足立区

2018年6月 4日 (月)

小菅

東武伊勢崎線の小菅駅からスタート。 久しぶりに東京拘置所の周りを歩き、裏道・路地裏に誘われ、見るものに足を止められた。 小菅1丁目の町を歩き廻りJR綾瀬駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
小菅駅 ・・・・・・・・・・・何となく、小菅駅のホームに降り立つと、空気が張り詰め、チョイト心臓がドキドキしている自分。 この緊張感は何だ! しばし、深呼吸! 高い塀の時代のヤクザ映画の見すぎで、小菅駅に降り立つと、黒いスーツのお兄さん、背中に緋牡丹のお姐さんを意識してしまう、古い知識の臆病な自分である。、、、、、、今は、近代的、開放的、親しみやすい(?)拘置所と共存する駅である。 大正13年(1924)10月1日に開業し、現在は島式ホーム1面2線の高架駅である。、、、、、小菅駅は足立区足立2丁目にあり、“小菅”は駅前の東京拘置所がある葛飾区小菅の地名である。、、、、「小菅」の由来は、この付近一帯は菅や葦などの野草が繁り、他の土地のものよりも背丈が低いところから「小菅」と呼ばれたそうだ。
 
・・・・・・・・・・・・・荒川土手の近くまでホームは伸びている。 頭上には首都高中央環状線が走る。
 
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・・・・・・・・・・・・・乗降客は少なく、停車するのは普通列車だけ。
 
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・・・・・・・・・・・・・駅出入口は東京拘置所側に向いた一か所のみ。
 
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東武鉄道 荒川放水路橋梁 ・・・・・・・・・・・小菅駅ホームから見える、北千住~小菅間の荒川に架かる東武鉄道荒川放水路橋梁。 大正12年(1923)7月1日、荒川放水路開削により鐘ヶ淵~西新井間でルートが変更された。 それまでは北千住~西新井間は現ルートより西側を通っていた。 もちろん、荒川は無かった。 このルート変更で初代の橋梁が架けられた。、、、、、、現在の橋梁は昭和49年(1974)頃にかけ替えられた。 上下線別に複線の橋梁が2本架かる。
 
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③東京拘置所・・・・・・・・・・拘置所のある土地は、江戸時代には関東代官伊奈氏の邸宅があった。また、将軍家鷹狩り時の休憩所である小菅御殿が併設されていた。 明治時代になると、小菅県の県庁が置かれ、廃藩置県で小菅県が廃止されると煉瓦工場となった。 そして、明治12年(1879)に東京集治監がここ小菅に設置され、以後、明治36年(1903)に小菅監獄、大正11年(1922)に小菅刑務所と名を変えた。 戦後、昭和20年(1945)に東京拘置所が巣鴨からここに移り、刑務所と拘置所が置かれた。 昭和46年(1971)は小菅刑務所は那須へ移転し、以後、東京拘置所のみとなる。、、、、、、現在は、地上12階地下2階のⅤ字型の新舎房を中心に施設が整備されている。 3,000名の刑事被告人を収容する日本最大規模の拘置所である。 これ以上、詳しいことは、まだ拘置所の中に入った経験がなく不明。
 
・・・・・・・・・・・・・・小菅駅ホームから見える拘置所。
 
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・・・・・・・・・・・・・・まずは正門
 
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・・・・・・・・・・・・・・荒川土手から正門を見ていたら、幼稚園の送迎バス(写真:黄色のバス)が出てきた。 なんじゃ! 幼児の受刑者・被告人(?)が収容されていて、ここから幼稚園通い? そんなバカな!、、、、塀の中に官舎があり、そこの子供の通園らしい。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・コンクリートの高い塀は無くなり、開放的なフェンスで囲まれた拘置所。、、、、、近くから、大声で“〇〇さん”と呼べば、窓から顔でも出しそうな感じだ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・正門脇に小菅御殿時代の石燈籠が残されている。
 
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・・・・・・・・・・・・・拘置所の施設が整備され、空いた土地には公務員住宅・特別養護老人ホームなども建てられている。
 
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④旧水戸街道・・・・・・・・・・・・東京拘置所の南側、荒川と綾瀬川によって切断されたように300m程の長さで旧水戸街道が残されている。 
 
・・・・・・・・・・・・・・旧街道の両端から眺める。 300mの直線道路。
 
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・・・・・・・・・・・・・旧街道でも、江戸時代の古い歴史ある商家・民家などは見当たらず。 ここには、「西小菅商盛会」という標された街路灯が並んでいる。 戦前の建物で空き家となり朽ちてきたものもある。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・街道の裏道も歩いてみた。 銭湯、魚屋、アパート、お寺、、、、がある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・旧水戸街道が綾瀬川にぶつかる位置に水戸橋跡地がある。 かつて、綾瀬川に架けられていた木造の水戸橋の橋台部分が残されている。 案内板には水戸橋の写真もある。
 
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・・・・・・・・・・・・・旧水戸橋の橋台を保存するように、現在の水戸橋は50m程上流側に架けられている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・水戸橋から見る綾瀬川。 左側に、東京拘置所の空いた敷地に建つ公務員住宅が並ぶ。 かつては、高い塀で囲まれた処である。
 
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●・・・・・・・・・・・・・・・・・・水戸橋を渡り綾瀬の町に入る、綾瀬駅 はスグそこ!

2018年5月16日 (水)

竹ノ塚~西新井大師西

東武伊勢崎線竹ノ塚駅から日暮里舎人ライナー西新井大師西駅まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
①竹ノ塚駅・・・・・・・・・・竹ノ塚駅は伊勢崎線の開通から約半年後の明治33年(1900)3月21日に開業。、、、、東武伊勢崎線の北千住~北越谷駅間は複々線区間であるが、竹ノ塚駅の付近だけは近くに営団地下鉄検車区(現:東京メトロ千住検車区竹ノ塚分室)および東武鉄道西新井工場(現:廃止)といった車両基地があり、高架化されず地上線のままであった。 その為、駅南北の踏切は「開かずの踏切」となっていた。 平成17年(2005)に駅南側の踏切で死傷事故が発生したのを切っ掛けとして、連続立体交差事業(高架化)が開始された。 現在、2022年3月の事業完成を目標に工事が進められている。、、、、、完成まで、まだまだ!
 
・・・・・・・・・・・・竹ノ塚に停車する緩行線は、上下線ともまだ地上ホームに停まる。
 
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・・・・・・・・・・・・・優等列車の走る下り線は高架化された。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅改札はホーム下の地下である。 東口駅ビルは店舗の営業を終了している。
 
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②第十四中学校・・・・・・・・・・・・駅から西に歩いていると、正面に「足立区立第十四中学校」が見えた。 “第十四”(?)とは地名ではなく、区内の中学校に連番をふった名称だ。 足立区内には区立中学校が40数校(廃校を含む)あり、「伊興中学校」、「千寿桜堤中学校」など、地名を冠した中学校が半数以上ある。 しかし、梅島・西新井・竹ノ塚駅周辺には、第一中学校から第十六中学校まで欠番なしで(内5校は閉校)、連番の中学校が現存する。、、、、お役所仕事の臭いがするチョイト味気ない名だ。 地名なり、地域の特徴を生かした校名に変えられないのかな! 
 
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③洗濯日和・・・・・・・・・気象庁発表、東京の今日は29℃で、今年最高、7月中旬並みの気温。、、、、一斉に洗濯・布団干し。 
 
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④六万部経塚・・・・・・・・・・・・足立区伊興で見つけた石碑。 六万部とは、法華経二十八品を繰り返し6万回にわたり唱える意味で、六万部経塚の名の由来もここにある。 この塚の南東にある寿福山長勝寺の第一世智性院日座聖人が宝永2年(1705)に、万民の平安と幸せを祈願して、小石に題目を書写してここに埋めたと言われている。 右側の古い小さな石碑が宝永2年(1705)の経塚碑。、、、、、6万回経を唱えるのに何日かかったのか? 私ならチョンボするのだが。
 
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⑤実相院・・・・・・・・・・伊興4丁目には、真言宗豊山派の寶光山実相院横沼寺がある。 実相院は、天平年間行基菩薩による開山といわれている。 西新井薬師総持寺の末寺。 本尊聖観世音菩薩は、古くから子育て観音として信仰をあつめているそうだ。、、、、、母乳の不足に悩むお母さんが、御供米を戴き皆御利益を賜ったそうだ。 乳が出すぎたら、お父さんにも御裾分け。、、、、現本堂は文永年間(1264~1274、鎌倉時代)の建築。
 
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⑥若宮八幡宮・・・・・・・・・・・伊興2丁目にある横沼厨子の鎮守。 祭神は誉田別尊(応神天皇)。 境内に古禄(第六天)神社・天満宮・三峯神社が摂社として祀られている。、、、、、正面の鳥居が低く、長身の人は頭上に注意!
 
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⑦西新井を歩く・・・・・・・・・マンションが並ぶ道、工業高校前の道、公園の中の道、を歩いて西新井大師西駅に向かう。
 
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⑧西新井大師西駅・・・・・・・・・・平成20年(2008)3月30日、開業。、、、、、西新井大師 のお参りは当駅で下車し、東に直線距離で約1km。 お年寄りは、お大師さんに到着すると同時に、息切れし天国に直行。 この駅で降りたら後悔すること間違いなし。 確かに駅は、お大師さんの西にあるが、チョイト遠すぎる。 駅名を変更した方がいいね。
 
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2018年4月 6日 (金)

浅草橋~梅島

今日は、散歩をはじめた原点に立ち戻り、“健康のため”速足で、チョイト遠くまで歩いてきた。 浅草橋の我が家から、国際通り、日光街道、墨堤通りを通り、東武伊勢崎線の梅島駅まで、1万7千歩の散歩です。
 
 
 
● a.m.7:36・・・・・・・・・いつものように浅草橋駅から出発。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・・浅草橋は、お江戸日本橋と浅草観音様のちょうど中間に位置し、秋葉原の隣りでもあり、成田・羽田の空港には乗り換えなしの電車で一本、スカイツリーも地下鉄で4駅目、東京・上野駅までは15分新幹線に乗るのも便利、外人さんが好きな“下町”のド真ん中、など、地の利に恵まれている。 浅草橋駅周辺は只今ホテル建設が盛んで、駅の裏道を入る我が家の近くでも建設中。、、、、帽子好きのおばさんが経営する〇パホテル、店名に地名を並べたがる〇横イン、道順が判りにくいルー〇イン、など、ビジネスホテルがめじろ押し。、、、、ちなみに浅草橋駅から東武浅草駅まで、この間ビジネスホテル・旅館は30軒以上ある。 数えてみたが途中でやめた!
 
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● a.m.7:46・・・・・・・・・蔵前一丁目交差点を通過。、、、、交差点の南西角に「天文台跡」の案内板がある。 この付近に、江戸時代後期、幕府の天文・暦術・測量・地誌編纂・洋書翻訳などを行う施設として、天文台がおかれていたそうだ。 現在はスモーカの喫煙所である。
 
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● a.m.7:48・・・・・・・・・蔵前一丁目交差点の北側100m程の処で、国道6号(水戸街道、江戸通り)から都道462号(国際通り)が分岐する。 写真:右に向かう国道6号、左に進む都道462号。
 
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● a.m.8:08・・・・・・・・・国際通りと雷門通りがT字型に交差する、雷門一丁目交差点を通過。 正面に見えるスカイツリーも、今日は私の頭の中と同じで、薄ぼんやりしている。
 
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● a.m.8:16・・・・・・・・・国際通りの名となった「国際劇場」の跡地に建った「浅草ビューホテル 」。 国際劇場は昭和57年(1982)に閉鎖された。 既に30数年が過ぎ、劇場を知るのは高齢者となった。 ビューホテルも建てられてから今年で33年、既に浅草のシンボル的建物として定着している。、、、、SKDのラインダンス、もう一度、生で見たいね!
 
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・・・・・・・・・・・・浅草ビューホテル前の植え込みには、サツキだかツツジだか判らんけれど咲いていた。
 
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● a.m.8:33・・・・・・・・・11月「酉の市」で賑わう鷲神社 (おおとりじんじゃ)前を頭を下げて通り過ぎる。
 
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・・・・・・・・・・・・・鷲神社前の国際通りのサクラは、只今満開。 薄緑の葉も光を透し、いいね!
 
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● a.m.8:44・・・・・・・・・東京メトロ三ノ輪駅の頭上で、国際通りは昭和通りにぶつかる。 ここで国際通りは終わる。、、、、、これより、昭和通り(国道6号、日光街道)を歩く。
 
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● a.m.8:55・・・・・・・・・三ノ輪駅北側の浄閑寺(じょうかんじ)に立ち寄る。 吉原遊廓で亡くなった遊女がここ浄閑寺に投げ込まれた。 その遊女を弔う新吉原総霊塔がある。 チョイト、懇ろに手を合わせて行く。、、、、、「生まれては苦界 死しては浄閑寺」の花又花酔の句。
 
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・・・・・・・・・・・・・寺では法事が行われているようだ、我、静かに立ち去る。
 
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● a.m.9:10・・・・・・・・・荒川区内で広い氏子域をもつ素盞雄神社 (すさのおじんじゃ)の前を素通りするかと思ったが、花の彩に誘われてチョイト参拝して来た。
 
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● a.m.9:17・・・・・・・・・千住大橋を渡り足立区に入る。、、、、、昭和2年(1927)に竣工した、隅田川に架かる復興橋のひとつ。 現在は東側(下流側)に新橋が並行して架けられ、上下線が分離している。
 
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● a.m.9:25・・・・・・・・・京成本線千住大橋駅 を通過。
 
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● a.m.9:25・・・・・・・・・千住宮元町交差点にて、日光街道から墨堤通り(都道461号)に入る。
 
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● a.m.9:53・・・・・・・・・千住桜木交差点にて、墨堤通りは尾竹橋通りにぶつかり、ハイ・ココまでヨ~~。
 
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● a.m.9:57~10:04・・・・・・・・・西新井橋 で荒川を越える。、、、、ビニール袋が風に舞う橋上では、か弱い私も飛ばされるようであった。 
 
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● a.m.10:10・・・・・・・・・西新井橋北詰にて、尾竹橋通りから外れ、裏道を東武伊勢崎線の梅島駅へ向かう。、、、、、本当は、西新井駅まで行きたかったが、ここからまだ45分以上かかると見込まれ断念した。
 
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・・・・・・・・・・・・・・梅島駅に向かい、ひたすら歩く、歩く、歩く。
 
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● a.m.10:33・・・・・・・・・梅島駅 に到着。 1万7千歩の散歩もここで終わり。
 
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2018年2月18日 (日)

梅島~高野

♪♪ 北風吹きぬく 寒い朝も こころひとつで暖かくなる ♪♪、、、、、今朝の寒さは、チョイと厳しく、吉永小百合の歌のようにはいかない、懐にカイロを入れてくれば良かった。 今日の散歩は、東武伊勢崎線梅島駅から、「関原」、「興野」の裏道を抜け、日暮里・舎人ライナー高野駅まで、1万歩です。
 
 
 
①梅島駅・・・・・・・・伊勢崎線の北千住~久喜間が開通した明治32年(1899)から、25年経過した大正13年(1924)10月1日に途中駅である小菅駅、五反野駅、梅島駅が開業した。、、、、、梅島駅は昭和43年(1968)に高架化されたが、駅用地の幅が狭く一般の島式ホームが造れず、ホーム中央に階段・エスカレータ・エレベータを配置し、そこから北千住寄りに上りホーム、西新井寄りに下りホームが一直線に配置されている。 通過する急行列車などは、緩行線の外側を通過する。
 
・・・・・・・・・・・・ホーム中央付近から西新井方を見ると、長いホームが伸びている。
 
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・・・・・・・・・・・・・同じ位置で振り返り、北千住方を眺めると、階段・エレベータなどがあり、その先に上り電車の到着を待つ乗客の姿が小さく見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・旧日光街道に面して、高架下に駅出入口がある。
 
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②駅前の裏道・・・・・・・・・今日の散歩の“手始め”に、駅前(足立区梅田8)の裏道を歩いてみた。、、、、、私好みの裏道のようだ!
 
・・・・・・・・・・・・・・通り抜けられるか? 行き止まりか? まずは足を踏み入れる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・お~~、行けそうだ、雰囲気もイイネ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・何だか、車も通れる裏道になった。
 
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・・・・・・・・・・・・・アリャ!、西新井に抜ける「亀田トレイン通り 」に出てしまった。、、、、チョイと期待ハズレ!
 
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③静かな町・・・・・・・・・・・「4℃、風速3m/s」、寒いのか? 公園に子供がいない。、、、、「午前9時半」、まだ早朝なのか? 商店街はシャッターが下りている。
 
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④関原の裏道・・・・・・・・・・店の開いていない商店街から裏道に入ってみた。
 
・・・・・・・・・・・・・・この道を行ってみよう!
 
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・・・・・・・・・・・・・・・塀に囲まれた痴漢好みの一本道。 私も襲われないように、気を引き締めて、ベルトを締めて!
 
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・・・・・・・・・・・・・道は曲がりくねり、車も入れない細い道。
 
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・・・・・・・・・・・・・出た処は、西新井署の斜め前。 
 
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・・・・・・・・・・・・・車の通る表通りは面白くないので、西新井署の前から、再び裏通りへ入る。、、、、、この付近、アパートが多い。
 
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・・・・・・・・・・・・・キョロキョロして歩いていると、突然、お巡りさんが自転車で出てきた。 ヤバイ、咄嗟に身構えたが、私の脇を通過。 世の中、私より悪い奴がウヨウヨいるので、お巡りさんも忙しい、雑魚は相手にせず!
 
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・・・・・・・・・・・・・・右に入るか、左へ行くか? 心も迷う、迷い径。 迷ったときの神頼み。 女神を探すがいない。 右前方に老婆を発見、進路は左にとる。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・この付近、建設関係の仕事に携わる人が多いようだ。 住宅の玄関先に足場用の資材が整理されたている。 若き頃、現場にいたことを思い出し、親しみを感じる光景だ。
 
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・・・・・・・・・・・・・出てきた処は、尾竹橋通り「関原三丁目」交差点。
 
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⑤本木の町・・・・・・・・・・尾竹橋通りを横断し本木の町に入る。 ここでも、裏通りを探索。、、、、、こんな処に? なぜ、大型トラックが入れないような、裏通りの奥にスーパーがあるのか? 立地としては、けして良いとは言えないと思うが、地元に愛されているスーパーなのか?
 
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⑥興野の町・・・・・・・・・この町も裏道は曲がりくねった細い道である。 所々に建物を取り壊した跡地があるが道路が狭いためか、マンションを建てるなど再利用は進んでいないようだ。 でも、いずれ時間が解決するであろう。
 
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⑦興野の庚申塔・・・・・・・・・・足立区興野2の町角に3基並んだ石造物がある。 うち、右側は寛文10年(1670)、中央は正徳4年(1714)に造立された庚申塔である。、、、、庚申信仰も時代と共に廃れ、今は地元の人が細々と守り祀っているのだと思う。 いずれ守る人がいなくなるだろうが、石仏は残して欲しいね。
 
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⑧高野駅・・・・・・・・・・・・日暮里・舎人ライナーの高野(こうや)駅は、平成20年(2008)3月30日に開業した。 今年がチョウド10年目。、、、、「高野」の地名は現存しないが、江戸時代に登場した足立郡高野村が基であり、昭和51年(1976)までは「足立区高野町」として存在していた。 ちなみに、現在の高野駅は足立区扇2丁目に在る。
 
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2018年2月15日 (木)

足立小台~江北

日暮里・舎人ライナーの足立小台駅で下車し、扇大橋で荒川を越え、江北の裏道を歩き回り、ライナーの江北駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
①足立小台駅・・・・・・・・・・北側に荒川、南側に隅田川が流れる中洲状の処にある足立小台駅。 駅周辺には数棟のマンションがある程度で、周辺人口は少なく、駅の乗降人数は一日平均2,500人程でライナー13駅中最下位である。、、、、、駅周辺にコンビニが一軒もなく超不便な処だ。
 
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扇大橋 ・・・・・・・・・・荒川に架かる扇大橋(おおぎおおはし)を渡り、足立区扇の町に向かう。 今日の東京は暖かく、荒川の上でも風もなく、ポッカポッカ歩きやすい。、、、、、扇大橋は3径間連続鋼ゲルバー式桁/連続箱桁橋、橋長は 445.4m、幅員は 26.0m、昭和49年(1974)の竣工である。
 
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・・・・・・・・・・・・・橋上から上流側を眺めると、川の先に江北橋(アーチ橋)が見える。 今日の散歩は川の右側(足立区扇・江北)を歩き、江北橋の方を目指すことにした。
 
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③地蔵堂・・・・・・・・・扇大橋の北詰から裏道に入ると、寺の塀に沿って六地蔵が祀られていた。 真言宗豊山派の吉祥院地蔵堂(足立区扇2)である。 地蔵堂は足立区本木西町にある吉祥院 の境外仏堂であった。 地蔵堂の創建年代不詳。、、、、、気が弱い私は、寺の門が閉まっていたので、境内には入らなかったが、中にも地蔵様が祀られているそうだ。 失敗、失敗。
 
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・・・・・・・・・・・・・塀の外には六地蔵の他に庚申塔が3基あった。 右は「干時明暦元年」(1655)、中央は「干時万冶三天」(1660)、左は「貞享五戊辰年」(1686)、と彫られているそうだ。 私は判読できなかった。
 
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④扇三嶋神社・・・・・・・・・・・・曲がりくねった裏道の先(足立区扇2)に、「三嶋大明神」と掲げた朱塗りの鳥居が見えた扇三嶋神社である。 扇三嶋神社は、阿出川権左衛門知康がこの地に来て本木村の小名太田を開拓した時、崇敬していた三嶋大明神を勧請して慶長年間(1596~1615)に創建した。 祭神は、大山祇命、伊佐那岐命の2神。
 
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・・・・・・・・・・・・・鳥居の横には、めずらしい仁王型の庚申塔がある。 「元禄十丁丑天」(1697)と彫られている。、、、、、公衆電話を見張る、右の阿形、左の吽形。
 
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・・・・・・・・・・・・・・扇三嶋神社の西40m程に角には道祖神もある。「文政」(1819~1830)の年号刻まれてい。、、、、、この付近は古いものが道端にゴロゴロしているようだ!
 
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⑤性翁寺・・・・・・・・・・扇2丁目には真直ぐ伸びる裏道は無いようだ。 方向感覚がおかしくなる。 今度は、浄土宗の性翁寺前に出てきた。 龍燈山貞香院性翁寺は、神亀3年(726)行基菩薩が庵を開いたのに始まり、足立庄司宮城宰相が開基となり、明応元年(1492)開山した。 江戸六阿弥陀の余り木で作られた本尊の木像阿弥陀如来坐像がある寺。 「木余り 性翁時」と呼ばれている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・また、性翁寺は阿出川對馬守を大檀那として400年来、一族の菩提寺として墓が護られている。 一族の墓が多すぎて、右も左も阿出川家の墓、よそ者の私にはどの墓が誰の墓かさっぱり判らん!
 
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⑥鳩ヶ谷街道・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・扇2丁目の裏道を、行きつ戻りつ、行ったり来たり、迷いながら歩く、、、、、江北橋通りを横断し、江北2丁目に入った。 裏通りを歩かず、江北橋通りを歩けば、江北橋を渡り北区王子方面に出たはずなのだが、失敗、江北橋から外れてしまった。
 
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・・・・・・・・・・・・・荒川土手沿いの「鳩ヶ谷街道」の入り口に出てきた。 「鳩ヶ谷街道」なんて、聞いたことがない、コリャ何処じゃ?、、、、、鳩ヶ谷街道とは、足立区江北2丁目から埼玉県川口市南鳩ヶ谷を結ぶ都道(県道)である。 こう言っても判らんね、私も知らん!
 
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・・・・・・・・・・・・・・土手沿いから離れ、直進する(写真:右の道)のが鳩ヶ谷街道
 
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⑦江北氷川神社・・・・・・・・・・鳩ヶ谷街道をチョイト歩くと左手に、旗立ち並び、お守り・キーホルダーなどグッズのメニューが貼られた賑やかな神社が見えてきた、江北氷川神社(足立区江北2)である。 神社の創建年代不詳であるが、沼田村の鎮守社であり、明治初年には村社に列格、明治時代の江北村成立に際しては江北村の総鎮守社であったそうだ。、、、、、拝殿前にも貼り紙だらけ、商魂たくましい神社だ、神様に商売繁盛の祈願すればいいのに?
 
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⑧熊之木圦・熊之木橋・・・・・・・・・・氷川神社の北側に「熊の木ひろば」(足立区江北2)という小さな公園がある。 その中に、平成25年(2013)に復元整備された熊之木圦(いり)と、熊之木橋がある。、、、、圦(いり)とは、水の出入りを調節する水門のこと。 煉瓦造りの熊之木(地名)の圦は戦後埋められてしまったが、掘り起し復元した。、、、、、アーチ型の石橋である熊之木橋も、一度解体して40m南の現在地に復元したそうだ。、、、、、歴史的価値ある遺構も、チョイと水が汚く、水溜まりのごとし。
 
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⑨江北の下町・・・・・・・・・・鳩ヶ谷街道から裏道に入ると、コレマタ「足立の下町」という光景が残っていた。 ついつい、私好みの裏道と足を踏み入れ、またも迷走(歩)してしまった。
 
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江北駅 ・・・・・・・・・・日暮里・舎人ライナーの江北駅に到着。
 
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2018年2月 5日 (月)

谷塚~舎人

東武伊勢崎線谷塚駅から、日暮里・舎人ライナー舎人駅まで、相変わらずの寒さの中、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
①谷塚駅~谷塚橋・・・・・・・・・・今日の散歩ルートで、谷塚駅から埼玉と東京の境「谷塚橋」までは昨年秋に歩いた道とほぼ同じである。
 
・・・・・・・・・・・・・・今日も浅草橋駅(我が家の最寄り駅)で、行先も定まらず地下鉄に乗り、何処で降りようか迷いながら谷塚駅まで来てしまった。 改札を出ても目的地が無いので、とりあえず西に向かって歩くことにした。
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・・・・・・・・・・・・・・駅前で草加市のコミュニティバスにすれちがう。 はでなラッピングデザインのバスで、一見、『なんじゃこりゃ!』、、、、、愛称:『パリポリくん』はもちろん名物:草加煎餅に由来する。 草加市内を2ルートで走り、運賃は最大300円(チョイト高いね)。
 
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・・・・・・・・・・・・・・真言宗豊山派の寶持院にお立ち寄り。 この寺は明治6年(1873)に本堂を仮校舎として開校した、谷塚小学校の発祥の地である。 (現本堂は平成4年11月に再建)
 
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・・・・・・・・・・・・・寶持院の南、草加バイパスが伊勢崎線をオーバークロスする付近に鎮座する谷塚氷川神社。 神社の創建年代は不詳だが、正保から元禄の間で、分村の際に上谷塚から氷川社を鎮守として譲り受けたらしい。 社殿は天保年間(1831~1845)に建てられた流れ造りの建物である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・谷塚仲町を流れる用水路のような川幅の狭い辰井川。 そこに、昭和60年(1985)に完成した、擬宝珠と朱塗りの高欄が特徴的な氷川橋が架かっている。 見てビックリ、聞いて更にビックリ、氷川橋は「草加八景」に選ばれた「辰井川十橋」の一つと言うことだ。 「草加八景」て、あるんだ! しかも観光名所にもならない「辰井川十橋」とは、驚いた!、、、、、なお、橋の際に小さな鳥居に小さな社の氷川神社がある。
 
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・・・・・・・・・・・・氷川橋の西詰に、曹洞宗の常福寺がある。 常福寺は天正7年(1579)に創建。、、、、チョイと、くたびれた佇まいの寺。
 
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・・・・・・・・・・・・・谷塚橋は毛長川に架かり、橋上には尾竹橋通りが通る。 谷塚橋の北側に、埼玉と東京の都県境があり、橋そのものは東京都側にある。 
 
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②谷塚橋~舎人駅・・・・・・・・・・谷塚橋を渡り東京都足立区東伊興の町に入る。 東伊興は「寺町」と呼ばれ、多くの寺が並んでいる。 今日は寺の前を素通りし、日暮里・舎人ライナーの通る尾久橋通りを目指し歩く。
 
・・・・・・・・・・・・・寺町を抜けたあたりに伊興遺跡公園(東伊興4)がある。、、、、ここ伊興遺跡は、神をまつり、豊かな暮らしを祈った様子のわかる出土品が多く発見された遺跡。 芝生の園内には、竪穴式住居が復元され、中でリアルな古代人が食事の準備中。 また、2階建ての展示館には出土した土器などが展示されている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・伊興遺跡公園の前には淵の宮氷川神社がある。 神社の創建年代は不詳であるが、足立区内では最古の氷川神社。 この神社は伊興・竹塚・保木間の三村の鎮守となり、明治5年(1872)からは伊興村の村社となった。
 
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・・・・・・・・・・・・・東伊興・古千谷本町の町を抜けて舎人駅に向かう。 この辺り、歩道の脇には水が流れ、新しい住宅も多い町である。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・またまた“氷川神社”があった。 今日の散歩で4社目かな? その名は「古千谷氷川神社」。 名のごとく、足立区古千谷にある氷川神社。 創建年代不詳。 古千谷開村以来の創建で、鎮守社であった。 
 
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・・・・・・・・・・・・・日暮里・舎人ライナーの舎人駅に着いた。 平成20年(2008)3月30日開業。、、、、、私がこの駅を利用するのは、今日が初めてである。 舎人駅は終点:見沼代親水公園駅の一つ手前の駅で、舎人公園の最寄り駅はさらに手前に舎人公園駅があるので、これまで利用することが無かったようだ。 開業後、10年目で初利用!
 
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2018年1月12日 (金)

浅草橋~扇大橋

全国的に寒い一日。 私の住む台東区の気温は9時に2.7℃、12時で5.7℃。 今朝のNHKお天気お姉さんは、5カイロ推奨していた。 とにかく寒い。、、、、今日の散歩は、70歳を過ぎた若い身体で北風の中を歩いてきた。 我が家(浅草橋)から北へ向かい、入谷でチョイト西に折れ、尾久橋通りを直進し隅田川、荒川を越え、足立区の日暮里舎人ライナー扇大橋駅まで、1万5千歩、10kmの散歩です。
 
 
 
●a.m.7:40・・・・・・・・・・我が母校:旧台東区立柳北小学校前をスタートする。、、、、柳北(りゅうほく)小学校は、明治9年(1876)に第五中学区第十四番公立小学柳北女学校として設立され、明治41年(1908)には柳北尋常小学校と改称した。 関東大震災では校舎は焼けたが、その後いち早く大正15年(1926)に、浅草橋駅北側に復興小学校として建替えられた。 戦後は私も入学し、学校も多くの児童で教室が不足するほどであった。 しかし、平成13年(2001)に100年以上の歴史に幕をおろし閉校した。 現在は、建て替え中の蔵前小学校の仮校舎として使用されている。
 
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・・・・・・・・・・・・・小学校前の通称:左衛門橋通り には、浅草消防署浅草橋出張所があり、昨年11月に私が、その一週間後に我が母がお世話になった救急車が待機している。 頼りになるありがたい消防署。 ただしこれ以上、救急車・消防車のお世話にはなりたくないものだ。
 
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●a.m.7:50・・・・・・・・・・蔵前橋通りを横断。 蔵前小学校の児童が、元気に登校してくる。 早やいな、始業時間は何時だ?
 
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●a.m.8:05・・・・・・・・・・蔵前橋通り、春日通りを越えて左衛門橋通りを北へ、元浅草1丁目に入る。 アレ?郵便ポストの向きがおかしくないか? 普通、車道に背を向けて設置されているはずだが。 ポストの埋め込み部分のコンクリートが新しく、まだ設置されて間もないようだ。 向きを間違えたのか、設置基準みたいなものが変更されたのか? どちらにしても違和感があるね。 
 
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●a.m.8:15・・・・・・・・・・浅草通りを越えて、東上野の坂東法恩寺前を通過。
 
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●a.m.8:35・・・・・・・・・・中入谷交差点を左折し、言問通りに入り地下鉄日比谷線入谷駅前を通過。
 
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●a.m.8:40・・・・・・・・・・入谷交差点近く、鬼子母神の隣りに、大正15年(1926)に完成した復興小学校:旧入谷尋常小学校(旧坂本小学校)がある。
 
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●a.m.8:50・・・・・・・・・・根岸3丁目の言問通りから、裏道の奥に明治期の外務大臣であった陸奥宗光旧別邸が見える。 陸奥宗光は明治20年頃に三井家からこの洋館を献上された。 現在は個人の住宅として利用されている。
 
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●a.m.8:52・・・・・・・・・・JR鶯谷駅前で言問通りから尾久橋通りに入る。
 
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●a.m.8:55・・・・・・・・・・荒川区東日暮里の一角に建つ建物。 2階建て?3階建て? 3階部分には外壁と窓枠はある、だが、窓にはガラスが入っていない、3階の天井も無い、窓を通して隣りの建物の外壁も見える。、、、、、不思議な建物だ! 
 
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●a.m.9:05・・・・・・・・・・我が家を出て1時間25分経過。 日暮里駅前を通過する。 寒いが、快調である。 これより日暮里舎人ライナーが上空を走る尾久橋通りを歩く。
 
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●a.m.9:10~9:30・・・・・・・・・・日暮里舎人ライナーは、西日暮里駅を挟み、常磐線京成本線常磐貨物線の線路を跨いで進む。、、、、、線路好きの私には嬉しい散歩道。
 
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●a.m.9:35・・・・・・・・・・尾久橋通りが明治通りと交差する田端新町一丁目交差点通過。
 
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●a.m.9:40・・・・・・・・・・赤土小学校前駅を通過。、、、、“〇〇小学校前”という駅名は、バス停などには多いが、鉄道の駅としては珍しいね。 JRの駅であるかな?(私には思い出せない)
 
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●a.m.9:50・・・・・・・・・・熊野前駅を通過。 都電荒川線への乗換駅。
 
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●a.m.10:05・・・・・・・・・・尾久橋で隅田川を越え足立区に入る。 橋を渡ると足立小台駅が待っている。
 
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●a.m.10:10・・・・・・・・・・尾久橋に続き、扇大橋を渡り荒川を越える。
 
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・・・・・・・・・・・・・橋上から振り返ると、富士山が見えた! 富士山が見ると、なぜか嬉しくなるのが日本人。 私は典型的な日本人かも?
 
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・・・・・・・・・・・・・・長い扇大橋を渡り終えたのは、a.m.10:20。
 
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●a.m.10:30・・・・・・・・・・寒さは和らいだがチョイと疲れたので、今日の散歩はココまでとして、扇大橋駅から帰宅することにした。
 
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2017年12月28日 (木)

中川(常磐線中川橋梁~飯塚橋)

三日前の散歩の続きで、金町駅から中川に架かる常磐線中川橋梁と飯塚橋を巡り、亀有駅まで歩いてきた。 1万2千歩。
 
 
 
京成金町駅 ・・・・・・・・・・・・「金町」までは、我が家のある浅草橋からは、浅草橋→(都営浅草線)→押上→(京成)→京成金町のルートで、約30分、190円(都営線内は敬老パスを使用)と、JRを西日暮里経由で利用するより安く、早く行ける。 便利なもんだ!
 
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②常磐線中川橋梁・・・・・・・・・・・・亀有~金町間で、中川に架かる常磐線の鉄道橋。 JR常磐線と千代田線が並走する。

・・・・・・・・・・・・・金町駅から常磐線沿いに歩き、新金貨物線の新宿道踏切を渡り、中川の堤防に向かう。
 
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・・・・・・・・・・・・・・中川の堤防に出ると、左手に先日渡った中川橋 が、右手に常磐線中川橋梁が見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・・下流側にJR常磐線、上流側に千代田線が走る。 昭和45年(1970)頃の竣工。
 
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③中川堤防を歩く・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・誰も歩いていないチョイ寒の堤防を歩く。  誰もいない青空の下の散歩は爽快である! 
 
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・・・・・・・・・・・・・中川を下る船とすれ違う。 70歳を過ぎると、船を見て手を振るのは恥ずかしい。
 
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・・・・・・・・・・・・・アッ! 対岸のビルの谷間に富士山が見える! (写真中央)
 
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④中川水管橋・・・・・・・・・・・常磐線中川橋梁の上流、足立区中川と葛飾区南水元を結び、工業用水を通す、東京都水道局が管理する橋。 昭和46年(1971)に完成した。、、、、、両岸の端部では、水道管が地中にもぐり込んでいる。
 
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⑤富士j神社・・・・・・・・・川に沿い歩いていると堤防下にまだ木肌の新しい神社が見えた。 葛飾区南水元にある富士神社(飯塚富士)である。 神社は、木花咲耶姫命を祭神として、正慶元年壬申(1332)6月創建といわれ、江戸時代には旧飯塚村の鎮守だった。、、、、富士塚は拝殿の裏にある浅間山の上に、さ らに盛土をして築かれ、まるで古墳である。、、、、、さて、拝殿に向かい賽銭を投げてから、しめ縄・鈴の緒を見てビックリ、触ってガックリ、鳴らしてガッカリ、、、、ナント、しめ縄・鈴の緒はビニール紐で作られている。 しめ縄の藁の渋い色が出ていない、テカテカである。 鈴の緒をつかむと、フニャフニャ、紐の重量感・手ごたえがない。 せっかく社殿を新築したのだから、しめ縄・鈴の緒も本物を付けて欲しかった。 ご利益、期待できそうにないかもね!
 
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⑥鹿浜線中川水管橋 ・・・・・・・・・・・・中川水管橋の上流側にもう一つ水管橋がある。 こちらは飲料水が流れているようだ。 こちらも、川を越えると水道管は地中にもぐる。
 
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⑦飯塚橋・・・・・・・・・・・・東岸の葛飾区南水元と西岸の足立区大谷田・中川を結ぶ飯塚橋。 昭和30年代に架けられた旧飯塚橋は老朽化により取り壊され、平成6年(1994)に現在の長さ303.0m、幅員20.2mの鋼箱桁橋が開通した。、、、、、この飯塚橋は足立区と葛飾区を結ぶ唯一の車・人道橋である。 この橋の先には、約3.0km上流の埼玉県八潮市の潮止橋 まで橋はない。
 
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・・・・・・・・・・・・・飯塚橋から上流を眺めるが、八潮市の潮止橋は見えない。
 
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⑧中川氷川神社・・・・・・・・・・・飯塚橋を渡り、足立区に入る。 これより中川沿いに歩いて亀有駅に向かう。 さて、足立区中川では氷川神社にお立ち寄り。、、、、、、素盞嗚尊を祭神とする古社。 手水石、狛犬などの年代には古いものが多い。
 
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⑨亀有駅・・・・・・・・・・北口に到着。
 
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2017年12月20日 (水)

西新井

早朝の西新井大師に参り、その足でグル~~リと西新井駅の北側(竹ノ塚駅との中間地点ぐらいまで)を歩き西新井駅まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
東武大師線 ・・・・・・・・・・西新井駅から隣の大師前駅まで、路線距離1.0kmの盲腸線。
 
・・・・・・・・・・・東武伊勢崎線で浅草から向かうと、西新井駅で大師線に乗り換えである。 ホームに降り立つと、向かいの1番線ホームに昭和30年代のリバイバルカラーの大師線が到着している。、、、、、この電車に乗ろう、急げ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・・大師前駅に到着するや、スグに折り返し西新井行となる。
 
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②西新井大師・・・・・・・・・・只今、時刻は8時半。 まだ、参詣客は少ないだろうと大師(総持寺)に向かう。
 
・・・・・・・・・・・・・参道はまだ開いていない店が多い。 開いているのは、店主がお年寄りの店のだけ。
 
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・・・・・・・・・・・・・来年秋まで山門は保存修理中。 工事の為、狭くなった山門をくぐると、本堂が見える。、、、、、境内の、あちら、こちら、どちら、そちらで、初詣の準備中。 工事関係者が車でやって来る。 コリャ、ゆっくり境内を見ることも難しそうだ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・まずは御本尊に手を合わせ、境内の三匝堂、不動堂などをまわり、本堂裏から境内を出た。
 
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③栗原立体交差・・・・・・・・・かつて、西新井大師の北東に位置する足立区栗原地区は、地区の中央を南北に走る東武伊勢崎線により東西の交通が遮断され、栗原1丁目・2丁目は線路の東側に、栗原3丁目・4丁目は西側に分断されていた。、、、、、足立区では昭和60年(1985)から平成3年(1991)にかけ、総延長380m、トンネル部160m、総工費36億円で東武伊勢崎線と並行する尾竹橋通りの下を抜けるトンネルを造り、東西をつないだ。 これが栗原立体交差である。、、、、、約30年前に造られた立体交差は交通量も増え、栗原地区の東西一体化に貢献したようだ。 
 
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・・・・・・・・・・・・・立体交差で東武伊勢崎線の東側(足立区栗原2)に出ると、UR栗原団地が広がっている。、、、、、昭和40年代に建てられた20数棟からなる団地。 広い敷地にゆったりと建てられている団地で、生活もしやすそうだ。 
 
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④栗原氷川神社・・・・・・・・・栗原2丁目に鎮座する栗原氷川神社。 創建年代は不詳だが、天正2年(1574)に再建され、栗原村の鎮守社であったと言われている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・社殿の前にはクロマツの大木が数本、堂々と天に伸びている。 おみごと!
 
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⑤旧奥州街道・・・・・・・・・・江戸五街道の一つ「奥州街道」(日本橋から宇都宮までは日光街道と共用) その奥州街道の旧道を標す石碑が足立区島根にある。、、、、、、写真:右端の屋敷前に建てられている。 そこには、屋敷前の細い道が古代からの奥州街道であると標されている。
 
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・・・・・・・・・・・・『石碑は新しそうだ、この道がホントに奥州街道?』と疑問が頭をかすめる。 すると、ちょうど屋敷の御主人らしき方が出てきたので話を伺うと、、、、、碑を建てたのは御主人のお父さまで、代々この地に住む方だ。 江戸時代以前から屋敷前の道は、近くの栗原氷川神社から続く奥州街道と言われているとのこと。 古文書もあるそうだ。 ホントの話であった。
 
 
⑥島根古蹟庚申塔・・・・・・・・・・島根4丁目の公園の一端にある小祠に庚申塔が祀られていた。 宝永時代(約290年前)に建立された庚申塔で、厄除を願い村人の安全を祈ったものらしい。
 
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鷲神社 ・・・・・・・・・・島根の入り組んだ道を歩いていたら、今年の8月に来た鷲神社(わしじんじゃ)に出た。 地元に密着した神社のようだ。、、、、、美しいフォームの神社。
 
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西新井駅 ・・・・・・・・・・・今日は東口に到着。 ここから帰宅する。
 
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2017年12月11日 (月)

サルを追って

今年10月頃から神奈川県の平塚市・横浜市などで出没したサルは、多摩川を越え大田区・港区・新宿区に現れ、昨日はさらに北上し足立区新田付近を荒らしていたそうだ。 朝のニュースで知り、『ヨシ、今日はサルを見つけに、足立区新田から荒川を渡り対岸の足立区鹿浜付近を散歩してみよう!』、、、、、王子駅から新田までは都バスで行き、帰りは日暮里舎人ライナーに西新井大師西駅から乗車した。 1万歩の散歩です。
 
 
 
●足立区新田・・・・・・・・・足立区の大半は荒川の北側に広がっているが、北千住地区と新田地区は、それぞれ独立して荒川と隅田川に挟まれ中洲状に位置している。 新田地区はJR東十条駅の北東にあたり、隅田川は新豊橋新田橋新神谷橋 のいずれかで越えることになる。 荒川を挟み対岸は足立区鹿浜地区である。 荒川を越える橋は一本:鹿浜橋だけである。 隅田川に架かる3本の橋はいずれも北区とつながっており、足立区とつながる橋は鹿浜橋だけ。 新田地区は北区に編入した方が判りやすいかも。 また、新田地区には電車は走っておらず、公共交通機関はバスのみ。、、、、“新田”の名が示す如く、江戸時代に開発された村。、、、、サルはいずれの橋を渡って新田地区に入ったのか? また、北上するサルは鹿浜橋で荒川を越え、すでに鹿浜地区に潜伏しているかも?
 
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①区営新田二丁目アパート・・・・・・・・一見して、サルが隠れていそうなアパートだ!、、、、2棟38戸の区営住宅であった。 足立区では建物老朽化により建て替えを計画しているそうだ。、、、、一周してみたがサルはいなかった。
 
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②新田稲荷神社・・・・・・・・・・・サルが狐に化けているかも?、、、、、新田一丁目にある神社で創建は元禄10年(1697)。 社殿は戦災により焼失し、現社殿は昭和22年(1947)の再建である。、、、、境内にある、「宝暦六年丙子四月」(1756)の彫の庚申塔に三猿がいるが、逃亡中のサルはここにもいないようだ。
 
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③新田一丁目アパート・・・・・・・・・・サルが鹿浜橋から北上するなら、必ず通るであろう鹿浜橋西詰に建つ都営住宅。、、、、、昭和42年(1967)から昭和43年(1968)にかけて建てられた、568戸(12棟)の団地である。 老朽化したため、まず3割程の面積を占める5棟の取り壊しが始まった。、、、、、サルがここに逃げていれば、工事の邪魔になるので、追い払われるぞ!
 
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④鹿浜橋・・・・・・・・・・・・サルめ、幅の広い大河:荒川を渡ったか? もし、渡っていれば、目指すは日光猿軍団か? 姿は見えず、サルはいずこに?
 
・・・・・・・・・・・・・泳いで渡るには、水のつめたい荒川
 
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・・・・・・・・・・・・・高圧線は高そうで、高所恐怖症のサルなら無理だ!
 
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・・・・・・・・・・・・・ここは、やっぱり橋を利用して渡るのが一番安全!、、、、、長さ 451.3mの鹿浜橋は荒川に架かる環状七号線の橋。 南岸の足立区新田一・二丁目と北岸の同区鹿浜一・二丁目をつなぐ橋として、昭和40年(1965)2月12日に開通した。
 
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・・・・・・・・・・・・・・南岸(足立区新田)から対岸(北岸、足立区鹿浜)を眺める
 
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⑤鹿浜虫切り・小宮鍼灸院・・・・・・・・・・・・“かんの虫”と言う言葉、年配の人は聞いたはず。 “かんの虫”がいるため、赤ちゃんの癇癪が強くなると信じられ、その昔から色々なおまじない、お祓いが行われてきた。 夜泣き、食が細い、すぐ癇癪を起しキーキーいう、引きつけるなど、赤ちゃんの特技であるが、お母さんにとってはイライラの元、はては困って小児科へ駆け込んでいます。 その“かんの虫”を抑える療法が“虫切り”である。 具体的には、赤ちゃんの要所、急所にあるツボを軽く刺激して、心身を安定させる技である。、、、、サルがキーキー言うのは“かんの虫”とは無関係。
 
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⑥江北公園・・・・・・・・・・サルの好きそうな公園があった。 木の枝を見上げ、サルを探すが見つからず。
 
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⑦環七通り・・・・・・・・・どうやらサルはこの辺りに出没していないようだ。 サルとの御対面はあきらめた! サルものは追わず。、、、、、、環七通りを歩き日暮里舎人ライナーの西新井大師西駅へ向かう。
 
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西新井大師西駅 ・・・・・・・・・・日暮里・舎人ライナーの開通と同時、平成20年(2008)に開業した。
 
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●・・・・・・・・・・・・・このブログを書き終える頃ニュースで、逃亡中のサルは今日(11日)足立区・荒川区に出没したとのこと。、、、、ア・レ・レ、、、、、ということは、再び隅田川を越え、今度は南下してきたのか。 ひょっとしたら、私の住む台東区に入り、上野動物園のサル山に向かうかも、、、、、??? 乞う、ご期待。

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