大森~梅屋敷
JR大森駅から、大森北地区・大森西地区の裏道・路地を歩き回り、京急線梅屋敷駅まで、1万2千歩、9kmの散歩です。
①大森駅東口・・・・・・・・・大森駅の東口に現駅舎(アトレ大森が入居)が完成したのは、昭和59年(1984)である。・・・・・・・・・駅前の公園には、大森駅の階段に使用されていた鐵道院鉄柱が保存されている。
・・・・・・・・・・・・・仕事帰りの飲食は、安く、リーズナブルの店も多かった、駅前の飲み屋街。 当時はキャバレーなどもあり、楽しい街だった。 今は、カラオケ、パチンコが中心。
・・・・・・・・・・・・昭和50年~60年代は、私はゼネコンに勤務し、コンピュータのシステム開発を仕事としていた。 現在のパソコンより性能の劣るコンピュータであったが、当時は最先端である日立製作所製の“Mシリーズ”(当時:1台○億円)と呼ばれたコンピュータを使用していた。 このコンピュータを導入する準備、導入後の研修、導入企業との研究会などが、駅前に建つ「日立大森別館」・「日立大森第二別館」などで行われ、月数回の頻度で10年近く、通ったものだ。・・・・・・・・・写真は、日立大森第二別館、昭和57年(1982)竣工、14階建て。
②大森北3丁目の路地・・・・・・・・・・・・足下に雑草が茂る細い砂利路、突き当りには古びた街路灯と選挙ポスターが貼られ、よそ見して歩くと猫のウンチを踏んでしまうのだ!
③M邸・・・・・・・・・・・・玄関わきに洋風の応接間を備えた、昭和4年(1929)建築の木造2階建て住宅。 軒先の銅板の細工などに匠の技が見られる。国の登録有形文化財。
④鈴木質店・・・・・・・・・・・・M邸の隣りには、歴史の在りそうな大森北の質屋さん。
⑤大森諏訪神社・・・・・・・・・・・大森西にある、創建年代不詳の諏訪神社です。・・・・・・・・・神社の由来を読むと、江戸時代には大森村山谷の鎮守社であったといい、昭和11年(1936)に村社に列格したと書かれている。境内には、文政7年(1824:江戸時代)刻の鳥居が建立されている。 現社殿は、平成16年(2004)に修復された。・・・・・・・・来週は例大祭で、只今準備中。 当日は、屋台も並び、賑わうようだ!
⑥東邦大学医学部本館・・・・・・・・・・・・東邦大学は、額田豊・額田晉の兄弟により、大正14年(1925)に大森に開校した帝国女子医学専門学校が前身となっている。 兄弟は女子高等教育の重要性を感じ、医学・薬学・理学の専門学校を設立した。 戦後は、東邦大学として、自然科学系の総合大学に発展した。・・・・・・・・・大森に在る医学部本館は、大学の建物では最も古く、昭和4年(1929)に、安藤組の施工で竣工した建物である。鉄筋コンクリート造3階建て。・・・・・・・・内部は、教室・事務室と、額田兄弟を記念した資料館がある。NHKの朝ドラ「梅ちゃん先生」のポスターもあった。・・・・・・・・・・昭和初期の空気が残る建物内部。いいね!
●チョイト、余談・・・・・・・・・・・千葉市稲毛区に建つ「額田医学生物学研究所」は、額田兄弟の一人額田晉が設立した、末梢神経障害研究機関である。
⑦梅屋敷駅・・・・・・・・・・・京急線高架工事も終盤となり、高架線への切り替えも終わり、只今高架下では駅舎の整備中。
・・・・・・・・・・・・・・高架下の利用は、道路? 公園? 駐輪場? 濡れずに歩ける遊歩道がいいね。