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2013年10月27日 (日)

飯田橋~茗荷谷

台風一過の秋晴れ、早速散歩にお出まし。 飯田橋駅から小石川植物園をブラブラして茗荷谷駅まで、1万3千歩、10kmの歩きです。

①飯田橋通り架道橋・・・・・・・・・・・飯田橋駅前の目白通り上の架道橋で、橋上にはホームが造られている。・・・・・・・・昭和元年(1926)に開通した、3径間のプレートガーダー橋で、橋脚と一体構造となっている。 緩行線は単線桁の上下各1連で、その間にプラットホームを支える桁があり、急行線は3複線桁となっている。 架道橋下から眺めると、桁、橋脚を構成する重量感のある鋼材とアクセントとしてのリベットの頭が、一つのオブジェを形作っている。

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②文京区立第三中学校校門・・・・・・・・・後楽園方面から伝通院へ向かう安藤坂の途中で、木立の奥に文京区立第三中学校がある。 素晴らしいいアプローチの学校だと感心し校門を見ると、これまた素晴らしいいわくありそうなデザインの門柱にビックリ!・・・・・・・・・学校のホームページを調べてみたら、『三中の校地は、三井本家の邸宅跡。当時のPTAの熱意と三井氏の教育に対する深いご理解とご厚意により、この地に「第三中学校」の礎が築かれました。学校名はその三井家にちなんで第「三」中学校と名づけられました。』と書いてある。 門柱は三井家の時代のものかも?

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・・・・・・・・・・・・・・学校前は安藤坂。伝通院から神田川へ下る坂で、西側に安藤飛騨守の上屋敷があったことに因んで、安藤坂と呼ばれている。

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③伝通院・・・・・・・・・・小石川伝通院(傳通院、でんづういん)は、応永22年(1415)の創建された、徳川将軍家の菩提寺。正式には無量山傳通院寿経寺と呼ぶ。 慶長7年(1602)に徳川家康の生母於大の方が京都伏見城で亡くなると、家康は母の遺骸を遺言通りに江戸へ運び埋葬した。・・・・・・・・・伝通院には、於大の方のほかに、秀忠の長女:千姫、家光の次男:亀松君、家光の正室:孝子、家康側室:於奈津などの墓もある。・・・・・・・・・・・昭和20年(1945)の空襲で、江戸時代からの本堂・山門などべて焼失した。 昭和24年(1949)に本堂を再建したが、現本堂は昭和63年(1988)に再度、再建されたものである。 山門は平成24年の再建である。・・・・・・・・・・・真新しい山門をくぐると、大きな本堂が控えている立派な寺だ!

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④明倫学館・・・・・・・・・・明倫学館は、明治12年(1979)に旧加賀藩士6名の匿名有志の拠金をもとに創設された、日本初の民間の育英事業団体「加越能育英社」が経営する学生寮で、明治41年(1908)に現在地(伝通院裏)に設立された。学生寮は、石川県、富山県出身の志操堅実で向学心に燃える優秀な男子学生を収容している。・・・・・・・・・・戦前の木造の建物は空襲で失い。 現在は昭和31年(1956)に建てられた、鉄筋コンクリート3階建ての旧館と、昭和42年(1967)に建てられた鉄筋コンクリート地上5階ての新館からなる。・・・・・・・・戦後の寮建築の見本みたいな建物だ!

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⑤小石川植物園・・・・・・・・・・・・正式名称は「東京大学大学院理学系研究科附属植物園」。東京大学の附属施設の一つで、植物に関する研究機関である。・・・・・・・・元は、江戸幕府が開園した、薬草を育てる小石川御薬園(こいしかわおやくえん)であった。8代将軍吉宗のときには、江戸町奉行:大岡越前に命じ、御薬園内に診療所を設けた。これが、小石川養生所の始まりである。・・・・・・・・・明治時代には、東京帝国大学の附属施設となり、多くの植物を対象とした研究施設に生まれ変わった。

・・・・・・・・・・・・・・正門・・・・・・・・・観覧料330円也、券は正門前のタバコ屋さんで購入。

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・・・・・・・・・・・・・・・正門から本館建物の前までは、立派な舗装道路がある。

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・・・・・・・・・・・・・・本館・・・・・・・・・・昭和14年(1939)竣工、鉄筋コンクリート造2階建ての、研究施設らしい女性的でモダンな建物。 一般は立入禁止の研究所で、東京大学植物標本庫、図書室などがあるそうだ。 設計は内田祥三。

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・・・・・・・・・・・・・・本館前を過ぎると、広い雑木林のような“植物園”になる。

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・・・・・・・・・・・・・園の中央あたりには、小石川養生所の井戸が残されている。現在でも、地震の時など緊急時に使用できるように残されている。

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・・・・・・・・・・・・・・園の奥には、将軍綱吉が幼少の頃住んでいた白山御殿の庭園に由来する日本庭園ある。

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・・・・・・・・・・・・・日本庭園の奥に、重要文化財:旧東京医学校本館 の赤い建物が静かに庭園を見つめている。 明治9年(1876)、工部省の設計で建てられた木造2階建て、桟瓦葺の擬洋風建築物。・・・・・・・・・東京大学に関係する建造物では現存する最古のもので、昭和44年(1969)に本郷キャンパスより移築された。現在は、東京大学総合研究博物館の小石川分館(只今、休館中)として使用されている。

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・・・・・・・・・・・・・・本館横に、大正8年(1919)に竣工した、木造平屋建ての旧東京帝国大学理学部植物生理化学実験室がある。 この建物は、東京大学植物学教室の柴田桂太教授(1877~1949)が、植物生理化学の研究業績に対して授与された学士院恩賜賞の賞金を寄付し、それをもとに建てられた。・・・・・・・平成17年(2005)に改装し、現在は柴田記念館として展示・講演する施設として使用している。

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・・・・・・・・・・・・・・・上の写真とほぼ同じ位置に座る、展示されていた写真の柴田教授

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●・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・昨日は、雨の日の暇つぶしに、「雅万歩」オリジナルのカレンダーを作成してみたので、チョイト紹介する。 本品は限定1部のみの作成で非売品です。

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