千葉県

2019年4月20日 (土)

馬に縁ある県道180号

北総線秋山駅から県道180号松戸原木線をひたすら歩き中山競馬場に至る。 競馬場から長~い地下道を抜け武蔵野線船橋法典駅まで、1万4千歩の散歩です。




●千客万来を祈願しよう! ・・・・・・平成3年(1991)3月31日 北総線の京成高砂~新鎌ヶ谷間(12.7km)開業のとき、同時に秋山駅は開業した。 相対式ホーム2面2線、掘割に造られた半地下駅である。、、、、ホームの上にある駅前ロータリーに出ても、コンビニの一軒すらもない寂しい駅。 日本橋まで乗り換えなしで、所要32分の都心近郊の駅としては、一日当たりの乗降客は約6900人は少ないね。

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●パッカパッカ歩いた馬街道 ・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・秋山駅の南250m程に、県道180号松戸原木線が通っている。 今日の散歩は、この道を南(船橋方面)へ歩くことにした。、、、、散歩にこの道を選んだ特段の理由はなく、単に秋山駅で下車し、『どっち行こうか?』、『考えるの面倒だから、この県道を歩いてみよう!』、ただそれだけ。

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・・・・・・・・・・・・・・県道180号沿い、松戸市高塚新田の一画に小さな「日露軍馬観世(音?)」(明治38年銘)の碑があった。、、、、 まだ戦場には自動車のない時代、軍馬が徴発され活躍した。 東葛飾郡(現:市川、松戸、野田、浦安、流山、船橋、柏、鎌ケ谷の各市)で徴発された馬は、飼育されていた馬の2割程度(約1000頭)になるらしい。 軍馬は終戦となっても、帰ってくることはなく死んでいったそうだ。 この碑は、愛おしいめんこい仔馬(?)を供養したものか?

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・・・・・・・・・・・・・・県道に面し緑に覆われた高塚八幡神社の参道がある。 県道は交通量も多いが、奥まった境内は別空間だ。、、、、平安時代からこの地は小金牧という馬の放牧地で、 高塚八幡神社は源義経が木曽義仲を追討した宇治川の合戦で活躍した、小金牧地産の名馬「生月(いけずき)」が眠る塚の上に祀られ、「高塚」の謂れともなっている。、、、、またまた、“馬”がらみの話題となった。

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・・・・・・・・・・・・・・県道の右手(西側)にURの「梨香台団地」が見える。 昭和50年(1975)に完成した11階建て、10棟、960戸の団地である。、、、、団地名、地元産のナシが香る台地で“梨香台”(りこうだい)とはいいね! 馬鹿じゃないよ、利口だい!

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・・・・・・・・・・・・・・高塚新田の付近は梨の産地。 県道沿いに“もぎとり”の看板が並ぶ。 残念だが、“タダで、もぎとり”の看板は見あたらない!
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・・・・・・・・・・・・・・農家の庭に見事なフジの木を見つけた。 樹齢は何百年ではなく、何十年だそうだ。 大きく枝を広げ彩鮮やかに咲き、御立派!、、、、電柱に枝を絡め、巻き付く姿、想像を掻き立て、たまらなく色っぽい!

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・・・・・・・・・・・・・・県道180号松戸原木線の一部は、昭和43年(1968)から平成12年(2000)まで有料道路「市川松戸有料道路」だった。  その名残か、松戸市高田新田と市川市大野町のさかい付近では、陸橋に歩道がないので、下の道を歩くことにした。 陸橋が平坦な道となり一般道化したあたりで、旧有料道路に入ってしまった、こんどは切通しとなりここも歩道がない。 歩いてる人はいない自転車も通らない、あっヤバイ! こんなところで轢かれて御陀仏になるには、まだ早い! 念仏を唱えひたすら歩くと、オ~、ラブホテルが見えた、どうやら俗界に戻ったようだ。、、、、旧有料道路はこの先、中山競馬場正門付近まで続いていたそうだ。 現在は市川市南大野から一般道路と変わらずの形態となり、歩道もある。 

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・・・・・・・・・・・・・・市川市北方町に入ると、かわいらしいオシャレな外観の建物が目に入る。 喫茶店か、レストランか、ケーキ屋さんか、チョイト覗いてみようか? アレ、どなたもいない、ユリの花がイッパイ。 皇室御用達のユリの花の専門店だった。

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・・・・・・・・・・・・・・中山競馬場正門脇の北方十字路交差点に到着。 ここまで来たら馬の御縁で、競馬場をチョイト拝見しよう!

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●胴元は金持ちだ! ・・・・・・中山競馬のは、大正9年(1920)に松戸競馬倶楽部が松戸競馬場から移転し、中山競馬倶楽部と称したのが始まり。 その後、中山競馬倶楽部は昭和12年(1937)に日本競馬会(現:日本中央競馬会)へ統合し、中山競馬場となる。、、、、黙っていても儲かる、ギャンブルの胴元だ! 建物は大きく、トイレも綺麗、まして案内嬢は若くてピチピチ、可愛くてキラキラ、これじゃあ胴元はヤメラレナイ。

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・・・・・・・・・・・・・・競馬場から最寄り駅JR船橋法典駅改札までは、JRAの専用地下道でつながっている。 さすがに、胴元の儲けで造ったと思われる、約1kmの長い地下道である。、、、、都心の地下道、高架下もこのぐらい明るく綺麗にしたら犯罪が減ると思われる。

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●ギャンブル・ツアーに行ってみては? ・・・・・・船橋法典駅は昭和53年(1978)に国鉄の武蔵野線の駅として開業。 1面2線の島式ホームは掘割の下にあり、駅舎は掘割の上に在る。、、、、武蔵野線沿線は、府中本町駅の東京競馬と多摩川競艇、新秋津からチョイト遠い西武園競輪、武蔵浦和と南浦和から足をのばして戸田ボートと川口オート、南浦和では浦和競馬、船橋法典は中山競馬、南船橋は船橋競馬。 10連休のお薦めは、お子様連れで武蔵野線のギャンブル・ツアーはいかが? 小さいお子さんには馬券・舟券・車券集めのイベントなんかもあるかも?

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2019年3月17日 (日)

お墓の玉突き

明日は彼岸の入り。 我が家の墓参りは、“西”の八王子と“東”の松戸の2箇所の霊園が必須。 今日はチョイと早いが、彼岸モードに切り替えて、“東”の墓参り。 
 
 
 
●飛行場が駅になった ・・・・・・・・・・・・“東”の墓は千葉県松戸市の南側、北総線の松飛台駅に近い都営八柱霊園である。 北総線が開通する以前、車を持たない我が家(浅草橋)では、浅草橋駅からJR総武線で西船橋まで行き、武蔵野線に乗換て八柱駅まで、駅からは霊園正門までが徒歩25分(1.5km)、霊園に着いてもバカでかい霊園で、正門から墓まで、これまた徒歩25分(1.5km)、途中で石屋に寄ったり、供物を買ったり、墓の前に着くとグッタリ。 墓まで行くのに片道2時間を要した。、、、、、平成3年(1991)に北総線の松飛台駅が開業すると、浅草橋から都営浅草線が京成線・北総線に乗り入れ、所要時間31分で到着。 松飛台駅は八柱霊園の裏門(正確には松飛台門)に至近で、駅から徒歩5分で墓前に到着。 超便利となった。、、、、北総線の運賃は高ことで有名だが、私にはこの便利さが“安い!”
 
・・・・・・・・・・・・・・北総線の松飛台駅(まつひだい)は平成3年(1991)3月31日に開業した、相対式ホーム2面2線の高架駅。 ホームの西側は松戸市、東側の一部が市川市に掛かる駅である。、、、、「松飛台」とは、現在の八柱霊園の南東側の一部と、霊園の東に隣接する町の町名である。 この町名は、かつてこの辺りに、松戸飛行場(逓信省中央航空機乗員養成所)があったことから名付けられたそうだ。
 
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●千葉県にあって都営とは? ・・・・・・・・・・「都営八柱霊園」は、なぜ千葉県松戸市にあるのか? 最近、NHKで人気のおかっぱ頭の女の子に叱られそうな疑問である。、、、答えは、、、、、明治になって、従来、江戸であった域内で埋葬が禁止となった。 そこで埋葬地が定められ、青山、谷中、染井、雑司が谷の墓地が定められたが、大正期には人口増加によって、四ヶ所の埋葬地も余裕が無くなってきた。 そこで、郊外に新しい市営墓地を作ることが計画された。 大正10年(1921)に西に多磨墓地が完成、昭和10年(1935)に東に八柱霊園が完成した。 昭和23年(1948)には北の小平霊園も完成した。 東の霊園用地を決めるにあたっては、当時東京府内東部には広大な用地が見つからず、千葉県東葛飾郡八柱村の田中新田に用地を求めたそうだ。(この時、鎌ケ谷村にも候補地があった)、、、、、八柱霊園は広さ105万㎡、23区内最大の青山霊園が26万㎡だからざっと4倍の広さ。 東京ドーム20個分のひろさである。(都営霊園の最大は多磨霊園130万㎡)だそうです。、、、、、見渡す限り、墓・墓・墓の霊園。 大人でも迷子になって、野垂れ死にしそうだ。
 
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・・・・・・・・・・・・【余談】 松戸市の市営霊園は土地がなかったため、昭和63年(1988)に隣の白井市に開園した。 白井市の公営墓地は印西市の印西霊園にもあるそうだ。 お墓の玉突き!

2019年2月 4日 (月)

産土神を祀る根頭神社

我が家のある浅草橋駅からは、印旛日本医大行の電車に乗ると、都営浅草線・京成押上線・京成本線・北総線と、乗り換えなしで新鎌ヶ谷・印旛日本医大方面に行ける。、、、、今日は、北陸では“春一番”が吹き、東京でも19℃のポカポカ陽気、押上乗り換えで草加方面(東武伊勢崎線)に行く予定で家を出た。 浅草橋で乗った電車は、たまたま印旛日本医大行。 乗ったら乗り換えるのが面倒になり、そのまま新鎌ヶ谷駅まで乗ってしまった。 予定外の行先変更である。 毎度のことだが、またまた私の“いい加減さ”が表れた。
 
北総線新鎌ヶ谷駅から、東武野田線の西側に広がる新興住宅街南下し、馬込沢駅手前の道野辺のまで歩き、バスで馬込沢駅に出て帰宅。 1万2千歩。
 
 
 
●スカイライナーは通過 ・・・・・・・・北総線の新鎌ヶ谷駅は、平成3年(1991)3月31日に開業した。 島式ホーム2面4線の高架駅。 隣には、ホームが並ぶように新京成の高架ホーム(下り)があり、高架下には新京成の地上ホーム(上り、現在高架化工事中のため仮ホーム)がある。 北総線・新京成線と交差する形で、東武野田線の新鎌ヶ谷駅(隣り駅は鎌ヶ谷駅)が掘割にある。、、、、相互の乗り換え口は、1階の同一平面上にあり便利がよさそうだ。
 
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●開拓地の守護神・・・・・・・・・・・・・東武野田線沿いに鎌ヶ谷駅方向に歩くと、初富稲荷神社(はつとみいなりじんじゃ、初富本町)がある。 初富の鎮守様で、祭神は宇迦之御魂神。 明治初期の旧幕府の武士による初富地区の開拓が始まり、ご守護と繁栄を願うため、伏見稲荷大社より御分神を遷奉したのが始まりである。、、、、現社殿は昭和41年(1966)に再建された。
 
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・・・・・・・・・・・・・社殿の裏側に公園があり、そこには「内閣総理大臣 岸信介」と表書きされた「忠霊塔」が建てられている。、、、、岸信介がどうして、ここに建てたのか? 何も説明されていない。
 
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●老後の散策路・・・・・・・初富神社の西に、水鳥の泳ぐ池を中心とした貝柄山公園(かいがらやまこうえん)がある。 周辺の土地からは下がったところにある湿地帯を生かした公園とのこと!、、、ご近所のお年寄りと思われる方が、あちらに一人、こちらに一人。
 
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●平成の団地・・・・・・・・・・新京成の初富駅、東武野田線の鎌ヶ谷駅を最寄り駅とする、UR都市機構のパークサイド鎌ヶ谷団地。 平成13年(2001)頃に完成した、全24棟(752戸)の新しい大きな団地。、、、、新しい団地で、お年寄りの姿は見えなかった。
 
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・・・・・・・・・・・・・・団地の周辺に古い家は見あたらず、平成の世に建てたと思われる、洒落た家が並んでいる。 (鎌ヶ谷市富岡)
 
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●鎌ケ谷市の総鎮守・・・・・・・・・・鎌ヶ谷駅の南西、鎌ケ谷市道野辺に、誉田別尊を祭神とする、長い参道の八幡神社(通称:道野辺八幡神社)がある。 創建は資料もなく不詳であるが、鎌倉時代と伝えられているそうだ。 現在は鎌ケ谷市及び近隣の総鎮守とされている。、、、御神徳として、厄除開運、殖産興業、学芸成就、子守育成、安全息災、勝運守護に著しく霊験あらたかなものがあるらしい。 裏を返せば、家内安全、交通安全、子宝成就、ボケ防止などは、あまり御利益ないかも?
 
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●日蓮ママの寺・・・・・・・・道野辺八幡神社の南に、日蓮宗の寺院:妙蓮寺がある。 妙蓮寺は、日蓮の母親、妙蓮尼がここで生まれたという話が残っている由緒ある寺。 日蓮聖人から道野辺は妙蓮誕生の地と聞かされた弟子の日進上人(総本山身延山久遠時 第三世)は、鎌倉期(1329年)に妙蓮尼追善供養の意を表して妙蓮寺と称し建立したそうだ。、、、、日蓮上人のパパは「妙日」(法名)といい、ママは「妙蓮」(法名)、二人の子が「日蓮」である。
 
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●住宅地の道祖神・・・・・・アップ・ダウンのある道野辺の裏道を歩くと、崖の中に道祖神が祀られている。、、、、住宅地の先に、道祖神が残されていた、嬉しいね!
 
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●長~い、長~い、参道・・・・・・・道祖神に合掌し、フト横を見ると鳥居がある。 『コリャ、参拝せずばなるまい』、階段を上がると、長い長い参道。(この参道は、「ちば遺産100選」に選定されている) “凄いね!”と思いつつ、参道を鍵の手に折れるとさらに参道は続く。 正面に社殿が見えた、「根頭神社」(ねずじんじゃ)である。、、、、根頭神社が鎮座している地域は道野辺村(現:鎌ケ谷市道野辺)。 この辺りは、鎌倉時代以前からの古い集落で、江戸時代は大名:本多氏の領地であった。 神社は、道野辺村の土着の神:根頭之大神を祀っている。、、、、神社の本殿は旧千葉県立師範学校の御真影奉安殿にして、一時、千葉県護国神社の仮本殿として使用された建物である。
 
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●可愛いバス ・・・・・・・・・・時刻は16時、風が出てきた、空は曇ってきた、田舎道とも別れて、そろそろ帰るか。、、、、ちょうど、バス停が見つかり駅まで乗って行こう! 小型のバスで馬込沢駅まで出る。 
 
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2018年11月16日 (金)

のどかに散策、東松戸から

押上で東武に乗換て北千住方面に行く予定で、浅草線浅草橋駅のホームに立つと、今夏から運転された浅草線新形車両5500形が入ってきた。 ラッキ~~、迷わず印旛日本医大行きのこの電車に飛び乗り、急遽行先変更し北総線東松戸駅まで新形車両の乗り心地を楽しんだ。、、、、、散歩は東松戸駅から武蔵野線沿いに奉免町まで1万歩。
 
 
 
●歌舞伎の顔・・・・・・・・・・・・外観は歌舞伎の隈取りを今風にアレンジしたデザイン、内装は落ち着いた和の雰囲気のデザインの東京都交通局5500形新形車両。 “観て楽しい、乗って楽しい車両”である。、、、、、今年度中に8編成が運用となるそうだ。
 
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●高いね!北総線・・・・・・・・・東松戸駅 は、平成3年(1991)3月31日に北総開発鉄道の駅として開業し、平成10年(1998)3月14日にJR武蔵野線の駅が開業した。、、、、、北総線の駅は地上17mの高さにあるが、それ以上に高いのが運賃である。 我が家(浅草橋)からだと、浅草橋→押上→高砂→東松戸の北総線利用ルートでは、所要時間約25分、運賃770円。 浅草橋→西船橋→東松戸のJRルートでは、所要時間約40分、運賃470円。 北総線ルートの運賃はJRルートの約1.6倍、コリャ高い! 所要時間はかなり短いのだから、その分負けて安くして欲しいね。
 
・・・・・・・・・・・・・北総線東松戸駅は、3階に改札、4階に島式ホーム2面4線の高架駅。
 
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・・・・・・・・・・・・・・JRの東松戸駅は、1階に改札、ホームは2階。
 
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●緑の中を散策・・・・・・・・・小春日和の下、武蔵野線に沿って西船橋方向に歩く。
 
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・・・・・・・・・・・・・・「新堀込遺跡」の標識が畑の中に立っている。 縄文時代の貝塚は地中に埋め戻され見えない。、、、、、せめて、味噌汁のシジミの殻、フライドチキンの骨などを埋めておいて、見ることができれば嬉しいのだが!
 
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・・・・・・・・・・・・・掘割を走る武蔵野線
 
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・・・・・・・・・・・・・ナンジャ、アレ?、、、、、視線の先に、グランドキャニオンの岩山のような形のものが見える。 灰色の表面はモルタルか? かなり大きいぞ! 上部に窓のような穴が開いている、誰か地元の人に聞いてみよう。 しばし人影を求め探すが、誰も通らない。、、、、、どうしても気になるので、地図を開き方角を求め、推理・・・何だろう?、、、、、も一度、カメラの望遠で覗く。、、、、、10分後、判った! NTT松戸高塚(電話局)の鉄塔を足場で覆い、塗装工事(?)でもしているのだ。灰色は工事用のシートの色だった。、、、、、、帰宅後、調べてみたら、4年前に近くで撮影した鉄塔の写真(下)があった。
 
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・・・・・・・・・・・・景色は畑から、林の中を抜け、再び武蔵野線が見えた。 線路は複線が三線になった、これは次の市川大野駅の中線が分岐したからである。、、、、駅はスグソコ!
 
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●・・・・・・・・・・・JR武蔵野線の市川大野駅 の前に出た。、、、、ここからは、武蔵野線の東側を歩いてみた。 初めて歩く道だ!
 
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●楽しそうな寺があった!・・・・・・・・・・駅から200m程東に向かうと、日蓮宗寺院の本光寺がある、光胤山と号す。 本光寺は、中山法華経寺の上人が、正平16年(1361)に創建した。 現本堂は昭和42年(1967)に再建。、、、、境内のあちらこちらに貼り紙・案内・置物・像があり、ナンダか、いろいろ賑やかな寺のようだ。
 
・・・・・・・・・・・・・本堂屋根にはソーラー発電が設けられ、光熱費節約!
 
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・・・・・・・・・・・・・境内には最近作られたと思われる、石塔・石像などの墓碑が10基以上点在する。 各墓碑には賽銭箱も備えられ、財布は空になる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・本堂前には“浄土”宛ての郵便ポストが置かれていた。 お婆さんが、亡くなったお爺さん宛に、『一人で呑気に女遊びしないでね』と便りを送るのかな?
 
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・・・・・・・・・・・・・本堂の賽銭箱前には“お参り”について、チョイト丁寧な説明文があった。、、、、、本堂では“縁結び”を、本堂前の稲荷堂では“縁切り”を、両方お願いするとどうなるのかね?
 
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●姫宮の町に着いた!・・・・・・・・・・・市川大野駅からは千葉県道9号船橋松戸線を歩いた。 道端に、南無妙法蓮華経と彫られた題目庚申塔(寛政8年(1796)の銘)があった。
 
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・・・・・・・・・・・・・道は、高貴な美女:常盤井姫が住みついたといわれている、先日歩いた奉免町 に出た。、、、、、ここからは、バスで本八幡駅に行き帰宅。 

2018年10月28日 (日)

菊の御紋は奉免町

三日前の散歩にて、迎米庚申塚で地元の方に聞いた話では、『武蔵野線沿いに「奉免町」という、昔年貢を免じられた町があり、そこには日蓮宗最初の尼寺がある。 行ってみるといいですよ!』とのこと。 “尼寺”につられ、今日の散歩は奉免町の町歩きとした。 JR本八幡駅からバスで往復し、9千歩の散歩。

 
 
 
●奉免町なんて知らん御免・・・・・・・・・奉免町(ほうめんまち)は市川市北部に位置する、人口1,550人程の町。 畑も残されている住宅地。
 
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●地名の由来は・・・・・・・・・昔、昔のその昔、鎌倉時代のことである。 東京湾の海岸線は、今の総武線よりも、もっと内陸に入り込んでいた。 そこに、美しい着物を着た二人の女性が流れ着いた。 一人は若い娘、もう一人は乳母の女性。 (私の想像では、二十歳ぐらいの色白の娘と、三十歳過ぎの年増の美女) 若い娘は薄い布で顔を隠していたが、その美しい黒髪から身分の高い女性だと、人々は思ったそうだ。 その後、二人はこの地に住み着いたが、村人は気になる(不審な)美女なので、役人に知らせた。 そこで、鎌倉幕府の役人が調べてみたところ、ビックリ、シャックリ止まらない。 その娘は、ナント、後深草天皇の皇女常盤井宮(ときわいのみや)内親王であった。 常盤井姫は難病を患い、美しい顔にひどいできものができてしまい、それを苦に、京の都の宮中から乳母と共にひっそりと姿を消したのだ。 そして小舟に乗り、流れ、流され、下総のこの地に着いたのである。 幕府の役人は村人に、常盤井姫を援助するよう命じ、その代わりに年貢の奉納を免除した。 つまり、村は「奉免」されたのである。、、、、、こののち常盤井姫は若宮の中山法華経寺奥の院にて日蓮の説教に接した。 日蓮は姫に病気治癒の妙符を渡し、その霊験は高く、常盤井姫の病は日毎に良くなり、元の美しい姿に戻った。 その後、常盤井姫は仏の加護を感謝し、美しい黒髪を剃り、日国と名乗り、奉免の地に寺を建てた、これが日蓮宗で最初の尼寺、奉免山安楽寺である。 皇室ゆかりの寺として、安楽寺の寺紋は菊の御紋である。、、、、、以上、常盤井姫伝説である。
 
 
●アレ? 団地がない!・・・・・・・・・我が家から奉免町へ行くには、JR総武線本八幡駅で下車し、町の北側京成バス「姫宮団地入口」バス停で降りた。 バス停の“姫宮”は常盤井姫のことと推察し、団地が見たくバスを降りた若い主婦に『姫宮団地ってどの建物ですか?』と聞くが、『そんな団地はありませんよ、バス停前はパークハイツで、後ろはグリーンハイツです』と、つれない返事。 幻の“姫宮団地”か?
 
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・・・・・・・・・・・・・・どうやら、姫宮団地というものはないようだ、たぶんこの高層集合住宅群を総称して、バス会社の誰かさんが「姫宮団地」と命名したのだろう。 勝手に、自分に言い聞かせた。、、、、大柏川を渡り、奉免町に入る。 武蔵野線が見える! 芋堀り遠足に来たようだ。 “姫宮団地”(?)からだいぶ遠ざかったな。
 
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・・・・・・・・・・・・奉免町の北端、武蔵野線沿いに住宅が並んでいる。 その中に「都美人 ひめみや食堂」の文字が見える。 アレ!、また幻の“姫宮”か? しかも“都美人”だって!
 
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・・・・・・・・・・・・・・食堂の前まで行くと、玄関先に「ひめみや団地自治会」の札が下げられていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・集合住宅が並ぶ団地をイメージした私が馬鹿だった。 姫宮団地は、バス停からチョイト離れた、安楽寺近くの戸建て住宅の団地だった。、、、、建ち並ぶ家を見ると、昭和50年前後に分譲された団地のように見える。
 
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●キツイ、ツライ、70段・・・・・・・・・・・ひめみや団地の脇、小高い丘の上に安楽寺の鎮守社であったと思われる「神明社」がある。 約70段ほどの急な参道階段は、年寄りにはキツイ! 祭神は天照皇大神だが、由緒は不詳。
 
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・・・・・・・・・・・・・社殿裏から眺めると、眼下に「ひめみや団地」の住宅が見える。 身体を反転すると、遠く本八幡駅前のタワーマンションも見える。
 
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●菊の御紋が目に入らぬか、頭が高い!・・・・・・・・・・・静かな住宅地の中にある、奉免山安楽寺は常盤井姫ゆかりの日蓮宗最初の尼寺。 小さなかわいらしい本堂がなんとなく尼寺らしい雰囲気を匂わせる。、、、、、姫の姿を追って、キョロキョロ、境内を見渡すが誰も見えず。
 
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・・・・・・・・・・・・・・本堂正面のガラス戸には、花びら16枚の菊の御紋が見える。 本堂天井にも菊の御紋が!、、、、、“菊の御紋”使っていいのかな?
 
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●観光ガイドはいません!・・・・・・・・安楽寺、神明社を見たので、もう少し奉免町の名所巡りをしてみよう。
 
・・・・・・・・・・・・・まずは、地域のコミュニティーを大切に、皆さんが集う「奉免公民館」。 玄関を入ると、スグに大宴会場。
 
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・・・・・・・・・・・・・・公民館の脇には、奉免町のスカイツリー、KDDIの鉄塔が立っている。 展望台はないようだ!
 
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・・・・・・・・・・・・・こちらは、奉免町のベッドタウン「市営奉免団地」  昭和55年(1980)に建てられた、3DK、5棟(100戸)の市営団地。 家賃お安くしてます。
 
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・・・・・・・・・・・・・奉免町の中央を縦断する、高速道並みに信号機のない、町の幹線道路。 飛び出しに要注意!
 
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●お帰りはコチラ・・・・・・・・・再び大柏川を渡り「市川東高校入口」バス停に出る。、、、本日の散歩では、残念ながら尼僧に会うことはなかった。 
 
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2018年10月25日 (木)

貝の見えない曽谷貝塚

今朝のお天気お姉さんの一言、『秋晴れの爽やかな一日です』を聞いて、江戸川沿いに散歩することにした。 地下鉄浅草橋駅では、タイミングよく、アクセス特急成田空港行に乗車できた。 車中で、『矢切駅で下車し、松戸方面に歩くか? 市川方面に向かうか?』思案しているうちに、普通電車に乗り換えるのを忘れ、電車は高速で矢切駅を通過し東松戸駅まで行ってしまった。 『アリャ、コリャ、失敗、どうしよう?』 ここまで来たら、市川大野駅から本八幡方面に歩くことにした。、、、、、武蔵野線市川大野駅から総武線本八幡駅の手前「宮久保坂下」バス停まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
●何ジャ、変ジャ、大変ジャ・・・・・・・・東松戸駅で北総線からJR武蔵野線に乗換え市川大野駅は隣駅、勝手知ったる乗換でJRのホームに向かう。 アレ、ホームに大勢の人。 なんか変だぞ、電車が遅れている、『しばらくお待ちください』 のアナウンスが聞こえる。 もう覚悟した、『今日の散歩は失敗かも?』
 
・・・・・・・・・・・・久しぶりに、ギュウギュウ詰めの電車に乗り、次の市川大野駅で下車。 ここも、ホームに大勢の乗客が並んでいる。、、、、、静かに並び電車を待つ姿はさすが日本人、割り込む人、騒ぎ立てる人はいない。
 
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・・・・・・・・・・・・・・市川大野駅には昭和53年(1978)10月2日に開業。 相対式ホーム2面2線の真ん中に中線を有する高架駅。
 
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●欲張って三祭神・・・・・・・・・・市川大野駅南側の小高い処に、迎米(むかいごめ)集落(現:大野町2)の鎮守さまが竹林に囲まれ祀られている。 迎米三社宮と称する神社で、奈良の春日大社、愛知の熱田神宮、兵庫の野口神社、三社の御神体を祀っている。、、、、、ついでに、伊勢神宮、明治神宮も混ぜ、“五社宮”にしたら、御利益アップ!
 
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●村の集積場?・・・・・・・・・・市川大野駅から南西に500m程歩くと、小さな鳥居のある一郭があり、貞享4年(1687)、享保3年(1823)などの庚申塔、文化10年(1812)から昭和33年(1958)に至る17基程の馬頭観音、軍馬徴発記念碑などがある、迎米庚申塚である。、、、、、、“講”はなくなったのか? 残念だが、村の庚申塔・馬頭観音の集積場のようだ。
 
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●まだ、まだある庚申塔・・・・・・・・・・市川大野駅から南西の市川市曽谷に向かって歩く。、、、、、この辺り、道幅が狭く、歩道のない道路も多く、わき見歩きは危険だ!
 
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・・・・・・・・・・・・・花屋の一角に祀られている大野新田の庚申塔(市川市大野1丁目)。 こちらの3基は、いずれも「帝釈天」と彫られている。  左から、慶応4年(1868)、天明8年(1788)、天保9年(1838)。、、、、、この辺の人は柴又の草だんごが好きだったのか?
 
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・・・・・・・・・・・・・さらに、400m程歩くと木戸口庚申塔(市川市下貝塚2丁目)がある。 庚申塔は、左から文政11年(1828)、享保17年(1732)、享保5年(1720)。 300年も前に建立されたものだが、彫りも深く、スバラシイ!
 
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●20人が埋葬された! 殺人事件か?・・・・・・・・・・・・表通りから裏道を歩き曽谷貝塚(そやかいづか、市川市曽谷二丁目)に出た。 縄文時代中期末から後期末にかけての貝塚で、後期末の土器型式曾谷式の標式遺跡(時代を特定する基準となるような遺跡)。、、、、遺跡からは20体の埋葬人骨が出てきたそうだ。 生き埋めなら殺人事件だ!、、、、、その貝塚は芝生の下に埋め戻され、芝の上ではお年寄りが、ゲートボールで体力作り。 貝塚の貝は芝の下。 
 
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●競馬をやっていた神社・・・・・・・・・・・・・曽谷貝塚の南側に、曽谷の春日神社がある。 祭神は天兒屋根命(あめのこやねのみこと)で、寛文11年(1671)に大改築され、元禄時代の検地帳に記載されている古社。、、、、昔は、各家で馬を持っていたので、正月2日に春日神社の前で馬の駆け足競走が行われていたそうだ。 馬券も売っていたのか、気になるね!
 
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●ここは曽谷城址?・・・・・・・・・・市川市の北部、曽谷台地の上に、鬼子母神堂と妙見堂などの堂宇のある日蓮宗の大きな寺院:長谷山安国寺がある。 文応元年(1260)、曽谷の領主、曽谷教信が日蓮上人に帰依して、立正安国に因んで館の傍らに安国寺を建てた。 文応元年(=鎌倉時代)には、頼朝に従って活躍した千葉常胤の千葉六党の5男、胤通が市川を領して、「国分氏」を名乗っていることからして、その一族では無かろうかと思う。 安国寺は千葉氏の繁栄を願う寺とも言われている。 また、曽谷教信が霊夢を見たことで勧請したと伝えられている千葉寺の妙見菩薩像と同木の端っこで彫られた妙見菩薩像を安置している、由緒ある日蓮宗の寺院。、、、、、、安国寺の地は、鎌倉時代の曽谷城址と言われている。 また、安国寺の近くには、別に、戦国期の曽谷城跡もあるそうだ。
 
・・・・・・・・・・・・・・写真は、山門、本堂、鬼子母神堂、妙見堂
 
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●裏道から脱出・・・・・・・・・・・・曽谷の裏道をテクテク歩くが、朝の武蔵野線の遅れが影響し、そろそろタイムアウト。 『どこかバスの走っている表通りに出よう!』、一生懸命歩きバス停を見つけた。 「宮久保坂下」である、ここからバスで本八幡駅に出て帰宅。
 
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2018年6月22日 (金)

矢切~金町

三日前に歩いた柴又の対岸、北総線矢切駅から、野菊の墓、矢切神社と歩き、新葛飾橋を渡り、京成金町駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
①矢切駅・・・・・・・・・江戸川を挟み葛飾柴又の対岸、松戸市下矢切にある、北総鉄道北総線の駅。 北総台地にある2面4線の地下駅。、、、、、駅名も、歌も、「矢切」は“やぎり”だが、地名は“やきり”で濁らない。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅前のロータリーは工事中。 その為か、駅前にあった作家:水上勉旧居跡の石碑が無い。 昭和32年から2年間住んでいたそうだ。 当時は矢切駅もなく、不便な地であった思う。 (写真:2016年撮影)
 
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②野菊の墓文学碑・・・・・・・・・矢切駅から北東500m程のところ、北総台地が江戸川に接する崖上に、夏目漱石が、「自然で、淡泊で、可哀想で、美しくて、野趣があって、(中略)、あんな小説ならば何百編よんでもよろしい」と、絶賛した、伊藤左千夫(1864~1913)の小説『野菊の墓』(明治39年(1906)発表)の文学碑がある。 この矢切の地が小説の舞台である。 小説は、15歳の少年・斎藤政夫と2歳年上の従姉・民子との淡い恋を描いている。 (詳しくは、新潮文庫で334円程なので、自分で買って読むこと!) 
 
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・・・・・・・・・・・・・・文学碑とは歩道橋で結ばれた公園から見る、手前は江戸川左岸(千葉県側)、奥は金町方面(東京都)。
 
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・・・・・・・・・・・・・文学碑は、真言宗豊山派の寺院、八幡山西蓮寺の本堂裏にある。 寺と文学碑の入口は別になっており、法要などに差し支えないよう配されている。、、、、、文学碑の建立に尽力を注いだ、今は亡き松戸の版画家:奥山儀八郎(1907~1981)とも深い縁のある名刹である。 
 
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③矢喰村庚申塚・・・・・・・・・・・野菊の墓文学碑から東へ300m程歩くと、地蔵尊・庚申塔・馬頭観音などが10基以上並ぶ、強力なパワースポット、矢喰村庚申塚がある。 建立された時代も、江戸、明治、昭和とイロイロ。、、、、、、中央に控えるは、寛文8年(1668)に建立された塔身高196㎝の庚申塔で、青面金剛の足下には三猿が刻まれている。、、、、、矢喰村(やぐいむら)とは、この辺りで行われた国府台合戦で、北条氏と里見氏が戦い戦死者は1万余だった、地元の領民も人足に狩り出され、塗炭の苦しみの中で、弓矢を呪うあまりに、「矢切り」「矢切れ」「矢喰い」の名が生まれたそうだ。
 
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④矢切神社・・・・・・・・・・矢切駅の北500m程に位置する矢切神社。 宝永元年(1704)の長雨により、江戸川が大洪水を起こし、水高が地面より8尺余り(約2m50cm)となった。当時の矢切の民家は江戸川沿岸にあったため、多数の死者を出し、甚大な被害を受けた。 その後、災害から逃れるため村民は台地上に移住し、鎮守として京都から稲荷を勧請して祀ったのが矢切神社である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・入母屋造の拝殿屋根には、漆喰で龍が描かれている。、、、、、誰が描いたのか? 凄い!
 
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⑤浄安寺・・・・・・・・・・・・矢切神社から北へ200m、日蓮宗の寺院:浄安寺がある。、、、、通りからはチョイト奥まった処にあり、木立に囲まれた、落ち着いた静かな佇まいの寺。
 
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⑥江戸川左岸・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・北総台地から江戸川左岸に下り、土手を目指し歩く。 矢切変電所の前に出た。 周囲には畑が広がる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・ぺんぺん草が橋の上まで生える中矢切橋。 周囲は畑、炎天下、こんな処を歩くのは私だけ。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・土手の上に立った! ナント、河川敷は「江戸川ラインゴルフ 松戸コース」のゴルフ場であった。 三日前に見た金町浄水場の取水塔 を対岸から見ようと思ったが、コリャダメだ!
 
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⑦新葛飾橋・・・・・・・・・・新葛飾橋を渡り、金町駅に向かう。、、、、、この橋を渡ると、千葉県側から東京都に入ったことになる。 千葉県側は緑豊かに畑の中を歩いたが、東京都側は一気に都会の空気を感じさせる。
 
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・・・・・・・・・・・・・橋の上から見た2基の取水塔
 
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●・・・・・・・・・・・・・・橋を渡れば京成金町駅までは近い。 京成で帰ることにした。
 
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2018年5月25日 (金)

東松戸~松戸

北総線東松戸駅から畑と住宅の中をJR松戸駅までの散歩です。 1万3千歩。
 
 
 
①東松戸駅・・・・・・・・・平成3年(1991)3月31日、北総開発鉄道の駅として開業した。 JR武蔵野線を跨いで、地上17mの高さにある島式ホーム2面4線の高架駅。、、、、、松戸市内にある20の鉄道駅で、駅名に“松戸”とつく駅が5駅ある。 全部、言えたら“松戸”通だろう。 正解は、松戸、北松戸、新松戸、東松戸、松戸新田。、、、、、東松戸駅は、松戸駅から東南方向に直線で4km程の処にあり、北総線により目覚めた町。
 
・・・・・・・・・・・・・・都営、京成、北総の各車両が乗り入れている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・北総線側の出入口・改札口
 
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・・・・・・・・・・・・・・JR側の出入口
 
 
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・・・・・・・・・・・・・・北総線ホームから見るJR武蔵野線。
 
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②真隆寺・・・・・・・・・・・東松戸駅前から、北東方向に裏道を500m程歩き、紙敷の町に入ると、、赤っぽい山門が見えた。 どうやら、最近造った山門のようだ。 チョイト手を合わせて行くことにした。、、、、、もともとは真言宗の寺で、鎌倉時代に日蓮宗の改宗したらしい。
 
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③古民家「旧斎藤邸」・・・・・・・・・・真隆寺の先で、電柱に『国登録有形文化財 旧斎藤邸』の道案内が目にとまる。 案内に従い細い道を進み旧斎藤邸に行ってみた。 アリャ、門が閉まっている! 貼り紙を見ると開門は10時から、只今9時、開くまで1時間は待ってられないので拝観はあきらめた。 旧民家らしく周囲は樹木で囲まれ、家の姿はまるっきり見えない。、、、、、と、云うことで、文化財の写真は無し! 残念、観たかった!
 
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④のどかな風景・・・・・・・・・・・・松戸市紙敷の田園。 流れる川は国分川
 
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⑤本法寺・・・・・・・・・畦道を歩き、国分川を越えて、紙敷から松戸市和名ケ谷にはいると、高台の上に寺の屋根が見える。 行ってみよう!、、、、、、寺は山号を頂昌山、寺号を本法寺という。 市川市真間山弘法寺を本山とし、池上本門寺を大本山として、山梨県身延山久遠寺を総本山とする、日蓮宗の寺である。 “本山”の多い寺だ!、、、、、本法寺は大同2年(807)、弘法大師により創設された。 その後、年代は不明だが後に真言宗から天台宗に改宗。 建治3年(1277)には、天台宗から日蓮宗に改宗した。 “×2”の寺。、、、、、山門、本堂などは、昭和57年(1982)に整備された建物である。、、、、、檀家の多そうな寺だ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・境内から見る景色
 
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⑥日枝神社・・・・・・・・・本法寺の北西300m程の処に、下総国分寺の分社として祀られ、隣郷十数カ村の総社である日枝神社がある。 由緒・沿革については、江戸時代に文書が焼失し、その詳細は不明。 しかし、豊臣秀吉(1537~1598)より朱印状を賜った記録が残っており、さらに、徳川幕府代々の将軍より社領五石の朱印状を賜る格式の高い神社であるとのこと。、、、、、私は見たことがないが、江戸時代初期より始まった三匹獅子舞(松戸市無形文化財)は有名らしい。 ホントか(?)
 
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⑦新東京病院・・・・・・・・・・松戸にあって新東京病院とは是如何に? 浦安にあって東京デズニ-ランドと云うが如し。、、、、、日枝神社の西隣の高台の上にたつ、18の診療科を有する近代的な総合病院。 常勤医師が97名いるそうだ。、、、、、チョイト、入院したくなる病院?
 
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⑧松戸の台所・・・・・・・・・・松戸市松戸新田にある、広さは東京ドーム1個分の松戸南部市場の中を通り抜けてきた。 野菜や果物から魚、肉、花まで様々な品物を取り扱っており、地元千葉県東葛地区をはじめ、隣接する江戸川・葛飾・足立の江東3区および埼玉の一部を主要商圏とする約500万人を賄う台所の役割を担っている。、、、、地元の若い主婦も買い物に来るそうだ。 今日は厄日か、年寄りばかり。
 
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・・・・・・・・・・・・・・台所の隣りはURの野菊野団地。 昭和50年(1975)に完成した、総戸数:約750戸の賃貸住宅。、、、、この団地のウリは、“一般入場可能な松戸南部市場に程近く、豊かな食生活を予感させる団地”とのこと。
 
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⑨松戸駅・・・・・・・・・・JR常磐線と新京成線が乗り入れている、常磐線の主要駅の一つ。 明治29年(1896)12月25日に日本鉄道の駅として開業した。 出口は西口と東口があり、西口はロータリーもありイッチョマエの駅である。 東口はチョイトせせこましく、雑然とした駅前で、どうも落ち着かない雰囲気だ。、、、、、今日、私のお帰りは東口から。
 
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2018年5月22日 (火)

こてはし団地~八千代台

稲毛へ行った帰り、チョイト散歩してきた。 JR稲毛駅から、バスで「こてはし団地」まで行き、京成八千代台駅まで小鳥のさえずりを聴きながら田園風景を堪能してきた。 約2時間の散歩。
 
 
 
①稲毛駅前で・・・・・・・・・・・JR稲毛駅は東西の出入口とも駅前ロータリーがあり、路線バスが多発している。 東口は内陸側に向かうバス、西口は稲毛海岸方面に向かうバスが発着する。、、、、、今日は東口のバス案内板を見て、一番遠くまで行きそうな路線:「こてはし団地」行に乗ってみた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・・「こてはし台団地」とは、千葉市花見川区の東部にある、千葉県住宅供給公社が分譲した戸建て住宅の団地。 10ヶ町以上に及ぶ団地らしい、その中心は「こてはし台」という町らしい、こてはし台は1丁目から6丁目まである。 団地の中心部は5丁目のスーパーがある処らしい。(帰宅してから調べたので、多少?)、、、、、バス停は“こてはし団地”、団地名は“こてはし台団地”。、、、、、“こてはし”とは、昔の村名「犢橋村」(こてはしむら)から借用したらしい。 難しい字だ!
 
 
②こてはし団地バス停・・・・・・・・・・・バスは団地に入って行く、まずは「こてはし団地入口」、続いて「こてはし第一」、第二、第三と、「こてはし第六」まで続き、最後が終点「こてはし団地」。 どこで降りるか考える知識・余裕もなく、終点はきっと団地の中心部と思い込んでいた自分は、否が応でも終点で降りる運命になった。、、、、始点の稲毛駅から終点まで500円、オヤオヤ、高い~! でも、降りたのは自分一人、コリャ、安いのかも?
 
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・・・・・・・・・・・・・・寂しい終点の「こてはし団地」バス停、店は一軒もない、あるのはバスの駐車場だけ、ナンジャ、ココはドコジャ!、、、、、想像していた団地中央の商店街なんて、どこにも見えない!
 
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③団地を歩く・・・・・・・・・・バス停から、右に、左に、どっちに行ったらいいの? 聞く人がいない、カワイ~~イ娘もいない! 『仕様がない、生姜は乾物屋で売っているよ』、駄洒落を言う余裕はある。 ここで、伝家の宝刀タブレットを出して地図を見ると、『ナント云うことだ!』!。 自分がいる処は、こてはし台団地の北の端、道も行き止まりの処であった。 住所は千葉市花見川区横戸台(住所が判っても来たことない地、何の役にもたたん。) 地図をみると京成本線の八千代台駅が一番近そうだが、ココから4km以上ある。 覚悟を決め、歩くことにした。

・・・・・・・・・・・・・歩けど、歩けど、小奇麗な住宅は並んでいるが、コンビニがない、店がない、人に会わない、現代のゴーストタウンだ!
 
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④田舎道・・・・・・・・・・・・団地から抜けたようで、住宅は見えなくなって、木立・畑が左右に広がる。 ウグイスも鳴いている。 山間に入った気分。 道端の地蔵さま、庚申塔も癒してくれてるようだ。 いいね!
 
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・・・・・・・・・・・・・・途中で、印旛沼流域13市町村の生活排水や工場排水の下水道処理を担う、中継ポンプ場の一つ円筒形の「柏井ポンプ場」の前を通る。 下水は、ここからさらに千葉市美浜区の「花見川終末処理場」に送られる。
 
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⑤花見川に架かる柏井橋・・・・・・・・・只今、柏井橋は架け替え工事中。 仮設の橋を渡り、印旛沼から流れ東京湾に注ぐ花見川をこえる。、、、、、この辺りは渓谷のように深いので、水質が綺麗ならキャンプなどできそうだ。
 
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⑥柏井町を歩く・・・・・・・・・柏井橋を渡り、ひたすら八千代台駅に向かいあるく。、、、、道筋には大きな農家が点在。、、、、、オヤ、里山の雰囲気が、遠くに花見川団地の高層棟が見えた。、、、、、道端の庚申塔はいつの時代のものか、道標も兼ねていた。、、、、、花見川公民館前を通過。
 
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⑦八千代台駅・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・八千代台駅前のメインストリートを歩く。 我が町:浅草橋よりお店は多いようだ。 カラオケ、ボーリング場、レストランビル、ドトールもある、TSUTAYAもある、負けたか!
 
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・・・・・・・・・・・・・京成本線の八千代台駅に到着。、、、、、、八千代台駅は昭和31年(1956)3月20日に開業した。 駅は島式ホーム2面4線を有する地上駅。 橋上駅舎である。 開業当時は駅周辺は草茫々の原野だったそうだ。、、、、、1日平均乗降人員は約47,000人である。
 
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2018年5月15日 (火)

秋山~市川真間

北総線秋山駅から京成本線市川真間駅まで、1万歩の散歩です。 今日の散歩ルートとほぼ同じルートを昨年歩いている。 →→→ コチラ
 
 
 
①秋山駅・・・・・・・・・・平成3年(1991)3月31日に開業した、相対式ホーム2面2線を有し、掘割による半地下式の駅。 1日平均乗降人員は7,000人程で、大きな駅ではない。、、、、、人影のまばらな駅前、バス停にも並ぶ人はいない。
 
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②北総台地を歩く・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・植え付け前の土づくり、準備完了!、、、、、大根、人参、ネギ、・・・、何の種を蒔くのか?
 
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・・・・・・・・・・・・・北総線が開通して30年近くになる、住宅が建ち並んできた!
 
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・・・・・・・・・・・・・屋根の間に、遠くスカイツリーが見える。
 
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③厳島神社・・・・・・・・・秋山駅のある松戸市から、市川市に入ると稲越町となる。 ここに主柱を4本の支柱で支える両部鳥居が迎える、厳島神社がある。 神社の創建年代は不明。、、、、、、由緒を知りたい、気になる神社だ!?
 
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④国分高校前を通過・・・・・・・・・・・千葉県立国分高等学校前の坂から、遥か遠くにJR市川駅前のタワーマンションが見える!、、、、、、まだまだ、道半ば!
 
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⑤国分川調節池緑地・・・・・・・・・・・市川市東国分では、真間川流域の総合治水対策事業の一環として調節池が整備された。 松戸市五香西を水源として市川市の真間川にそそぐ国分川と春木川は洪水対策が求められ、面積約24ヘクタール、貯水量約303,000立方メートルの治水施設がで千葉県により整備された。 そのうち約9.8ヘクタールは市川市で公園として整備された。、、、、、調節池は上池・中池・下池の3ブロックある。 今日は下池の周囲を歩いたが、なにしろ広い! いずれ上池と中池も歩く機会があるだろう。
 
・・・・・・・・・・・・・調節池を挟み、西に国分川、東に春木川が流れる。 どちらも、川幅はさほど広くなく、『こんな川が氾濫するのか?』と言いたくなる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・氾濫を避けるため、水量が増えると水を一時的に蓄えておく調節池、3箇所ある内の一つ下池
 
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・・・・・・・・・・・・・国分川の西側では外環道工事中。 まもなく開通かな?
 
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⑥六所神社・・・・・・・・・市川市須和田のバス通りに面して鎮座する下総国総社。 古代、国司は各国内の全ての神社を一宮から順に巡拝していた。 これを効率化するため、各国の国府近くに国内の神を合祀した総社を設け、まとめて祭祀を行うようになった。 六所神社もそのうちの下総国の総社にあたる。 当時、国司の働き方改革の一つかも?、、、、祀られている祭神も、ズラリ、大己貴尊、伊弉諾尊、素盞嗚尊、大宮売尊、布留之御魂、彦火瓊々杵尊。
 
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・・・・・・・・・・・・・・神社の近くには、“街道の蕎麦屋”という感じの素晴らしい雰囲気の店:田中屋がある。 まだ店は開いていなかった、昼には暖簾が下がるようだ。
 
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⑦国府台女子学院・・・・・・・・・・・・真間川を越え、市川真間駅近くに、大きくモダンな校舎で、浄土真宗本願寺派に基づく仏教の教えを重視した小中高一貫女子校:「国府台女子学院」がある。、、、、、仏教系の学校だが、コースは普通科と英語科である。 尼さん養成学科などは無いのjで、お間違いなきように!
 
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市川真間駅 ・・・・・・・・・・・大正3年(1914)8月30日に開業。 島式ホーム2面4線の地上駅で、橋上駅舎を有している。、、、、JR市川駅からは400m程北側にある。 今日はチョイト疲れたので、ここから我が家のある浅草橋まで帰ることにする。 京成線は都営浅草線に乗り入れており、運が良ければ、浅草橋まで乗り換えなしの一本で帰ることができるのだが、今日はツイてない、青戸乗換だった!
 
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