世田谷区

2019年9月17日 (火)

美しいモスク!

京王線代田橋駅から、小田急線代々木上原駅まで、1万1千歩の散歩です。

 

●再開発に着手! ・・・・・・・代田橋駅は、大正2年(1913)4月15日、京王電気軌道の駅として開業。 相対式ホーム2面2線の駅で、狭い敷地のため駅舎・改札は八王子寄りの地下に1か所のみある。、、、現在、京王線笹塚駅~仙川駅間の高架化事業が始まり、数年後には代田橋も高架駅に生まれ変わる。 また、駅前の和田堀給水所により、道路の一部が途切れていた井の頭通りも一直線の道路に変わる予定。 こうなると、代田橋駅前の再開発が巷の噂となって“あたり前田のクラッカー”。 世田谷区では計画実現に向け、真剣に取り組み始めているそうだ。、、、、通勤・通学時間、狭い駅前の通りは学生がゾロゾロ、快傑ゾロ!

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●区内唯一の酉の市 ・・・・・・駅の西50m程、線路沿いに大原稲荷神社がある。 天明2年(1782)五月、それまで代田村字大原の北外れを結界とし、村外からの悪霊を祓うため地元の人々の寄合地としてあった杉林に社を建て、遠く京都の伏見稲荷大社まで出向き、稲荷神社が勧請された。 境内社として大鳥神社があり、11月の酉の日には縁起物の熊手市が立ち、世田谷区内唯一の酉の市とあって大勢の人で賑わうそうだ。

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●丸は無くなり、四角ができる ・・・・・代田橋駅の南西に、大正から昭和にかけ建てられた規模の大きな和田堀給水所がある。 用地面積は約5,400㎡。 ここには、頑強な丸い造りの1号配水池(昭和9年完成)と、小さな山の様な四角い2号配水池(大正13年完成)があり、千代田区・港区・渋谷区・世田谷区・目黒区に給水していた。 2つの配水池の有効容量は合計60,000㎥だが、容量不足と老朽化により、平成23年(2011)から給水池の再構築と、給水所の北側を迂回するように延伸されている井の頭通りの直線化工事が行われている。 2号配水池は壊され、丸い1号配水池も今後壊される予定である。 その後、四角い2つの配水池が新たに造られる予定だ。 井の頭通りは配水池の地下を通るらしい。 完成すると、有効容量を60,000㎥から110,000㎥になるそうだ。、、、、工事も佳境に入り部外者は立入禁止、給水所の周りを歩いても、現場の中は見えずらい。 鉄柵越しに最後の姿を瞼に焼き付ける!

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●世田谷の和風住宅! ・・・・・・和田堀給水所の東、大原二丁目交差点を越え、大原1丁目の裏道に「柳沢の杜市民緑地 」がある。 庭の広い個人住宅の跡である。 ここは、かつてこの場所に暮していた柳澤君江が、生前「没後もこのままで残して欲しい」と願い、その意思に沿って残された和風庭園と住宅の跡である。 現在は、市民緑地として開放されているようだ。 庭の奥にある、伊東安兵衛(1908~1972、東京都生まれ、家具・木工のデザイナー。他方、建築設計も行う)の設計による、昭和26年(1951)に建てられた、国の登録有形文化財の建物も残されており、故人が暮らし、愛した風景に触れることができる。、、、、建物の中には入れず、残念!

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●“なつぞら”の空 ・・・・・・・今日の空は、青く澄んだ空に白い雲の映えるアニメのような“なつぞら”。 世田谷区北沢、渋谷区大山町の裏道を歩き代々木上原駅に向かう。、、、、“なつぞら”は暑い、久しぶりに汗が噴き出してきた。

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●凄い綺麗なモスク! ・・・・・渋谷区大山町、もうまもなく代々木上原駅だと思った時、目の前に尖塔が見えた。 アッ、あの尖塔は銭湯の煙突ではない、あれは紛れもなく、私が前から行って見たかった、イスラム教のモスク「東京ジャーミイ」だ! ヨシ、内部を拝見させてもらうぞ!

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・・・・・・・・・・・・・・東京ジャーミイ(Tokyo Camii)は、日本最大のイスラム教寺院である。 東京ジャーミイは、駐日本国トルコ共和国大使館の所属であり、宗教法人「東京トルコディヤーネットジャーミィ」によって運営されている。 モスクの光熱費などはトルコ共和国宗務庁が負担しており、責任者であるイマームも同庁からの派遣である。 東京ジャーミイには、1階にイスラム教(回教)やトルコの文化を紹介する「トルコ文化センター」があり、2階は最大2,000人収容可能な礼拝堂で、女性用の礼拝室も3階にある。 日本最大のモスクである。 敷地面積は734㎡、建物床面積は1,693㎡。 東アジアで最も美しいモスクと云われている。、、、、只今、建物外部は改装中。 内外の壁には大理石を多用し、今日の空の青さを背景に白さが際立っている。

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・・・・・・・・・・・・・・まずは、1階、トルコの美術品が展示されているトルコ文化センターを拝見。 チョイト旅のおつまみに、トルコ原産のナツメは食べ放題。(私は遠慮して3粒ほど頂戴してきた)

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・・・・・・・・・・・・・・2階は礼拝所。 東京ジャーミイの扉・天井・壁などにある装飾は全て意味がある模様・デザインである。 アラビア語の簡潔な文章で、神のメッセージや預言者ムハンマドの言葉がいたる所に記されている。 私はアラビア語はダメなので、すべてが模様のように見えてしまった。 ゴメン! ここで2000人が礼拝する様子を見てみたくなった。 圧倒されること間違いなし!、、、、3階は女性の礼拝室で男性は入室禁止。 残念だが、見るのはあきらめた!

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●懐かしさを感じたホームの売店 ・・・・・・・・代々木上原駅は、昭和2年(1927)4月1日、代々幡上原駅として開業。 昭和16年、代々木上原駅に改称。 昭和53年(1978)に営団地下鉄千代田線・代々木公園~代々木上原間が開通し、小田急小田原線との相互直通運転開始。、、、、現在は、島式ホーム2面4線の高架駅。 最近少なくなったように思えるホームの売店がある。


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2019年7月 3日 (水)

井の頭線 (下北沢~駒場東大前)

雨の上がった午前中に散歩をすべく、朝7時過ぎに家を出た。 行先は井の頭線の下北沢駅、今日はココから歩きはじめ駒場東大前駅まで、1万1千歩の散歩です。




●すし詰めラッシュ ・・・・・井の頭線沿線の散歩、今日は下北沢駅から。 まずは、井の頭線の下北沢駅で下車。

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・・・・・・・・・・・・・・吉祥寺方面から渋谷に出る通勤客にとっては、中央線新宿経由で渋谷に出ると、乗換1回、所要28分、運賃216円。 井の頭線で渋谷に出ると、直行、30分、195円。 自宅・勤務先の事情もあるだろうが、井の頭線の利用に魅力を感じる人も多いはずだ。 それ故に、朝8時の井の頭線下北沢駅ホームに到着する渋谷行の電車は超満員、“乗せて! 押して! 詰め込んで!”のラッシュ。 一方、吉祥寺行は“楽々座れますね!”

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●落ち着かない町! ・・・・・・下北沢の隣り駅:池ノ上駅まではわずか600m。 チョイト、裏道、回り道、寄り道を!

・・・・・・・・・・・・・・地下化された小田急線の地上の旧線路跡。 広い空間が、まだ整備されず・・・

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・・・・・・・・・・・・・・駅周辺には、大きな劇場、小さな劇場、数えたことはないが、自分の知るだけでも10軒以上はある!

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・・・・・・・・・・・・・・踏切を一つ、また一つ、線路の先には池ノ上駅が見える!

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●駅名の由来は単純! ・・・・・下北沢駅から600m、昭和8年(1933)8月1日に帝都電鉄の駅として開業した池ノ上駅。 駅名は“いけのうえ”と読む。 ノーなしは東急池上線の池上駅、間違えないで! 島式ホーム1面2線の地上駅で橋上駅舎を持つ。、、、、かつて駅の南方に細長い池があり、それから駅周辺の高台を「池の上」と呼ぶようになる。 その地名から駅名を「池ノ上」としたそうだ。
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●研究の成果を見たい! ・・・・・・池ノ上駅の西側、目黒区駒場に東大駒場リサーチキャンパスがある。 ここは、元々は駒場農学校(東大農学部の前身)の敷地だった。 関東大震災後は東大の工学部系の研究施設がつくられる。 現在は、先端科学技術研究センター、生産技術研究所、国際産学共同研究センターがつくられ、先端工学系の研究施設が集まるキャンパスとなっている。、、、、“駒場”の東大と言えば、誰もが東大教養学部の駒場キャンパスを思いだすが、そのキャンパスは「駒場東大前駅」の北側に広がっている。 ここは、教養学部のキャンパスとは駒場公園を挟んで西側にあるキャンパス。 東大でも一般にあまり知られていない、超最先端の研究をしている施設である。 セキュリティがシッカリしているので、内緒で機密情報をパクることは出来ません!、、、、文化財級の建物を除いて、研究室などがある近代的な建物は、京都駅を設計した原広司の設計である。、、、、

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 ・・・・・・・・・・・・・・最先端の研究をする施設群の中で、キャンパスの中央にシンボル的にたつのは「先端科学技術研究センター13号館」。 旧航空研究所本館で、登録有形文化財。 昭和4年(1929)完成。 設計は内田祥三、清水幸重。 施工は大倉土木(現:大成建設)。、、、、現在は、事務室と教室として使用されているようだ。

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・・・・・・・・・・・・・・13号館の真後ろたつ14号館。

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・・・・・・・・・・・・・・正門から入ると、13号館の右にたつ「試作工場」は、旧東京帝国大学航空研究所中央工場第1号館として昭和4年(1929)に建てられた。 鉄筋コンクリート造2階建て。 設計は内田祥三と清水幸重ほか、施工は大倉土木(現:大成建設)。

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・・・・・・・・・・・・・・13号館の左には、「旧:東京帝国大学航空研究所風洞部研究室」であった1号館がある。 設計:内田祥三、清水幸重など、施工は竹中工務店。
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●東西駒場駅の合作! ・・・・・・「駒場東大前駅」は、昭和40年(1965)7月11日に「駒場駅」と「東大前駅」を統合して開業した。 井の頭線で唯一戦後に開業した駅で、最も新しい駅である。 現:駒場東大前駅より吉祥寺寄りに駒場駅が、渋谷寄りに東大前駅があった。 両駅がその中間点に移動し、統合したものだ。

・・・・・・・・・・・・・・まず「駒場駅」について、、、、昭和8年(1933)8月1日に帝都電鉄の「西駒場駅」として開業。 昭和12年(1937)に「駒場駅」に改称した。、、、、駒場駅は現:駒場小学校の前辺りにあった。 (写真1枚目の中央)上り側:京王電鉄の保線詰所のような小さい建物が建っている処。  (写真2枚目の中央)下り側:ホームのようなコンクリート構造物がある処。

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・・・・・・・・・・・・・・「東大前駅」について、、、、昭和8年(1933)8月1日に帝都電鉄の東駒場駅が開業。 昭和10年(1935)には「一高前駅」に改称し、昭和26年(1951)に「東大前駅」に改称した。、、、、次の写真では、現駒場東大前駅の渋谷寄り東口階段を下り20m程渋谷側に寄ったあたりに、写真左端の看板がある処。 この付近ではコンクリートの中に鉄骨の一部が埋められたものを2m程の間隔に見ることができる。 当時の駅に関係する構造物の一部か?

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・・・・・・・・・・・・・・現在の駒場東大前駅は、島式ホーム1面2線の構造。 傾斜地にあるため、吉祥寺寄りは高架ホーム、渋谷寄りは通常の地平ホームとなっている。 改札口は、吉祥寺寄りホーム階下の西口と渋谷寄りの路盤上にある東口・東大口の2か所がある。

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2019年6月28日 (金)

井の頭線 (明大前~下北沢)

台風3号の影響で、今朝6時、東京は曇天である。 台風は小型で、しかも東京には立ち寄りそうもない。 台風一過の晴天を期待して、井の頭線沿線の散歩に出た。 明大前駅から下北沢駅まで、駅間距離はわずか1.9km、途中2駅である。 1万1千歩の散歩です。




●明大前は学生の町 ・・・・・・明大前駅で下車するのは明治大学の学生だけでなく、日大鶴が丘高校、二階堂高校、日本学園高校など高校生も多く、まさに学生の町だ。

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・・・・・・・・・・・・・・井の頭線と交差する京王線では、笹塚駅から仙川駅間付近にかけて、道路と鉄道との連続立体交差事業が着工されている。 この事業は、笹塚駅~仙川駅間約7.2kmの区間を高架化することで、25箇所の踏切を除却するとともに7箇所の都市計画道路を立体化し、あわせて側道を整備するものである。 これに伴い、代田橋駅・明大前駅~千歳烏山駅は高架駅となる。 明大前駅では、地下1階の掘割りを走る井の頭線については高架化工事の対象ではないそうだ。、、、、明大前駅部の工事は大成建設+竹中土木により始まった。 駅周辺では工事用地のも確保されている。

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・・・・・・・・・・・・・・駅名になった明治大学和泉(いずみ)キャンパス。 ここ和泉キャンパスは文系学部の教養課程で使用している。、、、、なみに、私の母校も明治大学だが、工学部なので、4年間、川崎市の生田キャンパスに通った。 残念ながら、こちらのキャンパスで学んだことはない。 (写真は2日前に撮影)

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●チョイト、松原2丁目をブラブラ ・・・・・・明大前駅の南側に広がる世田谷区松原2丁目の町を拝見!

・・・・・・・・・・・・・・京王線沿いに高井戸方向へ歩くと、カトリック松原教会があった。 聖堂は昭和40年(1965)に建てられたそうだ。

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・・・・・・・・・・・・・・教会の西側、アパートらしき建物(松原2-16付近)の角にあった石柱。 「靏美ヶ丘」か、「鶴美ヶ丘」か、これは何だ?・・・ 最初の文字は、雨冠に鶴で“靏”、「カク」、「つる」と読むらしい。 地名か? 「鶴美ヶ丘」と云う地名は神奈川県秦野市鶴巻南に存在していたが、ここからは遠すぎる! サッパリ・判らん!
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・・・・・・・・・・・・・・菅原神社(松原3)は、寛文5年(1665)に寺子屋を開いていた石井兵助直慶が建立したと考えられている。 松原地域の鎮守社として崇敬を集め、明治期には村社に列格していた。 現社殿は昭和40年(1965)に落成した。、、、、住宅地の中に、落ち着いた神社。
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・・・・・・・・・・・・・・松原2丁目の日本学園中学・高等学校の正門奥に1号館の建物が見える。 この建物は、卒業生である建築家:早稲田大教授:今井兼次の設計による昭和初期の建築で、国の登録有形文化財に指定されている。、、、、日本学園は、明治18年(1885)に神田錦町に創立。 昭和11年(1936)に現在の世田谷区松原に移転。 卒業生には、吉田茂、佐々木信綱、横山大観、永井荷風など、著名人、大物がズラリ! ドリフの荒井注も・・・

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・・・・・・・・・・・・・・井の頭線の線路脇を歩く。

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●窮屈な駅 ・・・・・・東松原駅は、昭和8年(1933)8月1日に帝都電鉄の駅として開業。 島式ホーム1面2線の地上駅、改札はホーム中間の橋上にある。 改札からは、駅西側(吉祥寺方)と東側(渋谷方)の出入口につながる。、、、、狭い構内に無理して造った駅を実感できる!

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●隣の駅まで500m ・・・・・・・・・・・・・東松原駅と次の新代田駅までの距離は500m、隣り駅が見えるようで見えない!

・・・・・・・・・・・・・・線路沿いを歩く。 『この先行止まり・・・』の案内が、わざわざ私道持主が、、、、坂道を上がるとナットク! 道路の中央に大木(羽根木1)が、コリャ、自動車は無理だ!、、、、自然保護?

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・・・・・・・・・・・・・・羽根木1丁目にステキなデザイナーズマンションが並ぶ一画がある。 和風の「亀甲新」とモダンな「羽根木インターナショナルガーデンハウス

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●代田、代田、代田! ・・・・・・・・・・・・・世田谷区の東を南北に走る環七通り、その通り沿いに北から、京王線の代田橋駅、井の頭線の新代田駅、小田急線の世田谷代田駅と、“代田”が紛らわしく並んでいる。、、、、井の頭線の新代田駅は、昭和8年(1933)8月1日に帝都電鉄の「代田二丁目駅」として開業。 昭和41年(1966)に「新代田駅」に改称。 ホームは掘割内にあり、駅の上に環七通りが通っているため、ホームの一部は道路下にある。 改札口は橋上駅舎として環七通りに面している。 相対式ホーム2面2線の地上駅。

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●幻となった廃線跡! ・・・・・・・井の頭線新代田駅と小田急線世田谷代田駅の間には、戦争中から戦後にかけて連絡線(代田連絡線)が引かれていた。 これは、空襲により井の頭線の電車がほとんど消失したために、急遽小田急線から電車を運び込むために用意されたものである。そのため、撤去後もしばらくの間は渡り線が放置されていたが、その後は宅地造成が進んだ。、、、、廃線跡と思われる付近を歩いてみたが、住宅が建ち並び、それらしき痕跡を発見することはできなかった! 
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●西口は地上、中央口は高架下の駅 ・・・・・井の頭線下北沢駅も、昭和8年(1933)8月1日に帝都電鉄の駅として開業した。 小田急線は昭和2年(1927)に開業しており、6年遅れての開業である。 井の頭線と小田急線は当駅で立体交差し、京王が高架駅、小田急が地下駅(以前は地上駅)となっている。、、、、井の頭線は島式ホーム1面2線を有する高架駅。 吉祥寺寄りのホームの端は地表と同じ高さで、ホームのすぐ脇に踏切がある。 踏切りの近くには西口がある。

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2019年6月26日 (水)

井の頭線 (浜田山~明大前)

井の頭線沿いの散歩も三日目。 今日は浜田山駅から明大前駅まで歩いてきた。 途中大圓寺に寄り道し、1万4千歩の散歩です。




●乗客の質が違うのか? ・・・・・・浜田山駅の出入口は一か所のみ。 電車が到着すると、通勤・通学客で混雑する。 乗る人、降りる人、どちらも、私の住む浅草橋駅(台東区)とはチョイト違うようだ、気のせいか、上品な人が多いように感じる。 “おばちゃん”、“おじちゃん”と呼ぶような人が少ないね!

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●山を見に行く! ・・・・・・地名「浜田山」なる“山”はどこだ?、、、、探してみましたが“山”らしき所はありません。 答えは、江戸時代、内藤新宿の商人:浜田屋が所有する林が近く(現:杉並区浜田山4付近)にあった。 この林の中には、浜田屋の墓地もあり、彼岸の時期などには浜田屋の人が墓参に詣で、その折には村人に銭・菓子が配られ賑わったそうだ。 そこで、村人はこの林を「浜田屋の山」と呼び、「浜田山」となった。 “林”を“山”と呼んだのだ。、、、、現在は林もなく、墓は永福にある理性寺の境内に移された。 
・・・・・・・・・・・・・・浜田山駅から、駅前の商店街、鎌倉街道のホンの一部を歩き、井の頭通りに出る。 浜田山4丁目、井の頭通りに面し「杉並南郵便局」がある。 この郵便局の付近に浜田屋の林があったと云われている。  

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・・・・・・・・・・・・・・井の頭通りから、井の頭線沿いの道に戻り、隣り駅「西永福」に向かう。 線路脇のアジサイは、そろそろ色も茶色に変わり、今年はお終い。

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●モダンな駅だ! ・・・・・・西永福駅は昭和8年(1933)8月1日、帝都電鉄の駅として開業。 島式ホーム1面2線を有する地上駅。、、、、平成20年(2008)に橋上駅舎化工事も完了し、小さいながらも、ユニバーサルデザインによるモダンな駅となった。  

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●隣り駅まで700m ・・・・・・・・西永福駅から隣の永福町駅までは700mしか離れていない。 西永福駅から線路沿いに駐輪場があるが、いずれいつの日か永福町駅まで繋がりそうだ! 駐輪場が切れると、かつての永福町検車区跡が見える。 検車区は昭和41年(1966)に廃止となり、現在は京王バスの営業所として利用されている。

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●またまたモダンな駅 ・・・・・・永福町駅も昭和8年(1933)8月1日の開業。 島式ホーム2面4線の地上駅。 平成22年(2010)より、それまでの地下駅舎に代わって橋上駅舎の供用を開始し、駅ビルも出来、これまたモダンな駅に変身した。、、、、エスカレーターのない総武線浅草橋駅を日々利用する私にとっては、エスカレーターのある駅は羨ましいかぎり。 年寄りには階段はキツイ!、、、、永福町という名の由来は、永福町駅の南400mにある、大永2年(1522)開創の古刹曹洞宗永福寺による。 

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●葵と丸に十 ・・・・・・永福町駅から北へ歩き、杉並区和泉3の薩摩島津家の江戸菩提寺:大圓寺(だいえんじ)に寄った。、、、、曹洞宗寺院の大圓寺は、泉谷山と号し、本尊は釈迦如来坐像。 大圓寺は、慶長8年(1603)江戸赤坂溜池の辺りに徳川家康が開基となって創建した。 寛永18年(1641)伊皿子(港区三田高輪辺)へ移転。 島津家の江戸菩提寺となり、明治維新後、寺院の発展を計り明治41年(1908)当地へ移転した。、、、、山門には葵の紋、本堂には葵の紋と丸に十の字。 ナットク!、、、、大きな寺ではないが、閑静な趣きのある寺である。 墓地には西郷隆盛の娘の墓もあるそうだが、どれもこれも古い墓で、どれがどれやら、サッパリ判らん!

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・・・・・・・・・・・・・・境内には、石像の仁王尊や寛永2年(1625)芝浦の海中から出現したといわれる潮見地蔵尊石像、また島津家の宝篋印塔・六地蔵尊があり、墓地には益満休之助他75名が刻されている「明治元年戊辰の役戦死者の墓」などがある。

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●2社1寺 ・・・・・・大圓寺から井の頭線に戻るついでに、和泉3丁目の2社1寺も訪ねてみた。

・・・・・・・・・・・・・・和泉熊野神社は、文永4年(1267)の創建と伝えられ、江戸期には別当龍光寺で和泉村の鎮守。

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・・・・・・・・・・・・・・和泉貴船神社は、和泉熊野神社の境外末社。 和泉貴船神社は、文永年間(1264~1275)に創建されたと伝えられている。 当社境内にある”御手洗の小池”はいかなる時でも涸れることがなかった湧水で、地名和泉の発祥地と云われている。

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・・・・・・・・・・・・・・真言宗室生寺派寺院の龍光寺は、泉涌山医王院と号す。 龍光寺は承安2年(1172)開創。 もと和泉熊野神社・貴船神社の別当であった。、、、、住宅街のなかに佇む、緑豊かな寺。 紅葉の時期には、綺麗な境内を見ることができるそうだ。 人も少なそうなので穴場かも?

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●・・・・・・・・・・・・・・井の頭線は、明治大学和泉キャンパス脇の切通しを走り、甲州街道の下を抜けて、明大前駅に向かう。

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・・・・・・・・・・・・・・明治大学の正門前を玉川上水が流れ、井の頭線はその下を抜ける。 そのため、江戸時代に造られた玉川上水を導水管で流し、人道橋も併設した「井の頭線玉川上水橋」が造られた。 ここには4本の線路が敷設できるように設計されていたが、2本は未使用のままだ。 この未使用の部分が、幻の鉄道である「東京山手急行電鉄」の遺構である。

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●チョイト狭いね! ・・・・・・明大前駅は、京王線、井の頭線の接続駅で、両線は当駅で立体交差している。 京王線・井の頭線ともに相対式ホーム2面2線を有し、2階が京王線ホーム、1階が改札口、地下1階が井の頭線ホームの3層構造である。、、、、明大前駅は、大正2年(1913)4月15日、京王電気軌道(現:京王線)の火薬庫前駅として開業した。 その後、昭和8年(1933)8月1日に帝都電鉄(現:井の頭線)の西松原駅として開業。 昭和10年(1935)には明大前駅に改称した。、、、、乗降客の増加で、駅全体に手狭感がある。

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2018年12月16日 (日)

秋の名残の九品仏

寒い朝をむかえ気温は2℃、今日も散歩の行き先が定まらず、家を出てからも二転三転し、最終的には世田谷の九品仏(浄眞寺)に行ってきた。 浄眞寺は私の好きな寺の一つで、この季節に行くのは初めてである。 境内には、まだ秋の彩が残っていた。 (夏の九品仏はコチラ
東急大井町線九品仏駅で下車し、浄眞寺に参拝し、大井町線自由が丘駅まで、8千歩の散歩です。
 
 
 
●手狭な駅・・・・・・・・・東急大井町線で、自由が丘駅の隣りが九品仏(くほんぶつ)駅。 昭和4年(1929)11月1日に開業した、島式ホーム1面2線の地上駅。 一日の乗降客数は1万3千人程で、都内の駅としては少ない。、、、、、【ついでの話】 駅前に「九品仏駅前」という、東急バスのバス停があるが、休日の夕刻に1往復発着するのみである。
 
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・・・・・・・・・・・・・ホームの両端に踏切があり、ホームを伸ばすことができない手狭な駅である。 電車は5両編成で運行し、九品仏駅のホームの長さは4両分だけしかない。 その為、二子玉川寄りの車両一両はドアが開かない駅である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・短いホームの真ん中にトイレが作られている。 これも、苦肉の策か?
 
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・・・・・・・・・・・・・駅の出入口(改札口)は上下線路の間にあるのも、御愛嬌。
 
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●秋の名残りの九品仏・・・・・・・・・九品仏は正式には「九品山唯在念仏院浄眞寺(じょうしんじ)」と言う、浄土宗の寺で京都知恩院の末寺。 浄眞寺は、秀吉の小田原征伐後に廃城となった世田谷吉良氏の奥沢城の跡地に、延宝6年(1678、=徳川四代将軍家綱の時代)に開山した。 今でも、城跡と思わせる参道・総門の配置、土塁の遺構なども見られる。、、、、、本堂と向かい合わせに、三仏堂が三宇あり、中央の堂に上品上生・上品中生・上品下生、北の堂(右隣)に中品上生・中品中生・中品下生、南の堂(左隣)に下品上生・下品中生・下品下生の計九品の阿弥陀如来像が納められ、九品仏と呼ばれている。 九品の阿弥陀如来像を奉祀している寺院は、ここと、京都の浄瑠璃寺だけである。、、、、境内の広さ約12万㎡(3万6千坪)
 
・・・・・・・・・・・・・九品仏駅を出ると、境内に向かう長い参道がある。 参道沿いには数基の庚申塔が祀られている。
 
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・・・・・・・・・・・・・参道の突き当りには立派な総門がある。 扁額には「般舟場(はんじゅじょう)」と書かれている。、、、、、般舟とは 常に行道念仏を唱えて諸仏を見奉う心だそうだ。参詣に訪れる人に自然に発するために書かれたものだ。 こう説明されても、私の頭の中では理解不能、まだ仏の心が少しも読めず、未熟者は困ったものだ! ただ、ひたすら称えるのは「南無阿弥陀仏」の六文字。
 
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・・・・・・・・・・・・・・総門をくぐると閻魔大王葬頭河婆(そうずかば、=奪衣婆)が、閻魔堂で迎えてくれた。、、、、閻魔様が好きな私には嬉しいね!
 
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・・・・・・・・・・・・・山門の手前に、浄眞寺を開山した珂碩上人(かせきしょうにん)の御尊像を安置している開山堂がある。 この像は、安産・厄除・開運に霊験があるそうだ。、、、、葵の御紋の賽銭箱に100円玉を投げ入れ、チョイト手を合わせてきたが、間違って安産の御利益を頂いたらどうしようか?
 
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・・・・・・・・・・・・・重厚荘重な仁王門(山門)は寛政5年(1793)の建築である。 一対の仁王像、二十五菩薩像が安置されている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・本堂である龍護殿(りゅうごでん)は、真東に位置し釈迦如来を祀っている。 真西にある、三仏堂の九躰の阿弥陀仏像と釈迦如来像が対面して祀られているのである。 つまり、本堂が此岸(穢土)で娑婆の世界、三仏堂が彼岸(浄土)で極楽の世界を表しているそうだ。、、、、本堂に上がり、釈迦如来に合掌し、念仏を唱えてきた。 脇に祀られている賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ、=なでぼとけ)の、腹を撫で(大動脈瘤)、口を撫で(差し歯がはずれた)、チンチンを撫で(前立腺肥大)てきた。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・龍護殿の向かい合って三仏堂の三宇がある。 中央が上品堂、右に中品堂、左に下品堂。、、、、極楽往生を願う人の性質や行為によって、9段階の階位で分けられているそうだ。 大きく、上品(じょうぼん)、中品(ちゅうぼん)、下品(げぼん)の三階位。 さらにそれぞれを、上生(じょうしょう)、中生(ちゅうしょう)、下生(げしょう)に分け、上品上生から下品下生まで、、、、さて、私はどこに位置するか?
 
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・・・・・・・・・・・・・・上品堂 三躰の阿弥陀仏は似ているが、印相が異なっている。
 
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・・・・・・・・・・・・・中品堂
 
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・・・・・・・・・・・・・・下品堂
 
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●シャレた町だが親爺には不向き・・・・・・・世田谷奥沢の町を歩いて自由が丘駅に出る。
 
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2018年10月 8日 (月)

取り壊される団地

昭和30年代に建てられた「八幡山アパート」。 建て替え工事が進む前に一度は見ておきたかったので、今日の散歩は京王線八幡山駅から小田急線経堂方面に歩いてきた。 1万1千歩。 
 
 
 
●山の手の駅・・・・・・・・・八幡山駅(はちまんやまえき)は杉並区に属する駅だが、八幡山は駅の南側に隣接する世田谷区の地名である。、、、、、大正7年(1918)5月1日、京王電気軌道の松沢駅として開業し、昭和12年(1923)9月1日に現在の八幡山駅に改称された。 外側に通過線(本線)を持つ、島式ホーム1面4線の高架駅である。、、、、、高架下には、シャレたショッピングモールがあり、やっぱり山の手の駅だ。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・ホームから見る、「都立松沢病院」(中央右側)。 約1,300床を有する近代的な精神科専門の病院である。 病院の敷地は緑豊かで、61,000坪と広い!
 
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●淋しそうな団地・・・・・・・・・・八幡山駅南側のゴチャゴチャした小さな飲食街を3分程歩いて抜けると、道の先にポイントハウスが見えた。 これだ、これです、これなのだ! 私が一度見ておきたかった建物です。 今、各地の都営アパートは耐震化、少子高齢化に対応すべく建て替えが進められている。 ここ八幡山アパートも例外でなく、建て替えが進められている。 ポイントハウスもいずれ壊される運命にある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・八幡山アパートは、昭和36年(1961)に竣工した、総戸数う547戸、全30棟の都営住宅である。 南北に走る環八通りの東側(八幡山3丁目)に1号棟から22号棟まで、西側(粕谷2丁目)に23号棟から30号棟まで建てられた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・ポイントハウスとは、フラットな型の棟が並ぶ団地において、景観にアクセントをつけるため、チョイト見た目の変化つけるように配置された棟を指す。 八幡山アパートでは、1号棟、3~6号棟、19号棟、20号棟の7棟がポイントハウスである。 各棟とも5階建て、各階2戸の造り、ほぼ同一形式である。、、、、、期待に応え、7棟一挙公開!
 
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・・・・・・・・・・・・・ポイントハウス以外のフラットな棟は4階建てで、各戸ともベランダ側に増築され広くなっている。 しかし、エレベーターはなし、取り壊しの計画あり、無駄遣いは致しません。 入居者募集もしていないようだ。
 
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・・・・・・・・・・・・・徳利のようでもあり、トーチカのようでもあり、個性的な身体つきの給水塔。 塔身には横に輪切りのラインが入り、達磨落としのようでもある。 この塔も昭和36年に完成したそうだ。、、、、、子供がいない公園、雑草に覆われた給水塔、洗濯物の干されていないベランダ、どれも消えてゆく団地の光景、寂しそうで悲しそうだ。
 
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・・・・・・・・・・・・・環八通りを挟んで向かいにあった、23~30号棟の一画は「粕谷二丁目アパート」と名を変え新しく建て替えられている。
 
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●台風で荒れたね!・・・・・・・・・・・八幡山アパートに別れ、都立公園:蘆花恒春園 の中を抜ける。 公園は台風21号、24号により、大木は倒れ、枝は飛び、荒れていた。 公園を管理する人も休日出勤(?)で忙しそうだ。
 
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●アメリカ製のガスタンク・・・・・・・・蘆花恒春園の隣(粕谷1丁目)に東京ガス世田谷製圧所があり、ここに5基のガスタンクがある。 ガスタンクが出来た昭和31年(1956)、この付近は廻沢(めぐりさわ)と呼ばれていたので、ガスタンクは今でも「廻沢のガスタンク」と呼ばれている。 一番最初に設置されたガスタンクは、本体をアメリカで作り、昭和31年に、ここで2基組み立てられたそうだ。 当時のタンクは、今は無い。、、、、、5基が一度に見渡せる撮影ポイントを探したが、残念ながら見つからなかった!
 
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●オヤ、雨か?・・・・・・・・・・・千歳船橋駅に向かい歩いていると、チョイト、イヤな雲行きとなってきた。 その時、一粒の雨がポツリ。 急に不安になり、急ぎ足で歩く。、、、、しばらく歩くと、バス停が見え、ちょうどタイミングよくバスも来た。 一瞬の判断でバスに飛び乗る。 乗ってから、『これは、どこ行きのバス?』 『経堂行き、まあ~いいか』 車窓には雨の降る様子はなかった。 慌てて乗ったので、バスに乗った停留場も不明(?)

2018年5月11日 (金)

東急目黒線 (洗足~田園調布)

先日の東急目黒線 (目黒~洗足)の続き、今日は洗足駅から田園調布駅まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
①洗足駅・・・・・・・・・・・今日の散歩は洗足駅から。
 
・・・・・・・・・・・・・電車は洗足駅に進入する。
 
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・・・・・・・・・・・・・・改札口にはこれから出勤する人も、、、、、
 
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②洗足~大岡山間・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・かつての線路敷きに沿い細長く造られたスーパー。、、、、、電車はスーパーの下を走っている。
 
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・・・・・・・・・・・・・目黒線は環七通り「北千束五差路交差点」の下を抜け大岡山駅へ向かう。 写真:手前が環七通り、中央が目黒線線路敷き跡で奥が大岡山方向。
 
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・・・・・・・・・・・・・環七通りを過ぎると、洗足と大岡山両駅の中間と思われる付近で目黒線は地上(掘割)に顔をだす。
 
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・・・・・・・・・・・・・目黒線に乗り入れる都営三田線の6300形車両。
 
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大岡山駅 ・・・・・・・・・・大正12年(1923)3月11日1923、目黒蒲田電鉄線(現:目黒線)の開通と同時に大岡山駅も開業した。 昭和2年(1927)7月6日には、目黒蒲田電鉄大井町線も開業する。 平成9年(1997)に駅は地下化され、方向別ホームとなる。 平成19年(2007)11月3日より、駅直上にツタの絡まる135床の総合病院「東急病院」が移転してきた。 電車の中で気分が悪くなっても、駅の病院なら救急車を呼ぶ必要もないね。、、、、、大岡山駅は大田区北千束にあるが、駅の西側は東京工業大学のキャンパスで目黒区である。 この目黒区側の町名が「大岡山」。 またまた、ややっこしい話!
 
・・・・・・・・・・・・・目黒方面から来ると、尻から入る東急病院(大岡山駅)。、、、、そ~~だ、東急病院には肛門外科があるから、痔も治してくれるかも?
 
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・・・・・・・・・・・・・ツタの絡まるステーション&ホスピタル。 
 
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④大岡山~奥沢間・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・大岡山駅を出た目黒線は、南北を東京工業大学 のキャンパスに挟まれて走る。、、、、、東工大は私が入りたかった大学だが、先方が拒否したため断念した。 憧れの大学をチョイト覗いてきた! 
 
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・・・・・・・・・・・・・目黒線と大井町線は、東工大の付近で地下(大岡山駅)から顔を出す。 両サイドの2線が目黒線、中央の2線が大井町線。
 
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・・・・・・・・・・・・・大井町線は目黒線を越えて、自由が丘方面に向かう。
 
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・・・・・・・・・・・・・大井町線緑が丘駅の高架下に東工大ゲートがある。、、、、キャンパス内を歩いてきた私もここから出る。
 
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・・・・・・・・・・・・・・緑が丘駅 は東急大井町線の駅。
 
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・・・・・・・・・・・・・・緑が丘駅から目黒線に戻り、再び線路沿いに歩く。、、、、、東急の車両が来た! 3000形だ! 平成12年(2000)から走った電車だ!
 
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・・・・・・・・・・・・・次に目に入ったのは、今や、見ることが少なくなった線路わきの梯子(ハシゴ)。 竹製ではなくFRP(繊維強化プラスチック)の梯子だった。 昔は竹製で、架線の保守点検に使用されていたが、今は保線車両の設備が向上し線路わきに梯子を用意しておく必要性が少なくなったそうだ。、、、、竹製ではないが、この光景は貴重。 
 
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⑤奥沢駅・・・・・・・・・・・目黒線で唯一世田谷区にある駅。 大正12年(1923)3月11日に開業。 単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線を有する地上駅。 ホームの北側には、目黒線の車両基地(元住吉検車区奥沢車庫)がある。   上り・下りホームはそれぞれ独立し、改札もそれぞれ独立している。   (写真:右側は車庫、左側はホーム)
 
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・・・・・・・・・・・・・・目黒線に乗り入れてる埼玉高速鉄道の2000系電車に御対面。
 
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・・・・・・・・・・・・・日吉方面改札。 目黒方面改札。 そしてホーム。
 
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⑥奥沢~田園調布間・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・世田谷区奥沢の町を抜ける目黒線。
 
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・・・・・・・・・・・・・・東急東横線の下にもぐり込む目黒線。、、、、、、東横線上下線の間に割り込むように、目黒線は東横線の下をとおり田園調布駅に向かう。
 
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・・・・・・・・・・・・・目黒線は東横線の下。、、、、、東横線上下線の間隔が徐々に広がっていく。 田園調布駅で目黒線が、この間に出て4線が並ぶ。
 
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⑦田園調布駅・・・・・・・・・・・・駅の手前から再び大田区に入る。、、、、、、田園調布駅も、大正12年(1923)3月11日、目黒蒲田電鉄の目黒~丸子(現・沼部)間開通と同時に開業した。 開業当時の駅名は調布駅。 大正15年(1926)、田園調布駅に改称。、、、、、、現在は、平成の時代に始まった地下化で、島式ホーム2面4線の地下駅。
 
・・・・・・・・・・・・東横線が渋谷方面から田園調布駅(写真:中央奥)に向かう線路敷き。 上下線の間に目黒線のトンネル(市松模様の緑の下)が割り込んで上ってくる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・地下化され駅舎も新しくなった。
 
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・・・・・・・・・・・・・・田園調布駅と言えば、駅のシンボルとして復元された旧駅舎がある。、、、、、旧駅舎の屋根の形は、マンサード・ルーフという欧州中世期の民家をモデルとしたものらしい。 神宮外苑の絵画館や上高地帝国ホテル、伊豆の川奈ホテルなどを設計した矢部金太郎の設計である。
 
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●・・・・・・・・・・・・・・・これにて、目黒線(目黒~田園調布)を踏破した。

2018年4月13日 (金)

目青不動 (教学院)

しばらくぶりに、東京の五色不動を巡る散歩をすることにした。 その第一番目として、三軒茶屋にある教学院(最勝寺)の目青不動に行ってきた。 三軒茶屋から下北沢まで、9千歩の散歩です。
 
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・五色不動は江戸五色不動とも呼ばれ、目青不動(教学院:世田谷区太子堂)、目白不動(金乗院:豊島区高田)、目赤不動(南谷寺:文京区本駒込)、目黒不動(瀧泉寺:目黒区下目黒)、目黄不動(永久寺:台東区三ノ輪)、目黄不動(最勝寺:江戸川区平井)の6寺5種の不動尊の総称。 五色とは密教の陰陽五行説に由来し、青・白・赤・黒・黄でそれぞれ東・西・南・北・中央を表している。 目ん玉の色が五色ではないので、お間違いなきように。 、、、、、有名な伝説として、江戸時代三代将軍:徳川家光が天海大僧正の建言により江戸府内から5箇所の不動尊を選び、天下太平を祈願したともいわれている。 ホントの話では、五色の不動尊は、何かの要因でセットとして作られたものでなく、それぞれ、バラバラに登場したそうだ。 明治時代以降に、こじつけて五色不動となったらしい。
 
 
①三軒茶屋駅(田園都市線) ・・・・・・・・・・国道246号(玉川通り)と世田谷通りの分岐点地下に造られた、東急田園都市線の三軒茶屋駅。、、、、、前身の玉川電気鉄道の三軒茶屋駅は明治37年(1904)3月に開業し、昭和44年(1969))5月10日に廃止された。 昭和52年(1977))4月7日、新玉川線(現:田園都市線)が開業し、相対式ホーム2面2線を有する地下駅となる。
 
・・・・・・・・・・・・・首都高の下の三軒茶屋交差点。 その地下に駅はある。 交差点の付近に、江戸時代、3軒の茶屋があったことから「三軒茶屋 」となったそうだ。、、、、、近くに女子大があるせいか、やたら若い娘が多い駅で、できることなら引っ越したい。
 
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・・・・・・・・・・・・玉川通りと世田谷通りの分岐点に、大山道の道標が建てられている。 この道標は寛延2年(1749)に建立され、文化9年(1812)に再建されたもの。 刻まれている文字は、正面に【左相州通大山道】、左側面に【此方二子通】、右側面に【右富士、登戸、世田谷通】と刻まれている。
 
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②三軒茶屋駅(世田谷線) ・・・・・・・・・・田園都市線の三軒茶屋駅から、西に約100m行くと、かつての三軒茶屋駅跡に再開発されたキャロットタワー(地上27階建て)がある。 世田谷線の三軒茶屋駅はこのビルの1階である。、、、、大正14年(1925)1月、玉川電気鉄道(玉電)の駅として開業。 平成4年(1992)11月、現在のキャロットタワーに移転。 頭端式ホーム2面1線を有する地上駅で、線路両側のホームは乗車専用ホーム・降車専用ホームとなっている。、、、、、2両連結のかわいらしい300系電車が満員の乗客を運んでいる。 
 
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③教学院・・・・・・・・・・・三軒茶屋駅の西側に、天台宗の寺院、竹園山最勝寺教学院がある。、、、、、慶長9年(1604)江戸城内紅葉山に創建され、その後、赤坂、青山へ移転し、現在地へは明治41年(1908)に移った。 教学院が青山にあった頃、麻布の観行寺が廃寺となり、本尊であった目青不動が教学院に移された。、、、、、、教学院の本尊は阿弥陀如来で、目青不動は秘仏として不動堂に祀られている。 青い目をした不動明王は恥ずかしいのか非公開の為、拝見できるのは代役の寛永19年(1642)作の前立の青銅製不動明王像である。、、、、【チョイトないしょの話】教学院が青山にあった頃、同寺には「青山の閻魔さま」と親しまれた閻魔大王の像があった。 そこに、観行寺の不動像がもたらされ、「青山」の不動さまとして、後に目“青”不動としてこじつけられたようだ。
 
・・・・・・・・・・・・・・まずは、山門と本堂。
 
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・・・・・・・・・・・・・不動堂と前立(青銅製不動明王像)
 
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④西太子堂駅・・・・・・・・・・三軒茶屋から300m程はなれた隣り駅。 大正14年(1925)に西山駅として開業し、昭和14年(1939)に西太子堂駅に改称した。、、、、相対式ホーム2面2線を有する無人の地上駅。、、、、、三軒茶屋駅が再開発により、西太子堂駅の方に移動したことにより、駅間の距離も短くなり利用客は極めて少ないらしい。
 
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・・・・・・・・・・・・・・ちょうど、昨年の9月に「玉電110周年 幸運の招き猫電車」として、沿線の豪徳寺招き猫をデザインしたラッピングカーがやってきた。
 
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⑤太子堂八幡神社・・・・・・・・・・西太子堂駅の北に太子堂八幡神社がある。 神社は太子堂村が新田開墾された天正年間(1573-1591)頃に創建されたと推定される。
 
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・・・・・・・・・・・・・境内社弁天社でかわいらしいお御籤があった。 私も引いてみたら“吉”。 『願望(ねがいごと) 他人の助けにより早く成功します』だって、7億円ジャンボ買わなければ!!!
 
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⑥鎌倉道・・・・・・・・・・・八幡神社の西側と下北沢と代田の境を結ぶ道で、鎌倉へ通ずる鎌倉道の一部である。、、、、、今日はこの道をとおり、下北沢まで歩いた。
 
・・・・・・・・・・・・・鎌倉道の標識もあるが、普通の裏道である。
 
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・・・・・・・・・・・・・途中、北沢川には鎌倉橋が架かっている。
 
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・・・・・・・・・・・・・小田急線複々線化工事の現場に出た。、、、、今は地下にもぐった小田急線が、かつては、ここを走っていたのだ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・かつて、踏切の際に祀られていた地蔵さん。 その名もズバリ「踏切地蔵尊」。、、、、、まだ小田急線が地下化していなかった頃、ここにあった踏切で事故が頻発したと思われる。 おそらく地元の人が、事故にあった人の霊を弔い、事故が無くなるようにと願いを込めて祀ったお地蔵さんであろう。
 
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⑦下北沢駅・・・・・・・・・・・・小田急電鉄と京王電鉄の駅で、両線は当駅で立体交差している。 しかし、小田急線は地下にもぐったため、高架で走る京王線だけが姿が見える。、、、、、只今、駅舎工事の真っ最中。
 
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2017年8月 5日 (土)

明大前~方南町

京王線明大前駅から丸ノ内線方南町駅まで、1万歩の散歩。
 
 
 
①明大前駅・・・・・・・・・・京王線と井の頭線が交差する明大前駅。、、、、、、大正2年(1913)4月15日、現在の築地本願寺和田堀廟所の近くにあった江戸幕府の煙硝蔵に由来し、火薬庫前駅(京王線)として開業した。 大正6年(1917)には松原駅に改称した。 昭和8年(1933)8月1日には、現在の井の頭線が開通し、西松原駅が開業した。 昭和10年(1935)には明治大学予科が駅の北に移転してきたので、京王線の松原駅、井の頭線の西松原駅が同時に、「明大前」と改称した。、、、、、京王線、井の頭線ともに相対式ホーム2面2線で、京王線は2階がホーム、井の頭線は地下1階がホームで、改札口は1階である。
 
・・・・・・・・・・・・2階の京王線ホーム。 オリンピック後の2022年頃には、島式ホーム2面4線に改良するそうだ。
 
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・・・・・・・・・・・・・掘割式の地下1階は井の頭線ホーム。
 
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・・・・・・・・・・・・・1階は改札口。 京王電鉄の広報紙にあった、昭和30年代前半頃の明大前駅、趣のある駅だ。
 
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②東京山手急行電鉄遺構・・・・・・・・・・明治大学和泉キャンパス東側に、井の頭線が玉川上水の下をくぐる玉川上水橋がある。 この橋の下には、4線分の軌道が敷設される予定であった。 西側(写真では右側)2線が井の頭線用、東側2線が山手急行線用であったが、井の頭線のみレールが敷かれている。、、、、、、東京山手急行電鉄とは、昭和初期に設立された会社で、山手線の外側に約50kmの環状線を作る計画だった。 山手急行線は井の頭線とほぼ同時期に計画・工事されたが、世界恐慌のあおりで資金繰りも難しく、計画は頓挫し、会社は最終的には小田急電鉄に合併された。、、、、玉川上水橋は、井の頭線、山手急行線が並行して運行できるよう造られている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・ここに山手急行線をとおすときは、写真左側の斜面を削らなければならなかった。(右側は明治大学)、、、、玉川上水橋は造ったが、掘割を拡張するまでの資金は無かったのかも?
 
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③龍光寺・・・・・・・・・・・井の頭線沿いに歩き、小さな蔵下橋を渡り、杉並区和泉3丁目の龍光寺に行く。
 
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・・・・・・・・・・・・・龍光寺は真言宗室生寺派の寺院で、泉涌山医王院と号す。 寺は、承安2年(1172)に開創、明応2年(1493)頃の開山と言われている。 本尊は薬師如来立像で平安時代に造立された、古い仏さん。、、、、、、蝉が鳴き、陽の光はまぶしく、合掌する手にも汗がベッチョリ、でも気分は爽快、まさに夏の寺である。 
 
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④和泉熊野神社・・・・・・・・・・・龍光寺の北隣にある熊野神社。 文永4年(1267)に紀州の熊野神社の分霊を祀ったのが創建である。 和泉村の鎮守様。 現在の社殿は文久3年(1863)の造営で、明治4年(1871)に修覆したもの。、、、、、、龍光寺は、もと和泉熊野神社の別当であった。、、、、、広い境内に、歴史ある社殿、でも、屋根に積もった枯れ葉と土埃はその証かな? 『チョイと誰か拭き掃除をしたら!』 (よけいなお世話で、スミマセン。)
 
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・・・・・・・・・・・・・熊野神社から150m程北に和泉貴船神社がある。 貴船神社は和泉熊野神社の境外末社で、文永年間(1264〜1275)に創建された。 境内にある”御手洗の小池”はいかなる時でも涸れることがなかった湧水で、地名“和泉”の発祥地と言われている。
 
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⑤杉並区和泉で・・・・・・・・・・
 
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⑥大圓寺・・・・・・・・こちらも和泉3丁目にある寺院で、曹洞宗の泉谷山大圓寺。 釈迦如来坐像を本尊とする。、、、、慶長8年(1603)江戸赤坂溜池の辺りに徳川家康が開基となって建立された。 寛永18年(1641)正月、江戸の大火によって諸堂を類焼し、跡地は御用地として召し上げられ、その代地として伊皿子に寺地を拝領して移転した。 そのころから大渕寺の寺名を大圓寺に改めた。 延宝元年(1673)薩摩藩主島津光久の嫡子綱久が江戸で死去した際、当大圓寺で葬儀を行い、以来、島津家の江戸菩提寺となり、寺内に薩摩家代々の位牌堂が設けられている。 現在地には、明治41年(1908)に移転した。、、、、本堂正面には、島津の家紋(〇に十)が彫られ威光を誇示している。
 
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方南町駅 ・・・・・・・・・・・・・東京メトロ丸ノ内線支線の終着駅。 3両編成の列車が停まる頭端式ホーム1面2線。 出入口はホーム西端の環七通りと方南通りとの交差地点に1か所、ホーム東端の方南通り沿いに1か所、共に狭い計2ケ所である。、、、、、ホームは6両編成が停車できるように延伸し、出入口はバリアフリー化に、2019年までに完了すべく、只今工事中。
 
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●・・・・・・・・・・・今日は、蝉の声、夏の花、そして猛暑と、夏を充分に感じる散歩となった。

2017年6月10日 (土)

桜新町~三軒茶屋

駒沢の給水塔が見たくなり、数年ぶりに歩いてきた。 東急田園都市線桜新町駅から三軒茶屋駅まで、1万2千歩の散歩です。
 
 
①桜新町駅・・・・・・・・・1面1線の単式ホームと壁に隔てられて隣に通過線が、地下2階に下り線、地下3階に上り線がそれぞれある二層構造の地下駅である。、、、、明治40年(1907)4月1日に玉川電気鉄道(後の東急玉川線)の桜新町電停として開業。 昭和44年(1969)に、地下化のため、玉川線は廃止となる。 昭和52年(1977)4月7日、新玉川線(現:田園都市線)の桜新町駅が開業する。、、、、、桜新町駅は、主要道の国道246号(道路上には首都高が走る)からは、チョイと脇道にそれたような位置にあり、駅前は比較的静かなオシャレな町である。 マンガ「サザエさん」の町として知られている。
 
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②桜神宮・・・・・・・・・・・桜新町駅から駒沢給水所へ向かう途中の神社。 神社の組織体である「東京都神社庁」のHPで紹介されていない神社(?)。、、、、明治15年(1882)、伊勢神宮の祢宜が創建したらしい。 古式神道を守る神社で、鎮火式(火渡り)や探湯式(熱湯を浴びる)などの神事もおこなわれている。 ご祭神は、安産の神(水天宮)、商売の神(稲荷)、学問の神(菅原)、伊勢神宮の神(天照、豊受)など、など、全てで19神。 どんなことでも、御利益がありそうだ! 参拝の作法も、一般の神社は“二拝二拍手一拝”だが、ここでは“二拝四拍手一拝”。 “四拍手”の部分はリズムのとり方が難しく、本番ではチョイと戸惑うね!
 
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③駒沢給水所・・・・・・・・・・駒沢給水所は世田谷区弦巻にある給水所で、2基の配水塔を設け約3000トンの水を貯留していた。 現在は、施設の老朽化により、給水機能は停止し災害時の応急給水槽として活用している。
 
・・・・・・・・・・・・・・桜新町から給水所に向かい、周辺の一般道に逆らい斜めに伸びる水道道路を行く。 その先には、給水塔が見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・とりあえず、給水所の正面に出たが、施錠された門の奥は草木が茂り、給水塔は見えず。 中に入れるのは野良猫だけだ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・・給水塔を追って給水所の外側を一周してみる。、、、、、なお給水塔は、近代水道建築の祖:中島鋭治(安政5年(1858)~大正14年(1925)、土木技術者、東京帝国大学名誉教授、工学博士)の設計。 □内径:12.12m~14.55m、塔高:約30mで大正12年(1923)に完成した。 現在は、土木学会の推奨土木遺産である。、、、、、“双子の塔”、“塔の全身”と撮るべく、住宅地をキョロキョロ、住宅裏にコッソリ、まるで白昼の泥棒。 邪魔な樹木と住宅だ!!
 
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・・・・・・・・・・・・・東京都水道局のホームページに載っていた駒沢給水塔。
 
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④向井潤吉アトリエ館・・・・・・・・・・・給水所から北東に500m程行くと、画家:向井潤吉が昭和8年(1933)から家族と共に過ごしてきた世田谷区弦巻の地に、昭和44年(1969)に建てた住宅兼アトリエが残されている。 現在は世田谷美術館の分館として公開されている。、、、、、、ただし公開は午前10時以降で、私のように9時過ぎに行っても閉まってる。 「残念でした、またのお越しを!」
 
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⑤上馬2丁目・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・・・環七通りを横断し、世田谷区上馬2丁目に入る
 
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・・・・・・・・・・・・・・・裏通りは、静かな住宅街である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・面白い建物もある。 住宅?オフィス?
 
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・・・・・・・・・・・・・・世田谷署が見えた。 三軒茶屋に到着。
 
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⑥三軒茶屋・・・・・・・・・・・狭い通りを抜け、三軒茶屋交差点に出る。 駅の横に「大山道」の道標があり、「右 世田谷 登戸 富士道」と標し、私に帰り道を教えてくれた。 嘘つき、富士山は左だ。 右は渋谷。 どうやら、転々と移設された道標らしい。
 
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