2021年9月13日 (月)

飯塚富士は登山禁止

緊急事態宣言は、本日から延長期間に入り、9月30日までとなった。 何だかんだと いつまで続く “緊急事態” 聞き飽きた(今日も、コッソリ散歩する)

東京メトロ千代田線「北綾瀬駅」から、東に向かい、飯塚橋で中川を越え葛飾区にはいる。 東京理科大の金町キャンパスを抜けて、常磐線「金町駅」まで、1万3千歩の散歩です。




綾瀬駅は千代田線それとも常磐線(?)どちらでもいいけど、北綾瀬に行くには、綾瀬駅で北綾瀬行きの電車に乗り換える。 綾瀬駅1番・2番線ホームの東端に綾瀬行きの0番線ホームがある。 ここから3両編成の北綾瀬行きワンマン運転の電車でGoー!、、、、『つぎは終点北綾瀬』、一駅間の短い千代田線支線に乗り換える。

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● 「北綾瀬駅」(昭和54年(1979)開業)は、環七通りの南側に設置された単式ホーム1面1線の高架駅。 ホームは西側の線路に取り付けて設置されている。 平成31年(2019)からは、これまでの区間運転用の3両編成の列車以外に、代々木上原方面直通の10両編成の列車も停車できるようにホームが延長された。、、、、1面1線のホーム構造を持つ駅は、都区内ではここの他に大師前駅京成金町駅の三駅だけで、珍しい駅の一つ。

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・・・・・・・・・・・・北綾瀬駅は「環七通り」に面している。、、、、今日の散歩では、この環七通りを東に向かい歩き始める!

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● 環七通りを東へ歩くと「大谷田橋交差点」がある。 大谷田橋交差点は、足立区東和・大谷田にある交差点で、主要道路は、環状7号線と都道307号線などで、7本の道路が集中する、“七差路”、“七辻”となっている。 環七がオーバーパスになっており、道路幅も広いので、この場所を通った人でも、ここが“七差路”であることに気づきにくい。、、、、疑い深い人は地図で調べて、現地に行って!

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・・・・・・・・・・・・この大谷田交差点の一角に、高さ26mの「銀河の塔」がある。 葛西用水親水水路完成を祈念して、平成8年(1996)に建てられたシンボルタワーであり、交差点を挟み東和4丁目と大谷田1丁目を結ぶ歩行者・自転車用の地下道の出入口を兼ねている。 塔の中程まで階段で登ることができるが、登る人を見ることはなかった!

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● 大谷田交差点で環七通りからはずれ都道を東に歩く。 中川に架かる「飯塚橋」を渡る。 飯塚橋は東岸の葛飾区南水元2と、西岸の足立区大谷田1・中川5を結び架けられた。(両区を結び人・車が通れる唯一の橋である)、、、、橋長:303.0m 幅員:20.2m 形式:鋼箱桁、鋼鈑桁 開通:平成4年(1992)、、、、江戸時代よりここには、両岸を結ぶ渡し舟「飯塚の渡し」があった。 近隣地域では中川両岸を結ぶ唯一の連絡交通手段として重宝されたが、夜間は運行されず、時に急患を対岸の病院へ搬送するために特別に出されることもあった。 昭和30年(1955)に旧飯塚橋が架橋されたため廃止された。(現橋は二代目)

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・・・・・・・・・・・・橋の先(葛飾区)には葛飾清掃工場の煙突が見える

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・・・・・・・・・・・・橋から上流側を眺める。 右に葛飾区、左に足立区、目ぼしい建物は何もない!

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● 葛飾区に入り、中川の土手沿いに南下し、金町駅方面に向かうと、比較的新しい神社がある。 これぞ、葛飾区南水元の「富士神社」(飯塚富士)である。 神社は、木花咲耶姫命を祭神として、正慶元年壬申(1332)6月創建といわれ、江戸時代には旧飯塚村(現在の、水元、南水元、西水元、水元公園あたり)の鎮守だった。 2010年代(平成)に整備工事が行われ、社殿や富士塚は一新された。 、、、、高さ約20m、東西径約22mの富士塚は拝殿の裏にある浅間山の上に、さ らに盛土をして築かれ、まるで古墳である。 立派だ!

・・・・・・・・・・・・中川の土手上から見る富士神社

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・・・・・・・・・・・・広々とした境内に富士神社はある、、、、飯塚富士は登山禁止!

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● 中川沿いに歩き常磐線線路の手前(旧三菱製紙工場跡地)に「東京理科大学 葛飾キャンパス」がある。 理科大の神楽坂キャンパスが手狭になってきたため葛飾キャンパスが計画され、平成25年(2013)竣工した。 キャンパスは周囲を「葛飾にいじゅくみらい公園」に囲まれ、公園とキャンパスの敷地境界には何もなく、まさに公園と一体となって、地域に開かれたキャンパスとなっている。、、、、今日は、公園の芝生を歩かず、キャンパス内を歩き抜けた!

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● 理科大から徒歩10分、JR金町駅北口に到着。、、、、広い駅前ロータリー、その奥には高度成長期の公団住宅、高架下には南北通り抜け通路、通路に沿って券売機が並び改札がある、なんだか見るもの全てに“昭和”の香り。、、、、私の住む浅草橋と同様で、駅ビル・駅ナカのない駅。 今時の都心の駅とは思えない!

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2021年9月11日 (土)

環七北通り

都内の新型コロナ感染者数は確実に減少してきた。 いよいよパンデミックの終息かと、安易に考え、気も緩み、今日も内緒でチョックラ散歩。

今日は4日前(9/7)の続きで、つくばエキスプレスの六町駅から、直線距離で1.5km程の東京メトロ千代田線北綾瀬駅まで、1万歩の散歩。




● まずは、つくばエキスプレス「六町駅」で下車。、、、、浅草橋の我が家から隣駅の秋葉原までは徒歩15分、つくばエキスレスの普通で秋葉原~六町は16分、約30分強で六町駅前に立つことができる。 速い!

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● 六町駅から南東へ約250m、足立区六町1丁目、住宅地の一角に、平成21年(2009)に区画整理事業で新築されたきれいな「六町神社」(創建年代不詳)がある。、、、、六町はもと東京府南足立郡淵江村大字六月および、竹ノ塚神社の飛地であったため、住民は遠く本村の氏神である八幡神社および、竹ノ塚神社の二社に参拝していた。 また六町には在来より足立区六町の清水家の邸内社である三峰神社を崇拝してきた。 昭和8年(1933)、初期都市計画により、六町として町が独立し、これを機会に六月町の八幡神社、竹ノ塚町の竹塚神社の御分霊を清水家の三峰神社に合祀し六町神社とした。 祭神は、天照皇大御神、誉田別命、伊邪那岐命、伊邪那美。、、、、平成の区画整理では、神社も700m程移動し新しくなるため、地元では大事な場所、遷座して規模が縮小しないようにと土地を寄付し合い、境内は以前の倍以上の174坪になったそうだ。 草木は社殿後ろに雑草しかなく、チョイト趣に欠ける!

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・・・・・・・・・・・・境内には、寛政5年(1793)と刻まれている庚申塔や、綾瀬川の新加平橋上流で発見された地蔵の頭などがある。 道標もある。

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● 六町神社の南側に「環七北通り」がある。、、、、“環七北通り”とは、前回(9/7)の散歩で西新井から六町まで歩いた道だ! この道路は、六町駅の手前で区画整理事業にぶつかり、途切れていたのだ。 環七北通りは、つくばエキスプレスの東側では、六町駅から綾瀬川を越えて中川の手前(足立区大谷田)まで延びている。、、、、綾瀬川に架かる「六町加平橋」を挟む六町1丁目(つくばエクスプレス六町駅付近)から加平2丁目までは、今年の3月22日(月)に開通したそうだ。 まだ、出来立てのほやほや道路。、、、、なお、六町加平橋(長さ50m、幅16m)そのものは 平成24年(2012)に部分開通していた。

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・・・・・・・・・・・・環七北通りを東へ向かうと、東京メトロ綾瀬車両基地(千代田線の車両基地)にぶつかる。 環七北通りは、車両基地手前で地下に潜り、「加平谷中トンネル」で車両基地を横断する。、、、、加平谷中トンネルは、着工後8年経過した平成20年(2008)12月、総工費120億円をかけて開通した。 上層が歩行者と自転車、下層が車道の二層式トンネル。、、、、歩行者・自転車の地下歩道部分は幅が広く、きれいで、チョイト驚いた! これなら、女性の一人歩きも多少安心できるかも?

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● 加平谷中トンネルの上は「東京メトロ 綾瀬車両基地」、私の興味はトンネルから車両基地に移る。、、、、千代田線車両を見ようと基地の周りを歩いてみたが、最近何かと“撮り鉄”が悪さをしているので、ガードが厳しく車両を間近に見ることができない、残念!、、、、遠くからフェンス越しに、民家の庭を通して、警備員の目を盗み、なんとか車両を見たい一心で努力する!(以前は見えたのに!)

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・・・・・・・・・・・・北綾瀬駅と車両基地を結ぶ線路上に歩行者専用の跨線橋がある、ここから基地を眺めるが、多くの車両は只今営業運転中で出払っている。 チョイト寂しい基地風景!、、、、オゥ~、千代田線に乗り入れてる小田急の車両が見えた!

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● ここまで来たら、「北綾瀬駅」から帰ろう!、、、、北綾瀬駅(昭和54年(1979)12月20日開業)は、環七通りの南側に設置された単式ホーム1面1線の高架駅。 ホームは西側の線路に取り付けて設置されている、以前は3両編成のみ停車できる長さであったが、平成31年(2019)に10両編成の列車が停車できるように改良された。 

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2021年9月 7日 (火)

西新井から1万4千歩

連日雨天であったが、今朝は快晴、秋晴れか(?) また、東京のコロナ感染者数は1000人を割った。 これでは気持ちも緩み『少しぐらい散歩してもいいだろう!』 今日は、日暮里舎人ライナーの西新井大師西駅から、東に向かって、つくばエキスプレスの六町駅まで、1万4千歩の散歩。



● 日暮里舎人ライナー「西新井大師西駅」で下車する。 『さて、東西南北どちらへ歩くか?』 駅前で地図(iPad)を取り出し作戦タイム。 熟慮の上の結論は、駅から東へ向かって歩き、西新井大師、国土安寧寺に立ち寄って、六町駅を目指すことにした。 約6㎞の行程となりそうだ!

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● 西新井大師西駅から東に裏通りを約20分歩くと厄除け祈願の「西新井大師」がある。、、、、駅名のごとく、西新井大師から“はるか西”に位置する西新井大師西駅。

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・・・・・・・・・・・・真言宗豊山派の寺院「西新井大師にお立ち寄り。 西新井大師は通称で、正式には、山号を五智山と称し、寺名は詳しくは五智山遍照院總持寺と称する。、、、、空海(弘法大師)が関東巡錫の途中、西新井を通った際に、本尊である観音菩薩の霊託を聞き、本尊の十一面観音を彫り天長3年(826年)に寺院を建立したことに始まるとされる。 江戸時代中期に建立された本堂は昭和41年(1966年)火災により焼失した。、、、、今年に入り2回目の参拝で、今日は山門から入り、本堂で手を合わせ、本堂裏から境内を出た!

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● 西新井大師の北側に「環七北通り」(環七通りの北側に平行する通り)がある。 この通りを東に向かって歩くと目指すつくばエキスプレスの六町駅がある。、、、、足立区栗原の町は、町の中央を南北に走る「尾竹橋通り」と、平行して走る東武伊勢崎線により、東西に分断され、交通が遮断されてきた。 足立区では昭和60年(1985)から平成3年(1991)にかけ、総延長380m、トンネル部160m、総工費36億円で尾竹橋通りと東武伊勢崎線の下を抜けるトンネルを造り、東西をつないだ。 これが「栗原立体交差」である。、、、、立体交差と言っても、伊勢崎線は地上を走り、環七北通りがトンネルで尾竹橋通りと伊勢崎線の下を抜ける。 また、自転車と歩行者は伊勢崎線際の斜路・階段で地下道を抜ける。、、、、約30年前に造られた立体交差は交通量も増え、栗原の町の東西一体化に貢献したようだ!

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● 伊勢崎線の東側にはURの栗原団地が広がり、その先(足立区栗原2)に、栗原村の鎮守社であった「栗原氷川神社」がある。 栗原氷川神社の創建年代は不詳だが、天正2年(1574)に再建されたそうだ。、、、、広々とした境内に黒松の高木が伸び、海辺に佇む神社に来たようだ!

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● 再び環七北通りに戻り、足立区島根4丁目の日蓮宗寺院「天下長久山国土安穏寺(こくどあんのんじ) 」に寄って行く。 創建は、応永17年(1410)、開基は、千葉太郎満胤(室町時代の武将、千葉氏14代当主)である。 当初は、長久山妙覚寺と称した。 江戸時代に、将軍秀忠および家光が、当所巡遊の折の御善所となり、八世日芸聖人の大宇都宮釣天井予言の功により、寛永元年(1624)、現寺号を賜り、徳川家祈願所位牌安置所となる。 これより寺は、葵紋の使用を許された。、、、、現在の諸堂宇は、明和年間(1764~1772)に建てられた鐘楼を除き、昭和以降の造営である。、、、、写真は順に、徳川将軍が入山する際に通る御成門(現在は将軍もいないので、開かずの門) 次は、朱塗りの仁王門と、木々に囲まれた本堂。 本堂前の将軍徳川家光お手植えの松

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● 再度、環七北通りに戻り、東へ歩く。

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・・・・・・・・・・・・環七北通りは旧日光街道を横切る。 電柱に「旧日光街道」と書かれている。、、、、よく見るとその下に、荒川が氾濫したとき、この地点の想定浸水深さは最大3.0mと記されていた。 これじゃ、荒川が氾濫したら足立区全滅かも? 恐ろしや!

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・・・・・・・・・・・・続いて、現在の日光街道(=国道4号)との交差点。

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・・・・・・・・・・・・環七北通りは足立区六町2丁目から東側は工事中、、、この先600m程で六町駅

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● 「六町(ろくちょう)駅」に着いた! 久しぶりに1万4000歩も歩き、足は疲れた! つくばエキスプレスで帰る。、、、、【六町の謂れ】江戸時代には、保木間村・竹塚村・六月村・花畑村の4ヶ村の飛地が入り組んでいた。昭和11年(1936六つの飛地をあわせた町域を1町とし、六月村の字を以て町名とした。 嘘か真か(?)

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● 今日の東京のコロナ感染者は1629人、16日連続で前の週の同じ曜日の日を下回った。 本格的に減少することを期待して、私も
明日から、再び自粛します。 ゴメン!

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