千葉県

2018年10月28日 (日)

菊の御紋は奉免町

三日前の散歩にて、迎米庚申塚で地元の方に聞いた話では、『武蔵野線沿いに「奉免町」という、昔年貢を免じられた町があり、そこには日蓮宗最初の尼寺がある。 行ってみるといいですよ!』とのこと。 “尼寺”につられ、今日の散歩は奉免町の町歩きとした。 JR本八幡駅からバスで往復し、9千歩の散歩。

 
 
 
●奉免町なんて知らん御免・・・・・・・・・奉免町(ほうめんまち)は市川市北部に位置する、人口1,550人程の町。 畑も残されている住宅地。
 
Photo
 
 
●地名の由来は・・・・・・・・・昔、昔のその昔、鎌倉時代のことである。 東京湾の海岸線は、今の総武線よりも、もっと内陸に入り込んでいた。 そこに、美しい着物を着た二人の女性が流れ着いた。 一人は若い娘、もう一人は乳母の女性。 (私の想像では、二十歳ぐらいの色白の娘と、三十歳過ぎの年増の美女) 若い娘は薄い布で顔を隠していたが、その美しい黒髪から身分の高い女性だと、人々は思ったそうだ。 その後、二人はこの地に住み着いたが、村人は気になる(不審な)美女なので、役人に知らせた。 そこで、鎌倉幕府の役人が調べてみたところ、ビックリ、シャックリ止まらない。 その娘は、ナント、後深草天皇の皇女常盤井宮(ときわいのみや)内親王であった。 常盤井姫は難病を患い、美しい顔にひどいできものができてしまい、それを苦に、京の都の宮中から乳母と共にひっそりと姿を消したのだ。 そして小舟に乗り、流れ、流され、下総のこの地に着いたのである。 幕府の役人は村人に、常盤井姫を援助するよう命じ、その代わりに年貢の奉納を免除した。 つまり、村は「奉免」されたのである。、、、、、こののち常盤井姫は若宮の中山法華経寺奥の院にて日蓮の説教に接した。 日蓮は姫に病気治癒の妙符を渡し、その霊験は高く、常盤井姫の病は日毎に良くなり、元の美しい姿に戻った。 その後、常盤井姫は仏の加護を感謝し、美しい黒髪を剃り、日国と名乗り、奉免の地に寺を建てた、これが日蓮宗で最初の尼寺、奉免山安楽寺である。 皇室ゆかりの寺として、安楽寺の寺紋は菊の御紋である。、、、、、以上、常盤井姫伝説である。
 
 
●アレ? 団地がない!・・・・・・・・・我が家から奉免町へ行くには、JR総武線本八幡駅で下車し、町の北側京成バス「姫宮団地入口」バス停で降りた。 バス停の“姫宮”は常盤井姫のことと推察し、団地が見たくバスを降りた若い主婦に『姫宮団地ってどの建物ですか?』と聞くが、『そんな団地はありませんよ、バス停前はパークハイツで、後ろはグリーンハイツです』と、つれない返事。 幻の“姫宮団地”か?
 
1810280823150
 
1810280824400
 
・・・・・・・・・・・・・・どうやら、姫宮団地というものはないようだ、たぶんこの高層集合住宅群を総称して、バス会社の誰かさんが「姫宮団地」と命名したのだろう。 勝手に、自分に言い聞かせた。、、、、大柏川を渡り、奉免町に入る。 武蔵野線が見える! 芋堀り遠足に来たようだ。 “姫宮団地”(?)からだいぶ遠ざかったな。
 
1810280836250
 
1810280839100
 
1810280841430
 
1810280844580
 
・・・・・・・・・・・・奉免町の北端、武蔵野線沿いに住宅が並んでいる。 その中に「都美人 ひめみや食堂」の文字が見える。 アレ!、また幻の“姫宮”か? しかも“都美人”だって!
 
1810280847590
 
1810280848320
 
・・・・・・・・・・・・・・食堂の前まで行くと、玄関先に「ひめみや団地自治会」の札が下げられていた。
 
1810280849070
 
・・・・・・・・・・・・・・集合住宅が並ぶ団地をイメージした私が馬鹿だった。 姫宮団地は、バス停からチョイト離れた、安楽寺近くの戸建て住宅の団地だった。、、、、建ち並ぶ家を見ると、昭和50年前後に分譲された団地のように見える。
 
1810280850090
 
1810280851270
 
 
●キツイ、ツライ、70段・・・・・・・・・・・ひめみや団地の脇、小高い丘の上に安楽寺の鎮守社であったと思われる「神明社」がある。 約70段ほどの急な参道階段は、年寄りにはキツイ! 祭神は天照皇大神だが、由緒は不詳。
 
1810280914080_4
 
1810280859320_4
 
1810280901340_2
 
・・・・・・・・・・・・・社殿裏から眺めると、眼下に「ひめみや団地」の住宅が見える。 身体を反転すると、遠く本八幡駅前のタワーマンションも見える。
 
1810280904240
 
1810280909270
 
 
●菊の御紋が目に入らぬか、頭が高い!・・・・・・・・・・・静かな住宅地の中にある、奉免山安楽寺は常盤井姫ゆかりの日蓮宗最初の尼寺。 小さなかわいらしい本堂がなんとなく尼寺らしい雰囲気を匂わせる。、、、、、姫の姿を追って、キョロキョロ、境内を見渡すが誰も見えず。
 
1810280928120
 
1810280927010
・・・・・・・・・・・・・・本堂正面のガラス戸には、花びら16枚の菊の御紋が見える。 本堂天井にも菊の御紋が!、、、、、“菊の御紋”使っていいのかな?
 
1810280923520
 
1810280921430
 
 
●観光ガイドはいません!・・・・・・・・安楽寺、神明社を見たので、もう少し奉免町の名所巡りをしてみよう。
 
・・・・・・・・・・・・・まずは、地域のコミュニティーを大切に、皆さんが集う「奉免公民館」。 玄関を入ると、スグに大宴会場。
 
1810280931401
 
・・・・・・・・・・・・・・公民館の脇には、奉免町のスカイツリー、KDDIの鉄塔が立っている。 展望台はないようだ!
 
1810280933540_2
 
1810280955130_3
 
・・・・・・・・・・・・・こちらは、奉免町のベッドタウン「市営奉免団地」  昭和55年(1980)に建てられた、3DK、5棟(100戸)の市営団地。 家賃お安くしてます。
 
1810280938560
 
1810280939000
 
1810280942040
 
・・・・・・・・・・・・・奉免町の中央を縦断する、高速道並みに信号機のない、町の幹線道路。 飛び出しに要注意!
 
1810280856210
 
1810280954170
 
 
●お帰りはコチラ・・・・・・・・・再び大柏川を渡り「市川東高校入口」バス停に出る。、、、本日の散歩では、残念ながら尼僧に会うことはなかった。 
 
1810281001520

2018年10月25日 (木)

貝の見えない曽谷貝塚

今朝のお天気お姉さんの一言、『秋晴れの爽やかな一日です』を聞いて、江戸川沿いに散歩することにした。 地下鉄浅草橋駅では、タイミングよく、アクセス特急成田空港行に乗車できた。 車中で、『矢切駅で下車し、松戸方面に歩くか? 市川方面に向かうか?』思案しているうちに、普通電車に乗り換えるのを忘れ、電車は高速で矢切駅を通過し東松戸駅まで行ってしまった。 『アリャ、コリャ、失敗、どうしよう?』 ここまで来たら、市川大野駅から本八幡方面に歩くことにした。、、、、、武蔵野線市川大野駅から総武線本八幡駅の手前「宮久保坂下」バス停まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
●何ジャ、変ジャ、大変ジャ・・・・・・・・東松戸駅で北総線からJR武蔵野線に乗換え市川大野駅は隣駅、勝手知ったる乗換でJRのホームに向かう。 アレ、ホームに大勢の人。 なんか変だぞ、電車が遅れている、『しばらくお待ちください』 のアナウンスが聞こえる。 もう覚悟した、『今日の散歩は失敗かも?』
 
・・・・・・・・・・・・久しぶりに、ギュウギュウ詰めの電車に乗り、次の市川大野駅で下車。 ここも、ホームに大勢の乗客が並んでいる。、、、、、静かに並び電車を待つ姿はさすが日本人、割り込む人、騒ぎ立てる人はいない。
 
1810250816120
 
1810250817530
 
・・・・・・・・・・・・・・市川大野駅には昭和53年(1978)10月2日に開業。 相対式ホーム2面2線の真ん中に中線を有する高架駅。
 
1810250823270
 
1810250825450
 
 
●欲張って三祭神・・・・・・・・・・市川大野駅南側の小高い処に、迎米(むかいごめ)集落(現:大野町2)の鎮守さまが竹林に囲まれ祀られている。 迎米三社宮と称する神社で、奈良の春日大社、愛知の熱田神宮、兵庫の野口神社、三社の御神体を祀っている。、、、、、ついでに、伊勢神宮、明治神宮も混ぜ、“五社宮”にしたら、御利益アップ!
 
1810250828470
 
1810250829420
 
1810250830230
 
 
●村の集積場?・・・・・・・・・・市川大野駅から南西に500m程歩くと、小さな鳥居のある一郭があり、貞享4年(1687)、享保3年(1823)などの庚申塔、文化10年(1812)から昭和33年(1958)に至る17基程の馬頭観音、軍馬徴発記念碑などがある、迎米庚申塚である。、、、、、、“講”はなくなったのか? 残念だが、村の庚申塔・馬頭観音の集積場のようだ。
 
1810250844100
 
1810250842270
 
1810250842450
 
1810250837220
 
 
●まだ、まだある庚申塔・・・・・・・・・・市川大野駅から南西の市川市曽谷に向かって歩く。、、、、、この辺り、道幅が狭く、歩道のない道路も多く、わき見歩きは危険だ!
 
1810250851240
 
1810250855170
 
・・・・・・・・・・・・・花屋の一角に祀られている大野新田の庚申塔(市川市大野1丁目)。 こちらの3基は、いずれも「帝釈天」と彫られている。  左から、慶応4年(1868)、天明8年(1788)、天保9年(1838)。、、、、、この辺の人は柴又の草だんごが好きだったのか?
 
1810250856230
 
1810250856460
 
・・・・・・・・・・・・・さらに、400m程歩くと木戸口庚申塔(市川市下貝塚2丁目)がある。 庚申塔は、左から文政11年(1828)、享保17年(1732)、享保5年(1720)。 300年も前に建立されたものだが、彫りも深く、スバラシイ!
 
1810250905430
 
 
●20人が埋葬された! 殺人事件か?・・・・・・・・・・・・表通りから裏道を歩き曽谷貝塚(そやかいづか、市川市曽谷二丁目)に出た。 縄文時代中期末から後期末にかけての貝塚で、後期末の土器型式曾谷式の標式遺跡(時代を特定する基準となるような遺跡)。、、、、遺跡からは20体の埋葬人骨が出てきたそうだ。 生き埋めなら殺人事件だ!、、、、、その貝塚は芝生の下に埋め戻され、芝の上ではお年寄りが、ゲートボールで体力作り。 貝塚の貝は芝の下。 
 
1810250914501_stitch_2
 
1810250914160
 
1810250915240
 
 
●競馬をやっていた神社・・・・・・・・・・・・・曽谷貝塚の南側に、曽谷の春日神社がある。 祭神は天兒屋根命(あめのこやねのみこと)で、寛文11年(1671)に大改築され、元禄時代の検地帳に記載されている古社。、、、、昔は、各家で馬を持っていたので、正月2日に春日神社の前で馬の駆け足競走が行われていたそうだ。 馬券も売っていたのか、気になるね!
 
1810250919500_2
 
1810250921060
 
 
●ここは曽谷城址?・・・・・・・・・・市川市の北部、曽谷台地の上に、鬼子母神堂と妙見堂などの堂宇のある日蓮宗の大きな寺院:長谷山安国寺がある。 文応元年(1260)、曽谷の領主、曽谷教信が日蓮上人に帰依して、立正安国に因んで館の傍らに安国寺を建てた。 文応元年(=鎌倉時代)には、頼朝に従って活躍した千葉常胤の千葉六党の5男、胤通が市川を領して、「国分氏」を名乗っていることからして、その一族では無かろうかと思う。 安国寺は千葉氏の繁栄を願う寺とも言われている。 また、曽谷教信が霊夢を見たことで勧請したと伝えられている千葉寺の妙見菩薩像と同木の端っこで彫られた妙見菩薩像を安置している、由緒ある日蓮宗の寺院。、、、、、、安国寺の地は、鎌倉時代の曽谷城址と言われている。 また、安国寺の近くには、別に、戦国期の曽谷城跡もあるそうだ。
 
・・・・・・・・・・・・・・写真は、山門、本堂、鬼子母神堂、妙見堂
 
1810250928460
 
1810250934560
 
1810250934260
 
1810250934000
 
 
●裏道から脱出・・・・・・・・・・・・曽谷の裏道をテクテク歩くが、朝の武蔵野線の遅れが影響し、そろそろタイムアウト。 『どこかバスの走っている表通りに出よう!』、一生懸命歩きバス停を見つけた。 「宮久保坂下」である、ここからバスで本八幡駅に出て帰宅。
 
1810250940100_2
 
1810250946300
 
1810250948230
 
1810251002180

2018年6月22日 (金)

矢切~金町

三日前に歩いた柴又の対岸、北総線矢切駅から、野菊の墓、矢切神社と歩き、新葛飾橋を渡り、京成金町駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
①矢切駅・・・・・・・・・江戸川を挟み葛飾柴又の対岸、松戸市下矢切にある、北総鉄道北総線の駅。 北総台地にある2面4線の地下駅。、、、、、駅名も、歌も、「矢切」は“やぎり”だが、地名は“やきり”で濁らない。
 
180622080802000
 
180622081616009
 
180622081903010
 
・・・・・・・・・・・・・・駅前のロータリーは工事中。 その為か、駅前にあった作家:水上勉旧居跡の石碑が無い。 昭和32年から2年間住んでいたそうだ。 当時は矢切駅もなく、不便な地であった思う。 (写真:2016年撮影)
 
20160325_014_1024x6781_2
 
 
②野菊の墓文学碑・・・・・・・・・矢切駅から北東500m程のところ、北総台地が江戸川に接する崖上に、夏目漱石が、「自然で、淡泊で、可哀想で、美しくて、野趣があって、(中略)、あんな小説ならば何百編よんでもよろしい」と、絶賛した、伊藤左千夫(1864~1913)の小説『野菊の墓』(明治39年(1906)発表)の文学碑がある。 この矢切の地が小説の舞台である。 小説は、15歳の少年・斎藤政夫と2歳年上の従姉・民子との淡い恋を描いている。 (詳しくは、新潮文庫で334円程なので、自分で買って読むこと!) 
 
180622083809017
 
・・・・・・・・・・・・・・文学碑とは歩道橋で結ばれた公園から見る、手前は江戸川左岸(千葉県側)、奥は金町方面(東京都)。
 
180622084101019
 
・・・・・・・・・・・・・文学碑は、真言宗豊山派の寺院、八幡山西蓮寺の本堂裏にある。 寺と文学碑の入口は別になっており、法要などに差し支えないよう配されている。、、、、、文学碑の建立に尽力を注いだ、今は亡き松戸の版画家:奥山儀八郎(1907~1981)とも深い縁のある名刹である。 
 
180622084553023
 
 
③矢喰村庚申塚・・・・・・・・・・・野菊の墓文学碑から東へ300m程歩くと、地蔵尊・庚申塔・馬頭観音などが10基以上並ぶ、強力なパワースポット、矢喰村庚申塚がある。 建立された時代も、江戸、明治、昭和とイロイロ。、、、、、、中央に控えるは、寛文8年(1668)に建立された塔身高196㎝の庚申塔で、青面金剛の足下には三猿が刻まれている。、、、、、矢喰村(やぐいむら)とは、この辺りで行われた国府台合戦で、北条氏と里見氏が戦い戦死者は1万余だった、地元の領民も人足に狩り出され、塗炭の苦しみの中で、弓矢を呪うあまりに、「矢切り」「矢切れ」「矢喰い」の名が生まれたそうだ。
 
180622085600034
 
180622085251028
 
180622085427031_2
 
 
④矢切神社・・・・・・・・・・矢切駅の北500m程に位置する矢切神社。 宝永元年(1704)の長雨により、江戸川が大洪水を起こし、水高が地面より8尺余り(約2m50cm)となった。当時の矢切の民家は江戸川沿岸にあったため、多数の死者を出し、甚大な被害を受けた。 その後、災害から逃れるため村民は台地上に移住し、鎮守として京都から稲荷を勧請して祀ったのが矢切神社である。
 
180622085626035
 
180622090054039
 
・・・・・・・・・・・・・・入母屋造の拝殿屋根には、漆喰で龍が描かれている。、、、、、誰が描いたのか? 凄い!
 
180622085827038
 
 
⑤浄安寺・・・・・・・・・・・・矢切神社から北へ200m、日蓮宗の寺院:浄安寺がある。、、、、通りからはチョイト奥まった処にあり、木立に囲まれた、落ち着いた静かな佇まいの寺。
 
180622091221047
 
180622091149046
 
 
⑥江戸川左岸・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・北総台地から江戸川左岸に下り、土手を目指し歩く。 矢切変電所の前に出た。 周囲には畑が広がる。
 
180622092140049
 
180622092431051
 
・・・・・・・・・・・・・・ぺんぺん草が橋の上まで生える中矢切橋。 周囲は畑、炎天下、こんな処を歩くのは私だけ。 
 
180622092838054
 
180622093000057
 
180622093402061
 
・・・・・・・・・・・・・・土手の上に立った! ナント、河川敷は「江戸川ラインゴルフ 松戸コース」のゴルフ場であった。 三日前に見た金町浄水場の取水塔 を対岸から見ようと思ったが、コリャダメだ!
 
180622094653065
 
 
⑦新葛飾橋・・・・・・・・・・新葛飾橋を渡り、金町駅に向かう。、、、、、この橋を渡ると、千葉県側から東京都に入ったことになる。 千葉県側は緑豊かに畑の中を歩いたが、東京都側は一気に都会の空気を感じさせる。
 
180622094915070
 
・・・・・・・・・・・・・橋の上から見た2基の取水塔
 
180622095732083
 
 
 
●・・・・・・・・・・・・・・橋を渡れば京成金町駅までは近い。 京成で帰ることにした。
 
180622101413094

2018年5月25日 (金)

東松戸~松戸

北総線東松戸駅から畑と住宅の中をJR松戸駅までの散歩です。 1万3千歩。
 
 
 
①東松戸駅・・・・・・・・・1991年(平成3年(1991)3月31日、北総開発鉄道の駅として開業した。 JR武蔵野線を跨いで、地上17mの高さにある島式ホーム2面4線の高架駅。、、、、、松戸市内にある20の鉄道駅で、駅名に“松戸”とつく駅が5駅ある。 全部、言えたら“松戸”通だろう。 正解は、松戸、北松戸、新松戸、東松戸、松戸新田。、、、、、東松戸駅は、松戸駅から東南方向に直線で4km程の処にあり、北総線により目覚めた町。
 
・・・・・・・・・・・・・・都営、京成、北総の各車両が乗り入れている。
 
180525083209000
 
180525083302006
 
・・・・・・・・・・・・・・北総線側の出入口・改札口
 
180525084543011
 
180525083750008
 
・・・・・・・・・・・・・・JR側の出入口
 
 
180525084438010
 
・・・・・・・・・・・・・・北総線ホームから見るJR武蔵野線。
 
180525083252005
 
 
②真隆寺・・・・・・・・・・・東松戸駅前から、北東方向に裏道を500m程歩き、紙敷の町に入ると、、赤っぽい山門が見えた。 どうやら、最近造った山門のようだ。 チョイト手を合わせて行くことにした。、、、、、もともとは真言宗の寺で、鎌倉時代に日蓮宗の改宗したらしい。
 
180525085159012
 
180525085810018
 
180525085656015
 
 
③古民家「旧斎藤邸」・・・・・・・・・・真隆寺の先で、電柱に『国登録有形文化財 旧斎藤邸』の道案内が目にとまる。 案内に従い細い道を進み旧斎藤邸に行ってみた。 アリャ、門が閉まっている! 貼り紙を見ると開門は10時から、只今9時、開くまで1時間は待ってられないので拝観はあきらめた。 旧民家らしく周囲は樹木で囲まれ、家の姿はまるっきり見えない。、、、、、と、云うことで、文化財の写真は無し! 残念、観たかった!
 
180525090419023
 
180525090338022
 
 
④のどかな風景・・・・・・・・・・・・松戸市紙敷の田園。 流れる川は国分川
 
180525091056029
 
180525091323031
 
180525091421033
 
180525091850035
 
 
⑤本法寺・・・・・・・・・畦道を歩き、国分川を越えて、紙敷から松戸市和名ケ谷にはいると、高台の上に寺の屋根が見える。 行ってみよう!、、、、、、寺は山号を頂昌山、寺号を本法寺という。 市川市真間山弘法寺を本山とし、池上本門寺を大本山として、山梨県身延山久遠寺を総本山とする、日蓮宗の寺である。 “本山”の多い寺だ!、、、、、本法寺は大同2年(807)、弘法大師により創設された。 その後、年代は不明だが後に真言宗から天台宗に改宗。 建治3年(1277)には、天台宗から日蓮宗に改宗した。 “×2”の寺。、、、、、山門、本堂などは、昭和57年(1982)に整備された建物である。、、、、、檀家の多そうな寺だ!
 
180525093122041
 
・・・・・・・・・・・・・・境内から見る景色
 
180525093222043
 
 
⑥日枝神社・・・・・・・・・本法寺の北西300m程の処に、下総国分寺の分社として祀られ、隣郷十数カ村の総社である日枝神社がある。 由緒・沿革については、江戸時代に文書が焼失し、その詳細は不明。 しかし、豊臣秀吉(1537~1598)より朱印状を賜った記録が残っており、さらに、徳川幕府代々の将軍より社領五石の朱印状を賜る格式の高い神社であるとのこと。、、、、、私は見たことがないが、江戸時代初期より始まった三匹獅子舞(松戸市無形文化財)は有名らしい。 ホントか(?)
 
180525094728058
 
180525094226052
 
 
⑦新東京病院・・・・・・・・・・松戸にあって新東京病院とは是如何に? 浦安にあって東京デズニ-ランドと云うが如し。、、、、、日枝神社の西隣の高台の上にたつ、18の診療科を有する近代的な総合病院。 常勤医師が97名いるそうだ。、、、、、チョイト、入院したくなる病院?
 
180525095440061
 
180525101144066
 
 
⑧松戸の台所・・・・・・・・・・松戸市松戸新田にある、広さは東京ドーム1個分の松戸南部市場の中を通り抜けてきた。 野菜や果物から魚、肉、花まで様々な品物を取り扱っており、地元千葉県東葛地区をはじめ、隣接する江戸川・葛飾・足立の江東3区および埼玉の一部を主要商圏とする約500万人を賄う台所の役割を担っている。、、、、地元の若い主婦も買い物に来るそうだ。 今日は厄日か、年寄りばかり。
 
180525102359071
 
180525102451074
 
180525102521076
 
180525102524077
 
・・・・・・・・・・・・・・台所の隣りはURの野菊野団地。 昭和50年(1975)に完成した、総戸数:約750戸の賃貸住宅。、、、、この団地のウリは、“一般入場可能な松戸南部市場に程近く、豊かな食生活を予感させる団地”とのこと。
 
180525102905082
 
 
⑨松戸駅・・・・・・・・・・JR常磐線と新京成線が乗り入れている、常磐線の主要駅の一つ。 明治29年(1896)12月25日に日本鉄道の駅として開業した。 出口は西口と東口があり、西口はロータリーもありイッチョマエの駅である。 東口はチョイトせせこましく、雑然とした駅前で、どうも落ち着かない雰囲気だ。、、、、、今日、私のお帰りは東口から。
 
180525105014092
 
180525105106094
 
180525105014092_2

2018年5月22日 (火)

こてはし団地~八千代台

稲毛へ行った帰り、チョイト散歩してきた。 JR稲毛駅から、バスで「こてはし団地」まで行き、京成八千代台駅まで小鳥のさえずりを聴きながら田園風景を堪能してきた。 約2時間の散歩。
 
 
 
①稲毛駅前で・・・・・・・・・・・JR稲毛駅は東西の出入口とも駅前ロータリーがあり、路線バスが多発している。 東口は内陸側に向かうバス、西口は稲毛海岸方面に向かうバスが発着する。、、、、、今日は東口のバス案内板を見て、一番遠くまで行きそうな路線:「こてはし団地」行に乗ってみた。
 
1803131609110copy
 
・・・・・・・・・・・・・・・・「こてはし台団地」とは、千葉市花見川区の東部にある、千葉県住宅供給公社が分譲した戸建て住宅の団地。 10ヶ町以上に及ぶ団地らしい、その中心は「こてはし台」という町らしい、こてはし台は1丁目から6丁目まである。 団地の中心部は5丁目のスーパーがある処らしい。(帰宅してから調べたので、多少?)、、、、、バス停は“こてはし団地”、団地名は“こてはし台団地”。、、、、、“こてはし”とは、昔の村名「犢橋村」(こてはしむら)から借用したらしい。 難しい字だ!
 
 
②こてはし団地バス停・・・・・・・・・・・バスは団地に入って行く、まずは「こてはし団地入口」、続いて「こてはし第一」、第二、第三と、「こてはし第六」まで続き、最後が終点「こてはし団地」。 どこで降りるか考える知識・余裕もなく、終点はきっと団地の中心部と思い込んでいた自分は、否が応でも終点で降りる運命になった。、、、、始点の稲毛駅から終点まで500円、オヤオヤ、高い~! でも、降りたのは自分一人、コリャ、安いのかも?
 
180522125302007
 
180522125253006
 
・・・・・・・・・・・・・・寂しい終点の「こてはし団地」バス停、店は一軒もない、あるのはバスの駐車場だけ、ナンジャ、ココはドコジャ!、、、、、想像していた団地中央の商店街なんて、どこにも見えない!
 
180522125327008
 
180522125530013
 
 
③団地を歩く・・・・・・・・・・バス停から、右に、左に、どっちに行ったらいいの? 聞く人がいない、カワイ~~イ娘もいない! 『仕様がない、生姜は乾物屋で売っているよ』、駄洒落を言う余裕はある。 ここで、伝家の宝刀タブレットを出して地図を見ると、『ナント云うことだ!』!。 自分がいる処は、こてはし台団地の北の端、道も行き止まりの処であった。 住所は千葉市花見川区横戸台(住所が判っても来たことない地、何の役にもたたん。) 地図をみると京成本線の八千代台駅が一番近そうだが、ココから4km以上ある。 覚悟を決め、歩くことにした。

・・・・・・・・・・・・・歩けど、歩けど、小奇麗な住宅は並んでいるが、コンビニがない、店がない、人に会わない、現代のゴーストタウンだ!
 
180522125632014
 
180522125841016
 
180522130331017
 
 
④田舎道・・・・・・・・・・・・団地から抜けたようで、住宅は見えなくなって、木立・畑が左右に広がる。 ウグイスも鳴いている。 山間に入った気分。 道端の地蔵さま、庚申塔も癒してくれてるようだ。 いいね!
 
180522131018021
 
180522131301023
 
180522131454026
 
180522131724027
 
180522131836031
 
180522132710037
 
180522132714038
 
・・・・・・・・・・・・・・途中で、印旛沼流域13市町村の生活排水や工場排水の下水道処理を担う、中継ポンプ場の一つ円筒形の「柏井ポンプ場」の前を通る。 下水は、ここからさらに千葉市美浜区の「花見川終末処理場」に送られる。
 
180522132239035
 
 
⑤花見川に架かる柏井橋・・・・・・・・・只今、柏井橋は架け替え工事中。 仮設の橋を渡り、印旛沼から流れ東京湾に注ぐ花見川をこえる。、、、、、この辺りは渓谷のように深いので、水質が綺麗ならキャンプなどできそうだ。
 
180522133010045
 
180522133146048
 
180522133334050
 
 
⑥柏井町を歩く・・・・・・・・・柏井橋を渡り、ひたすら八千代台駅に向かいあるく。、、、、道筋には大きな農家が点在。、、、、、オヤ、里山の雰囲気が、遠くに花見川団地の高層棟が見えた。、、、、、道端の庚申塔はいつの時代のものか、道標も兼ねていた。、、、、、花見川公民館前を通過。
 
180522133756054
 
180522134017056
 
180522134607065
 
180522135131068
 
 
⑦八千代台駅・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・八千代台駅前のメインストリートを歩く。 我が町:浅草橋よりお店は多いようだ。 カラオケ、ボーリング場、レストランビル、ドトールもある、TSUTAYAもある、負けたか!
 
180522140418072
 
180522144307075
 
・・・・・・・・・・・・・京成本線の八千代台駅に到着。、、、、、、八千代台駅は昭和31年(1956)3月20日に開業した。 駅は島式ホーム2面4線を有する地上駅。 橋上駅舎である。 開業当時は駅周辺は草茫々の原野だったそうだ。、、、、、1日平均乗降人員は約47,000人である。
 
180522144524077
 
180522144658078
 
180522145931098

2018年5月15日 (火)

秋山~市川真間

北総線秋山駅から京成本線市川真間駅まで、1万歩の散歩です。 今日の散歩ルートとほぼ同じルートを昨年歩いている。 →→→ コチラ
 
 
 
①秋山駅・・・・・・・・・・平成3年(1991)3月31日に開業した、相対式ホーム2面2線を有し、掘割による半地下式の駅。 1日平均乗降人員は7,000人程で、大きな駅ではない。、、、、、人影のまばらな駅前、バス停にも並ぶ人はいない。
 
180515081952009
 
180515081933007
 
180515082446013
 
180515082605015
 
 
②北総台地を歩く・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・植え付け前の土づくり、準備完了!、、、、、大根、人参、ネギ、・・・、何の種を蒔くのか?
 
180515083607018
 
・・・・・・・・・・・・・北総線が開通して30年近くになる、住宅が建ち並んできた!
 
180515084202021
 
・・・・・・・・・・・・・屋根の間に、遠くスカイツリーが見える。
 
180515084504024
 
180515084500023
 
 
③厳島神社・・・・・・・・・秋山駅のある松戸市から、市川市に入ると稲越町となる。 ここに主柱を4本の支柱で支える両部鳥居が迎える、厳島神社がある。 神社の創建年代は不明。、、、、、、由緒を知りたい、気になる神社だ!?
 
180515090238029
 
 
④国分高校前を通過・・・・・・・・・・・千葉県立国分高等学校前の坂から、遥か遠くにJR市川駅前のタワーマンションが見える!、、、、、、まだまだ、道半ば!
 
180515090812031
 
180515091133036
 
 
⑤国分川調節池緑地・・・・・・・・・・・市川市東国分では、真間川流域の総合治水対策事業の一環として調節池が整備された。 松戸市五香西を水源として市川市の真間川にそそぐ国分川と春木川は洪水対策が求められ、面積約24ヘクタール、貯水量約303,000立方メートルの治水施設がで千葉県により整備された。 そのうち約9.8ヘクタールは市川市で公園として整備された。、、、、、調節池は上池・中池・下池の3ブロックある。 今日は下池の周囲を歩いたが、なにしろ広い! いずれ上池と中池も歩く機会があるだろう。
 
・・・・・・・・・・・・・調節池を挟み、西に国分川、東に春木川が流れる。 どちらも、川幅はさほど広くなく、『こんな川が氾濫するのか?』と言いたくなる。
 
180515093521053
 
180515092322041
 
・・・・・・・・・・・・・・氾濫を避けるため、水量が増えると水を一時的に蓄えておく調節池、3箇所ある内の一つ下池
 
180515092551047
 
180515093031049
 
180515093337051
 
・・・・・・・・・・・・・国分川の西側では外環道工事中。 まもなく開通かな?
 
180515093913059
 
 
⑥六所神社・・・・・・・・・市川市須和田のバス通りに面して鎮座する下総国総社。 古代、国司は各国内の全ての神社を一宮から順に巡拝していた。 これを効率化するため、各国の国府近くに国内の神を合祀した総社を設け、まとめて祭祀を行うようになった。 六所神社もそのうちの下総国の総社にあたる。 当時、国司の働き方改革の一つかも?、、、、祀られている祭神も、ズラリ、大己貴尊、伊弉諾尊、素盞嗚尊、大宮売尊、布留之御魂、彦火瓊々杵尊。
 
180515095606067
・・・・・・・・・・・・・・神社の近くには、“街道の蕎麦屋”という感じの素晴らしい雰囲気の店:田中屋がある。 まだ店は開いていなかった、昼には暖簾が下がるようだ。
 
180515095846071
 
 
⑦国府台女子学院・・・・・・・・・・・・真間川を越え、市川真間駅近くに、大きくモダンな校舎で、浄土真宗本願寺派に基づく仏教の教えを重視した小中高一貫女子校:「国府台女子学院」がある。、、、、、仏教系の学校だが、コースは普通科と英語科である。 尼さん養成学科などは無いのjで、お間違いなきように!
 
180515100629077
 
 
市川真間駅 ・・・・・・・・・・・大正3年(1914)8月30日に開業。 島式ホーム2面4線の地上駅で、橋上駅舎を有している。、、、、JR市川駅からは400m程北側にある。 今日はチョイト疲れたので、ここから我が家のある浅草橋まで帰ることにする。 京成線は都営浅草線に乗り入れており、運が良ければ、浅草橋まで乗り換えなしの一本で帰ることができるのだが、今日はツイてない、青戸乗換だった!
 
180515101334081
 
180515101454082
 
180515101544083
 
180515101944087

2018年3月13日 (火)

京成団地~平和交通本社

今日は稲毛でパソコンの同好会。 春の陽気の下、チョイト時間があり、散歩をしてみることにしたが、9年間毎月来ている稲毛なので、主だった所はほぼ歩いた。 
 
 
 
・・・・・・・・・・・・・稲毛駅前で、『どっちの方角に歩こうか? ♪ ああ 稲毛 思案橋ブルース ♪』 
 
180313144516000
 
 
・・・・・・・・・・・・・悩んでいても決まらない! 駅前のバス停から、来たバスに飛び乗って終点まで行くことにした。、、、、乗ったバスは「京成団地」行。 「京成団地」? 知らない、聞いたことない、どんな所? 疑心暗鬼で窓の外をキョロキョロ見るが?????
 
180313144608002
 
 
・・・・・・・・・・・・・終点の京成団地で降りたのは五人、多いのか、少ないのか? ここはどの辺、あの辺、この辺、わからへん?
 
180313150848005
 
 
・・・・・・・・・・・・・とりあえず、気ままに歩いてみることにした。 “団地”と言えば、公団の団地をイメージするが、周囲は木造住宅ばかり、どうやら京成団地とやらは戸建て住宅の団地のようだ。 住宅地の真ん中で降りてしまったのか?、、、、、帰宅後、ネットで調べてみたら、団地が造成された時期は不明だが、団地内の「京成団地商店会」(現店舗数24店程)が結成された時期は昭和48年(1973)であった。、、、、、店は開いている、商店会の街路灯もある、しかし右を向いても左を見ても、人がいない、車も通らない、ここはゴーストタウンか?
 
180313151447006
 
180313151508007
 
180313151541008
 
180313151616009
 
180313151809010
 
 
・・・・・・・・・・・・・・よそ者の私は、右に曲がって、左に折れて、何かないかとキョロキョロし、住所の「稲毛区宮野木町」を見ても「ここは何処? 私はいったい何処へ行く?」、、、、、よそ者は京葉道路の脇に出た。
 
180313152127011
 
180313152130012
 
 
・・・・・・・・・・・・・『人がいた! 学童の安全を見守るおじさんだ!』 チョイト聞いてみる、「この辺に神社とかお寺とか教会など、何か古いものはありませんか?」 応えは、京葉道路を横切って反対側に、小さな神社と寺があるそうだ。 「でも、道は迷路のように曲がっているから、近くの人に聞いてくれ!」と、言われた。、、、、よし! 行ってみよう。
 
180313152349013
 
180313152610015
 
 
・・・・・・・・・・・・・歩道橋を渡ると、道は狭く、畑も見える、スイセンが咲いている。
 
180313152757021
 
180313152942023
 
180313153112025
 
180313153138027
 
 
・・・・・・・・・・・・・あった、宮野木大神宮! なんと、小さな大神宮!、、、、、社殿・社務所なぞ何もない、住宅のチョイト広めの駐車場程の境内に、近くにあった祠を集めてきたような神社である。 石祠が数基並んでいる、正面中央に天御中主尊(古事記では、天地開闢の際に高天原に最初に出現した神といわれている)の祠が祀られていた。
 
180313153535029_2
 
180313153556030
 
 
・・・・・・・・・・・・・・大神宮の近くに、真言宗豊山派の地蔵院があった。、、、、、山門はない、境内正面に鉄筋コンクリート造の本堂がデンと構え、左側に大師堂・供養塔がある。 右には町内会館と民家(?)があり、本堂のすぐ前には洗濯物が干されていた。
 
180313154544038
 
180313154502037
 
 
・・・・・・・・・・・・・・地蔵院の南隣に愛宕神社があった。 こちらも、小さな神社だが由緒書があり、それによると、「当神社の詳しい由緒は明らかではありませんが、京都の愛宕山頂に鎮座する愛宕神社を本宮とし,火の神迦具土神を祀る神社であると伝えられています。愛宕山は,比叡山と東西相対してそびえ,その雷雲がしばしば出現する方角であるために,霊威を備え且火の神という性格から火難除けの御信徳を有すると考えられ人々に篤く崇敬されています。」、、、、、村のはずれの守り神か、ナントナク古そうだ。
 
180313154938044
 
180313155013046
 
 
・・・・・・・・・・・・・・愛宕神社から、チョビット歩くとバスを運行している平和交通本社があった。 「あっ、ここが稲毛駅行のバスを経営している会社か。」と、会社の建物を見ながらのんびり歩いていると、突然、「稲毛行発車します、急いでください。」と大きなマイク音が聞こえた。 咄嗟に自分の周りを見ても誰もいない、バスが停まっているだけ、これは私に向かって言っているのだ! 乗らないといけないと思い、慌てて飛び乗る。 運転手は即発車する。 もう少し歩きたかった。 なんだか自分の意志に反し、乗せられ稲毛駅まで護送された。
 
180313155212047
 
180313160842052
 
 
 
・・・・・・・・・・・・・・チョイトもの足りないミニ散歩でした。

2018年2月16日 (金)

市川大野~本八幡

武蔵野線市川大野駅から、南西方向に歩き総武線本八幡駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
①市川大野駅・・・・・・・・・・市川大野駅が開業した昭和53年(1978)頃の、武蔵野線は旅客列車の運転本数は30分に1本程と少なかった。 開業後40年経過した現在は、首都圏の通勤電車として運転本数も増え便利になった。 駅は相対式ホーム2面2線のほかに中線を有する高架駅である。、、、、、私がこの駅に最初に降りたのは駅開業間もない頃で、葬儀に出席するためであった。 以来、火葬場の最寄り駅としてのチョイト暗いイメージが強く残っていた。 今日、下車してみたら、チョッピリ明るいイメージになった。 
 
1802160828350
 
1802160833010
 
1802160835020
 
 
②迎米三社宮・・・・・・・・・・市川大野駅の南西の小高い処に、竹林に囲まれた三社宮がある。 この神社は、迎米(むかいごめ)集落(現大野町2)の鎮守で、奈良の春日大社、愛知の熱田神宮、兵庫の野口神社、三社の御神体を祀っている。
 
1802160845300
 
1802160845540
 
 
③迎米庚申塚の馬頭観音・・・・・・・・・・本八幡方面に向かう道の脇に、迎米の庚申塚がある、ここには11基程の馬頭観音が祀られていた。
 
1802160855040
 
・・・・・・・・・・・・・その中で、日清・日露戦争時の軍馬の供養碑(写真:中央と左)と共に一基の馬頭観音(写真:右)が祀られている。 一面八臂の馬頭観音で、第一手は胸前で印を結び、第二手の右手は鉞斧を掲げている、第三手で弓矢を持ち、第四手は両手を上向きに開いていた。 文化10年(1813)建立。
 
1802160854530
 
・・・・・・・・・・・・・・日蓮宗系「帝釈天」と刻まれた見事な庚申塔もある。
 
1802160852460
 
 
④大野の町を歩く・・・・・・・・本八幡に向かいバス通りをひたすら歩く。 
 
1802160849280
 
1802160858150
 
1802160901090
 
 
⑤大野新田の庚申塔・・・・・・・・・市川市大野1丁目、バス通り沿いに祀られている庚申塔。 こちらの3基は、いずれも「帝釈天」と彫られている。  左から、慶応4年(1868)、天明8年(1788)、天保9年(1838)。、、、、、この辺の人は柴又の草だんごが好きだったのか?
 
1802160908100
 
1802160906470
 
 
⑥木戸口庚申塔・・・・・・・・・・・バス通りは県道180号を横切り、市川市下貝塚2丁目に入り、ここからは県道51号(市川市八幡~柏市旭町)となる。 この地に木戸口庚申塔がある。
 
1802160913160
 
・・・・・・・・・・・・・・庚申塔は県道沿いに、コレマタ、3基並んでいる。 左から、文政11年(1828)、享保17年(1732)、享保5年(1720)。  
 
1802160916080
 
 
⑦春日神社・・・・・・・・・木戸口庚申塔から先のバス通りは昨年歩いているので、今日は脇道にそれて歩いてきた。、、、、、、木戸口庚申塔の裏道に入ると、市川市下貝塚の春日神社がある。 小高い処に社があるが、境内には由緒書きもない、あるのは境内を掃除する箒だけ。
 
1802160922120
 
1802160924490
 
 
⑧本住寺・・・・・・・・・春日神社の先、市川市下貝塚に日蓮宗の寺院、本住寺がある。 
 
1802160931100
 
 
白幡神社 ・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・本住寺から裏道をしばらく歩き進むと、手入れされていない竹林となる。 竹林から山を下るようにさらに進むと住宅の脇に出る。 住宅の前に小高い丘が見え、上った先は白幡神社(市川市宮久保)の脇に出た。
 
1802160943030_2
 
1802160944170
 
1802160944510
 
1802160949100
 
・・・・・・・・・・・・・・白幡神社は誉田別命・竹内宿禰・天満天神を祭神とし、文明18年(1486)以前の創建と思われる古社。 本八幡の駅周辺を一望できる高台に鎮座する。
 
1802160951590
 
 
 
●・・・・・・・・・・この後、本八幡駅から帰宅。
 
1802161030370

2018年1月 9日 (火)

検見川

パソコン同好会の帰り、稲毛から検見川駅まで旧千葉街道沿いに歩いてきた。 この道は度々歩いているが、去年は歩くのを忘れていたようだ。 今日、強い風に乗って、飛ばされるように歩いてきた。
 
 
 
①京成千葉線・・・・・・・・・・・京成電鉄の千葉線は、京成津田沼~千葉中央駅間を走る約13kmの路線である。 この間は総武線の海側をほぼ並走している。 開業は大正10年(1921)。、、、、、一部、新京成電鉄の車両が乗り入れており、ピンクと白に塗装された電車も見ることができる。 明るい色の電車を見ながら、心ウキウキ、線路沿いに西へ向かう。
 
1801091357510
 
1801091358011
 
 
旧日本電信電話公社検見川無線送信所 ・・・・・・・逓信省技師吉田鉄朗の設計による、丸味を帯びた隅部、曲線を多用し正面階段部など、ドイツ表現派風の建築で、大正15年(1926)、対外国通信を主目的として建てられた施設である。、、、、、昭和58年(1983)に施設が撤去され、現在は雑草の中で雨ざらしの廃墟状態である。 建物は内部には入れないようになっているが、破損が甚だしく痛々しい。、、、、貴重な建物で、千葉市では保存に向けて10年以上の期間検討している。 まだまだ検討は続くのか? 壊れた後に、検討が終わるのかもしれない。
 
1801091424060
 
1801091423100
 
1801091421060_2
 
1801091421240
 
 
③三峯神社・・・・・・・・・千葉街道沿いの崖上にある、秩父の三峯神社を総本社とする神社。 江戸時代までは崖下は波打ち際で、三峯神社の灯明は検見川港に入る船の灯台であった。、、、、今は小さな神社だが、文政6年(1823)の石の鳥居、同年の石灯籠なども残っている。 パワースポットとして世に売り出し、恋人占いなども用意すると、若い娘の参拝も期待できるかも?
 
1801091436440
 
1801091437010_2
 
 
④露天風呂のある梅の湯・・・・・・・・旧千葉街道がまだ海に面していた頃は検見川町は漁師町であった。 その時代から、現在地(花見川区検見川町2)で100年以上営業している「梅の湯」。、、、、今は、町の銭湯として営業しているが、地下50m~60mから採取した大変綺麗な筑波山系の「井戸水」を濾過し、お湯を焚いているそうだ。 また、男女別にある「薬湯露天風呂」は、足腰の痛みに効くそうだ。 私は入浴していないので真偽は?
 
1801091454450
 
 
⑤善勝寺・・・・・・・・・検見川町1丁目の浄土宗寺院、求法山随流院善勝寺。 文禄元年(1592)の開創。 文久元年(1861)、検見川に大火事が発生し、類焼した。 その後、近隣の味噌倉を購入移築して、本堂に代用した。 それまで境内にあった釈迦堂・庚申堂・祖師堂などの諸堂宇は、復旧再建の見込みなく、すべて仮本堂に合座した。、、、、、昭和36年(1961)に至り、現在の本堂・庫裡を建立して、ようやく昔日の面目の一部を回復した。、、、、山門は江戸時代(1745)の建立。 鐘楼堂も江戸時代(1721)の建立だが、鐘は太平洋戦争で供出してしまった。
 
1801091505580
 
1801091504010
 
1801091502330
 
 
検見川神社 ・・・・・・・・・またまた来ました検見川神社。 まだ正月モードの神社は、初詣の参拝者がちらほら。 お守り、お札を授かる人もいる。
 
1801091511150
 
1801091514240
 
1801091515360
 
 
⑦新検見川駅・・・・・・・・昭和26年(1951)7月15日、国鉄の駅として開業。 現在は、複々線上の緩行線に設けられた島式ホーム1面2線を有する地上駅。 駅舎は橋上にある。、、、、ちなみに、“新”のない検見川駅は京成電鉄千葉線の駅で、大正10年(1921)に検見川神社の近くに開業した。
 
1801091525560

2017年12月19日 (火)

一之江~行徳

都営新宿線一之江駅から、今井橋で旧江戸川を渡り欠真間の町を抜けて、東京メトロ東西線行徳駅まで、1万2千歩の散歩です。
 
 
 
①一之江駅・・・・・・・・・・都営新宿線の一之江(いちのえ)駅は昭和61年(1986)9月14日に開業した島式ホーム1面2線の地下駅。、、、、、一之江駅の周辺には、一之江、一之江町、二之江町、松江、瑞江、春江そして区名が江戸川と地名に“江”の字が多い。 この辺りは、もともと沼地・入り江で、戦後の昭和40年代ぐらいまでは、白鷺の舞うハス田が広がっていた。 今は、白鷺もハス田も見当たらないマンションが建ち並ぶ都会となった。
 
1712190822040
 
1712190822520
 
1712190835430
 
・・・・・・・・・・・・・駅前は、空中にはられた電線が無く、スッキリとした街になっている。、、、、、無電柱化は達成しているが、高圧鉄塔が残っている。 これがチョイと邪魔だね!
 
1712190837070
 
1712190841480
 
 
新中川 ・・・・・・・・・・葛飾区高砂にて旧中川分岐して直線的に南下し、瑞穂大橋の下流側で旧江戸川に合流する全長8km程の川である。 新中川は戦後に開削され、昭和38年(1963)に完成した「中川放水路」である。、、、、、今日は瑞江大橋を渡り、新中川を越える。
 
1712190848190
 
1712190846250
 
 
③今井橋・・・・・・・・旧江戸川に架かる今井橋。 現在の今井橋は昭和54年(1979)に完成した。 それまでの旧橋は現在の橋の50m程上流側に、昭和26年(1951)に完成した片側一車線のコンクリート橋であった。 戦後、上野公園からこの橋の西詰まで、都営のトロリーバスが運行していたが、昭和43年(1968)頃廃止となった。 “トロリーバス”とは、懐かしいね。、、、、、、今井橋は北岸の江戸川区江戸川地区と南岸の千葉県市川市(行徳)を結んでいる。
 
1712190905421_stitch_3
 
・・・・・・・・・・・・橋を渡り市川市に入ると、橋の際に「今井の渡し旧跡」の案内が立っている。、、、、、寛永8年(1631)に、この場所に渡しが許可されたそうだ。 以来、大正元年(1912)に初代の今井橋が架けられるまで、渡しが利用されていた。
 
1712190904300
 
・・・・・・・・・・・・・今井の渡し跡の近く(市川市相之川)に、渡し舟の水上安全を祈願した祠「相之川香取神社」がある。、、、、、ついでに、行徳駅から西へ600m程の処(市川市香取(かんどり))に香取神社がある。 こちらは、“かとりじんじゃ”ではなく、地名に由来し“かんどりじんじゃ”と読むそうだ。 香取市の香取神社とは無関係の神社。 あ~、ややっこしい!
 
1712190910350
 
 
④欠真間・・・・・・・・・・南行徳駅の北800m程の旧江戸川べりの地名。 「欠真間」は“かけまま”と読む、“けつまま”と読むと何となく汚いイメージだ。、、、、、市川駅の北、国府台の台地に連なる「真間」の地の土が台風などの自然災害でこの地に流れてきたと伝えられ「欠真間」と呼ばれるそうだ。
 
・・・・・・・・・・・・・江戸川・旧江戸川で囲まれた行徳・浦安地区は、土地が低く自然排水が殆ど不可能な処である。 雨が降ると、雨水などが溜まる一方で、勝手に川へ流れていかない土地であった。 そこで、行徳・浦安地区の川べりには30か所程の排水機場があり、雨水などを江戸川・旧江戸川に強制的に配水している。 その一つ、欠真間排水機場と、欠真間三号水門が旧江戸川べりにある。
 
1712190939090_6
 
1712190941050
 
・・・・・・・・・・・・・・住所は相之川であるが、欠真間に隣接する相之川日枝神社。、、、、、相之川日枝神社は、万治2年(1659)に創建したと伝えられ、明治6年(1873)に村社に列格した。
 
1712190943440
 
1712190945570
 
・・・・・・・・・・・・・行徳・浦安地区を東西に貫く江戸時代の農業用水路の跡が、南行徳小学校の塀に「内匠堀跡(たくみぼりあと)」として標されている。、、、、、、用水は現在の鎌ヶ谷市のほうから引かれていたそうだ。 用水路は大正時代に江戸川放水路が造られ分断され、そして現在は道路沿いに暗渠化された。 当時は舟も通行できたそうだ。、、、、小学校の塀は、波を打つ形状で煉瓦積風に造られている。 これが用水路跡か、サッパリ判らん? 
 
1712190950390
 
1712190951150
 
・・・・・・・・・・・・・浦安~本八幡間を、一時間に2~4本程度の頻度で運行している欠真間のバス停。 
 
1712190958050
 
 
⑤源心寺・・・・・・・・・・・・・市川市香取(かんどり)にある浄土宗の源心寺。 源心寺は、永正年間(1504~1521)この地に不動尊像を祀った安楽院という草庵の地に開山された。 慶長16年(1611)の創建。
 
・・・・・・・・・・・・・平成12年(2000)に再建された本堂。
 
1712191007530
 
・・・・・・・・・・・・・本堂2階から見る境内は広い。
 
1712191006020
 
・・・・・・・・・・・・・鐘楼の脇に控える閻魔大王の石像。 享保3年(1718)の作。、、、、、我が家のインテリアとして欲しくなった。 真夜中に忍び込んで頂戴しようかと思ったが、閻魔の罰が怖いのでやめておく。
 
1712191003020
 
 
⑥胡録神社・・・・・・・・・・・胡録神社は行徳の街(市川市湊新田)の鎮守様である。 江戸時代から、この辺りは天候に恵まれ製塩が盛んな地域であったことから、神に感謝する祭礼が盛大に行われていたそうだ。 その伝統が今も引き継がれているらしい。、、、、、今度機会あれば、祭礼を見てみたいものだ。
 
1712191019340
 
 
⑦行徳駅・・・・・・・・・・昭和44年(1969)3月29日に開業した、相対式ホーム2面2線の高架駅。、、、、、駅ができた当時は、周辺にハス池が多く残っている東京郊外の駅であった。 今は私の住む浅草橋より、生活しやすい感じがする住宅地。
 
1712191027080
 
1712191027210

より以前の記事一覧