埼玉県

2019年9月20日 (金)

お江戸の隣りの江戸

9月に入り、都が発行する敬老パス(年20,510円で都内のバス、都営交通の電車が乗り放題)を昨日更新した。 新しいパスの使い始めは、遠距離の交通機関がいいだろうと思い、都が運行する日暮里・舎人ライナーで終点の見沼代親水公園駅まで行き、そこから埼玉高速鉄道の鳩ヶ谷駅まで歩く予定で家を出た。 山手線で日暮里まで行く予定が、車内のテレビCMの若い娘に見とれ日暮里駅で下車するのを忘れてしまった。 気づいたのは、“時すでに遅し”、ドアが閉まった。シマッタ! しかたない逆回りで、鳩ヶ谷駅から見沼代親水公園駅まで歩くことにした。 1万4千歩。

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●旧市のターミナル ・・・・・・・王子駅から地下鉄南北線に乗換え、そのまま埼玉高速鉄道の鳩ヶ谷駅まで行く。、、、、鳩ヶ谷駅は、平成13年(2001)3月28日に開業。 島式ホーム1面2線の地下駅。 開業時は鳩ヶ谷市の駅であったが、平成23年(2011)に鳩ヶ谷市は川口市に編入され川口市の駅となる。、、、、鳩ヶ谷市は東京都足立区に隣接し、蕨市に次ぎ面積の小さな埼玉県南部の市であった。 鳩ヶ谷駅は鳩ヶ谷市の中心部、市民センターの地下に造られており、当時財政難と云われていた鳩ヶ谷市としては贅を尽くした建物である。

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●かつては宿場町! ・・・・・・鳩ヶ谷駅付近の建物、、、、今年の春に、鳩ヶ谷駅周辺を歩いていた。コチラを!
・・・・・・・・・・・・・・駅から300m程、北東の高台に鎮座する鳩ヶ谷氷川神社。 鳩ヶ谷氷川神社は、鳩ヶ谷宿・辻村・里村の鎮守で、応永元年(1394)に造営された。 明治以降、周辺の神社18社を合祀し、社殿の周囲には境内社が並んでいる。

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・・・・・・・・・・・・・・神社の東側をとおる日光御成道に残る、鳩ヶ谷宿のシンボル的な建物は十一屋北西商店。 昭和5年(1930)に建てられた店舗と蔵は、国の登録有形文化財に指定されている。 酒屋としての創業は明治初期で、現在の主人はソムリエの資格を持っているそうだ。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・日光御成街道沿いに、もう一軒、旧船津眼科医院がある。 昭和初期の木造建築。、、、、現在も住居として利用されている。 レトロチックなこの建物に住んでおられる方が羨ましいね!

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・・・・・・・・・・・・・・オゥ~~懐かしい、最近は見られなくなった、赤く塗られた地上式消火栓。 地上式消火栓の規格は昭和44年(1969)に廃止となった。 しかし、積雪の多い地方ではまだ使用されているそうだ!

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●面白いことないかな~ ・・・・・・・・鳩ヶ谷から見沼代親水公園駅に向かい。バス通りを歩く。 

・・・・・・・・・・・・・・私を引きつけるものがない、美人も歩いていない、単調で、面白みがない道を、ホイサカホイサカ歩く。 

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・・・・・・・・・・・・・・オヤ! “もう東京に着いたか”と言いたくなる地名「江戸」に来た! 江戸は、川口市の東部、毛長川沿いの町。 中小企業の工場・倉庫や、住居兼工場が多く住宅地とは言いずらい。、、、、この辺りの旧地名は“江戸袋村”である。

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・・・・・・・・・・・・・・「江戸」の隣り町は「江戸袋」、こちらは「新郷工業団地」を中心とした町。 地名の由来は、徳川家とは一切関係なく、「水が淀み、悪水が溜まりやすい低湿地」であったから名付けられたそうだ。

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・・・・・・・・・・・・・・江戸袋1丁目にある真言宗智山派の東光院は、古桂山大山寺と号します。 東光院は、聖政(慶安元年(1648)寂)が開山したと云われている。 大きくなく素朴な感じの寺である。 今日は“彼岸の入り”、檀家の人々が線香をあげていた。(私も、三連休に墓参りしなければ!)

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・・・・・・・・・・・・・・本堂前の「女人開運・所願成就 願いがかなう お地蔵さま」と標された立札が目にとまる。 六面それぞれに地蔵菩薩立像が彫られている、一石六地蔵石が立っていた。 女性はハッピー、男性はアンラッキー!

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・・・・・・・・・・・・・・川口市江戸袋・川口市本蓮を抜け、東京都足立区舎人に入ると、2つの川、見沼代用水東縁と毛長川が直交している。 ここには舎人橋が架かっている。 2つの川は水位が異なり、ここで全てが合流するのではなく、交差するのである。、、、、北から流れてきた見沼代用水東縁(写真1)は、舎人橋で毛長川にぶつかり(写真2)、水量の多くは毛長川の方に流れ合流する(写真3)が、用水の一部は毛長川の下を通り川向こうに流れるように仕組まれている。(文章で説明しずらい仕組み、実物をご覧あれ!)

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●着きました! ・・・・・・・見沼代親水公園を通り抜けると日暮里・舎人ライナーの見沼代親水公園駅が見える。

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・・・・・・・・・・・・・・新しい敬老パスで改札を通過できた、これで向う一年間、“乗り放題”で利用できる。 ヨシ・ヨシ!、、、、先頭車両の一番前に座って、日暮里まで嬉しそうに乗車!

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2019年6月 4日 (火)

草加のゴーストタウン?

今日は、東武伊勢崎線の「新田駅」で下車し、駅から西へ向かい、埼玉高速鉄道の「戸塚安行駅」まで、1万2千歩の散歩です。



●駅前は未整備? ・・・・・草加駅から二つ目、普通電車のみ停車する新田駅。 有名な駅ではないので、駅名の読みも、“しんでん”、“にった”、“あらた”、“しんだ(死んだ?)”など、いろいろ考えてしまう。 正解は単純で、“しんでん”と読む。、、、、駅の開設は古く、明治32年(1899)12月20日であるが、9年後の明治41年(1908)に廃止となる。 さらに17年後の大正14年(1925)11月10日、復活再開する。 昭和63年(1988)には上下線の高架化が完了し、島式ホーム1面2線の高架駅となる

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・・・・・・・・・・・・・・新田駅のメインとなる東口。 東口前にはロータリーがあるが、道幅が狭く、バスは駅前まで入ってこられない。 (バスの発着は駅から少し離れた処にバスロータリーがある)、、、、駅前は飲食店(飲み屋)を中心とする、懐かしさを感じさせる昭和の商店街である。

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・・・・・・・・・・・・・・西口(?)と言うより、西側の勝手口と言いたくなるほど、駅ギリギリのところまで民間の駐輪場が並び迫ってる。せせこましい処だ!、、、、駅前にある数か所の駐輪場、どこも、100台・200台は駐輪できそうだ! 1ヵ月100台が駐輪したとして、27万円の売り上げ、コリャ、コンビニやるより、いい商売かも?

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●草加市の北のはずれ、ソウか! ・・・・・駅を後にして、西に向かい歩く。、、、、湿度は高く、気温は暑い、お肌の日焼けに注意し、スタコラ・スタコラ。

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・・・・・・・・・・・・・・途中、ファミリーマート駐車場の隅に、成田山の道標と三基の庚申塔があった。 成田山道標は、文久2年(1862)、幕末の動乱期に建てられようだ。 道標の左面に天下泰平・五穀成就と彫られている。 道標の右側には、3基の庚申塔が建っている。 左にある板碑型の庚申塔は延宝5年(1677)の年代物。 中央の青面金剛は享保4年(1719)で二世安楽と彫られている。右端にある石塊のようなものは、貞享4年(1687)の庚申塔。 いずれも宅地開発により、近隣にあった庚申塔を集めたものであろう。

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・・・・・・・・・・・・・・草加市清門で、国道4号(日光街道)を横切る。、、、、地名「清門」(せいもん)は、明治期には新田村大字清右衛門新田で、昭和30年には草加町大字清右衛門新田と変わり、昭和33年(1958)には草加市清門町に、そして平成26年(2014)に草加市清門となった。

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・・・・・・・・・・・・・・「清門」は草加市の北部に位置する町。 平成の時代でも区画整理が実施され、北隣の「新栄」、「長栄」の町とともに、主に住宅地となっている。 西端には、川口市との境界となる伝右川が流れている。、、、、道路は広いが走っている車は少なく、どの建物も戦後の建築で新しい。 また、夫婦共稼ぎのようで、どの家も人の気配はなく、洗濯物が留守番をしている。 ゴーストタウンのようだ!

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・・・・・・・・・・・・・・清門町会館の裏に鎮座する小さな神社が清門稲荷神社。 神社の創建年代は不詳だが、江戸時代には名主田中八右衛門氏の所有で、清右衛門新田村の鎮守社であったと云われている。 境内には、庚申塔、成田山道標などもある。

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・・・・・・・・・・・・・・草加市の西北端に位置する、伝右川に架かる伝右橋。 伝右川は埼玉県さいたま市見沼区を源に、草加市、八潮市を流れ、東京都足立区で毛長川とともに綾瀬川に合流する一級河川。 この川が、ここ辺りでは川口市と草加市の境界である。、、、、ドブ川ではないが、ホタルとぶ川でもない。 ホタルとぶ川に変身して欲しいね!

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●植木屋がない! ・・・・・・川口市の北のはずれと云ってもいい埼玉高速鉄道の戸塚安行駅に到着。 戸塚安行駅は、平成13年(2001)3月28日に開業した。 駅名は現在の地区名の戸塚と安行を合成した。 駅は、地下1階が改札階、地下2階がホーム階となっている。 地上の出入口前には、バスが発着するロータリーがつくられている。、、、、安行は植木の街なのだが、駅前に植木屋・花屋が見つからない。 買えずに残念なり!

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2019年5月31日 (金)

足立の孤島

東武伊勢崎線の谷塚駅から、花畑団地を抜けて、つくばエクスプレス六町駅まで、1万3千歩の散歩です。




●東京の隣り駅 ・・・・・谷塚駅(やつかえき)は、大正14年(1925)10月1日に開業した東武鉄道伊勢崎線の駅。 昭和63年(1988)8月から、上下線外側にそれぞれ通過線を持つ、現在の1面4線高架駅となる。 電車は普通しか停車しないローカル駅。、、、、谷塚駅(埼玉県草加市)は竹ノ塚駅(東京都足立区)の隣りにあって、海抜3.45mで埼玉県では最も低いところの駅です。 「谷」は“やつ”とか“やち”と呼ばれ低い土地をさし、「塚」は近在に塚が多かったために村名となった。 村名を駅名にして開設した当時は、桑畑であった駅周辺も、道路・住宅が整備された東京の隣り町に変わってきた。 朝のホームには、学生・サラリーマンなど若い人が目立つ。 (ナイショだけど、美人が多い駅だ!)

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・・・・・・・・・・・・・・駅前の案内にあった、昭和33年(1958)の谷塚駅の写真。 

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●ハイヒールで登れる富士山! ・・・・・・駅前を東に真っ直ぐ進むと、旧日光街道との交差点に富士浅間神社がある。 木花開耶姫命を祀っている当神社の創建年代は不詳だが、他所に祀られていた当神社を明暦年間(1655~1657)に、現在地へ遷座したといわれている。、、、、本殿の建物は天保13年(1842)に再建されたもので、随所に彫刻を配した建物は市の文化財に指定されている。

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・・・・・・・・・・・・・・「社殿の後ろ」と云っても広い境内で社殿の東側には、盆踊りの会場となる程のスペースがある。 そのスペースの先に霊峰富士山がそびえ立つ。、、、、ここの立派な富士塚は「瀬崎の富士塚」と呼ばれ、大正5年(1916)に竣工した、高さ4.0m、幅10.4m、奥行8.6mほどである。 富士講は現在も受け継がれているそうだ。 毎年元日と7月1日は、浅間神社の拝殿で講の行事が行われるそうだ。

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●陸の孤島にある団地 ・・・・・・・・・・・・・・・・足立区の北のはずれ、最寄り駅竹ノ塚からバスに揺られて20分(11停留場)、広い団地内を歩いて自分の住む棟に、腰の曲がった年寄りには5階までの階段が辛い! 途中の3階で天国に直行するかも? ここが終の棲家か?
・・・・・・・・・・・・・・草加市から花畑大橋を渡ると足立区花畑5丁目で、そこは左右に集合住宅が立ち並ぶ花畑団地の中央である。 花畑大橋は、橋長31.4m、幅15.8mのPCポストテンション箱桁橋。 昭和58年(1983)に竣工。 橋の下には、綺麗になってきた毛長川が流れる。
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・・・・・・・・・・・・・・花畑団地は独立行政法人都市再生機構(UR)により、東京オリンピックが開催された昭和39年(1964)に入居が開始された。 東京ドーム約4.7個分(約22ha)の広大な敷地に2,725戸(約80棟)の住棟が並ぶ、都内でも最大級の大規模団地。 現在、団地では築後50年経過し老朽化に伴い、URによる建て替え事業が始まっている。 

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・・・・・・・・・・・・・・団地の中央にはスーパーがある。 「リハビリテーション病院」と称する大きな病院もあった。 年寄りが多いのだろうか、リハビリの需要が高そうだ!

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・・・・・・・・・・・・・・団地の横に、「花畑団地」のバス停を見つけた。 ここは、足立区の北のはずれ、最寄りの駅は東武伊勢崎線の谷塚駅、竹ノ塚駅、つくばエクスプレスの六町駅だが、いずれも歩いて行ける距離ではない。 バスが無ければ電車に乗れない陸の孤島である。、、、、お年寄りにとっては、日々、団地で軟禁状態の生活をおくっているのかも?

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・・・・・・・・・・・・・・団地に隣接する花畑浅間神社は、古墳と思われる上に造られた富士塚。 創建年代は不詳ですが、富士塚の築造は、石鳥居の年代や伝承から明治初年と思われる。

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●お経を唱えて駅へ! ・・・・・・花畑団地を後にして六町駅に向かう。 

・・・・・・・・・・・・・・チョイト寺に寄って! 真言宗豊山派寺院の正覚院は、鷲王山宝蔵寺と号す。正覚院の創建年代は不詳だが、平安時代中頃の創建と伝えられ、江戸時代には大鷲神社(足立区花畑)の別当寺であった。、、、、真言宗豊山派のお経「光明真言」(梵字)を唱える。『おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まにはんどま じんばら はらばりたや うん 』

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・・・・・・・・・・・・・・高圧送電線の下に、長く伸びる遊歩道をひたすら歩く。、、、、雅万歩のお経を唱える。『おん あるきゃ あしいたいのう くつずれだ たまにゃあ じどうしゃ のりたいのう うん 』

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・・・・・・・・・・・・・・公園で拾った、“えなちゃん”の靴。 まだ新しそうだ、片方だけ? 今頃、泣いているかも?、、、、かわいい女の子を想像し、雅万歩はお経を唱える。 『おん えなちゃん かわいそうだのう おとしたくつ ひろってあげたぞよ べんちにおいとく みつけてくれや うん 』

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●深~~い駅 ・・・・・・・・・・・・・平成17年(2005)8月24日に開業した、つくばエクスプレスの六町駅(ろくちょうえき)。 六町駅は都内で最も北に位置する地下駅で、ホームはかなり深い処にありエスカレータを4回のって下りる。 戸田建設の施工。

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2019年5月 2日 (木)

令和初の散歩は・・・

なにをやっても「令和初の・・」が頭につく、めでたい2日目。 いまにも降ってきそうな空模様の朝、「令和初の雅万歩・・・・ 今日はどこに行くの?」妻の問いに、「電車に乗ってから降りる駅を決めるよ!」と応えて家を出る。、、、、令和初の雅万歩は、川口駅から錫杖寺に寄って、赤羽駅までの1万2千歩となった。(川口は、特に“令和”とは関係なし)



●令和初の宿場は ・・・・・京浜東北線川口駅東口に出る。 駅前のペデストリアンデッキで、どちらに向かうかキョロキョロ、上から眺め「川口本町大通り」を歩くことにした。、、、、「本町」は、かつて川口宿が所在した地で川口の中心街であった。 今は、駅周辺に大きなマンションが並ぶ町だが、過去には発砲事件があったそうだ。 歩いてみると、東南アジア系の飲食・エステ・マッサージの看板が目に入ってくる。

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●令和初の町歩きは ・・・・・・本町とその周辺に残るレトロな建物。

・・・・・・・・・・・・・・W邸、、、、昭和初期頃の建物か? 

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・・・・・・・・・・・・・・某宗教団体の教会だったが今は使われていないようだ。 昭和の建物。

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・・・・・・・・・・・・・・芝貞鋳工所、、、、こちらも古そうだ!

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・・・・・・・・・・・・・・バーバーオバタ、、、、元は4軒程の長屋だった。 以前は隣りにも似たような長屋の建物があった。

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・・・・・・・・・・・・・・銅板建築の福田屋洋品店旧江嶋屋履物店(右)、、、、昭和11年(1936)頃の建物、、、、店の前の本町大通りの植え込みの中に「川口町道路元標」が残っている。

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・・・・・・・・・・・・・・錫杖寺山門前の本町二丁目会館、、、、町内会の会館にしては立派な木造建物、昭和15年(1940)築。、、、、会館の横に、明治39年(1906)に日露戦争出征兵士の凱旋を祝し、旧川口町の町長以下町民たちによって架設された凱旋橋の跡がある。 現在は、欄干しか残されていないが、石造アーチ型橋の遺跡。

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●令和初の神社は ・・・・・・川口市金山町に鎮座する川口神社。 川口神社は、平安時代の天慶年間(940年頃)、武蔵一の宮大宮の氷川神社より分祀勧請し、「氷川社」と称していた。 川口町の鎮守社で、明治6年(1873)に村社に列格、明治27年天神社を合祀、明治42年に、旧川口町内に鎮座していた天神社、稲荷社(三宇)、金山社を合祀、川口神社と改称した。、、、、都会の神社としては広く緑の多い境内に、多くの祭神が祀られている。、、、、何でも叶えてくれそうな、オールマイティの神社だ!

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●令和初の寺院は ・・・・・本町2丁目にある、真言宗智山派寺院の錫杖寺(しゃくじょうじ)は、宝珠山光照院と号す。 錫杖寺は、養老元年(717)に行基が本堂を建立、自ら地蔵菩薩を刻み本尊とし開基したと云われている。 後、鎌倉長楽寺を開創した願行上人が再興、寛正元年(1460)には、室町幕府八代将軍足利義政により七堂伽藍が整備された。 江戸時代には、徳川家光より寺領20石の御朱印状を拝領、醍醐三宝院直末関東七ヶ寺の一つ、十一談林所の一つとして末寺53ヶ寺を擁していた。、、、、現本堂は、堂々とした鉄筋コンクリート造でチョイト味気ない。

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●令和初の橋は ・・・・・北区岩淵町と川口市舟戸町との間に架かる新荒川大橋。 国道122号(北本通り)を通す。 初代の橋は昭和3年(1928)に開通した。 現在の橋は昭和41年(1966)に開通した2代目で、構造は桁橋で橋長は673.957m、幅員は7.25m。 昭和45年(1970)に平行して新橋を架設し(橋長792m、幅員7.25m)、旧橋を下り線に使用している。 橋は荒川と新河岸川(隅田川の上流)に架かる。、、、、大きな橋は、トラック、バスが横を通ると、かなり揺れるが、この揺れを感じると私の足はすくむのだ。 学生・社会人として、建築・土木に携わってきた私は、理屈では壊れないことを知っているが、高層と揺れには弱く、怖い! 今日は祝日だからか、交通量は少なく橋の揺れも感じることなく渡ることができた。 令和初の恐怖を体験せず、ホットしたね!

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●令和初の壁画は ・・・・・・国道122号(北本通り)が国道311号(環八通り)にぶつかる赤羽交差点の角に、週刊新潮でお馴染みであった谷内六郎の壁画がある。 この壁画のある建物は元「金竜堂書店」という書店であった。 50年ほど前のある日、青山付近を歩いていた書店の御主人が青山の「山陽堂」ビルの壁画(この壁画も谷内六郎の絵)を見て「素晴らしい!ウチの店にも欲しい」と早速新潮社に依頼したものらしい。、、、、この壁画は「砂山」というタイトルで、「週刊新潮」昭和31年5月29日号の表紙絵を元に作成されたもの。 海の絵であるが、ゴク自然に赤羽の町に溶け込み、違和感なく見てしまう絵だ。

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●「令和初」に慣れた! ・・・・・赤羽駅で我が家に“令和初の手みやげ(饅頭)”を買って帰る。(自分が食べたかっただけだけ!)

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2019年4月18日 (木)

草加八潮

散歩日和の空の下、家を出たが行く先のあてはなし、とりあえず敬老パスで乗れる都営浅草線の浅草橋駅ホーム立つと、ちょうど北総線印旛日本医大行が来た。 迷わず乗って、車中で何処で降りようか迷う。 押上駅に到着、時間調整で電車が停まっている間に、気分が変わり東武伊勢崎線に乗りかえることにした。 伊勢崎線の南栗橋行急行に乗る、停車駅は曳舟・北千住・西新井・草加・越谷とつづく。 またまた、『どこで降りようか?』、行くへ定まらず。 我が家を出てから30分を超えたので、迷いながら草加で降りた。 駅前で地図を見て、近そうなつくばエキスプレス八潮駅まで歩くことにした。 1万2千歩の散歩です。




●せんべいの町、ソゥカ~ ・・・・・明治32年(1899)に開業した古参の駅。 浅草橋の我が家から約40分で草加駅前に立つことができる、意外と近い埼玉県である。、、、、、駅前(東口)には、マルイとイトーヨーカドーが空中廊下で結ばれ店を構えている。 駅前のシンボルか?、、、、、草加と云えば「草加せんべい」。 その草加には、「ミス草加せんべい」がいるそうだ。 2名の若い女性で、写真を拝見すると可愛い! また、草加せんべいの歌もある。 あの「チェリッシュ」が歌う「まるい しあわせ」という歌で、♪♪ まるく まる まる まる ♪♪のフレーズが繰り返し流れてくる楽しい歌。

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●松原智恵子をおもいだした ・・・・・・・・・・草加駅前から東にのびるメイン道路があるが、その南側に並行する旧道がある。 道端の道標、子育地蔵尊、大師像が迎えてくれる。 チョイト、松原智恵子が歌を歌いながら橋を渡って来るような、昭和40年代の日活青春映画のワンシーンに出てきそうなコンクリート製欄干を懐かしく感じる手代橋(てしろばし)。 綾瀬川に架かる。

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●かまどの匂い、いいね! ・・・・・・・綾瀬川を越えると八潮市。 川からチョイト裏道に入ると、以前来たことのある「八潮市立資料館」がある。 どこにもある郷土の歴史を語る資料館で、立派な建物だ。 今日もチョイト拝見!、、、、、無料は安い、感無量!

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・・・・・・・・・・・・・・・資料館の敷地内に移設された「旧藤波家住宅」も拝見。 藤波家は埼玉郡八條領後谷村の開発名主であった。 その主屋は明治9年(1876)の建築で、当時としては珍しい瓦葺き屋根の民家である。、、、、、建物を保存するため、今でも“かまど”で火を起こしているそうだ。 懐かしい、藁や薪を燃やし燻した匂いがする! 餅でも焼いてご馳走してくれると、なお嬉しいのだが!
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●駅に向かってスタコラサッサ! ・・・・・・・・・・・・・・・・・つくばエキスプレス八潮駅に向かい、ひたすら歩く!

・・・・・・・・・・・・・・・空の青、草木の緑、鮮やかな彩り。

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・・・・・・・・・・・・・・・羽生市の利根川から始まり、埼玉県を久喜・春日部・草加・八潮と縦断し、東京都亀有へ流れる葛西用水。 江戸時代に開削された25kmの用水路である。

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・・・・・・・・・・・・・・・葛西用水沿いにある八幡図書館(八潮市中央3)の敷地に「八幡村道路元標」がある。 この地(旧南埼玉郡八幡村)は、上馬場村、中馬場村、大原村、大曽根村、浮塚村、西袋村、柳之宮村、南後谷村の8村が合併して、明治22年(1889)に誕生した旧八幡村役場の跡地だった。 道路元標は、大正8年(1919)に公布された道路法施行令にて、市町村単位での道路の起点・終点および町村の位置を示す指標として、道路元標の設置が義務付けられていた。(現在は、道路元標の設置・保守義務はない) 

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・・・・・・・・・・・・・・・八幡図書館の東隣にある中馬場諏訪神社。 創建年代不詳だが、延徳3年(1491)に当地の鎮守として祀られた。 さらに、古くから安産守護の神として信仰されたそうだ。 明治時代までは、境内の一角に「屋形」と呼ばれる小屋があり、ここで妊婦が出産していたといわれている。 お産婆さんの時代の話かな、今の人には嫌がられそうなお産だね! 

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・・・・・・・・・・・・・・・無事、八潮駅到着!

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2019年4月 4日 (木)

男二人が守る閘門橋

つくばエキスプレス八潮駅で下車し、潮止橋で中川を越え、チョッピリ三郷市戸ヶ崎に入り、大場川の閘門橋を渡り葛飾区水元地区に入る。 旧水元小学校校舎の近くからバスで金町駅へ出て帰る。 1万2千歩の散歩です。




●どこにある市? ・・・・・足立区の北隣の埼玉県八潮市。 「八潮市と言えば・・・・・?」と問われ、考え込んでも、名所、名物、産業、どれもこれもサッパリ思い浮かばない、存在感のない“市”である。 その町を走る唯一の鉄道はつくばエキスプレス、そして唯一の駅が八潮駅。、、、、、平成17年(2005)8月24日に開業した、島式ホーム2面4線を有する高架駅。、、、、、ちなみに市名は、昭和31年(1956)の大合併で誕生した。 “八潮市”=“八条村”+“八幡村”+“潮止村”。

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●自転車が怖い県道! ・・・・・・・中川に架かり、八潮市と三郷市を結ぶ県道が通る潮止橋(しおどめはし)。 橋名は上流にかつて潮止村があったことによる。 東京湾の潮はここで打止め!ゆえに、潮止と云ったそうだ。 、、、、、橋上の県道は交通量が多く、トラック、バスなど大型自動車が引切り無しに通る。 よそ見して歩くと、自転車に轢かれそうだ!

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●社務所もない! ・・・・・・・潮止橋を渡ると、櫛稲田姫命、須佐之男命を祭神とする大瀬氷川神社がある。 創建年代は不詳。 大瀬は猿俣(葛飾区水元)・戸ケ崎などとの水運拠点として古くから栄えたそうだ、神社は大瀬の鎮守社として祀られていた。 明治42年(1909)に浅間神社を合祀、中川河川改修のため大正9年(1920)現在地へ遷座した。、、、、、広い境内だが、社殿、鳥居、石碑の他は何もなく、実に殺風景である。 駐車場にしている様子もないね。

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●いつの間にか三郷市だ! ・・・・・・・・・大瀬氷川神社から200m程歩くと三郷市である。 八潮・三郷の両市の境界らしきものは案内標識以外にはなく、なんとなく八潮市から三郷市に入ったという感じ。、、、、、境界の三郷市側にある郵便ポスト、なんと戦前の丸型ポストで現在も使われているようだ。 このポストに投函すると、良い知らせが戻ってくるような気がするね。

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・・・・・・・・・・・・・・・三郷市戸ヶ崎の吹上天神社は、建武2年(1335)夏の暴風で吹き上げられた梅の老木と白蛇のお告げから、当地を吹上と名付け、天神を祀ったと言われている。 明治43年(1910)戸ケ崎香取神社に合祀されたが、昭和32年(1957)還座した。、、、、、大きくはない地元の神社。

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●面白い名の用水路 ・・・・・・・三郷市戸ヶ崎から南下すると、大場川(葛飾区水元公園)の手前で、二郷半領用水逃樋(にごうはんりょうようすい にげひ)と二郷半領用不動堀樋(にごうはんりょうふどうぼりひ)がある。、、、、、二郷半領用水とは、埼玉県南東部から吉川市を抜けて、三郷市戸ヶ崎で大場川に合流する、延長16.7kmのチョイト汚い用水路である。(二郷半領は地名。面白い!)

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・・・・・・・・・・・・・・・二郷半領用水逃樋、、、、、この樋管は明治43年(1910)の大洪水で大破した木製樋管を、煉瓦造りで復旧したもの。 逃樋の建設工事は、明治45年(1912)1月12日に起工し、同年3月31日に竣工した。 県の直轄工事であったが、担当は北葛飾郡技手の金子峯吉。 建設費は7,818円。 樋管長は19.1m。 現在、上部には県道が通っているが、煉瓦部分はひび割れもなく綺麗な状態である。

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・・・・・・・・・・・・・・・二郷半領不動堀樋は、逆流防止用として造られた樋管である。 こちらも、県直轄工事だが、逃樋と同じ金子峯吉が担当し、建設費約11,014円で、大正3年(1914)4月1日に着工し、同年5月30日に竣工している。 樋管の長さ22.4m。

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●像の二人はカッコいいね! ・・・・・・二郷半領不動堀樋の南側50m程に、大場川に架かる閘門橋(こうもんばし、葛飾区西水元)がある。 この橋は、明治43年(1910)に完成した、煉瓦造りのアーチ橋(上流側:4連、下流側:6連)である。 長さ30m、高さ5.5mで、上流側と下流側ではアーチの連数が異なる珍しい形式の煉瓦水門。 下流側の中央アーチ部には、堰板を落とし込む二人の男のブロンズ像が設置されている。 都内唯一の煉瓦アーチ橋で、平成25年(2013)の土木学会推奨土木遺産に選定された。

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●最古の木造校舎  ・・・・・・・閘門橋から水元公園と離れ、金町方向にバス道路を歩き水元小学校に着いた。 ここには、大正14年(1925)に建てられた水元尋常小学校の建物が保存されている。 昭和57年(1982)まで同校の校舎として使用されが、現在は使用していない。 都内に残る貴重な23区最古の木造校舎校。、、、、、大事に保存して欲しいね!

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●お帰りです ・・・・・・チョイト疲れたので、「水元四丁目」からバスで金町駅に向かうことにした。、、、、、今日の散歩はココまで!

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2019年3月25日 (月)

用水沿いに鳩ヶ谷を歩く

川口市鳩ヶ谷に昭和初期の医院建築が残っていると聞き、今日の散歩は埼玉高速鉄道の鳩ヶ谷駅からスタートし、日暮里舎人ライナーの見沼代親水公園駅まで。 1万2千歩。



●かつては“市” いまは“町” ・・・・・・・・・平成13年(2001)3月28日に開業した埼玉高速鉄道の鳩ヶ谷駅は、川口市のほぼ中央、岩槻街道(国道122号)の地下に建設された島式ホーム1面2線の地下駅である。、、、、、かつて日本で2番目に小さな“市”として、鳩ヶ谷市は存在していた。 この頃は鳩ヶ谷市を囲む、周囲9割が川口市で、1割が足立区であった。 平成23年(2011)に川口市と合併し、呑込まれた! 今は川口市の“町”となった。

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●なんでも叶ぞ!
・・・・・・・・鳩ヶ谷駅の北東300m程に、参道に朱塗りの鳥居が迎える鳩ヶ谷氷川神社はある。 鳩ヶ谷氷川神社は、鳩ヶ谷宿・辻村・里村の鎮守で、応永元年(1394)に造営され、天文14年(1545)と天正13年(1585)に修復が行われたといいます。明治6年に村社に列格、明治40年以降大字浦寺字落合の村社箱崎社・大字辻字稲荷の村社稲荷社・大字里字屋敷添の村社日枝社・村社浅間神社など近隣の18社を合祀した。 社殿の周りには境内社の社が取り囲み、主要な神様が揃っている! なんでも祈願すれば、なんでも成就する、“総合神社”である。

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●ステキな医院だ! ・・・・・・・・氷川神社のそばを日光に向かって伸びる日光御成街道沿いに旧船津眼科医院の木造の建物がある。 今日、私がぜひ見たく散歩にやってきた建物だ。、、、、、大正年間の竣工と云う話もあるそうだが、昭和7年(1932)の竣工とおもわれる。 設計は旧草加小学校西校舎を手掛けた大川勇。 2階のアーチ窓の周りは鉄板のようなもので覆われているが、元はグレーに近いスクラッチ・タイルを貼っていた。 スパニッシュ風の面格子、優美なデザインの金属製装飾品など、細かい部分も手のこんだ造りである。、、、、、眼科医院の営業はしていないが、住居としては使用されているようだ。 こんな家に住んでみたいね!

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●鳩ケ谷を流れる用水!
・・・・・・・・臭くはないが、投棄したゴミが目立つ見沼代用水。

・・・・・・・・・・・・・・・江戸時代中期享保13年(1728)に完成した農業用水「見沼代用水」の上をとおる日光御成街道。 そこに架かる橋が吹上橋である。 その脇に昭和初期の吹上橋付近で遊ぶ子供の写真があった。 同じ場所、同じ川(用水路)とは思えない!

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・・・・・・・・・・・・・・・川口市赤井で見沼代用水と直交する毛長川。 十文字に川が交差するので、見沼代用水は、“伏せ越し”(逆サイフォン)にて、毛長川の下をくぐって流れる。、、、、、最初の写真は毛長川。写真左から見沼代用水が流れてくる。  2枚目は毛長川の下をくぐって出てきた見沼代用水。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・見沼代用水川岸の桜は、満開まであと一週間!

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●寺と隣り合う、文化放送~文化放送~JOQR ・・・・・・・・見沼代用水沿いに歩いて川口市赤井3丁目に入ると、綺麗な芝に覆われた小高い丘があり山頂の中央にアンテナが立つ文化放送の送信所がある。、、、、、最近はラジオを聞く機会が少なくなり、どんな内容の放送があるのか知ることも無くなった。 「文化放送」と言われると、50余年前の受験時代を思い出す。 あの頃は、旺文社提供「百万人の英語」、「大学受験ラジオ講座」などを聞いて(聞いたふりして)深夜に突入、深夜は他局の音楽番組、明け方になるとどこぞの教会による“聖書の時間”のようなものが放送されていた。 その合間に、「文化放送~文化放送~JOQR」の言葉が流れた、懐かしいね!、、、、、丘の上には桜の木がかなりの本数あり、今月末に地元の“桜まつり”の会場となるそうだ!

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・・・・・・・・・・・・・・文化放送の丘の一部を共有するように、曹洞宗の永平寺末の寺院、円通寺がある。、、、、、山門、本堂、鐘楼とも質素な造りであるが、癒される境内だ!
 
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●都内に入る! ・・・・・・・・・・この後は足立区に入り、見沼代親水公園駅から日暮里舎人ライナーで帰宅。

2019年2月13日 (水)

都県境の町、谷塚

最強寒波が寒さを置き忘れて行ったのか、今日も寒い! 薄曇りの谷塚駅(東武伊勢崎線)で下車し、埼玉県と東京都の境付近を歩き、舎人駅(日暮里舎人ライナー)までの散歩です。 1万1千歩。
 
 
 
●都心に近い寂しい駅 ・・・・・・・・谷塚駅は東京都の北端にある竹ノ塚駅の北隣りにある。 埼玉県草加足市の南端にある。 大正14年(1925)10月1日に開業。、、、、現在は島式ホーム1面2線の高架駅で、緩行線のみ停車。、、、、東口は駅前ロータリーがあり、タクシーも停まる構え、西口は裏口という雰囲気で寂しい。、、、、一日の乗降客は約3万8千人で、両隣の竹ノ塚駅、草加駅の半数程である。 東京に隣接する、ベッドタウンの駅としては、チョイト悲しいね!
 
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●地元未着型寺院 ・・・・・・・・谷塚駅から南西に500m程歩くと、真言宗豊山派寺院の寶持院がある。 寶持院は、寺の本尊背面の銘から推定すると、江戸時代中期には創建していたそうだ。 創建以来、谷塚地区の人々の菩提寺として、宝灯を守っている。、、、、現在の本堂は、平成4年(1992)に建設された。 また、山門の右手には不動堂、左手には御堂がある。、、、、明治6年(1873)には、谷塚小学校が旧本堂を仮校舎として開校したそうだ。
 
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●渋々、歩道橋を渡る ・・・・・・・・・・・・草加バイパス(国道4号、日光街道)を越える。、、、、交差点まで行って横断するのが面倒なので、車が少なくなったら、スチャラカチャンと適当に横断しようと思ったら、道路中央に壁が立ち、無鉄砲な横断ができない。 さすがに国道だ! 渋々、歩道橋を見つけ横断する。 『コンチクショウ! 人に優しくない国道だ!』
 
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●こんな処に、江戸時代の墓石 ・・・・・・・・・・アレ、町会の掲示板の下に墓石が!、、、、墓石が勝手に徘徊したのか? 男女の墓石は、駆け落ちか? いずれにしても、仏さんは成仏したかな? 『南無阿弥陀仏』
 
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●あちらこちらに畑が残る ・・・・・・・・・谷塚の町を歩き、都県境の毛長川に向かう。
 
・・・・・・・・・・・・・あちらにも、こちらにも、畑が残っている。 いずれ、住宅地に変わるかも?
 
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・・・・・・・・・・・・・バス通りも、交通量は少ないようだ。、、、、バスと言っても、コミュニティバスだけど。
 
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・・・・・・・・・・・・・谷塚上町には神明神社があった。 谷塚村に古くから鎮座していた鎮守社らしい。
 
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・・・・・・・・・・・・・・こちらは、畑の中にあった。 個人のお宅の屋敷社。
 
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●近い! 草加市と足立区 ・・・・・・・・・・・・・・・毛長川(けながかわ)は、川口市の方から流れ下り、埼玉県草加市と東京都足立区の境は、ほぼこの川が境となっている。 かつては生活排水などで汚れた川であったが、流域の下水道の普及などにより改善した。 現在では、魚類の生息が確認されているそうだ。、、、、、こちらは草加市、対岸は東京都。 東京都と埼玉県の近さを感じる川だ!、、、、、、毛長橋を渡り足立区古千谷本町(こぢやほんちょう)に入る。
 
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●来年はオリンピック音頭で! ・・・・・・・・・・古千谷本町2丁目に、氷川神社がある。 神社の創建年代は不詳だが、古千谷村が出来た頃の創建で、古千谷村の鎮守社であったらしい。、、、、盆踊りに最適な広い境内に、ポッリと社殿が建っている。
 
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●着いた! ・・・・・・・・・・日暮里舎人ライナーの舎人駅。 今日はここから帰宅。
 
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2019年1月25日 (金)

埼玉県足立区を散歩

チョイ寒だが、空は青空いい天気、雅万歩の頭はノー天気、赤羽に行くつもりで電車に乗ったが、日暮里で日暮里・舎人ライナーに乗りたくなり急遽下車。 ライナーに乗ってから、『さて何処で降りようか?』 何の目的もなく、終点の一駅手前「舎人」で下車。 気ままに西方に歩き、埼玉高速鉄道「川口元郷」まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
●今日は終点の手前で下車・・・・・・・・・・・なにはともあれ、日暮里・舎人ライナーに乗ろう!
 
・・・・・・・・・・・・・まずは、で先頭車両の一番前に座る。 早速、カメラをかまえ、『発車オーライ』。、、、、次の西日暮里で乗客が増え、私の隣りに若いマスク美人が座る。 『いい歳して、電車の先頭でハシャグ爺』と、思われるのが恥ずかしく、カメラをそ~っと隠す。
 
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・・・・・・・・・・・・・・西新井大師西駅で隣のマスク美人が下車し、車内も空いてきたので、カメラを取り出し窓にはり付く。
 
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・・・・・・・・・・・・・・ライナーに乗ると、つい終点まで行ってしまうので、今日は一つ手前の舎人(とねり)駅で下車することにした。 「舎人駅」は、尾久橋通りの頭上にある日暮里・舎人ライナーの駅である。 平成20年(2008)3月30日、日暮里~見沼代親水公園間の開業と同時にできた、島式ホーム1面2線の駅。 
 
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●埼玉生まれ東京育ちの舎人!・・・・・・・・・・・・舎人駅の西側に、足立区立舎人小学校がある。 明治初期に開校し、今年は創立から126年になる歴史ある学校。 その校門の脇に「舎人村役場跡」の碑があった。、、、、「舎人」の名の由来は定かでなく、今だ定説もない。 舎人村は明治8年(1875)に埼玉県から東京府に移管された。 昭和7年(1932)からは舎人町となった。
 
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●へーー、塀がない!・・・・・・・・・・・舎人の町の西隣に入谷の町がある。 1丁目から9丁目まである広い町だ。、、、、入谷2丁目に、浄土宗の五台山太子院源證寺(げんしょうじ)がある。 天文元年(1532)に創建された古刹である。 本堂は文久3年(1863)に再建し、昭和47年(1972)に銅板葺入母屋造りに改築した。 太子堂は、江戸中期の古建築で、開山上人所持の聖徳太子像を祀り、近隣の信仰をあつめ、古来、正月・5月・9月の22日に太子講が盛大に行われてきた。小堂であるが、江戸時代の建築様式のなごりをとどめる貴重な建造物である。 また、江戸時代中期、正徳2年(1712)在銘の梵鐘もある。、、、、只今、境内では、太子堂・納骨堂など改修中。 ぐるり塀のない、どこからでも入れる境内、貴重な仏さまを盗まれないように、南無阿弥陀仏。
 
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●埼玉県足立区?・・・・・・・・・・・この辺り、“舎人村大字入谷”の雰囲気が残っているのか、アチラコチラに畑が点在する。、、、、小さな畑でも、町の中にあると癒しの効果があるね!
 
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●都県境は橋を渡り10m程・・・・・・・・・・・・鳩ヶ谷街道と頭上の首都高速川口線を横切り、芝川に架かる南平大橋(なんぺいおおはし)を渡る。、、、、この付近では、芝川が東京都足立区と埼玉県川口市の境かと思いきや、ナント両側とも東京であったり、埼玉県であったり。 つまり、地図を見ると一目瞭然なのだが、都県境が川の中央に無く、微妙にずれている。 ここ南平大橋では、橋の両端とも、足立区入谷7丁目・8丁目。 橋を渡り西詰を10m程歩くと川口市である。
 
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●走る凶器、怖い!・・・・・・・・・川口市に入ると、どうやら物流の動脈を歩いているようだ。 私の横を、前を、大型トラックが引切り無しに通り過ぎる。 怖い! 裏道に入ろう!
 
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●高所恐怖症は住めない・・・・・・・・・・裏通りを、川口元郷駅に向かい歩く。、、、、塗装、土建、金属加工などの業種が目立つ町、、、、、古びたアパートも健在の町、、、、、母子が遊ぶ公園、、、、タワーマンションは、地上185m、55階建ての「エルザタワー55」(平成10年竣工、650戸)
 
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●まだ、新しさの残る駅・・・・・・・川口元郷駅 (かわぐちもとごうえき)は、平成13年(2001)3月28日に開業した埼玉高速鉄道線の駅。 島式1面2線の地下駅。
 
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2018年11月30日 (金)

味噌屋の田中さんの家

川口の田中徳兵衛さん、知る人は少ないと思う。 私も会ったことはないが、川口で味噌の醸造と材木商を営み、立派な洋館の住宅を残した人である。 今日は、その旧田中家住宅を見に行ってきた。 JR川口駅から、市役所、薬林寺、旧田中家住宅を巡り、埼玉高速鉄道川口元郷駅まで、8千歩の散歩です。
 
 
 
●新宿に直に行けない!・・・・・・・・JR京浜東北線の川口駅は、明治43年(1910)9月10日に川口町(かわぐちまち)駅として開業。 昭和9年(1934)に川口駅に改称した。 島式ホーム1面2線の地上駅。 橋上駅舎を有し、コンコースと自由通路がある。、、、、、駅の乗車人員は、埼玉県内では大宮(一日約25.5万人)、浦和(約9.2万人)に次いで3位の約8.4万人である。(ちなみに、東北の表玄関:仙台は約8.6万人) あゝそれなのに、特急はもとより、宇都宮線、高崎線も通過する、京浜東北線しか停まらない! さらに、新宿・渋谷に直に行けない! 
 
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●オリンピックに間に合う!・・・・・・・・・・・川口駅から北東に約1Km、昭和34年(1959)に完成した川口市庁舎(鉄筋コンクリート造、地上5階、地下1階)がある。 築後約60年が経過し、現在、老朽化、狭隘化、耐震性能不足など、諸問題を抱えているそうだ。、、、、、建物の中に入ってみたが、よく手入れして丁寧に使われているようで、“古い、汚い、手狭”といった感じはなかった。
 
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・・・・・・・・・・・・・庁舎の諸問題を解決すべく、現庁舎の斜向かいに、新庁舎(1期工事分)を建設中。 1期工事が完成すると、現庁舎を取り壊し新庁舎の2期工事を始めるそうだ。、、、、1期工事の概要は、施設面積:5,574.29㎡、規模:地下1階:地上9階、高さ:37.52m、工期:平成30年1月~平成32年3月、設計は日建設計、施工は地元業者のJV
 
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●用水路のような川・・・・・・・・・・・・川口市庁舎から東に向かい青木橋芝川(しばかわ)を越える。、、、、芝川は桶川・上尾を水源とし、大宮・川口を流れ荒川に合流する荒川の支流である。 昔は江戸と見沼田圃を結ぶ通船路でもあった。、、、、物流の大動脈だったかも?
 
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●持病、治して!・・・・・・・・・・・・・青木橋を渡ると、真言宗智山派寺院の瑠璃山薬林寺がある。 薬林寺の開基は室町時代、開山は錫杖寺を中興した宥淳和尚で、寛正元年(1460)とされている。 薬林寺はその昔、樋の爪村(現:川口市朝日)の芝川のほとりに大伽藍を配し建てられていた。 しかし天正年間(1573~1591)北条氏との戦いに敗れた岩槻太田の落人が、樋の爪村薬林寺へのがれて来た時、村民が集って堂を破壊してしまい、その後再建の時に現在地へ移転したと言われている。、、、、、無量寿阿弥陀如来を本尊とする寺である。 また、境内には川口三薬師の一つと言われている「岡の薬師」と称される薬師堂に薬師如来像が祀られている。、、、、、賽銭もはずみ、目の炎症、腰痛、虫歯、便秘、性欲減退、物忘れ、足のむくみ、などなど、私の持病が治るよう願掛けしてきた。 これ全部治ったら、賽銭箱に万札を入れてもいいね!
 
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●建築費3億円?・・・・・・・・・・・薬林寺の南500m程、岩槻街道に面して旧田中家住宅がある。 今日の散歩の目的地だ。、、、、、田中家は江戸時代から続く麦麹味噌の醸造業と材木商を営み、家業が発展してきた。 また、田中家では家督を相続する者が「徳兵衛」を名乗り、現代に残る邸宅は、4代目徳兵衛(明治8年~昭和22年)が築いたそうだ。 4代目は、埼玉味噌醸造組合の組合長、村会議員、県議会議員、貴族院議員を歴任した。  5代目は戦後、川口市長として地域の発展に貢献した。、、、、住宅は大正10年(1921)に上棟し、大正12年(1923)に完成した煉瓦造の3階建て洋館と、昭和9年(1934)に増築された和館、さらに茶室、文庫蔵、煉瓦塀、池泉回遊式庭園などで構成されている。 建築費は、現在の金額で約3億円(推定)。、、、、、現在は川口市の所有で、国指定重要文化財。
 
・・・・・・・・・・・・・・洋館
 
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・・・・・・・・・・・・・・和館、、、、、洋館と一体として繋がっている。
 
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・・・・・・・・・・・・・庭園
 
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・・・・・・・・・・・・・茶室、、、、、昭和48年(1973)に味噌蔵の建築材を活用して造った。 我が家より広い茶室で、ビックリ・シャックリ!
 
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●埼玉高額鉄道!・・・・・・・・・・・平成13年(2001)3月28日に開業した、埼玉高速鉄道の川口元郷駅から帰る。、、、、荒川を挟み、川口元郷駅と隣の赤羽岩淵駅間の運賃は210円。 JRの川口駅と赤羽駅間の運賃は133円。 やっぱり、埼玉高額鉄道だ!
 
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