日比谷・霞が関
三日間連続の雨は上がったが、散歩にはチョイト寒いかな? 昼から、有楽町で下車し、日比谷・霞が関を一回りして新橋まで、1万歩、7kmの散歩です。
①JR有楽町駅・・・・・・・・・・・明治43年(1910)、東海道本線の有楽町~烏森(現:新橋)間開業時に設置された駅。 開業時から煉瓦造りの高架駅である。
・・・・・・・・・・・・・・有楽町中央口架道橋・・・・・・・・・・・中央口の脇に、煉瓦造りの架道橋がある。 ドイツ人技師:逓信省技術顧問のバルツアーが市街高架線の設計・施工を指導してつくりあげた架道橋で、関東大震災でも壊れることはなかった。 完成は明治40年(1907)である。 なお、高架橋の基礎には、松が杭として使用されていた。 隣りの東京駅煉瓦駅舎も当時は松杭であった。
・・・・・・・・・・・・・有楽町駅銀座口の改札を入ったところに、「有楽大黒様」が祀られている。昭和初め、駅前の寿司屋の主人が秘蔵していたが、戦争末期に空襲を避けるため駅長に贈られた。商売繁盛の神として御利益があるそうだ。
②日比谷のビル・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・東宝ツインタワービル・・・・・・・・・・昭和44年(1969)に竣工した、地上9階/地下4階、鉄骨鉄筋コンクリート造の賃貸ビル。・・・・・・・・・竣工時、私は社会人1年生。ビルの中には、オープン時からダンスホールがあり、レストラン街があったので、可愛い娘をみつけるために通ったことを思い出す。 当時は石井好子が経営するオムレツの店もあった。 オムレツの味より、女の子の味を知りたかったが失敗した!
・・・・・・・・・・・・・日本生命日比谷ビル・・・・・・・・・日生劇場があるビル。 建築家:村野藤吾の代表作のひとつで、大林組:施工で昭和38年(1963)年竣工。・・・・・・・・・・日生劇場では昭和39年(1964)から、メセナ活動として都内の小学生を学校単位で無料で招待する、「ニッセイ名作劇場」を毎年実施している。私は当時すでに高校生で対象外であったが、妻や娘は招待され演劇観賞している。 年齢が解るね!
・・・・・・・・・・・・・帝国ホテル新本館・・・・・・・・・ライトの設計で有名であった旧本館を取り壊した跡に、高橋貞太郎の設計により、昭和45年(1970)に竣工した新本館。 地上17階/地下3階、鉄筋鉄骨コンクリート造、客室数は772。・・・・・・・昭和58年(1983)には、西側に地上31階のインペリアルタワーが建った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・旧日比谷電電ビル・・・・・・・・・・・昭和36年(1961)に、電電施設局建築部の設計、大林組の施工で竣工した、地上9階/地下4階建て、SRC造の現:「NTT日比谷ビル」。・・・・・・・・・建設当時、前の日比谷通りには都電が走り、この都電で、三田の手前「芝園橋」に英語を習いに通っていた、英語の苦手な高校生だったね、思い出すよ!
・・・・・・・・・・・・・市政会館・日比谷公会堂・・・・・・・・・・・市政会館は、安田善次郎の寄付により昭和4年(1929)に竣工。内幸町側が“市政会館”で、日比谷公園側が日比谷公会堂として一体となった建物。階数は地下1階/地上6階、高さは塔屋最上階まで42m、外壁は約39万枚のスクラッチタイル貼り、元早稲田大学教授の佐藤功一が設計し、現在の清水建設が施工した。・・・・・・・・今だ、現役の公会堂として活躍中。 今日もコンサートがあるようだ。 私はしばらく御無沙汰しているね!
③霞が関の建物・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・中央合同庁舎5号館・・・・・・・・・・・・昭和58年(1983)に竣工した、厚労省、環境省、内閣府が入っている庁舎。 地上26階/地下3階のSRC造で官庁では最初の超高層ビル。・・・・・・・・・・・デカイが味気ない!
・・・・・・・・・・・・法務省・・・・・・・・・・・・建築顧問官であった、お雇い外国人のドイツ人:ヘルマン・エンデとヴィルヘルム・ベックマンの設計により、明治28年(1985)に完成した、ネオ・バロック様式の建物。関東大震災には耐えたが、昭和20年(1945)には戦災で一部焼失した。戦後、修復されたが、平成6年(1994)に本格的な復元工事の完成を見た。・・・・・・・・・・東京駅と同じように、貴重な文化財だ、今度来たときは内部を拝見したいね!
・・・・・・・・・・・・・・警視庁本庁舎・・・・・・・・・・・・・昭和55年(1980)竣工の建物。 別に悪いことしていないが、なんとなく近寄りがたい建物だ。・・・・・・・・・・『7人の刑事』(1961~1969:TBS)を思い出した、旧警視庁の建物をバックに、ハミングの流れるテーマ曲はよかったね!
・・・・・・・・・・・・・・外務省・・・・・・・・・昭和35年(1960)に完成した北庁舎(地上8階/地下1階)と、昭和45年(1970)に完成した中央・南庁舎(地上8階/地下1階)、平成7年(1995)完成の新庁舎(地上7階/地下3階)の4棟で“ロ”の字型に配置されている。・・・・・・・・・・外務省脇の道は、人通りが少ないようだ、落ち葉が冬景色を演出していた。
・・・・・・・・・・・・国会議事堂・・・・・・・・・・・・・昭和11年(1936)に帝国議会議事堂として建設された、鉄骨鉄筋コンクリート造、地上3階/地下1階の建物。
④日本水準原点標庫・・・・・・・・・・国会議事堂前庭に、建築家:佐立七次郎の設計で明治24年(1891)竣工した、建築面積約15㎡、高さ4.3m、ローマ神殿風の小さな石造りの建物がある。この建物の中に、水準点標が保護された状態で据えつけられている。 建物の三角屋根の底辺部分に、よく見ると菊の紋章と「大日本帝国」と刻まれている。
⑤憲政記念館・・・・・・・・・・・国会議事堂前の憲政記念館には、議会制民主主義について知ることのできる展示施設がある。 無料なのに、見学者はいない! ゆっくり拝見して、知識を得たつもりでいたが、家に帰ったらすっかり忘れていた。 民主主義って難しいですね!