江戸川区

2017年9月22日 (金)

浅草橋~平井

今朝のNHK天気予報で、東京の天気は、午前中は曇り、正午からは小雨、夜は雨と受け止めた。 午前中は天気ももちそうなので、我が家から総武線沿いに歩いてみることにした。 浅草橋の我が家から平井駅まで、1万4千歩の散歩です。
 
 
①浅草橋を発つ・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・高架ホーム下の店舗、駅前の飲食店、どこも、まだ閉まっている。、、、、、高級ブランドの店、三つ星レストランなんてない。 あるのはビーズ屋さん、安売り雑貨屋さん、超B級飲食店ばかり。
 
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・・・・・・・・・・・・・・朝8時、そろそろ駅から職場に向かう人も出てきた。
 
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②両国橋を渡る・・・・・・・・・・“雨降る天気”は嘘のような“爽やかな晴れ”。 
 
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③両国駅付近を通過・・・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・・今日は回向院 には立ち寄らず素通り。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・・両国駅の南側、京葉道路に面した両国3丁目22番は芥川龍之介が18歳まで育った処。 芥川は回向院の隣にあった小学校に通ったそうだ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・江戸東京博物館前から北斎通りに入る。
 
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北斎通りを行く ・・・・・・・・・・・・江戸東京博物館前から錦糸公園の先の錦糸橋(横十間川)までの通りを言う。 江戸東京博物館前から横川までは、かつての本所南割下水(ほんじょみなみわりげすい)と呼ばれた、道路の真ん中を掘り割った下水路であった。 割下水は昭和初期に暗渠化され、平成の世になり歩道などが整備され、平成6年(1994)から「北斎通り」と称した。
 
・・・・・・・・・・・・・・・すみだ北斎美術館(墨田区亀沢2)の敷地は、江戸時代に弘前藩津軽家の大名屋敷あった。 この近くには葛飾北斎が住んでいた、つまり北斎の地元にできた美術館である。、、、、、、妹島和世建築設計事務所の設計、大林組+東武谷内田建設の施工による、RC造地上4階/地下1階建ての美術館。、、、、、大変残念なことだが、私はまだ入館したことが無いので、コメントなし。
 
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・・・・・・・・・・・・・・こちらも亀沢にある、日本相撲協会が直営の相撲神社で、「野見宿禰神社(のみのすくねじんじゃ)」。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・「北斎通り」、名前は粋で、江戸趣味を感じさせるが、通りには古い建物は残っておらず、またシャレた店舗が並んでいるわけでもない。 鋼管、パイプなどを扱う会社が多く、恋人同士の散歩にはチョイと不向きである。
 
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・・・・・・・・・・・・・・北斎通りは錦糸町駅手前で大横川親水公園と交差する。 東京スカイツリーの足下から、南に江東区木場方面に流れる大横川。 その一部を暗渠化し、整備されて親水公園となっている。
 
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・・・・・・・・・・・・・錦糸町駅の北側を再開発した「アルカタワーズ」。 3棟の超高層オフィスビルと、ホテル、シンフォニーホール、商業施設ビル、高層住宅などで構成されている。 前を貫く道路は北斎通り。、、、、、、サラリーマン時代、私のデスクも一時期このビルの中にあった。 今は懐かしいビル。
 
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・・・・・・・・・・・・・・津軽稲荷神社は、津軽藩下屋敷の屋敷神として祀られていた稲荷神を、明治43年(1910)に払い下げられ、錦糸町1丁目町会の守護神とした。
 
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・・・・・・・・・・・・・・錦糸町駅北口前をしたすら東に向かう。
 
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・・・・・・・・・・・・・・ 錦糸公園の奥に建つ「Olinas」の超高層ビル。 ここは、時計の旧精工舎の工場跡地である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・錦糸公園の東側に残る、旧病院建築。 現在は、昭和19年(1944)に病院跡に移転した阪上製作所の社屋となっている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・北斎通りは両国の江戸東京博物館前より東に真直ぐ伸びて、ここ横十間川に架かる錦糸橋までである。 これより江東区亀戸の町となる。
 
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⑤亀戸駅前を行く・・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・・亀戸駅前を通り抜け、我が足は東へ向かう。
 
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・・・・・・・・・・・・・・東武亀戸線 をチョイト見て、ついでに写真も撮って、先を急ぐ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・丸八通りを横切って、亀戸中央公園を抜けると、旧中川に出る。
 
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⑥旧中川を越えれば平井駅・・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・・旧中川は江東新橋 で越える。 超えると、そこは江戸川区平井の町。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・蔵前橋通りから、チョイとそれると平井駅 に出る。 駅前に着くと、ちょうど、ポッリと落ちてきたが、まだ傘は必要なさそうだ、帰ることにした。
 
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2017年8月12日 (土)

平井~八広

連日のスッキリしない天気、『今日も散歩はできず』と思いきや、午後には雨もやんだようだ。 3時過ぎに、チョックラ歩いてくることにした。 総武線平井駅から京成押上線八広駅まで、9千歩の散歩です。
 
 
 
平井駅 ・・・・・・・・・・明治32年(1899)4月28日、総武鉄道(私鉄)の駅として開業。 明治40年(1907)には、鉄道国有法により国有化された。 現在は、緩行電車だけが停車する1面2線の高架駅。、、、、、駅の開業は古いが、駅前には大規模商業施設もなく、集客力のあるものは何もない駅である。(私の住む、浅草橋に似ている) 総武本線に「平井」という駅があることも、一般に知られていないかも。
 
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②燈明寺・・・・・・・・・・平井駅から北に向かい、蔵前橋通りを越えると、新義真言宗の明雅山明王院燈明寺がある。 本尊は不動明王である。、、、、、山門を入り右側には、昭和19年(1944)に完成した、高さ14.4m、幅17.1m、奥行27mの本堂(金堂)がある。 只今、改修中らしく、足場が組まれ、シートで覆われていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・山門を入った正面に聖天堂が見える。 妻沼聖天、浅草待乳山聖天とならぶ関東三聖天の一つとして知られている。 現在の建物は昭和36年(1961)に改築された。、、、、、、この聖天堂も、本堂も、“0m地帯”にあることを意識してか? コンクリート造による人工地盤の上に建っている。
 
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③平井諏訪神社・・・・・・・・・・・・燈明寺の隣にある平井諏訪神社は、享保年間(1716~1736)に燈明寺の僧:恵祐法印が、自分の生まれた国である信州の諏訪大明神の神霊をここに祀ったのが始まりといわれている。 現社殿は昭和44年(1969)8月に、鉄筋コンクリート造で完成した。
 
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・・・・・・・・・・・・・社殿の右隣には、諏訪神社の旧本殿を利用した稲荷社がある。 天保14年(1843)の建物で、外部に施された龍・唐獅子などの彩色彫刻が江戸後期の神社建築の過飾的な特色をよく伝えている。、、、、、貴重な建物で、江戸川区の登録文化財に指定されているそうだ。 国宝ではないので、たいしたことないかも?(失礼)
 
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・・・・・・・・・・・・・・境内には、大正9年(1920)頃、旧下平井村の丸富講の人びとによって造られた「平井の富士塚」がある。 また、絵馬堂には丸富講が大正2年(1913)に奉納した図額もある。、、、、、「今上皇帝 御脳平癒 祈祷記念」と記されているが、“御脳平癒”とは? 頭が悪かったのか? IQが低い? さてさて?
 
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④下平井の観世音菩薩像浅草道石造道標・・・・・・・・・・諏訪神社の裏手に、享保19年(1734)の建立の石像がある。 この石像は道標を兼ねており、正面に観音菩薩立像が刻まれ、銘文には「秩父□□□あさくさ道」「享保十九甲寅」「是より佐(ひだり)ぎやうとく道」とある。 道標の元の位置は神社前の道路を挟んで向かい側にあったそうだ。、、、、、300年近く、この付近に立っていた石像、観音様の顔は判別できず。 美容整形で修復したら? 
 
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⑤平井橋・・・・・・・・・・燈明寺の西で、旧中川に架けられた平井橋を渡り、江戸川区から墨田区に入る。 橋は昭和55年(1980)の架橋。、、、、、、護岸は葦を植え自然景観に近く整備されている。 いいね!
 
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⑥北向地蔵尊・・・・・・・・・墨田区立花6丁目にある祠。 祠の中には、石が削られ餓死寸前の老人が骨と皮だけになったような、2体の石像がある。 石像の周囲には、墓碑が置かれ、どれも明暦、寛文、延宝など江戸時代の銘が刻まれている。
 
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⑦立花・八広の町・・・・・・・・・・・・立花5丁目・6丁目、八広2丁目・3丁目の裏道を歩く。

・・・・・・・・・・・・・・都営住宅「立花六丁目アパート」の裏を歩き、5丁目に入る。
 
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・・・・・・・・・・・・・・小さな工場が多い立花5丁目を歩く。
 
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・・・・・・・・・・・・・・八広の町は、吾輩の好きな、真直ぐな道がない迷路のような町。 
 
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⑧三輪里稲荷神社・・・・・・・・・・八広3丁目の裏道の奥にある神社。 慶長19年(1614)出羽国湯殿山の大日坊長が大畑村(八広、東墨田、立花の一部)の総鎮守として羽黒大神の分霊を勧請し三輪里稲荷大明神として鎮座した。 通称の「こんにゃく稲荷」と呼ばれ、初午の日に授与される「こんにゃくの護符」は、のどや風邪などの病に効くといわれている。、、、、、政界用語では“こんにゃく”は100万円の札束を言う。 森〇学園元園長のおばさんも好きで、某政党の幹事長のところに持って行ったが、突き返されたそうだ。 吾輩なら一つと言わず、二つでも、三つでも貰うのだが、万病に効きそうな“こんにゃく”だからね!
 
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⑨薬師道道標 ・・・・・・・・・・八広4丁目、「4丁目交番」横の植込みに道標がある。 表に「右やくしみち」、「左えどみち」とある。 木下川薬師 への道標で、高さ1m余のものだ。 伝承では、享保年間(1716~1735)に将軍吉宗の薬師参詣にあたって、村人に建てさせたものといわれている。、、、、、、将軍が迷子になるからかな?
 
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⑩八広駅・・・・・・・・・・・大正12年(1923)7月11日に、荒川駅として開業。 平成6年(1994)、八広駅に改称。、、、、、駅名の八広の町は、昭和40年(1965)の住居表示実施に伴い近隣8地区が合併して成立したため、「八」の字を採り、その字体から「末広がり」の縁起を担いで命名したそうだ。、、、、、なんかテキトウな命名だ!
 
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2017年7月10日 (月)

新川

江戸川区の中程、中川と旧江戸川を結ぶ運河であった新川(しんかわ)の東端から西端まで、全長約3kmを歩いてきた。、、、、、都営新宿線の一之江で下車し、東端の「新川東水門」へ行き、川沿いに歩き、西端の「新川排水機場」を見て、船堀駅から帰宅。 1万3千歩の散歩です。
 
・・・・・・・・・・・・・新川とは、、、、、、新宿線一之江駅と東西線葛西駅の中間地点辺りで、旧江戸川から分岐し、江戸川区を東西に横断し、新宿線船堀駅の西側で中川に注ぐ、江戸時代からの運河である。、、、、、最初は行徳塩田の塩を江戸に運ぶ水路として始まったが、寛永9年(1632)からは貨客船の「行徳船」が就航し、近郊の農村の野菜や成田参詣の客なども運ぶようになった。 その後、利根川を経由する航路が整備され、利根川流域の農作物、味噌・醤油などの加工品を、新川・小名木川を通って江戸に運ぶ、主要ルートとなった。 新川の水運は戦後まで続いたが、昭和50年代には、その役目も終え(1979)に新川は運河としては使用されなくなった。、、、、今では、川筋には1000本の桜並木を整備し、江戸時代の木橋や石積み護岸も再現し、両岸は遊歩道となっている。
 
 
①新川東水門・・・・・・・・・新川東水門は旧江戸川と新川の接続点に昭和40(1965)に設置された径間11m×2連のローラーゲート式水門。 旧江戸川の水位が大潮の満潮位を超えると閉鎖し、浸水を防ぐ役割を担っている。
 
・・・・・・・・・・・・・・旧江戸川が流れ下る、その右岸に新川東水門がある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・新川東水門内は船溜まりになっていて、わずか数十メートルで水路は行き止まり。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・船溜まりの奥には新川東樋門が設けられ、旧江戸川から取水して新川に放流している。
 
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②新川口橋・・・・・・・・・・・・・水門の隣に架かる新川口橋。 昭和45年(1970)に架けられ、橋の下は埋め戻され導水管が設置されている。、、、、、“橋”である必要性は無くなり、江戸川区の計画では、平成35年頃に撤去されようだ!(インターネットで知った極秘情報)
 
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・・・・・・・・・・・・・・旧江戸川の水は橋の下と隣の公園の下を導水管で抜け新川に放流されている。、、、、、、今日も暑い一日が始まり、公園には誰もいない! いるのは、暇で散歩をしている親爺だけ!
 
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・・・・・・・・・・・・・新川の東端、奥の小島の後ろに放流口がある。 川の中に島を配し、 親しみやすい川を演出している。
 
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・・・・・・・・・・・・新川口橋付近から、新川を見る。 水鳥も遊んでいる。
 
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③新川に架かる人道橋・・・・・・・・・・・新川には14本の橋が架けられているが、内7本は江戸情緒を感じさせるデザインの人道橋である。 東側から順に、人道橋全7本を“堂々一挙公開!”
 
・・・・・・・・・・・・・・宝橋、、、、、平成26年(2014)架設。
 
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・・・・・・・・・・・・・・花見橋、、、、、、平成23年(2011)架設。 一見すると橋に見えない、川の上に大きな広場が造られたようだ! その名が示すように、花見のシーズンは両側に咲く「新川千本桜」を見ながらの桟敷席となるのかも?
 
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・・・・・・・・・・・・・桜橋、、、、、、、新川のほぼ中間地点に架かる橋。 平成24年(2012)架設。 こちらも広場型の橋で、ゴザを敷いて100名の宴会も可能だ!
 
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・・・・・・・・・・・・・小江戸橋、、、、、、、平成19年(2007)架設。 この付近では、川にヨシを植え、川の浄化と小魚の生育を意図しているのか?
 
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・・・・・・・・・・・・・・忍者橋、、、、、、、唯一、黒塗りの橋。 平成11年(2009)架設。、、、、、ナント、ビックリ、ヤックリ、この橋の川底には巨大な駐車場があるのだ!(後述) 
 
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・・・・・・・・・・・・・・擬宝珠橋、、、、、、、平成11年(2009)架設。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・櫓橋、、、、、、、こちらも平成11年(2009)架設。 
 
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④新川大橋・・・・・・・・・・・花見橋の隣に架かり、都道318号環状七号線がとおる。 橋の下は直射日光を遮り、良き穴場のようだ。 多くの人が釣りを楽しんでいた。
 
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⑤新川橋・・・・・・・・・・・・新川に架かる橋の中では、最も古く大正5年(1916)に開通した。
 
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⑥三角橋・・・・・・・・・・・平成12年(2000)に開通した三角橋。 「三角」は、昔からの地名らしい。 現:新川橋のあたりには「三角渡し」もあったそうだ。
 
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⑦新川さくら館・・・・・・・・・・・桜橋の北側に、新川の歴史を後世に伝えるとともに、お休み処や広場などを活用し交流を図る、地域の活動拠点が用意されている。、、、、、、うだるようなこの暑さ、“かき氷”を求めてチョイと立ち寄った。 ありゃ、誰もいない、ダメだコリャ!
 
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⑧新渡橋・・・・・・・・・・・・小江戸橋と忍者橋の間に、平成12年(2000)に開通した新渡橋がある。
 
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⑨新川地下駐車場・・・・・・・・・・・・新川は東西の両端を水門で閉鎖し、東水門から導水して西水門から排水することで水位を低下させ一定に保つようになった。 新川に船の通行も無くなり、川は親水河川として整備されてきた。 そして、その整備の極めつけは、80億円をかけ川底に造った地下駐車場である。 川筋に合わせチョイト曲がっているが、約200台収容可能な都の駐車場である。 豊洲市場とは比べ物にならないが、こちらは、ずさんな計画によるガラガラの駐車場。 
 
・・・・・・・・・・・・・・川沿いの宇喜田町に出入口がある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・全長484mの駐車場に、出入口近く、数台が駐車している程度。 あとは???
 
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・・・・・・・・・・・・・・この川底に巨大な駐車場があることを知る人は少ないであろう。 ナイショにしておくか!
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⑩宇喜田橋・・・・・・・・・・・擬宝珠橋の東側に、昭和32年(1957)に開通した宇喜田橋がある。 橋上には船堀街道が通る。
 
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⑪西水門橋・・・・・・・・・・・・新川の西端、新川排水機場前に、西水門橋がある。 平成18年(2006)に完成した橋。 デザインは水門に合わせたのか、明治調の雰囲気を出しトラスを強調したデザインである。、、、、、橋の後ろの櫓は、新川整備の一環として、公園にモニュメントとして建てられた、高さ15m程の火の見やぐら。、、、、、橋名の「西水門」は、かつて、ここにも水門があったが、現在は排水機場に変わった。
 
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⑫新川排水機場・・・・・・・・・・新川の最後は、中川との合流点に建つ新川排水機場。 昭和43年度(1968)に竣工した、ポンプ口径:1600mmを1台、1200mmを2台で、毎秒12トンの排水能力を有する。
 
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2017年7月 6日 (木)

瑞江~一之江

都営新宿線瑞江駅から隣の一之江駅まで、寺社を巡り、1万歩の散歩です。
・・・・・・・・帰宅後調べてみたら、ほぼ同じルートを、2015/12/4に逆向きに歩いていた。 
 
 
 
瑞江駅 ・・・・・・・・・・・昭和61年(1986)9月14日、船堀~篠崎間開業に伴い開業。 島式ホーム1面2線の地下駅であるが、上下線の両外側、壁の向こうに通過線がそれぞれ1本ずつあるそうだ。、、、、、都民には火葬場のある駅として有名だ!
 
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②豊田神社・・・・・・・・・・・『豊田佐吉を祭神として祀り、レクサスを供える神社』と言いたいが、「トヨタ」とは縁もゆかりもない江戸川区東瑞江の神社。 創建年代不詳。 現在の豊田神社がある一円の地は下鎌田村と称していた。 下鎌田村には香取社、神明社、山王社があり、香取山神明寺長寿院が別当寺となっていた。 明治初年廃仏毀釈により香取山神明寺長寿院が廃寺となり、その跡地に神明社の社殿を遷座し、天照大御神・経津主命の2神を祭神とした。
 
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・・・・・・・・・・・・・・境内には「下鎌田の富士塚」として、大正5年に築造された標高3mの富士塚がある。、、、、、今の時代なら、シンデレラ城でも造れば氏子は増えるかもね。
 
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③泉福寺・・・・・・・・・豊田神社から南東方向に300m程歩くと、東瑞江2丁目、曲がりくねった道の奥に浄土宗の泉福寺がある。 創建年代不詳。 京都の知恩院を総本山とし、東京芝の増上寺を大本山とする寺。(なんじゃ!総本山と大本山?)、、、、、、明治15年(1882)、落雷により本堂・庫裡とも一瞬にして灰となり、同17年、茅葺きの本堂を再建し、平成16年(2004)に現在の本堂が竣工した。、、、、、静かな場所に、緑豊かに佇む、癒される寺。
 
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・・・・・・・・・・・・・・境内に、かわいらしいスイレンが咲いていた。、、、、、今年、我が家では5千円はたいてスイレン鉢を購入し、花は日本橋三越から買い、メダカも入れて、屋上で育てているが、今だ咲かない、頼むから咲いてくれ!
 
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④山王神社・・・・・・・・・・江戸川3丁目にある中社。 鳥居、狛犬、社殿、水盤などすべて新築。 鳥居の扁額には「日枝神社・三峯神社」と併記している。
 
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・・・・・・・・・・・・・・神社は鎌田川親水緑道の脇、住宅地の奥に鎮座する。 この付近は、緑道が整備されているからか、緑豊かで鎌倉の住宅街の裏道を思い出させるようだ。 (チョイと大袈裟に言ってしまった。)
 
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⑤明福寺・・・・・・・・・・篠崎街道に面する浄土宗の明福寺。 嘉禄2年(1226)親鸞聖人が常陸国から上洛の途中、この地の人々が昇天に苦しんでいたので、雨乞いをにより雨を降らせて村人を救った。 その時の草庵が寺の始まりらしい。、、、、、前回来た時と同様に、今日も附属幼稚園の見送りに、境内には若いママがウヨウヨ。 恐怖を感じた私は、“長居は無用!”  そそくさと境内をあとにする。
 
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⑥上今井八雲神社・・・・・・・・・・江戸川3丁目、篠崎街道に面し鎮座するのは上今井八雲神社。 神社の創建年代は不詳であるが、永禄7年(1564)に創建した香取神社(上今井香取神社)と並んで当地周辺で尊崇された。 昭和41年(1966)、上今井香取神社に合併された。、、、、、、神社の前は、対岸に行徳を見る旧江戸川が流れている。 昔は水路の神として、江戸川を航行する舟が安全を祈願した。
 
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⑦金蔵寺・・・・・・・・・・・浄土宗寺院の寶徳山寿松院金蔵寺。 金蔵寺は、応永22年(1415)頃が創建され、享徳3年(1455)頃に中興した。 現在の本堂は昭和11年(1936)に上棟した。 江戸時代は末寺として、数ヶ寺を擁するチョイト大きな寺であった。
 
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・・・・・・・・・・・・・金蔵寺から200m程離れた処に、名のない地蔵さんが祀られている。、、、、、お祀りしている近所の方に聞いたら、、、『お地蔵さんの立つこの場所に、昔、金蔵寺の本堂があり、住職の墓もあったそうだ。 そして、お地蔵さんの前の通りは現在の金蔵寺へつながり、ここに霊が通っていたそうだ。』 近所の方は、『古くからの人も減り、私が守らなければ・・・・』と言っていた。 (何か、判るような判らない話だ。 もうチョイと説明してもらわないと???)
 
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一之江駅 ・・・・・・・・・瑞江の方から来ると、駅手前で新中川に出る。 ここに架かる瑞江大橋を渡り駅に向かう。、、、、、、駅は昭和61年(1986)9月14日に開業した島式ホーム1面2線の地下駅。
 
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2017年5月31日 (水)

瑞江~小岩

都営新宿線の瑞江駅から、JR総武線の小岩駅まで、1万4千歩の散歩です。
 
 
①瑞江駅・・・・・・・・・・・昭和61年(1986)9月14日に、船堀~篠崎間の開通に伴い開業した瑞江駅(みずええき)。、、、、、、「瑞江」の地名は、大正時代に「瑞穂村」と「一之江村」が合併し、双方の地名から一文字づつ頂戴し誕生した。
 
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②大雲寺・・・・・・・・・・・駅から400m程西に向かうと、浄土宗の大雲寺がある。 大雲寺は、元和6年(1620)浅草森田町(現:蔵前)に創建、寛文8年(1668)に本所押上(現:業平公園東隣)へ移転し、昭和6年に現在地へ再移転した。、、、、広い境内には樹木が生い茂り、小鳥のさえずりも聞こえる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・大雲寺は、かつて押上にあったことから歌舞伎役者の墓所が多数安置されており、「役者寺」と呼ばれている。、、、、江戸時代から明治時代にいたる歌舞伎の名優41名の墓碑が並ぶ、ファン必見の役者寺。 市村羽左衛門(初~16代)、坂東彦三郎(3~6代)、瀬川菊之丞(初~6代)、松本幸四郎(4~6代)、中村勘三郎(初~13代)、尾上菊五郎(初・3・5・6代)など、、、、、私も名を読みながら巡ってみた。 知らない役者、名は聞いたが顔は判らない役者、なん代目と言われてもナンダイ! コリャダメだ歌舞伎の知識不足だ!
 
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③城立寺・・・・・・・・・・・役者寺から北上し、高速の京葉道路を横切ると、住所は江戸川区春江町となる。 日蓮宗の城立寺(じょうりゅうじ)の門前に出たので、チョイトお立ち寄り。、、、、、城立寺は、千葉県松戸市平賀にある本土寺の末寺で、開基は元和2年(1616)といわれている。 境内にある鬼子母神堂には、伝教大師の作と伝えられる鬼子母神像が祀られている。
 
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④鹿骨の町・・・・・・・・・・・・春江町から北へ、一般道の京葉道路を横切り鹿骨の町に入る。 「鹿骨」を“しかほね”・“しかぼね”と読むのはよそ者である、地元では“ししぼね”と読むのだ。
 
・・・・・・・・・・・・・主要道以外は交通量も少ない静かな道が続く。
 
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・・・・・・・・・・・・・・ビニールハウスがあちらにも、こちらにも、、、、、畑もある!
 
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・・・・・・・・・・・・・・鹿骨の町の南北を約1.3kmの長さで流れる鹿骨親水緑道、、、、、かつての農業用水路を整備し、平成7年(1995)に完成した緑道。 川幅は1m程の狭いものだが、水はきれいでゴミもない気持ち良い緑道である。、、、、、大きな鯉が泳いでいるのには感動した。
 
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・・・・・・・・・・・・・・鹿骨の発祥地:鹿見塚神社(ししみづかじんじゃ)、、、、、神社には、昭和44年頃までは塚山があった。 現在は、「鹿骨発祥の地 鹿見塚」の碑がある。、、、、、伝説として、、、、、昔、常陸国の鹿島大神が大和国奈良の春日へお移りになる時、途中この地を通られ、大神の杖となっていた神鹿が病気でたおれてしまった、里人はこれをていねいに葬ってこの地に祀った。 その塚が鹿見塚ということだ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・鹿骨鹿島神社、、、、、、鹿骨村の鎮守で、明治維新までは五社神明社とか五社神社と呼ばれていた。 これは、この村の草分けであった石井長勝、田島、牧野、中代、別系の石井姓の五氏が村に住みついた時にそれぞれが奉祀していた氏神を合祀したことから名づけられたといわれている。、、、、、本殿は明治14年(1881)、拝殿は大正8年(1919)の造営。
 
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⑤南小岩の町・・・・・・・・・鹿骨を抜けると南小岩の町に入る。 小岩駅まではまもなくだ!
 
・・・・・・・・・・・・・・中曽根天祖神社、、、、、、南小岩4にある天祖神社。 天保年間(1830~1844)に改修した記録が残っていることから、江戸時代末期には既に祀られていたようだ。、、、、、、元総理を祀っているわけではない。 間違えないように!、、、、、境内は広いが、賽銭の実入りが少ないのか? 社殿は荒れてきたね。
 
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・・・・・・・・・・・・・・やっと、小岩駅前の商店街「フラワーロード」の入り口が見えた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・や・や! なんだ、一目見ると“シャッター商店街”になっている! 営業している店もあるが、商店街は急に寂れたのか? 心配しながら歩いていると、水曜日は定休日とわかり、一安心。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・正面に小岩駅が見えた。 1万4千歩の散歩もやっと終わった。 汗がダラダラ、下着はベトベト。 急ぎ帰ることとした。
 
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2017年4月14日 (金)

江戸川~小岩

日ごとに暖かくなり散歩日和が続く。 今日も、家を出たものの行く先定まらず、とりあえず地下鉄浅草橋駅で到着していた電車に飛び乗った。 電車の中、どこで降りるか思案橋。 隣に座った“お姉ちゃん”に気をとられ、気づけば終点青砥。 青砥駅から歩くのは飽きたので、違う駅で下車しようと、後続の普通電車に乗り継ぎ江戸川駅で下車した。 江戸川駅から、江戸川土手沿いに歩いた。、、、、、、この寺、以前来た! この神社も! このコンビニではお茶を買ったぞ! 道を変えよう! あ!ここも前に歩いた!、、、、、ということで、結局一昨年の2月1日に歩いたルートを再び歩いてきた。、、、、、違うのは散歩の終点が、京成小岩駅ではなく、JR小岩駅である。 1万3千歩の歩きです。
 
 
 
●・・・・・・・・・・・歴史は古く大正元年(1912)に開業した江戸川駅で下車。 ここで下車する、通勤客はいない! 学生もいない! 乗車する人はパラパラ! 
 
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●・・・・・・・・・・・・昭和54年(1979)に架け替えられた、橋長433.2mの江戸川に架かる京成電鉄江戸川橋梁。 対岸は千葉県市川市。
 
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●・・・・・・・・・・・・江戸川の河川敷に広がる小岩菖蒲園。 菖蒲の季節には、50,000本の花が咲き誇る。 まだまだ時期は早く、やっと緑に色づいてきた。、、、、、まだ訪れる人は、地元の人だけ。
 
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●・・・・・・・・・・・・一寸八分の観音像を祀る光ヶ嶽観音堂(江戸川区北小岩4)。 観音様は、里見義豊(戦国時代の武将)、義俊(平安末期の武将)の守り本尊だったそうだ。
 
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●・・・・・・・・・・・・・門前に青面金剛と馬頭観音を祀る真光院(しんこういん、北小岩4)、、、、、ちなみに、私の守り本尊はキャッシュカードである。 現世では、お金がないと生きていけない!
 
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●・・・・・・・・・・・権現造りの古社は小岩田天祖神社。 現社殿は文政10年(1827)に再建された。
 
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●・・・・・・・・・・・・再び、江戸川の土手に上がってみた。、、、、、対岸は市川市国府台の里見公園 。 緑の中に薄いピンクの桜が見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・チョイと春の日射しを受け上流側に歩くと、松戸市栗山の給水塔 が見える。、、、、、北総線の江戸川橋梁も見える。
 
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●・・・・・・・・・・・・・チベットとはどのような関係だか知らないが、寺宝としてチベット語の経典が多数ある真言宗豊山派正真寺。(北小岩7)、、、、、寺の駐車場の桜も見事に満開。
 
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●・・・・・・・・・・・・癌封じを売りとする江戸川不動尊唐泉寺(北小岩7)。、、、、、私には、癌封じだけでは足りず、呆け封じ、虫封じ、口封じ、いろいろ封じて、最後は息封じで極楽浄土。
 
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●・・・・・・・・・・・江戸川区北小岩に出っ張るように葛飾区鎌倉8丁目が接している。 ここに千代田通り商店街がある。 昔からの商店街ではなく、おそらく昭和の時代に作られた商店街のようだ。、、、、狭い通りだが賑わいがあるね。
 
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●・・・・・・・・・・・・商店街を横切り西に向かうと柴又街道に出た。 出たところに、寛永3年(1626)の創建と言われている大珠院がある。(葛飾区鎌倉4)、、、、、来てビックリ、見てビックリ、以前は貧乏寺のような造りの寺であったが、『Before/After』を見ているように、近代的な寺に変わっていた。、、、、私の賽銭で建て替えたのか?(失礼!)
 
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●・・・・・・・・・・・・これより柴又街道を、ひたすら歩きJR小岩駅へ向かう。
 
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2017年3月29日 (水)

一之江~葛西

都営新宿線の一之江駅から、新中川と旧江戸川の合流点を見て、地下鉄東西線の葛西駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
一之江駅 ・・・・・・・・・・都営新宿線の一之江(いちのえ)駅は昭和61年(1986)9月14日に開業した島式ホーム1面2線の地下駅。 駅は東京都が出資する第三セクター:(株)東京交通会館が所有する4階建ての駅ビルの地下にある。、、、、、駅前のバス停は、10番乗り場まであり、都バスを主体に江戸川区内四方八方に路線がひかれている。 地理的に見ると江戸川区の中心だ。
 
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②新今井橋・・・・・・・・・・・・・・新今井橋は、新中川 に架かる橋のひとつで、東西両岸とも江戸川区西瑞江四丁目である。 橋上には都道50号東京市川線(新大橋通り)を通す。 東岸の先にて、都道は今井橋で旧江戸川を越え千葉県市川市に入る。、、、、、橋は、3径間連続鋼鈑桁橋、橋長121.5m、開通は平成9年(1997)11月23日である。
 
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③今井水門・・・・・・・・・・水門は新中川が旧江戸川に合流する地点に、昭和37年(1962)に設置された防潮水門である。 江戸川区・葛飾区・足立区の低地帯を高潮や津波の侵入から守るため、有効幅員14.5m、高さ9.46mのゲートを7連備えている。 都内では最大級の水門である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・只今、総工事費13億3千万円投入し耐震補強工事を進めている。 これで、想定する最大級の地震が発生しても津波・浸水を防ぐことができるそうだ。 ホントかいな?
 
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④瑞穂大橋・・・・・・・・・・・平成18年(2006)に着工し、平成23年(2011)1月29日に完成した、長さ163.3mの3径間連続鋼床版桁橋。 両岸の道路線形に合わせ、橋上中央で緩やかな「くの字」にカーブした形の橋である。
 
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⑤新中川と旧江戸川の合流点・・・・・・・・・・・・写真右から流れ下る旧江戸川、左から新中川が合流する。 右側(対岸)は千葉県市川市。 (江戸川区江戸川5丁目付近から撮影)
 
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⑥江戸川区江戸川の演出?・・・・・・・・・・・江戸川で見た洗濯物。 住宅の表通り側に干された洗濯物。、、、、、、ヨーロッパの裏通りでは向かい側の建物との間にロープを張り洗濯物を干している写真を時たま見ることがある。 江戸川では、壁にぶら下げるようだ! よく見ると、1階にも物干し竿がある、こちらの御宅は前を歩く人に“見て楽しい洗濯物”を演出しているのかも? 女性物はどのように干すのか、知りたいね! 
 
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⑦古川親水公園・・・・・・・・・・・・江戸川6丁目の町中を清流が流れる親水公園。 古川は江戸時代からの水運に使用された水路であったがその役目は終わり、昭和45年(1970)頃までには悪臭が漂ういわゆるドブ川となっていた。 江戸川区は、周辺の下水道の整備を進めると共に、川を埋め立てる予定であったが、川を残してほしいという地元の要望を受け、水の流れる公園として再生させることとなった。 昭和48年(1973)7月にはその一部が完成し、日本初の親水公園となった。 昭和49年(1974)には、全日本建設技術協会が与える全建賞を受賞した。、、、、、綺麗に手入れされ、散策に気持ち良い親水公園が、1,200m程続いている。
 
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⑧妙勝寺・・・・・・・・・・・・・・日蓮宗寺院の妙勝寺は、本覚山成就院と号し、徳治2年(1307)に開山した。 もとは、中山法華経寺の末で、末寺14ヶ寺を擁していた中本寺格の寺院であった。、、、、、、大木に囲まれた広い境内に、伽藍は配置されている。、、、、数本の桜の古木が花をつけ、これからが楽しみである。
 
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⑨二之江神社・・・・・・・・・・・妙勝寺の門前にある二之江神社は、昭和42年(1967)11月3日、氏子によって、これまでの香取神社と八幡神社とを合せて新たに二之江神社とした。 香取神社の創建は不詳であるが、経津主命をまつり現在地にあって旧二之江村の鎮守であった。 八幡神社は寛文年間(1661~1673)の創建で誉田別神を祀り、妙勝寺の境内社であった。
 
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⑩新川・・・・・・・・・・・旧江戸川と中川を結び江戸川区を東西に流れる運河が新川 である。 新川も川筋の整備が進み、これから咲く「新川千本桜」も楽しみである。、、、、、、、今日は新川を越えて、葛西駅に向かう。
 
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葛西駅 ・・・・・・・・・・・・地下鉄東西線の葛西駅。 地下鉄博物館のある駅だが、快速は通過する悲しい駅。
 
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2016年12月16日 (金)

高砂~小岩

今朝の天気予報では、『日本付近は冬型の気圧配置で、全国的に真冬の寒さ』と解説。 私が散歩に出た朝8時は5℃、風も吹き体感気温は氷点下。 行先のあてもないまま家を出たとたん、『寒い、寒い! 散歩は止めとけばよかった』と、後悔先に立たず。 どこへ散歩に行くか、北風吹く中、とりあえず駅に向かう。 JRに乗るか、地下鉄に乗るか、地下鉄の駅の方が暖かそうだ。 浅草橋の地下鉄ホームは島式1面2線、京成方面行きに乗るか、京急方面行に乗るか、京成方面は座れるのでこっちにしよう。 車内で下車する駅を考えるが、決まらない、そうこうするうち終点の高砂に着き、強制的に下車することになった。 ホームに立つと、再び北風が吹き付け、『ホームで凍死は嫌だ!』と、とりあえず橋上のコンコースへ避難する。 駅周辺の地図を眺め、東西南北いずれに向かうか(?)悩む。 北風吹く北に向かうのは愚の骨頂、東は江戸川、西は中川で川筋は“寒い”、残るは南に向かうだけ。 『よし決めた! 今日は南に向かって歩こう。 男だ、寒くない。』と、駅を飛び出し散歩を始めた。、、、、、、、京成線高砂駅から総武本線小岩駅まで、9千歩、7kmの散歩です。、、、、、、(今年、6月にほぼ同じルートを散歩した
 
 
 
①1911年製のレール・・・・・・・・・・・京成高砂駅コンコースにある鉄道レールのモニュメント。 このレールは明治44年(1911)に、アメリカのカーネギー社で製造され、大正元年(1912)に押上~金町間の開業時に使用された由緒あるレールである。 44年間のレールの役目が終わり、昭和33年(1958)からは高砂駅のホーム屋根を支える支柱として使用されてきた。 平成8年(1996)に、駅コンコースの拡張工事に伴い引退し、モニュメントとして余生を送ることとなった。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅コンコースを行きかう人は皆、寒そうに無言でモニュメント前を通り過ぎて行く。 
 
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②都営高砂アパート・・・・・・・・都営高砂団地は、昭和36年(1961)から昭和44年(1969)までに建設された、総戸数1263戸の大規模団地であった。、、、、、今日来てみたら、古い団地の住人は全て立ち退き、現在ある当時の建物も順次取り壊しが進んでいた。、、、、建物の取り壊しを見ていると、そこに住んでいた人の物語を想像し、チョッピリ涙がにじむね。 今日はとくに寒さも手伝い、目に涙、鼻に鼻水、珍に小水で全身水漏れ状態だ。
 
・・・・・・・・・・・・・・今日来てみたら、古い団地の最後の住人も全て立ち退き、現在ある当初の建物も順次取り壊しが始まっている。。、、、、建物の取り壊しを見ていると、そこに住んでいた人の物語を想像し、チョッピリ涙がにじむね。 今日はとくに寒さも手伝い、目に涙、鼻に鼻水、珍に小水で全身水漏れ状態だ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・団地中央の商店街、シャッターを下ろした店もある。 郵便局、診療所、薬局、クリーニングは開いてたが、店舗の上の住居部分は閉鎖されていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・すでに更地となっている区画もある。
 
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・・・・・・・・・・・・・団地の南側は平成20年(2008)~平成23年(2011)にかけ建て替えられ、新たに総戸数1011戸の団地となっている。 これから北側も、順次建て替えられる予定。
 
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・・・・・・・・・・・・・団地内に残っていた棟の案内板。、、、、、南側の建て替えられた棟には棟番号が表示され、取り壊される棟は棟番号が白いテープで隠されていた。
 
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③北風が吹き抜ける鎌倉の町・・・・・・・・・・葛飾区にもある鎌倉の町。 高砂~京成小岩間の京成本線の南北両側に広がる町。 「鎌倉」の由来は、、、、、、相模国鎌倉郡から来た源左衛門という者が、寛永年間(1624-45)に村の鎮守として鎌倉の鶴岡八幡を勧請したことによる。 その鎌倉八幡神社 は4丁目にある。 つまり、鎌倉は、江戸時代の、相模国鎌倉のパクリである。、、、、、、空は澄み、鉄塔の多い町だが、風は吹き抜け、寒い、寒い! 
 
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④小岩駅・・・・・・・・・・・・今日は寒いので速足で歩き、10時過ぎに駅に着いた。 もうこれ以上、歩くのはヤダ! 駅のスタバでコーヒータイム。、、、、、「熱い珈琲 身体はホット 前の二人は 熱い仲」 
 
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2016年11月29日 (火)

東大島~南砂町

都営新宿線東大島駅から東西線南砂町駅まで、1万歩、7kmの散歩です。
 
 
東大島駅 ・・・・・・・・・・・江東区と江戸川区の区境を流れる旧中川。 その旧中川の真上が東大島駅のホーム。 駅の出入口(改札)は川の両岸、江東区・江戸川区にそれぞれある。 降りるとき出口を間違えると、『さあ~、たいへん』、川を渡る橋まで遠回りすることになる。、、、、、相対式2面2線の川の上の駅、昭和53年(1978)12月21日、に開業。 只今、駅の改良工事中。、、、、、今日は江戸川区側の小松川口から出てみた。
 
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②大島・小松川公園・・・・・・・・・・・・・・旧中川を挟み江東区と江戸川区にまたがる都立公園。 江東区側の公園の地下には、都営地下鉄新宿線の車両基地が造られているが、公園の地下であり見ることはできない。 江戸川区側(東大島駅の北側)には大きな芝生広場があり防災拠点となっている。、、、、今日は東大島駅の南側の公園に行った。 ちょうど紅葉の見頃だった、『Oh!Beautiful!Wonderful!』
 
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・・・・・・・・・・・・・・南側の公園は東に荒川、西に旧中川が流れ、公園ある場所で、かつては合流していた。 その合流地点には小松川閘門が設置され、荒川と旧中川の水位の違いを調節し船を通行させていた。 この閘門は公園の中央の丘に頭部だけ出し、下は埋められた状態で残されている。、、、、、約101万円の工費により、昭和5年(1930)3月の竣工。 閘門の上部には60馬力電動機が装備され、8m/分の速度で重さ80tのゲートを昇降したそうだ。 閘門は昭和51年(1976)に役目を終えた。、、、、、上部の小屋の中には大きな歯車などが残されているのが見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・・閘門前から旧中川(右から左へ下る)を望む。 中央、奥からは小名木川が旧中川に合流する。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・閘門の東側には荒川が流れ下る。
 
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③荒川ロックゲート・・・・・・・・・・名前はカッコいいが、平成の新しい閘門。 旧小名木川閘門の南(下流)に、平成17年(2005)に竣工した閘門。 この位置で、旧中川と荒川が合流する。、、、、、閘門の概要は、前扉室(荒川側):高さ29.5m、幅28.2m  後扉室(旧中川側):高さ22.5m、幅30.0m 閘門:高さ9.4m、幅18.5m、延長65.0m  施工は戸田建設。、、、、、前扉室の屋上(最も高い処)に上がれるときき、誰もおらず、吹きさらしの階段を一人で上ってみた。 一歩一歩上りながら、『今地震が発生したら、このゲートが破壊して、、、、』てなことを思い、悲しいかな、高所恐怖所の私は、あと少しで屋上という位置で、怖くなり降りてきた。(残念!)
 
・・・・・・・・・・・・・・前扉室を荒川から見上げる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・前扉室の胸部から後扉室と閘門を眺める。 振り返ると、荒川への注ぎ口見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・後扉室
 
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・・・・・・・・・・・・・後扉室に流れ込む旧中川。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・旧中川と閘門内を、仕切るゲート。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・後扉室から、前扉室を眺める。
 
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仙台堀川公園・・・・・・・・・・・江東区北砂6丁目と東砂1丁目の境で小名木川から分流し、千石1丁目付近で大横川に合流する仙台堀川に沿った全長約3.7kmの都内最大の親水公園。、、、、砂町が農村から工業の町へ変わる中、船による輸送力の向上を見越し、昭和8年(1933)に運河が開削された。 昭和30年(1955)頃までは、周辺の製材所の材木が運河に浮かぶ光景も見られたが、その後、運河の役目も終わることになった。 昭和55年(1980)には運河は埋め立てられた。、、、、、運河を公園とする工事は、昭和53年(1978)に始まり、昭和61年(1986)に完成した。、、、、、、桜の木が多く、花見の名所の一つである。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・公園の一画に保存されている旧大石家住宅。 江戸時代後期の半農半漁の住宅である。
 
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⑤南砂町駅・・・・・・・・・・・昭和44年(1969)3月29日、私が社会人となった日の3日前に開業した駅。 もう50年近く前のことだ。、、、、、島式ホーム1面2線を有する地下駅東西線の駅である。、、、、駅周辺には大型集合住宅が建ち、また周辺の再開発も予定されている。 それを見越してか、2020年を目標に駅の大規模改修工事が進められている。 具体的には島式ホーム2面3線の構造とし、コンコース広げ、改札は中央部に1か所とするらしい。
 
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2016年10月 2日 (日)

浅草橋~新小岩

我が家(浅草橋)から、ひたすら蔵前橋通りを歩いて新小岩駅まで、1万3千歩、10km、2時間30分、都内5区にまたがる散歩です。
 
 
 
●am7:50・・・・・・・・・浅草橋の我が家を出る。 駅前の江戸通りも交通量は少ない。、、、、『そうか! 今は日曜の早朝、人も車も少ないはずだ。』 『そうだよ! 勤めを辞めて、毎日が日曜、曜日の意識もなくなった。』
 
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●am7:55・・・・・・・・隅田川テラスに出る。 チョイと朝靄(もや)の残る中、房総特急が総武線隅田川橋梁 を渡り去る。、、、、テラスを歩き蔵前橋に向かう。
 
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●am8:06・・・・・・・・只今、耐震補強工事中の蔵前橋の上から見るスカイツリー。 ここから、蔵前橋通り を歩く。、、、、、蔵前橋から墨田区に入る。
 
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●am8:17・・・・・・・・墨田区石原1丁目にて、『氷』の旗がさがった、カフェの前を通過。、、、、、“氷あずき”が大好物の私には、この刺激が忘れられず、気温も上がった昼から夫婦で湯島の甘味処へ行ってみた。 ナント、『“氷”は9月で終わりました。』 しかたなく、クリームあんみつで我慢。 その後、“おはぎ”を一つ。、、、、これで、胸やけ。 『胃腸薬、チョーだい!』
 
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●am8:38・・・・・・・・法恩寺橋を渡り、am8:41法恩寺参道前を通過。
 
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●am8:43・・・・・・・・錦糸町駅とスカイツリーを直線的に結ぶタワービュー通り 。 スカイツリーの景観を良くするため、電線を隠し無電柱化した通り。、、、、オリンピックに向け、都内から電柱が無くなることを、小池知事に期待しよう!
 
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●am8:58・・・・・・・・天神橋を渡り江東区に入り、亀戸天神前を通過。 くず餅屋も、まだ営業しておらず、くず餅と氷あずきを食べた気持ちで、唾を飲み込み、先へ歩く。
 
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●am9:28・・・・・・・・亀戸天神を過ぎると見るべきものも少なくなり、足も止まることなく、スタコラサッサ、ホイサッサ。、、、、東武亀戸線 を跨線橋で越える。
 
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●am9:33・・・・・・・・江東新橋を渡り、旧中川を越える。、、、、橋の袂で振り返るとスカイツリーに見つめられているようだ。、、、、、橋の上からは、旧中川の緑が目に飛び込んでくる。、、、、、この橋より先は江戸川区となる。
 
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●am10:02・・・・・・・・昭和42年(1967)に完成した全長484mの、平井大橋を渡り荒川を越える。 橋の下の河岸にはコスモスが咲き秋の始まりを感じる。、、、、振り返ると、スカイツリーも小さくなった。、、、、橋を渡ると、対岸は葛飾区となる。
 
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●am10:02・・・・・・・・平井大橋を過ぎ葛飾区に入ると、昭和52年(1977)に竣工した都営住宅「西新小岩一丁目アパート」が見える。 蔵前橋通り沿いにある14階建て2棟(871戸)の大きなアパートである。 新小岩駅からも近く、便利が良く、人気もありそうだ。、、、、、アパートでは、甘い香りを強く放ちキンモクセイが迎えてくれた。
 
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●am10:30・・・・・・・・新小岩駅到着。、、、、我が家から、約2時間半の散歩となった。
 
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