埼玉県

2017年9月14日 (木)

谷塚

東武伊勢崎線の谷塚駅から竹ノ塚駅まで、1万1千歩の散歩。
 
 
 
谷塚駅・・・・・・・・・・東武伊勢崎線で東京都から埼玉県に入って最初の駅が谷塚駅(やつかえき)。 隣の、東京の最後の駅は竹ノ塚駅。、、、、、大正14年(1925)10月1日に開業した駅。 現在は1面2線の緩行線と、それを挟むように両外側に通過線がある高架駅。、、、、、草加市谷塚は主に住宅地であるが、高級マンション、豪邸のたぐいは見られず、所々に畑も点在しする処。 駅は通勤・通学で、朝は乗車する人、夜は降車する人が多い、メリハリの利いた駅。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・駅前ロータリーを囲むように、高層マンション・量販店・銀行・信用組合などが並ぶ東口。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・駅前の何もない大きな空き地、タクシーのこないタクシー乗り場、これぞ埼玉の歓楽街と思わせる小さな雑居ビルがある西口。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅前の空き地から見る東口の高層マンション。、、、、、、何かの間違いで建ててしまったのか?
 
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・・・・・・・・・・・・・・歓楽街(?)の裏には「谷塚西口商店会」がある。、、、、、『好きです この町』のキャッチフレーズが、わざとらしく感じた。
 
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②宝持院・・・・・・・・・・・谷塚駅から南西の方角にチョイと歩くと、真言宗豊山派寺院の長久山宝持院がある。 江戸時代初めに建立された寺院で、以来谷塚の人々の菩提寺として、宝灯を守っている。 現在の本堂は、平成4年(1992)に建てられた。 境内には四季の花々が咲くそうで、桜と銀杏が自慢できるそうだ。、、、、本尊は大和の長谷寺の十一面観音を模した 御丈八尺有余の金色に輝く大観音様。、、、、、、手入れも行き届き、美しさを感じることができる寺。
 
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③谷塚氷川神社・・・・・・・・・・・・草加市谷塚町の南端に位置する神社。 天保年間(1831~1845)に創建されたそうだが詳細は不明。 下谷塚村の鎮守さま。
 
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④谷塚の畑・・・・・・・・・・・
 
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⑤埼玉県から東京都・・・・・・・・・・・埼玉県と東京都の境を流れる毛長川を谷塚橋で越えて、足立区東伊興の町に入る。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・対岸には、足立清掃工場の煙突が見える。
 
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●・・・・・・・・・・この後は、今年の5月18日に伊興の寺町を歩いているので、こちらを見てね!
 
●・・・・・・・・・・秋の色になった柿
 
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2017年8月30日 (水)

伝右川排水機場

歳をとると、なかなか眠りにつけないことがある。 そんな時、真夜中のベッドで、タブレットの地図を見ていると、♪♪坊や~良い子だねんねしな~♪♪と、眠りのお誘いがやって来る。、、、、、数日前の眠れない夜、地図を見ていたら、足立区花畑と埼玉県八潮市の境あたりで、綾瀬川が複数の河川と合流する地点があり、そこには「伝右川排水機場」があった。 一か月ほど前に寄った草加市の「神明排水機場 」は、伝右川(でんうがわ)の上流に位置する排水機場であった。 チョッピリ親しみを感じ、「伝右川排水機場」をぜひ見てみたくなり、今日の散歩はつくばエキスプレス八潮駅で下車し、排水機場を見て、六町駅に向かうことにした。
 
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八潮駅・・・・・・・・・・・我が家(浅草橋)から、コミニティバスで浅草に出て、つくばEXPで20分。 またまたやって来ました八潮駅。 
 
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②綾瀬川へ向かう・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・八潮駅から西へ歩き、首都高6号三郷線を抜け、さらに西へ。、、、、今日は朝から湿度が高い。 私の躰はすでにサウナ状態。 ダラダラと流れ落ちるは、ベトベト(悪い汗)ではなくサラサラ(いい汗)。
 
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・・・・・・・・・・・・・・日陰を歩きたいのだが、 新興住宅街には、雑草生える空き地だけ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・歩く途中に、真言宗豊山派の明王山蓮台寺があった。 蓮台寺の創建年代は不詳であるが、柿木村(現在の草加市)の村民が開基となり庵室を創建し、廃寺より寺号を頂戴したそうだ。 朱塗りの観音堂には、美しい観音像を期待したが、仏壇の扉は閉まり、期待ハズレの顎ハズレ!、、、、、、疲れと汗がドッと出た。 来たついでに、チョイとナイショで水を貰い休憩。
 
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・・・・・・・・・・・・・・綾瀬川の土手が見えた! 土手に上がり対岸見れば、足立区花畑の住宅が並ぶ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・対岸から眺める伝右川排水機場。 写真手前を流れる綾瀬川、樋門から流れ出るのは伝右川、その奥に綾瀬川(毛長川)が流れている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・上の写真を撮影した場所に八潮市から流れ込む小さな用水路。
 
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・・・・・・・・・・・・・これより綾瀬川の上流に架かる桑袋大橋を渡り、排水機場のある対岸を目指す。、、、、、途中、ザクロを見つけ、一瞬、秋を感じる。 しかし、歩けばサラサラ汗がダラダラ。 暑い!、暑い!、メチャクチャ暑い!
 
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花畑第四アパート・・・・・・・・・・・足立区花畑の綾瀬川両岸には、都営住宅が建ち並んでいる。、、、、、23区最北端の都営住宅かも(?)。 東武伊勢崎線谷塚駅、つくばEXP六町駅、八潮駅のいずれからも直線距離で約2km、歩いたら30分以上、バスは1時間に数本、滅茶苦茶不便なところのようだ!
 
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④伝右川排水機場・・・・・・・・・・・綾瀬川と綾瀬川の支流:毛長川に挟まれて合流する伝右川(でんうかわ)。、、、、、、伝右川は、埼玉県および東京都を流れる利根川水系の一級河川であるが、水質も超一級で“綾瀬川支流の中ではもっとも水質が悪い”とお墨付きがあるようだ。 その最下流にあって、草加市、八潮市に大きな被害をもたらした昭和56年(1681)の台風24号の激特事業の一環として、伝右川流域の洪水、内水被害の軽減を目的として建設された排水機場。 立軸軸流ポンプ3台で最大排水量15立方メートル/秒の能力を有している。 樋門は昭和60年(1985)、鹿島建設の施工で完成した。
 
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⑤大鷲神社・・・・・・・・・・ここ花畑の大鷲神社の創建は古く、平安時代、新羅三郎義光が奥州の役に赴く途中、社前に戦勝を祈願したと伝えられるゆかりの社だ。、、、、、私が住む台東区千束の鷲神社同様に、応徳(1084)の頃から毎年11月の酉の日に例祭が行われ賑わうそうだ。、、、、、現在の本殿は嘉永7年(1854)に上棟、明治8年(1875)竣工、総欅方3間四方唐破風造り。 正面左右に竜が浮彫りされている。 拝殿は寛永元年の建築らしい。、、、、堂々とした立派な建築である。
 
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●・・・・・・・・・・・・大鷲神社に手を合わせ、六町駅に向かったが、、、、、途中、「花畑第一小学校入口」バス停でタイムアウト。 ここからバスで駅まで行くことにしたが、ナント、乗りそこねてしまった。シマッタ! 次のバスは約1時間後、不便な処だ! 親切な方に、他のバス停へ案内していただき帰宅する。、、、、、、八潮駅からここまで、1万4千歩の散歩でした。
 
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2017年7月31日 (月)

草加 甚右衛門堰

『何処を散歩するか?』、今朝は考えることなく、草加の「甚左衛門堰」を見に行くことにした。 理由は簡単! 今朝、布団の中で朝のニュースを見るつもりで、タブレット端末のスイッチを入れたら、地図アプリが起動し、指先が地図上の「甚左衛門堰」に触れたようだ。 自動的に「甚左衛門堰」の写真が表示された。 雨上がりに撮影した写真のようで、煉瓦造りの堰が綺麗な色で表示された。 見た瞬間、『今日の散歩は此処に決定!』。、、、、、、、草加駅で下車し、「札場河岸公園」辺りまでの往復、1万歩の散歩です。
 
 
 
草加駅 ・・・・・・・・・・草加駅の開業は古く、明治32年(1899)である。 現駅は昭和63年(1988)に完成した、両外側の通過線2線が島式ホーム2面4線を挟む構造の高架駅である。
 
・・・・・・・・・・・・・・急行、も、準急も、普通も停車する。 東武伊勢崎線の駅としては、北千住、とうきょうスカイツリー、越谷に次いで4番目に乗降客(平均一日8万5千人)の多い駅である。、、、、、吾輩の住む浅草橋は、JR(5万4千人)+都営(5万9千人)もの乗降客がいるのに、駅前には大型商業施設もなく、マック、スタバもなく、完全に負けている!
 
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・・・・・・・・・・・・・そろそろ通勤客も減ると思われる時刻だが、まだまだ都心に向かうホームは人が多い。
 
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②旧草加小学校西校舎・・・・・・・・・駅から北へ500m程歩くと、大正15年(1926)に建てられた、県内で最初の鉄筋コンクリート造校舎がある。 現在は草加市立歴史民俗資料館として再利用されている。(資料館は本日定休日、残念!)、、、、、正面中央上部が山型にとんがった屋根が印象的な建物である。 国登録有形文化財。
 
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③東福寺・・・・・・・・・・・・歴史民俗資料館から北へ100m、真言宗智山派の松寿山不動院東福寺がある。 草加宿を開宿した大川図書が開基し、僧賢宥が慶長11年(1606)に創建した。 大きな寺だ!、、、、、、本堂・山門・鐘楼は江戸時代後期の建物である。
 
・・・・・・・・・・・・・・山門、、、、、、、日光街道旧道から参道を進み正面に、本柱2本と4本の控柱を有する四脚門形式の山門がある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・本堂、、、、、、本堂は草加市内最大で、文政7年(1824)に改築された。 屋根の勾配は優美な曲線を画描いている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・本堂横には、文久2年(1862)に建てられた鐘楼がある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・墓地には、天明・寛政(1781~1801)の頃に活躍した江戸の落語家:石井宗叔(いしいそうしゅく)の墓がある。 宗叔は、“落ち”がなく、連続する「長ばなし」と「座敷仕型話」を得意とした。 今まで小咄型の落とし噺だった落語を、人情噺のように長いものにして現在の落語に近い形を作った。 江戸落語の元祖である。、、、、、なぜ、東福寺に宗叔の墓があるか? 深く追求しておらず、判りません、ゴメン!
 
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④神明宮・・・・・・・・・・・旧道の宿場のはずれに、草加宿の総鎮守とされていた神社:神明宮がある。 吾輩のブログ『雅万歩』に度々登場する几号水準点 の一つがここにも残っている。、、、、、今日は、近くまで来たのでチョイと立ち寄ってきた。 
 
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⑤芭蕉・曽良の像・・・・・・・・・・・・草加宿の北の端を流れる伝右川(でんうかわ)に架かる橋の両岸に、俳人:芭蕉と弟子:曽良の像がある。 どちらも草加出身の彫刻家・麦倉忠彦氏の作品だが、芭蕉像が平成元年(1989)、曽良の像が平成20年(2008)の作品である。 両像とも、草加市民から浄財を募って建設したそうだ。、、、、、では、草加と芭蕉・曽良の関係は? 元禄2年弥生27日(1689年5月16日)に、『奥の細道』の工程として、ここ草加に歩みを印した記念と言うことらしい、チョイと無理があるかも?。 吾輩がケチをつけると、芭蕉は『奥の細道』で千住を旅立ち当日は草加に宿泊した。 草加では、荷物が重たく疲れたことと、旅には雨具が欠かせないことを、記述しているだけだ。 “草加せんべい”のことも書いていない。 よほど印象が薄かったようで、埼玉県内では一句も残さず素通りしたようだ。 ちなみに、千住の次に句を詠んだのは日光である。、、、、、像の設置は、『奥の細道』にあやかった、新たな観光名所の創造か(?)
 
・・・・・・・・・・・・・「札場河岸公園」にある芭蕉像
 
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・・・・・・・・・・・・対岸の草加宿入り口に立つ曽良の像
 
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⑥札場河岸公園・・・・・・・・・・綾瀬川と、伝右川に挟まれた中洲状の細長い地に「札場河岸公園」(ふだばかしこうえん)がある。 草加松原の南端に位置し、かつて舟運で栄えた、河岸場を復元した公園だ。 ここはよく整備された綺麗な公園で、「望楼」「芭蕉像」などと休憩施設がある。 さらに公園の南端側に「甚左衛門堰」もある。、、、、、、今日の散歩の目的地に到着!
 
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・・・・・・・・・・・・・公園の一画(日光街道際)に望楼はある。 望楼は、石垣の上に埼玉県産のスギ、ヒノキを使った木造の五角形の建築物で、高さは11.1m、内部は螺旋階段になっている。、、、、、最近建てた建物で、内部は自由拝見できる。 吾輩もチョイト拝見!
 
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・・・・・・・・・・・・・甚左衛門堰、、、、、、、甚左衛門堰は明治27年(1894)から昭和58年(1983)まで使用していた2連アーチ型の煉瓦造水門。 洪水時に綾瀬川から伝右川に水が逆流し田畑を侵すのを防ぐための堰で、かつては木造の堰でしたが、明治27年に煉瓦造りに改築された。 約90年使われ、造られてからは120年以上経過しているが、保存状態も素晴らしい。 煉瓦も美しく積まれ、デザインもGood! 見に来た価値があった!
 
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・・・・・・・・・・・・・・綾瀬川に面し札場河岸と称した船着場があった。 奥(綾瀬川上流側)には、木目模様の和風太鼓橋の「矢立橋」(平成6年5月竣工)がある。 
 
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⑦埼玉県神明排水機場・・・・・・・・・甚左衛門堰の南隣に、堰に変わる埼玉県神明排水機場がある。 綾瀬川(本流)と伝右川(支流)との間に位置する排水機場で、洪水のとき伝右川の過剰な水を大きい綾瀬川へ強制的に吐き出す装置だ。
 
・・・・・・・・・・・・・・手前の伝右川の水を、、、、、、
 
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・・・・・・・・・・・・・・・綾瀬川に吐き出す。
 
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⑧古綾瀬川排水機場・・・・・・・・・・・・神明排水機場がある地点では、綾瀬川が北から南へ流れ下り、伝右川が西から神明排水機場に流れ下ってくる。 同じように、神明排水機場水門に向かい合わせて、古綾瀬川が東から流れ綾瀬川に合流する。 ここにも排水機場と水門が設置され水害を防ぐ役割を担っている。
 
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●・・・・・・・・・・・・・・・・・帰りは、「草加せんべい」をみやげに買って帰ることにした。、、、、、店のお姉ちゃんが、冷たいお茶を出してくれたので、チョイと気を良くして、2袋買うところを、3袋に増やしてしまった。 すると、今度は久助をサービスしてくれた。 そして、お茶ももう一杯!、、、、、今度来る時まで、お姉ちゃんは吾輩の顔を覚えておいてくれるかな?
 
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2017年6月 2日 (金)

花畑運河

つくばエキスプレス八潮駅から南下し、足立区の北東部にある花畑運河を歩きつくばエキスプレス六町駅まで、1万3千歩の散歩です。
 
 
八潮駅・・・・・・・・・・・・・・埼玉県の東南、草加市と三郷市に挟まれた八潮市は、東京都足立区・葛飾区とも隣り合わせる市である。 昭和31年(1956)に三村が合併し、「条村」・「幡村」+「止村」=「八潮村」となった。 その後、八潮村から八潮町を経て、昭和47年(1972)に八潮市となる。 市内唯一の鉄道がつくばエキスプレスで、唯一の駅が八潮駅である。 平成17年(2005)8月24日に開業した、島式ホーム2面4線の高架駅は、私が住むJR浅草橋駅より格段に大きく立派である。(比べることに無理があるかも)
 
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②垳川排水機場・・・・・・・・・・・八潮駅から南へ1km程行くと、東京都足立区と埼玉県八潮市の境となる垳(がけ)川が、中川に合流する地点に垳川排水機場がある。 中川との接続点に昭和54年(1979)に造られた排水機場。、、、、、、垳川はかつて綾瀬川本流であったが、江戸初期に綾瀬川から切り離され、江戸中期には中川とも切り離されて、川の中間部には葛西用水が流れ込み、溜池のようなものとなった。 そこで、増水時には水害防止のため、綾瀬川や中川に排水する施設として垳川排水機場がある。 ここには、5台のポンプがあり、フルに稼働すると1分間に学校のプール7個分の水を排水する能力が確保されている。、、、、、、首都圏の洪水対策は完璧だね!(チョイト心配だが?)
 
・・・・・・・・・・・・・・・写真右側は八潮市、左側は足立区。 都県境の垳川。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・垳川排水機場
 
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・・・・・・・・・・・・・・・垳川排水機場前を流れる中川。、、、、、左側の新大場川水門は葛飾区西水元と八潮市古新田の間に造られている。
 
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③花畑運河・・・・・・・・・・足立区東部(JR綾瀬駅・亀有駅のはるか北3.5km程)に位置し、東京近郊の農村地帯と都心を結ぶ舟運の利便化のため、昭和6年(1931)に中川と綾瀬川を結ぶ運河として開削された。、、、、江戸・明治の頃より、舟運は埼玉県東部の穀倉地帯からの食糧を輸送するだけでなく、東京から出された大量の糞尿を肥料として農耕地帯へ送り出していた。 それに係わる運搬船は、最盛期に3,800隻近くとなっていた。、、、、春日部・越谷近辺から中川を下ってくる船は、現在の旧中川をとおり、小名木川・隅田川・都心のルートを航行した。 一方、綾瀬川を下ってくるルートは、現在の堀切駅近くにある隅田川水門から隅田川に入り都心に直結していた。 明治44年(1911)から、荒川放水路の開削工事が始まると、放水路により中川は分断され、中川ルートは各所に水門・閘門が設けられ運行に支障をきたすこととなる。、、、、そこで、大正14年(1925)、急遽、花畑運河の開削工事が計画され、中川ルートの船を綾瀬川ルートに誘導し、渋滞解消をはかることにした。 工事は荒川放水路の竣工に半年遅れ昭和6年(1931)12月に完成した。、、、、戦後は糞尿輸送・食料輸送も減り、現在は東京湾に向かう釣り船がたまに通行するだけとなった。、、、、ここで、私が考えた今後の利用計画を内緒で披露する。 両端の水門を閉じ、釣り船の航行は止め、足立区営の巨大な釣り堀にしたらどうだろう! 
 
・・・・・・・・・・・・・中川寄りの六ツ木水門、、、、、、平成11年 (1999) 3月に竣工した幅員7.5mのローラーゲート式。 こちらは水門は常時開放され船の進入が可能。 ただし、花畑運河にかかる橋は水面からの高さが低く、干潮時でないと通航困難とのこと。
 
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・・・・・・・・・・・・・・六ツ木水門から見る、真直ぐに伸びる花畑運河。
 
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・・・・・・・・・・・・・・運河上には六ツ木水門から順に、桜木橋富士見歩道橋雪見橋月見橋と架かり、綾瀬川寄りには花畑水門がある。
 
・・・・・・・・・・・・・・桜木橋と、桜木橋から見る六ツ木水門、そして花畑水門側を望む。
 
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・・・・・・・・・・・・・・運河は両サイドをコンクリートの護岸で囲まれている。 水辺には下りることができない。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・下りられない水辺で釣りをする人。 水面にはペットボトルがプカプカ。 釣った魚で晩酌するのか? 
 
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・・・・・・・・・・・・・・・雪見橋から花畑水門側を見ると、川にはゴミが浮いている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・綾瀬川寄りの運河には、月見橋が架かり、スグ隣に花畑水門、頭上には首都高6号三郷線が走る。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・綾瀬川を挟み、対岸から見る花畑水門。
 
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六町駅 ・・・・・・・・・・平成17年(2005)に開業した、つくばエクスプレスの六町(ろくちょう)駅。 駅周辺にはスーパーがあるていど、これと言うめぼしきものは無し。 あっ、そう・そう、マクドナルドがあったね、私の住む浅草橋にあったマックは数年前に撤退した、残念だが負けた!
 
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2017年5月29日 (月)

見沼代親水公園~鳩ケ谷

日暮里舎人ライナーの終着駅:見沼代親水公園駅から、北西に向かい埼玉高速鉄道の鳩ケ谷駅まで、1万3千歩の散歩です。
 
 
 
①日暮里舎人ライナー・・・・・・・・・・東京都民で70歳以上になると、年2万510円で都営地下鉄・都電・日暮里舎人ライナーと都内を走る私営バスの大半が乗り放題の「シルバーパス」を購入することができる。 私も今年からこれを利用しており、今日も、起点の日暮里から終点の見沼代親水公園まで乗車してきた。 ちなみにこの間は、9.7kmで、両端を含め13駅、運賃330円である。
 
・・・・・・・・・・・・・・起点:日暮里駅
 
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・・・・・・・・・・・・・・・一番前の座席に座り、カメラ構えて出発進行!
 
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・・・・・・・・・・・・・・終点:見沼代親水公園駅
 
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・・・・・・・・・・・・・都内を走る鉄道で、東京23区の最北端の駅である。 平成20年(2008)開業。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・軌道がちょん切れた先端から埼玉県(草加市)との境までは220m程、まさしく役所が造った“都営”の交通機関である。 チョイト伸ばして草加市・川口市に乗り入れれば、儲かると思うのだが?
 
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・・・・・・・・・・・・・・東京都(足立区舎人)から眺めた埼玉県(草加市)。
 
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②舎人氷川神社・・・・・・・・・・見沼代親水公園駅の南側(足立区舎人5)にある氷川神社。 舎人氷川神社は、正治2年(1200)に大宮氷川神社を勧請して創建した、明治5年には村社となった。、、、、、現在の社殿は、天保7年(1836)の建築で、総けやき造り、柾目の素材を集めて造営された。 唐様破風流れ造りの屋根が大きく社殿を覆っている。 その特徴は社殿一面に施された昇龍・降龍・唐獅子などの彫刻美にある。 残念ながら、本殿は鉄骨の鞘堂で覆われチョイト見ずらい。
 
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③23区で最北端の家・・・・・・・・・・・見沼代親水公園駅が都内で最北端の駅であれば、住宅の最北端は、、、、、地図を見ると“都内の最北端”は奥多摩の方にあるようだ、しかし“23区の最北端”はこの地にあるようだ。 駅の北側、埼玉県側にチョイト出っ張った住宅地があり、私の推測ではこの一画が該当すると思われる。
 
・・・・・・・・・・・・・・・用水路と並行する裏道。右側のスパーは埼玉県草加市、左側の仮囲いとその先にある住宅は東京都足立区。 この付近が23区の最北端だ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・・地図で推測すると、こちらの新栄テントの看板が出ている建物が最北端であると、私が決めた!
 
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・・・・・・・・・・・・・・話はついでに、、、、、最北端の家から50m程西に歩くと、今度は都県境と市境がT字型にぶつかる処がある。、、、、、、写真、右側の一段高くなった駐車場は埼玉県草加市、中央の白い住宅は埼玉県川口市、左右に伸びる道路の手前側は東京都足立区である。、、、、、、今日の散歩は、駐車場と白い住宅の間を歩き川口市に入った。
 
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④普門寺・・・・・・・・・・・・・川口市本蓮1丁目に真言宗智山派の熊野山普門寺がある。 普門寺の創建年代は不詳であるが、歴史のありそうな寺だ。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・本堂は最近建てられたものと思われる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・延宝6年(1678)に建てられた観音堂。、、、、、屋根は平成2年(1990)に茅葺き屋根から銅板に替えたそうだ。
 
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⑤文化放送送信所・・・・・・・・・・・普門寺から北西へ歩き、川口市赤井という処に来ると、森の中に大きな紅白のポールが見えた。、、、、、測量用のものかな? 行ってみよう!
 
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・・・・・・・・・・・・・・正面と思われる処には、「文化放送 送信所」の表示がある。、、、、ここがらあの「文化放送・・・・・文化放送・・・・・JOQR」と流されていたのか、感動したね。、、、、でも? 東京タワー、スカイツリーと比べると極端に小さい。 こんなもので、都心の我が家まで電波が届くのか? ひょっとすると、地元向けのローカル放送用かも。 疑ってしまうね。
 
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・・・・・・・・・・門に、『この送信所には、強力な電波発射の設備がありキケンです・・・・・』と表示されている。、、、、ゲートは閉ざされ、なんだか、恐ろしい秘密兵器でもあるようだ。 北朝鮮に向けて発射してくれ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・・円墳状にフェンスで囲われた送信所の周囲には見沼用水が流れ、用水沿いに遊歩道が整備されている。 バラが見事に咲いていた。
 
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⑥坂下町・・・・・・・・・鳩ケ谷地区の中心的な町。 2丁目と3丁目の町境であるバス通りを歩き、鳩ケ谷駅を目指す。、、、、、そろそろ、太陽も元気づき熱中症が気になる時刻。 歩きながら日陰を探すが、ちょうど道の方向と太陽光の方向が一致し、私を真後ろから照らす位置に太陽がある。 これじゃ探しても日陰は無いのであきらめた。 
 
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⑦鳩ヶ谷氷川神社・・・・・・・・・・・無事、熱中症にならず鳩ヶ谷駅付近に到着。 道端の案内に鳩ヶ谷氷川神社の名をみつけ、今日の散歩は、見沼代親水公園駅の氷川神社に始まり、鳩ヶ谷本町にある氷川神社終えることにした。、、、、、鳩ヶ谷氷川神社は、鳩ヶ谷宿の鎮守で、応永元年(1394)に造営された。、、、、、、明治時代には、近郷の氷川社・稲荷社・熊野社・住吉社・金比羅社・神明社・八坂社・浅間社・天神社など18社を合祀した。 その結果、各種神様を取りそろえたため、安産祈願、合格祈願、商売繁盛など、なんでもOKの神社となったようだ。 経営の多角化を実践した先見の明ある神社で、御利益が期待できそう。
 
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鳩ヶ谷駅・・・・・・・・・・・昭和42年(1967)に市制施行された鳩ヶ谷市は、平成23年(2011)に川口市に編入され消滅した。、、、、、、「陸の孤島」として交通機関の無かった市に、初めて開通した埼玉高速鉄道の鳩ヶ谷駅は、無くなることなく健在である。
 
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2017年4月17日 (月)

鹿浜

日暮里・舎人ライナー西新井大師西駅から、ほぼ真西にある芝川水門まで行き、再び西新井大師西駅まで戻る、1万2千歩の散歩です。
 
 
 
①西新井大師西駅・・・・・・・・・・・平成20年(2008)3月30日、日暮里・舎人ライナーの開通と同時に開業した駅。、、、、、駅名となっている西新井大師までは、東へ直線距離で約1km、許容範囲を超えた無理な命名だ。 お年寄りが当駅で降りてお参りに行くと、大師の門前で行き倒れるかも(?) 後悔しないように、東武大師線、東武バスを利用し、無理のない参拝をしよう。
 
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②江北六丁目団地・・・・・・・・・・西新井大師西駅西口に隣接する、昭和46年(1971)に建てられた総戸数860戸(29棟)の旧住宅公団の団地。 近年、リニューアルしたようで外装はきれいだが、全棟5階建て鉄筋コンクリート造の団地は、団地ファンが喜びそうだ。 This is “昭和40年代の団地”。
 
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③押部八幡神社・・・・・・・・・鹿浜7丁目にある、誉田別尊(応神天皇)を祭神とする旧鹿浜村小名押部の鎮守社。 神社の創建は徳川時代中期と伝えられている。 大正12年(1923)の関東大震災で社殿が破損したが、直ちに再建し現在に至る。
 
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④阿弥陀院・・・・・・・八幡神社の隣に、天明2年(1782)の創建と言われている真言宗智山派の阿弥陀院がある。 本尊は阿弥陀如来像。、、、、、昭和40年(1965)に、鉄筋コンクリート造で本堂および庫裡の改築が行われたそうだ。
 
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⑤焼き芋・・・・・・・・・・おいおい、20℃を超えたこの暑さ、焼き芋屋さんがいる。 ちゃんと、窯に火が入っている。、、、、、芋屋さんは運転席で地図を広げ、マーケットを分析中。 売れそうな、寒い場所へ移動するのか?
 
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・・・・・・・・・・・・・・・ギョ! 芋屋さんの車の先に、ナント! 機関車が! これは、偶然か? 神の御導きか?
 
 
⑥C5075機関車・・・・・・・・・・ここは、北鹿浜公園。 公園の中に、一見して、可哀そう、痛々しい、見すぼらしい、重病の機関車が展示されていた。、、、、この蒸気機関車はC5075(中距離用小型テンダ機関車)といい、昭和4年(1929)に川崎重工兵庫工場で製造され、昭和46年(1971)まで、豊岡・奈良・亀山などの機関区に所属し200万kmも走り続けた強者である。、、、、、柵の貼り紙には、今年から2年間かけボランティアの支援を得て、補修と塗装が行われる旨、記されていた。 しっかりと修理されることを期待し、よろしく!
 
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⑦芝川・・・・・・・・・・・・・C5075機関車から500m程西へ向かうと今日の散歩の目的地「芝川」に出た。 芝川は、桶川市が源流で、上尾を抜け、見沼田圃を抜け、川口市に入り、芝川水門で荒川に注ぐ一級河川。、、、、、写真:右側は足立区鹿浜、左側は川口市領家
 
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・・・・・・・・・・・・・・振り返り、川下には赤い建物「新芝川排水機場」と左に「芝川水門」が見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・・芝川水門、、、、、、大雨などによる洪水が発生した場合、荒川の水位が高くなると芝川へ逆流が発生してしまう。それを防ぐために作られたのが芝川水門である。 普段はゲートが上がっていて、船は行き来できる。、、、、ゲート2門の水門は、昭和46年(1971)に完成した。、、、、現在は、耐震補強中である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・新芝川排水機場、、、、、、水門の隣には芝川増水時に水をポンプで荒川に排水するために昭和53年(1978)に設置された新芝川排水機場。 その排水口に新芝川排水機場樋管(樋門)があります。
 
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⑧都市農業公園・・・・・・・・・・・・芝川水門の近くに、足立区立の都市農業公園がある。 園内の一画に、江戸時代後期の農家(和井田家)、旧浅野家長屋門(俗称「谷久門」)が移築保存されている。、、、、、足立区内にあった、昔の農家で、東京にあるとは思えない農村の風景を楽しむことができる。
 
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●・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この後、西新井大師西駅に戻り、帰宅。

2017年4月 6日 (木)

戸田橋

JR埼京線戸田公園駅から、荒川に架かる戸田橋を渡り、埼京線浮間舟渡駅まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
①戸田公園駅・・・・・・・・・・・東北新幹線の建設では、埼玉県南部の人口密集地を抜けるため、新幹線高架橋と並行して通勤新線を建設し住民の説得にあたったのが埼京線である。 昭和60年(1985)9月30日、その埼京線と同時開業した駅の一つが戸田公園駅。、、、、島式ホーム1面2線と、両外側に1線づつ通過線がある高架駅。 下り線の外側には新幹線の高架橋が並行する。
 
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・・・・・・・・・・・・・・このまま電車に乗って終点まで行きたくなった!
 
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②地蔵堂・・・・・・・・・・・・・荒川の左岸:戸田市川岸1丁目に地蔵堂がある。 堂は江戸時代の絵図にも記載されている、戸田市内最古の木造建造物だそうだ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・地蔵堂の近くにある水神宮(すいじんぐう)。、、、、正面の石碑には寛政8年(1796)の銘がある。 この地の氏神さまらしい。
 
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・・・・・・・・・・・・・・地蔵堂の近くにもう一つ古そうなものがあった。、、、、今も現役のポスト
 
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③戸田の渡し跡・・・・・・・・・・水神宮向かいの荒川土手に「中山道戸田渡船場跡」の碑がある。、、、、、、荒川には江戸防衛の意から橋は架けられず、人々はここを越えるには船による渡しに頼らざる得なかった。 これが中山道「戸田の渡し」である。、、、、この渡しは、天正年中(1575~1591)よりあったとされ、その重要性は近世を通じて変わらなかった。 明治8年(1875)には木橋の戸田橋がついに完成し、「戸田の渡し」が廃止となった。
 
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④戸田橋親柱・・・・・・・・・・・戸田橋の北詰(戸田市川岸3)の戸田橋親水公園に3代目戸田橋の親柱が保存されている。、、、、、、3代目戸田橋は、昭和4年(1929)に着工し、総工費101万9000円を投じ、昭和7年(1932)12月24日に竣工した、長さ545m、幅11m、当時の橋梁技術の粋を集めた近代的な鉄製トラス橋で、完成当時は日本一斬新でモダンなデザインが話題を呼んだ。 橋の設計は増田淳(千住大橋白鬚橋などを設計)、橋の施工は横河橋梁(現、横河ブリッジ)、架設は鴻池組である。
 
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・・・・・・・・・・・・・親柱の銘板「埼玉縣」には、後に米軍憲兵によって付けられたといわれている弾痕が3箇所ある。 一か所は、「埼玉縣」の“玉”の字の中央に、パチンコ玉程のくぼみを見ることができる。、、、、、“玉”を弾で傷つけ、おっ魂げた!
 
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・・・・・・・・・・・・・・・3代目戸田橋 (雑誌「工事画報」昭和8年1月号より )
 
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⑤戸田公園・・・・・・・・・・駅名ともなっている戸田公園は、荒川の水を引き込んだ戸田オリンピックボートコースをはじめ、荒川の河川敷に広がる野球用のグラウンドなどの総称である。 戸田競艇場もボートコースの西端にある。、、、、、ボートコースは約2.5kmの長さ、長すぎるので、端っこだけ見てきた! 2020年東京オリンピックもここを利用すればいいのにね!
 
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⑥戸田橋・・・・・・・・・・・・現在の戸田橋は、埼玉県戸田市と東京都板橋区の間で荒川に架かるかかる橋で、国道17号(中山道)を通す。 新幹線・埼京線荒川橋梁が下流側に並行して架かる。、、、、、明治8年(1875)に最初の木橋の戸田橋が架けられ、大正元年(1912)に2代目の戸田橋(木橋)が架けられ、3代目は昭和7年(1932)に鋼製のカンチレバートラス橋が架けられた。、、、、、現橋(4代目)は、昭和53年(1978)竣工した、長さ519m、幅21mの鋼連続箱桁橋である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・上流側を望む。
 
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⑦浮間公園・・・・・・・・・・・浮間舟渡駅の正面に広がる、東側の北区と西側の板橋区にまたがる約4万m²の公園。、、、、元は荒川が流れていたところで、大正から昭和にかけての河川改修で一部が池になった。 昭和42年(1967)に浮間公園が設けられた。、、、、、只今、満開! 早々と、昼前から桜色に染まった人もいた。
 
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浮間舟渡駅 ・・・・・・・・・・北区浮間と板橋区舟渡の2区にまたがる駅。 
 
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2017年3月 3日 (金)

松原団地

東武鉄道伊勢崎線『松原団地駅』の駅名が今月末までで、4月1日からは『獨協大学前』となる。 それに伴い、記念乗車券が3月1日から発売されている。 欲しくなり、『買いに行こう!』、散歩を兼ね松原団地駅まで行ってきた。 松原団地、獨協大学にもお立ち寄り。 1万1千歩の散歩です。
 
 
 
①松原団地駅・・・・・・・・・・・戦後、昭和30年代から昭和40年代は、高度成長期とも重なり、首都圏の住宅不足を解消するため、大規模団地の建設が各所で行われた。 その一つで、東洋最大規模のマンモス団地と呼ばれたのが、住宅公団が手掛けた「松原団地」である。 団地の入居に合わせて、松原団地駅は昭和37年(1962)12月1日に、新田~草加間に開業した。、、、、昭和39年(1964)には、団地の南側に隣接して獨協大学が開校し、学生も乗降する駅となる。 さらに昭和63年(1988)からは、それまでの地上駅から高架駅に変わる。、、、島式ホーム1面2線の高架駅で、停車するのは緩行線である。 優等列車は両外側を通過する。、、、、「松原団地」と表示された駅名の見納めである。 こんど来たときは「獨協大学前」だ。
 
・・・・・・・・・・・・・・・松原団地側の西口
 
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・・・・・・・・・・・・・・旧日光街道側の東口
 
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・・・・・・・・・・・・・・緩行線しか止まらぬホーム。
 
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●駅名変更・・・・・・・・・・・駅名となった「松原団地」は、現在、都市再生機構(UR)による全面的な建て替えが進められている。 また、市街地の整備も進められ、平成2年(2014)3月に旧日光街道の「草加松原」が国指定の名勝地“おくのほそ道の風景地”となったことを受け、草加商工会議所を中心に駅名変更の声が高まっていた。 そこで駅名変更により地域のイメージアップとともに、観光地としてのPRにもつなげる狙いで、「獨協大学前〈草加松原〉」駅に改称される。、、、、名称変更に要する費用(約3億円)は獨協大学が全額負担する予定らしい。(大学のPRになるからね!)、、、、駅名変更を記念し、3000セット限定で価格は500円也の記念乗車券が発売された。 松原団地駅で記念乗車券を入手し、顔もほころび、ニコニコ!
 
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・・・・・・・・・・・・・・・駅に貼られたポスター
 
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●松原団地と獨協大学の位置・・・・・・・・・・昭和54年(1979)の空中写真
 
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②松原団地・・・・・・・・・・松原団地は東側(駅側)から、A・B・C・Dの4地区に区分され、A地区は建て替え済み、B地区は建築中、C地区は今年取り壊し予定、国道4号側のD地区はおそらく来年取り壊されるであろう。、、、、、第1期の入居募集は昭和37年(1962)から翌年に架け実施され、780戸の募集に対して、約1万件の応募があったそうだ。、、、、全住居は約6000戸あったそうで、1DKが約1400戸、2DKが約2200戸、3DKが約1700戸、テラスハウスが約660戸の内訳である。 各戸とも狭い、当時の造りであったようだ。、、、、、建て替えは、民間のデベロッパも参加して進められている。 すでにA地区は約1,500戸の分譲・賃貸住宅で事業は完了しており、住友不動産が分譲するマンションはB地区。 残りのC・D地区は未定で、戸建ても含め約3,000戸が建設される予定。、、、、、新しい住居は広いく、便利で使い勝手がよさそうだ、若い人が多く、保育園はママどうしのおしゃべりの場。 D地区にまだ住んでいるお年寄りは、チョイト淋しそうだった。
 
・・・・・・・・・・・・・・建て替えの済んだ地区。 まだ汚れの無い、綺麗な建物だが、なんとなく薄っぺらな感じがするね!
 
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・・・・・・・・・・・・・・B地区は工事中。
 
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・・・・・・・・・・・・・・C地区は取り壊しが始まっている。、、、、建てた人、住んだ人、生まれた人、皆、思いである建物だ。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・通る人影もない道、遊ぶ子供もいない公園、いったい何人がいるのか? ゴーストタウンのような静けさのD地区。、、、、テラスハウスを含む、D地区の一画を“昭和の遺産”として保存できないものか?
 
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③獨協大学・・・・・・・・・・・明治16年(1883)、西周、品川弥二郎、加藤弘之らによって東京の麴町区に設置された獨逸學協會學校を起源とする。 獨逸學協會學校では、現在の法科大学院と同等の教育を実施していた専攻科を明治28年(1895)まで設置していた。 昭和39年(1964)、第2次吉田内閣で文部大臣を務めた天野貞祐を初代学長に迎え大学を設立した。、、、、大学は現在、草加市に所在し、語学・経済学・法学などの4学部4研究科を置く、人文科学・社会科学系総合大学である。、、、、チョイト、構内を見学。
 
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・・・・・・・・・・・・・・キャンパス中央にある天野貞祐記念館を拝見。、、、、地上5階建て、高さ33m、延床面積約29,500㎡の建物は、「日本建築家協会優秀建築選2008」、「2013年度草加市まちなみ景観賞」などを受賞した、学内最大の複合施設であり、外観はドイツの国会議事堂をモデルとしている。、、、、私は、ドイツに行ったこともなく、国会議事堂とは? プラネタリウムかと思った!
 
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・・・・・・・・・・・・・エントランス部分、、、、、明るく、広い、学生はどこに?
 
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・・・・・・・・・・・・・・図書室、、、、、ここも空いてるね。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・「獨協歴史ギャラリー」には、大学の歩みを知る資料がズラリ! その一画には、天野貞祐の書斎が復元されれていた。
 
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2016年10月20日 (木)

八潮~谷塚

つくばエクスプレス八潮駅から、東武スカイツリーライン(伊勢崎線)谷塚駅まで、1万3千歩、8kmの散歩です。
 
 
八潮駅 ・・・・・・・・・つくばエキスプレスに乗ると、浅草から八潮までは12分で着く。 浅草橋の我が家からだと約30分である、早い! 今日も特段の思いがあるわけではないが、八潮駅で下車してみた。、、、下車はしたけど、『どちらへ向かう?』、駅でしばし作戦タイム。 持参のタブレットで、地図をにらみ、近そうな東武伊勢崎線の谷塚駅まで歩くことにした。
 
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②西へ向かう・・・・・・・・・・・・「西はどっちと ききたいけれど 来る人 婆さん ばかりなり」
 
・・・・・・・・・・・・・・首都高6号三郷線の下を抜け、新興住宅街の八潮の町へ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・境橋付近の「葛西用水」に出た。、、、、雑草が茂り、川面は見えず、やぶ蚊の多そうな水路である。、、、、、江戸時代初頭の万治3年(1660)に江戸幕府が天領開発の一環として、灌漑用水路の開発を始めた。 利根川から引いた水で埼玉県東部を潤す農業用水として、埼玉県羽生市から東京都足立区東和まで伸びている。 完成までに100年を要したそうだ。、、、、、橋や堰を見ていると、農業用水として活用されていた時代が偲ばれる。
 
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③大曽根八幡神社・・・・・・・・・・・境橋の西(八潮市大曽根)に八幡神社はある。 八幡神社の創建は文亀2年(1502)と言われている。 譽田別命を祭神として境内に稲荷神社・天神社・古峯神社を祀る。、、、、、 現社殿は明治28年(1895)の再建で、本殿は総欅一間社流れ造り、向拝正面を唐破風、上部を千鳥破風、桂間の壁面は神話を題材とした浮彫りをはめこむ手の込んだ造りである。
 
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④都営花畑第4アパート・・・・・・・・・・大曽根八幡神社から西へ歩くと足立区花畑8丁目になった。  『アレ? 足立区?』、、、、八潮市と草加市の境に、強引に割り込んだような形で足立区の土地がある。 地図を見ると東京23区の北の端:足立区、その足立区の北の端が花畑8丁目、さらに8丁目の北の端を含み8丁目の半分ほどを花畑第4アパートが占めている。、、、、、この“端”に気付いた私は、都営アパートの北の端が見たくなり、花畑第4アパートの北の端の棟を探してみた。
 
・・・・・・・・・・・・・八潮市の方から歩いてくると、綾瀬川の対岸に花畑第4アパートが見える。
 
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・・・・・・・・・・・・・・綾瀬川は桑袋大橋(くわぶくろおおはし)で越える。、、、、平成2年(1989)3月の竣工。
 
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・・・・・・・・・・・・・・花畑第4アパートは、昭和46年(1971年)の建設、総戸数1004戸(22棟)の綾瀬川沿いにある大きな団地。 団地内には数件の商店があるが、周辺には大規模なスーパーなどはない。 最寄りの駅は東武伊勢崎線の谷塚駅、バスで10分、歩くと1時間。、、、、大袈裟に言うと、年寄りには、駅まで遠く、活気がない、陸の孤島である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・さてさて、私の求めていた、都営住宅の北の端はどれだ!、、、、まず、案内図で確認すると、22号棟が北の端である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・22号棟に到着。、、、、、来てみれば、なんの変りもない、ごく普通の建物である。 『あたり前田のクラッカー!』、、、、公式には確認できないが、この建物が最北端の都営住宅かも(?) 探した私も感動した(?)
 
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⑤草加市瀬崎・・・・・・・・・・花畑第4アパートを後にして、我が足は西に向かう。 アパートの敷地を抜けると、そこは草加市瀬崎である。 1丁目から7丁目まである広い町だが、我が足を止めるようなものもなく、谷塚駅に向けスタコラ・サッサ・ホイ・サッサ。、、、、、写真は順に、草加市記念体育館、追手風部屋、西往寺、富士浅間神社
 
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⑥谷塚駅・・・・・・・・・・・・・・谷塚に到着、やー疲れた!
 
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2016年10月 4日 (火)

八潮~水元公園

台風襲来前の真夏日、熱中症に要注意、予想最高気温33℃、いろいろ言われたが暑い一日であった。、、、、暑い 暑いと 叫べば 暑い 彼岸 過ぎたよ 馬鹿陽気
 
つくばエクスプレス八潮駅から、葛飾区の水元公園まで、1万歩、8kmの散歩です。
 
 
 
八潮駅 ・・・・・・・・・・・埼玉県の東南、草加市と三郷市に挟まれた知名度の低い「八潮市」。 市内唯一の鉄道駅が八潮駅。、、、、、平成17年(2005)8月24日、つくばエクスプレスの開通と同時に開業した、島式ホーム2面4線の高架駅である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・【由来】 「八潮」の地名は昭和31年(1956)、条村と幡村と止村が合併し八潮村が誕生した。 市に昇格したのは昭和47年(1972)の昭和の大合併の時である。、、、、駅前に鉄塔があるのは気になるが、村も50年過ぎると立派な市に変身したようだ。
 
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潮止橋 ・・・・・・・・・・中川に架かり、八潮市と三郷市を結ぶ県道が通る潮止橋(しおどめはし)。 橋名は上流にかつて潮止村があったことによる。、、、、、交通量の多い県道で、よそ見してると自転車に轢かれるかも。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・・橋から中川の上流を見る。
 
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③大瀬氷川神社・・・・・・・・・・・潮止橋を渡ると、大瀬氷川神社が県道横に見える。 創建年代は不詳。 「大瀬」の地は、葛飾区水元・三郷市戸ケ崎などとの水運拠点として古くから栄えたらしい。 神社は大瀬の鎮守として祀られ、明治42年(1909)に浅間神社を合祀し、大正9年(1920)には中川河川改修のため現在地へ遷座した。 祭神は櫛稲田姫命、須佐之男命。、、、、、大正12年(1923)の関東大震災では、移築して間もない社殿が右に傾き、鳥居や石灯籠が倒壊し、数年がかりで氏子一同力を合わせて復興したそうだ。 
 
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④二郷半領用水逃樋/二郷半領不動堀樋・・・・・・・・・・大瀬氷川神社を過ぎると、県道は三郷市の戸ケ崎交差点に出る。 ここから、交差する県道54号線(草加~千葉県:松戸)を南に向かうと、葛飾区水元公園の手前で第二大場川を越える。 ここに、煉瓦造の樋管が2か所にある。 二郷半領(にごうはんりょう)は地名。
 
・・・・・・・・・・・・・・二郷半領用水逃樋 (にごうはんりょうようすいにげひ)、、、、、、、この樋管は明治43年(1910)の大洪水で大破した木製樋管を、煉瓦造りで復旧したものである。、、、、逃樋の建設工事は、明治45年(1912)1月12日に起工し、同年3月31日に竣工した。 県の直轄工事であったが、担当は北葛飾郡技手の金子峯吉。 建設費は7,818円。   樋管長は19.1m。、、、、、現在、上部には県道が通り、樋管の周囲は雑草が茂り、チョイと見えにくい位置にある。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・二郷半領不動堀樋 (にごうはんりょうようふどうほりひ)、、、、、逆流防止用として建設された樋管である。、、、、こちらも、県直轄工事だが、逃樋と同じ金子峯吉が担当し、建設費約11,014円で、大正3年(1914)4月1日に着工し、同年5月30日に竣工している。 樋管の長さ22.4m。
 
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⑤閘門橋・・・・・・・・・葛飾区水元公園の北の端、大場川に架かる閘門橋(こうもんばし)は、明治43年(1910)に完成した、煉瓦造りのアーチ橋(上流側:4連、下流側:6連)である。 長さ30m、高さ5.5mで、上流側と下流側ではアーチの連数が異なる珍しい形式の煉瓦水門。 都内唯一の煉瓦アーチ橋で、土木遺産に選定されている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・上流側、、、、、一文字ずつ竣工年を刻んだ石の銘板が、壁面に埋め込まれている。(写真では読みづらいかも)
 
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・・・・・・・・・・・・・・下流側、、、、、、、中央アーチ部には、堰板を落とし込む二人の男のブロンズ像が設置されている。
 
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⑥水元公園・・・・・・・・・・・・葛飾区の北に位置する都立水元公園。 一部は埼玉県三郷市にもまたがっている。 93万m2以上ある、広い公園。 もともとは古利根川の河川敷であったものを公園とした。、、、、、平日の午前中だから(?)、子連れも、犬も、アベックも少ない、多いのは釣り人だけだ。 都内の公園とは思えない静けさ。癒されるね。
 
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●・・・・・・・・・・・水元公園の近くにバス停を見つけた! 時刻表では、20分おきに1時間3本ある。 次のバスまで3分。 ちょうどよい、これで金町駅へ出よう。、、、、待つこと15分、まだ来ない、イライラ。 ♪♪田舎のバスは おんぼろ車 ・・・・♪♪、歌えど歌えどまだ来ない、イライラが溜まり、オシッコも溜まる。、、、、、地元のおじさんが、私の背後から、『そこで待っててもバスは来ないよ! 土日だけだ!』  なに! 時刻表の端に、『土曜、日曜、祝日 運転』の文字が見えた、ビックリ、ガックリ、ポックリ!、、、、、礼を述べ、運行しているバス停を教えてもらい、さらに10分待って帰宅の途へ、、、、、
 
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