千葉県

2019年9月13日 (金)

寺院・火葬場・墓地、一式あり!

正午の気温23℃、湿度68%、半袖ではチョイト肌寒い人もいる、秋風が優しく吹く天気。 昨日まで夏、今日から秋だ! 夏場は熱中症が恐くて歩けなかった北総線沿線の散歩に出た。 手始めに、北総線大町駅で下車し、市川霊園を抜けて、武蔵野線市川大野駅まで、1万1千歩の散歩。




●ラッシュ時間がない駅! ・・・・・平成3年(1991)3月31日に開業した北総線の大町駅。 駅の1日平均乗降人員は1,700人に満たず、市川市内さらに北総線内でも、鉄道駅として最も乗降客が少ない。 駅の南側はゴルフ場、市営公園、市営霊園で、住宅地は北側だけで、駅勢圏も狭く、鉄道駅としての需要が少ないことによる。、、、、通勤・通学時間にホームに立つ客の数が正確に数えられる駅。 特急スカイライナーが猛スピードで通過するホームに、危険を知らせるアナウンスも必要ないようだ!

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●大町から大野への道 ・・・・・・・大町駅を通る「大町梨街道(国道464号)」からチョイト脇にそれて、ゴルフ場と市営公園に挟まれた間の道を南へ歩く。
・・・・・・・・・・・・・・市川の名産“梨”を売る農家が並ぶ。

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・・・・・・・・・・・・・・チョイト、道沿いの梨園を拝見。 先日の台風15号にヤラレタか、美味しそうな梨が落ちていた。

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・・・・・・・・・・・・・・約10,000坪の広さがあるフィールドアスレチックが楽しめる「ありのみコース」。 BBQも楽しめる処。 まだ、営業前で閉まってます!

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・・・・・・・・・・・・・・アスレチックの隣り、「市川市動植物園」も台風にヤラレタようだ、“立入禁止”の貼り紙がある。、、、、倒木・落下物で園内を歩けないらしい! オラウータンも、ロバも、猿も、しばらく仕事は休み、檻の中で昼寝もOK!

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・・・・・・・・・・・・・・道路の反対側には、木立に囲まれ市川市斎場がある。 火葬炉は10基、通夜・告別式にも利用できる式場もある。(結婚式はダメ) お一人様の火葬料は非課税で、市内居住者は6,750円、子供は割引で4,720円也。、、、、私も何度か訪れたことがある斎場、結構利用されているようで、毎日が順番待ちのようだ! 

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・・・・・・・・・・・・・・市川市霊園、市川霊園、総武霊園など、複数の霊園が火葬場を取り囲むようにある。 広い丘陵に墓石の波形を作り並ぶんでいる。

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・・・・・・・・・・・・・・火葬場・霊園と続けば、坊さんの需要もあるはずで、近くには寺院もある。、、、、まずは、火葬場に近い浄願寺。 浄願寺では、直送から家族葬まで規模に応じて、低価格で厳粛な葬儀を行うことができるそうだ。 お寺の宗派は?(何でもOKかも)

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・・・・・・・・・・・・・・チョイト奥に入った処には、日蓮宗寺院の曽谷山礼林寺がある。 礼林寺は、曽谷城主曽谷教信(法蓮阿闍梨日礼)の菩提を弔うため、娘の芝崎姫(妙林日貞法尼)が当地に創建したと云われている。 手入れの行き届いた境内には、本堂、庫裏のほか、稲荷大明神と釈迦を祀る感応殿や牛頭天王神社がある。、、、、今日は、本堂にカーテンがひかれ、内部を見ることができなかった、休日だったのかも!

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・・・・・・・・・・・・・・キリスト教の方は、浄願寺の近くに、市川北バブテスト教会もある。 昭和55年(1980)総武線下総中山駅近くの肉屋)の二階を借り、開拓伝道によりスタートした。 昭和63年(1988)に市川市大野町に200坪の土地を購入し、現:教会堂が建設された。

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・・・・・・・・・・・・・・教会前の上り坂の細い道を奥へ歩く。 両側に梨の木を見ながら、さらに奥へ道は続く。 痴漢にでも襲われたらどうしよう、チョイト不安になった頃、正面に鳥居が見えた。

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・・・・・・・・・・・・・・・出てきた処は、駒形大神社(こまがただいじんじゃ)の脇の鳥居だったので、正面参道から参ることにした。、、、、駒形大神社は市川市大野町に鎮座する神社で、旧社格は村社、大野町(旧大柏村)の鎮守である。 香取信仰の経津大神を御祭神にしており、市川大野の地に残る平将門伝説から将門公を合祀している。 拝殿は平成27年(2015)に改装された。、、、、大神社というだけあって、境内は広く、社殿・社務所も立派です。 村の多くの神社が合祀されたみたいで境内社も多い。 神輿の倉も立派です。 立派なわりには、村人以外には参拝に訪れる人も少ないようだ。 観光地化されておらず、ちょっと勿体ないね!

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●ワースト5にランクイン! ・・・・・・・武蔵野線の市川大野駅は昭和53年(1978)に開業した。 相対式2面2線と中線のある高架駅。 一日24,000人程が乗降する駅である。 武蔵野線の中ではワースト5に入る、乗降客の少ないである。

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2019年6月14日 (金)

市川にもあった,,,,新田

江戸川区とは川を挟んで隣りの千葉県市川市にも「新田」がある。 今日の散歩は、JR総武線市川駅で下車し、駅に隣接する新田の町を歩き、市川駅に戻る、1万3千歩。

・・・・・・・・・・市川市新田(しんでん)の町は、JR総武線市川駅の東側に隣接し、総武線の北側に新田1丁目と新田5丁目、南側に新田2丁目~4丁目がある。 新田1丁目と5丁目の北側の端には、京成本線の線路が走り、「市川真間駅」と隣の「菅野駅」が新田の町に隣接する。 南側は市川市大洲の町と接する。




●朝のラッシュ時の駅・・・・・朝8時市川駅に到着。 これから学校へ、会社へ、皆さまご苦労さま!、、、、仕事がなくなった私には、通勤していた頃が懐かしい。

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●歴史ある建物がなくなった! ・・・・・・市川駅から千葉街道に出ると、西消防署の隣りに自然幼稚園がある。、、、、同支社大学で神学・哲学を修め、市川三本松教会で牧師をしていた創設者:石田締は、「人の”心の教育”は大人になってからでは遅い。幼児の頃から始めなければならない」と悟り、昭和6年(1931)市川市の人口が6万人あまりだった頃、静かな松林の中、しかも掘れば掘るほど綺麗な砂の出る地で、自然の中での純な人間教育を念願して自然幼稚園を設立した。 当時の建物が残っていると思い本日寄ってみたら、三年程前に取り壊し、新しい園舎に変わっていた。 また一つ歴史ある建物が消えた、残念!

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●新田はイチゴの産地だった! ・・・・・自然幼稚園の北側(市川1)に、松の木でこんもりとおおわれた墓地がある。 その墓地の中央が小高くなって、チョイト大きなお地蔵さまがある。 これぞ「新田」の由来となる、市川新田開拓の功労者:田中正成の墓碑である。 この場所は「地蔵山」と呼ばれている。、、、、「新田」の地名はこの田中正成によって開拓された地域を「市川新田」と呼んだことに由来する。 正成は明暦元年(1655)9月4日に没しており、子孫は代々新田村の名主を努めていた。 江戸時代の新田村は、今の国道14号線(千葉街道)に沿ってわずかに農家がその両側に並ぶ程度であった。明治35年(1902)に、ある農家がイチゴの栽培に成功し、新田一帯にイチゴ栽培が広まった。 大正6年(1917)には市川新田果物組合が結成され、イチゴの共同出荷が行われる。昭和に入ると露地イチゴ「マーシャル」も栽培された。 戦後もイチゴの出荷は続いたが、昭和40年代には宅地化が進み、栽培面積は減少の一途をたどり、市場から姿を消した。、、、、「新田」は当初、市川新田と呼ばれていたが、昭和26年新田町1丁目~4丁目となり、昭和43年(1968)の住居表示では新田1丁目~5丁目となる。

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●総武線の北側で市川駅より ・・・・・新田5丁目、、、、総武線の北側で、JR市川駅、京成市川真間駅に隣接する町。 中央を国道14号(千葉街道)が走る。

・・・・・・・・・・・・・・「地蔵山」の北側は京成本線の市川真間駅。 駅と線路は「市川市真間」だが、線路沿いの道路は「新田5丁目」。

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・・・・・・・・・・・・・・5丁目の住宅地の奥にある洋館は国の登録有形文化財である。 東京深川で商事会社を経営していたかつてのオーナーが震災に遭遇し、大正13年に本邸をこの地に移した。 昭和2年(1927)完成のこの建物は、ゲストルームとして邸内の奥まった一画に建てられたもの。 木造3階建ての妻側の玄関ポーチ上に手摺を巡らしたバルコニーを設け、破風の拝みを押さえた半切妻、側面の軒先に付けた千鳥屋根など外観の意匠に留意している。 設計・施工は明治・大正の名大工「大亀」(私は知らない?)。、、、、現在は、「いちかわ西洋館倶楽部」として、ギャラリー&コンサートの会場となっている。

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・・・・・・・・・・・・・・5丁目の中央を貫く国道14号(千葉街道

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・・・・・・・・・・・・・・千葉街道に面した参道入口から春日神社に参拝する。 300余年の歴史を持つ春日神社は、平成19年(2007)不審火により焼失したが、氏子、奉賛会、地元民の浄財により、平成20年(2008)に現社殿が落成した。 一年後には再建された神社、さすが、地元民は裕福なのか?、、、、社殿の後ろには、クロマツの大木が空に伸びる。

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●総武線の北側、5丁目の隣りは1丁目 ・・・・・新田1丁目、、、、総武線の北側で、5丁目に隣り合う1丁目。 ここも、中央を国道14号(千葉街道)が走る。

・・・・・・・・・・・・・・町のシンボル、街路樹に自然林のクロマツを活かした住宅地。 風格のある町、ナイス!、、、、もう一つ、風格ある住所案内板。

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・・・・・・・・・・・・・・春日神社に似た胡録神社。 千葉街道に面した参道、境内の大きさ、社殿の大きさ、賽銭箱の作り、、、どれも似ている! 祭神は淤母陀琉神、惶根命。 創建年代不詳だが、承応2年(1653)に再建したそうだ。

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・・・・・・・・・・・・・・新田1丁目に接し、隣りの平田2丁目にある諏訪神社。 参道から境内までクロマツがお出迎え。
 
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・・・・・・・・・・・・・・千葉街道から諏訪神社へ向かう裏道の角に石仏と道標があった。 石仏は上の方がつぶれてしまい、判別できず。 正面下に「寛政11年 富村講中」と読める。 道標には「左 宮久保山道」、横に「東京開運女人會」と彫られていた。 チョイト気になる“東京開運女人會”、若い娘の会か(?)、ババァの会か(?) わざわざ“女人”と言うからには・・・・・

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●町を分け、どこまでも続く ・・・・・総武線市川~本八幡間の高架橋。、、、、高架橋の北側が新田5丁目・1丁目、南側が新田2丁目・3丁目・4丁目。 北側は歴史を感じさせる町並みであったが、南側は新興の住宅地となる。 

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●総武線の南側、面白味のない住宅地 ・・・・・新田2丁目~新田4丁目、、、、アパート、マンション、住宅が混在する、どこもかしこも同じような雰囲気の住宅地。 まとめて紹介する!

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・・・・・・・・・・・・・・おや! 電柱に10数年前に話題となった「路上喫煙禁止」の案内。 なぜ今頃? 在留の外人向けか? それにしては、英語が見にくいね? 効果は????? 

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・・・・・・・・・・・・・・市川駅前に通じる「ゆうゆうロード」 この道が新田地区の西の端となる。

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●お疲れさま! ・・・・・1万3千歩の散歩も終わり、市川駅に到着。

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2019年5月29日 (水)

連日ついてない菖蒲!

堀切菖蒲園の感動(?)から三日目、異常に暑い日は過ぎ、今朝は一雨降り、午後は晴れた。 15時過ぎに、夕食前の散歩で小岩菖蒲園に行ってきた。 京成本線江戸川駅で下車し、JR総武線市川駅までの散歩です。




●土手の終着駅! ・・・・・・・・・・・・京成電鉄の歴史は古く、大正元年(1912)11月3日、押上~曲金(現:京成高砂)~伊予田間の開業に始まる。 この時の伊予田駅が現在の江戸川駅である。 駅は江戸川の土手にぶつかるように造られ、開業当時は貨物は伝馬船で、乗客は下流側に架かる市川橋で、対岸の市川(千葉県)に渡ったそうだ。 現在は相対式ホーム2面2線の高架駅で、ホームの端は江戸川土手に隣接している。、、、、特急も、快速も通過し、停車するのは普通のみ、一日の乗降客は6000人程で寂しい駅だ。

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・・・・・・・・・・・・・・江戸川駅の東で江戸川に架かる「京成電鉄江戸川橋梁」は、大正3年(1914)に当時千葉にあった陸軍鉄道聯隊の支援を得て、5連のトラス橋(初代)が架けられた。 現在の橋は、昭和54年(1979)に完成した2代目である。 橋長 433.2mの下路ワーレントラス橋。

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●ぼったくられた菖蒲園 ・・・・・三日前に堀切菖蒲園で体験した“あの感動”、今日も再び体験してしまった! 

・・・・・・・・・・・・・・土手の上から河川敷に造られた小岩菖蒲園を見下ろすと、人影はまばら、紫の花は見えない! アリャ、今日も失敗だ! 
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・・・・・・・・・・・・・・『5月から6月に約50,000本の花菖蒲が咲き誇る』の言葉に誘われて来たが、今日もガッカリ! 50,000本どころか、100本もない! 『カワイイ娘がいます、5000円ポッキリ』に誘われ入店したら、おばあちゃんばっかりで20,000円取られる店と同じ、来なきゃよかった!、、、、青々とした菖蒲田は、初夏の水田のように見える。

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・・・・・・・・・・・・・・100本の中から厳選した “カワイイ娘・美しい娘”のプロフィール。

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●関所があった旧伊予田村 ・・・・・・・・・・・・・江戸川駅前の南北にとおる道は「岩槻道」。 また駅の南側で岩槻道は東からの「佐倉道」と、西からの「元佐倉道」にぶつかる。 ここ旧伊予田村(現:江戸川区北小岩3・4)は旧道の要所で、関所が置かれていた処である。

・・・・・・・・・・・・・・江戸川駅前の北野神社は旧伊予田村の鎮守。 江戸時代にはこの地にあった稲荷神社と北方の北野神社が明治42年(1909)に合祀され、今の北野神社となった。 祭神には稲荷神社の倉稲魂命と北野神社の菅原道真、それに素戔鳴尊を加えた三柱を祀っている。

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・・・・・・・・・・・・・・北野神社の南隣には真言宗豊山派の寶林寺がある。 大秀法印(慶長12年(1607)没)が創建したと云われている。 本尊は不動明王。、、、、門前には寛文10年(1670)の地蔵庚申塔がある。

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・・・・・・・・・・・・・・寶林寺の南隣は、日蓮宗の本蔵寺。 寺は、元和8年(1622)浅草新寺町に大雄山本蔵寺と号して創建した。 明治43年(1910)に、当地にあった晴立寺と合併して当地に移転、晴立山本蔵寺と改称した。 また、当地にあった晴立寺は、正保4年(1647)に創建されたと云われている。


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●江戸川橋が市川橋に! ・・・・・・・・・・・・・・・・・国道14号(千葉街道)を通し江戸川に架かる「市川橋」。 旧名は「江戸川橋」であった。 現在の橋は、全長399m、2径間鋼平行弦連続ワーレントラス橋。 下り線は昭和38年(1963)、上り線は昭和42年(1967)に、事業費:約14.4億円にて開通した。、、、、江戸時代には佐倉街道上にあり、関所と渡し船が設けられていた。 明治維新後も渡し船による輸送が続けられていたが、国府台に陸軍が設置されると、東京防衛のための役割があるにも関わらず、江戸川に阻まれて東京との陸路が閉ざされているという問題点が生じた。 そのため、明治38年(1905)江戸川最初の木造橋である江戸川橋(現:市川橋)が設置された。 その後、江戸川橋と並行する形で京成電鉄の鉄橋が架けられた。

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・・・・・・・・・・・・・・市川橋を渡り千葉県側の土手上には「市川関所跡」の碑がある。 江戸時代に入り参勤交代の制度が確立すると、市川と小岩の間には渡しが設けられ、定船場として番所が置かれた。後に関所に昇格したが、明治2年に廃止になった。、、、、碑の後ろには、近代的な山崎製パンの研究所の建物がある。 “あんぱん”でも売ってくれると嬉しいのだが?

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●山崎製パンの城下町 ・・・・・市川駅に到着。 明治27年(1894)7月20日、総武鉄道の市川~佐倉間の起点駅として開業し、同年12月9日には本所(現:錦糸町)~市川間が延伸開業し、中間駅となる。 明治40年(1907)鉄道国有法により買収され、国鉄の駅となる。、、、、市川市の中心的な町として栄えているが、行政・商業の中心は隣の本八幡駅である。 市川駅は山崎製パンの城下町。

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2019年4月20日 (土)

馬に縁ある県道180号

北総線秋山駅から県道180号松戸原木線をひたすら歩き中山競馬場に至る。 競馬場から長~い地下道を抜け武蔵野線船橋法典駅まで、1万4千歩の散歩です。




●千客万来を祈願しよう! ・・・・・・平成3年(1991)3月31日 北総線の京成高砂~新鎌ヶ谷間(12.7km)開業のとき、同時に秋山駅は開業した。 相対式ホーム2面2線、掘割に造られた半地下駅である。、、、、ホームの上にある駅前ロータリーに出ても、コンビニの一軒すらもない寂しい駅。 日本橋まで乗り換えなしで、所要32分の都心近郊の駅としては、一日当たりの乗降客は約6900人は少ないね。

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●パッカパッカ歩いた馬街道 ・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・秋山駅の南250m程に、県道180号松戸原木線が通っている。 今日の散歩は、この道を南(船橋方面)へ歩くことにした。、、、、散歩にこの道を選んだ特段の理由はなく、単に秋山駅で下車し、『どっち行こうか?』、『考えるの面倒だから、この県道を歩いてみよう!』、ただそれだけ。

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・・・・・・・・・・・・・・県道180号沿い、松戸市高塚新田の一画に小さな「日露軍馬観世(音?)」(明治38年銘)の碑があった。、、、、 まだ戦場には自動車のない時代、軍馬が徴発され活躍した。 東葛飾郡(現:市川、松戸、野田、浦安、流山、船橋、柏、鎌ケ谷の各市)で徴発された馬は、飼育されていた馬の2割程度(約1000頭)になるらしい。 軍馬は終戦となっても、帰ってくることはなく死んでいったそうだ。 この碑は、愛おしいめんこい仔馬(?)を供養したものか?

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・・・・・・・・・・・・・・県道に面し緑に覆われた高塚八幡神社の参道がある。 県道は交通量も多いが、奥まった境内は別空間だ。、、、、平安時代からこの地は小金牧という馬の放牧地で、 高塚八幡神社は源義経が木曽義仲を追討した宇治川の合戦で活躍した、小金牧地産の名馬「生月(いけずき)」が眠る塚の上に祀られ、「高塚」の謂れともなっている。、、、、またまた、“馬”がらみの話題となった。

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・・・・・・・・・・・・・・県道の右手(西側)にURの「梨香台団地」が見える。 昭和50年(1975)に完成した11階建て、10棟、960戸の団地である。、、、、団地名、地元産のナシが香る台地で“梨香台”(りこうだい)とはいいね! 馬鹿じゃないよ、利口だい!

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・・・・・・・・・・・・・・高塚新田の付近は梨の産地。 県道沿いに“もぎとり”の看板が並ぶ。 残念だが、“タダで、もぎとり”の看板は見あたらない!
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・・・・・・・・・・・・・・農家の庭に見事なフジの木を見つけた。 樹齢は何百年ではなく、何十年だそうだ。 大きく枝を広げ彩鮮やかに咲き、御立派!、、、、電柱に枝を絡め、巻き付く姿、想像を掻き立て、たまらなく色っぽい!

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・・・・・・・・・・・・・・県道180号松戸原木線の一部は、昭和43年(1968)から平成12年(2000)まで有料道路「市川松戸有料道路」だった。  その名残か、松戸市高田新田と市川市大野町のさかい付近では、陸橋に歩道がないので、下の道を歩くことにした。 陸橋が平坦な道となり一般道化したあたりで、旧有料道路に入ってしまった、こんどは切通しとなりここも歩道がない。 歩いてる人はいない自転車も通らない、あっヤバイ! こんなところで轢かれて御陀仏になるには、まだ早い! 念仏を唱えひたすら歩くと、オ~、ラブホテルが見えた、どうやら俗界に戻ったようだ。、、、、旧有料道路はこの先、中山競馬場正門付近まで続いていたそうだ。 現在は市川市南大野から一般道路と変わらずの形態となり、歩道もある。 

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・・・・・・・・・・・・・・市川市北方町に入ると、かわいらしいオシャレな外観の建物が目に入る。 喫茶店か、レストランか、ケーキ屋さんか、チョイト覗いてみようか? アレ、どなたもいない、ユリの花がイッパイ。 皇室御用達のユリの花の専門店だった。

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・・・・・・・・・・・・・・中山競馬場正門脇の北方十字路交差点に到着。 ここまで来たら馬の御縁で、競馬場をチョイト拝見しよう!

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●胴元は金持ちだ! ・・・・・・中山競馬のは、大正9年(1920)に松戸競馬倶楽部が松戸競馬場から移転し、中山競馬倶楽部と称したのが始まり。 その後、中山競馬倶楽部は昭和12年(1937)に日本競馬会(現:日本中央競馬会)へ統合し、中山競馬場となる。、、、、黙っていても儲かる、ギャンブルの胴元だ! 建物は大きく、トイレも綺麗、まして案内嬢は若くてピチピチ、可愛くてキラキラ、これじゃあ胴元はヤメラレナイ。

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・・・・・・・・・・・・・・競馬場から最寄り駅JR船橋法典駅改札までは、JRAの専用地下道でつながっている。 さすがに、胴元の儲けで造ったと思われる、約1kmの長い地下道である。、、、、都心の地下道、高架下もこのぐらい明るく綺麗にしたら犯罪が減ると思われる。

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●ギャンブル・ツアーに行ってみては? ・・・・・・船橋法典駅は昭和53年(1978)に国鉄の武蔵野線の駅として開業。 1面2線の島式ホームは掘割の下にあり、駅舎は掘割の上に在る。、、、、武蔵野線沿線は、府中本町駅の東京競馬と多摩川競艇、新秋津からチョイト遠い西武園競輪、武蔵浦和と南浦和から足をのばして戸田ボートと川口オート、南浦和では浦和競馬、船橋法典は中山競馬、南船橋は船橋競馬。 10連休のお薦めは、お子様連れで武蔵野線のギャンブル・ツアーはいかが? 小さいお子さんには馬券・舟券・車券集めのイベントなんかもあるかも?

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2019年3月17日 (日)

お墓の玉突き

明日は彼岸の入り。 我が家の墓参りは、“西”の八王子と“東”の松戸の2箇所の霊園が必須。 今日はチョイと早いが、彼岸モードに切り替えて、“東”の墓参り。 
 
 
 
●飛行場が駅になった ・・・・・・・・・・・・“東”の墓は千葉県松戸市の南側、北総線の松飛台駅に近い都営八柱霊園である。 北総線が開通する以前、車を持たない我が家(浅草橋)では、浅草橋駅からJR総武線で西船橋まで行き、武蔵野線に乗換て八柱駅まで、駅からは霊園正門までが徒歩25分(1.5km)、霊園に着いてもバカでかい霊園で、正門から墓まで、これまた徒歩25分(1.5km)、途中で石屋に寄ったり、供物を買ったり、墓の前に着くとグッタリ。 墓まで行くのに片道2時間を要した。、、、、、平成3年(1991)に北総線の松飛台駅が開業すると、浅草橋から都営浅草線が京成線・北総線に乗り入れ、所要時間31分で到着。 松飛台駅は八柱霊園の裏門(正確には松飛台門)に至近で、駅から徒歩5分で墓前に到着。 超便利となった。、、、、北総線の運賃は高ことで有名だが、私にはこの便利さが“安い!”
 
・・・・・・・・・・・・・・北総線の松飛台駅(まつひだい)は平成3年(1991)3月31日に開業した、相対式ホーム2面2線の高架駅。 ホームの西側は松戸市、東側の一部が市川市に掛かる駅である。、、、、「松飛台」とは、現在の八柱霊園の南東側の一部と、霊園の東に隣接する町の町名である。 この町名は、かつてこの辺りに、松戸飛行場(逓信省中央航空機乗員養成所)があったことから名付けられたそうだ。
 
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●千葉県にあって都営とは? ・・・・・・・・・・「都営八柱霊園」は、なぜ千葉県松戸市にあるのか? 最近、NHKで人気のおかっぱ頭の女の子に叱られそうな疑問である。、、、答えは、、、、、明治になって、従来、江戸であった域内で埋葬が禁止となった。 そこで埋葬地が定められ、青山、谷中、染井、雑司が谷の墓地が定められたが、大正期には人口増加によって、四ヶ所の埋葬地も余裕が無くなってきた。 そこで、郊外に新しい市営墓地を作ることが計画された。 大正10年(1921)に西に多磨墓地が完成、昭和10年(1935)に東に八柱霊園が完成した。 昭和23年(1948)には北の小平霊園も完成した。 東の霊園用地を決めるにあたっては、当時東京府内東部には広大な用地が見つからず、千葉県東葛飾郡八柱村の田中新田に用地を求めたそうだ。(この時、鎌ケ谷村にも候補地があった)、、、、、八柱霊園は広さ105万㎡、23区内最大の青山霊園が26万㎡だからざっと4倍の広さ。 東京ドーム20個分のひろさである。(都営霊園の最大は多磨霊園130万㎡)だそうです。、、、、、見渡す限り、墓・墓・墓の霊園。 大人でも迷子になって、野垂れ死にしそうだ。
 
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・・・・・・・・・・・・【余談】 松戸市の市営霊園は土地がなかったため、昭和63年(1988)に隣の白井市に開園した。 白井市の公営墓地は印西市の印西霊園にもあるそうだ。 お墓の玉突き!

2019年2月 4日 (月)

産土神を祀る根頭神社

我が家のある浅草橋駅からは、印旛日本医大行の電車に乗ると、都営浅草線・京成押上線・京成本線・北総線と、乗り換えなしで新鎌ヶ谷・印旛日本医大方面に行ける。、、、、今日は、北陸では“春一番”が吹き、東京でも19℃のポカポカ陽気、押上乗り換えで草加方面(東武伊勢崎線)に行く予定で家を出た。 浅草橋で乗った電車は、たまたま印旛日本医大行。 乗ったら乗り換えるのが面倒になり、そのまま新鎌ヶ谷駅まで乗ってしまった。 予定外の行先変更である。 毎度のことだが、またまた私の“いい加減さ”が表れた。
 
北総線新鎌ヶ谷駅から、東武野田線の西側に広がる新興住宅街南下し、馬込沢駅手前の道野辺のまで歩き、バスで馬込沢駅に出て帰宅。 1万2千歩。
 
 
 
●スカイライナーは通過 ・・・・・・・・北総線の新鎌ヶ谷駅は、平成3年(1991)3月31日に開業した。 島式ホーム2面4線の高架駅。 隣には、ホームが並ぶように新京成の高架ホーム(下り)があり、高架下には新京成の地上ホーム(上り、現在高架化工事中のため仮ホーム)がある。 北総線・新京成線と交差する形で、東武野田線の新鎌ヶ谷駅(隣り駅は鎌ヶ谷駅)が掘割にある。、、、、相互の乗り換え口は、1階の同一平面上にあり便利がよさそうだ。
 
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●開拓地の守護神・・・・・・・・・・・・・東武野田線沿いに鎌ヶ谷駅方向に歩くと、初富稲荷神社(はつとみいなりじんじゃ、初富本町)がある。 初富の鎮守様で、祭神は宇迦之御魂神。 明治初期の旧幕府の武士による初富地区の開拓が始まり、ご守護と繁栄を願うため、伏見稲荷大社より御分神を遷奉したのが始まりである。、、、、現社殿は昭和41年(1966)に再建された。
 
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・・・・・・・・・・・・・社殿の裏側に公園があり、そこには「内閣総理大臣 岸信介」と表書きされた「忠霊塔」が建てられている。、、、、岸信介がどうして、ここに建てたのか? 何も説明されていない。
 
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●老後の散策路・・・・・・・初富神社の西に、水鳥の泳ぐ池を中心とした貝柄山公園(かいがらやまこうえん)がある。 周辺の土地からは下がったところにある湿地帯を生かした公園とのこと!、、、ご近所のお年寄りと思われる方が、あちらに一人、こちらに一人。
 
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●平成の団地・・・・・・・・・・新京成の初富駅、東武野田線の鎌ヶ谷駅を最寄り駅とする、UR都市機構のパークサイド鎌ヶ谷団地。 平成13年(2001)頃に完成した、全24棟(752戸)の新しい大きな団地。、、、、新しい団地で、お年寄りの姿は見えなかった。
 
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・・・・・・・・・・・・・・団地の周辺に古い家は見あたらず、平成の世に建てたと思われる、洒落た家が並んでいる。 (鎌ヶ谷市富岡)
 
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●鎌ケ谷市の総鎮守・・・・・・・・・・鎌ヶ谷駅の南西、鎌ケ谷市道野辺に、誉田別尊を祭神とする、長い参道の八幡神社(通称:道野辺八幡神社)がある。 創建は資料もなく不詳であるが、鎌倉時代と伝えられているそうだ。 現在は鎌ケ谷市及び近隣の総鎮守とされている。、、、御神徳として、厄除開運、殖産興業、学芸成就、子守育成、安全息災、勝運守護に著しく霊験あらたかなものがあるらしい。 裏を返せば、家内安全、交通安全、子宝成就、ボケ防止などは、あまり御利益ないかも?
 
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●日蓮ママの寺・・・・・・・・道野辺八幡神社の南に、日蓮宗の寺院:妙蓮寺がある。 妙蓮寺は、日蓮の母親、妙蓮尼がここで生まれたという話が残っている由緒ある寺。 日蓮聖人から道野辺は妙蓮誕生の地と聞かされた弟子の日進上人(総本山身延山久遠時 第三世)は、鎌倉期(1329年)に妙蓮尼追善供養の意を表して妙蓮寺と称し建立したそうだ。、、、、日蓮上人のパパは「妙日」(法名)といい、ママは「妙蓮」(法名)、二人の子が「日蓮」である。
 
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●住宅地の道祖神・・・・・・アップ・ダウンのある道野辺の裏道を歩くと、崖の中に道祖神が祀られている。、、、、住宅地の先に、道祖神が残されていた、嬉しいね!
 
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●長~い、長~い、参道・・・・・・・道祖神に合掌し、フト横を見ると鳥居がある。 『コリャ、参拝せずばなるまい』、階段を上がると、長い長い参道。(この参道は、「ちば遺産100選」に選定されている) “凄いね!”と思いつつ、参道を鍵の手に折れるとさらに参道は続く。 正面に社殿が見えた、「根頭神社」(ねずじんじゃ)である。、、、、根頭神社が鎮座している地域は道野辺村(現:鎌ケ谷市道野辺)。 この辺りは、鎌倉時代以前からの古い集落で、江戸時代は大名:本多氏の領地であった。 神社は、道野辺村の土着の神:根頭之大神を祀っている。、、、、神社の本殿は旧千葉県立師範学校の御真影奉安殿にして、一時、千葉県護国神社の仮本殿として使用された建物である。
 
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●可愛いバス ・・・・・・・・・・時刻は16時、風が出てきた、空は曇ってきた、田舎道とも別れて、そろそろ帰るか。、、、、ちょうど、バス停が見つかり駅まで乗って行こう! 小型のバスで馬込沢駅まで出る。 
 
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2018年11月16日 (金)

のどかに散策、東松戸から

押上で東武に乗換て北千住方面に行く予定で、浅草線浅草橋駅のホームに立つと、今夏から運転された浅草線新形車両5500形が入ってきた。 ラッキ~~、迷わず印旛日本医大行きのこの電車に飛び乗り、急遽行先変更し北総線東松戸駅まで新形車両の乗り心地を楽しんだ。、、、、、散歩は東松戸駅から武蔵野線沿いに奉免町まで1万歩。
 
 
 
●歌舞伎の顔・・・・・・・・・・・・外観は歌舞伎の隈取りを今風にアレンジしたデザイン、内装は落ち着いた和の雰囲気のデザインの東京都交通局5500形新形車両。 “観て楽しい、乗って楽しい車両”である。、、、、、今年度中に8編成が運用となるそうだ。
 
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●高いね!北総線・・・・・・・・・東松戸駅 は、平成3年(1991)3月31日に北総開発鉄道の駅として開業し、平成10年(1998)3月14日にJR武蔵野線の駅が開業した。、、、、、北総線の駅は地上17mの高さにあるが、それ以上に高いのが運賃である。 我が家(浅草橋)からだと、浅草橋→押上→高砂→東松戸の北総線利用ルートでは、所要時間約25分、運賃770円。 浅草橋→西船橋→東松戸のJRルートでは、所要時間約40分、運賃470円。 北総線ルートの運賃はJRルートの約1.6倍、コリャ高い! 所要時間はかなり短いのだから、その分負けて安くして欲しいね。
 
・・・・・・・・・・・・・北総線東松戸駅は、3階に改札、4階に島式ホーム2面4線の高架駅。
 
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・・・・・・・・・・・・・・JRの東松戸駅は、1階に改札、ホームは2階。
 
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●緑の中を散策・・・・・・・・・小春日和の下、武蔵野線に沿って西船橋方向に歩く。
 
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・・・・・・・・・・・・・・「新堀込遺跡」の標識が畑の中に立っている。 縄文時代の貝塚は地中に埋め戻され見えない。、、、、、せめて、味噌汁のシジミの殻、フライドチキンの骨などを埋めておいて、見ることができれば嬉しいのだが!
 
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・・・・・・・・・・・・・掘割を走る武蔵野線
 
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・・・・・・・・・・・・・ナンジャ、アレ?、、、、、視線の先に、グランドキャニオンの岩山のような形のものが見える。 灰色の表面はモルタルか? かなり大きいぞ! 上部に窓のような穴が開いている、誰か地元の人に聞いてみよう。 しばし人影を求め探すが、誰も通らない。、、、、、どうしても気になるので、地図を開き方角を求め、推理・・・何だろう?、、、、、も一度、カメラの望遠で覗く。、、、、、10分後、判った! NTT松戸高塚(電話局)の鉄塔を足場で覆い、塗装工事(?)でもしているのだ。灰色は工事用のシートの色だった。、、、、、、帰宅後、調べてみたら、4年前に近くで撮影した鉄塔の写真(下)があった。
 
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・・・・・・・・・・・・景色は畑から、林の中を抜け、再び武蔵野線が見えた。 線路は複線が三線になった、これは次の市川大野駅の中線が分岐したからである。、、、、駅はスグソコ!
 
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●・・・・・・・・・・・JR武蔵野線の市川大野駅 の前に出た。、、、、ここからは、武蔵野線の東側を歩いてみた。 初めて歩く道だ!
 
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●楽しそうな寺があった!・・・・・・・・・・駅から200m程東に向かうと、日蓮宗寺院の本光寺がある、光胤山と号す。 本光寺は、中山法華経寺の上人が、正平16年(1361)に創建した。 現本堂は昭和42年(1967)に再建。、、、、境内のあちらこちらに貼り紙・案内・置物・像があり、ナンダか、いろいろ賑やかな寺のようだ。
 
・・・・・・・・・・・・・本堂屋根にはソーラー発電が設けられ、光熱費節約!
 
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・・・・・・・・・・・・・境内には最近作られたと思われる、石塔・石像などの墓碑が10基以上点在する。 各墓碑には賽銭箱も備えられ、財布は空になる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・本堂前には“浄土”宛ての郵便ポストが置かれていた。 お婆さんが、亡くなったお爺さん宛に、『一人で呑気に女遊びしないでね』と便りを送るのかな?
 
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・・・・・・・・・・・・・本堂の賽銭箱前には“お参り”について、チョイト丁寧な説明文があった。、、、、、本堂では“縁結び”を、本堂前の稲荷堂では“縁切り”を、両方お願いするとどうなるのかね?
 
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●姫宮の町に着いた!・・・・・・・・・・・市川大野駅からは千葉県道9号船橋松戸線を歩いた。 道端に、南無妙法蓮華経と彫られた題目庚申塔(寛政8年(1796)の銘)があった。
 
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・・・・・・・・・・・・・道は、高貴な美女:常盤井姫が住みついたといわれている、先日歩いた奉免町 に出た。、、、、、ここからは、バスで本八幡駅に行き帰宅。 

2018年10月28日 (日)

菊の御紋は奉免町

三日前の散歩にて、迎米庚申塚で地元の方に聞いた話では、『武蔵野線沿いに「奉免町」という、昔年貢を免じられた町があり、そこには日蓮宗最初の尼寺がある。 行ってみるといいですよ!』とのこと。 “尼寺”につられ、今日の散歩は奉免町の町歩きとした。 JR本八幡駅からバスで往復し、9千歩の散歩。

 
 
 
●奉免町なんて知らん御免・・・・・・・・・奉免町(ほうめんまち)は市川市北部に位置する、人口1,550人程の町。 畑も残されている住宅地。
 
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●地名の由来は・・・・・・・・・昔、昔のその昔、鎌倉時代のことである。 東京湾の海岸線は、今の総武線よりも、もっと内陸に入り込んでいた。 そこに、美しい着物を着た二人の女性が流れ着いた。 一人は若い娘、もう一人は乳母の女性。 (私の想像では、二十歳ぐらいの色白の娘と、三十歳過ぎの年増の美女) 若い娘は薄い布で顔を隠していたが、その美しい黒髪から身分の高い女性だと、人々は思ったそうだ。 その後、二人はこの地に住み着いたが、村人は気になる(不審な)美女なので、役人に知らせた。 そこで、鎌倉幕府の役人が調べてみたところ、ビックリ、シャックリ止まらない。 その娘は、ナント、後深草天皇の皇女常盤井宮(ときわいのみや)内親王であった。 常盤井姫は難病を患い、美しい顔にひどいできものができてしまい、それを苦に、京の都の宮中から乳母と共にひっそりと姿を消したのだ。 そして小舟に乗り、流れ、流され、下総のこの地に着いたのである。 幕府の役人は村人に、常盤井姫を援助するよう命じ、その代わりに年貢の奉納を免除した。 つまり、村は「奉免」されたのである。、、、、、こののち常盤井姫は若宮の中山法華経寺奥の院にて日蓮の説教に接した。 日蓮は姫に病気治癒の妙符を渡し、その霊験は高く、常盤井姫の病は日毎に良くなり、元の美しい姿に戻った。 その後、常盤井姫は仏の加護を感謝し、美しい黒髪を剃り、日国と名乗り、奉免の地に寺を建てた、これが日蓮宗で最初の尼寺、奉免山安楽寺である。 皇室ゆかりの寺として、安楽寺の寺紋は菊の御紋である。、、、、、以上、常盤井姫伝説である。
 
 
●アレ? 団地がない!・・・・・・・・・我が家から奉免町へ行くには、JR総武線本八幡駅で下車し、町の北側京成バス「姫宮団地入口」バス停で降りた。 バス停の“姫宮”は常盤井姫のことと推察し、団地が見たくバスを降りた若い主婦に『姫宮団地ってどの建物ですか?』と聞くが、『そんな団地はありませんよ、バス停前はパークハイツで、後ろはグリーンハイツです』と、つれない返事。 幻の“姫宮団地”か?
 
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・・・・・・・・・・・・・・どうやら、姫宮団地というものはないようだ、たぶんこの高層集合住宅群を総称して、バス会社の誰かさんが「姫宮団地」と命名したのだろう。 勝手に、自分に言い聞かせた。、、、、大柏川を渡り、奉免町に入る。 武蔵野線が見える! 芋堀り遠足に来たようだ。 “姫宮団地”(?)からだいぶ遠ざかったな。
 
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・・・・・・・・・・・・奉免町の北端、武蔵野線沿いに住宅が並んでいる。 その中に「都美人 ひめみや食堂」の文字が見える。 アレ!、また幻の“姫宮”か? しかも“都美人”だって!
 
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・・・・・・・・・・・・・・食堂の前まで行くと、玄関先に「ひめみや団地自治会」の札が下げられていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・集合住宅が並ぶ団地をイメージした私が馬鹿だった。 姫宮団地は、バス停からチョイト離れた、安楽寺近くの戸建て住宅の団地だった。、、、、建ち並ぶ家を見ると、昭和50年前後に分譲された団地のように見える。
 
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●キツイ、ツライ、70段・・・・・・・・・・・ひめみや団地の脇、小高い丘の上に安楽寺の鎮守社であったと思われる「神明社」がある。 約70段ほどの急な参道階段は、年寄りにはキツイ! 祭神は天照皇大神だが、由緒は不詳。
 
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・・・・・・・・・・・・・社殿裏から眺めると、眼下に「ひめみや団地」の住宅が見える。 身体を反転すると、遠く本八幡駅前のタワーマンションも見える。
 
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●菊の御紋が目に入らぬか、頭が高い!・・・・・・・・・・・静かな住宅地の中にある、奉免山安楽寺は常盤井姫ゆかりの日蓮宗最初の尼寺。 小さなかわいらしい本堂がなんとなく尼寺らしい雰囲気を匂わせる。、、、、、姫の姿を追って、キョロキョロ、境内を見渡すが誰も見えず。
 
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・・・・・・・・・・・・・・本堂正面のガラス戸には、花びら16枚の菊の御紋が見える。 本堂天井にも菊の御紋が!、、、、、“菊の御紋”使っていいのかな?
 
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●観光ガイドはいません!・・・・・・・・安楽寺、神明社を見たので、もう少し奉免町の名所巡りをしてみよう。
 
・・・・・・・・・・・・・まずは、地域のコミュニティーを大切に、皆さんが集う「奉免公民館」。 玄関を入ると、スグに大宴会場。
 
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・・・・・・・・・・・・・・公民館の脇には、奉免町のスカイツリー、KDDIの鉄塔が立っている。 展望台はないようだ!
 
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・・・・・・・・・・・・・こちらは、奉免町のベッドタウン「市営奉免団地」  昭和55年(1980)に建てられた、3DK、5棟(100戸)の市営団地。 家賃お安くしてます。
 
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・・・・・・・・・・・・・奉免町の中央を縦断する、高速道並みに信号機のない、町の幹線道路。 飛び出しに要注意!
 
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●お帰りはコチラ・・・・・・・・・再び大柏川を渡り「市川東高校入口」バス停に出る。、、、本日の散歩では、残念ながら尼僧に会うことはなかった。 
 
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2018年10月25日 (木)

貝の見えない曽谷貝塚

今朝のお天気お姉さんの一言、『秋晴れの爽やかな一日です』を聞いて、江戸川沿いに散歩することにした。 地下鉄浅草橋駅では、タイミングよく、アクセス特急成田空港行に乗車できた。 車中で、『矢切駅で下車し、松戸方面に歩くか? 市川方面に向かうか?』思案しているうちに、普通電車に乗り換えるのを忘れ、電車は高速で矢切駅を通過し東松戸駅まで行ってしまった。 『アリャ、コリャ、失敗、どうしよう?』 ここまで来たら、市川大野駅から本八幡方面に歩くことにした。、、、、、武蔵野線市川大野駅から総武線本八幡駅の手前「宮久保坂下」バス停まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
●何ジャ、変ジャ、大変ジャ・・・・・・・・東松戸駅で北総線からJR武蔵野線に乗換え市川大野駅は隣駅、勝手知ったる乗換でJRのホームに向かう。 アレ、ホームに大勢の人。 なんか変だぞ、電車が遅れている、『しばらくお待ちください』 のアナウンスが聞こえる。 もう覚悟した、『今日の散歩は失敗かも?』
 
・・・・・・・・・・・・久しぶりに、ギュウギュウ詰めの電車に乗り、次の市川大野駅で下車。 ここも、ホームに大勢の乗客が並んでいる。、、、、、静かに並び電車を待つ姿はさすが日本人、割り込む人、騒ぎ立てる人はいない。
 
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・・・・・・・・・・・・・・市川大野駅には昭和53年(1978)10月2日に開業。 相対式ホーム2面2線の真ん中に中線を有する高架駅。
 
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●欲張って三祭神・・・・・・・・・・市川大野駅南側の小高い処に、迎米(むかいごめ)集落(現:大野町2)の鎮守さまが竹林に囲まれ祀られている。 迎米三社宮と称する神社で、奈良の春日大社、愛知の熱田神宮、兵庫の野口神社、三社の御神体を祀っている。、、、、、ついでに、伊勢神宮、明治神宮も混ぜ、“五社宮”にしたら、御利益アップ!
 
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●村の集積場?・・・・・・・・・・市川大野駅から南西に500m程歩くと、小さな鳥居のある一郭があり、貞享4年(1687)、享保3年(1823)などの庚申塔、文化10年(1812)から昭和33年(1958)に至る17基程の馬頭観音、軍馬徴発記念碑などがある、迎米庚申塚である。、、、、、、“講”はなくなったのか? 残念だが、村の庚申塔・馬頭観音の集積場のようだ。
 
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●まだ、まだある庚申塔・・・・・・・・・・市川大野駅から南西の市川市曽谷に向かって歩く。、、、、、この辺り、道幅が狭く、歩道のない道路も多く、わき見歩きは危険だ!
 
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・・・・・・・・・・・・・花屋の一角に祀られている大野新田の庚申塔(市川市大野1丁目)。 こちらの3基は、いずれも「帝釈天」と彫られている。  左から、慶応4年(1868)、天明8年(1788)、天保9年(1838)。、、、、、この辺の人は柴又の草だんごが好きだったのか?
 
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・・・・・・・・・・・・・さらに、400m程歩くと木戸口庚申塔(市川市下貝塚2丁目)がある。 庚申塔は、左から文政11年(1828)、享保17年(1732)、享保5年(1720)。 300年も前に建立されたものだが、彫りも深く、スバラシイ!
 
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●20人が埋葬された! 殺人事件か?・・・・・・・・・・・・表通りから裏道を歩き曽谷貝塚(そやかいづか、市川市曽谷二丁目)に出た。 縄文時代中期末から後期末にかけての貝塚で、後期末の土器型式曾谷式の標式遺跡(時代を特定する基準となるような遺跡)。、、、、遺跡からは20体の埋葬人骨が出てきたそうだ。 生き埋めなら殺人事件だ!、、、、、その貝塚は芝生の下に埋め戻され、芝の上ではお年寄りが、ゲートボールで体力作り。 貝塚の貝は芝の下。 
 
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●競馬をやっていた神社・・・・・・・・・・・・・曽谷貝塚の南側に、曽谷の春日神社がある。 祭神は天兒屋根命(あめのこやねのみこと)で、寛文11年(1671)に大改築され、元禄時代の検地帳に記載されている古社。、、、、昔は、各家で馬を持っていたので、正月2日に春日神社の前で馬の駆け足競走が行われていたそうだ。 馬券も売っていたのか、気になるね!
 
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●ここは曽谷城址?・・・・・・・・・・市川市の北部、曽谷台地の上に、鬼子母神堂と妙見堂などの堂宇のある日蓮宗の大きな寺院:長谷山安国寺がある。 文応元年(1260)、曽谷の領主、曽谷教信が日蓮上人に帰依して、立正安国に因んで館の傍らに安国寺を建てた。 文応元年(=鎌倉時代)には、頼朝に従って活躍した千葉常胤の千葉六党の5男、胤通が市川を領して、「国分氏」を名乗っていることからして、その一族では無かろうかと思う。 安国寺は千葉氏の繁栄を願う寺とも言われている。 また、曽谷教信が霊夢を見たことで勧請したと伝えられている千葉寺の妙見菩薩像と同木の端っこで彫られた妙見菩薩像を安置している、由緒ある日蓮宗の寺院。、、、、、、安国寺の地は、鎌倉時代の曽谷城址と言われている。 また、安国寺の近くには、別に、戦国期の曽谷城跡もあるそうだ。
 
・・・・・・・・・・・・・・写真は、山門、本堂、鬼子母神堂、妙見堂
 
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●裏道から脱出・・・・・・・・・・・・曽谷の裏道をテクテク歩くが、朝の武蔵野線の遅れが影響し、そろそろタイムアウト。 『どこかバスの走っている表通りに出よう!』、一生懸命歩きバス停を見つけた。 「宮久保坂下」である、ここからバスで本八幡駅に出て帰宅。
 
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2018年6月22日 (金)

矢切~金町

三日前に歩いた柴又の対岸、北総線矢切駅から、野菊の墓、矢切神社と歩き、新葛飾橋を渡り、京成金町駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
①矢切駅・・・・・・・・・江戸川を挟み葛飾柴又の対岸、松戸市下矢切にある、北総鉄道北総線の駅。 北総台地にある2面4線の地下駅。、、、、、駅名も、歌も、「矢切」は“やぎり”だが、地名は“やきり”で濁らない。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅前のロータリーは工事中。 その為か、駅前にあった作家:水上勉旧居跡の石碑が無い。 昭和32年から2年間住んでいたそうだ。 当時は矢切駅もなく、不便な地であった思う。 (写真:2016年撮影)
 
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②野菊の墓文学碑・・・・・・・・・矢切駅から北東500m程のところ、北総台地が江戸川に接する崖上に、夏目漱石が、「自然で、淡泊で、可哀想で、美しくて、野趣があって、(中略)、あんな小説ならば何百編よんでもよろしい」と、絶賛した、伊藤左千夫(1864~1913)の小説『野菊の墓』(明治39年(1906)発表)の文学碑がある。 この矢切の地が小説の舞台である。 小説は、15歳の少年・斎藤政夫と2歳年上の従姉・民子との淡い恋を描いている。 (詳しくは、新潮文庫で334円程なので、自分で買って読むこと!) 
 
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・・・・・・・・・・・・・・文学碑とは歩道橋で結ばれた公園から見る、手前は江戸川左岸(千葉県側)、奥は金町方面(東京都)。
 
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・・・・・・・・・・・・・文学碑は、真言宗豊山派の寺院、八幡山西蓮寺の本堂裏にある。 寺と文学碑の入口は別になっており、法要などに差し支えないよう配されている。、、、、、文学碑の建立に尽力を注いだ、今は亡き松戸の版画家:奥山儀八郎(1907~1981)とも深い縁のある名刹である。 
 
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③矢喰村庚申塚・・・・・・・・・・・野菊の墓文学碑から東へ300m程歩くと、地蔵尊・庚申塔・馬頭観音などが10基以上並ぶ、強力なパワースポット、矢喰村庚申塚がある。 建立された時代も、江戸、明治、昭和とイロイロ。、、、、、、中央に控えるは、寛文8年(1668)に建立された塔身高196㎝の庚申塔で、青面金剛の足下には三猿が刻まれている。、、、、、矢喰村(やぐいむら)とは、この辺りで行われた国府台合戦で、北条氏と里見氏が戦い戦死者は1万余だった、地元の領民も人足に狩り出され、塗炭の苦しみの中で、弓矢を呪うあまりに、「矢切り」「矢切れ」「矢喰い」の名が生まれたそうだ。
 
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④矢切神社・・・・・・・・・・矢切駅の北500m程に位置する矢切神社。 宝永元年(1704)の長雨により、江戸川が大洪水を起こし、水高が地面より8尺余り(約2m50cm)となった。当時の矢切の民家は江戸川沿岸にあったため、多数の死者を出し、甚大な被害を受けた。 その後、災害から逃れるため村民は台地上に移住し、鎮守として京都から稲荷を勧請して祀ったのが矢切神社である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・入母屋造の拝殿屋根には、漆喰で龍が描かれている。、、、、、誰が描いたのか? 凄い!
 
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⑤浄安寺・・・・・・・・・・・・矢切神社から北へ200m、日蓮宗の寺院:浄安寺がある。、、、、通りからはチョイト奥まった処にあり、木立に囲まれた、落ち着いた静かな佇まいの寺。
 
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⑥江戸川左岸・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・北総台地から江戸川左岸に下り、土手を目指し歩く。 矢切変電所の前に出た。 周囲には畑が広がる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・ぺんぺん草が橋の上まで生える中矢切橋。 周囲は畑、炎天下、こんな処を歩くのは私だけ。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・土手の上に立った! ナント、河川敷は「江戸川ラインゴルフ 松戸コース」のゴルフ場であった。 三日前に見た金町浄水場の取水塔 を対岸から見ようと思ったが、コリャダメだ!
 
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⑦新葛飾橋・・・・・・・・・・新葛飾橋を渡り、金町駅に向かう。、、、、、この橋を渡ると、千葉県側から東京都に入ったことになる。 千葉県側は緑豊かに畑の中を歩いたが、東京都側は一気に都会の空気を感じさせる。
 
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・・・・・・・・・・・・・橋の上から見た2基の取水塔
 
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●・・・・・・・・・・・・・・橋を渡れば京成金町駅までは近い。 京成で帰ることにした。
 
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