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2013年6月 5日 (水)

築地~勝どき

築地駅から散歩をはじめた、まずは、築地本願寺で手を合わせ、ついでに1階の納骨堂を拝見した。 そこで、初対面だが、大好きな歌舞伎を見るため東京に来られたという、北九州のうどん屋さんの店主とお墓の話を交わして別れた。 その後、しばらく築地界隈をブラブラし、勝鬨橋を渡ったところで、前から来る老体を見て、“アレ! さっき本願寺でお話しした方だ!”。 先方も気付いたようだ。 ホテルに泊まっており、“懐かしい東京を散策しているので、時間があればお話でも” ということで、散歩は大江戸線勝どき駅までとなった。  7000歩、5km。

・・・・・・・・・・・老舗の漬物屋の長男で、商売柄、歌舞伎役者との付き合いもあり、若い時より『田舎芝居を見るな!見るなら本格的に歌舞伎を!』と教えられてきたそうで、旧歌舞伎座の千秋楽の日も、見に来たそうだ。 うどん屋を営んできたが、近々店を閉め歌舞伎三昧の隠居生活に移るそうだ。御苦労様でした。・・・・・・・・・東京に居ても歌舞伎を見ることの少ない私はチョイト恥ずかしいね!

築地本願寺・・・・・・・・・・・関東大震災で焼失した本堂を、昭和9年(1934)、東京帝大教授:伊東忠太の設計で、古代インド様式(天竺様式)で再建した。外観とは別に、内部は日本の寺院建築の造りとなっている。

・・・・・・・・・・・・散歩前に、今日一日の平穏無事を願い、手を合わせて行こうと思い、お立ち寄り!

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・・・・・・・・・・・・・竣工時は、赤銅色に輝いていた屋根も、今は緑青で落ち着いている。

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・・・・・・・・・・・・・窓は大きく、明るい内部。

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・・・・・・・・・・・・・・懐かし開閉ノブ

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・・・・・・・・・・・・・・格天井の本堂は、大きく荘厳な空間。

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・・・・・・・・・・・・・ここ本堂の真下に、ロッカー式の納骨堂がある。・・・・・・・何かの縁か? ここでお会いした方と、後に勝鬨橋でバッタリ再会! 仏の導きか?

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②備前橋・・・・・・・・・・・現在の築地本願寺の裏側(南東側)には、昭和60年(1985)頃までは築地川が流れていた。また、本願寺の右隣り(北東側)は岡山(備前)藩の中屋敷があった。藩邸の前にも築地川は流れ、ここに「備前橋」が架けられていた。・・・・・・・・・川は埋め立てられ公園となり、備前橋は北側の親柱と欄干が、地上に残されている。 水の流れが無い橋は、チョイト、可哀そうだね!

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③築地7丁目の建築・・・・・・・・・・出桁造りの民家、モルタル系の看板建築、手のこんだ銅板建築、、、いろいろ残っている、昭和の町だ!

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勝鬨橋 ・・・・・・・・・・・・昭和15年(1940)竣工の跳開橋。・・・・・・・・昭和45年(1970)以降、一度も開いていない跳開橋だが、私が学生の頃は橋の上を都電が走っていた。橋が開くとき都電は、赤信号の点灯で開閉する部分の直前で止まり、船の通過を見送っていた。 のんびりした時代でもあった。・・・・・・・・・・開かずの跳開橋となり、40年以上経過した、懐かしい頃よもう一度!

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●・・・・・・・・・・・この写真を撮った直後、築地本願寺でお会いした御老体と再会です。・・・・・・・・・何かのご縁かな? (できたら、若い娘とのご縁なら、もっと嬉しいのに!)

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