2024年7月21日 (日)

暑いので夏休みします!

連日の35℃超え。 後期高齢者の私には、この暑さの中、3時間程の散歩は堪える! しばらく『雅万歩』は夏休みにします。

P_20240721081801

2024年7月17日 (水)

古代東海道を歩く

今朝の東京は、雨は止んだが太陽は顔を出さずの曇り空、湿度が高く歩きはじめると、スグに服の中は汗でびっしょりとなる。 気温は28度ぐらい熱中症を心配しながら、京成小岩駅から立石駅まで歩いてきた。 1万1千歩




● 久しぶりに京成本線の「京成小岩駅で下車し歩くことにした。、、、、京成小岩駅は島式ホーム2面4線の地上駅で、橋上駅舎を有している。 出口は駅前にバス停がある北口と路地の奥にある裏口のような南口の2ヵ所。 駅の開業は、90年以上前の昭和7年(1932)5月15日。(開業当時はおそらく畑の中の駅だったと思うね?)、、、、JR総武線の小岩駅と京成小岩駅は、直線距離で1.0㎞程離れており、乗換は現実的ではない。 乗換えるなら、隣のJR市川駅と京成の市川真間駅で乗り替えた方が楽だ!

2407170742150

2407170725460

2407170734450

2407170736100




● 京成小岩駅北口を出て『さて、どっちへ歩こうか?』 北口付近から西に向かって奥戸橋を渡り、京成押上線の立石駅方面に伸びるバス通りがある。 歩いてる途中で雨が降ってきたらバスに乗れそうなので、今日の散歩はこの道を歩くことにした。 

2407170739040

2407170749070




● 京成小岩駅から数分の所に「愛国学園」(江戸川区西小岩)の中学校・高等学校がある。 学校は昭和13年(1938)設立の女子校。 千葉県四街道市には系列の大学もある。、、、、『ちょいと、女学生のお顔を拝見!』と校門近くに行ってみたが、時刻は8時数分前、まだ通学時間には早すぎる、誰もいないので校舎だけ拝見して早々に立ち去る。

2407170752120

2407170756420




● 愛国学園正門から50m程西に歩くと、「鎌倉かなえ通り」と交差する角に「古代東海道道標」なるものがある。 石碑自体は比較的新しいものと思われる。 碑文には『日本は七世紀以降、都を中心に畿内参道の整備を行いました。都から東国へは東海道と東山道の二本の官道が敷設され、人や文物が往来していました。墨田区隅田と江戸川区小岩を結ぶ道は、武蔵国と下総国を連絡する古代東海道の一部と考えられます。』と彫られてる。

2407170801550



・・・・・・・・・・ バス通りに出てしばらく歩き、新中川に架かる「三和橋」を渡ると「奥戸小学校」がある。 小学校の正門の脇に、同様の要旨の案内図がある。 地図は南北逆さまであるが、京成小岩駅の先から隅田川岸まで赤い線で古代東海道が標されてる。(地図はクリックすると拡大します)、、、、今日の散歩は、まさしく古代東海道を歩いてた。

2407170834230

2407170835208




● 新中川に架かる「三和橋(さんわばし)」は、昭和36年(1961)の新中川掘削工事に伴い架橋された。 その後、橋の劣化も進み、 平成24年(2012)現在の橋に架け替えられた。 橋の形式は、3径間連続プレビーム合成桁橋、橋長119.0m、幅員18.0m。

2407170826490

2407170827540




● 三和橋に続き、中川に架かる「奥戸橋(おくどばし)」を渡る。、、、、奥戸橋は、右岸 (西詰) の東京都葛飾区立石八丁目と左岸 (東詰) の奥戸七丁目の間を結んでいる。 現在の橋は、昭和47年(1972)竣工であり、過去に幾度かの架け替えが行われている。 現橋は、旧橋の下流に、6億7500万円で建設された。 形式はゲルバー式鋼I桁 + 活荷重合成I桁・H鋼桁 + PCホロースラブ橋、全長299.6m、幅11.0m。

2407170842020

2407170847340




● 奥戸橋の西側に、創祠は平安時代中期の長保年間(999~1003)に、陰陽師阿部晴明の勧請によると伝えられている「熊野神社」がある。 葛飾区内で最も古い神社の一つである。 本殿は総公孫樹材を用いて明治12年(1879)に、幣拝殿は昭和36年(1961)に、夫々改築造営された。、、、、古代東海道沿いの古社なので、チョイト参拝していく。

2407170900150

2407170859360

2407170856120


● 「立石」の地名は、葛飾区立石八丁目にある立石様という石に由来する。 この立石様は、現在児童公園に併設する祠の中に鎮座している。 付近にかつて古墳があったことやその材質(房州石という凝灰石の一種)から、古墳の石室などと同様、千葉県鋸山付近より当地に持ち込まれたと推定される。 また、奈良・平安時代には立石付近を横断していた古代東海道の道標として転用されていたらしい。 江戸時代には高さ60センチ以上の大きさだったらしいが、後に、立石様を欠いて持つと病気に効くという信仰や日清・日露戦争時に弾よけのお守りとして欠いて持つ人が現れたこと、また地盤沈下などの結果、現在では地表に頭だけだしてる、チョイト悲しい状況だ。

2407170904040

2407170904320

2407170904520




● 古代東海道の一部を歩き、工事中の京成押上線「立石駅に到着。 今日はここまで! 

2407170926280

2024年7月13日 (土)

小菅から六町まで

連日の猛暑に続き豪雨、今日は梅雨の中休み、久々の散歩となった。 東武伊勢崎線の小菅駅から北へ歩きはじめ、つくばエキスプレスの六町駅まで、1万1千歩です。




東武伊勢崎線の小菅駅(こすげえき)は、大正13年(1924)10月1日に開業した。 小菅駅は足立区足立の所在であるが、“ほぼ駅前”と言ってもいい、東京拘置所の所在地は葛飾区小菅である。 “小菅”と言えば、年配の人は“高い塀の刑務所”を思い出すかも、現在は“刑務所”ではなく、日本最大の3000人収容の開放的・モダンな“拘置所”である。、、、、駅は荒川岸に位置し、ホームの東側には東京拘置所があり、一日当たりの乗降客は約6000人で、都区内の駅としては少ない方だ。、、、、今日の散歩は、この小菅駅から拘置所を囲む堀(古隅田川)に沿ってスタートする。

2407130812520

2407130818160

2407130826180

2407130829450

2407130835510




● 東京拘置所の北側に「五反野親水緑道」があり、緑道は五反野駅まで約900m続くそうだ。 途中にJR常磐線のガードがある。 ガードの脇に、昭和24年(1949)に起きた下山事件の記念碑「下山国鉄総裁追憶碑」がある。、、、、下山事件とは、昭和24年(1949)7月5日、初代国鉄総裁の下山貞則は午前8時20分頃迎えの公用車で出勤した。 途中、銀行等により、9時30分頃、日本橋三越で車を降りた後、消息が途絶えた。 翌日の午前0時30分頃、この碑がある北千住~綾瀬間において汽車に轢かれた下山総裁の遺体が発見された。 下山総裁は0時20分頃現場を通過した貨物列車により、轢断された事が判明したが、検視の結果、遺体から生活反応が見られなかった事から、列車に轢かれた時に総裁が生きていたか、死んでいたかが問題となった。 警察からは公式の捜査結果が発表されないままに捜査が打ち切られた。 当時は高インフレにあえぐ経済の立て直しのために緊縮財政がとられ、6月には行政機関職員定員法が施行された。 これにより国鉄に対し10万人近い人員削減が求められていた。 また、7月15日には三鷹事件、8月17日には松川事件が発生している。、、、、70余年前の事件であるが、今だ真相は解明されておらず、謎となってしまったか?

2407130839110

2407130842170




● 足は北に向かって歩く。 西綾瀬3丁目弘道2丁目の都営住宅が点在する、入り組んだ裏通りを歩き環七通り「青井五丁目交差点」に出る。

2407130859010

2407130900410

2407130906170

2407130911060

2407130944021



・・・・・・・・・・ 途中に、真言宗豊山派の寺で安龍山正法院増福寺(足立区青井2)がある。 増福寺の本尊は阿弥陀如来。、、、、当寺は、正和元年(1615)に、慶龍和尚により開山されたと伝えられている古寺。、、、、小さな境内に、小さな本堂、チョイト可愛らしい寺。

2407130935570

2407130937420




●  環七通りを横断し、足立区一ツ家4丁目に入ると「一ツ家稲荷神社」がある。 一ツ家稲荷神社は、文禄年間(1592~1596)頃に開発が進められた当地(栗原新田)の鎮守として祀られたのではないかと言われている。 境内には数基の供養塔、地蔵、庚申塔がある。、、、、地元有志の氏神様のようだ!

2407130949410

2407130949580


● 熱中症に注意をはらい、汗をかきかき1万歩。 つくばエキスプレスの「六町駅」に到着。、、、、六町駅は都内で最も北に位置する地下駅で、ホームはかなり深い処にありエスカレータを4回のって下りる。

2407131007170

2407131009080

2407131011080

2407131011550

«暑い! 暑い!