勝どき~豊洲
雨が降るのか、降らんのか? 午後は晴れに賭け、大江戸線勝どき駅から歩きはじめた。 晴海埠頭では50年前の記憶を頼りに、ウロウロ、キョロキョロしながら豊洲駅まで、1万2千歩、9kmの散歩です。
①勝どき駅・・・・・・・・・・・・・晴海通りと清澄通りの交差点が、大江戸線の勝どき駅である。昭和43年(1968)までは、都電11系統(新宿~半蔵門~築地~勝鬨橋~月島)が走っており、この交差点が終点の『月島電停』であった。・・・・・・・・・・当時のこの付近は、まだ漁業で生活していた人も多く、電停前では小魚・シジミなどが笊で売られていたように記憶している。50年前の話だ!
・・・・・・・・・・・・・・平成12年(2000)に開業した大江戸線勝どき駅は、只今工事中。 大規模な高層建築が建ち並び、乗降客が増えたため、ホームの増設が必要となった。 読みが甘かったのか?
・・・・・・・・・・・・・裏通りには当時の雰囲気が残る店もある。
・・・・・・・・・・・・・・現在、勝どき駅が在る中央区勝どき1丁目~4丁目は、明治期の埋立地で、護岸は石積みとなっている。 古い土地の上にも、新しいマンションが!
②晴海客船ターミナル・・・・・・・・・・・・まずは、晴海埠頭の突端に建つ、晴海客船ターミナルに立ち寄ってみた。・・・・・・・・・・国内外の豪華客船が接岸する東京の海の玄関として、東京港開港50周年を迎えた、平成3年(1991)に建てられた。近年のクルーズ人口の増加と客船の大型化に対応した施設で、斬新なデザインの建物である。最高の高さ44mのガラス張りの展望台を拝見!・・・・・・・・・・正直に言うと、“役所仕事”の見本のようだ。今日は、旅客船の泊まっていないせいか、人もいない、ガラガラ状態。施設内は、自販機は営業中だが、売店はなし、レストランは休業中。アクセスの海上バスも昨年から休業中。展望台にいたのは私だけ。 30人ほどの人が一度に使用できる大きなトイレも、施設管理の人が食後の歯磨きに使用する程度。
・・・・・・・・・・・・・展望台から
③東京国際見本市会場跡・・・・・・・・・・・・・“晴海”と言えば、昭和34年(1959)から始まった「東京モーターショー」を思い出す人は、中高年だ! 幕張メッセ、東京ビックサイトができるまでは、東京のコンベンションセンターであった。・・・・・・・・・丸いドーム型の建物を中心に7施設で構成され、モーターショウ、ビジネスショウ、データショウ、国際見本市、、、、いろいろ開かれた。・・・・・・・・・・・私が高校生の時、ここ国際見本市会場でアイスクリーム売りのバイトをした。それが、会場との御付き合いの始まりだ。 社会人になると、ビジネスショウ、データショウの見学に!・・・・・・・・・会場の施設は全て取り壊され、現在はオリンピック選手村などが予定され更地だが、一部は近代的な「中央清掃工場」として使用されている。どちらにしても、東京国際見本市会場の面影はない。残念!
・・・・・・・・・・・・・晴海客船ターミナルから見た会場跡地。写真中央の道路奥の更地が会場施設の跡地。道路左の更地はオリンピック選手村予定地。中央の煙突は中央清掃工場。後方の高層建築が在るところは月島。
・・・・・・・・・・・・・平成13年(2001)に建設費294億円で竣工した中央清掃工場。建物前では、既にオリンピックに向け道路整備中。ちなみに、清掃工場も道路整備も前田建設工業の施工。
・・・・・・・・・・・・清掃工場前の更地。ここに東京国際見本市会場のドームがあった。
④東京都港湾局晴海線・・・・・・・・・・・・晴海埠頭には、国鉄越中島貨物駅から単線で敷かれた東京都港湾局の専用貨物線が、平成元年(1989)まであった。・・・・・・・・・終戦後、芝浦側の埠頭は進駐軍に接収され、東京への物資の輸送のため埠頭の確保が必要となった。 晴海・豊洲地区に埠頭を確保し、小名木川駅と埠頭間は専用貨物線を東京都が敷いた。・・・・・・・・・・物資輸送は昭和40年代がピークで、ちょうど私が晴海でバイトしていた頃だ。
・・・・・・・・・・・・・・晴海の倉庫。この建物の裏側に沿って線路は敷かれていた。
・・・・・・・・・・・・・倉庫と倉庫の間にレールを発見。 アスファルトからチョイト顔をだし、私を待っていたようだ!
・・・・・・・・・・・・・・倉庫脇の駐車場に残る風雨にさらされ読みにくくなった晴海埠頭案内図。 ここに、線路がしっかりと表示されている。 感動!感激!感無量!
・・・・・・・・・・・・晴海から豊洲に向かう春海橋に並行して残る、東京都港湾局晴海線晴海橋梁。 線路・枕木も残り、かつてここに貨物列車が走っていたことを強烈にうったえている橋だ。・・・・・・・・・国鉄東京工事局の設計で、昭和32年(1957)に竣工した。路線は廃線となったが、この橋梁部分だけは撤去されず当時の姿のままの遺構として残されている。 老朽化した姿は痛々しいが、国宝級だ!
・・・・・・・・・・・・・・豊洲北小学校裏の豊洲運河に残る橋脚跡。 写真中央の歩道部分が線路跡で、右の高層ビルと左の小学校に間に真直ぐ伸びて、運河に突き当る。
●・・・・・・・・・・・この先は、越中島貨物駅に続く。
「鉄道」カテゴリの記事
- 京急大師線 (川崎大師~京急川崎)(2019.07.17)
- 京急大師線 (小島新田~川崎大師)(2019.07.10)
- 井の頭線 (駒場東大前~渋谷)(2019.07.08)
- 井の頭線 (下北沢~駒場東大前)(2019.07.03)
- 井の頭線 (明大前~下北沢)(2019.06.28)
「建築」カテゴリの記事
- しばられ地蔵(2018.03.17)
- 京成団地~平和交通本社(2018.03.13)
- 高砂~亀有(2018.03.11)
- 日本橋(2018.03.10)
- 立会川~西大井(2018.03.06)