埼玉県

2019年5月 2日 (木)

令和初の散歩は・・・

なにをやっても「令和初の・・」が頭につく、めでたい2日目。 いまにも降ってきそうな空模様の朝、「令和初の雅万歩・・・・ 今日はどこに行くの?」妻の問いに、「電車に乗ってから降りる駅を決めるよ!」と応えて家を出る。、、、、令和初の雅万歩は、川口駅から錫杖寺に寄って、赤羽駅までの1万2千歩となった。(川口は、特に“令和”とは関係なし)



●令和初の宿場は ・・・・・京浜東北線川口駅東口に出る。 駅前のペデストリアンデッキで、どちらに向かうかキョロキョロ、上から眺め「川口本町大通り」を歩くことにした。、、、、「本町」は、かつて川口宿が所在した地で川口の中心街であった。 今は、駅周辺に大きなマンションが並ぶ町だが、過去には発砲事件があったそうだ。 歩いてみると、東南アジア系の飲食・エステ・マッサージの看板が目に入ってくる。

1905020816280

1905020821340

1905020824370



●令和初の町歩きは ・・・・・・本町とその周辺に残るレトロな建物。

・・・・・・・・・・・・・・W邸、、、、昭和初期頃の建物か? 

1905020838360

・・・・・・・・・・・・・・某宗教団体の教会だったが今は使われていないようだ。 昭和の建物。

1905020841220

・・・・・・・・・・・・・・芝貞鋳工所、、、、こちらも古そうだ!

1905020843510

・・・・・・・・・・・・・・バーバーオバタ、、、、元は4軒程の長屋だった。 以前は隣りにも似たような長屋の建物があった。

1905020847120

・・・・・・・・・・・・・・銅板建築の福田屋洋品店旧江嶋屋履物店(右)、、、、昭和11年(1936)頃の建物、、、、店の前の本町大通りの植え込みの中に「川口町道路元標」が残っている。

1905020909520

1905020906320

・・・・・・・・・・・・・・錫杖寺山門前の本町二丁目会館、、、、町内会の会館にしては立派な木造建物、昭和15年(1940)築。、、、、会館の横に、明治39年(1906)に日露戦争出征兵士の凱旋を祝し、旧川口町の町長以下町民たちによって架設された凱旋橋の跡がある。 現在は、欄干しか残されていないが、石造アーチ型橋の遺跡。

1905020912360

1905020913230



●令和初の神社は ・・・・・・川口市金山町に鎮座する川口神社。 川口神社は、平安時代の天慶年間(940年頃)、武蔵一の宮大宮の氷川神社より分祀勧請し、「氷川社」と称していた。 川口町の鎮守社で、明治6年(1873)に村社に列格、明治27年天神社を合祀、明治42年に、旧川口町内に鎮座していた天神社、稲荷社(三宇)、金山社を合祀、川口神社と改称した。、、、、都会の神社としては広く緑の多い境内に、多くの祭神が祀られている。、、、、何でも叶えてくれそうな、オールマイティの神社だ!

1905020859510

1905020857330

1905020849400

1905020848080



●令和初の寺院は ・・・・・本町2丁目にある、真言宗智山派寺院の錫杖寺(しゃくじょうじ)は、宝珠山光照院と号す。 錫杖寺は、養老元年(717)に行基が本堂を建立、自ら地蔵菩薩を刻み本尊とし開基したと云われている。 後、鎌倉長楽寺を開創した願行上人が再興、寛正元年(1460)には、室町幕府八代将軍足利義政により七堂伽藍が整備された。 江戸時代には、徳川家光より寺領20石の御朱印状を拝領、醍醐三宝院直末関東七ヶ寺の一つ、十一談林所の一つとして末寺53ヶ寺を擁していた。、、、、現本堂は、堂々とした鉄筋コンクリート造でチョイト味気ない。

1905020915170

1905020924040

1905020927270



●令和初の橋は ・・・・・北区岩淵町と川口市舟戸町との間に架かる新荒川大橋。 国道122号(北本通り)を通す。 初代の橋は昭和3年(1928)に開通した。 現在の橋は昭和41年(1966)に開通した2代目で、構造は桁橋で橋長は673.957m、幅員は7.25m。 昭和45年(1970)に平行して新橋を架設し(橋長792m、幅員7.25m)、旧橋を下り線に使用している。 橋は荒川と新河岸川(隅田川の上流)に架かる。、、、、大きな橋は、トラック、バスが横を通ると、かなり揺れるが、この揺れを感じると私の足はすくむのだ。 学生・社会人として、建築・土木に携わってきた私は、理屈では壊れないことを知っているが、高層と揺れには弱く、怖い! 今日は祝日だからか、交通量は少なく橋の揺れも感じることなく渡ることができた。 令和初の恐怖を体験せず、ホットしたね!

1905020944590

1905020946330

1905020950171_stitch

1905020956520



●令和初の壁画は ・・・・・・国道122号(北本通り)が国道311号(環八通り)にぶつかる赤羽交差点の角に、週刊新潮でお馴染みであった谷内六郎の壁画がある。 この壁画のある建物は元「金竜堂書店」という書店であった。 50年ほど前のある日、青山付近を歩いていた書店の御主人が青山の「山陽堂」ビルの壁画(この壁画も谷内六郎の絵)を見て「素晴らしい!ウチの店にも欲しい」と早速新潮社に依頼したものらしい。、、、、この壁画は「砂山」というタイトルで、「週刊新潮」昭和31年5月29日号の表紙絵を元に作成されたもの。 海の絵であるが、ゴク自然に赤羽の町に溶け込み、違和感なく見てしまう絵だ。

1905021005040

1905021006290



●「令和初」に慣れた! ・・・・・赤羽駅で我が家に“令和初の手みやげ(饅頭)”を買って帰る。(自分が食べたかっただけだけ!)

1905021023170

1905021033110

2019年4月18日 (木)

草加八潮

散歩日和の空の下、家を出たが行く先のあてはなし、とりあえず敬老パスで乗れる都営浅草線の浅草橋駅ホーム立つと、ちょうど北総線印旛日本医大行が来た。 迷わず乗って、車中で何処で降りようか迷う。 押上駅に到着、時間調整で電車が停まっている間に、気分が変わり東武伊勢崎線に乗りかえることにした。 伊勢崎線の南栗橋行急行に乗る、停車駅は曳舟・北千住・西新井・草加・越谷とつづく。 またまた、『どこで降りようか?』、行くへ定まらず。 我が家を出てから30分を超えたので、迷いながら草加で降りた。 駅前で地図を見て、近そうなつくばエキスプレス八潮駅まで歩くことにした。 1万2千歩の散歩です。




●せんべいの町、ソゥカ~ ・・・・・明治32年(1899)に開業した古参の駅。 浅草橋の我が家から約40分で草加駅前に立つことができる、意外と近い埼玉県である。、、、、、駅前(東口)には、マルイとイトーヨーカドーが空中廊下で結ばれ店を構えている。 駅前のシンボルか?、、、、、草加と云えば「草加せんべい」。 その草加には、「ミス草加せんべい」がいるそうだ。 2名の若い女性で、写真を拝見すると可愛い! また、草加せんべいの歌もある。 あの「チェリッシュ」が歌う「まるい しあわせ」という歌で、♪♪ まるく まる まる まる ♪♪のフレーズが繰り返し流れてくる楽しい歌。

1904180814230

1904180819260

1904180821280

1904180823030

1904180822400



●松原智恵子をおもいだした ・・・・・・・・・・草加駅前から東にのびるメイン道路があるが、その南側に並行する旧道がある。 道端の道標、子育地蔵尊、大師像が迎えてくれる。 チョイト、松原智恵子が歌を歌いながら橋を渡って来るような、昭和40年代の日活青春映画のワンシーンに出てきそうなコンクリート製欄干を懐かしく感じる手代橋(てしろばし)。 綾瀬川に架かる。

1904180841560

1904180843020

180404085313036

1904180845310

1904180847150



●かまどの匂い、いいね! ・・・・・・・綾瀬川を越えると八潮市。 川からチョイト裏道に入ると、以前来たことのある「八潮市立資料館」がある。 どこにもある郷土の歴史を語る資料館で、立派な建物だ。 今日もチョイト拝見!、、、、、無料は安い、感無量!

1904180858170

1904180918470

1904180919390

・・・・・・・・・・・・・・・資料館の敷地内に移設された「旧藤波家住宅」も拝見。 藤波家は埼玉郡八條領後谷村の開発名主であった。 その主屋は明治9年(1876)の建築で、当時としては珍しい瓦葺き屋根の民家である。、、、、、建物を保存するため、今でも“かまど”で火を起こしているそうだ。 懐かしい、藁や薪を燃やし燻した匂いがする! 餅でも焼いてご馳走してくれると、なお嬉しいのだが!
1904180901360

1904180904110

1904180917100

1904180903000

1904180907050

1904180909420



●駅に向かってスタコラサッサ! ・・・・・・・・・・・・・・・・・つくばエキスプレス八潮駅に向かい、ひたすら歩く!

・・・・・・・・・・・・・・・空の青、草木の緑、鮮やかな彩り。

1904180930160

1904180932130

・・・・・・・・・・・・・・・羽生市の利根川から始まり、埼玉県を久喜・春日部・草加・八潮と縦断し、東京都亀有へ流れる葛西用水。 江戸時代に開削された25kmの用水路である。

1904180946200

1904180951450

・・・・・・・・・・・・・・・葛西用水沿いにある八幡図書館(八潮市中央3)の敷地に「八幡村道路元標」がある。 この地(旧南埼玉郡八幡村)は、上馬場村、中馬場村、大原村、大曽根村、浮塚村、西袋村、柳之宮村、南後谷村の8村が合併して、明治22年(1889)に誕生した旧八幡村役場の跡地だった。 道路元標は、大正8年(1919)に公布された道路法施行令にて、市町村単位での道路の起点・終点および町村の位置を示す指標として、道路元標の設置が義務付けられていた。(現在は、道路元標の設置・保守義務はない) 

1904180952480

・・・・・・・・・・・・・・・八幡図書館の東隣にある中馬場諏訪神社。 創建年代不詳だが、延徳3年(1491)に当地の鎮守として祀られた。 さらに、古くから安産守護の神として信仰されたそうだ。 明治時代までは、境内の一角に「屋形」と呼ばれる小屋があり、ここで妊婦が出産していたといわれている。 お産婆さんの時代の話かな、今の人には嫌がられそうなお産だね! 

1904180953470

1904180954320

・・・・・・・・・・・・・・・無事、八潮駅到着!

1904181008310

2019年4月 4日 (木)

男二人が守る閘門橋

つくばエキスプレス八潮駅で下車し、潮止橋で中川を越え、チョッピリ三郷市戸ヶ崎に入り、大場川の閘門橋を渡り葛飾区水元地区に入る。 旧水元小学校校舎の近くからバスで金町駅へ出て帰る。 1万2千歩の散歩です。




●どこにある市? ・・・・・足立区の北隣の埼玉県八潮市。 「八潮市と言えば・・・・・?」と問われ、考え込んでも、名所、名物、産業、どれもこれもサッパリ思い浮かばない、存在感のない“市”である。 その町を走る唯一の鉄道はつくばエキスプレス、そして唯一の駅が八潮駅。、、、、、平成17年(2005)8月24日に開業した、島式ホーム2面4線を有する高架駅。、、、、、ちなみに市名は、昭和31年(1956)の大合併で誕生した。 “八潮市”=“八条村”+“八幡村”+“潮止村”。

1904040754460
1904040755550
1904040800560
1904040802580




●自転車が怖い県道! ・・・・・・・中川に架かり、八潮市と三郷市を結ぶ県道が通る潮止橋(しおどめはし)。 橋名は上流にかつて潮止村があったことによる。 東京湾の潮はここで打止め!ゆえに、潮止と云ったそうだ。 、、、、、橋上の県道は交通量が多く、トラック、バスなど大型自動車が引切り無しに通る。 よそ見して歩くと、自転車に轢かれそうだ!

1904040823040

1904040827390

1904040821270




●社務所もない! ・・・・・・・潮止橋を渡ると、櫛稲田姫命、須佐之男命を祭神とする大瀬氷川神社がある。 創建年代は不詳。 大瀬は猿俣(葛飾区水元)・戸ケ崎などとの水運拠点として古くから栄えたそうだ、神社は大瀬の鎮守社として祀られていた。 明治42年(1909)に浅間神社を合祀、中川河川改修のため大正9年(1920)現在地へ遷座した。、、、、、広い境内だが、社殿、鳥居、石碑の他は何もなく、実に殺風景である。 駐車場にしている様子もないね。

1904040834580

1904040830340



●いつの間にか三郷市だ! ・・・・・・・・・大瀬氷川神社から200m程歩くと三郷市である。 八潮・三郷の両市の境界らしきものは案内標識以外にはなく、なんとなく八潮市から三郷市に入ったという感じ。、、、、、境界の三郷市側にある郵便ポスト、なんと戦前の丸型ポストで現在も使われているようだ。 このポストに投函すると、良い知らせが戻ってくるような気がするね。

1904040840270

1904040841220

・・・・・・・・・・・・・・・三郷市戸ヶ崎の吹上天神社は、建武2年(1335)夏の暴風で吹き上げられた梅の老木と白蛇のお告げから、当地を吹上と名付け、天神を祀ったと言われている。 明治43年(1910)戸ケ崎香取神社に合祀されたが、昭和32年(1957)還座した。、、、、、大きくはない地元の神社。

1904040857240



●面白い名の用水路 ・・・・・・・三郷市戸ヶ崎から南下すると、大場川(葛飾区水元公園)の手前で、二郷半領用水逃樋(にごうはんりょうようすい にげひ)と二郷半領用不動堀樋(にごうはんりょうふどうぼりひ)がある。、、、、、二郷半領用水とは、埼玉県南東部から吉川市を抜けて、三郷市戸ヶ崎で大場川に合流する、延長16.7kmのチョイト汚い用水路である。(二郷半領は地名。面白い!)

1904040912350

・・・・・・・・・・・・・・・二郷半領用水逃樋、、、、、この樋管は明治43年(1910)の大洪水で大破した木製樋管を、煉瓦造りで復旧したもの。 逃樋の建設工事は、明治45年(1912)1月12日に起工し、同年3月31日に竣工した。 県の直轄工事であったが、担当は北葛飾郡技手の金子峯吉。 建設費は7,818円。 樋管長は19.1m。 現在、上部には県道が通っているが、煉瓦部分はひび割れもなく綺麗な状態である。

1904040909430


・・・・・・・・・・・・・・・二郷半領不動堀樋は、逆流防止用として造られた樋管である。 こちらも、県直轄工事だが、逃樋と同じ金子峯吉が担当し、建設費約11,014円で、大正3年(1914)4月1日に着工し、同年5月30日に竣工している。 樋管の長さ22.4m。

1904040914520



●像の二人はカッコいいね! ・・・・・・二郷半領不動堀樋の南側50m程に、大場川に架かる閘門橋(こうもんばし、葛飾区西水元)がある。 この橋は、明治43年(1910)に完成した、煉瓦造りのアーチ橋(上流側:4連、下流側:6連)である。 長さ30m、高さ5.5mで、上流側と下流側ではアーチの連数が異なる珍しい形式の煉瓦水門。 下流側の中央アーチ部には、堰板を落とし込む二人の男のブロンズ像が設置されている。 都内唯一の煉瓦アーチ橋で、平成25年(2013)の土木学会推奨土木遺産に選定された。

1904040916240

1904040918100

1904040921210

1904040919210

1904040922370

1904040927140



●最古の木造校舎  ・・・・・・・閘門橋から水元公園と離れ、金町方向にバス道路を歩き水元小学校に着いた。 ここには、大正14年(1925)に建てられた水元尋常小学校の建物が保存されている。 昭和57年(1982)まで同校の校舎として使用されが、現在は使用していない。 都内に残る貴重な23区最古の木造校舎校。、、、、、大事に保存して欲しいね!

1904040953301_stitch

1904040950320



●お帰りです ・・・・・・チョイト疲れたので、「水元四丁目」からバスで金町駅に向かうことにした。、、、、、今日の散歩はココまで!

1904041007130

2019年3月25日 (月)

用水沿いに鳩ヶ谷を歩く

川口市鳩ヶ谷に昭和初期の医院建築が残っていると聞き、今日の散歩は埼玉高速鉄道の鳩ヶ谷駅からスタートし、日暮里舎人ライナーの見沼代親水公園駅まで。 1万2千歩。



●かつては“市” いまは“町” ・・・・・・・・・平成13年(2001)3月28日に開業した埼玉高速鉄道の鳩ヶ谷駅は、川口市のほぼ中央、岩槻街道(国道122号)の地下に建設された島式ホーム1面2線の地下駅である。、、、、、かつて日本で2番目に小さな“市”として、鳩ヶ谷市は存在していた。 この頃は鳩ヶ谷市を囲む、周囲9割が川口市で、1割が足立区であった。 平成23年(2011)に川口市と合併し、呑込まれた! 今は川口市の“町”となった。

1903250806491

1903250804090

1903250816330

1903250821010



●なんでも叶ぞ!
・・・・・・・・鳩ヶ谷駅の北東300m程に、参道に朱塗りの鳥居が迎える鳩ヶ谷氷川神社はある。 鳩ヶ谷氷川神社は、鳩ヶ谷宿・辻村・里村の鎮守で、応永元年(1394)に造営され、天文14年(1545)と天正13年(1585)に修復が行われたといいます。明治6年に村社に列格、明治40年以降大字浦寺字落合の村社箱崎社・大字辻字稲荷の村社稲荷社・大字里字屋敷添の村社日枝社・村社浅間神社など近隣の18社を合祀した。 社殿の周りには境内社の社が取り囲み、主要な神様が揃っている! なんでも祈願すれば、なんでも成就する、“総合神社”である。

1903250826340

1903250828330

1903250831490

1903250835270

 


●ステキな医院だ! ・・・・・・・・氷川神社のそばを日光に向かって伸びる日光御成街道沿いに旧船津眼科医院の木造の建物がある。 今日、私がぜひ見たく散歩にやってきた建物だ。、、、、、大正年間の竣工と云う話もあるそうだが、昭和7年(1932)の竣工とおもわれる。 設計は旧草加小学校西校舎を手掛けた大川勇。 2階のアーチ窓の周りは鉄板のようなもので覆われているが、元はグレーに近いスクラッチ・タイルを貼っていた。 スパニッシュ風の面格子、優美なデザインの金属製装飾品など、細かい部分も手のこんだ造りである。、、、、、眼科医院の営業はしていないが、住居としては使用されているようだ。 こんな家に住んでみたいね!

1903250841180

1903250840140

1903250845200

1903250842470

1903250842250

1903250842030


●鳩ケ谷を流れる用水!
・・・・・・・・臭くはないが、投棄したゴミが目立つ見沼代用水。

・・・・・・・・・・・・・・・江戸時代中期享保13年(1728)に完成した農業用水「見沼代用水」の上をとおる日光御成街道。 そこに架かる橋が吹上橋である。 その脇に昭和初期の吹上橋付近で遊ぶ子供の写真があった。 同じ場所、同じ川(用水路)とは思えない!

1903250851440

1903250849360

1903250850480
 
・・・・・・・・・・・・・・・川口市赤井で見沼代用水と直交する毛長川。 十文字に川が交差するので、見沼代用水は、“伏せ越し”(逆サイフォン)にて、毛長川の下をくぐって流れる。、、、、、最初の写真は毛長川。写真左から見沼代用水が流れてくる。  2枚目は毛長川の下をくぐって出てきた見沼代用水。
 
1903250916060

1903250917280
 
・・・・・・・・・・・・・・・見沼代用水川岸の桜は、満開まであと一週間!

1903250930050



●寺と隣り合う、文化放送~文化放送~JOQR ・・・・・・・・見沼代用水沿いに歩いて川口市赤井3丁目に入ると、綺麗な芝に覆われた小高い丘があり山頂の中央にアンテナが立つ文化放送の送信所がある。、、、、、最近はラジオを聞く機会が少なくなり、どんな内容の放送があるのか知ることも無くなった。 「文化放送」と言われると、50余年前の受験時代を思い出す。 あの頃は、旺文社提供「百万人の英語」、「大学受験ラジオ講座」などを聞いて(聞いたふりして)深夜に突入、深夜は他局の音楽番組、明け方になるとどこぞの教会による“聖書の時間”のようなものが放送されていた。 その合間に、「文化放送~文化放送~JOQR」の言葉が流れた、懐かしいね!、、、、、丘の上には桜の木がかなりの本数あり、今月末に地元の“桜まつり”の会場となるそうだ!

1903250952460

1903250955260


・・・・・・・・・・・・・・文化放送の丘の一部を共有するように、曹洞宗の永平寺末の寺院、円通寺がある。、、、、、山門、本堂、鐘楼とも質素な造りであるが、癒される境内だ!
 
1903250936110

1903250939510

1903250947090


●都内に入る! ・・・・・・・・・・この後は足立区に入り、見沼代親水公園駅から日暮里舎人ライナーで帰宅。

2019年2月13日 (水)

都県境の町、谷塚

最強寒波が寒さを置き忘れて行ったのか、今日も寒い! 薄曇りの谷塚駅(東武伊勢崎線)で下車し、埼玉県と東京都の境付近を歩き、舎人駅(日暮里舎人ライナー)までの散歩です。 1万1千歩。
 
 
 
●都心に近い寂しい駅 ・・・・・・・・谷塚駅は東京都の北端にある竹ノ塚駅の北隣りにある。 埼玉県草加足市の南端にある。 大正14年(1925)10月1日に開業。、、、、現在は島式ホーム1面2線の高架駅で、緩行線のみ停車。、、、、東口は駅前ロータリーがあり、タクシーも停まる構え、西口は裏口という雰囲気で寂しい。、、、、一日の乗降客は約3万8千人で、両隣の竹ノ塚駅、草加駅の半数程である。 東京に隣接する、ベッドタウンの駅としては、チョイト悲しいね!
 
1902130819390
 
1902130820000
 
1902130823530
 
1902130829410
 
1902130832090_2
 
 
 
●地元未着型寺院 ・・・・・・・・谷塚駅から南西に500m程歩くと、真言宗豊山派寺院の寶持院がある。 寶持院は、寺の本尊背面の銘から推定すると、江戸時代中期には創建していたそうだ。 創建以来、谷塚地区の人々の菩提寺として、宝灯を守っている。、、、、現在の本堂は、平成4年(1992)に建設された。 また、山門の右手には不動堂、左手には御堂がある。、、、、明治6年(1873)には、谷塚小学校が旧本堂を仮校舎として開校したそうだ。
 
1902130843520
 
1902130847000
 
1902130849020
 
1902130847540
 
 
 
●渋々、歩道橋を渡る ・・・・・・・・・・・・草加バイパス(国道4号、日光街道)を越える。、、、、交差点まで行って横断するのが面倒なので、車が少なくなったら、スチャラカチャンと適当に横断しようと思ったら、道路中央に壁が立ち、無鉄砲な横断ができない。 さすがに国道だ! 渋々、歩道橋を見つけ横断する。 『コンチクショウ! 人に優しくない国道だ!』
 
1902130858330
 
1902130857210
 
 
 
●こんな処に、江戸時代の墓石 ・・・・・・・・・・アレ、町会の掲示板の下に墓石が!、、、、墓石が勝手に徘徊したのか? 男女の墓石は、駆け落ちか? いずれにしても、仏さんは成仏したかな? 『南無阿弥陀仏』
 
1902130900550
 
1902130901210
 
 
 
●あちらこちらに畑が残る ・・・・・・・・・谷塚の町を歩き、都県境の毛長川に向かう。
 
・・・・・・・・・・・・・あちらにも、こちらにも、畑が残っている。 いずれ、住宅地に変わるかも?
 
1902130903231_stitch
 
1902130904130
 
1902130925180
 
・・・・・・・・・・・・・バス通りも、交通量は少ないようだ。、、、、バスと言っても、コミュニティバスだけど。
 
1902130915500
 
・・・・・・・・・・・・・谷塚上町には神明神社があった。 谷塚村に古くから鎮座していた鎮守社らしい。
 
1902130921100
 
・・・・・・・・・・・・・・こちらは、畑の中にあった。 個人のお宅の屋敷社。
 
1902130928260
 
 
 
●近い! 草加市と足立区 ・・・・・・・・・・・・・・・毛長川(けながかわ)は、川口市の方から流れ下り、埼玉県草加市と東京都足立区の境は、ほぼこの川が境となっている。 かつては生活排水などで汚れた川であったが、流域の下水道の普及などにより改善した。 現在では、魚類の生息が確認されているそうだ。、、、、、こちらは草加市、対岸は東京都。 東京都と埼玉県の近さを感じる川だ!、、、、、、毛長橋を渡り足立区古千谷本町(こぢやほんちょう)に入る。
 
1902130936270
 
1902130940100
 
 
 
●来年はオリンピック音頭で! ・・・・・・・・・・古千谷本町2丁目に、氷川神社がある。 神社の創建年代は不詳だが、古千谷村が出来た頃の創建で、古千谷村の鎮守社であったらしい。、、、、盆踊りに最適な広い境内に、ポッリと社殿が建っている。
 
1902130959590_2
 
1902130959230
 
 
 
●着いた! ・・・・・・・・・・日暮里舎人ライナーの舎人駅。 今日はここから帰宅。
 
1902131011170

2019年1月25日 (金)

埼玉県足立区を散歩

チョイ寒だが、空は青空いい天気、雅万歩の頭はノー天気、赤羽に行くつもりで電車に乗ったが、日暮里で日暮里・舎人ライナーに乗りたくなり急遽下車。 ライナーに乗ってから、『さて何処で降りようか?』 何の目的もなく、終点の一駅手前「舎人」で下車。 気ままに西方に歩き、埼玉高速鉄道「川口元郷」まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
●今日は終点の手前で下車・・・・・・・・・・・なにはともあれ、日暮里・舎人ライナーに乗ろう!
 
・・・・・・・・・・・・・まずは、で先頭車両の一番前に座る。 早速、カメラをかまえ、『発車オーライ』。、、、、次の西日暮里で乗客が増え、私の隣りに若いマスク美人が座る。 『いい歳して、電車の先頭でハシャグ爺』と、思われるのが恥ずかしく、カメラをそ~っと隠す。
 
1901250752060
 
1901250755100
 
・・・・・・・・・・・・・・西新井大師西駅で隣のマスク美人が下車し、車内も空いてきたので、カメラを取り出し窓にはり付く。
 
1901250806120
 
1901250811200
 
1901250812120
 
・・・・・・・・・・・・・・ライナーに乗ると、つい終点まで行ってしまうので、今日は一つ手前の舎人(とねり)駅で下車することにした。 「舎人駅」は、尾久橋通りの頭上にある日暮里・舎人ライナーの駅である。 平成20年(2008)3月30日、日暮里~見沼代親水公園間の開業と同時にできた、島式ホーム1面2線の駅。 
 
1901250814030
 
1901250817580
 
1901250821480
 
 
 
●埼玉生まれ東京育ちの舎人!・・・・・・・・・・・・舎人駅の西側に、足立区立舎人小学校がある。 明治初期に開校し、今年は創立から126年になる歴史ある学校。 その校門の脇に「舎人村役場跡」の碑があった。、、、、「舎人」の名の由来は定かでなく、今だ定説もない。 舎人村は明治8年(1875)に埼玉県から東京府に移管された。 昭和7年(1932)からは舎人町となった。
 
1901250828020
 
1901250829330_2
 
 
 
●へーー、塀がない!・・・・・・・・・・・舎人の町の西隣に入谷の町がある。 1丁目から9丁目まである広い町だ。、、、、入谷2丁目に、浄土宗の五台山太子院源證寺(げんしょうじ)がある。 天文元年(1532)に創建された古刹である。 本堂は文久3年(1863)に再建し、昭和47年(1972)に銅板葺入母屋造りに改築した。 太子堂は、江戸中期の古建築で、開山上人所持の聖徳太子像を祀り、近隣の信仰をあつめ、古来、正月・5月・9月の22日に太子講が盛大に行われてきた。小堂であるが、江戸時代の建築様式のなごりをとどめる貴重な建造物である。 また、江戸時代中期、正徳2年(1712)在銘の梵鐘もある。、、、、只今、境内では、太子堂・納骨堂など改修中。 ぐるり塀のない、どこからでも入れる境内、貴重な仏さまを盗まれないように、南無阿弥陀仏。
 
1901250843240
 
1901250849280
 
1901250844020
 
1901250851570
 
 
 
●埼玉県足立区?・・・・・・・・・・・この辺り、“舎人村大字入谷”の雰囲気が残っているのか、アチラコチラに畑が点在する。、、、、小さな畑でも、町の中にあると癒しの効果があるね!
 
1901250840000
 
1901250859350
 
1901250901290
 
 
 
●都県境は橋を渡り10m程・・・・・・・・・・・・鳩ヶ谷街道と頭上の首都高速川口線を横切り、芝川に架かる南平大橋(なんぺいおおはし)を渡る。、、、、この付近では、芝川が東京都足立区と埼玉県川口市の境かと思いきや、ナント両側とも東京であったり、埼玉県であったり。 つまり、地図を見ると一目瞭然なのだが、都県境が川の中央に無く、微妙にずれている。 ここ南平大橋では、橋の両端とも、足立区入谷7丁目・8丁目。 橋を渡り西詰を10m程歩くと川口市である。
 
1901250913040
 
1901250921140
 
1901250919050
 
 
 
●走る凶器、怖い!・・・・・・・・・川口市に入ると、どうやら物流の動脈を歩いているようだ。 私の横を、前を、大型トラックが引切り無しに通り過ぎる。 怖い! 裏道に入ろう!
 
1901250925150
 
1901250926460
 
1901250929480
 
 
 
●高所恐怖症は住めない・・・・・・・・・・裏通りを、川口元郷駅に向かい歩く。、、、、塗装、土建、金属加工などの業種が目立つ町、、、、、古びたアパートも健在の町、、、、、母子が遊ぶ公園、、、、タワーマンションは、地上185m、55階建ての「エルザタワー55」(平成10年竣工、650戸)
 
1901250940050
 
1901250942560
 
1901250952370
 
1901250949560
 
1901251002400
 
1901251008340_2
 
 
 
●まだ、新しさの残る駅・・・・・・・川口元郷駅 (かわぐちもとごうえき)は、平成13年(2001)3月28日に開業した埼玉高速鉄道線の駅。 島式1面2線の地下駅。
 
1901251014170
 
1901251017060
 
1901251018040_2
 

2018年11月30日 (金)

味噌屋の田中さんの家

川口の田中徳兵衛さん、知る人は少ないと思う。 私も会ったことはないが、川口で味噌の醸造と材木商を営み、立派な洋館の住宅を残した人である。 今日は、その旧田中家住宅を見に行ってきた。 JR川口駅から、市役所、薬林寺、旧田中家住宅を巡り、埼玉高速鉄道川口元郷駅まで、8千歩の散歩です。
 
 
 
●新宿に直に行けない!・・・・・・・・JR京浜東北線の川口駅は、明治43年(1910)9月10日に川口町(かわぐちまち)駅として開業。 昭和9年(1934)に川口駅に改称した。 島式ホーム1面2線の地上駅。 橋上駅舎を有し、コンコースと自由通路がある。、、、、、駅の乗車人員は、埼玉県内では大宮(一日約25.5万人)、浦和(約9.2万人)に次いで3位の約8.4万人である。(ちなみに、東北の表玄関:仙台は約8.6万人) あゝそれなのに、特急はもとより、宇都宮線、高崎線も通過する、京浜東北線しか停まらない! さらに、新宿・渋谷に直に行けない! 
 
1811300759400
 
1811300805410
 
1811300808340
 
 
 
●オリンピックに間に合う!・・・・・・・・・・・川口駅から北東に約1Km、昭和34年(1959)に完成した川口市庁舎(鉄筋コンクリート造、地上5階、地下1階)がある。 築後約60年が経過し、現在、老朽化、狭隘化、耐震性能不足など、諸問題を抱えているそうだ。、、、、、建物の中に入ってみたが、よく手入れして丁寧に使われているようで、“古い、汚い、手狭”といった感じはなかった。
 
1811300834420
 
1811300843350
 
1811300838010
 
・・・・・・・・・・・・・庁舎の諸問題を解決すべく、現庁舎の斜向かいに、新庁舎(1期工事分)を建設中。 1期工事が完成すると、現庁舎を取り壊し新庁舎の2期工事を始めるそうだ。、、、、1期工事の概要は、施設面積:5,574.29㎡、規模:地下1階:地上9階、高さ:37.52m、工期:平成30年1月~平成32年3月、設計は日建設計、施工は地元業者のJV
 
1811300835220_2
 
 
 
●用水路のような川・・・・・・・・・・・・川口市庁舎から東に向かい青木橋芝川(しばかわ)を越える。、、、、芝川は桶川・上尾を水源とし、大宮・川口を流れ荒川に合流する荒川の支流である。 昔は江戸と見沼田圃を結ぶ通船路でもあった。、、、、物流の大動脈だったかも?
 
1811300858590
 
1811300858390_2
 
 
 
●持病、治して!・・・・・・・・・・・・・青木橋を渡ると、真言宗智山派寺院の瑠璃山薬林寺がある。 薬林寺の開基は室町時代、開山は錫杖寺を中興した宥淳和尚で、寛正元年(1460)とされている。 薬林寺はその昔、樋の爪村(現:川口市朝日)の芝川のほとりに大伽藍を配し建てられていた。 しかし天正年間(1573~1591)北条氏との戦いに敗れた岩槻太田の落人が、樋の爪村薬林寺へのがれて来た時、村民が集って堂を破壊してしまい、その後再建の時に現在地へ移転したと言われている。、、、、、無量寿阿弥陀如来を本尊とする寺である。 また、境内には川口三薬師の一つと言われている「岡の薬師」と称される薬師堂に薬師如来像が祀られている。、、、、、賽銭もはずみ、目の炎症、腰痛、虫歯、便秘、性欲減退、物忘れ、足のむくみ、などなど、私の持病が治るよう願掛けしてきた。 これ全部治ったら、賽銭箱に万札を入れてもいいね!
 
1811300910390
 
1811300910050
 
1811300907540
 
1811300909140
 
1811300913061
 
 
 
●建築費3億円?・・・・・・・・・・・薬林寺の南500m程、岩槻街道に面して旧田中家住宅がある。 今日の散歩の目的地だ。、、、、、田中家は江戸時代から続く麦麹味噌の醸造業と材木商を営み、家業が発展してきた。 また、田中家では家督を相続する者が「徳兵衛」を名乗り、現代に残る邸宅は、4代目徳兵衛(明治8年~昭和22年)が築いたそうだ。 4代目は、埼玉味噌醸造組合の組合長、村会議員、県議会議員、貴族院議員を歴任した。  5代目は戦後、川口市長として地域の発展に貢献した。、、、、住宅は大正10年(1921)に上棟し、大正12年(1923)に完成した煉瓦造の3階建て洋館と、昭和9年(1934)に増築された和館、さらに茶室、文庫蔵、煉瓦塀、池泉回遊式庭園などで構成されている。 建築費は、現在の金額で約3億円(推定)。、、、、、現在は川口市の所有で、国指定重要文化財。
 
・・・・・・・・・・・・・・洋館
 
1811301011151
 
1811301006320
 
1811300934120
 
1811301008160
 
1811301007090
 
1811300935230
 
1811300937560_2
 
1811300939500
 
1811300944260
 
・・・・・・・・・・・・・・和館、、、、、洋館と一体として繋がっている。
 
1811301000270
 
1811301005360
 
1811300952080
 
1811300952370
 
1811300953130
 
・・・・・・・・・・・・・庭園
 
1811300948520
 
1811300951160
 
1811301005130
 
・・・・・・・・・・・・・茶室、、、、、昭和48年(1973)に味噌蔵の建築材を活用して造った。 我が家より広い茶室で、ビックリ・シャックリ!
 
1811301005030
 
1811301003370
 
1811301003240
 
 
 
●埼玉高額鉄道!・・・・・・・・・・・平成13年(2001)3月28日に開業した、埼玉高速鉄道の川口元郷駅から帰る。、、、、荒川を挟み、川口元郷駅と隣の赤羽岩淵駅間の運賃は210円。 JRの川口駅と赤羽駅間の運賃は133円。 やっぱり、埼玉高額鉄道だ!
 
1811301017060
 
1811301021260

2018年11月26日 (月)

そうか!終点まで行ってしまた

日暮里・舎人ライナーに乗り西新井大師西駅で下車するつもりでいたが、先頭車両の一番前に乗ったため降りたくなくなり、とうとう終点の見沼代親水公園駅まで行ってしまった。 引返すのもイヤなので、見沼代親水公園駅から草加駅までの散歩となった。 1万2千歩。
 
 
 
●いい歳して!・・・・・・・・・・・電車の一番前に乗ると、70過ぎた爺さんでも運転手になった気分で『出発進行!』 恥ずかしさはすっ飛び、カメラ構えて先頭の窓ガラスにへばり付いたまま、終点まで乗ってしまった。、、、、、写真が青っぽく写っているのは電車の窓ガラスの色、私のせいじゃない。
 
1811260751240
 
1811260752170
 
1811260757400
 
1811260806340
 
1811260811050
 
 
 
●埼玉県まで伸びない都営交通・・・・・・・・見沼代親水公園駅は東京23区の最北端の駅で軌道はここまで、300m程先からは埼玉県となる。、、、、実現の見通しは低いが、この先鳩ヶ谷方面に延伸する噂はあるようだ。
 
1811260822270
 
1811260811510
 
1811260815190
 
1811260817330
 
・・・・・・・・・・・・・・中央の車の後輪のあたりが都県境である。 手前は東京都で、愛称「尾久橋通り」も東京都に入ってから始まるので、「ここから」です。 埼玉県側の愛称は「第二産業道路」という。
 
1811260828020
 
 
 
●読めない、書けない地名だ・・・・・・・・・・埼玉県川口市榛松(はえまつ)の町に入ると、榛松不動院がある。 真言宗智山派寺院の不動院は、三嶋山龍蔵寺と号す。 不動院の創建年代は不詳だが、400m程北にある榛松三嶋神社傍に創建され、後年現在地へ移転した。
 
1811260838580
 
・・・・・・・・・・・・・境内・門前に石塔・石仏が並んでいる。 江戸時代の馬頭観音、庚申塔もある。 
 
1811260839140
 
 
 
●榛松の町・・・・・・・・・榛松は川口市の東端に位置し、草加市とも接する。 全体的には住宅地のようだ、所々に建設関係の資材置き場もある。 ビニールハウスもあった!、、、、、古い商家、古い農家、古い寺社など、“古い”ものは見当たらない。 戦後、宅地開発で生まれた町かも?
 
1811260844290
 
1811260849140
 
1811260852320
 
1811260858190
 
 
 
●緑が欲しい寺・・・・・・・・・・・・榛松の隣り川口市新堀の町に入る。 オウ!山門に仁王さまがいる、デカそうな寺がある。 チョイト、寄って行こう。 慶長15年(1610)の開創といわれている、真言宗智山派の天命山正源寺である。、、、、、山門は平成21年(2009)の竣工。 本堂は平成7年(1995)、客殿は平成6年(1994)に建てられたそうだ。 すべてが新しい建物で、仁王像も木像ではなく塑像のようだ。 本堂前は広い墓地と駐車場がある。 しかし、緑の樹々が無い。 実に殺風景な寺であった。
 
1811260903430
 
1811260909130
 
 
 
●緑が溢れる寺・・・・・・・・・・草加市西町に入ると、真言宗智山派の真蔵院がある。 寺は長渓山興精寺と号す。 真蔵院の創建年代は不詳、当寺の本尊背面の銘には享保5年(1720)に完成したと標されているそうだ。 江戸時代中期には創建していたと推定される。、、、、、小さな本堂に、緑あふれる境内、田舎の寺を思い出させる素朴な風景を創り出している。 いいね!
 
1811260932520
 
1811260936170
 
1811260938420
 
1811260936360
 
1811260940040_2
 
 
 
●・・・・・・・・・・・・・・・日光街道(国道4号)の歩道橋を渡り、草加駅に向かう。 
 
1811260943040
 
 
 
●そうか!万の神を合祀したのか・・・・・・・・・・草加神社は、駅西側の草加市氷川町にある神社。 神社は、天正年間(1573~1592)に大宮氷川神社を勧請、氷川社と称して創建、南草加村の鎮守社であったと言われている。 明治6年村社に列格、明治42年に谷古宇稲荷神社、高砂八幡神社、宿篠葉神明神社など近隣の11社を合祀、草加神社と改称した。、、、、神社の本殿は天保(1830-1843)頃の造営と伝えている、拝殿は平成16年(2004)に整備された新しい建物である。 
 
1811261003240
 
・・・・・・・・・・・・・・参道脇の公園には、蒸気機関車:C56(シゴロク)形のSLが保存されている。 昭和12年(1937)に三菱造船で誕生し昭和44年(1969)まで約32年間旅客貨物用として活躍した列車。
 
1811260957230
 
 
 
●焼いて焼かれた 二人の仲は ザラメまぶして より甘く・・・・・・・・草加駅西口到着。 “胡麻せんべい”と“ざらめせんべい”を土産に買って帰る。
 
1811261016280
 
1811261020560
 
1811261024021

2018年10月10日 (水)

綾瀬川の11橋

秋晴れの下、埼玉県の草加宿付近から東京都の北端:足立区花畑まで、綾瀬川に架かる橋を見ながら歩いてきた。 1万2千歩。
 
 
 
・・・・・・・・・・・・・・綾瀬川は埼玉県桶川市に源を発し、蓮田市・さいたま市・越谷市などを流れ、草加市で古綾瀬川を合わせ、都県境の足立区花畑付近では伝右川と毛長川を合わせ、葛飾区上平井で中川に合流している。 埼玉県南部と東京都東部の底平地を流れる延長約48Kmの一級河川。
 
 
●立って通勤、座って通学・・・・・・・・・草加駅の開業は明治32年(1899)である。 現在は、両外側の通過線各1線が、島式ホーム2面4線を挟む全6線の高架駅である。、、、、通勤通学の時間帯、都心に向かうホームは人も多い。 到着する電車はいずれも満員、座って通勤は無理だね! 田舎方面に向かうホームは、大学生らしき若者が多い。 こちらは、座って・眠って・化粧して・スマホいじって楽々通学できるね。 
 
1810100757050
 
1810100756180
 
1810100807360
 
 
●スタコラ速足で抜ける・・・・・・・今日は宿場町「草加」を見学するつもりはなく、飲み屋・風俗店の並ぶ裏道、旧家が残る旧街道を、飛脚のごとく速足で抜け、草加宿の北端から、「草加松原遊歩道」に向かう。
 
1810100823050
 
 
●綾瀬川に沿って・・・・・・・・・・芭蕉の像が迎えてくれる札場河岸公園、ここから北に向かい綾瀬川に沿って草加松原遊歩道が1km以上整備されている。、、、、、私は、遊歩道の南端近くの谷古宇橋から左岸沿いに綾瀬川下流(東京方面)に向かい歩くことにした。
 
1810100829150
 
1810100830280
 
・・・・・・・・・・・・・・まずは、綾瀬川に架かる谷古宇橋(やこうばし)。 アーチ型の橋は、草加松原遊歩道にある歩道橋:矢立橋
 
1810100833270
 
・・・・・・・・・・・・少し下ると「埼玉県神明排水機場 」が対岸に見える。、、、、、昨年の夏に散歩した処だ!
 
1810100839200
 
・・・・・・・・・・・・・・・対岸の神明排水機場と、手前にある古綾瀬川排水機場を結ぶように架かる小さな橋:松江橋。 昭和54年(1979)の架橋、歩道橋であるが、自転車、バイクも通れるようだ。
 
1810100839480
 
1810100841340
 
・・・・・・・・・・・・・・松江橋の脇に「埼玉県古綾瀬川排水機場」がある。 古綾瀬川は、綾瀬川の支流で、草加市の北に隣接する越谷市を源とする川。 ここで、古綾瀬川は綾瀬川に合流する。
 
1810100845540
 
1810100844420_2
 
・・・・・・・・・・・・・車道専用のコンクリート橋とその両側に鋼製の歩道橋が増設された八条大橋。 “大橋”というほど大きくはないがコンクリート造の八条大橋は、チョイト古そうだ。 両側の歩道橋は昭和40年(1965)に完成した。 
 
1810100851310
 
1810100851030
 
・・・・・・・・・・・・・・草加駅から西へ1km程の処に手代新橋 (てしろしんばし)がある。 橋上には県道327号が通り、草加駅前と八潮・三郷を結んでいる。
 
1810100907580
 
1810100903150
 
・・・・・・・・・・・・・・手代新橋の下流に手代橋が架かっている。 昭和30年代の映画のワンシーンを連想させるようなコンクリート橋、いいね! 、、、、、、この橋から、右岸(下流に向かって右側)は草加市だが、左岸(左側)は八潮市となる。 つまり、綾瀬川が両市の境界である。
 
1810100904500
 
1810100907240
 
・・・・・・・・・・・・・・川の上に何やらトラス状の構造物が? 綾瀬川水管橋である、つまり水道管が川を越える専用橋である。
 
1810100919210
 
1810100921250
・・・・・・・・・・・・・・水管橋の南に、真言宗系の西福寺がある。 寺は善徳山と号す。 たびたびの火災にあい史料を焼失したため開創は定かでないが、嘉吉3年(1443)と言われてる。、、、、、火難・災難除けのお札を貼っておいたらいいかもね?
 
1810100933470
 
・・・・・・・・・・・・・・谷古宇橋から約2.5km下った地点、草加市手代町と八潮市柳之宮を結ぶ宮代橋がある。 この橋は昭和58年(1978)完成の歩道橋である。、、、、草加、八潮の両市とも財政難なのか、やたら歩道橋ばかり造っているようだ。 せめて乗用車ぐらいは通れる橋を造って欲しいね!
 
1810100939480
 
1810100940180
 
・・・・・・・・・・・・・・両岸とも八潮市西袋に位置する柳之宮橋は架け替える計画があるそうだが、どうも工事は遅れているようだ。 これも財政難かな???
 
1810100949330
 
1810100947550
 
1810100948510
 
・・・・・・・・・・・・・・八潮市西袋に架かる西袋橋。 これまた歩道橋なり!
 
1810100959120
 
1810100957360
 
・・・・・・・・・・・・・・西袋橋から100m程下流に架かる水管橋。 この橋の西詰(右岸側)は東京都足立区(花畑桑袋団地)、東詰(左岸側)は八潮市西袋である。
 
1810101000590
 
1810101001450_2
 
・・・・・・・・・・・・・私の前を歩く、校外学習の小学生。 『チョイト、速く歩けよ!』と、怒鳴りたくなったが堪えた! 『しっかり勉強しなよ!』と、声をかける。 これ以上、声をかけると先生に怪しまれるので、黙ることにした。、、、、、私も人間が出来てきたようだ。
 
1810101001480
 
・・・・・・・・・・・・・・本日の最後は、水管橋の下流に架かる足立区の桑袋大橋(くわぶくろおおはし)。 この橋を渡ると、最北端の都営住宅であろう都営花畑第四アパートである。
 
1810101003120
 
1810101004500
 
 
・・・・・・・・・・・・・・以上、草加から東京都に至るまで、水が綺麗になった綾瀬川に架かる11橋の御紹介。
 
 
●年寄りばかり・・・・・・・・桑袋大橋を渡り、都営花畑第四アパートからバスで谷塚駅に出て帰ることにした。、、、、バスを待つ人、バスに乗る人、みんな年寄りだ! この人も、あの人も、どの人も、みんな敬老パスで乗ってくる。 そう言う私も同じだ。 『ひょっとすると、このバスは世紀末のバスかな?』
 
1810101010380
 
1810101020290
 
1810101024170

2018年6月 8日 (金)

西川口~鳩ケ谷

赤羽で下車して散歩するつもりが、急遽、気が変わり西川口で降りてみた。 駅前でどの方角に歩くか思案すれども判らない、駅前の広い道を歩くことにした。 しばらくして、アレ?歩けども歩けども、見たことがある景色が続く。 歌を口ずさみ、♪♪ この道は いつか来た道 あゝ そうだよ アカシアの花が咲いてる ♪♪ (帰宅してから調べたら、2015/11/3にほぼ同じルートで歩いていた。) 失敗、新鮮味に欠ける散歩だった。、、、、、、JR京浜東北線の西川口駅から、埼玉高速鉄道の鳩ヶ谷駅まで、1万1千歩の散歩です。 
 
 
 
①西川口駅・・・・・・・・・・・昭和29年(1954)9月1日に開業した、島式ホーム1面2線の地上駅で、駅舎は橋上にある。 2階の自由通路を利用し、出入口は東西の2か所である。、、、、今日は東口に出た!
 
180608080735005
 
180608080955009
 
180608081322015
 
180608081527017
 
 
②合格通り・・・・・・・・・・西川口駅東口から北東にのびる商店街。 駅近くに「合格稲荷・合格の鐘」が設置されていることから、平成18年(2006)に合格通り商店会と命名したそうだ。、、、、、手を合わせて、合格した人は何人いるのか知りたいね? 結果によっては、「不合格通り」と名を変えた方がいいかも!
 
180608081615018
 
180608082741021
 
 
③新オートレース通り・・・・・・・・・・・合格通りが川口市並木の町から、産業道路と交差する付近で川口市青木の町に入ると「新オートレース通り」となる。、、、、、その名のとおり、川口オートレース場に向かう直線道路である。
 
180608084016024
 
180608091601051
 
・・・・・・・・・・・・・・川口オートレース場に到着。 今日はレースが無いのか、人がいない。
 
180608091634052
 
・・・・・・・・・・・・・・昨日、日本土木学会が南海トラフ地震などの巨大災害発生後の長期的な経済被害額を推計した報告書を公表した。 その額、20年間で最悪1410兆円也。、、、、チョイト実感がわかなかったが、電信柱にあったこの表示をみてビックリ。 なんと、西川口でも浸水が起きると電柱の赤い線まで水が溢れるそうだ。、、、、万が一浸水したら、市の予算不足になること必至、市長はオートレースで稼いでくれ!
 
180608084232025
 
180608084252026_3
 
 
④9600型蒸気機関車・・・・・・・・・・新オートレース通りから、チョイト北に入ると川口市青木町公園がある、ここに9687号蒸気機関車が保存されいている。、、、、、9600型は、国鉄の前身である鉄道院が大正2年(1913)から製造した、日本で初めての本格的な国産貨物列車牽引用のテンダー式蒸気機関車。 四国を除く日本全国で活躍し、国鉄において最後まで稼動した長命な蒸気機関車である。、、、、、ここにある9687号機が製造されたのは大正4年(1915)で当時の川崎造船である。 最初は高崎に配置されますが、戦時下、大阪へ、さらに北海道に渡り、廃車時は大宮である。、、、、製造から105年経過したが、手入れすれば動きそうだ!
 
180608085103034
 
180608085023032
 
180608084850030
 
180608084743028
 
 
⑤新芝川・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・・川口オートレース場の北側を流れる竪川が新芝川に合流する直前に二つの樋門がある。
 
180608091920056
 
180608092826064
 
・・・・・・・・・・・・・樋門から新芝川沿いに下流へ歩く。 中小の町工場の間を流れ下る。
 
180608092914065
 
180608093056067
 
180608093113068
 
180608093244071
 
180608093703075
 
・・・・・・・・・・・・・芝川橋を渡り南鳩ケ谷の町に入る。
 
180608094035077
 
 
⑥オヤ、田植え!・・・・・・・・・・・・・鳩ヶ谷駅に向かう途中、川口市辻で見た田植え。ご夫婦(?)で炎天下の田植え、間違いなく美味しいコメができるよ。、、、、野菜も作り、いいね!
 
180608095627091
 
180608095707092
 
180608095804093
 
 
⑦鳩ヶ谷歩道橋・・・・・・・・・・・国道122号線(岩槻街道)と県道34号線が交差する処に、鳩ヶ谷歩道橋がある。 この歩道橋は、縦30m、横90mの規模で、埼玉県内で一番の長さだそうだ。 バリアフリーで、傾斜は緩く、点字ブロックもあり、スロープもあり、四方にはエレベーターも設置されている。、、、、、歩道橋の横には武南署もあり、お巡りさんもみてくれているようだ。、、、、、交差点の名は「鳩ヶ谷歩道橋交差点」
 
1806081010260107
 
1806081009290104
 
1806081008150101
 
 
⑧鳩ヶ谷駅・・・・・・・・・・・鳩ヶ谷歩道橋の北に、埼玉高速鉄道線の鳩ヶ谷駅はある。 平成13年(2001)3月28日に開業。 島式ホーム1面2線をの地下駅。
 
1806081013220110
 
1806081014230113
 
1806081015490115
 
1806081016340117
 
1806081017360123
フォト
2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

お知らせ