千葉県

2018年6月22日 (金)

矢切~金町

三日前に歩いた柴又の対岸、北総線矢切駅から、野菊の墓、矢切神社と歩き、新葛飾橋を渡り、京成金町駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
①矢切駅・・・・・・・・・江戸川を挟み葛飾柴又の対岸、松戸市下矢切にある、北総鉄道北総線の駅。 北総台地にある2面4線の地下駅。、、、、、駅名も、歌も、「矢切」は“やぎり”だが、地名は“やきり”で濁らない。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅前のロータリーは工事中。 その為か、駅前にあった作家:水上勉旧居跡の石碑が無い。 昭和32年から2年間住んでいたそうだ。 当時は矢切駅もなく、不便な地であった思う。 (写真:2016年撮影)
 
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②野菊の墓文学碑・・・・・・・・・矢切駅から北東500m程のところ、北総台地が江戸川に接する崖上に、夏目漱石が、「自然で、淡泊で、可哀想で、美しくて、野趣があって、(中略)、あんな小説ならば何百編よんでもよろしい」と、絶賛した、伊藤左千夫(1864~1913)の小説『野菊の墓』(明治39年(1906)発表)の文学碑がある。 この矢切の地が小説の舞台である。 小説は、15歳の少年・斎藤政夫と2歳年上の従姉・民子との淡い恋を描いている。 (詳しくは、新潮文庫で334円程なので、自分で買って読むこと!) 
 
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・・・・・・・・・・・・・・文学碑とは歩道橋で結ばれた公園から見る、手前は江戸川左岸(千葉県側)、奥は金町方面(東京都)。
 
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・・・・・・・・・・・・・文学碑は、真言宗豊山派の寺院、八幡山西蓮寺の本堂裏にある。 寺と文学碑の入口は別になっており、法要などに差し支えないよう配されている。、、、、、文学碑の建立に尽力を注いだ、今は亡き松戸の版画家:奥山儀八郎(1907~1981)とも深い縁のある名刹である。 
 
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③矢喰村庚申塚・・・・・・・・・・・野菊の墓文学碑から東へ300m程歩くと、地蔵尊・庚申塔・馬頭観音などが10基以上並ぶ、強力なパワースポット、矢喰村庚申塚がある。 建立された時代も、江戸、明治、昭和とイロイロ。、、、、、、中央に控えるは、寛文8年(1668)に建立された塔身高196㎝の庚申塔で、青面金剛の足下には三猿が刻まれている。、、、、、矢喰村(やぐいむら)とは、この辺りで行われた国府台合戦で、北条氏と里見氏が戦い戦死者は1万余だった、地元の領民も人足に狩り出され、塗炭の苦しみの中で、弓矢を呪うあまりに、「矢切り」「矢切れ」「矢喰い」の名が生まれたそうだ。
 
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④矢切神社・・・・・・・・・・矢切駅の北500m程に位置する矢切神社。 宝永元年(1704)の長雨により、江戸川が大洪水を起こし、水高が地面より8尺余り(約2m50cm)となった。当時の矢切の民家は江戸川沿岸にあったため、多数の死者を出し、甚大な被害を受けた。 その後、災害から逃れるため村民は台地上に移住し、鎮守として京都から稲荷を勧請して祀ったのが矢切神社である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・入母屋造の拝殿屋根には、漆喰で龍が描かれている。、、、、、誰が描いたのか? 凄い!
 
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⑤浄安寺・・・・・・・・・・・・矢切神社から北へ200m、日蓮宗の寺院:浄安寺がある。、、、、通りからはチョイト奥まった処にあり、木立に囲まれた、落ち着いた静かな佇まいの寺。
 
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⑥江戸川左岸・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・北総台地から江戸川左岸に下り、土手を目指し歩く。 矢切変電所の前に出た。 周囲には畑が広がる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・ぺんぺん草が橋の上まで生える中矢切橋。 周囲は畑、炎天下、こんな処を歩くのは私だけ。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・土手の上に立った! ナント、河川敷は「江戸川ラインゴルフ 松戸コース」のゴルフ場であった。 三日前に見た金町浄水場の取水塔 を対岸から見ようと思ったが、コリャダメだ!
 
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⑦新葛飾橋・・・・・・・・・・新葛飾橋を渡り、金町駅に向かう。、、、、、この橋を渡ると、千葉県側から東京都に入ったことになる。 千葉県側は緑豊かに畑の中を歩いたが、東京都側は一気に都会の空気を感じさせる。
 
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・・・・・・・・・・・・・橋の上から見た2基の取水塔
 
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●・・・・・・・・・・・・・・橋を渡れば京成金町駅までは近い。 京成で帰ることにした。
 
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2018年5月25日 (金)

東松戸~松戸

北総線東松戸駅から畑と住宅の中をJR松戸駅までの散歩です。 1万3千歩。
 
 
 
①東松戸駅・・・・・・・・・1991年(平成3年(1991)3月31日、北総開発鉄道の駅として開業した。 JR武蔵野線を跨いで、地上17mの高さにある島式ホーム2面4線の高架駅。、、、、、松戸市内にある20の鉄道駅で、駅名に“松戸”とつく駅が5駅ある。 全部、言えたら“松戸”通だろう。 正解は、松戸、北松戸、新松戸、東松戸、松戸新田。、、、、、東松戸駅は、松戸駅から東南方向に直線で4km程の処にあり、北総線により目覚めた町。
 
・・・・・・・・・・・・・・都営、京成、北総の各車両が乗り入れている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・北総線側の出入口・改札口
 
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・・・・・・・・・・・・・・JR側の出入口
 
 
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・・・・・・・・・・・・・・北総線ホームから見るJR武蔵野線。
 
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②真隆寺・・・・・・・・・・・東松戸駅前から、北東方向に裏道を500m程歩き、紙敷の町に入ると、、赤っぽい山門が見えた。 どうやら、最近造った山門のようだ。 チョイト手を合わせて行くことにした。、、、、、もともとは真言宗の寺で、鎌倉時代に日蓮宗の改宗したらしい。
 
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③古民家「旧斎藤邸」・・・・・・・・・・真隆寺の先で、電柱に『国登録有形文化財 旧斎藤邸』の道案内が目にとまる。 案内に従い細い道を進み旧斎藤邸に行ってみた。 アリャ、門が閉まっている! 貼り紙を見ると開門は10時から、只今9時、開くまで1時間は待ってられないので拝観はあきらめた。 旧民家らしく周囲は樹木で囲まれ、家の姿はまるっきり見えない。、、、、、と、云うことで、文化財の写真は無し! 残念、観たかった!
 
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④のどかな風景・・・・・・・・・・・・松戸市紙敷の田園。 流れる川は国分川
 
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⑤本法寺・・・・・・・・・畦道を歩き、国分川を越えて、紙敷から松戸市和名ケ谷にはいると、高台の上に寺の屋根が見える。 行ってみよう!、、、、、、寺は山号を頂昌山、寺号を本法寺という。 市川市真間山弘法寺を本山とし、池上本門寺を大本山として、山梨県身延山久遠寺を総本山とする、日蓮宗の寺である。 “本山”の多い寺だ!、、、、、本法寺は大同2年(807)、弘法大師により創設された。 その後、年代は不明だが後に真言宗から天台宗に改宗。 建治3年(1277)には、天台宗から日蓮宗に改宗した。 “×2”の寺。、、、、、山門、本堂などは、昭和57年(1982)に整備された建物である。、、、、、檀家の多そうな寺だ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・境内から見る景色
 
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⑥日枝神社・・・・・・・・・本法寺の北西300m程の処に、下総国分寺の分社として祀られ、隣郷十数カ村の総社である日枝神社がある。 由緒・沿革については、江戸時代に文書が焼失し、その詳細は不明。 しかし、豊臣秀吉(1537~1598)より朱印状を賜った記録が残っており、さらに、徳川幕府代々の将軍より社領五石の朱印状を賜る格式の高い神社であるとのこと。、、、、、私は見たことがないが、江戸時代初期より始まった三匹獅子舞(松戸市無形文化財)は有名らしい。 ホントか(?)
 
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⑦新東京病院・・・・・・・・・・松戸にあって新東京病院とは是如何に? 浦安にあって東京デズニ-ランドと云うが如し。、、、、、日枝神社の西隣の高台の上にたつ、18の診療科を有する近代的な総合病院。 常勤医師が97名いるそうだ。、、、、、チョイト、入院したくなる病院?
 
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⑧松戸の台所・・・・・・・・・・松戸市松戸新田にある、広さは東京ドーム1個分の松戸南部市場の中を通り抜けてきた。 野菜や果物から魚、肉、花まで様々な品物を取り扱っており、地元千葉県東葛地区をはじめ、隣接する江戸川・葛飾・足立の江東3区および埼玉の一部を主要商圏とする約500万人を賄う台所の役割を担っている。、、、、地元の若い主婦も買い物に来るそうだ。 今日は厄日か、年寄りばかり。
 
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・・・・・・・・・・・・・・台所の隣りはURの野菊野団地。 昭和50年(1975)に完成した、総戸数:約750戸の賃貸住宅。、、、、この団地のウリは、“一般入場可能な松戸南部市場に程近く、豊かな食生活を予感させる団地”とのこと。
 
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⑨松戸駅・・・・・・・・・・JR常磐線と新京成線が乗り入れている、常磐線の主要駅の一つ。 明治29年(1896)12月25日に日本鉄道の駅として開業した。 出口は西口と東口があり、西口はロータリーもありイッチョマエの駅である。 東口はチョイトせせこましく、雑然とした駅前で、どうも落ち着かない雰囲気だ。、、、、、今日、私のお帰りは東口から。
 
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2018年5月22日 (火)

こてはし団地~八千代台

稲毛へ行った帰り、チョイト散歩してきた。 JR稲毛駅から、バスで「こてはし団地」まで行き、京成八千代台駅まで小鳥のさえずりを聴きながら田園風景を堪能してきた。 約2時間の散歩。
 
 
 
①稲毛駅前で・・・・・・・・・・・JR稲毛駅は東西の出入口とも駅前ロータリーがあり、路線バスが多発している。 東口は内陸側に向かうバス、西口は稲毛海岸方面に向かうバスが発着する。、、、、、今日は東口のバス案内板を見て、一番遠くまで行きそうな路線:「こてはし団地」行に乗ってみた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・・「こてはし台団地」とは、千葉市花見川区の東部にある、千葉県住宅供給公社が分譲した戸建て住宅の団地。 10ヶ町以上に及ぶ団地らしい、その中心は「こてはし台」という町らしい、こてはし台は1丁目から6丁目まである。 団地の中心部は5丁目のスーパーがある処らしい。(帰宅してから調べたので、多少?)、、、、、バス停は“こてはし団地”、団地名は“こてはし台団地”。、、、、、“こてはし”とは、昔の村名「犢橋村」(こてはしむら)から借用したらしい。 難しい字だ!
 
 
②こてはし団地バス停・・・・・・・・・・・バスは団地に入って行く、まずは「こてはし団地入口」、続いて「こてはし第一」、第二、第三と、「こてはし第六」まで続き、最後が終点「こてはし団地」。 どこで降りるか考える知識・余裕もなく、終点はきっと団地の中心部と思い込んでいた自分は、否が応でも終点で降りる運命になった。、、、、始点の稲毛駅から終点まで500円、オヤオヤ、高い~! でも、降りたのは自分一人、コリャ、安いのかも?
 
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・・・・・・・・・・・・・・寂しい終点の「こてはし団地」バス停、店は一軒もない、あるのはバスの駐車場だけ、ナンジャ、ココはドコジャ!、、、、、想像していた団地中央の商店街なんて、どこにも見えない!
 
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③団地を歩く・・・・・・・・・・バス停から、右に、左に、どっちに行ったらいいの? 聞く人がいない、カワイ~~イ娘もいない! 『仕様がない、生姜は乾物屋で売っているよ』、駄洒落を言う余裕はある。 ここで、伝家の宝刀タブレットを出して地図を見ると、『ナント云うことだ!』!。 自分がいる処は、こてはし台団地の北の端、道も行き止まりの処であった。 住所は千葉市花見川区横戸台(住所が判っても来たことない地、何の役にもたたん。) 地図をみると京成本線の八千代台駅が一番近そうだが、ココから4km以上ある。 覚悟を決め、歩くことにした。

・・・・・・・・・・・・・歩けど、歩けど、小奇麗な住宅は並んでいるが、コンビニがない、店がない、人に会わない、現代のゴーストタウンだ!
 
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④田舎道・・・・・・・・・・・・団地から抜けたようで、住宅は見えなくなって、木立・畑が左右に広がる。 ウグイスも鳴いている。 山間に入った気分。 道端の地蔵さま、庚申塔も癒してくれてるようだ。 いいね!
 
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・・・・・・・・・・・・・・途中で、印旛沼流域13市町村の生活排水や工場排水の下水道処理を担う、中継ポンプ場の一つ円筒形の「柏井ポンプ場」の前を通る。 下水は、ここからさらに千葉市美浜区の「花見川終末処理場」に送られる。
 
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⑤花見川に架かる柏井橋・・・・・・・・・只今、柏井橋は架け替え工事中。 仮設の橋を渡り、印旛沼から流れ東京湾に注ぐ花見川をこえる。、、、、、この辺りは渓谷のように深いので、水質が綺麗ならキャンプなどできそうだ。
 
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⑥柏井町を歩く・・・・・・・・・柏井橋を渡り、ひたすら八千代台駅に向かいあるく。、、、、道筋には大きな農家が点在。、、、、、オヤ、里山の雰囲気が、遠くに花見川団地の高層棟が見えた。、、、、、道端の庚申塔はいつの時代のものか、道標も兼ねていた。、、、、、花見川公民館前を通過。
 
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⑦八千代台駅・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・八千代台駅前のメインストリートを歩く。 我が町:浅草橋よりお店は多いようだ。 カラオケ、ボーリング場、レストランビル、ドトールもある、TSUTAYAもある、負けたか!
 
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・・・・・・・・・・・・・京成本線の八千代台駅に到着。、、、、、、八千代台駅は昭和31年(1956)3月20日に開業した。 駅は島式ホーム2面4線を有する地上駅。 橋上駅舎である。 開業当時は駅周辺は草茫々の原野だったそうだ。、、、、、1日平均乗降人員は約47,000人である。
 
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2018年5月15日 (火)

秋山~市川真間

北総線秋山駅から京成本線市川真間駅まで、1万歩の散歩です。 今日の散歩ルートとほぼ同じルートを昨年歩いている。 →→→ コチラ
 
 
 
①秋山駅・・・・・・・・・・平成3年(1991)3月31日に開業した、相対式ホーム2面2線を有し、掘割による半地下式の駅。 1日平均乗降人員は7,000人程で、大きな駅ではない。、、、、、人影のまばらな駅前、バス停にも並ぶ人はいない。
 
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②北総台地を歩く・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・植え付け前の土づくり、準備完了!、、、、、大根、人参、ネギ、・・・、何の種を蒔くのか?
 
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・・・・・・・・・・・・・北総線が開通して30年近くになる、住宅が建ち並んできた!
 
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・・・・・・・・・・・・・屋根の間に、遠くスカイツリーが見える。
 
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③厳島神社・・・・・・・・・秋山駅のある松戸市から、市川市に入ると稲越町となる。 ここに主柱を4本の支柱で支える両部鳥居が迎える、厳島神社がある。 神社の創建年代は不明。、、、、、、由緒を知りたい、気になる神社だ!?
 
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④国分高校前を通過・・・・・・・・・・・千葉県立国分高等学校前の坂から、遥か遠くにJR市川駅前のタワーマンションが見える!、、、、、、まだまだ、道半ば!
 
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⑤国分川調節池緑地・・・・・・・・・・・市川市東国分では、真間川流域の総合治水対策事業の一環として調節池が整備された。 松戸市五香西を水源として市川市の真間川にそそぐ国分川と春木川は洪水対策が求められ、面積約24ヘクタール、貯水量約303,000立方メートルの治水施設がで千葉県により整備された。 そのうち約9.8ヘクタールは市川市で公園として整備された。、、、、、調節池は上池・中池・下池の3ブロックある。 今日は下池の周囲を歩いたが、なにしろ広い! いずれ上池と中池も歩く機会があるだろう。
 
・・・・・・・・・・・・・調節池を挟み、西に国分川、東に春木川が流れる。 どちらも、川幅はさほど広くなく、『こんな川が氾濫するのか?』と言いたくなる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・氾濫を避けるため、水量が増えると水を一時的に蓄えておく調節池、3箇所ある内の一つ下池
 
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・・・・・・・・・・・・・国分川の西側では外環道工事中。 まもなく開通かな?
 
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⑥六所神社・・・・・・・・・市川市須和田のバス通りに面して鎮座する下総国総社。 古代、国司は各国内の全ての神社を一宮から順に巡拝していた。 これを効率化するため、各国の国府近くに国内の神を合祀した総社を設け、まとめて祭祀を行うようになった。 六所神社もそのうちの下総国の総社にあたる。 当時、国司の働き方改革の一つかも?、、、、祀られている祭神も、ズラリ、大己貴尊、伊弉諾尊、素盞嗚尊、大宮売尊、布留之御魂、彦火瓊々杵尊。
 
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・・・・・・・・・・・・・・神社の近くには、“街道の蕎麦屋”という感じの素晴らしい雰囲気の店:田中屋がある。 まだ店は開いていなかった、昼には暖簾が下がるようだ。
 
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⑦国府台女子学院・・・・・・・・・・・・真間川を越え、市川真間駅近くに、大きくモダンな校舎で、浄土真宗本願寺派に基づく仏教の教えを重視した小中高一貫女子校:「国府台女子学院」がある。、、、、、仏教系の学校だが、コースは普通科と英語科である。 尼さん養成学科などは無いのjで、お間違いなきように!
 
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市川真間駅 ・・・・・・・・・・・大正3年(1914)8月30日に開業。 島式ホーム2面4線の地上駅で、橋上駅舎を有している。、、、、JR市川駅からは400m程北側にある。 今日はチョイト疲れたので、ここから我が家のある浅草橋まで帰ることにする。 京成線は都営浅草線に乗り入れており、運が良ければ、浅草橋まで乗り換えなしの一本で帰ることができるのだが、今日はツイてない、青戸乗換だった!
 
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2018年3月13日 (火)

京成団地~平和交通本社

今日は稲毛でパソコンの同好会。 春の陽気の下、チョイト時間があり、散歩をしてみることにしたが、9年間毎月来ている稲毛なので、主だった所はほぼ歩いた。 
 
 
 
・・・・・・・・・・・・・稲毛駅前で、『どっちの方角に歩こうか? ♪ ああ 稲毛 思案橋ブルース ♪』 
 
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・・・・・・・・・・・・・悩んでいても決まらない! 駅前のバス停から、来たバスに飛び乗って終点まで行くことにした。、、、、乗ったバスは「京成団地」行。 「京成団地」? 知らない、聞いたことない、どんな所? 疑心暗鬼で窓の外をキョロキョロ見るが?????
 
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・・・・・・・・・・・・・終点の京成団地で降りたのは五人、多いのか、少ないのか? ここはどの辺、あの辺、この辺、わからへん?
 
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・・・・・・・・・・・・・とりあえず、気ままに歩いてみることにした。 “団地”と言えば、公団の団地をイメージするが、周囲は木造住宅ばかり、どうやら京成団地とやらは戸建て住宅の団地のようだ。 住宅地の真ん中で降りてしまったのか?、、、、、帰宅後、ネットで調べてみたら、団地が造成された時期は不明だが、団地内の「京成団地商店会」(現店舗数24店程)が結成された時期は昭和48年(1973)であった。、、、、、店は開いている、商店会の街路灯もある、しかし右を向いても左を見ても、人がいない、車も通らない、ここはゴーストタウンか?
 
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・・・・・・・・・・・・・・よそ者の私は、右に曲がって、左に折れて、何かないかとキョロキョロし、住所の「稲毛区宮野木町」を見ても「ここは何処? 私はいったい何処へ行く?」、、、、、よそ者は京葉道路の脇に出た。
 
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・・・・・・・・・・・・・『人がいた! 学童の安全を見守るおじさんだ!』 チョイト聞いてみる、「この辺に神社とかお寺とか教会など、何か古いものはありませんか?」 応えは、京葉道路を横切って反対側に、小さな神社と寺があるそうだ。 「でも、道は迷路のように曲がっているから、近くの人に聞いてくれ!」と、言われた。、、、、よし! 行ってみよう。
 
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・・・・・・・・・・・・・歩道橋を渡ると、道は狭く、畑も見える、スイセンが咲いている。
 
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・・・・・・・・・・・・・あった、宮野木大神宮! なんと、小さな大神宮!、、、、、社殿・社務所なぞ何もない、住宅のチョイト広めの駐車場程の境内に、近くにあった祠を集めてきたような神社である。 石祠が数基並んでいる、正面中央に天御中主尊(古事記では、天地開闢の際に高天原に最初に出現した神といわれている)の祠が祀られていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・大神宮の近くに、真言宗豊山派の地蔵院があった。、、、、、山門はない、境内正面に鉄筋コンクリート造の本堂がデンと構え、左側に大師堂・供養塔がある。 右には町内会館と民家(?)があり、本堂のすぐ前には洗濯物が干されていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・地蔵院の南隣に愛宕神社があった。 こちらも、小さな神社だが由緒書があり、それによると、「当神社の詳しい由緒は明らかではありませんが、京都の愛宕山頂に鎮座する愛宕神社を本宮とし,火の神迦具土神を祀る神社であると伝えられています。愛宕山は,比叡山と東西相対してそびえ,その雷雲がしばしば出現する方角であるために,霊威を備え且火の神という性格から火難除けの御信徳を有すると考えられ人々に篤く崇敬されています。」、、、、、村のはずれの守り神か、ナントナク古そうだ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・愛宕神社から、チョビット歩くとバスを運行している平和交通本社があった。 「あっ、ここが稲毛駅行のバスを経営している会社か。」と、会社の建物を見ながらのんびり歩いていると、突然、「稲毛行発車します、急いでください。」と大きなマイク音が聞こえた。 咄嗟に自分の周りを見ても誰もいない、バスが停まっているだけ、これは私に向かって言っているのだ! 乗らないといけないと思い、慌てて飛び乗る。 運転手は即発車する。 もう少し歩きたかった。 なんだか自分の意志に反し、乗せられ稲毛駅まで護送された。
 
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・・・・・・・・・・・・・・チョイトもの足りないミニ散歩でした。

2018年2月16日 (金)

市川大野~本八幡

武蔵野線市川大野駅から、南西方向に歩き総武線本八幡駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
①市川大野駅・・・・・・・・・・市川大野駅が開業した昭和53年(1978)頃の、武蔵野線は旅客列車の運転本数は30分に1本程と少なかった。 開業後40年経過した現在は、首都圏の通勤電車として運転本数も増え便利になった。 駅は相対式ホーム2面2線のほかに中線を有する高架駅である。、、、、、私がこの駅に最初に降りたのは駅開業間もない頃で、葬儀に出席するためであった。 以来、火葬場の最寄り駅としてのチョイト暗いイメージが強く残っていた。 今日、下車してみたら、チョッピリ明るいイメージになった。 
 
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②迎米三社宮・・・・・・・・・・市川大野駅の南西の小高い処に、竹林に囲まれた三社宮がある。 この神社は、迎米(むかいごめ)集落(現大野町2)の鎮守で、奈良の春日大社、愛知の熱田神宮、兵庫の野口神社、三社の御神体を祀っている。
 
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③迎米庚申塚の馬頭観音・・・・・・・・・・本八幡方面に向かう道の脇に、迎米の庚申塚がある、ここには11基程の馬頭観音が祀られていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・その中で、日清・日露戦争時の軍馬の供養碑(写真:中央と左)と共に一基の馬頭観音(写真:右)が祀られている。 一面八臂の馬頭観音で、第一手は胸前で印を結び、第二手の右手は鉞斧を掲げている、第三手で弓矢を持ち、第四手は両手を上向きに開いていた。 文化10年(1813)建立。
 
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・・・・・・・・・・・・・・日蓮宗系「帝釈天」と刻まれた見事な庚申塔もある。
 
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④大野の町を歩く・・・・・・・・本八幡に向かいバス通りをひたすら歩く。 
 
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⑤大野新田の庚申塔・・・・・・・・・市川市大野1丁目、バス通り沿いに祀られている庚申塔。 こちらの3基は、いずれも「帝釈天」と彫られている。  左から、慶応4年(1868)、天明8年(1788)、天保9年(1838)。、、、、、この辺の人は柴又の草だんごが好きだったのか?
 
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⑥木戸口庚申塔・・・・・・・・・・・バス通りは県道180号を横切り、市川市下貝塚2丁目に入り、ここからは県道51号(市川市八幡~柏市旭町)となる。 この地に木戸口庚申塔がある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・庚申塔は県道沿いに、コレマタ、3基並んでいる。 左から、文政11年(1828)、享保17年(1732)、享保5年(1720)。  
 
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⑦春日神社・・・・・・・・・木戸口庚申塔から先のバス通りは昨年歩いているので、今日は脇道にそれて歩いてきた。、、、、、、木戸口庚申塔の裏道に入ると、市川市下貝塚の春日神社がある。 小高い処に社があるが、境内には由緒書きもない、あるのは境内を掃除する箒だけ。
 
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⑧本住寺・・・・・・・・・春日神社の先、市川市下貝塚に日蓮宗の寺院、本住寺がある。 
 
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白幡神社 ・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・本住寺から裏道をしばらく歩き進むと、手入れされていない竹林となる。 竹林から山を下るようにさらに進むと住宅の脇に出る。 住宅の前に小高い丘が見え、上った先は白幡神社(市川市宮久保)の脇に出た。
 
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・・・・・・・・・・・・・・白幡神社は誉田別命・竹内宿禰・天満天神を祭神とし、文明18年(1486)以前の創建と思われる古社。 本八幡の駅周辺を一望できる高台に鎮座する。
 
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●・・・・・・・・・・この後、本八幡駅から帰宅。
 
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2018年1月 9日 (火)

検見川

パソコン同好会の帰り、稲毛から検見川駅まで旧千葉街道沿いに歩いてきた。 この道は度々歩いているが、去年は歩くのを忘れていたようだ。 今日、強い風に乗って、飛ばされるように歩いてきた。
 
 
 
①京成千葉線・・・・・・・・・・・京成電鉄の千葉線は、京成津田沼~千葉中央駅間を走る約13kmの路線である。 この間は総武線の海側をほぼ並走している。 開業は大正10年(1921)。、、、、、一部、新京成電鉄の車両が乗り入れており、ピンクと白に塗装された電車も見ることができる。 明るい色の電車を見ながら、心ウキウキ、線路沿いに西へ向かう。
 
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旧日本電信電話公社検見川無線送信所 ・・・・・・・逓信省技師吉田鉄朗の設計による、丸味を帯びた隅部、曲線を多用し正面階段部など、ドイツ表現派風の建築で、大正15年(1926)、対外国通信を主目的として建てられた施設である。、、、、、昭和58年(1983)に施設が撤去され、現在は雑草の中で雨ざらしの廃墟状態である。 建物は内部には入れないようになっているが、破損が甚だしく痛々しい。、、、、貴重な建物で、千葉市では保存に向けて10年以上の期間検討している。 まだまだ検討は続くのか? 壊れた後に、検討が終わるのかもしれない。
 
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③三峯神社・・・・・・・・・千葉街道沿いの崖上にある、秩父の三峯神社を総本社とする神社。 江戸時代までは崖下は波打ち際で、三峯神社の灯明は検見川港に入る船の灯台であった。、、、、今は小さな神社だが、文政6年(1823)の石の鳥居、同年の石灯籠なども残っている。 パワースポットとして世に売り出し、恋人占いなども用意すると、若い娘の参拝も期待できるかも?
 
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④露天風呂のある梅の湯・・・・・・・・旧千葉街道がまだ海に面していた頃は検見川町は漁師町であった。 その時代から、現在地(花見川区検見川町2)で100年以上営業している「梅の湯」。、、、、今は、町の銭湯として営業しているが、地下50m~60mから採取した大変綺麗な筑波山系の「井戸水」を濾過し、お湯を焚いているそうだ。 また、男女別にある「薬湯露天風呂」は、足腰の痛みに効くそうだ。 私は入浴していないので真偽は?
 
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⑤善勝寺・・・・・・・・・検見川町1丁目の浄土宗寺院、求法山随流院善勝寺。 文禄元年(1592)の開創。 文久元年(1861)、検見川に大火事が発生し、類焼した。 その後、近隣の味噌倉を購入移築して、本堂に代用した。 それまで境内にあった釈迦堂・庚申堂・祖師堂などの諸堂宇は、復旧再建の見込みなく、すべて仮本堂に合座した。、、、、、昭和36年(1961)に至り、現在の本堂・庫裡を建立して、ようやく昔日の面目の一部を回復した。、、、、山門は江戸時代(1745)の建立。 鐘楼堂も江戸時代(1721)の建立だが、鐘は太平洋戦争で供出してしまった。
 
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検見川神社 ・・・・・・・・・またまた来ました検見川神社。 まだ正月モードの神社は、初詣の参拝者がちらほら。 お守り、お札を授かる人もいる。
 
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⑦新検見川駅・・・・・・・・昭和26年(1951)7月15日、国鉄の駅として開業。 現在は、複々線上の緩行線に設けられた島式ホーム1面2線を有する地上駅。 駅舎は橋上にある。、、、、ちなみに、“新”のない検見川駅は京成電鉄千葉線の駅で、大正10年(1921)に検見川神社の近くに開業した。
 
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2017年12月19日 (火)

一之江~行徳

都営新宿線一之江駅から、今井橋で旧江戸川を渡り欠真間の町を抜けて、東京メトロ東西線行徳駅まで、1万2千歩の散歩です。
 
 
 
①一之江駅・・・・・・・・・・都営新宿線の一之江(いちのえ)駅は昭和61年(1986)9月14日に開業した島式ホーム1面2線の地下駅。、、、、、一之江駅の周辺には、一之江、一之江町、二之江町、松江、瑞江、春江そして区名が江戸川と地名に“江”の字が多い。 この辺りは、もともと沼地・入り江で、戦後の昭和40年代ぐらいまでは、白鷺の舞うハス田が広がっていた。 今は、白鷺もハス田も見当たらないマンションが建ち並ぶ都会となった。
 
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・・・・・・・・・・・・・駅前は、空中にはられた電線が無く、スッキリとした街になっている。、、、、、無電柱化は達成しているが、高圧鉄塔が残っている。 これがチョイと邪魔だね!
 
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新中川 ・・・・・・・・・・葛飾区高砂にて旧中川分岐して直線的に南下し、瑞穂大橋の下流側で旧江戸川に合流する全長8km程の川である。 新中川は戦後に開削され、昭和38年(1963)に完成した「中川放水路」である。、、、、、今日は瑞江大橋を渡り、新中川を越える。
 
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③今井橋・・・・・・・・旧江戸川に架かる今井橋。 現在の今井橋は昭和54年(1979)に完成した。 それまでの旧橋は現在の橋の50m程上流側に、昭和26年(1951)に完成した片側一車線のコンクリート橋であった。 戦後、上野公園からこの橋の西詰まで、都営のトロリーバスが運行していたが、昭和43年(1968)頃廃止となった。 “トロリーバス”とは、懐かしいね。、、、、、、今井橋は北岸の江戸川区江戸川地区と南岸の千葉県市川市(行徳)を結んでいる。
 
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・・・・・・・・・・・・橋を渡り市川市に入ると、橋の際に「今井の渡し旧跡」の案内が立っている。、、、、、寛永8年(1631)に、この場所に渡しが許可されたそうだ。 以来、大正元年(1912)に初代の今井橋が架けられるまで、渡しが利用されていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・今井の渡し跡の近く(市川市相之川)に、渡し舟の水上安全を祈願した祠「相之川香取神社」がある。、、、、、ついでに、行徳駅から西へ600m程の処(市川市香取(かんどり))に香取神社がある。 こちらは、“かとりじんじゃ”ではなく、地名に由来し“かんどりじんじゃ”と読むそうだ。 香取市の香取神社とは無関係の神社。 あ~、ややっこしい!
 
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④欠真間・・・・・・・・・・南行徳駅の北800m程の旧江戸川べりの地名。 「欠真間」は“かけまま”と読む、“けつまま”と読むと何となく汚いイメージだ。、、、、、市川駅の北、国府台の台地に連なる「真間」の地の土が台風などの自然災害でこの地に流れてきたと伝えられ「欠真間」と呼ばれるそうだ。
 
・・・・・・・・・・・・・江戸川・旧江戸川で囲まれた行徳・浦安地区は、土地が低く自然排水が殆ど不可能な処である。 雨が降ると、雨水などが溜まる一方で、勝手に川へ流れていかない土地であった。 そこで、行徳・浦安地区の川べりには30か所程の排水機場があり、雨水などを江戸川・旧江戸川に強制的に配水している。 その一つ、欠真間排水機場と、欠真間三号水門が旧江戸川べりにある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・住所は相之川であるが、欠真間に隣接する相之川日枝神社。、、、、、相之川日枝神社は、万治2年(1659)に創建したと伝えられ、明治6年(1873)に村社に列格した。
 
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・・・・・・・・・・・・・行徳・浦安地区を東西に貫く江戸時代の農業用水路の跡が、南行徳小学校の塀に「内匠堀跡(たくみぼりあと)」として標されている。、、、、、、用水は現在の鎌ヶ谷市のほうから引かれていたそうだ。 用水路は大正時代に江戸川放水路が造られ分断され、そして現在は道路沿いに暗渠化された。 当時は舟も通行できたそうだ。、、、、小学校の塀は、波を打つ形状で煉瓦積風に造られている。 これが用水路跡か、サッパリ判らん? 
 
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・・・・・・・・・・・・・浦安~本八幡間を、一時間に2~4本程度の頻度で運行している欠真間のバス停。 
 
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⑤源心寺・・・・・・・・・・・・・市川市香取(かんどり)にある浄土宗の源心寺。 源心寺は、永正年間(1504~1521)この地に不動尊像を祀った安楽院という草庵の地に開山された。 慶長16年(1611)の創建。
 
・・・・・・・・・・・・・平成12年(2000)に再建された本堂。
 
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・・・・・・・・・・・・・本堂2階から見る境内は広い。
 
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・・・・・・・・・・・・・鐘楼の脇に控える閻魔大王の石像。 享保3年(1718)の作。、、、、、我が家のインテリアとして欲しくなった。 真夜中に忍び込んで頂戴しようかと思ったが、閻魔の罰が怖いのでやめておく。
 
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⑥胡録神社・・・・・・・・・・・胡録神社は行徳の街(市川市湊新田)の鎮守様である。 江戸時代から、この辺りは天候に恵まれ製塩が盛んな地域であったことから、神に感謝する祭礼が盛大に行われていたそうだ。 その伝統が今も引き継がれているらしい。、、、、、今度機会あれば、祭礼を見てみたいものだ。
 
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⑦行徳駅・・・・・・・・・・昭和44年(1969)3月29日に開業した、相対式ホーム2面2線の高架駅。、、、、、駅ができた当時は、周辺にハス池が多く残っている東京郊外の駅であった。 今は私の住む浅草橋より、生活しやすい感じがする住宅地。
 
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2017年10月26日 (木)

秋山~本八幡

久しぶりの青空。 北総線秋山駅から総武本線本八幡駅まで、1万3千歩の散歩です。
 
 
 
①秋山駅・・・・・・・・・今から26年前の平成3年(1991)に開業した駅。 北総台地に、掘割状で半地下式に造られた、相対式ホーム2面2線の駅である。 駅前ロータリーに、地下鉄の出入口に似た駅出入口がある。、、、、いまだに駅前には、コンビニが無い、喫茶店が無い、そば・ラーメン屋が無い、呑み屋が無い、何にも無い。 これからの寒い夜、帰宅する独り者は胃袋を温めることができるのかな?
 
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②高塚八幡神社・・・・・・・・・・・秋山駅の南東へ800m程歩くと、県道180号線(松戸原木線)に面して鳥居が見える。 松戸市高塚新田にある高塚八幡神社である。、、、、、チョイと長い参道の両側には雑草と樹木が茂り、奥へ進むと県道の騒音も消され、静かな境内となる。、、、、、高塚八幡神社は源義経が木曽義仲を追討した宇治川の合戦で活躍した名馬「生月(いけずき)」が眠る塚の上に祀(まつ)られており、「高塚」の地名の由来になっている。 平安時代からこの地域は小金牧という馬の放牧地で、この合戦で先陣争いをした佐々木高綱と梶原景季が乗った名馬・生月と摺墨(するすみ)も小金牧産だったそうだ。 
 
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③梨香台団地・・・・・・・・・・・・高塚八幡神社の南側にある梨香台団地は、昭和50年(1975)に建てられた、戸数960戸(10棟)の旧住宅公団の団地。 団地周辺には梨を栽培する梨園が多く、自家栽培の果物・野菜などと共に道路沿いで売る農家が多い。、、、、、この辺りは、昭和45年(1970)の高塚団地、昭和50年の梨香台団地の完成により人口が急増し、昭和47年(1972)には、日本初の5階建て校舎となった松戸市立梨香台小学校が創立されたそうだ。 小学校にはエレベータはなかったと思われる、児童には良き足腰の運動となったであろう。 老いた先生は辛かったかもね? なお、昭和55年度の梨香台小学校は、27学級、生徒数1034名、教職員41名だったそうだ。
 
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④高塚新田にて・・・・・・・・・・松戸市の最南端:高塚新田にて、、、、、住宅の間に点在する梨園、、、、、梨園を整地した跡か?広い空き地、、、、、鳥の餌場か?柿の木
 
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⑤木戸口庚申塔・・・・・・・・・・八幡から市川大野へ向かう県道51号沿いに、素晴らしい庚申搭が3基祀られている。(市川市下貝塚2) 文政11年(1828)、享保17年(1732)、享保5年(1720)と、200年前から300年前の庚申塔が良好な状態で残されているのだ。
 
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⑥所願寺・・・・・・・・・・・・所願寺は市川市宮久保にある、寛文6年(1666)の創立の日蓮宗の寺院。 境内の案内板によると、同寺の縁起は次のように記されている。 『江戸時代、一人の貴女が病を患って都を離れ、近くの美女ヶ崎に流れ着いた。 村人はこの貴女を助け所願寺に住まわせた。 のちに近くの村に移り住み、法華経を信仰して、中山法華経寺で祈祷を受け、病癒え、出家し一寺を建立した』 、、、、アレ? 村人が助け住まわせたのが所願寺、後に建立したのが所願寺(?)。 なんだか変だ。 
 
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⑦白幡神社・・・・・・・・・・・市川市宮久保の台地の上に鎮座する誉田別命・竹内宿禰・天満天神を祀る白幡神社。 創建は文明18年(1486、=室町時代)以前と言われている。 県道に面し参道入口の階段があり、そこを上ると八幡地区を一望する台地の上に立つことができる。 ここから、社殿までは台地の縁に沿って細い参道を歩く。、、、、、、社殿は平成元年(1989)10月21日に竣工した。 奇しくもこの日は、私(雅万歩)の43歳の誕生日であった。(たまたまの偶然ですね!)
 
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⑧真間川・・・・・・・・・・平成7年(1995)8月に竣工した宮久保橋を渡り、一級河川:真間川を越える。 ここ辺りの真間川は農業用水路の幅だ、これでも「一級河川」?、、、、、橋を渡り、本八幡駅までは、もう一頑張り!
 
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⑨本八幡駅・・・・・・・・・・・・・・総武本線本八幡駅に到着。 久しぶりに青空の下、気持ち良い散歩ができた。
 
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2017年9月 3日 (日)

矢切市川

秋風が吹き始めたようだ! 爽やかな風の下、今日は夫婦で散歩。 北総線矢切駅で下車し、栗山の給水塔、里見公園、弘法寺、手児奈霊神堂を巡り総武本線市川駅まで歩いてきた。、、、、、私一人では、度々訪れている処で、道も熟知した散歩コース。 妻は、小学校の遠足依頼、50年ぶりに歩くコース。 私は、終始、ガイド役をつとめ、チョイと『お疲れさん』。
 
 
 
矢切駅から柳原水閘まで・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・・矢切駅前にはコンビニがなく、水分補給用に自販機のお茶を購入し、散歩を始める。、、、、、約20年前に、何もない北総台地に鉄道とニュータウンができた北総線沿線では、『〇〇銀座商店街』と言うような駅前商店街が永久にできそうもないね。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・現在も松戸市・市川市へ配水している栗山配水塔(土木遺産)。 昭和12年(1937)竣工の塔は、空襲もまぬがれ当時の姿をそのまま保ち活躍中。、、、、、水道水には変わらぬが、この塔から配水される水は、一味違うかも?
 
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・・・・・・・・・・・・・・配水塔裏の竹藪を江戸川に向かい下る。、、、、チョイとハイキング気分。
 
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・・・・・・・・・・・・・・江戸時代の創建である日枝神社の階段下に出てきた。
 
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・・・・・・・・・・・・・神社の隣は、 日蓮宗の本久寺。、、、、大きな寺ではないが、古くからある村の寺というような感じだ!
 
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・・・・・・・・・・・・・民家の庭には、ザクロが色づいていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・江戸川土手(柳原排水機場)の前に、明治期に煉瓦で造られた樋門「柳原水閘(やなぎはらすいこう)」が保存されている。、、、、4連アーチの見事な樋門で、国の産業遺産であり、土木遺産でもある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・江戸川土手にあがり、土手上の道を二人で歩く。、、、、、日活青春映画の吉永小百合と浜田光夫の気分(?)
 
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・・・・・・・・・・・・・・右手対岸は東京都葛飾区。はるか先にはスカイツリーも見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・・左手は、河川敷の畑の先に、栗山配水塔がたつ台地が見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・・歩く先には、市川駅前の超高層住宅も望める。 道端にはコオロギが出てきた。 今年はじめての御対面!
 
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・・・・・・・・・・・・・江戸川土手を離れ、里見公園に向かう、チョイとその前に国府台天満宮にお立ち寄り。 天満宮は文明11年(1479)に、当地の鎮守として太田道灌が建立した。、、、、♪♪村の鎮守の神様の 今日はめでたい御祭日 ドンドンシャララ ドンシャララ♪♪と歌いたくなる神社。
 
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・・・・・・・・・・・・・・里見公園の高台からみる江戸川。、、、、、東京が小さく見えるね。
 
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・・・・・・・・・・・・・・里見公園は桜の名所だが、園内にはバラ苑もあるので、チョイト拝見!
 
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弘法寺から市川駅まで・・・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・・和洋女子大前から国府台の台地に入ると、木内ギャラリーがある。、、、、ここは、木内重四郎という政治家の邸宅であった。 現在は、森の中に鹿島建設の社員寮が建っている。 その一角に、時計台のある西洋館を改修したギャラリーがある。 素晴らしい環境だ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・市川駅の北に位置する国府台台地の上にある、日蓮宗の真間山弘法寺(ままさんぐほうじ)。、、、、、山門前に立つと、台地の上から市川駅方向が良く見通せる。 いい眺めだ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・弘法寺から台地を下ると、、、、「手児奈」という美しい女性を祀った、手児奈霊堂がある。 美しい女性のため、賽銭を奮発し、懇ろに手を合わせてきた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・市川駅に到着。、、、、、駅で、大根、生姜、インゲン、ミョウガなどを買い、電車に乗って帰宅。 妻と歩くと、出先で野菜・惣菜などを購入することが多く、“男は恥ずかしいね!”  あっ、忘れてた、海苔の佃煮も買ったね!
 
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