千葉県

2018年3月13日 (火)

京成団地~平和交通本社

今日は稲毛でパソコンの同好会。 春の陽気の下、チョイト時間があり、散歩をしてみることにしたが、9年間毎月来ている稲毛なので、主だった所はほぼ歩いた。 
 
 
 
・・・・・・・・・・・・・稲毛駅前で、『どっちの方角に歩こうか? ♪ ああ 稲毛 思案橋ブルース ♪』 
 
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・・・・・・・・・・・・・悩んでいても決まらない! 駅前のバス停から、来たバスに飛び乗って終点まで行くことにした。、、、、乗ったバスは「京成団地」行。 「京成団地」? 知らない、聞いたことない、どんな所? 疑心暗鬼で窓の外をキョロキョロ見るが?????
 
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・・・・・・・・・・・・・終点の京成団地で降りたのは五人、多いのか、少ないのか? ここはどの辺、あの辺、この辺、わからへん?
 
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・・・・・・・・・・・・・とりあえず、気ままに歩いてみることにした。 “団地”と言えば、公団の団地をイメージするが、周囲は木造住宅ばかり、どうやら京成団地とやらは戸建て住宅の団地のようだ。 住宅地の真ん中で降りてしまったのか?、、、、、帰宅後、ネットで調べてみたら、団地が造成された時期は不明だが、団地内の「京成団地商店会」(現店舗数24店程)が結成された時期は昭和48年(1973)であった。、、、、、店は開いている、商店会の街路灯もある、しかし右を向いても左を見ても、人がいない、車も通らない、ここはゴーストタウンか?
 
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・・・・・・・・・・・・・・よそ者の私は、右に曲がって、左に折れて、何かないかとキョロキョロし、住所の「稲毛区宮野木町」を見ても「ここは何処? 私はいったい何処へ行く?」、、、、、よそ者は京葉道路の脇に出た。
 
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・・・・・・・・・・・・・『人がいた! 学童の安全を見守るおじさんだ!』 チョイト聞いてみる、「この辺に神社とかお寺とか教会など、何か古いものはありませんか?」 応えは、京葉道路を横切って反対側に、小さな神社と寺があるそうだ。 「でも、道は迷路のように曲がっているから、近くの人に聞いてくれ!」と、言われた。、、、、よし! 行ってみよう。
 
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・・・・・・・・・・・・・歩道橋を渡ると、道は狭く、畑も見える、スイセンが咲いている。
 
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・・・・・・・・・・・・・あった、宮野木大神宮! なんと、小さな大神宮!、、、、、社殿・社務所なぞ何もない、住宅のチョイト広めの駐車場程の境内に、近くにあった祠を集めてきたような神社である。 石祠が数基並んでいる、正面中央に天御中主尊(古事記では、天地開闢の際に高天原に最初に出現した神といわれている)の祠が祀られていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・大神宮の近くに、真言宗豊山派の地蔵院があった。、、、、、山門はない、境内正面に鉄筋コンクリート造の本堂がデンと構え、左側に大師堂・供養塔がある。 右には町内会館と民家(?)があり、本堂のすぐ前には洗濯物が干されていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・地蔵院の南隣に愛宕神社があった。 こちらも、小さな神社だが由緒書があり、それによると、「当神社の詳しい由緒は明らかではありませんが、京都の愛宕山頂に鎮座する愛宕神社を本宮とし,火の神迦具土神を祀る神社であると伝えられています。愛宕山は,比叡山と東西相対してそびえ,その雷雲がしばしば出現する方角であるために,霊威を備え且火の神という性格から火難除けの御信徳を有すると考えられ人々に篤く崇敬されています。」、、、、、村のはずれの守り神か、ナントナク古そうだ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・愛宕神社から、チョビット歩くとバスを運行している平和交通本社があった。 「あっ、ここが稲毛駅行のバスを経営している会社か。」と、会社の建物を見ながらのんびり歩いていると、突然、「稲毛行発車します、急いでください。」と大きなマイク音が聞こえた。 咄嗟に自分の周りを見ても誰もいない、バスが停まっているだけ、これは私に向かって言っているのだ! 乗らないといけないと思い、慌てて飛び乗る。 運転手は即発車する。 もう少し歩きたかった。 なんだか自分の意志に反し、乗せられ稲毛駅まで護送された。
 
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・・・・・・・・・・・・・・チョイトもの足りないミニ散歩でした。

2018年2月16日 (金)

市川大野~本八幡

武蔵野線市川大野駅から、南西方向に歩き総武線本八幡駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
①市川大野駅・・・・・・・・・・市川大野駅が開業した昭和53年(1978)頃の、武蔵野線は旅客列車の運転本数は30分に1本程と少なかった。 開業後40年経過した現在は、首都圏の通勤電車として運転本数も増え便利になった。 駅は相対式ホーム2面2線のほかに中線を有する高架駅である。、、、、、私がこの駅に最初に降りたのは駅開業間もない頃で、葬儀に出席するためであった。 以来、火葬場の最寄り駅としてのチョイト暗いイメージが強く残っていた。 今日、下車してみたら、チョッピリ明るいイメージになった。 
 
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②迎米三社宮・・・・・・・・・・市川大野駅の南西の小高い処に、竹林に囲まれた三社宮がある。 この神社は、迎米(むかいごめ)集落(現大野町2)の鎮守で、奈良の春日大社、愛知の熱田神宮、兵庫の野口神社、三社の御神体を祀っている。
 
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③迎米庚申塚の馬頭観音・・・・・・・・・・本八幡方面に向かう道の脇に、迎米の庚申塚がある、ここには11基程の馬頭観音が祀られていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・その中で、日清・日露戦争時の軍馬の供養碑(写真:中央と左)と共に一基の馬頭観音(写真:右)が祀られている。 一面八臂の馬頭観音で、第一手は胸前で印を結び、第二手の右手は鉞斧を掲げている、第三手で弓矢を持ち、第四手は両手を上向きに開いていた。 文化10年(1813)建立。
 
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・・・・・・・・・・・・・・日蓮宗系「帝釈天」と刻まれた見事な庚申塔もある。
 
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④大野の町を歩く・・・・・・・・本八幡に向かいバス通りをひたすら歩く。 
 
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⑤大野新田の庚申塔・・・・・・・・・市川市大野1丁目、バス通り沿いに祀られている庚申塔。 こちらの3基は、いずれも「帝釈天」と彫られている。  左から、慶応4年(1868)、天明8年(1788)、天保9年(1838)。、、、、、この辺の人は柴又の草だんごが好きだったのか?
 
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⑥木戸口庚申塔・・・・・・・・・・・バス通りは県道180号を横切り、市川市下貝塚2丁目に入り、ここからは県道51号(市川市八幡~柏市旭町)となる。 この地に木戸口庚申塔がある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・庚申塔は県道沿いに、コレマタ、3基並んでいる。 左から、文政11年(1828)、享保17年(1732)、享保5年(1720)。  
 
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⑦春日神社・・・・・・・・・木戸口庚申塔から先のバス通りは昨年歩いているので、今日は脇道にそれて歩いてきた。、、、、、、木戸口庚申塔の裏道に入ると、市川市下貝塚の春日神社がある。 小高い処に社があるが、境内には由緒書きもない、あるのは境内を掃除する箒だけ。
 
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⑧本住寺・・・・・・・・・春日神社の先、市川市下貝塚に日蓮宗の寺院、本住寺がある。 
 
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白幡神社 ・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・本住寺から裏道をしばらく歩き進むと、手入れされていない竹林となる。 竹林から山を下るようにさらに進むと住宅の脇に出る。 住宅の前に小高い丘が見え、上った先は白幡神社(市川市宮久保)の脇に出た。
 
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・・・・・・・・・・・・・・白幡神社は誉田別命・竹内宿禰・天満天神を祭神とし、文明18年(1486)以前の創建と思われる古社。 本八幡の駅周辺を一望できる高台に鎮座する。
 
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●・・・・・・・・・・この後、本八幡駅から帰宅。
 
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2018年1月 9日 (火)

検見川

パソコン同好会の帰り、稲毛から検見川駅まで旧千葉街道沿いに歩いてきた。 この道は度々歩いているが、去年は歩くのを忘れていたようだ。 今日、強い風に乗って、飛ばされるように歩いてきた。
 
 
 
①京成千葉線・・・・・・・・・・・京成電鉄の千葉線は、京成津田沼~千葉中央駅間を走る約13kmの路線である。 この間は総武線の海側をほぼ並走している。 開業は大正10年(1921)。、、、、、一部、新京成電鉄の車両が乗り入れており、ピンクと白に塗装された電車も見ることができる。 明るい色の電車を見ながら、心ウキウキ、線路沿いに西へ向かう。
 
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旧日本電信電話公社検見川無線送信所 ・・・・・・・逓信省技師吉田鉄朗の設計による、丸味を帯びた隅部、曲線を多用し正面階段部など、ドイツ表現派風の建築で、大正15年(1926)、対外国通信を主目的として建てられた施設である。、、、、、昭和58年(1983)に施設が撤去され、現在は雑草の中で雨ざらしの廃墟状態である。 建物は内部には入れないようになっているが、破損が甚だしく痛々しい。、、、、貴重な建物で、千葉市では保存に向けて10年以上の期間検討している。 まだまだ検討は続くのか? 壊れた後に、検討が終わるのかもしれない。
 
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③三峯神社・・・・・・・・・千葉街道沿いの崖上にある、秩父の三峯神社を総本社とする神社。 江戸時代までは崖下は波打ち際で、三峯神社の灯明は検見川港に入る船の灯台であった。、、、、今は小さな神社だが、文政6年(1823)の石の鳥居、同年の石灯籠なども残っている。 パワースポットとして世に売り出し、恋人占いなども用意すると、若い娘の参拝も期待できるかも?
 
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④露天風呂のある梅の湯・・・・・・・・旧千葉街道がまだ海に面していた頃は検見川町は漁師町であった。 その時代から、現在地(花見川区検見川町2)で100年以上営業している「梅の湯」。、、、、今は、町の銭湯として営業しているが、地下50m~60mから採取した大変綺麗な筑波山系の「井戸水」を濾過し、お湯を焚いているそうだ。 また、男女別にある「薬湯露天風呂」は、足腰の痛みに効くそうだ。 私は入浴していないので真偽は?
 
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⑤善勝寺・・・・・・・・・検見川町1丁目の浄土宗寺院、求法山随流院善勝寺。 文禄元年(1592)の開創。 文久元年(1861)、検見川に大火事が発生し、類焼した。 その後、近隣の味噌倉を購入移築して、本堂に代用した。 それまで境内にあった釈迦堂・庚申堂・祖師堂などの諸堂宇は、復旧再建の見込みなく、すべて仮本堂に合座した。、、、、、昭和36年(1961)に至り、現在の本堂・庫裡を建立して、ようやく昔日の面目の一部を回復した。、、、、山門は江戸時代(1745)の建立。 鐘楼堂も江戸時代(1721)の建立だが、鐘は太平洋戦争で供出してしまった。
 
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検見川神社 ・・・・・・・・・またまた来ました検見川神社。 まだ正月モードの神社は、初詣の参拝者がちらほら。 お守り、お札を授かる人もいる。
 
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⑦新検見川駅・・・・・・・・昭和26年(1951)7月15日、国鉄の駅として開業。 現在は、複々線上の緩行線に設けられた島式ホーム1面2線を有する地上駅。 駅舎は橋上にある。、、、、ちなみに、“新”のない検見川駅は京成電鉄千葉線の駅で、大正10年(1921)に検見川神社の近くに開業した。
 
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2017年12月19日 (火)

一之江~行徳

都営新宿線一之江駅から、今井橋で旧江戸川を渡り欠真間の町を抜けて、東京メトロ東西線行徳駅まで、1万2千歩の散歩です。
 
 
 
①一之江駅・・・・・・・・・・都営新宿線の一之江(いちのえ)駅は昭和61年(1986)9月14日に開業した島式ホーム1面2線の地下駅。、、、、、一之江駅の周辺には、一之江、一之江町、二之江町、松江、瑞江、春江そして区名が江戸川と地名に“江”の字が多い。 この辺りは、もともと沼地・入り江で、戦後の昭和40年代ぐらいまでは、白鷺の舞うハス田が広がっていた。 今は、白鷺もハス田も見当たらないマンションが建ち並ぶ都会となった。
 
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・・・・・・・・・・・・・駅前は、空中にはられた電線が無く、スッキリとした街になっている。、、、、、無電柱化は達成しているが、高圧鉄塔が残っている。 これがチョイと邪魔だね!
 
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新中川 ・・・・・・・・・・葛飾区高砂にて旧中川分岐して直線的に南下し、瑞穂大橋の下流側で旧江戸川に合流する全長8km程の川である。 新中川は戦後に開削され、昭和38年(1963)に完成した「中川放水路」である。、、、、、今日は瑞江大橋を渡り、新中川を越える。
 
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③今井橋・・・・・・・・旧江戸川に架かる今井橋。 現在の今井橋は昭和54年(1979)に完成した。 それまでの旧橋は現在の橋の50m程上流側に、昭和26年(1951)に完成した片側一車線のコンクリート橋であった。 戦後、上野公園からこの橋の西詰まで、都営のトロリーバスが運行していたが、昭和43年(1968)頃廃止となった。 “トロリーバス”とは、懐かしいね。、、、、、、今井橋は北岸の江戸川区江戸川地区と南岸の千葉県市川市(行徳)を結んでいる。
 
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・・・・・・・・・・・・橋を渡り市川市に入ると、橋の際に「今井の渡し旧跡」の案内が立っている。、、、、、寛永8年(1631)に、この場所に渡しが許可されたそうだ。 以来、大正元年(1912)に初代の今井橋が架けられるまで、渡しが利用されていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・今井の渡し跡の近く(市川市相之川)に、渡し舟の水上安全を祈願した祠「相之川香取神社」がある。、、、、、ついでに、行徳駅から西へ600m程の処(市川市香取(かんどり))に香取神社がある。 こちらは、“かとりじんじゃ”ではなく、地名に由来し“かんどりじんじゃ”と読むそうだ。 香取市の香取神社とは無関係の神社。 あ~、ややっこしい!
 
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④欠真間・・・・・・・・・・南行徳駅の北800m程の旧江戸川べりの地名。 「欠真間」は“かけまま”と読む、“けつまま”と読むと何となく汚いイメージだ。、、、、、市川駅の北、国府台の台地に連なる「真間」の地の土が台風などの自然災害でこの地に流れてきたと伝えられ「欠真間」と呼ばれるそうだ。
 
・・・・・・・・・・・・・江戸川・旧江戸川で囲まれた行徳・浦安地区は、土地が低く自然排水が殆ど不可能な処である。 雨が降ると、雨水などが溜まる一方で、勝手に川へ流れていかない土地であった。 そこで、行徳・浦安地区の川べりには30か所程の排水機場があり、雨水などを江戸川・旧江戸川に強制的に配水している。 その一つ、欠真間排水機場と、欠真間三号水門が旧江戸川べりにある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・住所は相之川であるが、欠真間に隣接する相之川日枝神社。、、、、、相之川日枝神社は、万治2年(1659)に創建したと伝えられ、明治6年(1873)に村社に列格した。
 
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・・・・・・・・・・・・・行徳・浦安地区を東西に貫く江戸時代の農業用水路の跡が、南行徳小学校の塀に「内匠堀跡(たくみぼりあと)」として標されている。、、、、、、用水は現在の鎌ヶ谷市のほうから引かれていたそうだ。 用水路は大正時代に江戸川放水路が造られ分断され、そして現在は道路沿いに暗渠化された。 当時は舟も通行できたそうだ。、、、、小学校の塀は、波を打つ形状で煉瓦積風に造られている。 これが用水路跡か、サッパリ判らん? 
 
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・・・・・・・・・・・・・浦安~本八幡間を、一時間に2~4本程度の頻度で運行している欠真間のバス停。 
 
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⑤源心寺・・・・・・・・・・・・・市川市香取(かんどり)にある浄土宗の源心寺。 源心寺は、永正年間(1504~1521)この地に不動尊像を祀った安楽院という草庵の地に開山された。 慶長16年(1611)の創建。
 
・・・・・・・・・・・・・平成12年(2000)に再建された本堂。
 
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・・・・・・・・・・・・・本堂2階から見る境内は広い。
 
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・・・・・・・・・・・・・鐘楼の脇に控える閻魔大王の石像。 享保3年(1718)の作。、、、、、我が家のインテリアとして欲しくなった。 真夜中に忍び込んで頂戴しようかと思ったが、閻魔の罰が怖いのでやめておく。
 
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⑥胡録神社・・・・・・・・・・・胡録神社は行徳の街(市川市湊新田)の鎮守様である。 江戸時代から、この辺りは天候に恵まれ製塩が盛んな地域であったことから、神に感謝する祭礼が盛大に行われていたそうだ。 その伝統が今も引き継がれているらしい。、、、、、今度機会あれば、祭礼を見てみたいものだ。
 
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⑦行徳駅・・・・・・・・・・昭和44年(1969)3月29日に開業した、相対式ホーム2面2線の高架駅。、、、、、駅ができた当時は、周辺にハス池が多く残っている東京郊外の駅であった。 今は私の住む浅草橋より、生活しやすい感じがする住宅地。
 
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2017年10月26日 (木)

秋山~本八幡

久しぶりの青空。 北総線秋山駅から総武本線本八幡駅まで、1万3千歩の散歩です。
 
 
 
①秋山駅・・・・・・・・・今から26年前の平成3年(1991)に開業した駅。 北総台地に、掘割状で半地下式に造られた、相対式ホーム2面2線の駅である。 駅前ロータリーに、地下鉄の出入口に似た駅出入口がある。、、、、いまだに駅前には、コンビニが無い、喫茶店が無い、そば・ラーメン屋が無い、呑み屋が無い、何にも無い。 これからの寒い夜、帰宅する独り者は胃袋を温めることができるのかな?
 
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②高塚八幡神社・・・・・・・・・・・秋山駅の南東へ800m程歩くと、県道180号線(松戸原木線)に面して鳥居が見える。 松戸市高塚新田にある高塚八幡神社である。、、、、、チョイと長い参道の両側には雑草と樹木が茂り、奥へ進むと県道の騒音も消され、静かな境内となる。、、、、、高塚八幡神社は源義経が木曽義仲を追討した宇治川の合戦で活躍した名馬「生月(いけずき)」が眠る塚の上に祀(まつ)られており、「高塚」の地名の由来になっている。 平安時代からこの地域は小金牧という馬の放牧地で、この合戦で先陣争いをした佐々木高綱と梶原景季が乗った名馬・生月と摺墨(するすみ)も小金牧産だったそうだ。 
 
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③梨香台団地・・・・・・・・・・・・高塚八幡神社の南側にある梨香台団地は、昭和50年(1975)に建てられた、戸数960戸(10棟)の旧住宅公団の団地。 団地周辺には梨を栽培する梨園が多く、自家栽培の果物・野菜などと共に道路沿いで売る農家が多い。、、、、、この辺りは、昭和45年(1970)の高塚団地、昭和50年の梨香台団地の完成により人口が急増し、昭和47年(1972)には、日本初の5階建て校舎となった松戸市立梨香台小学校が創立されたそうだ。 小学校にはエレベータはなかったと思われる、児童には良き足腰の運動となったであろう。 老いた先生は辛かったかもね? なお、昭和55年度の梨香台小学校は、27学級、生徒数1034名、教職員41名だったそうだ。
 
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④高塚新田にて・・・・・・・・・・松戸市の最南端:高塚新田にて、、、、、住宅の間に点在する梨園、、、、、梨園を整地した跡か?広い空き地、、、、、鳥の餌場か?柿の木
 
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⑤木戸口庚申塔・・・・・・・・・・八幡から市川大野へ向かう県道51号沿いに、素晴らしい庚申搭が3基祀られている。(市川市下貝塚2) 文政11年(1828)、享保17年(1732)、享保5年(1720)と、200年前から300年前の庚申塔が良好な状態で残されているのだ。
 
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⑥所願寺・・・・・・・・・・・・所願寺は市川市宮久保にある、寛文6年(1666)の創立の日蓮宗の寺院。 境内の案内板によると、同寺の縁起は次のように記されている。 『江戸時代、一人の貴女が病を患って都を離れ、近くの美女ヶ崎に流れ着いた。 村人はこの貴女を助け所願寺に住まわせた。 のちに近くの村に移り住み、法華経を信仰して、中山法華経寺で祈祷を受け、病癒え、出家し一寺を建立した』 、、、、アレ? 村人が助け住まわせたのが所願寺、後に建立したのが所願寺(?)。 なんだか変だ。 
 
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⑦白幡神社・・・・・・・・・・・市川市宮久保の台地の上に鎮座する誉田別命・竹内宿禰・天満天神を祀る白幡神社。 創建は文明18年(1486、=室町時代)以前と言われている。 県道に面し参道入口の階段があり、そこを上ると八幡地区を一望する台地の上に立つことができる。 ここから、社殿までは台地の縁に沿って細い参道を歩く。、、、、、、社殿は平成元年(1989)10月21日に竣工した。 奇しくもこの日は、私(雅万歩)の43歳の誕生日であった。(たまたまの偶然ですね!)
 
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⑧真間川・・・・・・・・・・平成7年(1995)8月に竣工した宮久保橋を渡り、一級河川:真間川を越える。 ここ辺りの真間川は農業用水路の幅だ、これでも「一級河川」?、、、、、橋を渡り、本八幡駅までは、もう一頑張り!
 
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⑨本八幡駅・・・・・・・・・・・・・・総武本線本八幡駅に到着。 久しぶりに青空の下、気持ち良い散歩ができた。
 
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2017年9月 3日 (日)

矢切市川

秋風が吹き始めたようだ! 爽やかな風の下、今日は夫婦で散歩。 北総線矢切駅で下車し、栗山の給水塔、里見公園、弘法寺、手児奈霊神堂を巡り総武本線市川駅まで歩いてきた。、、、、、私一人では、度々訪れている処で、道も熟知した散歩コース。 妻は、小学校の遠足依頼、50年ぶりに歩くコース。 私は、終始、ガイド役をつとめ、チョイと『お疲れさん』。
 
 
 
矢切駅から柳原水閘まで・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・・矢切駅前にはコンビニがなく、水分補給用に自販機のお茶を購入し、散歩を始める。、、、、、約20年前に、何もない北総台地に鉄道とニュータウンができた北総線沿線では、『〇〇銀座商店街』と言うような駅前商店街が永久にできそうもないね。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・現在も松戸市・市川市へ配水している栗山配水塔(土木遺産)。 昭和12年(1937)竣工の塔は、空襲もまぬがれ当時の姿をそのまま保ち活躍中。、、、、、水道水には変わらぬが、この塔から配水される水は、一味違うかも?
 
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・・・・・・・・・・・・・・配水塔裏の竹藪を江戸川に向かい下る。、、、、チョイとハイキング気分。
 
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・・・・・・・・・・・・・・江戸時代の創建である日枝神社の階段下に出てきた。
 
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・・・・・・・・・・・・・神社の隣は、 日蓮宗の本久寺。、、、、大きな寺ではないが、古くからある村の寺というような感じだ!
 
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・・・・・・・・・・・・・民家の庭には、ザクロが色づいていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・江戸川土手(柳原排水機場)の前に、明治期に煉瓦で造られた樋門「柳原水閘(やなぎはらすいこう)」が保存されている。、、、、4連アーチの見事な樋門で、国の産業遺産であり、土木遺産でもある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・江戸川土手にあがり、土手上の道を二人で歩く。、、、、、日活青春映画の吉永小百合と浜田光夫の気分(?)
 
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・・・・・・・・・・・・・・右手対岸は東京都葛飾区。はるか先にはスカイツリーも見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・・左手は、河川敷の畑の先に、栗山配水塔がたつ台地が見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・・歩く先には、市川駅前の超高層住宅も望める。 道端にはコオロギが出てきた。 今年はじめての御対面!
 
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・・・・・・・・・・・・・江戸川土手を離れ、里見公園に向かう、チョイとその前に国府台天満宮にお立ち寄り。 天満宮は文明11年(1479)に、当地の鎮守として太田道灌が建立した。、、、、♪♪村の鎮守の神様の 今日はめでたい御祭日 ドンドンシャララ ドンシャララ♪♪と歌いたくなる神社。
 
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・・・・・・・・・・・・・・里見公園の高台からみる江戸川。、、、、、東京が小さく見えるね。
 
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・・・・・・・・・・・・・・里見公園は桜の名所だが、園内にはバラ苑もあるので、チョイト拝見!
 
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弘法寺から市川駅まで・・・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・・和洋女子大前から国府台の台地に入ると、木内ギャラリーがある。、、、、ここは、木内重四郎という政治家の邸宅であった。 現在は、森の中に鹿島建設の社員寮が建っている。 その一角に、時計台のある西洋館を改修したギャラリーがある。 素晴らしい環境だ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・市川駅の北に位置する国府台台地の上にある、日蓮宗の真間山弘法寺(ままさんぐほうじ)。、、、、、山門前に立つと、台地の上から市川駅方向が良く見通せる。 いい眺めだ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・弘法寺から台地を下ると、、、、「手児奈」という美しい女性を祀った、手児奈霊堂がある。 美しい女性のため、賽銭を奮発し、懇ろに手を合わせてきた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・市川駅に到着。、、、、、駅で、大根、生姜、インゲン、ミョウガなどを買い、電車に乗って帰宅。 妻と歩くと、出先で野菜・惣菜などを購入することが多く、“男は恥ずかしいね!”  あっ、忘れてた、海苔の佃煮も買ったね!
 
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2017年8月28日 (月)

秋山~市川

北総線秋山駅から総武本線市川駅まで、1万2千歩の散歩です。
 
 
 
①秋山駅・・・・・・・・・・・平成3年(1991)3月31日、北総線京成高砂駅~新鎌ヶ谷駅間(12.7km)の開業時に、同時に秋山駅も開業した。 掘割状の半地下式駅で、相対式ホーム2面2線を有し、駅出入口は地上に一ヵ所のみ。、、、、、開業から25年以上経過したが、いまだに駅前にコンビニが無い、もちろん喫茶店なんてあるはずがない。 駅前にあるのは、マンションの1階に歯科医院があるだけ!
 
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②春日神社・・・・・・・・・・・秋山駅より南西へ徒歩10数分の距離にあり、奈良春日大社の大神を祀る神社。 創建年代不詳。 当地は下総国分寺・国分尼寺に近く、奈良から住みついた人々もいたようだ、故郷の春日明神の神護を得るため、一社を営み勧請鎮祭したのが当社であるとも言われている。、、、、、社殿は明治維新100年を記念し、昭和43年(1968)に改築された。
 
・・・・・・・・・・・・・・立派な門構えの住宅もある、松戸市秋山の住宅地の中に春日神社はある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・一の鳥居、二の鳥居、三の鳥居、と続く。
 
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・・・・・・・・・・・・・・ 明治26年(1893)10月9日建立の狛犬に守られた社殿。
 
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③慶国寺・・・・・・・・・・・・春日神社一の鳥居の正面に、長秋山慶国寺の山門がある。 慶国寺は日蓮宗の寺で、文永元年(1262)真言宗玄海上人が宗祖日蓮聖人の教化により改宗し、名を日栄と賜わり寺号を改称したことに始まり、以来750年の歴史と伝統をもつ古寺。 残念ながら、明治5年(1872)の火災により古文書等の記録を消失してしまい詳しい寺伝は不明。
 
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④秋山湧水・・・・・・・・・・・慶国寺と、西隣の聖徳大付女子高の間は、谷のようになっており、 雑木林の斜面地から湧きでている湧水池がある。 地元では、その名も「秋山湧水」と称し、ホタルが舞う湧水池を期待しているようだ。、、、、、崖下にある、フェンスで囲われた小さな水溜まりのような処。 雑草が茂り、水面もチョコットしか見えないが、どう見てもホタルは住んでいそうもない、ボーフラならいるかも?
 
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厳島神社 ・・・・・・・・・・聖徳大付女子高脇の道を南に向かうと、松戸市秋山から市川市稲越町となる。 町の一角、千葉県立国分高等学校の北隣に小さな社の厳島神社がある。、、、、、どうやら、神社のあるこの地も湧水池があるようだ。 神社は湿った土地にあり、社に、鳥居に、手水に、傾いた簡易トイレがあるだけ。、、、、、原っぱの中に、朱塗りの鳥居が印象的に建っている。
 
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⑥稲越町から市川駅へ・・・・・・・・・・県立国分高等学校前からバス通りを歩き、市川駅を目指す。
 
・・・・・・・・・・・・・県立国分高等学校。 数年前、創立50周年を迎えた学校だが、残念ながら、私の知る著名人の卒業生は一人もいない学校であった。
 
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・・・・・・・・・・・・・・市川市曽谷の町に入ると、遥か前方に市川駅前の超高層住宅が2棟見えた! まだまだ、遠い!
 
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・・・・・・・・・・・・・・農業用水路と思われる川に架かる小さな橋、その名は「曽谷春雨橋」。 下を流れる小川は春木川。、、、、、ともに粋な名前だが、実態は???
 
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・・・・・・・・・・・・・・「曽谷春雨橋」付近から市川駅方向を眺める。
 
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・・・・・・・・・・・・・・オ~~、厳重に管理された賽銭箱のある、六所神社 に出て来た。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・市川駅に到着。 後半はバス通りをひたすら歩くだけの疲れる散歩となった。 “5963”(ゴクロウサン)!
 
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2017年8月17日 (木)

船橋市行田

雨、雨、雨、連日の雨。 『今日は?』と外を見ると、曇り空だが散歩できそうだ。 途中、降られぬことを祈り、「船橋高架水槽」を見に行田団地まで行ってきた。 9千歩。
 
 
 
①京成西船駅・・・・・・・・・・京成本線の駅で、JR総武本線西船橋駅の北方300m程の処にある。 大正5年(1916)12月30日に葛飾駅として開業し、昭和62年(1987)に京成西船駅に改称した。 優等列車は全て通過し、普通列車のみ停まってくれる駅。、、、、、、、国鉄(JR)総武本線の西船橋駅の開業は、京成西船駅開業から42年後、昭和33年(1958)11月10日である。 駅の大きさ、駅前の賑やかさ、乗降客の多さ、どれを比べても、横綱と序二段ほどの差があり西船橋駅の圧倒的な勝ち! 
 
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②成瀬地蔵・・・・・・・・・・・西船駅から80歩ほど歩くと、踏切を越えた処(船橋市印内1)に成瀬地蔵(なるせじぞう)が祀られている。、、、、、旧葛飾町一帯は栗原郷であった。家康は側近の成瀬正成に慶長5年(1600)に栗原郷4000石を与えた。 のちに次男之成が、2代目の栗原藩主となったが39歳で病没。 その子之虎はわずか5歳で夭折。 寛永11年(1634)に断絶した。 この「成瀬地蔵」は、夭折した之虎の霊と、幼くして他界した地元の子らの霊を弔う為、貞享4年(1687)、印内村名主の田中徳左衛門、忠左衛門と女性だけの念仏講中によって寄進、建立されたものらしい。、、、、“女性だけの念仏講”とは“女子会 ”?
 
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③正延寺・・・・・・・・・・・京成本線とJR武蔵野線が交差する西船3丁目に、真言宗豊山派の正延寺がある。、、、、、明治41年(1908)、延命院跡に正覚寺と延命院が合併した寺で、名前も一文字ずつ頂戴し「正延寺」と、わかりやすいね。 本尊・胎蔵界五智如来像は、正覚寺の地中より掘り起こされたという伝承をもつ秘仏で、平安時代の作と推定され、船橋市最古級の仏像で県文化財に指定されているそうだ。、、、、、現本堂は昭和49年(1974)に建立。
 
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④印内八坂神社・光明寺・・・・・・・・・・・・JR武蔵野線沿いに歩くと、船橋市印内2丁目に、八坂神社がある。 神社の主神は須佐之男命だが、仏教の祇園精舎の守護神・牛頭天王を併せた祭神で“印内の天王様”と呼ばれている。、、、、神社の広い境内と地続きで、真言宗の光明寺がある。、、、、、八坂神社は、隣の光明寺が、約250年前にこの辺りで疫病が流行した際に、京都の八坂神社を勧請したのが起こりらしい。
 
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・・・・・・・・・・・・・・境内中央に堂々と腰を据える八坂神社。
 
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・・・・・・・・・・・・・・神社の境内隅に間借りしたような、チョイと寂しい雰囲気の光明寺。
 
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⑤船橋高架水槽・・・・・・・・・・・・今日の散歩でぜひ見てみたかった高架水槽。
 
・・・・・・・・・・・・・・印内2丁目付近から、畑の先、住宅の先に見えた! 後ろには行田団地が並んでいる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・近づいてみるとクラゲのようだ、16本の足(支柱)を数えることができた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・芝生上に高さ31m、直径16mの巨大なクラゲが立っている。 昭和36年(1961)に建設され、貯水量5000m3の水槽!
 
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・・・・・・・・・・・・・・行田団地の上から見ても、足は16本だった。 現在は、平時の給水より、災害時に停電しても給水できる非常用として稼働しているそうだ。
 
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⑥海軍無線電信所船橋送信所跡・・・・・・・・・・・・中山競馬場の東に、巨大な円を描いている海軍の無線電信施設の跡。 チョイと航空写真で見ると!、、、、、おそらく、誰もが見たことある写真だと思う。
 
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・・・・・・・・・・・・・この施設は日露戦争後、聯合艦隊の行動範囲の拡大に伴い、現:船橋市行田に設置された海軍の無線電信施設である。 太平洋戦争時に真珠湾攻撃部隊に「ニイタカヤマノボレ1208」の電文を送信した施設。 ジーメンス社に発注し、大正2年(1913)に着工したが翌大正3年に第一次世界大戦が起こり日本がドイツに宣戦布告をしたことからジーメンス社の技術者が図面を焼却、帰国してしまい工事は困難を極めたが、大正4年(1915)4月には開所式が行われた。 戦後は、進駐軍が接収し昭和41年(1966)に返還されたが、昭和46年(1971)から翌年までに解体された。
 
・・・・・・・・・・・・・現在、送信所跡を物語れるものは、この巨大な円形(直径約800m)と、円の中心部(行田公園)に設置された記念碑だけである。
 
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・・・・・・・・・・・・・・外周道路は円を描いているのだが、大きすぎて、カーブも緩やかである。
 
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・・・・・・・・・・・・・円形の中に昭和51年(1976)に誕生した、住宅公団の総戸数1736戸の行田団地。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・霧雨か? チョイと降ってきたので、団地内のバス停から駅に向かうことにした。 散歩は此処まで!

2017年5月23日 (火)

京成幕張~幕張本郷

京成幕張駅から幕張本郷駅まで、1時間程ブラついてきた。

 
 
①京成幕張駅・・・・・・・・・大正10年(1921)7月17日に開業した。 現在は1面2線の島式ホームの地上駅で、ホームから千葉方を見ると大きく右にカーブしているので、乗降の際はホームと電車の間が広く注意が必要。、、、、、JR幕張駅の近くにあるが、駅どうしでは接続していない。 どうも乗り換える人は少なそうだ!
 
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②幕張車両センター・・・・・・・・・・JRの車両センターが幕張と幕張本郷間にある。 南側に京成千葉線の上下線が、その北側に総武緩行線の上下線、さらにその北側に総武快速線の上り線と並ぶ、そして車両センターの線路群が並び、最も北側に総武快速線の下り線がある。 つまり、車両センターは総武快速線の上下線に挟まれている。、、、、、車両センターを横断する跨線橋の上にから眺め、一人楽しんでいる親爺は時の過ぎるのを忘れていた。 これから暑くなる季節、熱中症に要注意!
 
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③宝幢寺・・・・・・・・・・・・・京成千葉線の脇に、真言宗豊山派の補陀落山宝幢寺(ほうどうじ)がある。 宝幢寺は、大同元年(806)に創建し、近隣に末寺を擁する本寺格の寺院だったと言われている。 明治5年馬加村(現:幕張町の一部となった旧地名)内にあった末寺5ヶ寺を合併した。、、、、、、現在は広い境内に、本堂、山門、寺務所の建物があるが、本堂前には緑がなく、広々とした駐車場になっている。 いずれ、コインパーキングでもやるのか?
 
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④子守神社・・・・・・・・・・“子守神社”とかいて、“こまもりじんじゃ”と読む、“こもりじんじゃ”とは言わない。、、、、神社は、線路から外れ、宝幢寺の西側の裏道にある。 祭神は、素盞嗚命・稲田姫命・大己貴命で、安産子育ての神さまとして崇敬され、下総国幕張の総鎮守であった。、、、、、千葉家中興の祖:千葉介平常胤の四男、大須賀四郎平胤信が、父よりこの幕張の地を譲り受け、源頼朝の命により富士の御狩場に赴く際に子守神社で祈願し、良い成果が得られた。 その御礼として社殿を造営し、胤信の次男、中須賀神太夫平正胤をその社司神家とし、武運長久、五穀豊穣、郷中家内安全並びに氏子家内安全諸祈願をさせたそうだ。
 
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⑤大須賀山・・・・・・・・・・・幕張町1丁目、旧千葉街道に面して、大須賀山と称するこんもりとした小高い丘がある。 ここには、馬加康胤(まくはりやすたね)の首塚がある。、、、、、、馬加康胤は、千葉康胤(ちばやすたね)とも名のり、室町時代に千葉氏宗家を滅ぼし19代の当主となった武将。 現在の幕張町に居を構え、“馬加”(まくわり)と称した。、、、、、“幕張”は後の代の当て字である。
 
・・・・・・・・・・・・子守神社から浜田川を越えて幕張町1丁目に入る。
 
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・・・・・・・・・・・・・・旧千葉街道に面して、大須賀山と称するこんもりとした小高い丘がある。、、、、、階段を上ってみよう!
 
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・・・・・・・・・・・・階段を上がると、草茫々の墓地だ! その一番手前に、文政11年(1828)に関脇となった荒馬紋蔵(あらうまもんぞう)の墓がある。、、、、今の関取の名も知らない、私には荒馬なんぞ、知るよしもない。 知識不足でゴメン!
 
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・・・・・・・・・・・・・周囲には誰ぞの墓が並ぶ、、、、、墓石の新しいものもある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・墓を抜け、草が茂る丘をさらに登ると、、、、見えた! 馬加康胤(まくはりやすたね)の首塚だ!、、、、、馬加康胤は、千葉康胤(ちばやすたね)とも名のり、室町時代に千葉氏宗家を滅ぼし19代の当主となった武将。 現在の幕張町に居を構えていた。
 
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・・・・・・・・・・・塚の上に五輪塔がある。 チョイト、心霊スポットのようで、夜は怖い! 女性の夜の入山禁止はもちろんだが、昼でも美人一人での入山は禁止にしたいね。
 
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●・・・・・・・・・・・静かな住宅街を抜け、京葉道路を横切ると幕張本郷駅。 暑い!暑い!と叫びながら、チョイと休憩のつもりが、『暑いから、もう歩くの止めた! 今日はここまで!』
 
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2017年4月 5日 (水)

矢切~市川

本格的に春の陽気でポッカ・ポッカのポッカレモン。 今朝は、北総線矢切駅で下車し、総武本線市川駅まで散歩した。 1万1千歩。
 
 
 
矢切駅 ・・・・・・・・・駅前に立って顔を右・左、東西南北、歩きつくした駅だ。 さてさて、どっちへ歩くか思案橋。 決めた、『歩いたことがなさそうな裏道をとおり、市川駅方面に向かうことにしよう!』
 
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・・・・・・・・・・・・・・・駅裏の住宅地を歩くことに、、、、、、
 
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中原寺 ・・・・・・・・・・・『アレ・アレ、この寺は2、3度来たことがある。 こんな処に出てしまったか!』 今日は素通りして、失礼します!
 
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③じゅん菜池緑地・・・・・・・・・・中原寺の先で左折すると「じゅん菜池緑地」があった。 『ア~~ どっちへ歩いても知った処に出てしまう! モ~~、どうでもイイヤ!』、、、、、『春の陽気だ、緑地の中を歩こう!』、、、、、、、国府台と国分の台地間に細長く入り込んだ古くからの沼がある。 この沼は「国分沼」と言われていたが、沼にはじゅん菜がたくさん生えていたことから、いつしか「じゅん菜池」と呼ばれるようになった。 しかし、昭和初期に沼が干上がり、じゅん菜は絶滅した。 昭和54年(1979)に、現在のじゅん菜池緑地へと整備され、市川市の憩いの場となった。
 
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④下総国分尼寺跡・・・・・・・・・・・・国分の台地の住宅地を歩き、和洋国府台女子中の裏に出ると、国分尼寺の跡が公園となって残されている。、、、、、国分尼寺は、国分寺と同じように、聖武天皇が天平13年(741)に発した「国分寺建立の詔」によって、「法華滅罪之寺」として各国々に建立されたものである。 南北の直線上に講堂を北にして金堂が南にある伽藍配置であった。 昭和42年夏に行われた発掘調査では、金堂と講堂の基壇が発見されている。 公園は芝で覆われ、基壇の中央付近に「金堂跡」、「講堂跡」と刻んだ石が置かれているだけ。 芝の上に寝て目をつむり、遠く古のロマンでも想像するのもいいかも!、、、、、この地から東南400m程の処に下総国分寺跡 がある。 『男女は離しておかないと、修行の邪魔。 離れていても、夜な夜なデートした僧と尼もいたかもね?』
 
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⑤国分の台地・・・・・・・・・・下総国分尼寺跡から、裏道を南へ、国分の台地の端と思われる見晴らしの良い処に出た。、、、、市川駅前のタワーマンションが中央に、和洋女子大の校舎が右端に見える。
 
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⑥芳澤ガーデンギャラリー・・・・・・・・・1000坪の敷地と庭園で、四季折々の自然を楽しむことができるガーデンギャラリー。 平成14年(2002)に芳澤月恵氏から寄贈された敷地を活用しオープンした。、、、、、、ギャラリーは、鉄筋コンクリート造、平屋建ての明るい建物である。、、、、、、今日は、市民のデッサン展が行われていたので、チョコット拝見!
 
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⑦真間川の桜を見て、お帰り・・・・・・・・・・
 
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