木村の鎮守として勧請されたそうだ。 祭神は猿田彦大神。 現社殿は昭和40年(1965)に鉄筋コンクリート造で建て替えられた。、、、、、四つ木の裏道・路地を歩き行きつく神社。 一度は偶然、二度めは迷子、三度めは行けずに諦める、場所の分りずらい神社。
 
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④宝町・・・・・・・・・・・本田広小路交差点で国道6号(水戸街道)を超え、葛飾区宝町に入る。、、、、、「宝町」の由来は、、、、、かっては、宝木塚村(ほうきづかむら)であった。 明治11年(1878)に南葛飾郡に所属した。 明治22年(1889)立石村大字宝木塚となり、昭和7年(1932)葛飾区本田宝木塚町となる。 昭和36年(1961)、本田宝木塚町の大部分に堀切町・下千葉町・本田篠原町の各一部をあわせた町域を宝木塚の“宝”だけを採って宝町とした。
 
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西光寺・・・・・・・・・・・真言宗豊山派の西光寺は、渋江山清重院と号す。 西光房善慶(葛西清重)の草庵として元仁元年(1224)創建、慶長18年(1613)浄土真宗より真言宗に宗旨を改めた。、、、、、、西光寺がある宝町2丁目は、かつての宝木塚村である。 「宝木塚」の由来は、元仁2年(1224)親鸞聖人が西光寺境内にある松の木に法衣を掛けて自ら名づけた「法喜塚」が、のちに宝樹塚→宝木塚と変わったという説がある。 その時の松の木は天明6年(1786)に大風雨のため倒れてしまい、現在は3代目の松の木が植えられている。、、、、、、つまり、西光寺の「法喜塚」が「宝木塚」となり、さらに戦後「宝町」に変わった。
 
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・・・・・・・・・・・・・・葛飾区には「西光寺」が2寺ある。 ここ宝町の西光寺の他に、四つ木1丁目に天台宗の西光寺があり、超越山来迎院と号す。、、、、、2寺の距離もさほど遠くなく、まぎらわしい! 
 
 
⑥宝町八幡神社・・・・・・・・・・・宝町2に鎮座する宝町八幡神社。 神社の創建年代は不詳であるが、宝木塚村の開村時に鎮守社として創建したといわれている。 「西光寺持」であった。、、、、、現在は、金も無い、人も無い、知恵も無いのか、社殿の屋根は歪み、境内は荒れ、社名すらどこにも出ていない。
 
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⑦堀切菖蒲園2号踏切・・・・・・・・・・堀切菖蒲園駅とお花茶屋駅のほぼ中間に位置する踏切で、京成本線を越えて堀切の町に入る。
 
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⑧路傍の庚申塔・・・・・・・・・・・・・東堀切1の裏道に祀られている板碑型の庚申塔。 文字の判別も難しいほど年数が経過した。 正面に中央に「奉待庚申供養」と記され下に三猿、右に「元禄七戌年」(1694)「下千葉村」、左に「十月十四日」「九品寺」とかすかに読める。
 
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⑨九品寺・・・・・・・・・・建久4年(1193)に創立されて以来、800年以上法灯を伝えている真言宗豊山派の古刹。、、、、、、今年の春に立ち寄ったので、こちらを見てね!
 
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⑩綾瀬北野神社・・・・・・・・・・・・・足立区綾瀬2にある北野神社。 創建年代は不詳。 当地旧普賢寺村には稲荷社・天神社、第六天社、八幡社があり、これらを合祀し北野神社と称した。、、、、、駅に近いこともある、手を合わせる人も何人か見られた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・賽銭稼ぎか?、客寄せギューか?、新調したような撫で牛がいた。
 
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⑪養福寺・・・・・・・・・・・北野神社の南側に新義真言宗の養福寺がある。 養福寺は永正元年(1504)に中興開基した寺らしい。 北野神社の別当であった。、、、、、現本堂は昭和50(1975)年に落成。
 
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⑫綾瀬駅・・・・・・・・・・・・我が家(浅草橋)へ帰るとき、綾瀬駅から乗車し、西日暮里で山手線に乗り換えると、綾瀬~西日暮里は千代田線扱いとなり営団料金を取られる。 北千住で常磐線快速乗り換えて上野へ出ると通しでJR料金となり割安。 しかし、北千住駅の乗り換えが面倒。 どっちらにしても、スッキリしない駅だ!
 
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2017年9月14日 (木)

谷塚

東武伊勢崎線の谷塚駅から竹ノ塚駅まで、1万1千歩の散歩。
 
 
 
谷塚駅・・・・・・・・・・東武伊勢崎線で東京都から埼玉県に入って最初の駅が谷塚駅(やつかえき)。 隣の、東京の最後の駅は竹ノ塚駅。、、、、、大正14年(1925)10月1日に開業した駅。 現在は1面2線の緩行線と、それを挟むように両外側に通過線がある高架駅。、、、、、草加市谷塚は主に住宅地であるが、高級マンション、豪邸のたぐいは見られず、所々に畑も点在しする処。 駅は通勤・通学で、朝は乗車する人、夜は降車する人が多い、メリハリの利いた駅。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・駅前ロータリーを囲むように、高層マンション・量販店・銀行・信用組合などが並ぶ東口。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・駅前の何もない大きな空き地、タクシーのこないタクシー乗り場、これぞ埼玉の歓楽街と思わせる小さな雑居ビルがある西口。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅前の空き地から見る東口の高層マンション。、、、、、、何かの間違いで建ててしまったのか?
 
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・・・・・・・・・・・・・・歓楽街(?)の裏には「谷塚西口商店会」がある。、、、、、『好きです この町』のキャッチフレーズが、わざとらしく感じた。
 
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②宝持院・・・・・・・・・・・谷塚駅から南西の方角にチョイと歩くと、真言宗豊山派寺院の長久山宝持院がある。 江戸時代初めに建立された寺院で、以来谷塚の人々の菩提寺として、宝灯を守っている。 現在の本堂は、平成4年(1992)に建てられた。 境内には四季の花々が咲くそうで、桜と銀杏が自慢できるそうだ。、、、、本尊は大和の長谷寺の十一面観音を模した 御丈八尺有余の金色に輝く大観音様。、、、、、、手入れも行き届き、美しさを感じることができる寺。
 
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③谷塚氷川神社・・・・・・・・・・・・草加市谷塚町の南端に位置する神社。 天保年間(1831~1845)に創建されたそうだが詳細は不明。 下谷塚村の鎮守さま。
 
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④谷塚の畑・・・・・・・・・・・
 
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⑤埼玉県から東京都・・・・・・・・・・・埼玉県と東京都の境を流れる毛長川を谷塚橋で越えて、足立区東伊興の町に入る。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・対岸には、足立清掃工場の煙突が見える。
 
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●・・・・・・・・・・この後は、今年の5月18日に伊興の寺町を歩いているので、こちらを見てね!
 
●・・・・・・・・・・秋の色になった柿
 
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2017年9月 4日 (月)

雨の散歩

今朝、我が家から見上げる空はどんより曇り空。 NHKのお天気お姉さんは、“東京は午前中晴れ”。 ここは美人を信じ、“今は曇っているが、昼に向かい青空が出てくる”と、自分に言い聞かせ散歩に出ることにした。 もちろん傘は持たず、降られたらスグに帰れる処を歩こう。、、、、浅草橋駅のホームで、何処へ行くか悩み、迷い、降りた駅は、東武伊勢崎線の小菅駅。 駅はすでに雨の中。 “通り雨だ、スグ止むだろう”と、自分で天気予報を行い、西へ向かい散歩を開始する。 歩けども歩けども雨は止まず、途中でギブアップ。 雨中、びしょ濡れで梅島駅に到着。 びっちょり濡れた色男の、8千歩の散歩となった。
 
 
 
①小菅駅・・・・・・・・・・・『雨の降りはじめた小菅駅に降り立つ、哀愁をおびた一人の男。 じっと見つめる先には東京拘置所の塔。』、映画にありそうなオープニング・シーン。 その気になってホームに立つが、藤純子似の女性は現れず、現実に戻り散歩することにした。
 
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②雨が止むことを期待して・・・・・・・・・・・小菅駅から西の方角:日暮里舎人ライナーの扇大橋駅を目指し裏道を歩く。、、、、この頃、雨は止むと思っていたので、足立の町を余裕で写真撮影。
 
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③雨は止みそうもない・・・・・・・・・・雨粒は絶え間なく落ち、カメラは濡れてきた、ハンチングも濡れてきた、服はまだ大丈夫だ、Tシャツから出た腕は湿っている。、、、、、近くに駅はあるか? どこかにバスが走ってないか? 雨が強くなったら帰れるか、不安がよぎる。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・店の前で“Welcome”、、、、、ゴメン、飲めないのだ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・“くもじい”と“くもみ”がよろこびそうな、とんがった家。
 
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④商店街があった・・・・・・・・・梅田1丁目と2丁目の境を東西に通る、長さ350m程の「ゆめろーど千代田商店街」。 『雨宿りを兼ね喫茶店でコーヒーでも飲んで温まろう。』と、商店街を歩けど、喫茶店がない。 コンビニもない。 端から端まで雨の中を寂しく歩く哀れな男となった。、、、、、昭和の匂いが残る質屋、製麺所などの建物が残ってた。
 
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⑤ギブアップ・・・・・・・・・・雨足は強くなり、いよいよ下着を通し肌も濡れてきた。 もう、我慢できない! 帰るぞ! 近くにバス停はないようだ。 東武の梅島駅が最も近いらしいが、20分程歩かねばならない。、、、、軒先を借り雨宿りしていると、美女がスーとあらわれ、私に赤い傘を差しだし、『お兄さん、よければ、駅まで御一緒に』と声をかけてくる。、、、、てなことを想像して小降りになるのを待ったが、無駄であった。 
 
・・・・・・・・・・・・・・梅田3丁目の石不動堂。 小堂の中には石製の不動尊坐像が安置されているそうだ。、、、、、堂が大きければ、ここで雨宿りさして貰うのだがね。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・凄い降り、しばし休憩。
 
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・・・・・・・・・・・・・・走って梅島駅に飛び込む。、、、、、気がつけば、ビショビショ。 帰りの電車の中では、風邪をひくかも、風邪がこじれ肺炎になるかも、肺炎に気付くのが遅れ死ぬかも、不安が不安を呼び、長~~い、長~~い、帰り路となった。
 
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2017年8月30日 (水)

伝右川排水機場

歳をとると、なかなか眠りにつけないことがある。 そんな時、真夜中のベッドで、タブレットの地図を見ていると、♪♪坊や~良い子だねんねしな~♪♪と、眠りのお誘いがやって来る。、、、、、数日前の眠れない夜、地図を見ていたら、足立区花畑と埼玉県八潮市の境あたりで、綾瀬川が複数の河川と合流する地点があり、そこには「伝右川排水機場」があった。 一か月ほど前に寄った草加市の「神明排水機場 」は、伝右川(でんうがわ)の上流に位置する排水機場であった。 チョッピリ親しみを感じ、「伝右川排水機場」をぜひ見てみたくなり、今日の散歩はつくばエキスプレス八潮駅で下車し、排水機場を見て、六町駅に向かうことにした。
 
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八潮駅・・・・・・・・・・・我が家(浅草橋)から、コミニティバスで浅草に出て、つくばEXPで20分。 またまたやって来ました八潮駅。 
 
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②綾瀬川へ向かう・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・八潮駅から西へ歩き、首都高6号三郷線を抜け、さらに西へ。、、、、今日は朝から湿度が高い。 私の躰はすでにサウナ状態。 ダラダラと流れ落ちるは、ベトベト(悪い汗)ではなくサラサラ(いい汗)。
 
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・・・・・・・・・・・・・・日陰を歩きたいのだが、 新興住宅街には、雑草生える空き地だけ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・歩く途中に、真言宗豊山派の明王山蓮台寺があった。 蓮台寺の創建年代は不詳であるが、柿木村(現在の草加市)の村民が開基となり庵室を創建し、廃寺より寺号を頂戴したそうだ。 朱塗りの観音堂には、美しい観音像を期待したが、仏壇の扉は閉まり、期待ハズレの顎ハズレ!、、、、、、疲れと汗がドッと出た。 来たついでに、チョイとナイショで水を貰い休憩。
 
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・・・・・・・・・・・・・・綾瀬川の土手が見えた! 土手に上がり対岸見れば、足立区花畑の住宅が並ぶ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・対岸から眺める伝右川排水機場。 写真手前を流れる綾瀬川、樋門から流れ出るのは伝右川、その奥に綾瀬川(毛長川)が流れている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・上の写真を撮影した場所に八潮市から流れ込む小さな用水路。
 
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・・・・・・・・・・・・・これより綾瀬川の上流に架かる桑袋大橋を渡り、排水機場のある対岸を目指す。、、、、、途中、ザクロを見つけ、一瞬、秋を感じる。 しかし、歩けばサラサラ汗がダラダラ。 暑い!、暑い!、メチャクチャ暑い!
 
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花畑第四アパート・・・・・・・・・・・足立区花畑の綾瀬川両岸には、都営住宅が建ち並んでいる。、、、、、23区最北端の都営住宅かも(?)。 東武伊勢崎線谷塚駅、つくばEXP六町駅、八潮駅のいずれからも直線距離で約2km、歩いたら30分以上、バスは1時間に数本、滅茶苦茶不便なところのようだ!
 
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④伝右川排水機場・・・・・・・・・・・綾瀬川と綾瀬川の支流:毛長川に挟まれて合流する伝右川(でんうかわ)。、、、、、、伝右川は、埼玉県および東京都を流れる利根川水系の一級河川であるが、水質も超一級で“綾瀬川支流の中ではもっとも水質が悪い”とお墨付きがあるようだ。 その最下流にあって、草加市、八潮市に大きな被害をもたらした昭和56年(1681)の台風24号の激特事業の一環として、伝右川流域の洪水、内水被害の軽減を目的として建設された排水機場。 立軸軸流ポンプ3台で最大排水量15立方メートル/秒の能力を有している。 樋門は昭和60年(1985)、鹿島建設の施工で完成した。
 
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⑤大鷲神社・・・・・・・・・・ここ花畑の大鷲神社の創建は古く、平安時代、新羅三郎義光が奥州の役に赴く途中、社前に戦勝を祈願したと伝えられるゆかりの社だ。、、、、、私が住む台東区千束の鷲神社同様に、応徳(1084)の頃から毎年11月の酉の日に例祭が行われ賑わうそうだ。、、、、、現在の本殿は嘉永7年(1854)に上棟、明治8年(1875)竣工、総欅方3間四方唐破風造り。 正面左右に竜が浮彫りされている。 拝殿は寛永元年の建築らしい。、、、、堂々とした立派な建築である。
 
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●・・・・・・・・・・・・大鷲神社に手を合わせ、六町駅に向かったが、、、、、途中、「花畑第一小学校入口」バス停でタイムアウト。 ここからバスで駅まで行くことにしたが、ナント、乗りそこねてしまった。シマッタ! 次のバスは約1時間後、不便な処だ! 親切な方に、他のバス停へ案内していただき帰宅する。、、、、、、八潮駅からここまで、1万4千歩の散歩でした。
 
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2017年8月 7日 (月)

谷在家~竹ノ塚

台風5号が近づき天気は悪くなるようだが、午前中は“もちそうだ”。 日暮里舎人ライナーの谷在家駅から、東武伊勢崎線の竹ノ塚駅まで、1万1千歩の散歩。 
 
 
 
日暮里舎人ライナー・・・・・・・・・ 一番前の座席でカメラを構え、どこの駅で降りようか? 日暮里舎人ライナーに乗ったが、下車駅を決めていなかった。 動きだすと、先頭に座っているので、高所からの景色に見とれ撮影に追われ、終点までこのまま行きたくなったが、谷在家駅で下車することにした。
 
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②谷在家駅・・・・・・・・・・・・平成20年(2008)3月30日、ライナーの開業と同時にできた島式ホーム1面2線の谷在家(やざいけ)駅。 駅名の「谷在家」とは、この地を流れていた沼田川の谷に農地を開いたことから、“谷”と湿地の集落を表す“在家”が結びつき名付けられた。 聞きなれないと“変な地名”と言いたくなるが、練馬区には谷原在家が、世田谷区には経堂在家などの地名もあった。
 
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③谷在家の夏空・・・・・・・・・・・台風一過の暑さなら理解できるが、今日は台風直前の暑さ、朝から猛暑の気配がする。 ここまま歩くと熱中症が心配だ。 駅前で飲料水を購入し、いつ倒れても恥ずかしくないように身繕いを直し、東の方角に位置する竹ノ塚駅を目指し歩くことにした。
 
・・・・・・・・・・・・・・夏の雲が覆い、暑い!暑い! 
 
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・・・・・・・・・・・・・畑の野菜も、暑い!暑い! 水をくれ!
 
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・・・・・・・・・・・・・夏休みなのに、公園には子供がいない。 吾輩の幼き頃は、熱中症ではなく、『日本脳炎になるから家の中で遊びなさい』と言われた陽気だ!
 
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・・・・・・・・・・・・・出がけに、妻が『日陰を歩いてね!』と言ったが、太陽が高く日陰を探して歩くのは、無理無理かたつむり。
 
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・・・・・・・・・・・・・・『首筋に流れる汗、ハンカチでそっと拭う若い娘』、艶っぽい姿にドッキリ!、、、、、想像しながら歩いてみるが、こんな場面に出くわさず。 吾輩一人、公園を見つけては、頭から水をかぶり、手ぬぐいに水を浸し首に巻き、再出発!
 
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④諏訪神社・・・・・・・・・・・諏訪木西公園内(西新井4丁目)にある、淵之宮氷川神社の境外末社で、祭神は建御名方命。 なにか怪しげなピンクの社殿は昭和37年(1962)の完成(?)
 
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⑤源正寺・・・・・・・・・・・・伊興2丁目の源正寺は、遠く鎌倉時代、後醍醐天皇の御代に開山した古刹で、当時は時宗玄性寺であった。 無量山源正寺は、天文20年(1551)に真言宗に改宗、源正寺と改号したといいます。、、、、、鉄筋コンクリート造の現本堂は昭和50年(1975)の竣工。、、、、、門前では三地蔵がお出迎え。
 
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⑥伊興の夏空・・・・・・・・・・・・・竹ノ塚駅の西側で、尾竹橋通りを越えて広がる伊興の町。 もうすぐ竹ノ塚駅だが、広い日本 一時間 二時間 歩いても 気温は変わらず 暑い!暑い! 
 
・・・・・・・・・・・・・町名は“伊興”に変わり、気温もより高く、汗はダラダラ、ここも暑い!暑い!
 
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・・・・・・・・・・・・・蝉が合唱する若宮八幡宮。、、、、境内の白砂が日光を反射しまぶしいね!
 
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・・・・・・・・・・・・伊興の町は細い道路がクネクネ。 その中に、小さな都営アパート、区営アパートが点在し、吾輩のようなよそ者には方向感覚を失わせ迷路のようだ!、、、、、駅まで近いと判っていても、へそ曲がりの道と、暑さが、イライラさせる。
 
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⑦実相院・・・・・・・・・・真言宗豊山派の実相院(伊興4)は、寶光山実相院横沼寺と号す。実相院は、天平年間行基菩薩による開山といわれている。 西新井薬師総持寺の末寺。 本尊聖観世音菩薩は、古くから子育て観音として信仰をあつめているそうだ。、、、、、母乳の不足に悩むお母さんが、御供米を戴き皆御利益を賜ったそうだ。 乳をうらやむお父さんは罰が当たるかも?
 
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竹ノ塚駅 ・・・・・・・・・・・高架化工事、真っ最中の竹ノ塚駅到着。
 
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2017年8月 3日 (木)

西新井~竹ノ塚

『今日も気温は30℃以下で熱中症の心配なし』と、天気予報を聞いて散歩に出た。 昨日同様に、今日は向島辺りから水戸街道を“タップリ歩いてやろう”と東向島駅に向かう。 押上で東武伊勢崎線に乗り換えるのだが、“東武”に乗り入れている“東急”で信号トラブルが発生し、ダイヤは滅茶苦茶。 とりあえず、着た電車に乗り行先変更。 西新井駅で下車し、日光街道に向かい歩き始めた。 1時間程歩いてから方向を確認したら、“とんでも八分 歩いて十分”、向かっている方向が違う! これでは、一日がかりの散歩になってしまう、急ぎ軌道修正し、竹ノ塚駅に出て帰宅。、、、、と言うことで、西新井駅から竹ノ塚駅まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
西新井駅 ・・・・・・・・・・・島式ホーム3面6線の地上駅で、橋上駅舎を有している。 伊勢崎線は上下線別に、2面4線を使用する。 残る1面2線は大師線用。、、、、、、1899年(明治32年(1899)8月27日に開業。
 
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・・・・・・・・・・・・・・東口の駅ビル「トスカ東館」は昭和56年(1981)に完成した。、、、、吾輩の住む浅草橋には、今だ“駅ビル”と言えるような施設なし。 あるのは高架下の小さなビーズ屋、衣料品屋程度。 負けたね!
 
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・・・・・・・・・・・・・・大師線では、昨年3月から、昭和30年代の東武鉄道の標準色である、インターナショナルオレンジの車体にミディアムイエローの帯を回したリバイバルカラーの8000系車両で運行している。、、、、、、この塗装の車両は、昭和33年(1958)から昭和39年(1964)頃まで、東武鉄道の20m級通勤車両として使用されていた。 懐かしのカラーだ。
 
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②環七通り・・・・・・・・・・・・西新井駅の北東で環七通りを横断し足立区島根3丁目に入る。、、、、、さすが“環七通り”だ、中央分離帯があり、交差点か歩道橋でないと、向かい側に横断できない。 ズルッコシイ横断は禁止!
 
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③来迎寺・・・・・・・・・・・環七を横断し島根3丁目に入ると、多宝塔の上部が住宅の後ろに見えた。 この辺りは、見るべきものもなさそうなので、行ってみよう!、、、、、来迎寺は建久6年(1195)に創建され、その後江戸時代天和年間(1681~1684)に尊宥和尚が再興した。 当初は、西新井大師総持寺の末寺にして、近来は大和長谷寺の直末となっている。、、、、、境内には、樹齢数百年の榎と松の古木が、本堂を隠すように枝を出す。 また、古い庚申塔が数基、子育地蔵尊、宝篋印塔、六地蔵尊なども点在する。 山門と多宝塔は近年の建造。、、、、、寺を出たとたん、右手の甲が痒~い、かゆ~い、やぶ蚊にやられた、あ~もうダメ、かゆ~い!
 
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④樹齢300年の黒松・・・・・・・・・来迎寺から国土安穏寺に向かう途中に、大きな黒松がある。、、、、、、地元嶋根村の旧家桐田家の黒松である。 こちらのお宅には将軍の鹿狩り(ししがり)の際に、村の御用勢子人足が使用した旗が保存されていると言う。、、、、、我が家には、父が大東亜戦争に出征したときの日の丸ぐらいしか残っていない。 チョイと旧家とは言えないね。
 
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⑤国土安穏寺・・・・・・・・・・・日蓮宗、天下長久山国土安穏寺(こくどあんのんじ)と称す。 創建は、応永17年(1410)、開基は、千葉太郎満胤(室町時代の武将、千葉氏14代当主)である。 当初は、長久山妙覚寺と称した。 江戸時代に、将軍秀忠および家光が、当所巡遊の折の御善所となり、八世日芸聖人の大宇都宮釣天井予言の功により、寛永元年(1624)、現寺号を賜り、徳川家祈願所位牌安置所となる。 これより寺は、葵紋の使用を許された。、、、、、、 現在の諸堂宇は、明和年間(1764~1772)に建てられた鐘楼を除き、昭和以降の造営である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・国土安穏寺の境内を出たとたん、今度は両手、両腕が痒~い、右手で左腕を搔き、左手で右腕を搔く。 あ~、目茶目茶かゆ~い。 手の甲・腕の表面に、うっすら丸い膨らみが、数か所できている。 アッチャコッチャ、掻きながら歩く、この辛さ、南無阿弥陀仏、南妙法蓮華経、アーメン、念仏を三度唱えても効き目なし。、、、、、足立区島根はヤブ蚊の原産地か?
 
 
⑥普門寺・・・・・・・・・・・国土安穏寺から北へ100m程(足立区島根4)に、真言宗豊山派の普門寺がある。 この寺は、延慶年間(1308~1310)の草創で、嶋根村名主の菩提所。、、、、、門は閉ざされ、石敷きの参道には雑草が伸び、ひょっとすると、ここもヤブ蚊の産地か? 両手搔き搔き、危険を察知し遠ざかる。 
 
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・・・・・・・・・・・・・この辺りは、かつて空いた田畑に都営団地を建てたのか、不整形の敷地に中低層の小規模都営住宅が点在する。 方向感覚を狂わす、曲がりくねる道路を行く。
 
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⑦鷲神社・・・・・・・・・・西新井駅と竹ノ塚駅の中間ぐらいの足立区島根4丁目25に鷲神社(わしじんじゃ)がある。 “鷲神社”を“おおとりじんじゃ”と読むのは浅草育ちの人間だけか?、、、、、社伝によると鷲神社は文保2年(1318)の中興で、古代の海岸線とされる所が南にあり島の根の様にでた当地に祭神が船で到着したことから浮島明神とも呼ばれたそうだ。、、、、、社殿は昭和31年(1956)に再建した。 吾輩の好きなデザインで気に入った!
 
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・・・・・・・・・・・・・境内社の三峯神社前の石の鳥居(写真:左)は享和2年(1802)の建立。 隣の大きな御影石の灯籠は、昭和61年(1986)に建てた、高さ4.7m、重量35トン。
 
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・・・・・・・・・・・・・参拝を済ませ、『はて、我は今どこに?』 地図を出してみた。 ナント、西新井駅と竹ノ塚駅から同距離程の地点で、日光街道に出るにはチョイと時間がかかりそう。 無計画にブラブラ歩いたからだ! 我が家の昼食に間に合うよう、これより竹ノ塚駅に出ることにした。、、、、、、まだ、ヤブ蚊の後遺症も残り、手搔き、腕搔き、恥をかき、竹ノ塚駅を目指す。
 
 
⑧炎天寺と六月八幡神社・・・・・・・・・・・・竹ノ塚駅に向かう途中、足立区六月(ろくがつ)3丁目に、真言宗豊山派の幡勝山成就院炎天寺がある。、、、、、この寺の名:炎天寺、昔の地名:六月村の由来には、できすぎの話がある。:::『時は天喜4年(1056)八幡太郎源義家が奥州干渉(後三年の役)への向途、暑さにうだりながらこの地にやってきた時、やにわにその弱みを急襲したのが野臥で、さすがの源氏の精鋭部隊も苦戦を強いられた。 そこで義家が石清水の八幡神に撃退を祈念したところたちまち形成逆転して大勝利、そこで義家は岩清水八幡を勧請して祀り、さらに討死者を弔うための一寺を建立し、源氏の白幡のお陰で勝ったので山号を「幡勝山」、願いが叶ったので院号は「成就院」、時あたかも盛夏六月のこととて寺号は「炎天寺」と名づけ、村人には「六月村」の村名を与えた。旧暦六月は真夏8月なのだ。』、、、、、作られたような話だが、信じよう!
 
・・・・・・・・・・・・・現在の六月村の交差点(六月3)。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・炎天寺(写真:左)と六月八幡神社(写真:右)。 当然だが、炎天寺は六月八幡神社の別当寺であった。
 
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・・・・・・・・・・・・・・炎天寺には、小林一茶も関係している。、、、、江戸後期、俳人:小林一茶は当地で、「蝉鳴くや 六月村の 炎天寺」、「むら雨や 六月村の 炎天寺」など、数句を詠んだといわれている。、、、、炎天寺では、毎年、「一茶まつり」を催し、句を詠んでいるそうだ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・吾輩も一句、「炎天に 両手搔き搔き イライラと」、、、、迷句?
 
 
⑨竹の塚第2団地・・・・・・・・・・・・昭和40年(1965)頃に、駅の南側、線路沿いに建てられた住宅公団の住宅。 土地の使い方にも余裕が見られる、50年前の団地。
 
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竹ノ塚駅 ・・・・・・・・・・・・竹ノ塚駅は伊勢崎線の開業から約7ヶ月後にあたる明治33年(1900)3月21日に開業した。 現在は高架化工事が進められている。、、、、、平成27年(2015)の乗降客数は約72000人/日で、伊勢崎線内の駅では6番目である。 ちなみに7番目は西新井駅である。 西新井駅には急行・準急・普通が停まり、竹ノ塚は普通だけしか停まらない。 こんなことアリ? もちろん、アリ。
 
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