中野区

2018年10月22日 (月)

練馬の南蔵院

一昨日、散歩(氷川台~豊島園)から帰り『雅万歩』を書いていたら、練馬駅近くに南蔵院と云う大きな寺があることを知った。 今日はこの寺を訪ねてみることにした、大江戸線練馬駅から西武新宿線鷺ノ宮駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
●秋がきたかよ ステテコシャンシャン・・・・・・・・・大江戸線練馬駅で下車し、駅前の大鳥神社に朝の御挨拶をし、練馬区役所の裏を抜け、南蔵院のある練馬区中村1丁目へ向かう。、、、、、秋晴れの下、気分よろしく、スタコラ・スタコラ・ステテコ・シャンシャン
 
1810220812150
 
1810220823170
 
1810220843180
 
1810220849230
 
1810220852080
 
 
●万能薬「白龍丸」の販売元・・・・・・・・・南蔵院は、真言宗豊山派のお寺で瑠璃光山医王寺と号し、良弁塚に納経をした良弁僧都が延文2年(1357)に中興したお寺です。 江戸時代には12石8斗の御朱印領を拝領していた。、、、、、お寺では 古くから万病に効く「白龍丸」を頒布し、明治10年頃に売薬法で禁止されるまで全国的に広まり、お寺の経済的基礎ともなったそうだ。 恋の病、金欠病、夫婦病に効くなら、私もぜひ試してみたかった! 
 
・・・・・・・・・・・・・・南蔵院通りに面する山門
 
1810220855050
 
・・・・・・・・・・・・・・山門脇で慈母観音像のお出迎え。 アリガタヤ!
 
1810220924501_1
 
・・・・・・・・・・・・文禄年中(1592~1596)火災にあい堂塔伽藍、諸記録をほとんど焼失した。 宝暦3年(1753)には寺内の設備を整え、現在の本堂も完成した。 御本尊の薬師如来は秘仏で、33年毎に御開帳されるそうだ。、、、、、明治9年(1876)には、本堂を利用して豊玉小学校が開設された。
 
1810220907160
 
1810220905520
 
・・・・・・・・・・・・本堂の右には、同年に建てられた庫裏がある。 
 
1810220907000
 
・・・・・・・・・・・・・・本堂の左には、宝永4年(1707)に再建された薬師堂
 
1810220916090
 
・・・・・・・・・・・・・・薬師堂の前には、宝暦3年(1753)に建立された閻魔堂がある。 チョイト、中を覗いてみた、、、照明のない薄暗い堂内に、剥げ落ちた閻魔大王がいた。 閻魔大王の後ろの壁には病気平癒祈願成就によって奉納された15cmほどの木彫の地蔵尊がズラリ千躰程並べてあると言われている。、、、、、『本当に千躰あるのか(?) ウソだろう。 閻魔の嘘つき!』 
 
1810220912180
 
1810220914580
 
・・・・・・・・・・・・・江戸時代中期に建てられた鐘楼門。 三間一戸、入母屋造りで赤く塗られている。 門の左右には仁王像、上階には正徳5年(1715)銘の梵鐘がある。 
 
1810220929350
 
1810220902090
 
1810220920550_2
 
1810220921120
 
・・・・・・・・・・・・・この他に、赤門長屋門がある。 また、なぜか北海道開拓時代の建物を思い出させる、木造の集会場
 
1810220919150_2
 
1810220859030
 
1810220857460
 
・・・・・・・・・・・・・・昭和7年(1932)首のない地蔵様が中村の道端にあった。 近所の住人が地蔵の首を酒代の形に持っていたので、継ぎ合わせたところピッタリと合った。 この不思議な仏縁から、「首継地蔵尊」と呼ばれている。、、、、、バラバラ事件の被害者となった地蔵さま、首が繋がり一安心。、、、、、首継地蔵尊は昭和60年頃(1985)までは、中村の八幡神社に祀られていたが、その後南蔵院に移された。
 
1810220900500_2
 
 
●大根のない畑・・・・・・・・・・南蔵院を後にして西へ歩く。 ここは“練馬”だ、畑の大根を探しながら歩く。、、、、、住宅地の中に小さな畑を見つけた。 期待はずれで、大根畑ではなかった。 しばらくすると、向かいを歩くお姉さんの足もとに“大根”を発見!(失礼)
 
1810220933500
 
 
●バラバラ事件の現場?・・・・・・・・・中村南3丁目に八幡神社がある。 この神社は旧中村の産土神で江戸時代からの総鎮守。 祭神は応神天皇。 社殿は江戸時代のものと言われているが“?”。、、、、八幡神社の別当は南蔵院であった。 神社の地は、南蔵院の末寺・西光寺(現:廃寺)の旧地である。 首継地蔵尊は、南蔵院に移されるまで当社の一画に祀られていた。 ここで、首と胴体がバラされたのか? はたまた、ここで、首と胴体が継がれたのか? どちらにしても殺人事件である。
 
1810220941270
 
1810220945460
 
 
●子連れ地蔵尊・・・・・・・中野区上鷺宮1丁目の中杉通り沿いに、北向きに建っている子連れの上鷺宮願かけ地蔵尊。 大きい舟型地蔵尊は、高さ約1.5m で正徳5年(1715)の銘がある。 小さい舟型地蔵尊は80cmほどの高さで、造立年は不明。、、、、、この2体の地蔵に祈願をする人は、白装束で夜中にお参りし、一心に祈願しながら子どもの地蔵を倒すのだ。 そうすると親の地蔵は子どもを起こして貰いたいため、願い事を聞き届けてくれる。 願い事が叶ったら、祈願した人は、自分が倒した地蔵を起こしに行くのだそうだ。、、、、、このような風変わりで、面白い信仰は、人家もまばらだった昭和30年頃(1955)まで続いたそうだ。 今の時代、こんなことしたら、付近の防犯カメラに撮られ、器物損壊で捕まり、ニュースに出演し、恥ずかしい思いをするだけ。
 
1810220952330
 
 
●閻魔と地蔵がコラボして天罰・・・・・・・・・・新青梅街道を渡り、西武新宿線鷺ノ宮駅 まで歩き帰ることにした。 歩きながら頭上に違和感を感じ、右手が頭を撫でる。 『アレ? 帽子がない! お気に入りのハンチングがない!』 カバンの中、ポケットを探すが、何処にも無い。 『ガァ~~ン! 南蔵院か、八幡神社か、置き忘れたようだ』 どうやら、今日は閻魔大王、首継地蔵尊に悪態をつき、天罰が当たった。 『あきらめきれずに あきらめた 去らば高価な ハンチング』、、、、、電車に乗っても、ハンチングのことが忘れられず、寂しく帰宅。
 
1810221000180
 
1810221004070
 
1810221010160_2
 
1810221012140

2018年6月 1日 (金)

練馬~沼袋

都営大江戸線の練馬駅で下車し、西武新宿線の沼袋駅までの散歩です。 1万歩。
 
 
 
①大江戸線練馬駅・・・・・・・・・・・平成3年(1991)12月10日、都営地下鉄12号線の駅として開業した。 島式ホーム1面2線の地下駅である。、、、、、西武池袋線練馬駅(高架駅)は至近にあり、乗換客が多い。、、、、、ついでの話、東武練馬駅は遥か彼方、直線距離で3.5km程北にある。 しかも、駅は板橋区にある。
 
・・・・・・・・・・・・・・光が丘行に乗る人は少なく、多くの通勤客は新宿方面に向かう。 あたり前田のクラッカー!
 
180601082048000
 
180601082118003
 
・・・・・・・・・・・・・・地下改札口
 
180601082506006
 
・・・・・・・・・・・・・・駅出入口は手前ビルの1階、後ろに高架の西武池袋線練馬駅がある。
 
180601082702009
 
 
②大鳥神社・・・・・・・・・・・練馬駅の南側の横町に大鳥神社はある。 正保2年(1645)、三羽の鶴が飛来し保護したが、死んでしまったことから鶴の霊を祀ったのが起源である。 その名のごとく、11月の酉の日の祭礼は、福徳円満・開運熊手を購う人で賑わうそうだ。、、、、、現社殿と神楽殿は鉄筋コンクリート造で、ともに昭和59年(1984)に改築した。
 
180601083306020
 
180601083106016
 
・・・・・・・・・・・・・・境内には、石の薬師如来が祀られている。 この薬師は、神社から南に500m程の路傍にあったもの。 薬師には万病を治癒し、延命を願う信仰が昔からあり、特に眼の病に効があると今も線香を灯す人が絶えないらしい。
 
180601083124017
 
 
③練馬区役所庁舎・・・・・・・・・・庁舎は平成8年(1996)3月に竣工した、東京23区の区役所の中では文京区役所(通称・文京シビックセンター 、地上28階・高さ142 m)に次ぐ高さ(地上21階・地下3階、93.82m)を誇る建物。 20階には展望ロビー、展望レストランがあるそうだ。(9時過ぎから利用可)、、、、チョイト、ロビー部分だけでも拝見。
 
180601084217032_2
 
180601084510035
 
180601084432034
 
 
④三の橋庚申・・・・・・・・・・練馬駅から南に向かうバス通りに「こうしん通り 商栄会」と標した街路灯が並んでいる。 商店街とは思えぬ商店街。、、、、、“こうしん通り”とは? ひょっとすると、“庚申塔”のことでは。 歩きながら、キョロキョロ、コソコソ、、、、、あった! 庚申塔があった!
 
180601085623038
 
180601085634039
 
・・・・・・・・・・・・・通り名はこの庚申塔に因むそうだ。 しかし、この庚申塔は昭和41年(1966)に建立された二代目で、初代の庚申塔は壊れて正覚院に納められているそうだ。
 
180601085749041_2
 
 
④環七通りを越える・・・・・・・・・・・練馬区豊玉中3丁目で、環七通りを横断し、豊玉南に入る。
 
180601091024048
 
180601091150049
 
 
⑤正覚院・・・・・・・・・・・正覚院は豊玉南2にある真言宗豊山派の寺院で、山号を天満山という。 寺伝では、太田道灌が長禄年間(1457~1460)江戸城築城の際、ここ中荒井の陣屋にあった道灌崇敬の天満宮(現:豊玉氷川神社の境内社)を守るため別当寺として創建したのが正覚院で、市ヶ谷から立退かせた一農家を開基檀徒としたといわれます。、、、、、、本堂および観音堂は、昭和51年(1976)に改築され、平成3年(1900)には多宝塔も建立されて、寺観もいちだんと整った。
 
180601093917082
 
180601092528061
 
180601092347058
 
・・・・・・・・・・・・・多宝塔前の「八子地蔵尊」は、昭和13年(1938)、町内有志によって、不幸な厄にあった8人の幼児の霊を供養するために建立されたそうだ。、、、、、境内には、地蔵尊、不動明王、庚申塔など村内各所にあった石造物が多数祀られている。
 
180601092439059_2
 
 
⑥豊玉氷川神社・・・・・・・・・・正覚院(別当)の隣りに氷川神社はある。 神社の創建年代不詳であるが、古い神社だ!、、、、、社殿は昭和3年(1928)の建築である。
 
180601092855070
 
180601093246075
 
・・・・・・・・・・・・・鳥居の脇には、「ビール麦 金子ゴールデン 発祥の地」の石碑がある。、、、、、中新井村(現:豊玉)の金子丑五郎が明治33年(1900)、六条大麦の四国とゴールデンメロンの自然交雑によって生じた雑種の中から「金子ゴールデン」を育成した。 早生で草丈が低いため成熟しても倒れにくいので、関東一円に栽培が広がった。 この品種を親にエビス1号、ニューヨークゴールデン等の優良品種が育成され、初期のわが国ビール醸造に大きく貢献した。
 
180601092810067
 
 
⑦江古田の町を歩く・・・・・・・・・・・・江古田の住宅地を歩き、沼袋駅に向かう。
 
180601095152092
 
180601095522096
 
1806011018480107
 
 
沼袋駅 ・・・・・・・・・・只今実施中、西武新宿線の中井駅~野方駅間の連続立体交差事業では約2.4kmの区間を地下化し、合計7カ所の踏切を除去する。 これに伴い、新井薬師前駅と沼袋駅は地下化される。 総事業費は726億円で、2020年度の事業完了を目指しているそうだ。 
 
1806011022440115
 
1806011021330112
 
・・・・・・・・・・・・・工事の為か、路線バスも踏切の直前で停まり、お客は乗降する。
 
1806011023210122

2018年5月21日 (月)

野方

JR中野駅から、私が眼科で世話になっている東京警察病院前をとおり、その北側に広がる「野方」の町をぶらつき野方駅までの散歩です。 9千歩。
 
 
 
中野駅 ・・・・・・・・・・・明治22年(1889)4月11日、甲武鉄道(新宿~立川)の開通と同時に開業した老舗の駅。、、、、、今朝は何かあったのか?それとも、日常的な混雑なのか? 中央線快速下りで降車した人が改札へ向かう階段で足止めされ、ホームは人であふれていた。 また、中野から乗車する人は、改札前で入場規制され、こちらもあふれていた。 野次馬根性で、何かあったのか聞きたくなったが、周囲の人は騒がず黙々と流れに乗って歩いていた。 私も、ジッとこられ流れに身を任せて改札を出た。 結局、日常的な混雑のようだ。、、、、、中野駅の改良工事が急務であることを、身をもって体験できた。
 
・・・・・・・・・・・・・中央・総武緩行線ホームはガラガラ
 
180521080937001
 
・・・・・・・・・・・・・・中央快速線上りホーム(手前)はボチボチ
 
180521081647007
 
・・・・・・・・・・・・・・中央快速線下りホーム(手前から2つ目)はアリャ・コリャ・ナンジャ!
 
180521081648008
 
・・・・・・・・・・・・・・中野駅からの乗客は、改札前で入場規制。 イライラ・セカセカ・遅れちゃう~~。
 
180521081344004
 
 
②野方署前の地蔵尊・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・私の美しい瞳を診てくれる東京警察病院 の東隣りに野方警察署がある。 昭和11年(1936)野方署として独立し、昭和61年(1986)には3代目の現庁舎(4階建て)が竣工した。 
 
180521083447019
 
・・・・・・・・・・・・・・野方署前の早稲田通りを挟んで向かいの角(中野区野方1)に地蔵尊が祀られている。、、、、、地蔵尊は、子育地蔵として地元の人が花を添えているようだ。 寛保元年(1741)の建立。 横に「沼袋村新橋念沸講中」と書かれているので、この地は、昔、沼袋村であったかも。
 
180521083537021
 
 
③妻戀神社・・・・・・・・・・警察病院前に鎮座するのは妻戀神社(野方1)。 湯島にも妻戀神社があったが、関係あるのか?、、、、、湯島の「妻戀神社」 から、分霊を勧請したのが始まりと言われているそうだ。 祭神は、日本古代史の英雄である日本武尊(やまとたけるのみこと)、その妃である弟橘姫命(おとたちばなひめのみこと)、穀物・食物の神である倉稲魂命(うかのみたまのかみ)の三神。 創建の年代は不明だが、江戸中期には既にこの地にあったと言われている。、、、、、チョイト、病院前で思い出した都都逸、『たった一度の 注射が効いて こうも会いたく なるものか』、『戀という字を 分解すれば 糸し糸しと 言う心』
 
180521083939025
 
180521083854023
 
 
④野方一丁目の地蔵尊・・・・・・・・・・警察病院前の裏道を北の方向に歩いていくと、道の角(野方1)に2基の小さな地蔵さんが祀られていた。 向かい側には、「劇作家 田中千禾夫・澄江 旧居跡」の碑がある。、、、、、地蔵さんの謂れは判らないが、地蔵さんのあるこの地には田中千禾夫・澄江の両劇作家夫妻の長男:田中聖夫と奥さん:三田恭子がつくった「嫁菜の花美術館」があったそうだ。 美術館は昭和63年(1988)に閉館。、、、、おはずかしいが、田中千禾夫・澄江の両劇作家の作品を私はよく知らないので、これ以上書かないことにする。
 
180521084612029
 
180521084629030
 
180521084719031
 
 
⑤南向地蔵・・・・・・・・・・・田中千禾夫旧居跡前の裏道を道なりに進み、野方2丁目に入る。 この付近は道も真直ぐではなく、入り組んでいる、自分の現在位置はサッパリ判らん状態。 道に迷ったら先住民に聞けばいいと開き直るが、そもそも行先定めない散歩で迷うはずがない!
 
180521084451026
 
180521085113032
 
・・・・・・・・・・・・・・さほど大きくない「野方第二公園」の前に南向地蔵か祀られている。、、、、、祠の中には、右側に子育て地蔵、左に庚申塔が祀られている。 この二基の石仏は、以前あった場所の周囲の交通が激しくなり、現在地に移転したそうだ。、、、、、庚申塔には、「貞享四丁卯天十月善日」(1687、江戸時代)の日付が彫られている。
 
180521085310035
 
 
⑥妙正寺川・・・・・・・・・・・・・妙正寺川を新橋でこえ、野方2丁目から野方3丁目に入る。、、、、、、川は透明度も高く、水質は良いようだ、しかし川底にゴミが見えるのは良くないね。
 
180521090826048
 
180521090946050
 
 
⑦東京アートスクール・・・・・・・・・新橋を渡り、道なりに北に向かうと右側(沼袋4)に花と緑の豊かな専門学校が見えた。 その看板には「スターを育てる 東京アートスクール 宝塚・OSK・ミュージカルの世界で出身者活躍中」と、記されている。 宝塚出身者が先生となり、宝塚受験の予備校である。 私も入学してみたいが、助平親爺として願書も受け取ってもらえないだろうね。
 
180521091452054
 
 
⑧三点セット!・・・・・・・・・・野方3丁目の東端に位置する二俣に、庚申塔、地蔵尊、二十三夜碑の三点セットで構成された祠がある。、、、、、庚申塔は享保21年(1756)と彫られ、台座は道標となっている。 地蔵尊は延享元年(1744)に建立されたもの。 二十三夜碑は昭和2年(1927)の建立である。
 
180521092005062
 
180521091915061_2
 
180521091908060_2
 
180521091854059_2
 
 
⑨唐破風笠付庚申塔・・・・・・・・・願掛け地蔵のある二股の東側(野方3丁目と沼袋3丁目の境)を行くと、西武新宿線の踏切りがある。 ここで、新宿線をパチリ!
 
180521092631065
 
・・・・・・・・・・・・・踏切の先50m程の角に、唐破風の笠が付いた庚申塔がある。 三猿の上に邪鬼を踏みつける青面金剛像が彫られた庚申塔で、「是時元文五年」(1740)の建立。 台座には、道標として、「右 中村みち、左 中野道」。、、、、やたら、庚申塔、地蔵などの多い野方の道だ。
 
180521092933073
 
・・・・・・・・・・・・・野方駅に向かう。
 
180521093522080
 
 
野方駅・・・・・・・・・昭和2年(1927)4月16日に開業した、西武新宿線の駅。 島式ホーム1面2線の地上駅で、橋上駅舎を有する。 
 
1805210954000114
 
1805210955470115
 
1805211018380157
 
・・・・・・・・・・・・・・環七通り(都道318号)が、ホームの下をアンダーパスで直交する珍しい駅。 ホームから撮影。
 
1805211015490149

2018年2月21日 (水)

哲学堂

昨日は、サーバーがパンク状態となり「雅万歩」のブログ・写真を整理し、当分は安定して利用できる容量が確保できた。 一安心。、、、整理中に、「野方の給水塔」の写真が目にとまり久しぶりに行ってみることにした。、、、大江戸線落合南長崎駅から、江古田の給水塔を見て、哲学堂公園に立ち寄り、西武新宿線新井薬師前駅まで、1万歩の散歩です。

 
 
 
①落合南長崎駅・・・・・・・・・「新目白通り」の地下に造られた島式ホーム1面2線の地下駅。 駅名のごとく、新宿区西落合と豊島区南長崎にある。 駅は平成9年12月19日、都営12号線(現:大江戸線)の駅として開業。 、、、、、建設時の仮駅名は「南長崎」(豊島区の地名)だったが、新宿区住民の要望で地名:落合(新宿区)を足して、「落合南長崎」として両区の手打ちとなったそうだ。
 
1802210817430
 
1802210822030
 
 
②自性院・・・・・・・・・・・新青梅街道を落合南長崎駅から150m程西へ行くと、門柱の上に招き猫がいる真言宗豊山派の自性院。 弘法大師空海が日光山に参詣の途中で観音を供養したのが自性院の草創といわれている。、、、、、江古田ヶ原の戦(1469~1486)で、道に迷った大田道灌を寺に案内して危機を救い、戦いに大勝利をもたらした猫を供養して建てられたという「道灌招ぎ猫」と、その後江戸中期にすし職人が、ある貞女の誉れを後世に伝えたいと奉納した「猫面地蔵尊」の2体が境内の猫地蔵堂に祀られている。 節分の日だけに開帳されるそうだ。
 
1802210827560
 
1802210832460
 
・・・・・・・・・・・・・・猫地蔵堂の内部をチョイト拝見。 秘仏は赤漆で塗られた厨子の中か? 周りにはネコ・グッズがいっぱい。 
 
1802210833590
 
 
③野方給水塔・・・・・・・・・・東京23区北西部への配水を目的として、現在の江古田1丁目に、昭和3年(1928)に建設された。高さ34mの鉄筋コンクリート造構造物で、東側に階段室、頂部に換気塔を付け、水槽周壁上部にはアーチ形窓を配する。壁体内の漏水防止用鋼板に初期の溶接技術を用い、ドーム付円筒形水道塔としても最初期の事例である。、、、、国の登録有形文化財。
 
・・・・・・・・・・・・・昭和47年(1972)に給水所としては廃止され、給水塔周囲の跡地は中野区立「みずのとう公園」と「みずのとう幼稚園」になった。、、、、給水塔の正面に幼稚園があり、正面からの全景は撮影できない。
 
1802210904060
 
・・・・・・・・・・・・・幼稚園越しに正面上部をパチリ! 空襲時の弾丸の傷跡が残されているのだが、全体的に劣化し、どれが弾丸の傷跡か?
 
1802210902080
 
・・・・・・・・・・・・・公園から、給水塔の後ろ姿をパチリ! 公園の地下に災害対策用の給水槽が設置され、常に新鮮な飲料水100m3が用意されている。 
 
1802210855240_2
 
 
星光山蓮華寺・・・・・・・・・・野方給水塔の西側に日蓮宗の蓮華寺がある。 創建年代不詳であるが、室町時代(南北朝時代)に橘樹郡星川村(横浜市保土ヶ谷区星川)に開山したと伝えられ、その後、江戸時代に現在地へ移転した。、、、、、中野区には日蓮宗の蓮華寺が二寺ある。 一つは、ここ中野区江古田の星光山蓮華寺。 もう一つ、中野区大和町の泉光山蓮華寺 。 ご丁寧に、山号まで似ている、“星”と“泉”の違いだけ!
 
1802210919390
 
1802210919100
 
1802210910020
 
・・・・・・・・・・・・・・境内には東洋大学学祖であり、哲学堂を創った井上円了の墓所がある。、、、、判じ物みたいな墓石で、「井上」の“井”の字の上に“円”形の石を置いて、“井の上円りょう”と言っているようだ。 駄ジャレか? 凡人には判らぬ哲学か?
 
1802210914560
 
・・・・・・・・・・・・・・墓地の中に、将棋棋士で日本将棋連盟会長を務めた、永世棋聖(九段):米永邦雄(1943~2012)の墓所もあった。、、、、まだ新しい石で作られた駒の形の墓誌が、輝いている。
 
1802210917110
 
 
⑤哲学堂公園・・・・・・・・・・井上円了の墓に手を合わせ、このまま立ち去るわけにはいかず、蓮華寺とは新青梅街道を挟み、向かい側にある哲学堂公園に寄ってきた。、、、、、哲学堂公園は、明治37年(1904)に哲学者で東洋大学の創立者:故井上円了によって精神修養の場として創設された、哲学世界を視覚的に表現し、哲学や社会教育の場として私財を投じて整備された全国に例を見ない個性的な公園。 昭和50年(1975)に中野区立公園となり、古建築物の修復、整備を重ね、また花の名所としても親しまれる公園となった。、、、、、庭内に「七十七場」という、「真理の追究」のポイントを設け哲学体験できる庭園となっているそうだ。 哲学の“て”の字も知らぬ私には何のことだかサッパリ判らん。 正直に言わせてもらうと、アッチ・コッチ・ドッチ・ソッチに立てられた名称・解説の立札が、庭園の景観を壊し邪魔に感じた。 
 
1802210923420
 
1802210925110
 
1802210931260_2
 
1802210930560
 
1802210932160
 
1802210937500
 
1802210943320
 
 
⑥妙正寺川調節池・・・・・・・・・・哲学堂公園の南を流れる妙正寺川は、杉並区の妙正寺池を水源に持ち、途中で江古田川を合わせ、新宿区内で神田川(高田馬場分水路)に注ぐ、延長9.7kmを有する一級河川である。 この川は、市街化の進展に伴い、流域の保水能力が低下し水害の危険性が高まり、こうした状況に対応するため、都は1時間あたり50ミリ規模の降雨に対応する護岸や地下調節池などを整備している。 その調節池が哲学堂公園前に2か所ある。 新宿区側に位置する「妙正寺川第一調節池」と、中野区側に位置する「妙正寺川第二調節池」である。 両調節池は区境にて別けられたと思われる調節池で、第一と第二の調節池は接して造られている。、、、、、調節池とは、河川の水が増水したときに、水を調節池に流入させ一時的に貯留する施設。 
 
・・・・・・・・・・・・・第一、第二とも、妙正寺川から増水した水を呑込む口が開いている。
 
1802210941210
 
1802210943070
 
・・・・・・・・・・・・・・第一調節池はUR賃貸住宅の地下にも貯水するように造られていた。 地下は駐車場のように造られているが、もちろん車など一切の物が置かれていない。
 
1802210959520
 
1802210950120
 
1802210953020
 
・・・・・・・・・・・・・第二調節池は、公園下に地下23mまで掘り下げた貯水池が造られて、100,000m3の貯水能力があるそうだ。
 
1802210947590
 
 
⑦新井薬師前駅・・・・・・・・・・・・昭和2年(1927)に開業した駅で、その名の通り新井薬師の最寄り駅である。 現在は相対式ホーム2面2線であるが、中井~野方間の連続立体交差事業により、平成32年(2020)度の完成を目指し、島式ホーム1面2線の地下駅となる予定である。
 
1802211019030
 
1802211017300

2017年9月 7日 (木)

高円寺~鷺ノ宮

一雨降りそうな曇り空。 行先の当てもなく高円寺駅で下車し、気持ちは北に向かい歩きはじめる。 西武新宿線鷺ノ宮駅付近に来ると、ポツリポツリと降ってきた。 散歩は此処まで。 1万歩。
 
 
 
①高円寺駅・・・・・・・・・・・ホームに立って、『何処へ行くか?』考えるが、答えは毎度同じで、『とりあえず改札口を出てから考えよう』。 
 
1709070804090
 
・・・・・・・・・・・・・・・駅北口の「高円寺純情商店街 」の前に立ち、『この商店街は以前に歩いたし、純情な娘もいなかった、今日は別な道を歩こう!』、、、、ということで、線路わきから北東に伸びる、B級商店街を歩く。
 
1709070819010
 
1709070814330
 
1709070825260
 
 
②高円寺北の町・・・・・・・・・・商店街からはずれ、高円寺北3丁目・4丁目の裏道を歩く。
 
・・・・・・・・・・・・・裏道に入ると、昭和のアパート:「ときわ荘」があった。、、、、、『ん、どこかで聞いた名前だ!』、、、、、豊島区南長崎に手塚治虫、藤子不二雄らが住んでいたアパートも「トキワ荘」だ。 
 
1709070822390
 
・・・・・・・・・・・・・・こちらは、かわいらしい住宅。 木造平屋。
 
1709070830050
 
・・・・・・・・・・・・・・懐かしい洋間のある住宅。 大正から終戦まで、都会の住宅では玄関わきに客の応接用に小さな洋間の部屋をつくることが流行った。
 
1709070831420
 
・・・・・・・・・・・・・・高円寺北4丁目には、かつて気象庁の気象研究所があった。 研究所は昭和55年(1980)に筑波に移転し、跡地が昭和60年(1985)に馬橋公園として整備された。、、、、、大きな公園で、地元のお年寄りのオアシス。
 
1709070838430
 
1709070840450
 
・・・・・・・・・・・・・・公園の隣には、官舎と思われる集合住宅が3棟、ペンペン草の中に閉鎖され解体されるのを待っている。、、、、、建物が役割を終え、壊されるのを待つ光景は、住んでいた人の物語などを想像すると、悲しく寂しいものである。 
 
1709070836490
 
1709070838100
 
 
③Aさんの庭・・・・・・・・・・チョイとかわった名前:「Aさんの庭」の公園は、阿佐谷北5丁目にある小さな可愛い公園(約830㎡)で、平成22年(2010)に開園した。 「Aさん」とは特定した人物ではなく“皆さん”と言うことらしい。、、、、、ここにはかつて、昭和初期の杉並の文化・生活を今に伝える貴重な住宅があった。 庭にはバラが咲くかわいらしい住宅だったそうだが、平成21年(2009)2月、火災により住宅は焼失してしまった。 その跡地に、宮崎駿監督の公園デザインによる区立公園が整備された。、、、、、、トイレと防災倉庫を兼ねる建物の外観は、赤い素焼きの屋根瓦と茶色の外壁、そして白い窓枠により住宅風のデザインである。 また、周囲はかつてのバラが咲く庭を思い出させるように草花が彩っている。
 
1709070850250
 
1709070853510
 
 
④泉光山蓮華寺・・・・・・・・・・・早稲田通りを越えて、杉並区から中野区大和町に入ると、日蓮宗の大寺、泉光山蓮華寺がある。 朱塗りの山門をくぐり、鬱蒼とした樹林と自然の湧水池が創るに静かな境内が出迎えてくれる。、、、、、、蓮華寺は、増山弾正少弼正利の母で徳川家綱外祖母のむらさき(法名:泉光院殿妙澄日行)と、増山正利の妹女毛利刑部少弼室(法名:蓮華院殿妙通日香大姉)開基となり、万治元年(1658)関口台町(文京区)に創建、幕府より寺領20石を拝領した。 明治44年(1911)現在地へ移転した。
 
1709070914260
 
1709070909040
 
・・・・・・・・・・・・・・・本堂横に「山荘の碑」がある。、、、、、、“山荘”は山屋敷・切支丹屋敷ともいわれ、キリスト教徒を禁固した初代切支丹奉行井上政重の別邸(文京区茗荷谷)のことである。 徳川幕府はキリスト教を厳しく取り締まった。 切支丹屋敷は、寛永20年(1643)に密入国した布教者(伴天連)のうち、マルケスやキアラほかの棄教者を収容し、宗門改などの情報を集めたそうだ。 のちに一人で密入国したシドッティを収容、これを訊問した新井白石が「西洋紀聞」を書いたことは有名である。 シドッティは、鎖国の理由となった侵略説を否定、近代科学への目をひらかせるなど、白石に大きな影響をあたえた。、、、、、この碑は、屋敷が大江政晴のものとなったとき、獄死した人びとをいたんで建てられたわが国の文化史上重要なもので、後に蓮華寺に移された。、、、、日蓮宗の寺に、キリスト教徒の死を悼む石碑とは、“日本人の心”。
 
1709070912110
 
・・・・・・・・・・・・・・中野区には、日蓮宗の蓮華寺は2寺ある。 一つは江古田の星光山蓮華寺。 もう一つが、ここ泉光山蓮華寺。、、、、“星”と“泉”の一字違いである。 お間違えなきように!
 
 
⑤妙正寺川・・・・・・・・・中野区大和町4丁目で妙正寺川に出た。、、、、、杉並区妙正寺公園内で発し、高田馬場で神田川に合流する一級河川。 近年、浸水対策が積極的になされている川である。、、、、、、今日は水量も少なく、川はチョロチョロ。
 
1709070927140
 
1709070927290
 
・・・・・・・・・・・・・・ポッリポッリ、落ちてきた! 川沿いに鷺ノ宮駅へ向かう。
 
1709070932440
 
 
⑥鷺ノ宮駅・・・・・・・・・・・どうにか濡れる前に、西武新宿線の鷺ノ宮駅に到着。
 
1709070954440
 
1709070956490
 
1709070959290
 

2017年6月20日 (火)

東中野~江古田

JR東中野駅で下車し、北へ向かうか南にするか、それとも、西へ歩くか東へ行くか? 困った、迷った、悩んだときは、現世の観音様に決めてもらう。 ちょうど駅から可愛い娘が出て来た、『あの娘の行く方向に歩こう!』。 決まった!駅から北西に向かうことにした。 西武新宿線の新井薬師前駅、大江戸線の新江古田駅を抜けて、西武池袋線江古田駅まで、1万2千歩の散歩です。
 
 
 
①東中野駅・・・・・・・・・明治39年(1906)6月14日、甲武鉄道の柏木駅として開業し、大正6年(1917)1月1日より東中野と改称した。、、、、、駅は山手通りに面し、平成9年(1997)には都営大江戸線の駅も開業し、乗り換え駅となった。
 
1706200802200
 
1706200809010
 
・・・・・・・・・・・・・・チョイと古い時代の東中野駅
 
7_20140203_009_2
 
 
②東中野ギンザ通り・・・・・・・・・・東中野駅前から北西方向に約600mの長さで伸びる商店街。、、、、、、私が歩く、午前8時過ぎ、狭い道は駅へ向かう人が速足で通り過ぎる。
 
1706200809350_2
 
1706200818320
 
・・・・・・・・・・・・・・商店街の中程に朝顔の苗が置かれ、「御自由にお持ち帰り下さい」と。、、、、、つい、手が出て苗を3つ貰ってきた。 開花するのが楽しみだ!
 
1706200821580
 
 
③正見寺・・・・・・・・・・ギンザ通りを抜けると早稲田通りに出る。 ここ(中野区上高田1)に、浄土真宗本願寺派寺院の正見寺がある。 正見寺は、滋賀県栗田郡駒井城主・駒井掃部介高植、次代右近大夫宗高が菩提のため、応永年間(1394~1427)に建立された。 その後、寺は赤坂・四谷と移転し、明治42年(1909)に現在の中野に再移転した。 昭和20年、戦災により堂宇は灰塵に帰し、昭和46年(1971)に本堂を鉄筋コンクリート造で再建し現在に至る。 正見寺には、明和時代(1765年前後)の江戸三美人のNo.1といわれた“笠森お仙”の墓がある。 、、、、私は、現在の美人と遭遇することに期待し寺の脇の道。 誰が名付けたか、「上高田中通り」を行く。 
 
1706200826050
 
1706200826570_2
 
1706200827590
 
 
④上高田4丁目の寺院・・・・・・・・・・・上高田4丁目の高台に、功運寺・願正寺・境妙寺・宝泉寺などの寺院が並んでいる。、、、これらの寺院には以前来たので、詳細はこちらで。
 
1706200838510
 
1706200841310
 
1706200843190
 
・・・・・・・・・・・・・・寺院が集まる処から約200m北に、桜ヶ池不動院という寺がある。 その名の通り、小さな池があり脇のお堂に不動明王像が安置されたている。
 
1706200902170
 
・・・・・・・・・・・・・・さらに、不動院の裏には素戔鳴尊を祭神とする上高田氷川神社がある。 上高田一円の鎮守として享徳2年(1453)に創建した。 現社殿は大正15年(1926)に造営された。
 
1706200904030_2
 
1706200909050
 
 
⑤西武新宿線踏切・・・・・・・・・・・・西武新宿線新井薬師前駅の東側で、踏切を越える。、、、、、、西武新宿線中井駅~野方駅間は、連続立体交差工事の真っ最中。
 
1706200920580
 
1706200922140
 
・・・・・・・・・・・・・・工事用の車両などにぶつけられたのか、踏切の脇には、チョイと石の角が欠けた痛々しい庚申塔がある。、、、、祠に入れるなど、しっかり祀ってあげて欲しいね。
 
1706200924560
 
1706200924120_2
 
・・・・・・・・・・・・・踏切の北側で道は分かれる。 右は哲学堂公園・新宿区落合方面、左は江古田方面。 私は、左へ向かうことにした。
 
1706200927440
 
 
⑥キク薬局・・・・・・・・・・新井薬師前駅の北側(中野区松が丘1)に、2009年頃に廃業したらしい、仕舞屋から廃屋となってしまった薬局がある。 二階は歯科だった。、、、、、2階に並ぶ窓がモダンな感じの建物だが、1階の窓はボロボロ。 猫の通り抜けも自由!
 
1706200930080
 
 
⑦中野通り・・・・・・・・・・・・笹塚から中野駅をとおり、江古田で新青梅街道にぶつかる中野通り。、、、、、我が脚は、松が丘1丁目から、中野通りを横断し、松が谷2丁目に入る。
 
1706200941430
 
 
⑧妙正寺川・・・・・・・・・・・・杉並区妙正寺から中野区江古田地区を流れ新宿区下落合で神田川に合流する妙正寺川。 我が脚は、江古田橋で妙正寺川を越える。
 
1706200950370
 
・・・・・・・・・・・・・・大雨の度に氾濫していた妙正寺川は、流域・護岸も整備され、深い川底が見える。、、、、、、、水は綺麗になった。 念のため遊泳禁止。
 
1706200951130
 
 
⑨東福寺・・・・・・・・・・妙正寺川を越えて江古田3丁目に、真言宗豊山派の東福寺がある。 東福寺の創建年代は不詳だが、天正年間(1573~1593)に江古田村の村民が開基となり、創建した。 江戸時代には3代将軍家光が鷹狩りの休息所(御膳所)として指定されていた。、、、、、現本堂は昭和42年(1967)に鉄筋コンクリート造で建てられた。、、、、境内は広く、本堂は高台にある。 
 
1706201000160
 
1706201006140
 
 
⑩江古田駅・・・・・・・・・・・・「江古田」の町は中野区にある。 大江戸線「新江古田駅」は中野区の北端「江原町」にある。 そして、西武池袋線の「江古田駅」は練馬区旭丘に位置する。 つまり、江古田の町には鉄道の駅は無い! ついでに、東電江古田変電所、日大江古田キャンパス、江古田斎場など、有名処の施設は練馬区に位置する。
 
・・・・・・・・・・・・・・大江戸線新江古田駅
 
1706201018490
 
・・・・・・・・・・・・・西武池袋線江古田駅
 
1706201028000
 
1706201031020

2017年5月 5日 (金)

浅草橋~東中野

浅草橋の我が家から、総武・中央線沿いに飯田橋まで行き、そこから地下鉄東西線の神楽坂、早稲田をとおり、馬場下交差点からは学習院女子大、百人町アパートを抜けて東中野駅までの散歩です。、、、、GWのすいた都心を歩いてきた。
 
 
 
●am7:50・・・・・・・・・・・・浅草橋駅西口をスタートする。、、、、秋葉原の隣だが、人影も少ない寂しい駅である。 
 
1705050747280
 
1705050749080_2
 
・・・・・・・・・・・・・・両国~浅草橋~秋葉原~お茶の水間は昭和7年の開業で、この間の高架部分、架道橋は当時のままである。 耐震工事のため高架下の建物は壊され、スッポンポンの状態で、チョイト悲しい姿をさらしている!
 
1705050747010
 
1705050757360
 
 
●am8:00・・・・・・・・・・・・秋葉原駅昭和通り口を通過。
 
1705050803250
 
 
●am8:20・・・・・・・・・・・・昌平橋交差点を通過。、、、、、、神田川 に架かる昌平橋は関東大震災のあった大正12年(1923)に、震災直前に完成した。 そのため、昭和 5年(1930)に修復工事が行われた。
 
1705050819030_2
 
・・・・・・・・・・・・・・交差点の頭上には総武線の松住町架道橋が架かる。
 
1705050816000
 
・・・・・・・・・・・・・・また昌平橋からは、神田川の川幅いっぱいに大股を広げた総武線神田川橋梁が見える。 お股の奥には丸ノ内線神田川橋梁聖橋(工事中)が見える。
 
1705050821410_2
 
1705050822280
 
 
●am8:25・・・・・・・・・・・・昌平坂を上る。、、、、、、別名「相生坂」とも言う、湯島聖堂前の昌平坂を上り丸ノ内線お茶の水駅に出る。、、、、、急な坂ではないがダラダラ上る坂は、手術で肺活量が小さくなった私にはキツイ!ゼイゼイ・ハアハア、美人を見るとドキドキ・ビクビク。
 
1705050826250_2
 
1705050825520_2
 
1705050830560_2
 
 
●am8:40・・・・・・・・・・・・引き続き、お茶の水坂を下る。、、、、、、お茶の水と水道橋の間で、神田川の北側(文京区、外堀通り)にある坂。、、、、、、今日の外堀通りは行きかう車も少なく、神田川沿いの緑を眺め歩くのは、気分爽快。
 
1705050840440_2
 
・・・・・・・・・・・・・坂を下ると水道橋交差点に出る。 右に後楽園遊園地、左に水道橋駅
 
1705050844360_2
 
1705050844460
 
 
●am9:00・・・・・・・・・・・・飯田橋交差点を通過。、、、、ここからは、地下鉄東西線のルート沿いに歩く。
 
1705050858130_2
 
 
●am9:20・・・・・・・・・・・・神楽坂駅を通過。、、、、飯田橋からは、熊谷組本社牛込消防署を通り、裏道を歩いて坂上(新宿区矢来町)にでる。
 
1705050907430_2_2
 
1705050910320_2
 
1705050921560_2
 
 
●am9:40・・・・・・・・・・・・早稲田町の龍善寺を通過。、、、、早稲田通りに面してたつズングリ・ムックリの寺院が、真宗大谷派の龍善寺。 寛永15年(1638)千駄ヶ谷に天台宗寺院として創建し、その後、寛文7年(1667)早稲田に移転した。、、、、なんだか、チベットの寺院を模したような建物で好きになれないね。
 
1705050940590_2
 
・・・・・・・・・・・・・・道路を挟み龍善寺の隣、小さな祠に落馬地蔵が祀られている。 寛永3年(1626)、三代将軍徳川家光が鷹狩をしに高田馬場へ向かう途中、ここで急に馬がいななき、立ち上がったため落馬した。 馬の名手だった家光が落馬するには、何かあったのだろうと、村人が調べると、近くを流れる川の橋の下から1体の地蔵菩薩の石像が現れた。 そのことを、家光に報告すると「尊いお地蔵様を粗末にしたからだ」と家光は「落馬地蔵」と名付けお堂を作ってお祀りするように命じた。、、、、家光が命じたわりには、粗末な祠に祀られているね。 隣の龍善寺に堂を寄進してもらうといいね。
 
1705050942470
 
 
●am9:50・・・・・・・・・・・・早稲田駅を通過し、穴八幡宮鳥居前から東西線にサヨナラして、諏訪通りに入る。
 
1705050948030
 
1705050952510
 
 
●am10:10・・・・・・・・・・・・穴八幡から諏訪通りに入ると、これまた嫌いなダラダラの上り坂。 早稲田大学、戸山公園の前をとおり、長い煉瓦塀が伸びる学習院女子大前に出る。 坂道は終わり諏訪神社前を抜けると、前方に山手線のガードが見えた。
 
1705050959530
 
1705051002220
 
1705051009520
 
 
●am10:20・・・・・・・・・・・・諏訪通りの先で西武新宿線・埼京線・山手線の上下6線が走るガードをくぐり山手線の外に出る。、、、、これで、秋葉原から高田馬場まで山手線を横断したしたことになる。 御苦労!
 
1705051016410
 
 
●am10:30・・・・・・・・・・・・百人町の都営アパートを内を突き抜ける。 ここを抜けると神田川に出て、川沿いに歩けば東中野駅。
 
1705051021070
 
1705051023500
 
1705051031450_4
 
 
●am10:50・・・・・・・・・・・・東中野駅へ到着。 今日の散歩はここまでとする。
 
1705051049310_2
 
 
 
●・・・・・・・・・・・・・・・・・今日のルートの総延長は9.6km程、歩数は1万6千歩。、、、ア~ア、疲れた!
 

2017年4月24日 (月)

南台

地下鉄丸ノ内線の終点方南町駅(杉並区)から、中野区の南端の町「南台」をぶらつき、隣の渋谷区本町5丁目まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
方南町駅 ・・・・・・・・・・・丸ノ内線分岐線の終点は「方南町(ほうなんちょう)駅」。 駅のある杉並区の町名は「方南(ほうなん)」。、、、、駅周辺の一帯は和田村と称し、字(あざ)として“方南”、“向方南”などが見られた。 地名“方南”の由来は不明であるが、昭和7年(1932)の杉並区発足時には、字方南と周辺の字を併せて「方南町」となった。 この町名も昭和41年(1966)に実施された住居表示では、“町”をはずして「方南」となる。、、、、“ほうなんですか?” “ほうなんです。”
 
1704240824400
 
・・・・・・・・・・・・駅前の有名な立ち食いそば屋のある東口から地上に出た。 アーケード下の薄暗い出入口である。
 
1704240836150
 
1704240826040
 
 
②南台・・・・・・・・・・方南町駅を出て東に100mも歩けば、そこは中野区南台の町。 「南台(みなみだい)」とは、中野区の南の台地の意である。 昭和42年(1967)の住居表示変更以前は、“前原”、“多田”、“雑色”などの、由緒ある地名であったが、古きを捨て、新しき陳腐なネーミングを採用した。
 
・・・・・・・・・・・・南台5丁目、小高い丘の上に2棟46戸程の集合住宅:東京都住宅供給公社雑色住宅が建っている。 昭和37年(1962)頃(?)の建築。、、、、名前の“雑色”はかつての地名である。
 
1704240848250
 
1704240847060_2
 
・・・・・・・・・・・・・・南台5丁目を流れる神田川 に、昭和34年(1959)に架けられた向田橋。、、、、向田橋は中野区に架かる最上流の橋。 “向田”も付近の旧地名である。
 
1704240854560
 
1704240855550
 
・・・・・・・・・・・・・・南台3丁目の多田神社。 神社は、寛治6年(1092)源義家が大宮八幡宮(杉並区大宮2丁目)に参詣のおり、当地に先祖多田満仲(=源満仲。 平安中期の武将。 多田源氏の祖)を奉祀したことに始まるそうだ。、、、、、神社のある地は、かつて“雑色”と呼ばれ、多田神社は雑色の鎮守として現在もあがめられている。 ちなみに、“雑色”とは、皇室の文書や道具類を納める倉を管理したり、皇室行事の実施を担当する役所で働いていた人々のことである。 現在の宮内庁職員。
 
1704240904550_2
 
1704240910050
 
・・・・・・・・・・・・・・南台3の南台小学校は、旧多田小学校と旧新山小学校が、今年4月に統合して誕生した学校である。 校舎は旧多田小学校を使用。、、、、、ここでも、歴史ある“多田”、“新山”の旧地名が消える!
 
1704240919080
 
・・・・・・・・・・・・・・中野通りを挟み南台3丁目から300m程伸びる南台商店街。 大きな店舗はないが、東京オリンピックの年(1964)からスタートした元気そうな商店街。、、、、そろそろ、店を開ける時間だ!
 
1704240928500_2
 
1704240929420
 
1704240932240
 
・・・・・・・・・・・・・・中野通りに面し南台2丁目にある、昭和44年(1969)に建てられた都営南台2丁目アパート。 外壁にタイルで書かれたアパート名が時代を思わせる。 管理戸数は1棟56戸。、、、、、今日は、チョイト、中に入れてもらった。、、、、、7階から見る新宿。 見晴らしは抜群、新宿の超高層が一望できる!
 
1704240932590
 
1704240937011_stitch
 
・・・・・・・・・・・・・南台1丁目にある国立校:東京大学教育学部附属中等教育学校。 前身は昭和23年(1948)に発足した東大附属学校。 平成12年(2000)から、中・高一貫教育の中等教育学に変わった。、、、、ここには、ソーセージ枠なるものがある。、、、、ソーセージ(双生児)枠とは、中等教育における双生児研究を実践するため、毎年1組~10組程度の双生児が入学している。 1学年定数120名(男子60名、女子60名)のうち男女それぞれ20名以内が双生児枠。、、、、、ぜひ、天才双生児を育成し、ザ・ピーナッツを復活して欲しいね。
 
1704241009520
 
1704241010090
 
1704241017020
 
 
③幡ヶ谷氷川神社・・・・・・・・・・・・南台から隣の渋谷区本町に入り、氷川神社にお立ち寄り。、、、、氷川神社の創建年代は不詳だが、永禄年間(1558~1570)の小田原北条家文書に記載されていることから戦国時代には創建されていたそうだ。 幡ヶ谷村の鎮守社。
 
1704241022260
 
1704241021320
 
 
●・・・・・・・・・・・氷川神社の近く「本町五丁目」バス停から、渋谷区のコミュニティバスで笹塚駅に出て帰宅。、、、、バスを待つ人もなく、ゴミ箱と椅子が並ぶ、静かなバス停。
 
1704241026400

2017年4月19日 (水)

高円寺~鷺ノ宮

JR中央線高円寺駅から道なりに北上し、西武新宿線都立家政駅まで行き、余裕で隣の鷺ノ宮駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
①高円寺駅・・・・・・・・・・かつて、故・高円宮殿下が住んでいた町で、阿波踊り発祥の地として高円寺 は全国に知られている。 町の中心:高円寺駅北側には、いじらしくいとおしい女子高生が多く、「純情商店街」と言われている。 (以上、嘘八百!)、、、、大正11年(1922)7月15日、国鉄の駅として開業した。(これホント)
 
1704190802471_2
 
1704190812120
 
 
②高円寺純情商店街・・・・・・・・・・・・・・戦前から北口で栄えた旧「高円寺銀座商店街」。 駅前に広がる約200店舗で構成される商店街である。、、、、、現在はねじめ正一の小説のタイトルから「高円寺純情商店街」の愛称で親しまれている。、、、、、通勤時間帯は駅に向かう人がゾロゾロ・セカセカ。
 
1704190813300
 
1704190818370
 
 
③高円寺庚申通り商店街・・・・・・・・・・・純情商店街に続く一本道の商店街。 商店街中程には庚申塔が残っている、歴史のある商店街。
 
1704190820270
 
・・・・・・・・・・・・・・杉並区と中野区の境となる早稲田通りに商店街の北の端がある。
 
1704190833360
 
・・・・・・・・・・・・・・商店街中程の庚申塔。 庚申塔は正徳6年(1716)高円寺村の講中10人が、悪病退散、村民安全祈願のため建立した。 庚申塔は、昭和 20年(1945)の東京大空襲で戦火をかぶり一部破損したが、昭和37年(1962)に現状の如く修復された。、、、、なにやら秋の味覚を連想させる立派な庚申塔、負けた!
 
1704190823300
 
1704190823550
 
 
④荒牧医院・・・・・・・・・・・・高円寺庚申通り商店街を通り抜けると、早稲田通りの向かいに、薄水色の下見板張り2階建てのかわいらしい建物が見える。、、、、大正末期に現在地で内科・外科・小児科・皮膚科の診療を開始した医院で、現在は子孫が受け継ぎ開業している。、、、、、建物は、耳鼻咽喉科と皮膚科の2棟ある。 耳鼻咽喉科の建物は開業時の建物で100年近く経過している。 その脇に早稲田通りに面して、皮膚科の建物が建っている、こちらは戦後の建物。
 
1704190828040
 
1704190826330
 
 
⑤天平・・・・・・・・・・中野区大和町3、昭和の匂いプンプンの民生食堂「天平」。 「民生食堂」とは、戦前の「外食券食堂」がルーツで、昭和16年(1941)に米の配給制開始に伴い、食堂が完全登録制となり、「米穀通帳」を役所に提示し「外食券」を発行して貰い、その券で食事する食堂を「外食券食堂」と呼んだ。 戦後になると、闇ゴメなどが出回り食糧事情も変わり、外食券不要で雑炊だけを提供する「雑炊食堂」が現れた。 昭和26年(1951)には外食券制度がついに廃止となり、それまでの「外食券食堂」が、都指定の「民生食堂」へと変わったそうだ。 「民生食堂」は、都の補助もあり安価に食事ができる「大衆食堂」である。、、、、店は11時から営業とのこと。
 
1704190855321
 
 
⑥川北橋・・・・・・・・・・・中野区大和町と中野区若宮を結び、妙正寺川に昭和42年(1967)に架けられた橋。
 
1704190911500_2
 
・・・・・・・・・・・・・橋の北詰にある更生教会(中野区若宮2)のモミの木は、昭和64年(1989)の暮、「銀座ミキモト」のクリスマスツリーとして店頭を飾ったものである。 大きく立派に育ち、今は教会のツリーとして毎年点灯されているそうだ。
 
1704190916190_2
 
 
⑦庚申大神・・・・・・・・・・・若宮2丁目の庚申塔。 「享保十乙巳年十月吉日」(1725)と彫られている。
 
1704190922360_2
 
1704190922080_2
 
 
⑧都立鷺宮高等学校・・・・・・・・・・若宮3にある都立鷺宮高等学校の前身は、東京府立高等家政女学校で、最寄り駅である西武新宿線都立家政駅から徒歩3分の距離。 西武新宿線鷺ノ宮駅~野方駅間は1km弱の短い距離であるが、その途中に都立家政駅が設けられた。 校名を冠した駅である。、、、、、学校は明治45年(1912)7月4日に豊多摩郡立農業学校の附設実業女学校として創立。 大正15年(1926)に東京府立中野家政女学校と改称し、昭和4年(1929)に東京府立高等家政女学校と改称した。 昭和13年(1938)4月1日、中野区桃園町から現在地に移転した。 都立家政駅が開業したのは、移転の前年昭和12年(1937)12月25日で、学校の移転を先取りしての開業であった。、、、、、ということで、鷺宮高等学校は駅名の謂れとなった学校。 また、校名が変わっても、古い駅名を存続させている西武鉄道もあっぱれ・かっぽれ! 
 
1704190937150
 
・・・・・・・・・・・・・・・こちらは、都立家政駅。 念のため、開業時は“府立家政駅”と称した。
 
1704190944240
 
1704190950380_4
 
・・・・・・・・・・・・・漫画家「ちばてつや」が考案した、都立家政のマスコット・キャラクター「かせいチャン」。 そのブロンズが都立家政駅の隣の信用金庫前にある。、、、、かわいいね。
 
1704190953050
 
 
鷺ノ宮駅・・・・・・・・・・・都立家政駅からチョイト足をのばして、隣の鷺ノ宮駅まで歩いた。、、、、昭和2年(1927)4月16日に開業した、単式ホーム1面1線(上り)と島式ホーム1面2線(下り)を併せ持つ地上駅。 
 
1704191008210
 
1704191019080
 
1704191019180
 

2017年4月 4日 (火)

江古田~沼袋

千葉鉄道聯隊で活躍していた「E18機関車」が見たくなり西武池袋線の江古田駅から、西武新宿線の沼袋駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
江古田駅 ・・・・・・・・・大正11年(1922)11月1日、“1”並びの日に開業した駅。 旧制武蔵高等学校(現:武蔵大学)の設立に合わせて「武蔵高等学校用仮停留所」として開業し、翌年、駅名を「江古田」に改称し本営業を開始した。、、、、、駅名は「えこた」と読む、地名としては「えごた」の読みが正解である。 ただし、駅が所在する練馬区には“江古田”はなく、隣の中野区に地名が残っている。 ついでに、大江戸線の「新江古田」駅(練馬区・中野区の区境にある)では“しんえごた”と称している。
 
1704040828090
 
1704040822110
 
1704040835310
 
 
●・・・・・・・・・・・『江古田まで来たので武蔵大キャンパスでも覗いてみるか。』と思い、武蔵野稲荷神社の境内を抜けて大学前の通りに出たら、『ナンジャ・コリャ!』学生がゾロゾロ、『ソ~~カ、越谷の手前だ! 新入生のオリエンテーションだ!』 今日は立ち寄るのを諦めた。
 
1704040840380
 
 
②鉄道聯隊E18機関車・・・・・・・・・・・練馬区豊玉北1丁目の「エリエイ」という鉄道関連図書出版社に置かれている。、、、、、この機関車は、鉄道聯隊で使われた機関車で、大正10年(1921)にドイツ・オーレンシュタイン&コッペル社にて製造された。 軌間600ミリのE型タンク機関車である。、、、、このE型タンク機関車は、小回りの利く機関車として、軽便鉄道・森林鉄道、工場構内などで多く使用された。 大正10年(1921)、陸軍はこのE型機関車を25両発注し、「E1」~「E25」機関車とした。 昭和20年(1945)までは、千葉の鉄道第一聯隊または津田沼の鉄道第二聯隊の演習線で活躍した。 戦後、聯隊はなくなり、E18は砂利運搬用に西武鉄道に引きとられた。 数年間使用された後は、西武鉄道関連の工場・倉庫に放置され、ボロボロの状態となった。 平成5年(1993)、こちらの会社に移され、大井川鉄道新金谷工場で外観の修復が行われた。 平成24年(2012)から、現在の状態で保存されている。、、、、ボロボロの身体となったE18の再活躍は難しいと思うが、玄関前に大切に保存してもらい、延命しているようだ。
 
1704040856030
 
1704040857150
 
1704040858260
 
 
③江古田の森公園・・・・・・・・・・・・・中野区江古田にある中野区立の公園である。 樹木や芝生の広場などがある広い公園は、住民の憩いの場であるようだ。 敷地は、大正8年(1911)にできた国立療養所中野病院があったところで、主に結核患者の養生所であった。 その病院も平成4年(1993)に新宿区の国立国際医療センターへ移転した。 跡地は中野区により公園として整備された。 公園に隣接し、「江古田の森」という老人ホーム、東京警察病院看護学校、総合東京病院など、医療・介護関連施設が集まっている。
 
・・・・・・・・・・・・・・公園は春、、、、、
 
1704040928480
 
1704040917030
 
1704040919030
 
・・・・・・・・・・・・・・・公園の中央に福祉センター:「江古田の森」がある。
 
1704040925170
 
・・・・・・・・・・・・・・・道路を挟み向かいの東京警察病院看護学校は、本日が親子揃っての入学式。、、、、いずれ私が病院で世話になる娘がいるかもね?
 
1704040926380
 
・・・・・・・・・・・・・・・こちらは総合東京病院、デカい病院だ!、、、、、病院の診察券を蒐集するのが趣味の私も、ここの診察券は持ってないね! 
 
1704040934390
 
 
④カトリック徳田教会・・・・・・・・・・総合東京病院(中野区)とは江古田川を挟み練馬区側の豊玉中1丁目にカトリック徳田教会(とくでんきょうかい)がある。、、、、、こちらの教会は、明治42年(1909)にパリ外国宣教会から日本に派遣されたヨゼフ・フロジャック神父の歩みと共に活動してきた。 神父は、昭和初期、中野区江古田にあった結核療養所の入院患者が、退院を強いられ行き場を失っていたのを見て、一軒の家を借りて収容された。 その後、この家の周りに、患者を支える社会福祉法人慈生会、ベタニア修道女会、徳田教会などがつくられていった。 昭和28年(1953)には、神父の尽力により、現在の聖堂・司祭館が造られた。 その後、神父は昭和34年(1959)に他界した。、、、、、「徳田」(とくでん)は豊玉にあった旧地名である。
 
・・・・・・・・・・・・・・・正面から拝見、中世の教会のような後ろ姿も拝見。
 
1704040952450
 
1704040948310
 
・・・・・・・・・・・・・・・鐘楼に向かい左側が聖堂、右側は司祭館。
 
1704040951380
 
1704040950030
 
1704040947350
 
・・・・・・・・・・・・・・聖堂の内部も拝見!
 
1704040941550
 
1704040943120
 
1704040943340
 
1704040943460
 
1704040943550
 
 
⑤沼袋駅・・・・・・・・・・・西武新宿線の沼袋駅(ぬまぶくろえき)から帰宅する。、、、、、沼袋駅は隣の新井薬師駅とともに地下化工事が進められている。 工事はまだまだこれから、只今はヤードの整備中、完成まではあと数年はかかる?
 
1704041021230
 
1704041025550